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2011年 12月 14日 ( 1 )


『わが心は石にあらず』 高橋和巳

 この小説は「昭和」39年から41年にかけて雑誌『自由』に連載された。私が読んだのは「昭和」52年、23歳の時である。この時代にはいままで記してきたように(大江健三郎、安部公房、柴田翔、五木寛之・・・)人間の生き方を描こうとすれば、学生運動や労働運動または反秩序、反権力がからんでくる小説しかなかったのであろうか。20代の私が好き好んでそういう小説を選んで読んでいたのか。それともやはり<時代>がそうだったのだとしか言いようがないのだろうか。

 高橋和巳は大好きな作家だったはずである。一番好きなのは『邪宗門』で、とってあるのでこれから読もうと思っている。しかし・・・『されどわれらが日々』も『内灘夫人』もそうだが、読むのには努力がいった。特に『わが心は石にあらず』はなんでこんなに組合のことばっかり書いてあるのか、もういいや、めんどくさいから読むのはやめてこのまま捨ててしまおうとまで思った。

 「組合」・・・なんて古いんだろう。三井三池闘争でおさらいしなくても、先日の三里塚闘争でも同じこと。人間が団結し、落後者をださないことは、人間にとっての「カネ」の魅力と人間生来の弱さからして、ほぼ確実に無理なのだ。少しの「カネ」で飼い馴らされていくほうが、「カネ」に見向きもせずに信念を貫くよりも、よっぽど「人間らしい」のである。

 この小説でも企業が合理化攻撃をかけてきて、組合が試練を迎えると、第二組合ができ、組織の中枢から裏切り者がでて、ストライキは破られ、組合は負ける。組合の委員長である主人公は企業から重役に招かれたのを断り、最後まで組合を「指導」するのだが、結局、会社は合理化され、彼は馘首されるのである。

 私も公務員という「恵まれた」職場ではあったが、就職直後から分会役員をやってきた。児童館・学童クラブという少数職場(併設の場合、児童館職員3名、学童クラブ職員2名。単独学童クラブは2名)にも行革の一環として人員削減攻撃がかけられてきて、併設で5名の職員を1名削減、代わりに月16日勤務の非常勤職員が入った。職員1名削減の提案が当局からあったときは、分会は「1名削減撤回」で一致していたが、共産党系の区職労指導部から横槍が入り、すぐに条件闘争に移行。日曜日も開館していた児童館の日曜日を休館にすることと引き換えに、人員削減をのんだのだった。(学生時代も共産党のきたなさはいやというほど知らされたが、再び憎む以外ないほど体験)。

 その後、組合は労使協調路線をひた走り、自分から合理化をすすめ、私が乳がんとうつ病で休んでいた2000年はじめ頃、分会は学童クラブの民間委託に同意した。自分の職場を自分から売ったのである。2005年3月、私は仕事を辞めた。(人員削減攻撃のとき、区側との交渉窓口だった区職の書記長→委員長はすんばらしいポストに天下り)。

 (参考:いまは学童クラブも企業が経営する時代ーこれは一例です。子どもは商品にさせられた。私はかなしい)。

 話は変わるが、いま、私は要介護1で、週に2回、介護ヘルパーのお世話になっている。ヘルパーの労働条件は劣悪である。一番ひどいのは、1日に6か所~10か所もの家庭を訪問するのに、移動時間は労働時間とはみなされず、給料がでないことである。私の場合、たまたま1回2時間であるが、普通は老人のおむつ交換などで1回30分の訪問が多い。10か所訪問しても労働時間は5時間にしかならず、移動時間が同じくらいあるだろう。父の頃は「見守り」も許されていたが、介護保険はどんどん改悪されて、いまは見守りなどとんでもない。病院のつきそいも、病院での待ち時間は入らないのだ。待たない病院があるだろうか! さらに介護保険は改悪されるらしい。

 もともとヘルパーは夫が働いている家庭の主婦の片手間の仕事で、年収は配偶者控除枠103万円以内(いまはいくらになったのかわからない)を予想してつくられた制度であろう。だからばかにしきっているのである。移動時間も拘束されているのだから、当然労働時間に入れるべきである。こういうことはそれこそ組合を作って全国規模の闘争を起こして厚労省に交渉する必要があると思うが、現状では大変むずかしいだろう。

 Dr.Aは訪問介護ステーションをつくって、介護ヘルパーに暮らしていけるくらいの賃金を保障して運営していたが、とてもやっていけなくなり、数年であきらめた(閉鎖した)という。現場の努力では不可能なのである。少しまえに、有名な訪問介護ステーションが不正をはたらいたというニュースが報道されたが、不正ぐらいはたらかないとやっていけないのだ。悪いのはだれなのか?! 介護老人をかかえた家族以外は介護に関心がないだろうが、人間だれもがいつかは年をとる。年をとってから制度がおかしいと思っても遅いのである。

 話がいろいろと飛んでしまったが、『わが心は石にあらず』は組合を通して、人間というものを考えさせてくれる小説ではある。人間ってろくでもないものだ。(いいところもあるのを否定しないけど全体ではね)。

 やっぱり、私は「性悪説」である。
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by lumokurago | 2011-12-14 10:53 | 本(book)