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カテゴリ:社会(society)( 398 )


格差が生涯つづく年金制度=身分制度 その2

 「その1」にでてきたA子(27歳)より

ブログに書くほどの話の内容じゃないのに恥ずかしヾ(≧∇≦)〃

兄弟で近い時期に無職になるって…すごいね(笑)私の場合は毎年、覚悟はしてたから~社会のせいでも不況のせいでもないよ♪ いい機会なので、4月以降いろいろ考えて過ごしたいと思います。

私立中学受験について(渡辺が公立中学がいいと主張した)…私は親の気持ちも分かるかも…日本って教育にお金をかけられた子のほうが進学率とか高くて、稼げる職業に就けるからね~お金で将来が多少でも買えるなら‥と思う気持ちもわかるよ(--;) 本当なら親とかお金とか家柄で子供たちの可能性を潰してはいけないんだけどね(T_T) 私立行っていっぱい勉強して、生き物博士♪ なんて将来もありかもよ?

子供たちのことを一番に考える国であって欲しいと思うけど、選挙に行くのは年寄りばっかだから、政治家も年寄りに都合のいいことばっかいって票を獲ようとするのだろうね…お金がなくても選挙に立候補できるシステムになって欲しいね。そしたら、いい政治家がでそうなのだ( ̄▽ ̄)b

カネとコネがないと日本の社会では得ができない!変な国~♪

こんなメールの予定ではなかったんだけどな…ニイニイに慣れてもらえるようまたワイロ(注:マタタビ)持ってくね(*^-') 2月は忙しいから3月かな~またね(⌒0⌒)/~~

*****

恥ずかしくないよ。あのブログみてるのも年寄りが多い(と思う)から、お灸をすえてやらなくちゃ。「年金貴族」がたくさんいると思う。でもどんなに「運動」やってる人でも自分の年金が減るような提案をするわけない。私はするけど・・・って、児童館に勤めていたころ、組合が賃上げ賃上げというのに反対意見を書いていたからね。ほんとです。(注:松下竜一の「スモッグの下のビフテキよりも、青空の下の梅干しを」を引用し、経済成長は決して人間を幸せにしないから、質素な暮らしをしよう。賃上げは必要ない。労働組合といえばいつまでたっても賃上げを要求するのは時代遅れもはなはだしいと書いていた)。

それにさ、A子が「毎年、覚悟はしてたから~社会のせいでも不況のせいでもないよ」と思っているのは間違いです。なぜかというと、むかしの社会保険庁(日本年金機構)は全員が正職員だったから。それが人員削減攻撃に負けて、非常勤やパートなどの期限付きでクビにする職員を雇うようになったからです。宮北にたまのちゃん、いたでしょ。彼女はパートだったから3年という期限でクビになってしまったの。期限付きの雇用なんてぜったいにおかしいと思う。それに正職員(私たちのことね)と同じくらい能力があるのに(そう思うでしょ?)、パートだからということで、給料がものすごく低い。矛盾ばかり。

つまり、正職員を削減して、非常勤やパートを導入させてしまった、当時の組合の大人の責任です(私もそのうちの一人)。 

大人の罪は重い。

話は変わりまして・・・最近、中卒で「生き物博士」やってる私より一つ下の男性とであったよ。

 渡辺容子
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by lumokurago | 2012-02-01 21:23 | 社会(society)

格差が生涯つづく年金制度=身分制度

 辛口ですみません。でもほんとうのことだと思います。

 昨日、日本年金機構に勤める教え子が遊びに来てくれた。社会のことをよく考えているしっかり者である。彼女も猫好きで2匹飼っている。去年の8月に来てくれたとき、うちに来たばかりの臆病者のニイニを抱き上げて、私に渡してくれた。ニイニは私からも逃げ回っていたので、私がニイニを抱いたのはそれがはじめてだった。

 ところが昨日はニイニは彼女からも逃げ、こたつのなかに入りっぱなし。

 猫話に花が咲き、原発について話し・・・、同級生の噂話になり・・・、弟がアニメの仕事をしているが、会社がつぶれてしまったとのこと。彼女自身も3月でリストラされてしまうかもしれないとのこと。お母さんが心配して、近所のスーパーの求人のちらしをもってきたそうだ。彼女はたしか27歳。

 いまの若者はほんとうに大変である。仕事を選ばなければ何かはあると彼女は言うけれど、正社員の仕事などほとんどなく、身分の安定しない派遣やアルバイトばかり。決まった仕事をつづけられず、いつリストラされるかの不安をかかえた一生を送らなければならないなんて!

 そんな若者たち(年収200万)が「年金貴族(年収300万~400万)」を養っている。おかしくない? 絶対におかしい。

 年金の額は現役時代の給料の額で決まる。つまり高額所得者は、年金も高額。貧乏だった人は年金も少ない。共済年金と厚生年金と国民年金の格差がものすごい。

 ほんとうならば、高額所得者は貯金があるだろうから、年金はいらない(または少額でもやっていける)。貧乏だった人は貯金も少ないだろうから、年金が必要だ。それなのに、逆になっている。

 つまり「格差」は一生つづく「身分制度」なのである。江戸時代でもあるまいに。

 「年金貴族」のみなさん、自分たちが不公平にたくさんもらっている年金を返還して、真の意味で若者のためになる使い方を考えて、国会議員を動かしませんか? 「年金改革党」でもつくったら、若者に支持されるかも。そんなところから日本を変えていきませんか?

 また、60歳で定年退職しても普通に暮らせる人は、再雇用など希望しないで、若者に仕事を譲りましょう。

 こんな仕事のない社会、若者の希望を奪う社会をつくってしまった責任は私にもみなさんにもあります。



 
 
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by lumokurago | 2012-01-29 17:40 | 社会(society)

やつらだブログより無断転載

文句タレ「いろはカルタ」2012  もとはこちらです。

 めったに更新されなくなったやつらだブログ、やつらださん、どうしてるのかい? 更新しないのでリンクはずそうかと思っていたところだよ(私は面識があります)。


い…いつまでもあると思うな東電社員(被災者への賠償が進まない中、ボーナス支給)

ろ…論より原発再稼働

は…ハラハラする福島瑞穂の国会質問(苦笑)

に…任侠道は芸能と相撲の原点

ほ…法律では放射能物質は東電の資産ではない。

へ…屁理屈でオウム死刑を正当化の江川オバサンw

と…とんでもない場所で放射能検出

ち…地下へ漏れるということは海にダダ漏れ放射能汚染水

り…利用できる小沢を利用しない民主党

ぬ…ぬるい追求、イシハラの津波は天罰

る…ルンルンしているのは佐賀県知事

お…オレオレ詐欺しているのは暴力団ではありません。街のチンピラですよ警視庁さん

わ…忘れた頃に原発再起動

か…加害者だと自覚しよう原発容認していた福島県民

よ…世も末だ、貧乏人が橋下に投票

た…たくさんの警察官に守られた勝俣邸

れ…冷温停止状態って冷温停止のようなもの?

そ…原発が必要な電気自動車ってどこがイイの?

つ…つぎつぎとなし崩し的に自民党化

ね…年金払うから仕事をくれ

な…なにも考えず勢いで橋下に投票

ら…拉致家族、将軍死んで勢いづく

む…無理いって無担保で100億円 ティッシュ王子

う…うまい言葉で騙されて原発容認していた福島県民

い…イジメたやつらに死刑適用

の…のうのうと「安全」強調

お…沖縄の事なんて地震で忘れてますよ

く…繰り返された「ただちに健康に影響はありません」

や…約束のほとんどを自民党と妥協して廃止

ま…まだ原発で食えている御用学者

け…景気が悪いままで地震が追い打ち

ふ…ふるさとは放射能で汚染され

こ…こりずに節電を訴える嘘つき電力会社

え…栄養をつけたいけど放射能汚染が怖い

て…定期検査という馴れ合い

あ…あっというまに自民党と同じ主張

さ…最高安全の原発を輸出するという悪夢

き…きっとまた再稼働を許すよ福島県民

ゆ…雪が積もった上に放射能 それが溶けて汚染水道水

め…めったにない事故だからと再稼働

み…みるみるうちに広がっていた福島からの汚染

し…知れば知るほど、ただの湯沸かし器でしかない原発

ゑ…栄養も放射能もたっぷりと

い…いまに皆忘れるよ。日本人だもんw

も…もういいかげん紅白歌合戦観るのよそうよ

せ…選挙前に増税うったえる馬鹿なドジョウ

ず…ずるずると責任取らないで済みそうな東電

ん…んーっ AKB48が映らないTVある
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by lumokurago | 2012-01-08 20:14 | 社会(society)

君が代の思い出

 
 昨日、うちでクリスマスにかこつけたパーティがありました。そこにジョニーHさんがみえ、この歌を歌ってくれたので、思い出話をします。

 私が1976年にはじめて就職した高井戸学童クラブでは、学校行事などをみにいくことを思いつかないほど、子どもとも父母とも信頼しあっていたので、入学式、卒業式、運動会、学芸会などには1度も行ったことがありません。日の丸君が代がどうなっていたかも不明ですが、まあ、なかったでしょうね。

 次の職場、宮前学童クラブに異動したのは、7年後の1983年。ここ高井戸第二小学校は「アカ二」と言われるほど組合が強かったので、プールの検定もなく、水着も赤でも黄色でも自由でした。高二には障害児学級がありましたが、普通学級との交流もさかんでした。このときは校長先生に招待されて、何度か卒業式に行きました。もちろん日の丸君が代はなく、子どもとのつきあいが深い学童クラブ職員が来賓の先頭で、形式的に招待している教育委員会、町内会会長や区議会議員は後の方でした。とても心のこもった卒業式を行っていました。

 次に異動したのは4年後の1987年、宮前北学童クラブで、荻窪小学校でした。この学校は「アカ」ではありませんでした。プールに検定があり、水着も紺色のスクール水着に統一されていました。まず、君が代ではないのですが、就学時健診の当日、障害児を障害児学級や養護学校に振り分けるため=障害児発見のために行われている「就学時健診」の目的を説明し、受けるのを止めましょうという趣旨のビラを、私は休暇を取って、校門の外で父母たちにまいていました。

 ビラを全部まきおわり、職場に戻ったところ、館長が「話がある」と言います。学校から「お宅の職員が校門でビラをまいている。迷惑だからやめさせてくれ」という電話がかかってきたというのです。驚きました。本人に言えばいいものを、本人には一言も言わずに、わざわざ館長に電話するとは! 

 館長はこのとき、「渡辺さんの『迷惑』は真摯だから『迷惑』じゃない」という手紙をくれました。

 2年後の1989年、卒業式に私が出席することになったのですが、来賓席に座ると事が大きくなると思い、父母席の一番後ろに座りました。この小学校ではすでに卒業式に日の丸君が代を導入しており、私はそのことを知っていたのです。私は君が代で起立しませんでした。まわりの父母はみんな立っていたので、見えないと思ったのですが・・・。

 学校から怒鳴りこんできたと思いますか? いいえ、まったく逆に校長が神妙にわざわざ菓子折りまで持って、児童館に来て、館長(まえの人とは違う人)に、「お宅の職員が君が代で起立しなかったが、学校では問題にしないから」と言いに来たのです。どういう意味? 完全に不明です。

 そのときの館長は気の小さい事務方の男性(専門職ではなく、区からまわされてくる)で、なにか気がかりなことが起こりそうになると、「鶴亀鶴亀(面倒なことが何事も起こりませんように)」とまじないを唱える癖がありました。それは毎日のことでした。子どもも覚えてしまって、その年の文集の館長の文章の下に、鶴と亀の絵を描いていました。

 このときも、校長が帰ったら館長は「鶴亀鶴亀」と唱え、「渡辺さんの『迷惑』は真摯」だとは言いませんでした。ちなみに、この館長は女性職員をアメリカ女性に例えればだれかといって、職員の受けを狙おうとしていたのですが、私の同僚は「ベティ」、私は「ヒラリー」でした。私がこわかったのかもしれませんね。

 さて、ここからが大事なところです。

 そのまた次に、私は「アカ二」だった小学校の学童クラブに戻りました。1994年のことです。この頃、日の丸君が代の押し付けが始まっていたのでしょうか。先生たちは工夫に工夫を重ねていました。年ごとにおいつめられつつ、それでもできるだけ子どもには聞かせたくないという思いだったようです。最初の変化は前の年までまったくなかった日の丸が校庭の国旗掲揚塔になるべく目立たないように挙げられ、子どもが入場するまえに音楽のみの君が代が流れました。が、「起立」の声はなかったと思います。次の年は、校門に日の丸、歌の君が代を流し、そのまた次の年は、式場正面に広げて貼るのではなく、隅っこのポールに下げ・・・やがては君が代も歌わせるという具合です。

 私が出席したときは、子どもの入場前に曲を流すというやり方でしたが、「起立」という号令がかかりました。私はとっさに、「起立しなくてもいいんですよ。するかしないかは自由です」と大声で言いました。そうしたら「自由でいいんですか」というようにざわめいて、起立しない父母がちらほらありました。このときは、校長が館長に菓子折りを持ってくることもありませんでした。校長はともかく、先生たちは支持してくれたのでしょう。でもそれ以来、卒業式には出席していません。

 1999年に国旗国歌法が制定され、当時の小渕首相は「義務付けはしない」と答弁したが、2003年に10.23通達(都教委による事実上の教員への日の丸君が代強制の通達)がでて、起立しない教員は処分されるようになりました。本土の捨て石にされた沖縄や自由を誇った都立高校での日の丸の掲揚率、君が代の斉唱率もほぼ100%に。

 いま、調子に乗った大阪市長は教育基本条例設置を叫び、石原都知事も「教育を破壊する」と言っています。

 先生たちの1人、2人ではなく、8割、9割が拒否すれば(ほんとうはその考えの人がほとんどなのですからね)止めることができたと思うのですが・・・。だってそんなに大ぜいをクビにしたら、学校は次の日から困るのですから。それにそんなに大ぜいが裁判を起こせば裁判所ばパンクしたかも!

 しかし、ここでも人間は弱いのでしょう。「教え子を再び戦場に送るな」と言ったのはだれでしたっけ? 同じ苦しみを繰り返すことがわかっているのに、よくも平気でいられるなあ。

 やっぱり、人間、性悪説か・・・。性弱説か・・・。
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by lumokurago | 2011-12-26 19:50 | 社会(society)

元「慰安婦」を侮辱する民間募金構想

 元「慰安婦」を侮辱する民間募金構想  石川逸子  朝日新聞論壇 1995.5.24

 50年前、私は栄養失調でおできがいっぱいながら「神国日本」は必ず勝つと信じこんだ12歳の少女だった。8月15日を境として、自由という美しい言葉を知り、「聖戦」が侵略戦争だったことも知った。むさぼるように本を読み、やがて恋をし、二人の娘をもった。

 でもそのように生きられなかった朝鮮半島などアジア・太平洋地域の同世代の女性たちがいたことに気付いたのはわずか数年前である。

 ソウルでお会いしたKさん。私より3つ年上の彼女は、成績が良く日本語も上手だったために、勤労女子挺身隊として富山の不二越工場へ連行される。空腹と望郷の思いから脱走したところを憲兵につかまり、レイプされ、軍「慰安所」に放りこまれる。そして性のなにかも知らなかった15歳の小がらな少女は、あるとき立ちあがれなくなるほどにたくさんの軍人たちの相手をさせられ、性病を患った。一銭のお金をもらうこともなかった。

 どことも知れない地の「慰安所」で8月15日を迎えたKさんは、歓喜し、同胞を頼ってようやく帰国の途につくが、出産間近な体であることを船中で人に教えられる。

 死のうとして死ねず、旅館で産みおとした赤ん坊を抱いて故郷の生家へ帰っていった16歳のKさん。でも余りに居づらく家を出て、孤児院に子を預け、日曜ごとに会いに行きながら働いた。あるとき会いに行ってみると、わが子の服を別の子が来ていて、「死んだ」といわれた。それからの長い年月、壊れた身体に苦しみながら一人働き続けてきた。結婚を求められたことも幾度かあったが「日本でのことは話せないし、結婚することはできませんでした」と。たった15歳で夢も希望も折られてしまったKさんの人生。

 この3月、またソウルでKさんに会った。村山内閣の民間募金構想に「私たちは物乞いではない。日本政府は真相を究明し、正直に、きれいに解決してほしい」と憤激しながら訴えられた。彼女が求めているのは、不当に奪われた名誉の回復なのだ。

 Kさんが特別なのではない。数々の資料、被害者たちの証言によって「慰安婦」という性奴隷にされた女性たちの大半は、日本の植民地・占領地の十代の少女たちであり、その企画・立案・管理などを大日本帝国が行っていたことが明らかになっている。それは無類の戦争犯罪・性犯罪であって、わけてもこの犯罪の残酷さは、身体と心に深い傷を受けた彼女たちの惨苦が半世紀後の現在まで続いている点にある。

 加害側にとってはもう遠い過去の出来事でしかなくなっていたのに、被害者たちには現在の生々しい問題であり、加害側は処罰も指弾もされずにきたのに、被害者たちは差別され、自らをおとしめ、その多くはボロボロの身体で生涯独り、流浪の日日を過ごしてきた。いまだ夜ごと、日本軍人に追われる夢を見てうなされる女性たちがあり、日本軍に遺棄され、中国の農村で辛い残生を送っている朝鮮半島の女性たち数人も、昨年確認された。彼女たちの人権はなお奪われたままなのだ。

 加害側と、被害者たちとの、このあまりに逆立ちした関係は正されねばならない。恥ずべきは誰であり、悔いるべきは誰であるのか。

 それなのにこの問題に対して村山内閣が行おうとしている「見舞い金」子宮のための民間募金構想は、Kさんたちを重ねて侮辱するものだ。加害国が、すでに国際的にも明らかになっているこの戦争犯罪の法的責任を負うことなく、高みに立って募金によるわずかな札束で事を終息させようとするとは。

 いまここに、一人の少女を長期に拉致・監禁・レイプした男たちがいて、他人から書き集めたカネを少女に「見舞いだ」と渡して事件を終わらせようとしても、法も世間も認めまい。また当の少女の心の傷はどんなに深くなることか。村山内閣は同じことをしようとしている。国家という強大な権力が組織的に行ったもの故、はるかに罪は重いのに。

 村山内閣は民間募金構想を直ちに中止し国際法に従ってKさんたちへ個人賠償ほかの名誉回復措置をなすべきだ。この国に寝強く現存するアジア人差別、女性差別を正し、新しい歴史を開いていくためにも――。


 投稿者の石川逸子さん(詩人)は昔からの暗川の読者です。
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by lumokurago | 2011-09-10 20:34 | 社会(society)

台風12号に襲われた熊野は?

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 2008年11月に鈴さんの住む熊野古道へ行きました。上はそのときの写真です。台風12号で大変な被害がでています。現地からメールをいただきました。

*****

 早速のお見舞いをありがとうございました。本日午後になって、やっと電気が復旧、パソコンもテレビも息を吹き返しました。我が家については大丈夫でしたが、ここまでの路沿いで、いたるところで道路の土砂崩れが起きています。実は、ただ今も、国道の前後で土砂崩れのために道路が通行止めになっており、いわゆる「陸の孤島化」いたしております。水もあやういこところで止まることもなく、電気の不便でなんとかしのげました。

 ただ、南の多分、容子さんたちが宿泊したあたりだと思いますが、あのあたりが大水害でテレビ等でも映像が流れていると思いますが、ここが大変です。ほんとに、いつどんなことが起きるか・・・。

 でも、これは、山間部のことを 思いの中に入れてこなかった政府のやり方も、大いに関係していると思っています。防災のための備蓄等についても、まったく、地域任せでこのあたりでは何もありません。防災の放送にしろ、たんなる練習です。熊野古道と言いながら、観光向けてのことはしても、その熊野を支えている住民の生活などに目が向いていないのです。

 人工林は、問題も大きいです。しかし、高度成長期にはその杉林で大いに儲けた人々がいるのです。バブル崩壊後、その人工林を整備してきた林業従事者をどんどん削り、荒れ果てた杉山は、一番危険な林となるのです。緑の雇用という制度ができましたが、抜本的な森を守ることにはつながっていないと思います。

 日本には、こうした人工林がいっぱい・・・。そこに昔から住んできた大勢のお年寄り、苦労してきた方々住んでいます。危険なところだから、安全な低地に住めと言ったって、そこが生きてきた土地ならそこに生きていきたいはず。

 こちらに引っ越してきて、本当に日本の国は、少数という字に対して、いかにバカにしているかよくわかりました。これと闘わなきゃ、自分が納得いきません。
 
 お見舞いをいただきながら、憤りを書いてしまいましたが、これくらい元気です。ありがとう。(鈴)
 

 お返事ありがとうございます。大変ですね。政府が「少数」を大事にしていないということ、原発事故でもそうですし、身にしみて感じます。こんな政府をつくりかえるためにはどうすればいいのでしょうか。

 福島では「いまなら福島県民の過半数は原発反対だと思う」と言っていましたが、国民全体となるとわかりませんね。国民投票をしようという運動もあるようですが、藪蛇になる恐れが大きいと、私は思ってしまいます。やはりマスコミの責任ですね。今度の災害にしても表面的な報道のみで、被害がひどくなった原因がどこにあるのかまで報道しているところはないように思います。

 このメールを暗川に掲載させていただいていいですか? 地元の人しかわからない貴重な意見だと思います。(渡辺容子)
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by lumokurago | 2011-09-08 15:48 | 社会(society)

諫早湾に思う 梅原猛

 殺生の現場は罪の意識忘れた日本人の心の風景か  梅原猛  朝日新聞1998.7.1

 一瞬、私は自分の目を疑った。累々たる貝の死骸が、三千ヘクタール以上という東京でいえば山手線の内側の約半分にあたる見渡す限りの広い地域に横たわっているのである。巨大な貝塚にも見えるが、貝塚というものはもともと貝の墓場であった。生きる糧を与えてくれる貝の恩恵に感謝して、貝の再生を願って古代人が作ったのが貝塚であるが、これはこれは貝の墓場でもない。これはあのギロチンと名づけられた潮受け堤防の閉め切り(昨年4月14日)以来、海水がこなくなって、無残にも殺された大量の貝の殺戮現場なのである。

 ここ長崎県・諫早湾干潟は有明海の子宮とも呼ばれたもっとも豊饒な干潟であったが、生物学者の予測以上にこの海は豊かで、このような大量の貝が生息していたのである。そればギロチンの落下以来、みごとに死の世界に化した。もちろん死んだのは貝のみではない。貝のように屍を残さない無数の水生動物も跡形もなく消えた。それでもムツゴロウやカニなどがわずかに生きながらえているのは、よほど彼らが強靭な生命力をもっているからであろう。

 私は堤防の閉め切り1年を経た干潟の風景を見ながら、あのガス室で折り重なって死んでいる大量の人間の屍の姿を思い出した。これはまさしくナチスのホロコーストに比すべき暴挙である。しかし人間の殺害と動物の殺害は違うという人もあろう。日本人は今でも、少なくとも形式的にはほとんど仏教徒であるが、仏教の第一の戒は殺生戒であった。(中略)

 ここは殺生戒の罪の現場なのである。貝やカニやムツゴロウが殺され、またこの干潟を中継地としている渡り鳥も死ぬにちがいない。しかもその殺害には確たる目的もなく、それを犯した人たちにはまったく罪の意識もない。貝の霊を弔った古代人のあのやさしい魂はどこへいってしまったのか。それでも日本人は仏教徒といえるのであろうか。

 (中略)諫早湾の干潟は生命の豊かな海の湿地帯であり、自然条約に従って厚い保護を加えなければならない。この諫早の海を、莫大な国の予算を使ってのうちに変えようとする計画はまったくの暴挙であるといわざるを得ない。

 (中略)

 私はすべての日本人に勧める。一度諫早湾へ行って、世にも珍しい累積された貝の屍の風景を見てほしい。それはおそらく戦後日本人の心の風景である。宗教も信じず、道徳も重んじず、自分の金儲けのためには平気で殺生をし、何の罪も感じない心の姿である。大人がこのような心であるからには、少年の心が荒れるのは当然である。諫早湾を、長崎の原爆の跡とともに戦後および戦中の暴挙の跡としての死のモニュメントとしたらどうであろう。

 (後略)

*****

 「少年の心が荒れるのは当然である」=荒れるのは少年ばかりではない。大人も同じ=児童虐待が増えるのも当然である。
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by lumokurago | 2011-08-29 17:58 | 社会(society)

人類はゴミで滅びうる モノ増やさぬ社会考えて

 人類はゴミで滅びうる モノ増やさぬ社会考えて  養老孟司  朝日新聞2002.1.8

 ――どうも人類の未来が気がかりです。

 「21世紀の課題は、環境問題に尽きると思います。人は都市を造りたがるが、都市文明はエネルギーを使ってモノに付加価値をつけることで成り立ちます。だから、資源が枯渇すれば文明は滅びる。古代の四大文明も、木材を消費し尽くした時点で消滅しました」

 「こんな前例があるから、世の中は20年前、石油がもつかと心配した。ところが、20世紀末になって分かったのは、問題は石油の埋蔵量ではなく排出物、つまりゴミだということでした。今や人類は、資源ではなくごみで滅びる可能性が高い。こうした経済構造をいつまで続けるつもりなのか。経済界の人たちは、ことの深刻さに気づいているのでしょうか」

 ――日本は再び頂点に立とうと、経済の立て直しに必死です。

 「明らかに供給過多なのに、これ以上モノを作ってどうします。人間は人工的なシステムによって需要以上のモノを生産してしまう。日本の労働生産性は80年前の約20倍。20人でやっていたことが1人でできるようになったのだから、あとの19人は遊んでいてもいいはずなんです」

 「失業率が上がることがなぜ問題なんでしょう。働かないと食えないというが、家や車が買えないだけで、食い物がないわけじゃない。働かなくていい社会のあり方を考えるべきですよ」

   ■  ■  ■

 ――かがくや技術の力で克服できませんか。

 「そもそも、社会が『脳化』していることが問題じゃないですか。脳化とは、ああすればこうなると考えることです。すべてが意識のもとにコントロール可能だと思いたがることです。でも、肝心の人間は自分の死期さえわからない、不確定性に満ちた存在でしてね。自分が不確かである程度に不確かな自然世界が一番暮らしやすい。

 ――とはいえ、未来の情報がないと不安です。

 「情報とは、一度だれかの頭を通過して言葉に置き換えられたものだから、現実との間に必ずズレがあります。事実は多面的で、そのままそっくりは再現できない。インターネットといえども情報の行き来にすぎず、そこから知識を得る作業も単なる情報処理。人間が本当にものを学のは現場からです。ことの本質は、五感を通じて入ってくるものに直面し、そこからつかみ取るしかないのです」

 「現場から情報を起こすのは、ある意味で命がけです。例えば戦争における特殊部隊の活動で、現場主義の英国は米国より死亡率が高いんです。目標にミサイルを撃ち込むことは技術的に簡単でも、その目標が攻撃に値するかどうかを見定め、無駄撃ちしないためには、現場で情報を掘り起こす必要がある」

 「権威ある自然科学雑誌の名前も、米国の『サイエンス(科学)』に対し英国は『ネイチャー(自然)』。現場から学ぶ姿勢がにじんでいます」

  ■  ■  ■

 ――ところで日本は?

 「いまだに国土の7割が森林で、歴史上の大地震の5%、大噴火の20%が起きる国です。自然は思うようにならないと肌にしみている。だから、自然に手を入れて折り合いをつけてきた。里山的な生活です。こうした伝統的な生き方を取り戻さないといけない。自分はどんな生き方をしたいのか。脳で考えるのではなく、身体で感じて謙虚に生きる方法を取り戻さないと、本当に手遅れになりますよ」

 (聞き手=高橋万見子)

*****

 ラミスさんや加藤登紀子さんと違って、私は養老孟司さんの本は読んだことがなく、どんな人なのかいっさい知りません。たとえ話に戦争における特殊部隊をだしてきたところ以外、この記事には共感しましたが、ここに記事を掲載したから養老さんご自身を信頼しているというわけではありません(どんな人かわかりませんので)。
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by lumokurago | 2011-08-27 15:22 | 社会(society)

頑張り主義を捨てようよ(加藤登紀子)

 頑張り主義を捨てようよ(加藤登紀子)  朝日新聞2002.1.5 (ラミスさんの記事と同日)

 「あんたなあ、水は動くから生きているんだよ。動かん水は死ぬ」

 琵琶湖で今も漁師をしている男が言った。

 「昔の琵琶湖は水量が季節で変化してたんやが、今は川に水門つけて調節してるんよ。それで湖の水が動かんようになったんや。死んだ水で魚が生きられるはずがないやろ!」

 ヨシのはえていた内湖も干拓して田んぼに変えた。川にはすべてコンクリートをぶちこんだ。湖岸は埋め立てて遊歩道をつけた。結果は死んだ水?!

 あーあ、なんとまあ日本人は頑張ってきたもんだ。

 人間も「動かん水」の中で今、死にそうじゃない?

 窓のないビル、歩かなくてもいい動く歩道、退屈な密室の会議、自動センサーの水道やトイレ、会話のいらないパソコン・・・。体も心も動いていない今の日本人って、本当に生きてるの?

 もともと世界に類を見ない自然に恵まれてきた日本。周りには美しい風景があり、きめ細かい知恵と習慣を持ち、何より自然の風物を愛してきた日本人。

 この第一の価値を、無残にたたきのめした数十年間の「右肩上がり」の日本、大きな勘違い、してたね。かえすがえすも残念だ。

 幸い「頑張って日本を変えよう」の第二の価値はつまづいた。私たちに至福をもたらすといわれたダムも、曲がりくねらない川も、埋め立てだらけの海岸も、がっくりくるような風景を増やしただけで、大きな負債と自然への多大な負荷を残したまま無用の長物になろうとしている。

 犠牲になったのは、鳥や魚だけじゃないと、だれもが気づき始めた。今こそ変な頑張り主義を捨て、第一の価値をとり戻して出直すときだと思う。

 まだまだ日本も捨てたもんじゃない。職人の技も自然の教えも生きている。世界の環境先進国になることだって夢じゃないと思うし、それしか生き残れる道はないと思う。

 本当にハンサムな日本人になろうよ。生きている水の中でのびのびと手足を動かして・・・。

 アメニモヌレズ カゼニモフカレズ

 アツサ サムサノクルシミモシラズ

 アタエラレタショクモツヲ セカイジュウノ ウミト モリヲ クイチラシテイルコトニ キヅキモシナイ

 ソンナ ニッポンジンニ

 ワタシハ ナリタクナイ

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 この記事から9年後、原発事故が起きてしまった。取り返しがつかない。それなのにまだ、原発をつづけると首相候補らは言っている。なんてバカなんだ。今度事故が起こったら日本は完全に破滅(いまでも破滅だけど)。自分だけ外国に逃げるつもりなのか。それですむと思っているのか。汚染は世界中に拡がるというのに。どこまで自分勝手なのだ。なんと無責任なのだろう。かなしいなあ。
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by lumokurago | 2011-08-26 15:43 | 社会(society)

ガラクタ経済から脱却を (ダグラス・ラミス)

 ガラクタ経済から脱却を (ダグラス・ラミス) 朝日新聞2002.1.5

 不況が続く中で、日本では人々がモノを買わなくなったことが問題になっている。現在、ほとんどの日本人は、本当の意味での必要品は手に入れている。それなのに、もっと買わなければ不景気は直らない、と経済学者や政治家はいうのである。経済制度を救うために、必要ではないもの、つまりガラクタ、を買わなければならないということだ。

 この「ガラクタ原則」は現在の経済制度の基本的な逆説を指している。つまり、経済制度は本来私たちに生活の必要品を提供するためにあるはずなのに、この経済制度をうまく機能させるために私たちは必要でも欲しくもないガラクタを買う義務がある、といわれているのだ。そして、このガラクタを買うお金を稼ぐために、私たちは残業しなければならないし、このガラクタを生産するためにだれかが長時間労働に苦しまなければならない。

 もちろん、このガラクタを生産するためには資源を必要以上に消費することになるし。環境をますます汚染したり、破壊したりすることにもなる。さらに、このガラクタ消費経済を守ために、「普通の国」になって軍事力を持たなければならないし、戦争もしなければならないらしい。

 私たちは、経済が発展すれば労働の合理化によって労働時間は短くなり、余暇が増えると期待させられてきた。しかし実際は、世界の最も成功してきた(といわれている)経済大国、米国と日本での労働時間は、国の経済が成長すればするほど長くなり、不景気の時だけ短くなる。こうした長時間労働が、過労死をはじめ、家庭生活、市民社会、政治文化、そして文化そのものに破壊的な影響を与えていることは明白だ。

 「もっともっと消費をせよ」という人は、日本社会の問題を分かっていない。問題は、より質素な消費文化になっても崩れない経済制度に変えることは可能か、ということだ。

 言い換えれば、消費は今後、経るに決まっているが、それが「質素」になるか「貧乏」になるか、ということだ。

 日本列島に住んでいた人々の本来の考え方、感じ方、付き合い方、楽しみ方、価値観が消費優先の産業社会のモラルにとって代わられ、現在の制度になった。その後も激しい変化は続き、それが今の段階で止まることはないだろう。しかし、こんな制度がこのまま長く続くわけがない。

 問題は、人々がそのことを理解して、意識的に、意図的にそれを変えるか、それとも相変わらず、残業ーガラクター残業の悪循環を最後の破滅まで続けるのかということだ。

 今、日本経済はマイナス成長になっている。それは危機でもあるが、歴史的な大チャンスでもある。マイナス成長を「行きたい所へ行けない」というものではなく、「別のもっといい所へ行く」というものに、つまり、発展が止まったのではなく、「対抗発展」が始まった、というふうに考えたらどうだろうか。

 「消費せよ」といくらいわれても、私たちは、もう、おいそれとは踊れないのである。

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 私がまだ児童館に勤めていた2004年頃、幼児のお母さんはこう言っていた。「父親は毎日終電。母子家庭のようなものです」 過労死が問題となるほどの長時間労働で、いったい何を作っているのか。作ったものは売らなければならない。「あれはすてき、性能がよい。ぜひ買え。買わなければ流行おくれだ」といまだに消費欲があおられている。まだ踊らされている私たち。

 私が学童クラブの仕事に就いた1970年代後半、いまほど物はあふれていなかった(それでももう十分すぎるほどだった)。「貧しい」と言われる母子家庭もいまほどかつかつしていなかった。「貧しい」なりに十分幸せに暮らしていた。時間もたくさんあった。社会全体に「物」が(いまよりは)少なかったから、買わされる物も少なく、お金もそれほどいらなかったのであろう。

 1980年頃、フィリピン人のお母さんが「子どもをサッカークラブに入れたら、ユニフォーム、ボールなどで3万円もかかった。フィリピンではこんなことはとても考えられない」と言っていた。彼女の日本人の夫は亡くなり、彼女ははじめ日本語もできず、大変な苦労をしたはずなのに、「自分は日本で母子家庭やってるが、お金が余っている」と言っていた。

 昔(1970年代後半)と今を比べると、親も子も昔のほうが絶対に幸せだったと確信している。物はこれ以上いらない。人を幸せにするのは物ではない。それなのに(財界はもちろんだが)政治家もマスコミもいまだに(原発事故があってもなおである)経済成長は必要だと言いふらしている。気が狂っているとしか思えない。不景気でよい。不景気のなか、どうやって社会を維持していくのか、それを考えることに知恵を絞らなければならない。
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by lumokurago | 2011-08-25 16:38 | 社会(society)