暗川  


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カテゴリ:本(book)( 32 )


「芽むしり仔撃ち」大江健三郎

 最も古い本をとってあって、もう一度読み返している。そのなかに「芽むしり仔撃ち」があった。これは大江が「昭和」33(1957)年に最初の長編小説として発表したものだそうだ。私の持っている本の奥付は「昭和」47年11刷、120円。私が読んだのは10代後半だろうか。

 暗い小説だ。戦争末期のどこかの田舎の村に感化院の少年が疎開するのだが、村に疫病がはやり、村人たちは少年らを見捨て、閉じ込めて、逃げてしまう。村に残されたのは父親の遺体を守る朝鮮人の少年、母親の遺体から離れられない少女、脱走兵・・・少年たち。

 見捨てられた彼らは徐々に協力しあい、友情が育まれる。力を合わせて死体を埋葬し、少女と主人公の少年のあいだには愛も生まれる。しかし、その少女も疫病で死ぬ。主人公の弟(この子は感化院の子ではなく、父親が一緒に疎開させてほしいと連れてきた)が雉をとって、祭をするのだが、彼の可愛がっている犬が少女に疫病を移したのだと、仲間に撲殺されてしまう。彼はそれから姿を消す。

 そこに村人が戻って来て、少年らが勝手に食物を取ったなどと責め立て、殴り倒す。脱走兵もつかまり、竹槍で腹を刺され、死ぬ。主人公以外の少年は村人に屈し、べつの村に疎開先を移すことになる。一人残った主人公は脱走を試みる。

 そこで小説は終る。

 「カッコウの巣の上で」に似ていないこともない。「カムイ伝」にも、ちょっとだけ。

 「カッコウの巣の上で」で最後に精神病院の窓を割ってでていくチーフは大人だし、体力もある。精神病院を変革しようとしたマックマーフィーはロボトミーを施されて廃人になり、チーフが殺すが、チーフだけは自由になれる。そんな最後だった。しかし、「芽むしり仔撃ち」の主人公の少年は、子どもでもあり、疲れており・・・。村人は彼を殺そうとそこまで追ってきている。

 この小説に希望はない。

 私がこんなに冷静な性格になったのは10代でこんな小説を読んでいたからだろうか。変革をめざすものは必ず権力によってつぶされる。仲間は裏切る。大江もそう思っているのだろうか。とにかく悲惨な小説だ。
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by lumokurago | 2011-11-25 14:37 | 本(book)

推薦図書(上橋菜穂子)

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 最後までとっておいた本の中に上橋菜穂子さんの守り人シリーズがあります。

 精霊の守り人
 闇の守り人
 夢の守り人
 虚空の旅人
 神の守り人(上下)
 蒼路の旅人
 天と地の守り人(3部)

 友人の文庫に寄付するため、全部を読み返しました。親子関係、男と女、政治、戦争と平和、現実と理想・・・人生におけるありとあらゆるテーマがつまっていると言っても過言ではありません。上橋さんは平和、平等を高らかにかかげ、人間の闇もみつめながら、手の込んだストーリーに「理想」をちりばめていきます。物語の不思議さにひきこまれながら、考えさせられるテーマが満載されており、大人にこそ推薦できる作品です。理想を捨てずに生き続ける人、どなたにもお勧めします。

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 同じく上橋さんの『孤笛のかなた』 すばらしい最後に、貸した人がみんな泣きました。こちらもお勧めです。

 教育テレビで『獣の奏者』をやっていました(いまも?)。こちらもおもしろいですが、作家が書き慣れてきたために、テクニックばかりが上達しているように感じます。私は初期の『守り人』シリーズに作家の理想がより素直に表現されていると思います。長生きしたらもう一度買って読むつもりです。
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by lumokurago | 2011-09-19 18:05 | 本(book)

『戦後思想を考える』 その4

第5章 管理社会化をめぐって

引用

 政治的支配、経済的搾取、社会的差別だけが日本の現代社会の骨格を支えているのではない。生活の管理化、教育の統制化、文化の画一化、思想の受動化、要するにすべての局面におけるおしきせ性がその骨格を支えている。そのおしきせ性に異を唱えることは、めぐりめぐって自分の生活設計に不利になるという構造がしつらえらている。

 軍事大国化に不安を持つものがいても、放任しておけばよい。もし彼らが現在のおしきせの生活・教育・文化・思想に従順であれば、軍事大国化の推進者にとっての不安はないのだ。

 それゆえ、逆にいえば、軍事大国化を批判するためには、生活・教育・文化・思想などのあらゆる面で、民衆のひとりびとりが、この管理の網の目をくいやぶることが、あるいは少なくともその囚われ人のままでいたくないという意識を持つことが必要である。

 (中略)

 労働者の団結だけではなく、民衆のひとりびとりの自立や、そのひとりびとりの人間のつながりや連帯がきわめて重要であるということ。さらには、人間と自然との共生的関係が、多くの人びとがいま考えている以上に大切だということ。そうしたことを認識と想像力のつばさのなかにおさめた思想が待ちのぞまれている。

*****

 日高六郎さんがこの本を書いた1980年に「おしきせ」「管理社会」と言っていることは、今日では生活・教育・文化・思想ほかすべての分野において、人間は「消費者」にさせられてしまったことだと言えるだろう。身近なところで私の仕事だった児童館・学童クラブという人間相手の仕事さえが、職員は「サービス提供者」、子どもや親は「消費者(お客様)」とされてしまい、そこにむかしあったような人間的な交流は生まれようがなくなってしまった。なぜならば対等でないのだから。

 人間相手の職場にまで「ニーズ」という言葉が入り込んできたのはいつごろだったのだろうか。私たちの仕事は決して「ニーズ」に答えるなどという無味乾燥なものではなかったのだ。同じ人間として子どもや親と交流し、お互いに育ち合っていたのだから。

 介護職にも同じことが言える。10年前から3年前まで7年間も来てくれていた母のヘルパーさんとは人間的な交流があった。大きな声では言えないが、介護保険では認められていないことや禁止されていることもしていたからである(一緒にお茶を飲んでおしゃべりするというような)。彼女は親戚のおばさんのようだった。

 いま来てくれているヘルパーさんは利用者宅でお茶をだされて断ったところ(お茶を飲んではいけないことになっている)、「年寄りの入れたお茶は汚いのか」と言われたという。あんなにつらかったことはないという。
 
 私たちはなぜここまで非人間的にならなければならないのか。管理されなければならないのか。

 もっと人間的に仕事をしたい。お茶ぐらい飲んでなにがいけないのか。子どもを預かることは「ニーズ」ではない。一緒に育ち合うのだ。
 
 枠をはずしたい。網を食い破りたい。囚われ人ではいたくない。一人ひとりが自立して対等な人間としてつながりたい。
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by lumokurago | 2011-05-30 17:29 | 本(book)

『戦後思想を考える』 その3

第2章 体験をつたえるということ  省略

第3章 私のなかの「戦争」  省略

第4章 「滅公奉私」の時代

1、
 8月15日が近付くと<風化>が語られる。私は戦中世代として<風化>現象に批判を持つが、新しい発想と認識なしにただ<風化>を嘆いても不毛な時期にきている。敗戦の日から現在(注:1980年)に至るまでに日本社会は質的変化をとげた。それは日本が経済大国となり、第三世界との対立矛盾をかもしだす状況にふみこんだということである。

 私は1917年に生まれた。私の生きてきた60年余りを時期区分すると、第一に大正デモクラシーの時期、第二に軍国主義の時期、第三に敗戦以後の「民主」主義へ向かおうとする時期、第四に経済主義の時期ということになる。第一から第二との連続は明らかである。第二と第三とは非連続に見えるが目に見えない連続性に注意を払う必要がある。第三と第四は連続に見えるが、気づきにくい質的転換に私は注目したい。

2、
 1930年から1978年まで同一質問による日本人の意識調査の資料がある。もっとも変化の大きいものは1940年(軍国主義の時期)、<私生活>志向は6%、<公>志向は71%である。それが1976年には前者が61%、後者は18&である。後者の優位から前者の優位へと逆転するのは、1958年、経済主義の入口にさしかかったときである。

3、
 <滅私奉公>から<滅公奉私>へ。敗戦直後、<個の確立>や<労働者の権利>を主張し自由主義者やマルクス主義者が生まれた。彼らは大半が欧米に模範をとることになった。マルクス主義者にとっては社会主義は不動の政治目標であったが、既成の社会主義国にさまざまな矛盾があることが明らかになり、社会主義のイメージダウンが起こった。

 しかしいま、日本人の意識の質的な変化は、そうした思想上の論争点よりももっと深いところで生じている。高度経済成長がつくりだした現在の生活水準を維持拡大したいということが、ほとんどの日本人の願望となった。多くの人々が価値観の多様化を言うけれども、それは金を何に使うかという程度の選択であり、生活水準の維持拡大への執着という点では、価値観の画一化こそが進行している。

4、
 最近右傾化ということがいわれるが、<私生活優先>の若者たちが天皇のために一身を捧げる決心をする回路を設けることは政治技術上の難題である。たとえば金や快適生活だけが生き甲斐ではないという哲学を、民衆のなかに、新しい全体主義的な方向へつくっていくことがそのひとつであろう。そのさいの道具立てとして、元号や君が代等々がどの程度に利用できるかは未知数である。

 いまはだれが政権の座にのぼろうとも、国民大多数の<私生活優先>、生活水準「向上」の要求につきあわなければならない。しかし、今後無限のGNP増大と無限の生活水準の「向上」とが不可能であることを考えると、経済主義の時代の困難はこれからはじまるであろう。<滅公奉私>の極限状態には、大きな危険と困難がまちうけていると思う。

5、
 経済主義は、3つの大きな問題を浮上させた。

 第一に、それは人間と環境、とくに自然との関係を破壊した。いわゆる生態学的循環が破壊された。一口に「公害」というけれども、すでにそれはその文明論的意味まで問われている。

 第二に、人間と人間との関係を破壊した。人びとは、損か得か以外の尺度をほとんど失った。相互扶助の生活態度は弱まるばかりである。

 第三に、日本と発展途上国のあいだに、とくにアジアの諸国とのあいだに、潜在的顕在的矛盾をつくりだした。

 いま世界は、飽食している10億と、飢えている30億との人口で構成されている。この対立は、近代数百年の世界史の結末である。いつになればこの二つの世界に均衡がもたらされるだろうか。
 政府自民党はしわよせが経済力の弱い部分にあらわれることはやむをえないと考えている。今度節約の呼びかけが強まるだろうが、それが平等主義の立場に立つことができないという弱点がある。
 革新諸政党や労働組合は、依然として生活水準の向上、賃上げ要求等をつづけるだろう。とくに労組の場合、未組織労働者や臨時労働者にたいして、どのような平等主義を約束できるのか、できないのか。

 一方、ごく一部に、経済主義の枠を超えようとする発想が生まれている。「スモッグのなかでのビフテキよりも、青空の下での梅干を」。ある小さな労働組合では「質素であれ」という一項をかかげている。そこにはもちろん現在の大量消費社会とそのなかにまきこまれている労働者への批判がある。大企業労働者と臨時労働者の不平等への批判があり、第三世界の民衆とをへだてる巨大な経済的不平等にたいする強い批判がある。

 経済主義の時代のなかで、政府、労組ともに「生活」とか「文化」「生活の質」という言葉を新しい戦略地点としている。

ここから引用。
――文化や生活が戦略地点となるということは、現在の状況の特徴を示している。管理主義はいまやなによりも文化や生活の管理として力をふるっているからである。現在、市民にとって、文化や生活は上から、あるいは外から「あたえられるもの」になっている。おしきせ文化、おしきせ教育、おしきせ生活である。消費、情報、娯楽、余暇などもすべておしきせである。こうした受動性は政治的受動性と結びつく。いわゆる中流意識をささえているもの、中流意識が経済主義へ向かっていく同期は、こうした「おしきせ生活」を失いたくないという恐怖心である。「おしきせ生活」を失うことは下層階級への転落を意味する。

*****

 杉並区職労もいつもいつも賃上げ要求をしていました。私は「労働組合なら賃上げ」というなんの疑問ももたない決まりきったやり方に反対で「質素な暮らし」を訴えたかったけど、わかってもらえないと思ったので言えませんでした。(暮らせるだけあれば)「お金がいらない」なんて変人ですよね。でも生まれてから一度も質素な暮らしができる以上のお金がほしいと思ったことはありません。
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by lumokurago | 2011-05-28 17:53 | 本(book)

『戦後思想を考える』 その2

第1章つづき

4、
 戦後日本が大成功をおさめたのは経済の領域であった。財界は「財界による財界のための」民主主義を、一部人民にも配給することに努力し、ある程度成功した。国民の生活の向上と快適の増大は結構なことだと言われれば、反対することはむずかしい。

 フランスの思想家ジョルジュ・フリードマンは、必要な対象と欲望の対象とを峻別することを主張した。人間は、生にとってほんとうに必要なものを慎重にえらばなければならない。かりたてられた欲望によって支配されることは、かえって彼の生活の喜びと生の開放感をそこなう。人間は政治の世界で主権者であるべきならば、生活の領域においても、主人公でなければならない。いまの私たちは、消費者は王様とあがめられることで、じつは奴隷におとしめられている。広告と市場の奴隷である。

 「必要な対象」と「欲望の対象」とを区別することはむずかしく、それは現在の消費や快楽への資本のがわからの無限のいざないにたいして、個人が自立的に自分の生活の仕方をつくりだすことができるかどうかという問題である。これができないと資本に管理されていく自分をゆるしていくことになる。

 日本の労働者の「生活の向上」や「快適の増大」は企業の海外活動に依存している。一度快適を知ったものは、それを自発的には放棄しにくい。海外への日本の経済侵略はさまざまな問題をひきおこしているが、いま公害輸出に反対して日本企業と正面から対立しているのは、孤立無援の無力な市民運動のグループだけである。

5、省略

6、
 ロッキード事件にたいして保守の政財界から自分たち自身をみなおすような真剣な議論は起こらなかった。日本の「自由」主義勢力は、最低の反省力や道義的な活力を失いつつある。革新勢力もまた、組織労働者よりもはるかに低い労働条件のなかで働く未組織労働者に眼をくばらず、社会的不公平にたいする初発の怒りを失っている。また「快適の哲学」に対しては意見をさけている。

 ここから引用
――保守も革新も、主体としてゆるやかに自己崩壊しつつある危機ではないか。全体的な自己崩壊のおそろしさは、責任をとるものがだれひとりとしていないままに、ゆったりと、もたれあいながら、退廃への道を歩んでいくところにある。かつて、日中戦争から太平洋戦争にはいるときがそうだった。8.15以後にもそれがあるのではないか。私たちは、軍国主義から民主主義へとなだらかにつづく坂道を歩いた。あるいは歩かされた。軍国主義から民主主義への移動が、こんなにも楽なものだと、だれが予想していただろう。いま私たちは、民主主義から、得体のしれない管理主義的全体主義へのなだらかな道を歩いているのかもしれない。下降していくことの気楽さに気づかないほどのスピードで。
 
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by lumokurago | 2011-05-25 18:09 | 本(book)

『戦後思想を考える』

『戦後思想を考える』日高六郎著岩波新書(初版1980年)

 この本を読んだのは1981年2月、27歳のときだから、いまからちょうど30年前ということになる。日本の戦後処理のあいまいさについて、「自由」主義経済体制が理念を捨て、快適な暮らしだけを求める「経済主義」になったこと、それが国内的には公害の増大、国外的には海外への経済侵略と結びついていること、管理社会が進行し大衆自身が「買収」されることを望んでいること・・・。日ごろから感じていたことをこれ以上的確な表現はないだろうというほどに小気味よく書いてくれていた。私の座右の書であり、最後の最後まで残すであろう本のなかの1冊である。

第1章 戦後思想を考える (要約)
1、
 三木清が疥癬のため獄死したのは1945年9月26日であった(疥癬をもつ囚人の毛布を三木清にあてがったという巧妙に仕組んだ殺人である)。これは何を表わしているのか。三木清獄死のニュースを聞いたロイター通信の記者が事情をしらべ、政治犯のすべてがまだ獄中にいることを知り、山崎巌内相に面会を求める。山崎内相は答えて「思想取り締まりの秘密警察は現在なお活動を続けており、反皇室的宣伝を行なう共産主義者は容赦なく逮捕する・・・政府形体の変革、とくに天皇制廃止を主張するものは・・・治安維持法によって逮捕する」と語った。これを知ったマッカーサーは「政治、信教ならびに民権の自由に対する制限の撤廃、政治犯の釈放」を指令。東久邇宮内閣は辞職した。

 イタリア、ドイツ、フランスのナチス協力政府は戦争が終わるや否や崩壊。戦犯ははやくに逮捕される(戦犯はいまだに捜索されており、みつかれば逮捕)。 日本では戦争協力新聞のすべてが題号も変えずに戦後に生き残っているが、それらの国ではありえないことである。

 三木清の死を知って山崎内相のもとを訪れたのは、日本人記者ではなく、外国人記者であった。敗戦直後に刑務所のまえに釈放の要求をもってあらわれなかったのは、日本人民だけでなく、日本政府もマッカーサー司令部もであった。提案は民間人としてのひとりの外国人記者によって行なわれたのである。

 だから私は「ひとりの人間の人権が蹂躙されたことにたいするひとりの人間の怒り」が東久邇宮内閣を倒したと言ったのである。

2、
 極東国際軍事裁判では1948年12月23日に東条ら7戦犯を処刑、翌々日の25日にA級戦犯容疑者の岸信介、笹川良一、児玉誉士夫ら19名が釈放された。だれの目にもあまりに不公平である。冷戦の激化のなかで、児玉、笹川、岸は釈放することのほうがアメリカの世界戦略の本筋だったのであり、東条らの処刑は終戦処理のための象徴的儀式にすぎなかったことを理解した。

 学生たちは質問するかもしれない。「三木清を助けることができなかった弱さ、戦犯を日本人の手で追及できなかった弱さを、戦後の大人たちは、どう考えているのですか」

3、
 残念ながらそこには人民の力の弱さがあった。戦争を批判するだけの認識を持つものはかなりいた。そのために獄に投じられた人もいた。しかし、力としてそれが歴史を動かすことはできなかった。いま、私たちの無力は十分に克服できているだろうか。

 同時に日本政府にはおどろくほど敏感な秩序感覚と、鈍感きわまりない人権感覚がある(いまもなにも変わっていませんね)。

 (このあと、ウォーターゲイト事件におけるアメリカの新聞の活躍が描かれており「アメリカには、あまりに腐敗した『自由』主義は、自由主義陣営にとってむしろマイナスであるという認識がある」とあります。この頃のアメリカはまだ健全だったのか。うちに下宿していたイザベルはいろんな国の新聞を読み比べていましたが、アメリカは特に言論統制がひどいと言っていました。いまのアメリカの堕落ぶりを見たら日高さんはどんなにがっかりするであろう)。

*****

 このあと、気力がつづけば何回か要約をつづけます。このあいだは養護施設の子どもについて掲載すると言っておきながら、テーマがあっちこっちに飛んですみません。
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by lumokurago | 2011-05-24 16:49 | 本(book)

債鬼は眠らず サラ金崩壊時代の収奪産業レポート

 杉並区在住で区議会議員らの悪事をひとり住民監査や住民訴訟で告発し、大活躍のジャーナリスト三宅勝久さんの『債鬼は眠らず サラ金崩壊時代の収奪産業レポート 』について松田まゆみさんが記事を書いてくださいました。転載させていただきます。松田さん、いつもどうもありがとうございます。みなさん、三宅さんを応援してください。ぜひ本を買ってください。

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三宅勝久著「債鬼は眠らず」があぶり出す悪徳貸金ビジネスの世界

 ジャーナリストの三宅勝久さんの著書は「『自衛隊員が死んでいく』が暴く凄まじい自衛隊の内実」でも紹介したが、昨年出版された「債鬼は眠らず サラ金崩壊時代の収奪産業レポート」(同時代社)もサラ金にまつわる凄い世界が描かれている。

 この本が出版されたのは、ちょうど昨年の秋に武富士が破たんし会社更生法を申請した直後。武富士の破たんはいわゆる「過払い」金の返還請求が経営を圧迫したなどと報道されてきた。しかし、この本を読むどうやらそんな単純な話ではなさそうだ。サラ金破綻の影に債権回収ビジネスの姿が浮かび上がってくる。

 すでに多くの人が知っていると思うが、サラ金業界は債務者(お金を借りた者)に対し、利息制限法で決められている利息の上限(年18%)を超える金利を請求してきた。つまり、利息を払いすぎている債務者が大半なのだ。この超過して支払った利息は、サラ金に対して返還を求めることができる。近年はこの過払い金の請求が増えたため、サラ金業界の経営を圧迫しているという。

 ここまではごく一般的な話なのだが、実は、債権が知らないうちに別の会社に売られてしまっていることがあるのだ。その場合、お金を借りたサラ金からではなく、別の会社から借金の請求がくることになる。過払い金があれば、本来それは取り返せるものなのに、ある日突然、まったく知らない会社から借金返済の取り立てがくるというのだからたまらない。これが債権回収ビジネスだ。

 サラ金の債権の中には回収不能の不良債権が多数入っている。それを隠して海外の会社に売り付け、日本の債券管理回収会社に回収させているという。国際的なマネーゲームが展開されているわけだ。そして、債権回収の際には違法な取り立てが行われている。つまり、過払い金があっても無視して取り立て、本人が返せないと親族をターゲットにするという無茶苦茶な取り立てだ。

 悪徳ビジネスを展開しているサラ金は、不動産を担保にして回収するという手法もとる。複数のサラ金から借金があると「おまとめ」と称し、不動産を担保にして借金を一本化させる。ところが、借金は膨らむばかり。そうやって行き詰まらせて担保をとろうというのだ。これを業界では「焼畑商法」というそうだ。やり方も凄いが、名前も凄い。

 サラ金業界の肩をもつ早稲田大学の教授の話も出てくる。サラ金は情け容赦なく債務者から絞りとれるだけ絞りとる。さらに、過払い金返還や債務整理を謳って、あこぎな商法を展開している弁護士や司法書士・・・。近年は債務整理を謳った法律事務所の広告をあちこちで見かけるようになったが、派手な広告を出している事務所は要注意だろう。債務者にとっては二重、三重の地獄が待ち受けていることになる。

 そして、今は奨学金の貸与がサラ金化してきているという。奨学金といえば、私も学生時代に日本育英会から奨学金をもらっていた。月額9000円だったから、それほど無理なく返還できた。しかし、今は貸出金額の桁が違う。月に12万円というコースもある。年額にしたら144万円。4年間借りたら576万円だ。卒業したとたんに、大変な借金を負うことになる。本書では、こうした奨学金ビジネスの裏側にも迫っている。

 この本が描きだしている世界は、労なくしてお金を得ようというマネーゲームの裏舞台だ。額に汗して働いている人々を食い物にし、お金を操ることで金儲けを企んでいるサラ金や関連ビジネスの恐ろしい罠だ。

 そして、三宅さんは最後にこう締めくくっている。


 回収がきつくなっているのは奨学金だけではない。国民健康保険、税金、公営住宅の家賃、NHK受信料-あらゆる「公的」な料金が、かつてない強い方法で取り立てられている。そして民間企業が関与を深めている。
 これが何を意味するのか筆者にはまだよくわからない。だが、サラ金崩壊の先に、国境を越え、役所と一体化した、より大規模な債鬼の襲来を予感するのである。

 そういえば、「これが国民年金の未納者対策?」にも書いたように、国民年金の取り立てもクレジット会社だ。

 そして、昨日の北海道新聞夕刊の桂敬一氏の「ニュースへの視点」というコラムを読んでドッキリした。そこには以下のように書かれていた。


 アメリカがTPPに託するもうひとつの狙いは、金融・流通・サービスの完全自由化だ。リーマン・ショックでギャンブル資本主義に懲りたはずのアメリカが、これらの市場での世界支配で起死回生を図ろうとしている、とみてまず間違いない。日本の郵貯も簡保も、今度こそ狙われるだろう。

 アメリカを中心に国際的な恐ろしいマネーゲームが展開されようとしており、日本もそれに飲み込まれつつあるのではないか・・・。アメリカの穀物メジャー「カーギル」が日本の悪質債権回収業者に資金を融資していたと、三宅さんの本にもあった。穀物メジャーなどは実に不気味な存在だ。三宅さんの予感は現実のものになろうとしているのではなかろうか。なにやら背筋が寒くなってきた。

 多くの人に是非読んでいただきたい本だ。

 以下は、三宅さんのブログ。三宅さんは、杉並区の監査委員や選挙管理委員の不当報酬について、果敢に住民訴訟で追及している。

ジャーナリスト三宅勝久公式毒舌ブログ

*****ここまで転載 もとはこちら 
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by lumokurago | 2011-02-04 16:51 | 本(book)

『野宿に生きる、人と動物』 関連記事追加しました

 『野宿に生きる、人と動物』(なかのまきこ著・駒草出版2010)読みました。私にとって「野宿者」はある一点でとても身近です。むかし私は、児童養護施設(親と一緒に暮せない子どもたちの施設:そのむかしの孤児院)の子どもたちは都立高校に入れないと中卒で施設をでなければなかったので、なにがなんでも都立高校に入れようと勉強を教えるボランティアをしていたことがあります。(数年後、私立高校でもOKになった)。

 ところが、せっかく入れた高校をすぐに辞めてしまう子どもがいました。もともと彼らは勉強が好きではないし、無理やり入れたのでとても授業についていけないからです。私のみていた子どもたちの学習能力は中3で小学校3年生並です。九九も怪しく、漢字も日常生活に困るほど読めません。なぜそうなってしまったかというと、落ち着いた家庭で育っていないからです。子どもというのは衣食住が保障され、親にかわいがられたり怒られたりしながら育たないと、勉強どころではないのです。

 施設の子どもは帰る家がないので、就職先は寮付のところになります。親と暮らせなかった子どもは学習能力が低いだけでなく、生きる力そのものが身についていないので、就職先をすぐに辞めることになりがちです。辞めてしまうと住むところがなくなってしまいます。友だちの家を転々とした後、次の就職先をみつけても、いずれまた辞めてしまいます。

 彼らのいいところは心がやさしいこと。だけどほかは全部だめ。まわりの人たちが一生懸命に手を貸しても、生きる力を身につけることはなかなか難しいのです。もちろん立ち直って立派に生活している子どもたちもおおぜいいるだろうとは思います。けれどそうできない子どもたちもいるのです。私の関わった子どもたちの中には10代で亡くなった子どもも数人います。シンナー中毒などで。

 私が養護施設の学習指導で最初にかかわった子どもはもう35歳になっています。彼が中卒で就職した(高校に入れたのだがすぐに辞めてしまった)はじめての給料日、母親が来て「病気で手術しなければならない」と彼をだまし、給料を全額持って行ってしまいました。当時は好景気だったので社長さんは夕御飯を食べさせたり、前借りさせてくれ、彼はなんとか暮していました。初めての仕事は1年くらいつづいたのかな。しかし、その後は仕事を転々とし・・・。理解のある社長さんばかりだったのに、次から次へと裏切り・・・。そのたびに私に頼っていたのですが、結局私にも完全に顔向けできない状況となり、ぱったりと連絡が途絶えました。私も彼が私を頼っているといつまでも自立できないと考えるようになっていたので、つきはなしたのです。でも当時は仕事があったのでよかった。いまはどうかな? 中卒の子ども(もう大人ですね)の就職先といったら土木工事しかありません。仕事がなくて野宿者になっているのではないかな? 

 私は彼らとつきあって、「生きてさえいればいい」(それ以上なにも期待しない。もちろん殺人などやっては困るが)と思うようになりました。野宿、もちろんOKです。彼らが小学校3年生程度の学習能力しかなく、生きる力がないのは彼らの責任ではありません。本人の努力が足りないのだと彼らを知らない人は言うかもしれませんが、親に育てられなかったということはそれほど大変なことなのです。

 野宿者がそうなったのにはいろいろな理由があると思いますが、私はこういう子どもと関わっていたというだけで、野宿者がとても身近です。杉並でいえば神田川や善福寺川沿いの遊歩道や公園にあるベンチに、横になれないように(しかも簡単に取ることのできないように頑丈に)障害物を作られてもう5年くらい経つでしょうか。なんて意地悪なんでしょう。こういうことをする行政は例えば親に育てられなかった子どものことをどれだけ知っているのか? 虐待を受けてきた子どものことをどれだけ知っているのか? 怒りがこみあげます。

 今回杉並区でも事業仕分けが行われましたが、虚弱児やぜんそく児のために作られた「南伊豆養護学園」が廃止されてしまいました。この学園は実際には被虐待児の避難先にも使われているのです。虐待が増えていると言われるいまこそ必要性は増しているはずなのに。行政にかかわる人々は何も知らないんですね。また、学童クラブはすでに民営化がすすんでいますが、児童館も民営化(あるいは廃止??)するための検討委員会ができたそうです。児童館は一度民営化の話がでたのですが、そのときは直営でやるということになりました。それがまたでてきたのです。子どもはみんな塾通いしているから、もう児童館などいらないってか! この国の未来は真っ暗です。
 
 ちなみに湯浅誠氏(反貧困ネット事務局長・内閣府参与)は当時養護施設での学習支援ボランティアグループのリーダーで、19歳の東大の学生でした。彼のような人がいると、お先真っ暗なこの国の未来も良くなる可能性があるかなと思えますね。

 本の感想はぜんぜん書きませんでしたが、心やさしい野宿者が見捨てられた動物たちと一緒に生きるさま、それに魅力を感じてつきあっている著者の姿は、生きる希望を与えてくれます。動物が好きな人におすすめです。Dr.Kも喜びそうです。

【関連記事】
<貧困>は自己責任ではない(湯浅さん講演)
養護施設の子どもと今の高校中退の子ども
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by lumokurago | 2010-11-19 09:47 | 本(book)

『なぜうつ病の人が増えたのか』 その2

 日本では1980年代に「脳循環代謝改善薬」と呼ばれる一連の薬が次々と認可され、「高齢者の脳機能を改善させる」という製薬会社の宣伝のもと、1990年代になるとこの一群の薬の売り上げが年間約2000億円に至ったそうです。ほんとうに高齢者の脳機能を回復させる薬が見つかれば大発見だが、欧米ではそのような薬はなく、日本のみで数十種類の薬が認可、販売されたそうです。

 薬害オンブズパースンなどがその薬の有効性について批判を投げかけたが、製薬会社や医学会のリーダーたちは動かず、皮肉なことに売り上げが伸びすぎたため、大蔵省から厚生省に薬の有効性についての疑義が出されたのでした。大蔵省から圧力をかけられた厚生省は製薬会社に有効性を証明する再試験を命じ、再試験の結果、ほとんどの薬の有効性が証明できず、ある薬では副作用で死亡した例も報告されました。その結果、脳循環代謝改善薬は次々と承認を取り消されたが、発売中止となるまでの総売り上げは総額1兆円を超えたそうです。しかし、行政も製薬会社も医学界も誰一人責任を問われることはありませんでした。

 著者はこのエピソードは「効果がない薬でも、営業活動さえしっかり行えば処方薬は売れるということを教えてくれる」と言っています。処方薬の売り上げを決めるのは医師ですが、世界有数の製薬会社ノバルティスの元CEOであるダグラス・ワトソンは引退後に次のように述べています。

 ほとんどの医師は製薬会社を通じて新薬の知識を得る。新薬を理解するため、自分の時間と労力を費やして徹底的に文献を読み、しかるのちに薬を処方する。こんな医者はほとんどいない。

 感想ーつまり医者は製薬会社のいいなりなのですね。Dr.Aも「医者は医療信仰が強いから薬は効くと信じている」と言ってたし。

 著者は脳循環代謝役が残したもう一つの教訓として次のようなことを述べています。

 現在の医療制度は有効性のない薬に対して自浄作用を持っていない。効果の低い公共事業に関する世間の目は厳しくなってきているが、重篤な副作用でもでれば別だが、一般人にとって薬の有効性のなさを実感することはむずかしい。国の歳出に占める公共事業費余地も、医療費の方が圧倒的に大きいことを考えるとそういった見直しも必要だが、実際、有効性のなさが問題となって発売中止となった薬は、脳循環代謝改善薬以外ほとんどない。

 さて、製薬会社の宣伝活動について詳しく知りたい方は本書を読んでいただくとして・・・。

 SSRIの効き目について何と書いてあるでしょうか?

 著者が一番理解してほしいのは、うつ病の経過は多様であり、病院を受診しなくても自然に治り、一生再発しないうつ病がある一方、治療を受けてもなかなか治りにくく再発の可能性の高いものもあるということだそうです。2番目に理解してほしいのは、未受診のうつ病には経過がよいうつ病が多いということだそうです(なぜ未受診で「うつ病」とわかるのかが書いてありませんが)。治療を受けない方が受けるよりも早く回復しているということです。まずこれを覚えておきましょう。
 
 2008年2月に抗うつ薬の有効性に関する論文が、英国のキルシュ教授らによって発表されました。欧米の主要メディアはトップニュースとして大きく取り上げたが、日本のメディアは報道しませんでした。キルシュ教授らは、FDA(米国食品医薬品局)に、今まで米国で行われてSSRIの臨床試験をすべて開示するように要求し、開示されたデータをすべて調査しSSRIと偽薬との比較を行ったところ、その差はわずかしかなかったそうです。キルシュ教授らは「うつ病が改善するのは患者本人の自己回復能力のおかげであり、抗うつ薬による薬理作用の部分は20%以下である。製薬会社は自分らに不都合なデータを隠ぺいすることによって(出版バイアス)、抗うつ薬の有効性を実態以上に強調してきた。その弱い抗うつ薬の効果も、重症うつ病においては比較的認めやすいが、軽症うつ病の場合、抗うつ薬とプラセボの差はほとんどない。軽いうつ病にまで抗うつ薬による治療を勧めることはおかしい」と厳しく批判しました。

 SSRIの一種であるパキシルについて、2002年10月にBBCで18歳未満のうつ病に対してパキシルは有効性がなく、しかもプラセボ群と比較して自殺未遂などが数倍多いという調査結果を報道しました。それを受けて英国、米国では再調査が行われ、英国では未成年者にパキシルなどを禁忌とし、米国では成年も含めSSRIだけでなくすべての抗うつ薬の自殺関連事象を起こす可能性について警告、日本でも06年に厚労省からすべての抗うつ薬に対して自殺衝動への注意が勧告されました。抗うつ薬と自殺の因果関係の証明はむずかしく、いまでも議論が続いているそうです。

 それから著者は副作用が少ないと言われている高価なSSRIと従来の抗うつ薬とは、じつはそれほど副作用や効果に差がないことを説いています。そして日本における精神科の薬物療法の問題点として、抗うつ薬だけでなく、抗不安薬、睡眠薬、抗精神病薬、気分安定薬と多岐にわたって、それぞれ複数処方する医師がほとんどで、抗うつ薬1種類、睡眠薬1種類のシンプルな処方をする精神科医は少数派であると指摘しています。多くの薬を飲み続けると、うつ病のせいで調子が悪いのか、薬の過剰投与で調子が悪いのか、わからなくなってくる患者も現れるということですが、医薬分業も進み、多数の薬を処方しても医師には経済的なメリットはなくなったのに、多剤併用療法はなかなか減らないそうです。

以上  
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by lumokurago | 2010-08-16 10:25 | 本(book)

なぜうつ病の人が増えたのか

 『なぜうつ病の人が増えたのか』(冨高辰一郎著・幻冬舎ルネッサンス)を読みました。著者は働く人専門の精神科医。厚労省によれば1999年からの6年間で、病院に通院するうつ病患者数が約2倍に増え、うつ病により休職している人も急増しているということで、欧米諸国の動向や論文を調べ、なぜ急にうつ病が増えたのかを解明し、増えているうつ病にどう対応したらよいか、著者の考えを述べています。

 日本ではそれまで横ばいだったうつ病患者が1999年から急増、それは抗うつ薬の売上、働く人のメンタル休職率と非常に似た形のグラフを表しています。1999年に何があったのか、結論を言ってしまえば、その年はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)が日本で認可された年だったのです。欧米諸国においても、SSRIが認可されたのが日本より10数年早かったが、認可とほぼ時を同じくしてうつ病患者が増加しています。その背景には製薬会社の積極的な営業活動があったのです。それまで精神科の薬は価格が安く、製薬会社にとって魅力のある分野ではなかったそうですが、SSRIは非常に価格が高かったのです(従来の薬の2~10倍)。

 米国では1,988年にSSRIが導入されました。コロンビア大学精神科のオルソン教授は次のように述べています(P.53)

 製薬会社は医療関係者や一般大衆に向けて精力的なキャンペーンを繰り返した。うつ病が次第に週刊誌の特集になったり、ベストセラーになったり、テレビのトークショウの話題になったりした。企業と研究者の共同研究によって、簡単なうつ病のスクリーニングテストが開発され、簡単で便利なうつ病の早期診断が推奨された。(中略)こういったメディアの影響はアメリカ人の受診行動を変え、うつ病受診者は増加していった。

 現在の日本と同じような状況ですね。「SSRIの売り上げを伸ばすには、うつ病にかかったら病院に行くという意識を社会に根付かせることが必要となる。そして医療機関を受診してもらうには、何はともあれ、まず本人が病気に気づくことが必要なのである。そのためには『病気の啓発活動』を行う必要がある。(中略)『病気の啓発活動』とは、マスメディアやインターネット、学会活動、講演会といった手段を通じて、人々の病気への意識を変えていくことである」(P.69)

 その結果、欧米では「disease mongerring」(日本語では訳語が統一されていないが、「病気の押し売り」「病気作り」と訳されることが多い)が深刻な社会問題となり国際学会すら開かれるようになっているとのことです。「disease mongerring」とは製薬会社が豊富な資金を背景に、病気の啓発活動を過剰に行うことによって、必要以上に薬の売り上げを伸ばしているという批判で、代表的な疾患として、小児の躁うつ病、男性型脱毛、性機能障害、ADHD(注意欠陥多動性障害)、軽い高コレステロール血症等があるそうです。(私もADHDの子どもにリタリンという覚せい剤と同じ成分の薬を長期にわたって飲ませることがどうなのか非常に疑問に思っていた)。

 米国ではここ10年間で未成年の躁うつ病患者が40倍に増加、その背景には「病気の押し売り」があったのではないかと製薬会社が批判されているそうです。なぜならば、躁うつ病治療に使われてきたリチウムという薬は非常に安く、製薬会社もリチウムのプロモーションにはほとんど力を入れていなかったが、90年代になると米国では非常に薬価が高い抗てんかん薬などがそううつ病治療薬として承認されていき、製薬会社は一斉に躁うつ病のキャンペーンに乗り出したということなのです。

 2008年には複数の向精神薬等が慢性的に投与されていた4歳児が死亡、主治医の精神科医は医師資格の停止措置を受け、両親も子どもを早く寝付かせようとむやみに薬を追加投与したとして刑事告訴されたそうです。その上、この子の二人の兄弟もやはり小児躁うつ病の診断で同じような薬物治療を受けていたそうです。小児躁うつ病の啓発運動を積極的に推進してきたハーバード大学の有名教授らが、複数の製薬会社から数百万ドルものコンサルタント料を受け取っていたことも判明、現在米国では製薬会社が行う病気の啓発活動に対して、社会がこの強大な力にどう対応すればよいのかが問題となっているとのことです。

つづく
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by lumokurago | 2010-08-13 14:52 | 本(book)