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カテゴリ:子ども・教育( 104 )


親友が里親に

 年賀状のなかに、親友(長い間、彼女が分会長、私が書記長で分会をやってきた)が、去年小学校2年生の里親になったという知らせがありました。短期(週末など)でも何人もの子どもを預かっている様子。うれしいです。

 養護施設出身者のブログをみたら、「やっぱり人間、性悪説なのか」と暗澹たる気持ちになる内容(里親が里子を虐待、国から支給されるカネ目当てなど)が書かれていましたが、もちろん全員の里親がそうというわけではありません。

 養護施設出身者のブログには里親だと閉鎖的な空間になってしまい、外の目が届かないので、グループホーム型の小集団がよいのではないかと書いてありました。つまり、複数の職員が子どもに接するのですね。自立援助ホーム憩いの家がこの形(3軒ある)ですが、長い間、寮母として1軒の家を守ってきた(週に5泊泊まる)女性たちが疲れ果てて50歳を過ぎて退職し、若い人にこの勤務体制は無理なので、一人が1軒を守るのではなく、ローテーションで泊まりを行うことになりました。仕方がないのですが、この体勢だと、どうしても子どもとの対応が薄くなります。

 彼女たちは結婚もせずに(結婚したら週に5日の泊まりは無理)、憩いの家の仕事をつづけてきましたが、とてもとても大変でした(この世にこれ以上大変な仕事はないだろうというくらい。私は10年にわたり泊まりボランティアをしていた)。一人の人の献身に頼る時代でもないし、献身を求める時代でもありません。でも、そういう彼女たちの献身によくも悪くも、憩いの家は支えられてきたのです。(彼女たちは「献身」という言葉を否定すると思いますが)。

 3軒の泊まりをローテーションにして、いま、一人何泊泊まっているのかな? それでも若い人は仕事がつづきません。まあ、当然ですよね。劣悪な労働条件ですから。創設期に志をもって関わったすべてを取り仕切っている男性職員もじきに60歳を迎えます。彼が退職したら、憩いの家はどうなっちゃうのかなあ? といつも心配しています。

 宮前にある児童養護施設(私はここにも10年ほど学習指導ボランティアに通っていた)でも、男性職員は長く働き続けられるのですが、女性職員は特別な人(結婚しない人)を除き、学校を卒業して20歳そこそこで就職して、3、4年で辞めてしまいます。泊まりがネックですね。だから学園はいつも数名の男性職員と特別な女性職員をのぞき、子どもの姉のような若すぎるお姉さんばかりでした。ほんとうは子どもに対応するのに、そんな若年女性ばかりでは頼りないのです。長くつづけ、経験を積んでわかってくることが多いからです。

 泊まりがある職場はみんな若年女性+少しの男性が支えています。病院しかり、老人ホームしかり。どこも大変と思います。どうしたらいいのかはわかりません。里親の話からずいぶんずれてしまいましたが、こういう仕事もあることを知っていただきたいと思って、書きました。
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by lumokurago | 2012-01-03 13:40 | 子ども・教育

小出裕章さんは子育てもまとも

 『原発・放射能 子どもが危ない』(小出裕章・黒部信一著 文春新書)を読みました。小出さんの感動的な記述を引用します。

***

 太郎、次郎、三四郎

 私はこれまで、3人の息子を迎えました。太郎、次郎、三四郎です。次郎は先天的な障害を背負って産まれてきました。生物体としては弱い存在で、残念ながら私は、次郎を守りきることができませんでした。弱い者に対して、世界はほんとうに残酷なのです。

 しかし、せめて社会的な面、つまり私たち大人が責任を負っている社会のありかたの面では、弱い者に対する差別や抑圧をなくしたい、と思います。そしてそれは本来、自分の子どもに対してだけではなく、世界中の、あらゆる弱い者たちへの行動でなければならないと思います。

 子どもを授かる前は、自分が子どもを持ってしまうと「この子は自分の子」「こっちの子は自分の子じゃない」というふうに区別するようになってしまうのが、私は怖かった。自分の子を特別視してはいけないと思いながら、現実にそうできるかどうか不安だったのです。

 だから私は、太郎、次郎、三四郎という、単なる順番以上の意味はない名前を彼らにつけました。親の思い入れを押しつけたくなかった。子どもは勝手に産まれてきて、勝手にその子の個性で育てばいいと思ったので、名前は考えない、勝手に育ってくれればいい、と。

 それでもやはり、自分の目の前に小さな生命がいる。私が抱かなければ、動くこともできない、そういう生き物がいるわけです。それをなんとか自立させなければいけないと思ったし、もしもここにいる命が何かに脅かされるようなことがあれば、私の命と引き換えでも守らなければいけないと思いました。

 だから私は、みなさんの「自分の子どもだけは放射能から守りたい」という気持ちはよくわかります。でもそれと同時に、もっともっと困難を背負った子どもたち、高い放射線に晒されている福島の子どもたちのことを、考えてほしいのです。

 そして、都会に住む人には、自分たちの生活のために過疎の地域の子どもたちが、原子力発電所の危険を押しつけられていることを、考えてほしいと思っています。

*****

 その通りである。子どもは親の所有物でも親の期待をかける対象でもない。子どもは親とは別人格であり、自分で育っていくのだ。勝手にいじくらないでくれよ、勝手な期待をかけるなよと叫んでいるのだ。もし子どもが子どものうちにそれを叫べずにいるなら、成人してからひずみが必ずでてくる。子どもは衣食住の世話をしてかわいがってやれば、あとは自分で決めて自分で自分を成長させていくのだ。親の勝手な思惑で子どもを縛らないで!!

 それに自分の子どもさえよければという考えで育てると、社会が絶対に悪くなる。悪くなった社会で生きていかなければならないのは、あなたの子どもである。

 子どもは親を選べない。放射能で汚染されてしまったが、過剰なモノに囲まれた日本で産まれた子どもも、アフガニスタンの戦火のなかで産まれた子どもも、ベトナムで枯葉剤の被害にあっている子どもも・・・世界中の子どもが平等なはず。もちろん日本国内で子どもを比較したり、競争させたりなど論外中の論外なのである。

*****

 再び小出さんの文章より。

 最後に、ひとつだけ。
 「子どもを産んでも大丈夫でしょうか?」

 そんな質問を最近よく受けます。福島の事故が起きてしまい、子どもを作ることをためらっている方が大勢いらっしゃるようです。

 しかし、子どもというものは、どんな時代だって、どんな社会だって、生まれてきたし、育っていくのです。戦争の最中でも、奴隷貿易時代のアフリカでも、今だったらたとえばパレスチナだって、子どもは産まれて育つのです。

 ですから私はこう答えます。

 「もし、子どもを産みたいと思うなら、ためらわずに、産んでください」

*****

 大賛成です。
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by lumokurago | 2011-12-10 11:24 | 子ども・教育

育鵬社歴史教科書のシェアが3.8%に(6年前は0.39%)

 続々と新たな地域で育鵬社採択。これも戦後処理があいまいなままここまで来てしまったこの国の体質を表している。いまも戦犯を探しているドイツとは大違い。この国ではA級戦犯が総理大臣になってもみんな平気なんだもんね。頭が狂っている。この国の国民は単におとなしいだけなのか、それとも何も考えていないのか? だまされやすいのか? ま、これも自業自得だが。

*****

広島・尾道市も育鵬社採択判明 2011.9.1 16:46 産経新聞

 広島県尾道市教委は9月1日、市立中19校で来春から使用する公民の教科書として教科書改善の会(屋山太郎代表世話人)のメンバーが執筆した育鵬社の教科書を採択していたと発表した。来年度、約1200人の生徒が学ぶ。

 この日は既に、同県呉市が歴史と公民、島根県益田地区(益田市、津和野町、吉賀町)が歴史で育鵬社を採択していたと発表している。

 各地区とも7月から8月にかけて採択手続きを行ったが、静かな採択環境を確保するため8月31日の採択期限が過ぎるのを待って公表した。山口県岩国地区(岩国市、和木町)も同様に育鵬社の教科書を採択していたことが既に明らかになっている。

□香川県教委は、県立中高一貫校の高松北中学校(高松市)で歴史・公民教科書で育鵬社を採択。採択数は約120冊。

■育鵬社の記者会見

教科書採択率:育鵬社の歴史教科書は前回の6倍  毎日新聞 2011年9月1日 20時30分

 扶桑社版の教科書発行を引き継いだ育鵬社(東京都港区)の教科書執筆者らが1日、文部科学省で記者会見し、来年度から使われる中学校の歴史教科書の公私立を合わせた採択率が前回09年度の約6倍にあたる約3.8%との推計値を発表した。公民教科書も約12倍の約4.2%との見通しを示した。

 同社版の普及を支援する「教科書改善の会」メンバーらによると、判明した1学年当たりの使用予定数は歴史約4万5000冊、公民約5万冊。神奈川県では横浜市や藤沢市が採択し、県全体のシェアが4割以上と推計。同会事務局担当の八木秀次・高崎経済大教授は「改正教育基本法と新学習指導要領の趣旨を一番反映した教科書との理解が広がった」と話した。【木村健二】

 *****

 育鵬社を採択したのは、

 県教委レベルでは・・・東京都教委、埼玉県教委、神奈川県教委、愛媛県教委、香川県教委 (県立中高一貫校や特別支援学校で使われる)

 地方自治体レベルでは・・・栃木県大田原市、東京都大田区、東京都武蔵村山市、神奈川県横浜市、神奈川県藤沢市、大阪府東大阪市、愛媛県今治市、愛媛県四国中央市、愛媛県上島町、広島県尾道市、広島県呉市、山口県岩国地区、島根県益田地区、沖縄県石垣市、沖縄県与那国町


 石垣では同じ採択地区の竹富町が育鵬社を採択しなかったため、もめています。詳しくはプロテアへどうぞ。

 http://blog.zaq.ne.jp/protea/article/1535/

 http://blog.zaq.ne.jp/protea/article/1536/
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by lumokurago | 2011-09-02 10:32 | 子ども・教育

虐待する母親たちの側で考えたこと 広岡智子

 虐待する母親たちの側で考えたこと 広岡智子  「ともしび」青少年と共に歩む会  2005.9.25

 私は1991年より「子どもの虐待防止センター」を拠点に、子どもを守ることを目的に虐待する母親のケアにかかわってきました。期せずしてこの間は立っている位置こそ逆ですが、憩いの家(自立援助ホーム)に来なければならなかった子どもたちの、声にならない「親に何をされて生きてきたのか」「なぜこれほどまで深く傷つかなければならなかったのか」ということを、親を通じて知る時間になりました。

 子ども虐待とは親の生きづらさの表明です。「加虐は隠されているが不運な者の正義の欲求そのもの、いわれのない劣等という不正をただしているだけ」「生命が結果はどうなろうと必死に事故を表現したがっているのだ」という新聞で見たロシアの文豪の人間心理の深いとらえ方に、これだと思いました。

 もしそんなことは受け入れがたいという方は、子どもたちにも同じことが言えるとイメージしてみてください。親だけでなく、小学校で動物虐待をしている子どもも、憩いの家でくらしながら窃盗や傷害罪で逮捕されなければなれなかった子どもたちも、「自分が利を得たい」わけではない。今ここを生き延びるために、そうするしかなかったという意味です。

 子どもと強制的に引き離されて「子どもを返せ」という親たちに、どうしたら戻ってくるか一緒に考えさせてほしいと、児童相談所の一室で民間の相談員の立場を強調して向き合わせてもらって約3年になります。「返せ」という言葉が「返してもらうのは困る」という言葉に聞こえてくるとき、親が自分の内なる声を聞きはじめたなと思います。

 それでも本当の気持ちは言えないのです。子どもだけでなくその親もまた声にならない体験を抱えていることがわかります。そこに分け入ると、あらゆる種類の死と暴力(心理的も含む)の悪臭が漂ってきます。ところが本人はそれを認められません。子どもが親の暴力を自分の責任として背負うように、そのままで育っています。

 しかし「子育て」とは残酷です。子どもという存在は親がして欲しくてやってもらえなかったことを当然のように要求してきますから。ここでは隠しようがありません。奪われた愛を子どもから取り戻すかのように、目の前の子どもが自分を虐待した「怖い親」にすりかわったり、受け入れられなかった「嫌いな自分」におきかわったりするのですから、子どもはたまったものではありません。子どもには何の責任もなかったというのに。

 広岡知彦が逝ってこの11月で10年の月日が流れます。彼がなぜ憩いの家の子どもたちをそれほど熱心に守ろうとしたのか、私はようやく理解できるようになった気がしています。2004年の法改正で、国は自立援助ホームを40か所にまで増やすとの目標をかかげました。しかし深く心が傷つけられて憩いの家にたどりついてくる子どもたちの自立援助とは何でしょうか。これからの若きスタッフに向けられる難しいテーマです。「静かなたたかい」(注:広岡知彦さんの遺稿集)はつづいています。

*****

 児童虐待が増える一方で、私は離れてしまいましたが現場は困難を極めていると思います。過剰なガラクタに囲まれ、物を大切にすることを忘れ、その結果、生き物を大切にすることも忘れ、「自分さえよければ」の風潮ばかり広まり、原発事故があってもなお経済成長をやめることができない社会が児童虐待を増やしたのです。

 「衣食足りて礼節を知る」・・・衣食は十二分に足りています。衣食が過剰になると礼節もおろそかになるようです。

 明日、諫早湾が貝の墓場となったという梅原猛さんの記事を掲載します。
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by lumokurago | 2011-08-28 19:40 | 子ども・教育

”よそ行き”で接する家族

 すれちがう親と子<6> 読売新聞 2000年日付不明

 ”よそ行き”で接する家族  互いに疲れ、外で“発散”増える

 「どうして先生はウチの子の悪口ばかり言うんですか! そんなことしてない、って言ってましたよ」

 小学2年生の直人君(仮名)の行動について、担任教師が電話で相談すると、母親は怒りだしたという。

 中部地方の港町にある公立小学校。サッカー少年の直人君はスポーツ少年団で活躍、学業面も優秀で、クラスの人気者だった。しかし、振る舞いがだんだんとわがままになり、遊んでいても自分に有利なようにルールを変えたり、気に入らないと手も出すようになった。

 授業中も「つまんな~い」と、他の子と一緒に教室を飛び出してしまう。それでもクラスメートから慕われてはいたが、「けとばされた」「小突かれた」などの“被害”が担任の耳にも届いたため、注意を促そうと家に連絡を取った矢先の母親の反応だった。

 直人君への対応は学年会議でも議題になった。別のクラスの担任の由美子教諭(29)(仮名)にも似たような経験があり、「家ではいい子でいる分、学校で発散する子が増えてきた。学校での出来事を保護者に伝えると、家での様子や子どもの言い分を信じて冷静に聞いてもらえないことが多い」とため息をつく。

  □  □  □

 「親子がよそ行きでしか向き合っていない。親は本当のわが子を知らない」と、元幼稚園長で武蔵野短大客員教授の清水エミ子さん(70)(幼児教育)も指摘する。そんな親子が増えているような気がするという。

 「いい子でいることを子どもに求めるには、自分もいい母親を演じ続けなければならない。これではお互いに疲れて、いつか発散せざるをえなくなってしまいます」

 親ばかりか、大人の社会の方も子どもの騒がしさや行儀の悪さなどに対して寛容でなくなって、周囲が子どもたちを追いこんでいる。

 清水さんは先日、塾帰りの小学3年生ぐらいの男の子3人が他人の家の飼い犬に石をぶつけて遊んでいたのを見かけた。「おもしろい遊び、してるわね。今度は3人で石をぶつけっこしてごらん」と声をかけたら、真っ赤な顔をして逃げて行ったという。「塾の成績でも悪くて、うつうつとした気分だったのか」と清水さんは思った。

 このような時は、「子どもには、そうせざるを得ない事情があったのだろう」と相手をいったん認めて受け入れることが大切、とは清水さんのアドバイスだ。

 □  □  □

 投稿誌「わいふ」が5月に開いた「公園育児ってこんなもの」と題した座談会。出席した30~40歳代の母親3人からは「(子どもの遊び相手の)親の方にすごく気を使う」「子どもを無視しても親同士の付き合いを優先させちゃって」「子どもが悪いことをしたからしかるよりも、体裁で怒ったことが多かった」などの本音が飛び出した。

 はれ物に触るようにするのでもなく、ひたすら命令に従わせるのでもなく、家族の一員として、当たり前に子どもに接することが難しくなっている。

*****

 とてもとてもよくわかる。そうなのだ。子どもは家庭で「いい子」にしなければならないから、外で発散しているのだ。昔は家ではわがままにし、外でいい子にしていたものだが、今は子どもの態度が昔と正反対なのである。なんでこうなってしまったのだろう。親の期待が大きすぎるのか? 子どもは親に見捨てられたら食っていけないから「いい子」にせざるをえないのである。なんとけなげなことか。ストレスたまっちゃう。どこかで発散させなければ生きていけないから、学校や学童クラブや児童館でわがままのし放題。困った職員が親に相談を持ちかけると、決まって「うちではいい子です。学校(学童)でそんなことするはずない。うちの子はいい子です。先生の指導が悪いのです」となる。

 昔は子どもに困ったことがあって親に相談すると、よくわかってくれ、一緒に解決策を考えることができた。昔の子どもの「問題」は家庭環境から来るものが多かったので、親が真剣に考えてくれるとたいていはよくなった。

 しかし、今の子どもの「問題」は複雑で、家庭環境から来るというよりも社会全体から来る。「問題」がわかりにくいうえ、親は協力的でない。親は「問題」を見ようとしない。気づかない。言ってもわからないからどうしようもない。子どもは必死で「問題行動」というサインをだしているのに。

 親子が「よそ行き」でしかつきあっていない。だから人間関係が作れない。家庭とは暖かいだけのものではない。人間と人間が一緒に暮らしていれば、きれいごとではすまない。エゴがぶつかりあうこともあるだろう。「家庭はどんな家庭でも矛盾と葛藤のかたまりだ」とある人が言った。その通りだと思う。「矛盾と葛藤」をだすことができないのでは家庭ではないのである。

 子どものうちにそれができないと、成長してからたまりにたまった矛盾と葛藤がいっぺんにでてくる。必ずでてくる。小さなうちにでてくれば解決も簡単だが、でるのが遅くなればなるほど、解決に時間がかかる。

 だから家族で「よそ行き」のつきあいをするのはやめたほうがいい。多少感情的になろうが、子どもと生身の人間としてぶつかりあった方がいい。「いい母親」じゃなくていいし、「いい子」でなくていいのだ。

 そうすれば外でちゃんとした子どもになることができる。家庭でくつろげなくて、発散できなくて、なんの家庭だろう。
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by lumokurago | 2011-08-24 13:31 | 子ども・教育

皆が愛情持てば世の中変わる

 皆が愛情持てば世の中変わる  SUGIZO(LUNA SEA)  朝日新聞夕刊 JEANS 2000.5.19

 今の世の中を「どうでもいい」と考える若い人は多いと思う。俺も半分はそう思うけど、何とかしたいとも思っている。愛情が足りないんだよ、親も教師も。人と接することがずっと苦手だった分、愛情には敏感かもしれない。恋人だけでなく、人をもっと愛したいし、愛されたい。みんなが愛情を持てば世の中は変わると思うな。真冬に素足の子どもが凍えている国もあって、物に満たされた日本人の生活は特別なもの。それを意識したら、日本の若い世代もちょっとは変わるんじゃないかな。

 俺は26歳ぐらいからすごく変わった。子どもができて、人を愛することをより深く意識して。昔の俺は地球の「がん」そのもの。世の中はすべて俺のゴミ箱だと思っていたし、飲んだら大暴れするし、フロンガスがいっぱい入ったスプレーを使いまくって髪を立てるし。でも、最近は環境のことを考える。ゴミを分けないと怒る。洗剤にもうるさい。十年前の俺とはずいぶん違う。

 いつも自分の意思を貫いて生きていたい。「これでもいい」じゃなく、「これがいい」と思うことを。そして、”今”が何よりも大切だけど、”未来”はもっと輝いていると信じているし、何があっても絶対にうまくいくと信じている。十年前、真矢と二人で所持金が百円もない日があったけど、なんとか食いつなげた。最終的に理想の自分になりたいと思えば、なんとかなるものだから。いまだに理想には全く届かなくて、いつも走っているけどね。
 
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by lumokurago | 2011-08-23 11:41 | 子ども・教育

教育再生へ「信の国」をつくろう

 古い手紙を整理していたら、新聞の切り抜きがいくつかでてきました。10年以上まえのものですが、問題は古くなっていないどころか、同じ状態orもっと悪い状態で継続されたままです。ぜひお読みください。 


教育再生へ「信の国」をつくろう  村上慎一 (愛知県立岡崎高校教諭) 朝日新聞 論壇 2000.10.21

 人生と生活は違う。学校はよき生活より、よき人生とは何かを教えるところである。しかし、この逆ばかりを教えてきたように思う。減らない不登校生徒、学級崩壊、凶悪な少年犯罪・・・教育が対応を迫られている深刻な危機は、このことと無縁ではない。

 自分たちの生き方を絶対視し「今の若い者は・・・」と言う大人も、若者におだてるようなことを言う大人も、若者に伝えるべき何物ももたない点では同じである。このことのデメリットは、大人たちの想像以上に大きかったのではないか。「よく生きる」とはどういうことなのか、国民がこの問いにはっきりと答えられない状況が継続している。

 戦前の「忠孝」を第一とする考え方が、敗戦という事実を超えられなかったのは必然としても、これに代わる新たな伝統を作りあげられないままである。伝えるべき貴き生き方をみつけられず、人びとは迷走した。民主主義が旧来の伝統に代わることを期待し努力した人もいたが、全体としては思ったようにいっていない。「忠孝」に代わる倫理規範を持たぬまま、多くの人はそれぞれの欲望の充足を最優先させてきたように思う。

 言うまでもなく、人びとの欲望を最もよく充足するのはお金である。無意識的に学校は、貴い職業としてお金を多く手にすることができる社会的地位の高い職業を紹介した。学校の教師の言うことに忠実な、成績のよい生徒がこぞってそうした職業を志望することがそれを証拠立てている。誠実になすべきことをなし努力しても好成績を得られない生徒より、人間的欠陥があっても成績のよい生徒の方が評価されてきた。結果だけを重んじる学校のあり方が、社会のありかたと相似形であることは言うまでもない。やがて社会は、努力を嫌がり結果ばかりを欲しがる子、そうじてどうしようもなくストレスをため込む子、職業に貴賤をつけ、嫌われる職業に就かない若者などを抱えることになってしまった。

 直接手を下したのは親や教師であったが、社会全体が欲望充足優先のあり方を教育に浸透させたのだと思う。その退廃は、のっぴきならないところまできている。社会全体が、素晴らしく生きるとはどういうことかについて明確な知見を持たぬ限り、教育にあいた大きな穴を埋めることはできないと思う。

 教育基本法を見直そうという動きがあるという。貴い生き方とはどういうものかが分かるようにして欲しい。個人の尊重、世界平和といった教育基本法の理念は、現代にも有効である。それを実現していく個人のあり方が示されなかったために、教育基本法は徐々に空文化してきたのだろう。理念に力を吹きこむ倫理を考えなければならない。「忠孝」に近づかないことを前提として。

 思いやり、正義、博愛、礼儀、友情、誠実、自由、清廉――人が生きるのに大切な倫理はたくさんある。これらを包括し行動化を促すものとして、「信」を中心とした倫理規範を創造してはどうかと思う。人間が人間としてよく生きるとは、他者との関係をよく生きることである。いかに多くいかに深く他者に信頼されるか、他者を信頼できるかをよく生きているかどうかの尺度としたい。その達成を個人の自信の根拠ともしたい。学校なら勉強で信頼を得る子がいてもよいが、スポーツへの取り組みや趣味の豊かさが信頼の源になる子がいてもよいし、地道な努力や誠実さで信頼できる子がいてもよいことになる。貴い生き方について社会全体が合意した時、教育の再生は緒に就くと考える。

 皆が同じであることに「信」の根拠を置いてきた教育を、違いに「信」を置くように変える必要がある。教育基本法のいう個人の尊重も、自他の違いに「信」を置くものであるべきだろう。異質共存は責任ある自由を招くことにもなる。世界平和にも異質共存の原理を貫いてほしい。良い機会だと思う。教育基本法の見直しを通して、次世代に伝えるべき人間のありかた、社会のありかたを真剣に考えてはどうかと思う。(投稿)
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by lumokurago | 2011-08-22 19:50 | 子ども・教育

『負けるな子どもたち』 講演

 日野の保護者グループでの講演要旨です。1990年5月

 今日は「子どもたちと共に育ち合う」ということをテーマにお母さんお父さん方と話し合うという会ですが、私は約15年間学童保育という学校でもない、家庭でもない、主に遊びを中心として子どもたちとつきあうという場所で仕事を続けてきて、感じていることをお話したいと思います。

 私は本の中に詳しく書いたのですが、ここ10年ぐらいの間に子どもが変わってきたということを強く感じています。子どもが変わってきたということは赤ちゃんで生まれてきた時に、もうその持って生まれた本質が変わったということではないので、結局は社会が変わってきたということになると思います。

 子どもがどういうふうに変わってきたのかというと、一言でいってしまうなら、いつも不安感を心いっぱいに抱えている、その不安感がいったい何なのか、はっきりこうとはいえないのですが、自分がかけがえのない存在であることを信じきれないでいるのではないかという気がするのです。私たちが子どもだった頃は、子どもというのは今日生きているということだけで満たされていて、もちろんそのなかには喜びだけでなく悲しみもあったわけですが、家族がいて一緒にあたたかいごはんを食べ、暖かい布団で眠れば特に不安なこともなくごく自然に育っていったものだと思うのです。ところが今はそういうことだけでは満足できない。

 その理由としては、ひとつには子どもがまるで大人のサラリーマンのように、いやもしかしたらそれ以上に忙しいということがあると思います。私は幼児期のことはよくは知らないのですが、児童館に来る3歳ぐらいの子を見ているともう、週に何回もスイミングなどのおけいこごとに通っている子が少なくありません。小学校に入学すれば、学校は10年前よりもずっと長い時間子どもを拘束しています。勉強の中身もずっとむずかしくなっています。おけいこごとや塾に通う子が10年前とは比べ物にならないくらい増え、また低年齢化しています。子どもの自由時間は圧倒的に少なくなりました。

 忙しいとは心を失うと書きます。お母さん方も忙しいといらいらしてつい子どもに当たったり、心が荒れてしまうことを感じられると思います。ミヒャエル・エンデの『モモ』をお読みになった方も多いと思いますが、あの作品には忙しいということがどんなに人間の心を荒廃させてしまうかが描かれています。忙しいと自由な発想が押さえこまれ、課題をこなすだけでせいいっぱいになって、さらには課題を与えられないと何もできない自主性のない人間を作っていきます。そしてそうなってしまった人間は課題を与えられることを望み、自ら管理されることを望むようになります。今の子どもたちは、いいえ、大人たちも同じですが、このような状態に近いと思います。もう6、7年前の話ですが、うるさくして話を聞かない子どもたちを怒鳴ったら、「静かにさせたいなら笛を吹けばいい」と言われたことがあります。

 学童クラブではもう何年もの間、子どもたちが遊べなくなったということを感じさせられています。遊べないというのがどんな状態なのかと言うと、私がこの仕事に就いた頃の子どもたちは自分たちで話し合って、たとえばおやつの時間などに上級生が「今日は何して遊ぶ?」とみんなに聞き、ドッジボールとかラケットベースとかけいどろとかその日遊ぶものを決め、おやつが終わるとほとんど全員でひとつの遊びをしていました。大人の手など何もいらないのです。私にも入ってほしければ、早く遊ぼうと言っておやつのお皿を洗ったりするのを手伝っていました。下級生には上級生が遊びを教え、失敗しても大目に見たり手加減していました。ほんとに大人は何もすることがなかったと言ってもいいと思います。

 ところが今はひとりの子がたとえばドッジボールやりたいと言ってきて、「じゃあ仲間を集めてよ」と言っても自分ではできず、大人が声をかけてまわってやる子を集め、組み分けをするのも強い子同士が同じ組になりたがって、力が違いすぎるとおもしろくないことをその子たちに説得している間に他の子はバラバラになってしまい、またまた大声を出して集め、やっとのことで組み分けをして始めても、大人が電話などにでて戻ってみるともう誰もいないのです。下級生に対してもへまをすればすぐにけなす言葉が飛びます。自分が遊ぶことでせいいっぱいなので他者に対して思いやる余裕がないのです。

 「仲間と遊ぶ」ということは非常に自主性が要求されることだと思います。大人の手を借りない子どもだけの自由な時間の中で、子どもはどうやったら仲間と仲良く遊べるのかということを学んでいくのだと思います。けんかしながらその解決の方法を学んでいくのだと思います。そして何より、自由な時間のなかでこそ、自分のやりたいことをみつけていくのだと思います。時間がなければやりたいことをみつける暇もありません。友だちと仲良くする暇もありません。

 友だちと仲良くする暇もない今の子どもたちは、人と関係を作ることが非常に苦手だと思います。表面は明るくギャグばかり言っています。今、子どもたちの中では「暗い」ということは罪悪のようになっています。いつもいつも騒がしく、人の「受け」ばかりねらっているような子どもたちです。受けをねらい笑ってもらうことで、自分が仲間はずれにされていないことに安心しているようなところがあります。今の子どもたちは「みんなと同じ」であることに非常に敏感でちょっとでもみんなと違うところのある子をからかったり、仲間はずれにしたりする傾向が強いのです。そうやって誰かを仲間はずれにして、自分が「みんな」の側に属していることを確かめ、安心しようとしているのです。

 先ほどお話ししましたように、今の子どもたちの心の中は不安でいっぱいです。だから明るくギャグばかり言って、笑ってもらおうとするのです。「暗く」なったら自分の不安が見えてしまう、それがこわいのだと思います。しかし、本当の自分を隠していたのでは人との関係は作れない。自分の本当の思いを打ち明け、相手にわかってほしいと思い、自分も相手の本当の気持ちを知りたいと思うところからしか、関係は作れないのですから。今の子どもたちは不安な自分の心を押し隠して、表面だけ明るい、おもしろいことだけが価値があるとするかのような、まるでゲームのような関係の中で生きています。

 話は少し変わりますが、今の子どもたちが自分の存在をかけがえのないものだと感じられない、そのことにはこのように物があふれた日本の社会が大きく影響していると思います。物がたくさんありすぎるということは、どうしても人間の感性を鈍くしていると思うのです。たとえば、物がそれほどなかったときには自分のことだけ考えずに、相手のことを思いやっておやつを分け合ったり、おもちゃを貸し借りして一緒に使ったり、大事なものをなくせば心からの悲しみを感じたり、物をもらえば心からありがたいと思ったり、そういう人間的な感情が豊かだったと思うのです。

 今は食べ物はいくらでもあるから分け合う必要もありません。自分がおなかがすけば食べるのは当たり前で、おかあさんがおなかがすけば食べるのが当たり前、なにしろ食べ物はいくらだってあるのだから遠慮なんかする必要もないし、分けてあげる必要がないのだから相手がおなかをすかせていることなんかに思いをめぐらせる必要もない。何かをなくしてもまたすぐ買ってもらえるから悲しみなんか感じません。物をもらってうれしいのはその時だけ、物を手に入れた次の瞬間にはもう次にほしいもののことを考えているのです。だってこんなに物がたくさんあるのだから、今更もらったってありがたみなんかありません。わたしの本当にほしいものは「物」なんかじゃないんだよお! 子どもたちはそんなふうに叫んでいるのではないでしょうか。

 私たちは子どもに物に不自由させたくない、他の子が持っているなら自分の子にひけめを感じさせたくないから買ってやる、そう思って物を与え過ぎていないでしょうか。物がたくさんありすぎることはどうしても心を貧しくさせます。人間にとって大切なものは目に見えないからです。目に見える「物」は心の目を曇らせます。それから私たちは子どもをできるだけいい環境の中で育てたいという願いを持っています。しかし一方では何事にも負けない強い人間になってほしいとも思っています。その二つのことは実は、矛盾しているのです。何不自由ない環境で育てられた子どもが、逆境に強く立ち向かっていくような力を身につけるとは思えません。子どもの頃からときにはつらいこともあって、そこから学ぶことで逆境に立ち向かう力を身につけていくのです。順境の中で育った子どもはひよわなモヤシと同じです。そんなことを今、考える必要があるのではないでしょうか。子どもが転びそうな石があれば、先回りして取り除いてやる、子どもの将来を考えて塾に通わせる、そんなことは親の自己満足にすぎないのだとあえて言います。子どもは自分のことは自分で学び考えながら生きていくのです。子どもをもっと自由にしてほしいと、そのことだけを私は願っています。子どもが自分で学び、考える時間を与えてほしいのです。

 初めに子どもたちが変わってきたのは今の社会の影響だと言いました。そのことについて最後に言いたいと思います。今の日本の社会は経済至上主義です。金がもうかることだけが価値とされています。そのために競争社会があり、効率だけが物差しとされています。そのために私たちは非効率的な人たち、たとえば障害者を排除しています。競争のために勉強ができない子どもたちを学校は切り捨て、その子たちを傷つけています。いいえ、ごく普通の子どもたちも競争社会のために心をずたずたに傷つけられています。人間はひとり残らずその人にしかない大切なものを持っている。私はそのことを今でも当たり前に思っています。しかし社会ではそんなことはとても通らない。そんな社会は間違っているのではないでしょうか。大切なものは物じゃない、金じゃない、人間の心です。人と人とが気持を通い合わせることのできるやさしさです。ひとりひとりが大切にされる社会です。

 三分の一の子どもたちが核戦争が起こるのではないかと不安に思っているという調査があります。私たち、大人はそんな子もたちの不安に対して何をしているのでしょうか。核戦争に対する不安や第三世界の飢餓や地球そのものが破滅するかもしれない環境破壊に対して、いったい何をしているのでしょうか。何もせずに物を消費して浮かれているのです。いいえ、本当は私たちの心の奥にある不安に目をつぶり、その日ぐらしの生活をしているのです。子どもたちと共に育ち合う、そのためには自分の子どもの将来を自分勝手に決めるのではなく、今、大人として目をひらいて地球そのものと共に生きることを考えなければならないと思います。
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by lumokurago | 2011-08-12 17:17 | 子ども・教育

『負けるな子どもたち』の感想 その3

『負けるな子どもたち』について  匿名  1990年5月

1、書評

 この本は学童保育という教育の現場で先生として日々子どもに接してきた著者が、この10年間子どもたちがいかに急激に変化してきたか、そして自分がそれにどう対応してきたかをまとめたものである。

 この作品については二通りの読まれ方があるだろう。一つは著者が子どもと交流する過程で、子どもと向かい合う先生・大人から同時代を共に生きる「時代への挑戦者として子どもと肩を組む人」へと変貌していったプロセスの記録として受けとるというものと、

 二つはどうしてこの10年間子どもたちが急激に変化してきたのか。しかも悪い方向へと変わってきたのか。それはなぜなのかという深刻な問題に対する著者なりの解答と理解し、さらにそれに対して大人はどう対処すべきなのかという著者の問題提起と捉えるというものである。

 しかしそんな解釈をいかに精密にほどこしたところで著者はきっと納得はすまい。なぜなら著者の真意はこうなのだから。

 もしもあなたが少しでも、ほんの少しでも自由を獲得したいなら、なんでもいいからともかくも行動を起こせ。そうしないと状況はますます絶望的になってしまう。子どもを見よ。彼らは自己の全存在をかけた<非行化><問題行動>をひっさげて孤独に壮絶な戦いをくりひろげているではないか。さあ、大人も子どもの同志となって戦列を組もうではないか。「負けるな子どもたち」とエールを送ろうではないか。しかしそれは、とりもなおさず自分たち大人自身へのはげましでもあるのだ。

2、この本を知って私が考えたこと

(1)現状の報告としての面から考える
 1976年から現在まで学童クラブの先生として子どもたちと接触している著者が、この10数年間のすさまじいまでの子どもの変化について具体例にそくして報告してくれている。私はそれを読んで、こんなになってしまったのかと驚き、本当にこれは何とかしなければと深く考えこまされた。

(2)著者の子ども観の変遷としての面から考える
 これまでの10数年間学童保育の仕事にたずさわったという体験を積み重ねる中で、著者が、時代の流れに対応し変化する子どもたちにいかに対処してきたか。またそれによって著者の子ども観が変わらざるをえなかったのだが、それはどのように変わってきたのか。そして、今はいかなる子ども観を持っているのかの発表として捉え、著者の子どもたちへの深い理解と愛に感動させられた。

3、私の著者への疑問

(1)著者の全力をかたむけた努力にもかかわらず、結局は何も変わらないし、変えることもできない。例えば、おけいこごと通い、塾、学校のカリキュラム、みせかけだけの豊かさ、競争(受験をはじめ全ての面での)等々・・・について。

 だけど渡辺さんと接しているごく限られた人数の子どもとその親たちは、子どもの心を理解できるようになり、子どもの置かれている状況を的確に判断するようになり、他の親たちと交流を持てるようになったという、ごくささやかな変化はあった。とはいえ、そんなちっぽけな変化など全体にとってはもちろん、当人たちにとっても何のたしにもならぬ程度のものでしかない。せいぜい自己満足の域に止まるに過ぎぬのではないだろうか。

 そういうことが見通せたのに、なおかつ渡辺さんは努力を重ねざるをえなかったのはなぜなのか。その努力を支えている哲学はどんなものか。また接する子どもや母親たちに何を望み、何を訴えかけているのか。それを知りたい。

(2)私はいつもこのような改革派的思考と実践に出会うたび思う。その思考に忠実に従ったなら、きっとこの社会では落後者にならざるをえないだろうと。そうなったとき、どのような思いで以後を生きてゆけばよいのか。またその落後者に対し、渡辺さんはその者がどのように生きてゆけばよいと考えているのか、質問したい。

*****

 当時、このかたの質問にどのように答えたのかは覚えていません。たぶん、私の考えはいまとさほど変わらないと思います。ただ、いまは、いいお手本ができたので、利用させてもらって、次のように答えます。

(1)人間には「結局は何も変わらないし、変えることもできない」だろうと思っても、どうしてもやらざるをえないことがあると思います。小出裕章さんのように、近藤誠さんのように、網野晧之さんのように・・・。彼らのやってきたことは「全体にとってはもちろん、当人たちにとってもなんのたしにもならない自己満足」かもしれない。小出さんはどこかで「自己満足だった」とおっしゃっていました。近藤さんは私に「医療をよくするなんてできっこない。わかるでしょ?」と言っていました。それでもまだ本を書いています。網野さんの改革した泰阜村でも再び検診をはじめ、特養を作り、在宅死80%を成し遂げた在宅医療は崩壊しようとしています。

 でもでも・・・、彼らのやってきたこと、やりつづけていることは決して「自己満足」ではないし、無駄なこととも思いません。なぜならばごく少数ではあるけれど、彼らから学ぶ者がいるからです。小出さんの場合、いまは多数に認められていますが、これがいつまでつづくかはわかりません。所詮少数派だからです。近藤さんのことを言えば、これは彼の医療への貢献の一部ですが、彼の本のおかげでがんがみつかっても無治療を選択する患者が(たぶん96年頃からではじめて、いまでは)150人を超え、彼らは治療した場合よりも長生きしています。近藤さんの患者はセカンドオピニオンを入れれば何万人ということなので、無治療を選択した患者はそのなかのごくごく少数でしょう。でもいかに少数であれ、患者の寿命を長くしているのです。

 網野さんの場合も、彼が直接診る患者は限られていますが、例えば私は彼に看取ってもらえることで死ぬことに対して何の不安もありません。私と過去につきあってきた子どもたち、親たちにしても、「当人たちにとってもなんのたしにもならない」ということはなく、少しはたしになったことを確信しています。

 それでも全体を変えることはできませんでした。それなのになぜやりつづけてきたのか? それは自分にとって大切なものはなんなのか、社会の不正や差別を許すのか、お金がほしいのかそれほどほしいと思わないのか、結局は人間として自分の良心に忠実に生きるかどうかに尽きると思います。

(2)「落後者」という言葉を使っていらっしゃいますが、人生において何を大事にするのかによって、見方はまったく違うと思います。「(小出)助教」や「(近藤)講師」は「落後者」なのか? 網野さんは担当教授とけんかしたため、「医学博士」の称号も取りませんでした。教授になり、有名になり、名誉も金も得る生き方をしていれば「成功者」なのか? 私は人から「落後者」とみられる生き方でも一向にかまわないと思います。むしろそういう生き方しかできない人間のほうを信頼します。
 
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by lumokurago | 2011-08-10 17:49 | 子ども・教育

『負けるな子どもたち』の感想 その2

渡辺さんの『負けるな子どもたち』を読んで  橋本幸雄 1990年5月

 今、日野で「荒れてる中学校」の一つと言われるA中に、今春赴任したベテラン女教師Bさんの呟きを、人づてに知りました。Bさんは、子どもたちにより添うことができ、自分をそのままに表現できる、私の知る限りでの稀な教員です。

 前任校で10年間、Bさんが働きかけ培った人間関係は、A中には未だありません。生徒、殊に3年生にとってはBさんは侵入者だったと思えます。Bさんの人間性と、生徒の「しょせん先生でしょ。しょせん大人でしょ」と不信感との間の壁は、美談で越えることができるとは思えません。A中職員(或いは人間)としてのBさんの苦しみも、教員に暴力的に対する生徒たちのこの数年間の苦しみも、どちらも想像を絶するものです。

 どうして? 何故? と理由を詮索しても、その苦しみが減少するわけでも、無論解決するわけでもない。彼らには途方もない時間をかけて、<対等な人間として>なんて思いあがりでなく、彼らをここまで追い詰めた責任を負うべき大人としてのこころを、彼らの前に置くしかないと思えます。

 体力教師の権威が、管理技術が、隔離・差別が、役者のようなパフォーマンスが、圧倒的な暴力が、一見功を奏することがあるかもしれません。母親の涙が彼らの心をほぐすかもしれません。でも大切なのは、彼らとともに育つことではないかと思います。「荒れてる君たちも悪いだろ」というところからは、何も生まれないです。

 渡辺さんの、学童保育の子どもたちとのとっくみあいを読みながら、今、ここにある問題から離れられません。「荒れてる彼ら」と肩を組んで歩きたい。

 私には、感性とかとっくみあう体験の貧しさが大きな理由だと思いますが、「解放されている子どもたち」とか「生き生きとしている子どもたち」が見えません。決して卑下して言っているのではないのです。ただひたすら貧しいのです、見えないのです。

 愛知の岡崎勝さんとか、神奈川の名取弘文さんなんかが「なあに、子どもなんて教室授業をドッジボールに変更すれば、すぐ輝くよ」と簡単に言い切るのとは、ちょっと違うんだけど、でもそれも輝きには違いないなあと思うのです。この手の輝きなら、もちろん別に珍しくはない。

 林竹二さんの授業で(写真集の中でのことだけど)表情が変化していくゴンタの生徒たちが「輝き」を得たことは確信できるし、感動します。

 そして私は、こんな輝きの場に立ち会う機会がなかっただけなのか、それとも立ちあっても気づけないような感性しか持ち合わせていないのか、不安なのです。

 さらに、その林さんを小浜逸郎さんなんかは「非日常性」とか「アニメを見れば輝くさ」などと批判する。子どもの輝きっていったい何なんだろう?

 渡辺さんの頼りは、目の前の子どもたちが自由になり、伸びやかに自分を表し、輝く可能性を持っていることを確信していることだと思うのです。そして渡辺さん自身がその可能性を持っていることを、いつのまにか確信できるようになったのだと思うのです。

 肩を組んで歩ける仲間のないままに15歳になってしまった彼ら。

*****

 20年前の大人たち、こんなに悩んでいたのですね。子どもたちはこの大人の悩みを知っていたのか? 子どもは子どもで大変で、自分たちにできるやり方で、大人に気づいてもらいたいと必死だったんですよね。

 仕事を辞めて7年目ですが、おそらくいまの子どもたちのほうが幼く、自分勝手度はすごいけど、ずっとおとなしいだろうと思います。(妹が小学校内の学童クラブに勤めており、授業が成り立っていない様子がよくわかると言っている)学級崩壊は校内暴力とはまたちょっと性質が違うと思います。

 子どもが大人(先生を含む)と「ため口」を聞くようになって久しいですが、子どもが大人に求めていることはほんとは何なのか? 娘が統合失調症になり、悩みに悩んだ友人が、「結局は娘をよく見ることでどのように対応したらよいのかがわかるようになった」と言います。答は子どもが教えてくれるのです。
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by lumokurago | 2011-08-09 16:53 | 子ども・教育