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カテゴリ:医療( 77 )


新型インフルエンザは自然に治る

 インフルエンザが流行しているようなので、2009年10月18日の記事を再掲します。

*****

 新型インフルエンザ騒ぎは収まるどころか、特に病気がないのに死亡した人が出たとかワクチンがどうとか小学校が休校になったとかでますます騒いでいます。心配になっている方はぜひ次の記事をお読みください。

 またどなたかに「医者でもないのに」「素人がこんなこと言うのは地下鉄サリンと同じ」と言われそうなので、医者の書いたものをリンクしておきます。

 次の記事は小児科医の毛利子来さんのもので季節性インフルエンザについて書かれていますが、近藤誠医師が新型インフルエンザは季節性インフルエンザと同じか、もっと弱毒性だとおっしゃっていましたので同じことです。
 インフルエンザは妖怪だ

 特に病気がないのに新型インフルエンザにかかりインフルエンザ脳症で死亡したという例が報道されていますが、薬の副作用で死亡した可能性があります。医療ビジランスセンターのURLをリンクしておきます。

 インフルエンザ脳症については近藤誠医師が『成人病の真実』の中に書いています(「インフルエンザ脳症は薬害だった」)。ここで簡単にまとめるのはむずかしいので、ぜひ本を読んでいただきたいのですが、要するに、インフルエンザで発熱をみたあと、急に意識障害におちいって死亡した子どもは解熱剤の副作用による死だったということなのです。インフルエンザ脳症はインフルエンザで起こると考えられたため、そういう名前がつけられたのですが、実はアスピリンの副作用であるライ症候群であり、アスピリンが禁止されたあとに使用されていた解熱剤ジクロフェナクやメフィナム酸によってもおこり、しかもこれらの薬剤はアスピリンよりも強力(危険)なのだそうです。これらの薬剤は2000年に厚生省研究班の報告書によって禁止されました。

 厚生省は報告書を公表したけれど使用中止勧告は行いませんでした。その理由は責任問題と損害賠償請求をおそれたためと近藤氏は断定しています(ここに詳しく書けませんが証拠がある)。

 急性脳症はインフルエンザばかりでなくO-157やはしかなど他の発熱性の感染症でも起こり、20年間では2万人ないし3万人、その3割が死亡、3割が後遺症を残したという未曽有の薬害事件だということです。この薬害事件の根本には放っておいていい病気にも危険な薬を用いるという医療、薬好きな国民性があり、専門家や厚生省が積極的に行動せず、逆に隠ぺいをはかるという習性があります。

 発熱はウイルスをやっつけようとして細胞がサイトカインなどをだして体温を上げているのであって、解熱剤で体温を下げてしまうと、ウイルスが増殖し、治るのに余計に時間がかかってしまいます。発熱に対して薬を使うと、かぜでも急性脳症の危険があるということです。

 近藤医師は、熱があっても元気であれば、保育園や学校は受け入れる、他の子の親たちはお互い様と許し合う、そのような社会をつくることが子どもを薬害から守ることになると述べています。発熱に造詣の深い医者たちが41度までは脳がやられることはないと言っているそうです。いざとなったら冷たいおしぼりで身体を拭く、ぬるめのお風呂に入れるなど物理的に熱を下げることを考えましょう。

*****

 子どもが発熱したら病児保育、ってのはかんぜんに間違っています。


子どもが発熱したらお父さんじゃなくて、看護師がお迎えしてくれるって。がっかり。熱をだした甲斐がないなあ・・・



急な発熱 看護師お迎え 病院が“駆け付け保育” 板橋区全国初
2009年1月30日 朝刊(東京新聞)

 子育てをしながら働く親を支援するため、東京都板橋区は、保育園や幼稚園に通う子どもが発熱などをした際、親の代わりに専従の看護師が保育園などに迎えに行き、総合病院の中に設けた保育所で一時的に預かるサービスを始める。区によると、自治体が、病院内に「お迎えサービス」付きの保育所を開設するのは全国初。

 保育所は六月から板橋区医師会病院(同区高島平三)、八月からは帝京大医学部付属病院(同区加賀二)にできる。定員は計十六人。区は新年度予算案に、人件費や施設整備費用などとして計約一億一千八百万円を計上した。

 働きながら子育てをする親は、子どもが発熱すると、保育園に迎えに行くために仕事を休まざるを得ないのが現状で、仕事と育児のはざまで悩む。子育て中の親の雇用を敬遠する経営者も少なくないとされ、区は、雇用環境の改善にもつなげたい考えだ。

 保育所を利用する際は区に事前登録した上で直接病院に申し込む。保育代は日額千五百円でお迎えサービスのタクシー代は実費負担となる。利用時間は午前八時-午後六時。

 保育所では定員に応じて専従の看護師と保育士が待機し、感染症の疑いがある幼児のための専用部屋も用意する。当面は、区内在住で保育園などに通う満一歳以上の就学前の児童が対象だが、将来的には小学校低学年まで拡大する方針だ。

 問い合わせは、板橋区保育サービス課=03(3579)2492=へ。

*****ここまで新聞記事

今、このことについて書いたのですが、何かの間違いで消えてしまいました。目が痛くてもう一度書く気力がありません。それで以前病児保育について書いた記事を再掲します。以下は2006年11月6日に書いたものです。

*****

来年の区議会議員選挙に立候補予定のいわゆる「市民派」(党派に属さない)候補が、「病児保育」を公約に掲げているのを発見した。それも一人ではない。女性の社会的地位向上を求めるなら、病児保育が当たり前のように捉えられていることに危険性を感じる。

私は長年子どもを預かる仕事をしてきたが、子どもが病気の時くらい、お母さんまたはお父さんに仕事を休んでほしいと思う。子どもを預けて仕事をすることは女性の生き方として社会的に認められてきたし(今、また右翼政治家などから「男女分業、女は家庭に」との声がかまびすしいが)、現代では当然のこととされてきている。私も良いことだと思う。しかし、子どもが病気の時は別である。

子どもはストレスを原因として、または親へのサインとして熱を出すということがしょっちゅうある。子どもの熱は「今、わたしに注目して」と言っているのだ。そんな時はできるだけその子どもをよく見て、何を言いたいのか、何が不足しているのかをよくよく感じ取り、考えなければならない。そのためには時間がかかる。子どもが熱を出した時くらい、仕事を離れて、子どもに集中する時間をもってほしい。

昔、ある子どもが作文に次のように書いたことがある。

「熱を出すとお父さんが仕事を休んでくれるから、熱が出るとわたしはうれしいです」

11月7日の記事(つづき)*****

そんなこと言われても休めない。「休んだらクビになってしまう」と言いたい方も多いだろう。

でも、待ってください。子どもが病気になっても休めないような仕事、それを許している社会の方が間違っているのではないだろうか? 

働いている人はみんな忙しい(当たり前か)。預けなければならない小さい子どもがいる人たちは、特に忙しくて余裕がない。病気の子どもでも預かってくれるところがあるなら、その意味を考える暇もなく預け、ほっとして仕事に行く人が多いだろう。

でも、でも、そんなことを続けていて子どもはどうなるの? おかしくならない方がおかしいのではないか?

子どもを大切にできない会社、社会が間違っているのだ。

子どもを大切にできる会社、社会に変えたい!

しかし、「組合」はすでにないに等しいほど弱くなってしまった。私たちの年代ならば、それでも「組合」の意味を知っている。しかし、若い人たちは「組合」の意味も知らないだろう。 

どんどん弱くなってしまった「民衆」。「労働者」などという言葉も半ば死語である。
やり直すためにはとてつもない時間と労力がかかる。

でも、でも、会社や政府のいいなりになって、働きづめに働いていれば、大人が「過労死」になったり、「自殺」に追い込まれたりするだけでなく、子どもたちに影響が出る(すでに出ている)。

昔・・・私が学童クラブの仕事についた30年位前には、一番厳しい条件で働いている母子家庭のお母さんと子どもにしても、今よりもずっとずっと余裕があった。決して給料が高かったわけではない。生活は質素だったが、時間があった。母子家庭のお母さん同士のつながりもあった。

なにしろ、毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

今はなぜ、毎日時間に追われ、子どもを見ているだけでつらいのだろう?

*****

これ以上働き方を変えられないからって子どもにしわ寄せするのはやめて下さい。子どもはすでに十分悲鳴をあげています。厳しいことを言うようだけど、働き方を変える方法をみんなで考えましょう。そんな余裕はないって? できることからしましょう。まず、勇気を出して、おかしいと思っていることについて身近な人に話しかけてみましょう。
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by lumokurago | 2012-02-15 20:33 | 医療

鍼灸治療への見解です

 このブログの読者には鍼灸師のかたもいらっしゃるし、関係者もいらっしゃいます。また、私の高齢の親友が、50代で離婚して鍼灸師になり、20年以上治療をつづけていました。私自身も26歳で変形性股関節の手術をしており、手術前、なんとか手術せずに治らないか試していたときと、手術後は後遺症(腰痛、膝の痛み)のため長期に渡って、鍼治療を受けていました。近所の治療院をはしごしたり、親友の治療院に通ったりしていました。私の実感としては、痛みが和らいだときもあり、正直なところ、効かないときもありました。

 がんになって、「科学的根拠に基づいた治療(Evidence based medicine)」という考え方を知り、鍼治療には科学的根拠がほとんどなく、効果があると感じるのは、プラセボ(偽薬)効果のせいだということを知りました。プラセボ効果はどんな偽薬でも30%程度あると言われています(その中にはもちろん自然治癒が混ざっている。複雑ですが、鍼灸師は「鍼は自然治癒を助ける」と言う)。

 私が「痛み」に関して「この鍼師の治療は効く」と確信しているのは、11月ころに通っていたU市の鍼灸師一人です(申し訳ありませんが重症者が全国から泊まりがけで通ってきて、1年中休日もなく、夜遅くまでやっているので、新患はご紹介できません)。彼はこう言います。「鍼灸師というのは生まれつきの才能とでもいうべきものが必要で、鍼灸師の資格を持っている者で、それでご飯を食べている者は1割もいない。ぼくが訓練した弟子もいまは鍼灸はやっていない。体力がいるので女性には無理。うちは娘しかいないから、ここもぼくの代で終りになる」。ちなみに彼は、「ツボ」に鍼を刺しているのではなく、指先で患者の体を強く押し、自分の指の感覚でここぞというところに鍼を深く刺します。刺されると痛いですし、神経がピリピリすることもあります。彼のお父さんは鍼灸師で、彼は3歳のときから鍼を持っていたそうです。

 しかし、彼の魔法の手(指)によっても、がんの骨転移を治すことはもちろんできず、ある程度の痛みは取ってもらいましたが、結局いつも放射線治療に突入し、放射線でがん細胞を殺したことで、痛みが取れました。

 日本鍼灸会のHPには「こんな症状に効果があります」として、ありとあらゆる(と思える)症状が載っています。それはWHOで認められたものとされています。

 しかしここで根拠とされたWHOの報告書には問題があります。第一に、いままでに行われた鍼治療に関する臨床試験の質を吟味せずに、すべての臨床試験の結果を取りあげたこと。

 第二に、中国で行われた多数の臨床試験を考慮に入れたこと。中国で行われた臨床試験では西洋で行われた同じテーマの臨床試験では否定的な結果となったものも、肯定的な結果を得ている。東西のどちらかが間違っているということになるが、鍼は中国にとって大きな威信の源だから、鍼は効果がないという研究結果は発表されずに終る可能性が高い。効果があるという研究結果は発表されやすいが、その反対の場合は発表されにくいという「発表バイアス(publication bias)」である。そのためWHOの報告書には発表されなかった否定的な臨床試験の結果が、まったく考慮されていなかったのである。

 第三に、WHOの専門委員会には鍼に批判的な人物はただの一人も含まれず、鍼の効果を信じる人たちだけで構成されていた。特に、報告書の起草、および改訂にあたったのは、さまざまな病気の治療に鍼を用いることを全面的に認めている、北京大学統合医療研究所名誉所長、謝竹藩(シェ・ジューファン)医師だった。

 WHOへの反論の部分は『代替医療のトリック』(サイモン・シン他著新潮社)から要約したものです。

 この本の鍼灸についての「まとめ」には次のように書かれています。

 鍼――この治療法については、いくつかのタイプの痛みや吐き気には効果があるという、わずかな科学的根拠が得られているのみです。それらの症状に効いた場合も、効き目は長く続かず、非常に小さなものとなるでしょう。通常医療の治療にくらべて費用がかかり、効果は小さいとみてまず間違いありません。この治療法の主な効果はおそらく、痛みや吐き気に対するプラセボ効果でしょう、それ以外のすべての病気に対して、鍼にはプラセボを上まわる効果はありません。鍼は、訓練を受けた施療者に打ってもらえば、かなり安全な治療法といえます。


 しかし、『容子からのメッセージ』にでてきてくれた「無治療」の桜沢ちほさんは、私よりも困難な「神経因性疼痛」を抱えており、なんの薬も効かないのですが、鍼治療にエヴィデンスがないことを知りながら、彼女の痛みには鍼治療が効くと言って、治療を受けています。彼女は先ほどの日本鍼灸会ではない鍼灸師の会のHPに「鍼治療にはエヴィデンスがない」と書かれていると言っていました。

 私は、それを承知のうえで、または知らずとも、自分には鍼が効くと言って治療を受けている人を否定するものではまったくありません。私の意図を理解くださり、この記事に気を悪くされるかたがいらっしゃらないことを願っています。

【追記】

 「palliative medicine(緩和医療)」の索引を調べたところ、「嘔気と嘔吐」の「薬学的なアプローチ以外では何を薦めるか」という質問の回答に、次のような記述がありました。

・鍼または指圧はそうしばしば薦められることはないが、難治性の嘔気では考慮されるかもしれない。鍼を使うことを支持するいくつかのエヴィデンスがある。指圧は鍼よりも研究されていないが、いくつかのケースでは、手首の圧力バンドが助けになるかもしれない。

 以上です。


 
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by lumokurago | 2012-01-21 13:35 | 医療

あらためて、がんもどきはこんなに多い! 【追記】あり

★ 映画のなかに「がんもどきは7割」というテロップがありましたが、それだけでは説明不足なので、今日、Dr.Kに質問しました。

 「がんもどきの全がんに対する割合は、がんの部位によって大きく異なるが、最も難治的である膵がんで約1割、乳がんで約7割、全体では○○、がんもどきの多い甲状腺がん、前立腺がんでは9割近い」と書いたものをこれでいいかどうか、見せました。

 Dr.K:国立がんセンターの5年生存率の統計をみればわかるよ。

 渡辺:はい。これは全がん協加盟施設の生存率共同調査です。

 Dr.K:それでいいんじゃないの。

 渡辺:全がんに対する割合をだすのはおおざっぱすぎる?

 Dr.K:乱暴すぎるなあ。

 渡辺:じゃあ、それはやめます。

★ もう1か所、母の大腸がんの場面で、「D3廓清とはリンパ節を根こそぎ切除してしまうこと」とあったのを、もう少し詳しく、「D3廓清は最も深部にあるリンパ節まで根こそぎ切除してしまうことで、日本でしか行われていない拡大手術」 

 Dr.K:お母さんって転移があったんだよね。それなのに(外科医は)D3まで廓清するって言い張っていたんだよね(まったくひどいというあきれた笑い)。

 渡辺:そうなんです。ひどすぎる。(転移があれば治らないのでD3まで廓清しても体を深く傷つけるだけ。追記:もともとリンパ節を廓清してもしなくても生存率は変わらないというデータが、1985年に乳がんのくじ引き試験ででている。その後、胃がんでもでているが、日本の医者はいまでも廓清にこだわっているーー説明するとどんどん長くなる例です)。
 
 Dr.K:リンパ節廓清も場所によってひどい後遺症がでる。大腸のうえのほうならまだましだが、直腸がんで廓清すると、排尿障害や男性機能障害が起こる。詳しく説明しようとするとどんどん長くなるから、簡単な説明でいいんじゃないの。任せるよ。

 渡辺:「協力 近藤誠」って最後にでてくるけど? 

 Dr.K:いいよ。任せるから。

*****

 ということでした。

 あらためて各がんの5年生存率をみてみると、悪い順に膵がんで7.8%、胆嚢胆管で25.6%、肝臓30.9%、食道37.6%、肺37.8%で、卵巣がん62.8%、腎がん68.2%、それ以外のがんは70%以上あります。特にがんもどきが多いのは前立腺がんの87.9%、甲状腺がんの91.7%。

 こんなにがんもどきが多いということに、いまさらながら驚きました。意外だったのは咽頭がん81.8%。へー、咽頭がんてそうなんだ。それなのに声を取られちゃうなんてひどすぎ。

 乳がんは87.3%になっていますが、乳がんは5年以降にも再発転移するので5年生存率はがんもどきの率と等しくなく、がんもどきは7割と言われています。

 おっと、5年生存率をがんもどき率とする意味はこのブログの読者のかたならわかりますよね?

 ほんもののがんはどんな治療をしても治らないので、「治った」とされるもの(5年生存が目安)はもともと命を奪わないがんもどきだからです。

 がんの部位でこんなに違うのに、「全がん」をだすのは乱暴なので計算しませんでしたが、たぶん全がんの半分以上(少なくみても6割以上でしょうー数字を見渡しての勘ですが)はがんもどきですね。それなのにみつければすぐに切ってしまい、手術すれば後遺症が残るのに、「がんだったんだから仕方ない。治してもらったんだから後遺症くらい我慢しなければ」となってしまう。

 やっぱり医療を変えなければなりませんね。と言っても無理だから、あなたとまわりの人たちだけでも真実を知って、自分の身体を守ってください。


【追記】 南相馬市の兄弟に甲状腺がんがみつかったというニュースをみましたが、甲状腺がんは90%ががんもどきなので、切除する必要はないのです。この事実が原発事故による子どもの甲状腺がんの増加の問題を消してしまう方向に利用されないようにする必要がありますが、事実は事実だし、必要のない手術はしないほうがいいです。甲状腺を切除してしまえば、一生ホルモン剤を飲まなければならないし。

 参考記事 http://lumokurago.exblog.jp/16689812/

 
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by lumokurago | 2012-01-06 21:53 | 医療

ロキソニンは飲まないほうがよい

 骨転移の痛みに効くとされているロキソニン。いまは市販もされているらしいですね。Dr.Kは「日本に統計はないが、アメリカの統計では年に16000人が副作用で死んでいるので、日本の人口に照らすと8000人が死んでいることになる」と言って、骨転移の痛みにもロキソニンを勧めません。

 Dr.Aは神経痛に麻薬は効きにくく、NSAIDS(非ステロイド性抗炎症薬ーロキソニンもこれに含まれる)が効くと言っていたのですが、ロキソニンの胃腸障害がこわいので、なるべく飲まないようにと言いだしています。

 ヘルパーさんは頭痛にいつも飲んでいるというので止めました。頭痛、腰痛、歯痛、生理痛などなど、安易に処方され、市販もされるようになったロキソニン。がんの骨転移の痛みを止めるほど強力な薬物なので、みなさんは飲まない方がいいですよ。痛み止めには昔から使われており、副作用も比較的少ないアセトアミノフェンがよいと思います。ただし市販はされていないと思います。(いろんな市販薬の成分として入っているらしい)。

【追記】読者より教えてもらいました。

 アセトアミノフェンは「タイレノール(TYLENOL)」(発売元ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社)の名称で市販されてます。成分は1錠中アセトアミノフェン300㎎です。

 私が入院中飲んでいたのは0.5gで、それでも効かないので「これが最大量」と言って0.75gに増やされました。それにくらべると市販されているのはずいぶん量が少ないことがわかります。これで効き目あるのか?? 今度どちらかの医者に聞いてみます。ロキソニンの市販のこともね。
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by lumokurago | 2011-11-04 21:05 | 医療

『認知症にさせられる』 浜六郎

 お年寄りに「認知症かな?」と思われる症状がでたら、まず薬を疑いましょう。薬の毒性(副作用)による「せん妄」が認知症と似たような症状だからです。この本には「せん妄」を認知症と誤診して薬を増やし、ますます症状がひどくなった例がたくさん載っています。反対に飲んでいた薬をやめたら、症状が消えた例も載っています。

 医師は医療や薬に対する幻想が強いので、薬は効くと信じ、毒性(副作用)のことはあまり知らない人が多いのです。患者が自衛するしかありません。亡くなった父も60代半ばの頃、風邪薬でよなかに大暴れしたことがあります。薬の毒性はあらゆる精神神経症状を起こすのです。ただの風邪薬ですよ。友人の一人はセデスを飲んだあと、階段から転がり落ちたそうです。1回目は毒性とはわからなかったが、2度同じことがあって、セデスのせいとわかり、それ以来飲むのをやめたそうです。

 お年寄りは薬の毒性が強くでやすいので、特に注意が必要です。

 アルツハイマーの患者さんにアリセプト(塩酸ドネペジル)が処方されているが、効き目はあるのかないのかわからないくらいだということです。2004年、ランセット誌(イギリスの超一流医学雑誌)に効果はほとんどないという論文が掲載されました。アリセプトの承認に、海外では製薬会社の利害や患者団体が大きくかかわっています。

 アリセプトの保険適用は「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」ですが、レビー小体型認知症にも使われており、その場合パーキンソン症状を悪化させる毒性があるそうです。脳血管性認知症では死亡率が4倍になるという結果もでています。

 父がはじめて受診した浴風会病院の精神科の医師は、いまでも診断がむずかしく、そのころまだマイナーだったレビー小体症という診断を下し、「アリセプトという薬がでてきたが、ほとんど効かない」と言って、処方しませんでした(1998年)。薬が「効かない」という医者は信用できます。「効く」と言って患者に薬を売りつければ、いいことがあるかもしれないけれど、「効かない」と言って薬を売らないのでは、なんの得にもなりませんからね。
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by lumokurago | 2011-08-01 17:59 | 医療

漢方薬は効かない(高橋晄正)

 読者には漢方薬を飲んでいるかたもいらっしゃるかもしれませんが、結論からいうと漢方薬は効きません。効いたような気がするのは、自然治癒(病気の8~9割は自然治癒する)かプラセボ効果(偽薬であっても症状が取れる=心理的効果)でしょう。また「副作用がない」と言われる漢方薬ですが、西洋薬同様、副作用があります。西洋薬同様、副作用で死亡した例もあります。

 なぜ効かない漢方薬が保険適用になっているのか? (西洋薬でも効かないものが多く保険適用になっている)。

 『漢方薬は効かない』(高橋晄正著KKベストセラーズ)より引用します。

 ―― 製薬企業の支配から脱しきれない企業国家体制の中で、多数の薬品公害(注:サリドマイド、キノホルムなど)の犠牲者とそれに連帯する市民運動が生じ、国の薬事行政は先進諸国のそれにははるかに遅れながらも、少しずつ科学化、民主化の道を歩まざるをえなかった。

 昭和37(1962)年4月の学会でおこなった私の特別講演を受けた形で、国は同42(1967)年9月に、新薬の製造承認に「精密かつ客観的な方法(事実上は“二重目かくし法”=くじびき試験または無作為対照比較試験のこと)」による有効性の証明を要求することにした。

 だが、すでに許可した10万5000品目の再評価は、「(製薬会社の)既得権の侵害にあたる」としておこなおうとしなかった。そこで私たちは旧薬再評価を求める市民運動を展開したのだが、それが前科学的なデータしかもたない漢方製薬メーカーを追いつめ、漢方薬を無審査のまま健康保険という駆け込み寺に逃避させるという、思いも寄らない事態を引き起こしていたのである。

*****ここまで引用

 筆者ら市民運動の成果があって、昭和46(1971)年から10年がかりで旧薬の再評価が行われることになった。漢方製薬業界は最大の危機感をもち、「東洋古来2000年の歴史が証明している漢方を健康保険に採用するように」という医師、市民による請願運動が起こった。そして昭和51(1976)年、厚生省は“二重目かくし法”による<有効性>の検討をすることもなく、また<胎児毒性>や<ガン原性>を否定する実験データも十分でない漢方薬46品目(その後追加して148品目)を、いとも簡単に保険で使用できるようにしたのである。

 その裏には日本医師会長武見太郎氏(故人)の圧力があった。

【追記】 高橋晄正氏は東京大学医学部の万年助手でした。
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by lumokurago | 2011-06-20 14:20 | 医療

『病院で死ぬということ』

 さきごろお父様を亡くされた鈴さんのブログから転載させていただきます。鈴さん、いい看取りでしたね。


*****


『病院で死ぬということ』


と言う本を友人から送って頂きました
著者は 山崎章郎(ふみお)氏で 現役のドクター・・・
末期ガン患者の延命・ガン告知・ホスピスの問題を取り上げ
平成2年に本書を刊行なさった

本書解説の柳田邦男氏の言葉を引用させていただく

「医師人生の転換をかけた熱い書」
・・・医師である著者は、末期ガンの患者たちの闘病と死に立ち合って
思った。一般の病院は、人が死んでゆくにふさわしいところだろうか。
医療者にまかせるのではなく、自分自身の意志と選択で決める自分の死を
迎えるには、どうしたらいいか・・・。
これは、患者と理解し合い、その人の魂に聴診器をあてた医師の厳粛な記録。


父の命の刻限を知らされて 
どうしても治せないものなら
一番に考えたのは 父を我が家に連れて帰るということだった
せめて残る日々を 
母と暮らし 我が子や孫と会話した家で
過ごさせてあげたいということだった
父も望んだ帰宅だった
好きなお酒も飲んだし(ちょっと隠れて・・・)
好きなたばこも十分吸ったし
もちろん お酒やたばこは体にいいわけないのだけれど
でも それは 父には最上の日々だったのだ

家に帰ってわずか17日目の夜だった
激しい痛みが父を襲い
あれだけ嫌だった病院にいこうというと
「うん」と返事した
それくらい 81歳の父の体に激痛がおそったのだ

友人が私を心配して送ってくれた本・・・
この本のおかげで、父の病気が父の人としての尊厳を冒さないでいることができた
大げさな言い方だが ほんとにそう思う
81歳の父の最後をちゃんとみることができたのも
覚悟しながら父の最後を見守ることができたのも
この友人の心配りのおかげであったと思う

病院のお医者様にも感謝したい
父の命の最後までちゃんと痛みを取り除く約束を守って頂いた
父の痛みはどんどん増幅してきて
毎夜毎夜 夜中に悪化して
でも いつも声をかけながら痛みを取り除く処置をしてくれた
ぎりぎりのところまで 父の意識を混濁させないようにと
父の人間としての生きる権利・知る権利を大事にしてくれた
ありがたいことだった・・・
最後の1日・・・
ついにモルヒネでも痛みが取れず
最後の治療で睡眠剤が使われた
家族の気持ちを確認してのドクターの治療だった
父は それからはまったく楽にすやすやと眠った
私は ずっとそばにいた
その日は祝日でずっとついていることができた
いつもの夜中がきて いつもの悪化がやってきても
父は眠り続けた
痛みを知らずに そっと眠り続けた
最後は 私と義妹の二人の見守る中
静かに ほんとに静かに眠った
81歳の末期ガンの父は 
その体を無理させて延命治療をされずにすみ
痛みの取れた昼間の時間を
家族や兄弟や友人に出会い 
語り 笑い 過ごした

どんなに返事がなくても 意識があるかどうかも分からなくても
ちゃんとたんびたんびに 父の名前を呼び
声かけをして治療してくれた看護士さんたち
ほんとに 嬉しかった・・・

医療とは どうあるべきかなんて
父の事がなければこれほど考え悩むことはなかった
医療とは 人間の尊厳をいかにとらえるかということ
このことに大きなものがあると思う。
若くして死に直面する場合とは条件が違うだろうけれど
でも 根底に流れるものは同じかもしれない
自分のこれから先についても
色々と考えるところがある

この本は 平成2年に出された
今から21年前・・・
現在第18刷と本の裏表紙に書いていた

色々な感じ方があろうと思いますが ご推薦いたします
                                      鈴

 もとはこちらです。
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by lumokurago | 2011-03-04 19:37 | 医療

『がん生と死の謎に挑む』 批判

 立花隆氏は好きではありませんが(冤罪事件である酒鬼薔薇事件の少年Aの偽計による検事調書を週刊新潮に載せ、国民に少年Aが犯人であると思いこませる責任の一端を担う)、いまがんの本の2冊目に取りかかっているため、何か役に立つかもしれないので『がん生と死の謎に挑む』を読みました。すると本のなかにDr.Kがでてきたので、その部分を取り上げて、「次の本」に載せようと次の原稿を書きました。ところがDr.Aから「素人を批判しても意味がない」との意見をいただきました。せっかく書いたのでDr.Kに見せました。

*****

渡辺:ところがこのあいだ立花隆さんの『がん生と死の謎に挑む』を読んだら、「近藤理論はそれなりに理解」していたが、(がんの専門家との)論争を読んでいると「基本的には近藤さんの主張が正しいと思うものの、『がんもどき』というような独特の用語を発明して無用の議論をまき起こすところはどうかと思った」と書いてあった。がんもどき理論こそががんの本質を説明するための核なのに、まったく理解してないんだなと思った。

 検診でたくさん発見した早期がんが全部ほんもののがんで、そのうちの何割かでも手術によって治ったとするなら、検診をしないから発見されないけど、無作為に分けた対照群にも同数のほんもののがんの人がいるはずだから、手術が遅れた分対照群の死亡数が増えるはず。それがそうなっていないということは、検診で発見されたがんの数と死亡数の差はがんもどきだったとしか考えられない。

黒木:そうだよね。素直に考えればすぐにわかる理屈だよね。

渡辺:ついでに立花さんの批判をしておくと、近藤先生のことを「好んで論争を行ない、歯に衣着せぬ攻撃的な論法で相手をやっつける」と書いている。立花さんは少数派になったことがないんだね。この言い方でよくわかった。近藤先生はたった一人で医学界全体に向かって「あなたたちのやっていることはおかしい」と言ったんだから、文章が少し「攻撃的」になるくらい当たり前のこと。「好んで論争を行ない」と言ってるけど、いままでのがん治療を全否定するような内容なんだから、それが間違っているというなら専門家は答える義務がある。専門家が最初だんまりを決め込んでいたのは、論争したら負けるからでしょう。私も論争集を読んでいるけれど、「歯に衣着せぬ攻撃的な論法」なんて感じたことはなかった。すごい偏見に満ちた表現だと思う。

 立花さんが「再び近藤理論と出あったのは」市民向けのシンポジウムの昼休みにがんの有名臨床医たちと雑談をしていて、抗がん剤の話題になり、みんなが「具体的な抗がん剤の名前をだして、次から次にそれがどれほど効かないかを競争のように話しはじめ」たそうです。「結局、抗がん剤で治るがんなんて、実際にはありゃせんのですよ」と大御所の先生がいうと、みなその通りという表情でうなずいたので、立花さんが「えー、そうなんですか? それじゃ『患者よ、がんと闘うな』で近藤誠さんがいっていたことが正しかったということになるじゃありませんか」と言ったら、大御所の先生があっさり「そうですよ。そんなことみんな知っていますよ」と言ったそうです。それで立花さんは「近藤理論は基本的に正しいのだと、認識が大きく変わった」とのことです(P.72~74)。

 私が批判したいのは、「知の巨人」と言われる立花さんにしてデータを根拠に事実をみようとするのではなく権威や多数派に流されて考えを変えるのだということ。それは批評家として最も恥ずかしいことであるはずなのに、臆面もなく本に書いている。自分のことはみえないんだね。近藤先生は最近検診について「多数派には負けちゃうんだよ」とおっしゃっていたけど、やっぱりねって感じ。事実は多数決じゃないでしょ、と言いたい。

*****

 Dr.Kは「(近藤理論について)なにも書かない人が多いなか、立花は少なくとも正直に書いている。それでいいんじゃないのか。ぼくはなんとも思っていない。(この批判は)学生時代に2,3人しか授業にでていないときに、教授が「なんでこれしかでてこないんだ」と欠席の学生を怒ったのに似ている。立花にああ書いてもらってよかったと思っている。あのなかではがんもどき理論を認めないと書いてあるが、文藝春秋の対談のなかでは自分のがんががんもどきじゃないかと認めている。新しい本(『あなたの癌は、がんもどき』)を読んで変わったんじゃないか」等とおっしゃっていました。(Dr .Kはまた私がブログに書くことを見越して、言葉を選んで話していましたが、電話でぱっと言われたので理解不能なところもありました)。

 まえの記事にも書きましたが、「あなたのようによくわかる人は少ない。知識人でもわからない。正しいことというのは広まらない、わかってもらえないというのが(今まで本を書いてきた)結論」とおっしゃっていました。 (でも、「抗がん剤は効かない」論文に大きな反響があったので、もう1冊本を書くそうです)。 

 また、私が「本人に直接言ったほうがいいか。評論家が権威や多数派の意見に流されるというのは問題だ。彼の仕事全体にかかわる」と言ったら、「それは問題が違うし大きすぎる」と。

 たしかに立花氏個人の抱える問題を批判するのは、『しろうとがん入門』のテーマとは無関係ですね。私は根っから権威や多数派が嫌いなようです。そういう人を認められないのです(笑)。とくに「知の巨人」なんて言われているのに権威に屈する多数派だなんて。

 立花氏に対しては、酒鬼薔薇冤罪問題が少年法重罰化(改悪)に利用されたことで、非行少年とつきあっていた私としては、問題意識を感じているので、過剰反応してしまったようです。

 参考 立花氏批判記事

 理解不能な科学信奉

 『がんサポート』について

 神戸酒鬼薔薇事件は冤罪である その2
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by lumokurago | 2011-02-27 18:54 | 医療

根拠のない集団検診をやめた網野皓之医師の取り組み

 松田まゆみさんが『村はなぜ、集団検診をやめたか』について記事を書いてくださいました。転載させていただきます。松田さんいつもありがとうございます。

*****

 先日、網野皓之医師の著書「なぜ、村は集団検診をやめたか」(自費出版)を読んだ。集団検診は疾病死亡の減少を目的として行われるのだが、死亡率の優位な低下が証明されなければ有効とはいえない。実は疾病による死亡率を下げているという根拠がないにも関わらず、日本では早期発見・早期治療を目的に集団検診が行われている。そのことを網野医師ご自身が具体的に説明したのがこの本だ。ところが、日本人の多くはこの事実を知らされず、早期発見・早期治療が有効だと信じ込まされている。

 この本の内容については、渡辺容子さんの以下の記事を参照してほしい。

『なぜ、村は集団検診をやめたか』

 日本ではとても集団検診が盛んだ。自治体で集団検診を勧めたり、職場で実施しているところも少なくない。だから、集団検診には科学的根拠がなく、長寿願望という人間の感情によって施行されていると聞かされたなら驚く人も多いだろう。私も何の知識もなくいきなりこの本を読んだなら、かなり驚いたと思う。しかし、渡辺容子さんのブログ「暗川」によって検診には意味がないことを知っていたので、とても納得できる内容だった。そして、今でも集団検診に熱心なこの国の自治体や医療関係者の姿勢こそ大いに疑問に思った。

 私の住んでいる町でも、集団検診が盛んだ。以前は結核検診のお知らせが毎年きて、受けないと催促まできた。はじめのうちこそそれほど疑問に思わず受けていたが、途中からやめた。結核などすっかり影をひそめたし、検査による放射線被ばくの害のほうが大きいのではないかと疑いをもつようになったからだ。

 また、中高年といわれる年齢になってからはいわゆる成人病検診のお誘いが執拗にくるようになった。しかし、私は検診には一度も行ったことがない。私の父もそうだったが、そもそも不調でもないのに検診によってわざわざ病気を発見しようということに、素直に納得できないからだ。不治の病にかかったならあきらめるしかない、という考えが根底にある。

 ただし、子宮がん検診を2回、大腸がん検診を1回受けたことがある。地域の健康増進員の人が執拗に勧誘したのがきっかけだった。でもなんとなく有効性に疑問をもち、それもやめた。

 しかし、自治体は何としてでも検診を受けさせたいらしい。最近は、乳がん・子宮がん検診の無料クーポン券なるものが送られてくる。私は、渡辺さんの「乳がん、後悔しない治療」(径書房)という本を読んでがん検診は意味がないことを知っているので、もちろんそれも無視している。

 集団検診を受けることが良いことであるかのように宣伝されている日本では、検診を受けないと、健康に無関心だと非難されがちだ。しかし、非難すべきは有効であるという根拠もないのに、早期発見・早期治療がさも重要なことであるかのように謳って集団検診を押し付ける側だ。網野医師がこの本を書いたのは1992年だ。もう20年も前に集検の有効性に疑問をもち、集検を廃止して方向転換をした自治体があったのに、その指摘を受け入れずに集団検診を住民に勧めている自治体はいったい何を学んでいるのだろうか。

 網野医師は「医学によって解決できたことは、一部の感染症だけであり、他は自然の経過だったのです。私たちの保険医療行為が疾病を減少させたかに見える場合でも、自然経過に重なった偶然にすぎなかったのです」と書いている。自分自身の体験を振り返っても、たしかにそうだと思わざるをえない。

 私も体調が悪くなって医者に行ったことが何回かあるが、医者の処方した薬で治ったといえるのは膀胱炎くらいだ。腰痛や微熱などで医者にかかったときは自律神経失調症だといわれ自然に治癒。めまいがひどくて医者に行ったときも、悪性の病気ではないと言われ自然に治った。下痢が続いたときも内視鏡検査をして異常なし。尿管結石のときは、石が自然に出て治った。治療を受けて治ったというより、自然に治癒したと感じることのほうが多いのだ。

 最後に網野医師の以下の文章を紹介しておきたい。何事においても自然に逆らうことに疑問を持つ私には、とても納得のいく指摘だ。

 「検診で健康を保持できるというような幻想とは絶縁し、人間と疾病の関係について考え直す時がやってきたと思います。人間は疾病と共生の関係にあるのです。また、人間は老い、疾病に罹患し死ななければならない存在です。その過程は人それぞれであり、なかには若くして一生を終える方々もいるでしょう。しかし、これが病気という側面から見た人間の多様性であり、私たちはこれを認めるべきであると思います。なぜなら、現代医学はこれを乗り越える力量を持っておらず、今後もその見込みがないからです。人間は医学とは無関係に寿命限界に近付いているのです」

 コメント欄より

 網野先生の本の紹介、ありがとうございます。先生に知らせておきます。先生も山とスキーが好きで、学生時代は北海道の山に登っておられたようですので、お父様のご本を喜んでいらっしゃいました。

 網野先生が集団検診を廃止してから20年以上経ちますが、ほかに廃止した自治体はありません。当時も長野県内の病院などから批判・非難が多かったとのことです。普通に診療している医師ならば、検診に意味がないことに気がついて当然なのに、ほんとうにひどいですね。

 最近、文藝春秋に掲載された近藤先生の「抗がん剤は効かない」論文が話題になっていますが、近藤先生も「正しいことというのは広まらない、わかってもらえないというのが(今まで本を書いてきた)結論」とおっしゃっていました。網野先生はそれに対して「むかしから真実は少数派にあると言われてきた。多数派は常識派でもあるわけで、逆説的ですが多数派になったらおしまいです」と。

 こうやってできるだけ広めようとしているけれど、いまのところ(将来も?)少数のわかる人はわかり、わからない人はわからないということで仕方がないようです。

 Posted by 渡辺容子 at 2011年02月17日 18:13

渡辺容子様

 網野先生も山やスキーが好きだったのですか。まったく興味のない本を勝手に送りつけてしまったら迷惑かと思ったのですが、よかったです。

 「正しいことは広まらない、わかってもらえない」とは、ほんとうですね。医療の問題もそうですが、自然保護なども似たようなものです。無駄で意味がないようなダム、あるいは八ッ場ダムのような危険きわまりないダムを、この国ではいまでも造ろうと必死になっているのですから。

 Posted by 松田まゆみ at 2011年02月17日 21:33

 もとはこちらです。
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by lumokurago | 2011-02-25 09:10 | 医療

『なぜ、村は集団検診をやめたか』

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 長野県泰阜村の村境を流れる天竜川 (網野医師撮影)

 網野晧之医師は1989年に泰阜村で胃の集団検診(集検)を廃止しました。この本は集検廃止に対して発せられた疑問や批判に答えるために、1992年に自費出版されました。

 網野医師は泰阜村に赴任した当時、集検に熱心な医師でした。しかし、胃集検を受けていた人のなかから3年続けて見落とし死亡例がでたことから(胃集検における見落としは発見の6倍にのぼるという研究がある)、胃集検の効果に疑問を抱き、文献を調べ、検診には科学的根拠がないのに、上意下達的な保健行政によって始められてしまったことに気づきます。

 そしてその上意下達的な保健行政は、戦前の健民健兵政策である住民管理、地域管理を無傷のまま引き継いだものであると指摘しています。

 「私たちは権威ある形をとって目の前に現われたものは、たとえ仮説にすぎないものでも、認めてしまう傾向がありました。集団検診を無批判に施行していたのも、低コレステロールの勧めを説いていたのも、無意識に医学的権威に対して奴隷として従っていたこと以外のなにものでもなかったと思います」(P.73,74)

 (注:特殊な場合を除いて、コレステロールを下げる必要はなく、下げるとがん死が増える。ついでに言うとコレステロールが高くなるのは食事内容とは関係ないそうです)。

 この本には現代医学にどっぷりとつかっていたひとりの医師が、見落とし例がでたことから疑問をもって文献を調べ、自分の頭を使って考えていき、ついには根拠のない集団検診を廃止するに至った経過(理由)がわかりやすく書かれています。「疑問をもつ、調べる、自分の頭で考える、おかしいことは止める」。このだれにでもできそうで、じつはめったにできないことが理路整然と進められています。

 日本中のおおぜいの医師たちは、なぜいまだに根拠のない集団検診を行っているのでしょうか? 疑問ももたないのか? 疑問をもっても考えないのか? 考えても保身(儲け)のためになかったことにしてしまうのか? たんに長い物には巻かれろなのか? いずれにしても無責任この上ありません。意味のない(どころか害のある)集団検診を止めれば、浮いたお金を福祉に回すことができるのに。(会社などでおこなう健康診断にも意味はありません。「病気」をつくりだすだけ)。

 「私たちは医学に絶対的信頼をおいてきました。しかし、その根拠について自らを問うことは少なかったと思います。それは常に進歩しており、真理に近づいていく日常的努力そのものが医学であるという感覚をもっていたためではないでしょうか。いつの日にか人間を病から解放してくれるという医学に、それが幻想であるとも知らず、信仰に近い依存心をもっていたのです。しかし、医学が解決した疾病は意外に少ないのです。あの結核でさえ、その克服に当たって医学的関与がほとんどなかったといわれています。また、集検という公衆衛生学的手法は、医学が成人病に対して無力であるがゆえに世に出現したといえると思います。(中略)

 すなわち、治療が進歩していないという苛立ちが、少しでも早く疾病を発見できれば治療可能になるかもしれないという考え方を生み出したのではないでしょうか。(中略)

 しかし、その根拠は皆無なのです。(中略)にもかかわらず、早期発見治療は思想として、宗教として流布されていったのです。そこには医学は進歩の途上にあるので何ら問題はないという医学崇拝、医学絶対の思想、宗教しかなく、批判精神の欠けらも見られないのです」(P.78,79)

 「人間は老い、疾病に罹患し死ななければならない存在です。その過程は人それぞれであり、なかには若くして一生を終える方々もいるでしょう。しかし、これが病気という側面から見た人間の多様性であり、私たちはこれを認めるべきであると思います。なぜなら、現代医学はこれを乗り越える力量を持っておらず、今後もその見込みがないからです。人間は医学とは無関係に寿命限界に近付いているのです」(P.87)

 みなさん、医学の治せる病気はたった1割、1割は医原病(医療がつくりだした病気)、8割は自然治癒するそうです。それなのに医学・医療を信じるのはまさに「宗教」です。「宗教」から抜け出すのは至難の業であるかもしれません。しかし、「宗教」ではない科学的な医療のみが行われるようになれば、増大しつづける医療費は格段に減り、そのお金で福祉を充実させ、人間はいまよりも健康的に生活し、身も心も安らかに死ぬことができるようになると思います。

 注:この本の書かれた1992年頃、現在は「がんは末期発見がよい」と言う網野医師のみならず、近藤誠医師もがんの「早期発見・早期治療理論」自体を完全否定するところまでは至っていなかったと思います。当時はまだ早期発見でがんは治るという考え方だったため、全体がその考えに基づいて書かれています。その点を考慮して読んでいただけば、本自体はまったく古くなっていません。「自分の頭で考える」とはこういうことなのだということがよくわかると思います。

 ★ 希望者にお送りしまして、絶版品切れとなりました。2月17日
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by lumokurago | 2011-02-08 12:53 | 医療