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カテゴリ:平和( 86 )


戦争を学ぶ・戦争から学ぶ

 戦争中、疎開体験のある友人(70代)がお子さんたちが小学校のときのPTAで知り合ったかたたちと、いまだに(おそらく35年以上)読書会をつづけています。彼女たちは山住正巳さん(元都立大学長・故人)と一緒にPTA活動をされていました。その読書会で戦争について学ぼうということで、半藤一利さんの「昭和史」2冊を読み、私にもまわしてくれました。

 学校では歴史の授業を縄文時代から始めるため、時間がなくなり、近現代史をまともに習ったことはありませんでした。「つくる会」教科書採択騒ぎがあって、ようやく「未来をひらく歴史」(中国・韓国・日本の歴史家が共同でつくった教科書)を読んだりして、近現代史を勉強しはじめた私にとって「昭和史」はたいそうおもしろく、勉強になる本でした。メル友してたDr.Aも読んでいたため、「Dr.Aとの往復メール」にはこの話題がでてきます(ちょっと探すのが大変)。

 その後、同じ半藤さんの「ノモンハンの夏」「日本で一番長い日」を読み、「ガダルカナル」(五味川純平)を読みました。ノモンハンで無謀な戦闘を起こした張本人の「辻」という軍人が、ノモンハンから何も学ばず、ガダルカナルで同じことを繰り返したあげく、戦後は議員になったことも知りました。「ガダルカナル」のあとがきに五味川さんが書いておられたように、日本人というのは客観的判断ができず、精神主義でなんでもできると思いこみ、過去から何も学ばず、同じ過ち(それも取り返しのつかない)を繰り返して平気でいる人種のようです。

 戦後処理については、ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて(上下)」が大部で読むのが大変ですが、とてもすぐれていると思いました。非常にたくさんの資料に当たり、当時のアメリカの思惑や日本の一般市民の感じ方なども的確に把握していると思います。天皇制については、天皇の側近にも退位やむなしとする意見もあったにもかかわらず、おもにマッカーサーの意向で残されたことがわかりました。戦争放棄・軍隊の不所持を謳った平和憲法も、敗戦後のほんの一瞬とも言える間隙に可能になったこと、そのあとすぐに朝鮮戦争がはじまり、アメリカから再軍備を求められた経緯もよくわかりました。東京裁判についても公平な立場から書かれています。(シベリア抑留体験のある父の友人にこの本をまわしたところ、彼も「いい本だ」と言っていました)。

 高校で「昭和史」や「敗北を抱きしめて」を教科書として学び、討論すれば、戦争に対する日本人の認識も変わってくるのではないでしょうか。

 もう1冊、戦争から学ぶためにはお勧めの本があります。「終らない旅」(小田実)です。帯には次のように書いてあります。

 「だから、愛するきみに告げよう。私たち小さな人間は、けっして殺されてはならないのだとーー。大阪大空襲、ベトナム戦争、そして「9.11」・・・。戦争の悲しみを見つめ続けた著者が描きあげる。人間のすがた、愛のかたち」

 この帯にある通り、小田実が体験し、見つめつづけた戦争を追い、生涯をかけて考えつづけてきた戦争に関する思想の集大成だと思います。この本も教科書にするといいですね。縄文時代などやらなくていいから、1年かけてこの本を読んだほうがよっぽど考える力が身につくと思います。

 推薦本 「昭和史」半藤一利、「敗北を抱きしめて」ジョン・ダワー、「終らない旅」小田実
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by lumokurago | 2011-11-21 09:45 | 平和

『ガダルカナル』あとがき

 『ガダルカナル』あとがき 五味川純平  1980年6月

 最近防衛論が盛んになっていす。いままで防衛問題そのものが選挙の争点になることなどほとんどなかったのに、今年はそれが重要テーマになっている。アメリカから日本の軍事費の増額、したがって当然に軍事力の増強を公然と求められてから、さながらお墨付きを頂戴したかのようなはしゃぎぶりである。私はここで防衛問題を論ずるつもりはないが、たまたまいままでに行われている防衛論が、38年前のガダルカナル作戦と根本的に同質の欠陥を含んでいるので、ひどく気になるのである。

 自分の国を自分で護るのは当然だからといって、徒に仮想敵を想定し、その仮想敵からの侵略の可能性を宣伝して、防衛意識を煽るのは危険であり、有害である。日本が想定する仮想敵は、昔も今も変わりはなく、いまでは世界の二つの軍事的超大国と謂われる国の一つである。私は日本が平和政策に徹していて、紛争解決を武力に依存しようとしたり、他国間の紛争にしても何れか一方に軍事的にくみすることがない限り、外国から侵攻されることはないと判断しているが、防衛増強論者が使いたがる論法、もし万一侵攻されたら、ということが、現実的にではなく、想像的、論理的にはありうるので、次のように言っておく必要がある。侵攻があり得るとして、その場合、日本がどれだけの軍備をすれば、軍事的超大国からの想像的・論理的にはあり得る侵攻に対して、自分の国を自分で護ることが出来るというのであろうか。それが出来ないから日米安保体制を堅持するのだという論法に自主防衛は直ぐ席を譲ってしまうが、何処の国が他国のために莫大な軍事費を使い、血を流してくれると信じられるか。それが信じられないから、際限もない軍備拡張を行って、軍事大国への道を歩むのだとは、いまのところ防衛力増強論者も言いかねているのが本音であろう。

 だた、私がここでガダルカナルとの関連において言いたいのは、そのことではない。他国からの侵攻に対する 防衛戦争が想像的・論理的にあり得ると想定するのなら、日本を構成する4つの島全体がガダルカナルと同様の運命に陥ることがあり得ることも、想像的・論理的に想定されなければならない、ということである。

 周知の通り、日本はエネルギー政策一つ満足には立っていない。所要石油のほとんど全部に近い量を海外に依存している。食糧も所要量の約60%を輸入に依存している。それでいて稲作の減反など、食糧自給とは逆行する農業政策をとりつづけている。家畜〈禽〉資料までを食糧に含めれば、全所要量の80%を海外に依存しなければ、日本は生存できなくなっているのである。食糧と石油は、日本にとっては、核兵器同様に、致命的な戦略兵器になってしまっていると言っても過言ではない。

 食糧がなく、燃料もなく、軍備だけがあって、どれだけ自分の国を自分で護るというのであるか。他国からの侵攻が想像的・論理的にあり得るとしたら、そのときには、食糧の輸入も燃料の輸入も断たれていることが、想像的・論理的に予想されなければならない。厖大な輸入物資を運ぶ船舶のための海上護衛戦など、これは想像的・論理的にさえ不可能である。輸送船の上空直掩などなおさら出来ない。斯くして、日本列島は、本文に述べたガ島戦の惨状を量質ともに拡大深刻化して再現することにならざるを得ない。

 日本の軍事専門家は、昔も今も、局部的戦闘だけを問題にして、戦争を組織する後方一般に周密な思慮をめぐらすことをほとんどしない。後方を考えたら、戦争などとても出来ない条件が、あまりに沢山あるからかもしれない。

 かつて日本軍は、ノモンハン(昭和14年)でも、ガダルカナルやニューギニアその他太平洋戦域の各地でも、戦闘に際しては、確かに勇猛果敢であり得たが、戦争を組織する作戦家たちや、彼らを支持する政治家たちは、戦争組織の事務段階で粗雑であり、希望的予断に陥って思考的に未熟であった。戦力諸元の調整と準備と集中がほとんどいつも不十分であり、いつも齟齬を障子、不足を来し、ために戦闘を不如意に陥らしめた。自国の矮小の規模においてしか敵の力量を測定せず、将兵の武勇のみを盲目的に過大評価して、敵の戦意と戦力を下算し、結果として惨憺たる敗北を喫した適例が、ガダルカナルでありニューギニアであった。敵の強靭な戦意と戦力に気づいたときには、もはや火砲も弾薬も、食糧さえも揚陸不如意に陥っていたことは、本文で再三指摘した通りである。端的に言って、戦争を科学的に構想し得る軍人も政治家も、かつての日本には必要額だけ育っていなかった。現在もそうとしか思えない。何故なら、防衛問題が軍事的側面においてしか捉えられていないからである。現在の自衛隊も思考においては本質的に昔の日本軍の欠陥を、ほとんどそっくりそのまま受けついでいる。たとえば、自衛隊は、日本の備蓄石油の半分をまわしてくれれば1年半ほど戦えるなどと言っているそうである。これなど自衛隊のみあって国民生活など全く度外視していることの表れであり、自衛隊は国民のものではないことをみずから暴露したものである。自衛隊が計算上は1年や1年半ほど戦えるとしても、国民生活と生産は、燃料や原料の補給の保障がなく、僅少な石油備蓄の半分だけで如何にして成り立つのか。つまり、国民生活の破綻は自衛隊の破綻でもあることを、自衛隊は考えたくないから考えないのである。食糧事情からも、救い難い破綻が、もっと陰惨な形をとって現われることになる。昔の国軍も、開戦の前夜段階から、日本の国力に関して、悲劇的な結論が導き出されることを嫌って、考えたくないことは考えなかった。そのことは、開戦決定までの御前会議を辿ってみれば明らかである。

 ガダルカナルやニューギニアの戦訓は、40年近く経っても生きている。日本は職業的軍隊を作って、それが武器をとって戦えるような国には出来ていないのだ。軍隊が重武装したからといって護れるような国ではないのである。今日日本人は日本が経済大国にのし上がったことを誇っている。実はこの経済大国、先に述べたように石油の面からいっても、食糧の面からみても、膨らむだけ膨らませた風船玉のような「経済大国」でしかないのだが、形の上だけのことにもせよ、とにかくここまで来たのも、敗戦後軍備に金を使わず、もっぱら経済再建にいそしんできたからにほかならない。それが、重要資源も食糧も自給率のきわめて高い真の経済大国であるかのような尊大な錯覚を起こして、軍備による防衛などと主張しだすと、日本4島はガダルカナルの悲劇をみずから拡大する途を選択するにひとしいことになる。

 軍備が強大であるからといって、国家も民族も尊敬されはしない。まして、愛されることはない。「万一」犯されれば、民衆がこぞって抵抗に起ち上がる。その決意と気概が民族の威厳を保つのである。

 現在の防衛力増強論者は、斯く斯くの施策をもってすれば、日本がガダルカナルの戦史が遺した悲劇を繰り返す懼れはないという物的証拠を明示したうえで、増強論を唱えるべきである。先のオイル・ショックのとき、たかがトイレットペーパーで大騒ぎをした日本人の醜態は、まだ世人の記憶に残っているはずである。食糧の輸入や石油の輸入を、謂わば累卵の危うきに置いたままにして、防衛力増強論者は彼らが好んで言う「万一」のときに、破滅的事態を如何にするつもりなのか。補給を断たれた場合には備蓄に依存し得る機関など僅少であることは明白であるにもかかわらず、それには一切触れずに、防衛力の増強を煽って国民を惑わすのは、無責任である。

 同時に、一定の戦力(一定という概念はきわめて不確定だが)を持つことが、他国の侵攻に対する抑止力になるという論法は、40年前の日本自身の行動に鑑みれば、虚しい迷信に過ぎないと知るべきである。当時、日本は、世界の兵器廠をもって自認していた米国に対して戦争を仕掛けた。あのころ、石油備蓄が600万トンしかなく、仏印(ベトナム)産米七百万石を捕らなければ食糧の需給調整が出来ず、戦略重要物資の生産高の比較が米日の間で74対1でしかなかった、国力衰弱が誰の目にも明らかであった日本がである。つまり、戦力を持つことは、それ自体では侵略に対する抑止力にはならないことを、日本はみずから証明したのである。

 日本人は、よくよく、失敗の教訓を教訓とはしたがらないらしく見える。軍人や政治家が特にそうである。ノモンハンからガダルカナルまでちょうど3年、ノモンハンでしたたかな実物教育をくらいながら、ガダルカナルではより深刻な用兵の失敗を繰り返した。40年近く経って、まだその認識と反省がないのはどうしたことであろうか。ガダルカナルやニューギニアで餓死した夥しい壮丁は、40年後、祖国の進路の選択に関して、何も言うことは出来ない。実際には、彼らを餓死せしめた罪の一端を負うべき者が、現在の日本の進路の決定にあずかっていたにもかかわらず、死者は永遠の沈黙を強いられたままである。

 (中略)

 追記
 あとがきを書き終わったとき、選挙史上初の衆参同時選挙の開票の最中であった。結果として、自民党が衆参両院で圧倒的多数の議席を獲得した。選挙戦最中の大平首相の突然の死が劇的な作用を及ぼしたという側面はあったにしても、あれだけ自民党の金権腐敗体質が批判の対象となっていたにもかかわらず、選挙民の意志表示は、政治が汚れていようが腐っていようがかまわない、ということを数字で示したのである。これで、80年代初頭からの数年間に日本が著しく右偏向することが明らかになったといえるであろう。

 それと符節を合わせるかのように、6月25日の新聞(毎日新聞夕刊)は、米国政府専門家グループによって作成された報告書が、日本の今後の防衛力拡大で「核武装選択ありうる」と明記していると報じた。日本の軍事力拡大論者は、これでますます勢いづいて、国民が軽率に自民党に圧倒的多数の議席を与えて一党独裁を許して機関に、日本を「軍事大国」の道へ意気揚々と推進することになるであろう。その過程で負担と犠牲を強いられるのは、ほかならぬ国民だが、具体的にそうなるまで、国民の過半数は、1980年6月の自分たちの政治選択の意味を知ることはないのかもしれない。
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by lumokurago | 2011-09-16 15:46 | 平和

ガダルカナル(五味川純平)

 『ガダルカナル』(五味川純平 文春文庫)を読みました。400ページもあるうえ、わからない軍隊用語があったり(調べもせずわからないまま読み進んだ)、当時の片仮名交じりの文章があったりして、読みにくく、読み終えるのはたいへんでした。

 日本人の(特に男性?)の気質からして、日本が戦争に勝つということはこれから先もあり得ないとつくづく思いました。原発事故をみても以下はいまも本質的には変わっていないと思います。

 1、メンツに囚われ、臆病と思われたくないというだけで正直な考えを言わないため、いつも精神主義のみで物量の圧倒的に優勢なアメリカに向かっていき、自滅する。
 2、いつも敵の力を過少評価し、楽観的に考えるため、作戦とは名ばかり。地形もわからず地図もなく、ジャングルのなんたるかも知らず、行き当たりばったりなので、いつも自滅する。
 3、率直に失敗を認め、そこから学ぶことができない。同じ失敗を際限なく繰り返して自滅する(ノモンハンの指揮官がガダルカナルで同じことを繰り返している)。
 4、階級的に下の者のいうことであっても、いい考えがあるのに、相手にしない。などなど、きりがない。

 つまり、頭が悪い。冷静になれない。自分の頭で考えない。ほんとうのことを口にだす勇気がない。合理的判断ができない。ないないづくしですね。

 戦争に勝つためには気質のみならず、こんな軍隊制度では絶対に無理です。一言で言うともっと民主的な組織が必要です。メンツを捨て、部下の意見もきちんと聞き、率直に話し合い、相手の力も冷静に分析し、負ける戦いは挑まない。

 *****以下引用

 「大本営が信じた日本空軍の優越は夢でしかなかったのだ。当然である。天皇制下に、その絶対性に依拠し、合理性を排除してはびこった軍部官僚主義に、現実的な認識も、柔軟迅速な対応処置も、可能であるはずがなかったのである」

 「軍隊の指導的立場にある者の大部分は、物事を軽易に考え、過早に楽観視し、予想される困難を会えて無視することが、勇敢、積極的であるという錯誤に陥っていたようである。裏返せば、用心深く、慎重である者は臆病者とされたのである」

 「天皇がどれだけ真相を知らされていたか、知ろうとしていたかは、窺う由もないが、本格的な攻撃再開の見込がもはやなくなった時点でも、まだ、如何にして敵を屈服させるかの方途を知りたいというのである。天皇は、ガダルカナルやニューギニアの前線で、「天皇の赤子」が日に日に何十人となく餓死してゆくことなど、想像出来ないかのようである」

 「昭和17年以降、第17群のガ島総上陸人員は3万140名。交戦中に後送した患者は740名。ガ島における損耗は2万800名。上陸人員の66%である。ただし右は海軍や設営隊や船員を含まないので、不完全な数字である。
 戦死は5000乃至6000と推定され、内輪にみても1万5000前後が戦病で斃れたと思われる。死因は、栄養失調、マラリア、下痢、脚気等に因るが、そのほとんどは補給の甚だしい不足に責を帰すべきである」

 (中略)

 「稿を結ぶにあたって、もう一度前掲吉田嘉七『ガダルカナル戦詩集』から引用したい。

 国の為だと信じ込み
 ジャングルの落ち葉の下で朽ちてゆく
 米も食わずに戦って
 ぼろぼろになって死んだ仲間達
 
 遠い遠い雲の涯に
 たばにして捨てられた青春よ
 今尚太平洋を彷徨する魂よ
 俺達の永遠に癒えない傷あと

 死地にあった身を生きながらえた者が語りつがねば、米も食わずに戦ってぼろぼろになって死んだ男たちの死は、その理不尽とむごたらしさを、みずから語ることはない。だが、生きながらえた者が、何故そのような経験を強いられたかを詮索しきれないうちに、ぼちぼちと人生を終る順番がめぐって来る。

 ガダルカナルに限らない、どれだけ夥しい青春がむざむざと使い捨てにされたか。けれども、時が経ち、人は遂に知る必要を覚えないかのようである。

 過去のことは過去の人間のしたことでしかない。所詮は見知らぬ他人事なのである。昔、青春がいくら使い捨てにされようが、いまの自分には関係ない。そう思っているかのようである。

 過去が現在に関係がなければ、歴史も戦史も、その醜いはらわたを暴く必要はないのである」


 明日、「あとがき」を載せます。
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by lumokurago | 2011-09-15 17:52 | 平和

いちど視たもの 茨木のり子

 いちど視たもの ――1955年8月15日のために――   茨木のり子


 いちど視たものを忘れないでいよう

 パリの女はくされていて
 凱旋門をくぐったドイツの兵士に
 ミモザの花 すみれの花を
 雨とふらせたのです・・・
 小学校の校庭で
 わたしたちは習ったけれど
 快晴の日に視たものは
 強かったパリの魂!

 いちど視たものを忘れないでいよう

 支那はおおよそつまらない
 教師は大胆に東洋史をまたいで過ぎた
 霞む大地 霞む大河
 ばかな民族がうごめいていると
 海の異様にうねる日に
 わたしたちの視たものは
 廻り舞台の鮮やかさで
 あらわれてきた中国の姿!

 いちど視たものを忘れないでいよう

 日本の女は海のりりしさ
 恥のためには舌をも噛むと
 蓋をあければ失せていた古墳の冠
 ああ かつてそんなものもあったろうか
 戦おわってある時
 東北の納付が英国の捕虜たちに
 やさしかったことが ふっと
 明るみに出たりした

 すべては動くものであり
 すべては深い翳をもち
 なにひとつ信じてしまってはならない
 のであり
 がらくたの中におそるべきカラットの
 宝石が埋れ
 歴史は視るに値するなにものかであった
 
 夏草しげる焼跡にしゃがみ
 若かったわたくしは
 ひとつの眼球をひろった
 遠近法の測定たしかな
 つめたく さわやかな!
 たったひとつの獲得品
 日とともに悟る
 この武器はすばらしく高価についた武器

 舌なめずりして私は生きよう!
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by lumokurago | 2011-08-31 18:22 | 平和

反ひのきみの詩

旗(二) 栗原貞子


日の丸の赤は じんみんの血
白地の白は じんみんの骨
いくさのたびに
骨と血の旗を押し立てて
他国のこどもまで
血を流させ 骨にした

いくさが終わると
平和の旗になり
オリンピックにも
アジア大会にも
高く掲げられ
競技に優勝するたびに
君が代が吹奏される
千万の血を吸い
千万の骨をさらした
犯罪の旗が
おくめんもなくひるがえっている
「君が代は千代に八千代に
 苔のむすまで」と
そのためにじんみんは血を流し
骨をさらさねばならなかった
今もまだ還って来ない骨たちが
アジアの野や山にさらされている

けれども もうみんな忘れて
しまったのだろうか
中国の万人坑[まんにんこう]の骨たちのことも
南の島にさらされている
骨たちのことも
大豆粕[かす]や 蝗[いなご]をたべ
芋の葉っぱをたべてひもじかったことも
母さん別れて集団疎開で
シラミを涌かしたことも
空襲警報の暗い夜
防空壕で 家族がじっと息を
ひそめていたことも
三十万の人間が
閃光に灼かれて死んだことも
もうみんな忘れてしまったのだろうか
毎晩 テレビ番組が終わったあと
君が代が伴奏され
いつまでも いつまでも
ひるがえる 血と骨の旗

じんみんの一日は
日の丸で括めくくられるのだ
市役所の屋上や
学校の運動場にもひるがえり
平和公園の慰霊碑の空にも
なにごともなかったように
ひるがえっている

日の丸の赤は じんみんの血
白地の白は じんみんの骨
日本人は忘れても
アジアの人々は忘れはしない

*****

鄙(ひな)ぶりの唄
       茨木のり子

 それぞれの土から
 陽炎のように
 ふっと匂い立った旋律がある
 愛されてひとびとに
 永くうたいつがれてきた民謡がある
 なぜ国家など
 ものものしくうたう必要がありましょう
 おおかたは 侵略の血でよごれ
 腹黒の過去を隠しもちながら
 口を拭って起立して
 直立不動でうたわなければならないか
 聞かなければならないか
      私は立たない 坐っています

 演奏なくてさみしい時は
 民謡こそがふさわしい
 さくらさくら
 草競馬
 アビニョンの橋で
 ヴォルガの舟歌
 アリラン峠
 ブンガワンソロ
 それぞれの山や河が薫りたち
 野に風は渡ってゆくでしょう
 
      ちょいと出ました三角野郎が
 八木節もいいな
 やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
 われらのリズムにぴったしで
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by lumokurago | 2011-08-30 19:28 | 平和

だなんて

 もう一つ「ヒロシマ・ナガサキを考える」から転載します。

*****

 だなんて       菊池 貞三

テレビが映し出す月面 クレーターの原の
その縁からいきなりの
虚空の空
いまし浮きあがる
青い模様のサッカーボール
ゆっくり回りながら
宙に漂う

あれが地球
だなんて
あのなかの小さなシミの一点
たとえばトーキョー
そのなかの微粒子でしかないわが家のベランダで
この月を見上げているオレがいるなんて

あれが地球だなんて
あの襞々のその襞の
たとえばソマリア たとえばガザ
万の子どもが飢え
万の大人たちが毎日血を噴いているなんて
それがあんなに音もなく静かで美しいなんて

おかしい
あのさながら過熟の果物の内側が
実は文明という名の虫に蝕まれて
芯から腐りはじめているなんて
それがあんなにつやめいて見えるなんて

ほんとにおかしい
ザラつく月面からこうして腹這いで眺める
虚闇の空のあの
青い
あれがオレたちの地球だなんて

菊池貞三詩集『けれど・だなんて』(花神社2009)
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by lumokurago | 2009-11-02 20:34 | 平和

もしも私が蛇に生まれていたら

 石川逸子さん主宰の通信「ヒロシマ・ナガサキを考える」第95号より転載します。

 2008年11月はじめ、かもがわ出版から井上俊夫『八十六歳の戦争論』という詩集が石川さんに送られてきたそうです。中に編集担当の方の添え書きが入っていたそうです。

 「井上さんは、『私に命がある限り、若い人たちに伝えておかねばならないことが残されている』と永年独力で識った日中戦争の真相と、戦場体験を書き綴りました。『たとえ蟷螂の斧のような書物となろうとも/今考えている本はあくまで書かねばならぬ』と病をおして執筆されてきました。

 しかし、最後の校正を終え、本の謹呈先のリストをシールに印刷して出版社に渡したあと、十月十六日、ついに力尽き、本の完成を見ることなくお亡くなりになりました。井上さんの生前のご依頼により、本日、皆様にできあがったばかりの本をお送りします」

*****

もしも私が蛇に生まれていたら

もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して兵隊などにならなかっただろう
憲兵が徴兵拒否だと私をつかまえにきても
私は身体をくねくねとくねらしながら
草むらのなか深く逃げ込んでしまっただろう。

もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
上官からどんなに叱られても殴られても
私は軍事訓練など受けなかっただろう
だって私は軍服を着るのが大嫌いで
「不動の姿勢」をとるのが一番苦手だもの

もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して中国大陸へ向かう輸送船になど乗らなかった
だって私は村の小川で泳ぐのは好きだけど
海を越えてよその国へ押し掛けるなんて
大それた気持には一度としてなったことがないもの。

もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は中国軍と戦ったり
中国の領土を占領したりしなかっただろう
だって私はそんなことをしてもなんの得にもならないし
わたしには気楽に暮らせる小さな野山があれば十分だもの

もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して中国の兵士や民衆を殺さなかっただろう
だって私は棍棒で殴られて死ぬことはあっても
異国の人を殺すなんてことは私の性分にあわないから。

もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は中国の女性を犯すなんてことは絶対にしなかった
だって私は愛するメスと草むらで出会った時だけしか
欲情しないんだもの
拒まれると私のペニスはすぐ萎えてしまうのだ。

もしも私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して中国の村落を焼き払ったりしなかっただろう
だって私は野焼きの火すら恐れながら
小心翼翼と暮らしているんだもの。

けれども、けれども
私は蛇に生まれてこなかった
私は大日本帝国の男子としてこの世に生まれてきた
天皇の軍隊の一兵卒となるために生まれてきた
そして私は限りなく青大将に近い人間にもなれなかった
私は甲種合格で軍隊に入って猛訓練を受け
日中戦争に従軍しては
中国人に平気で銃剣を突きつけられる男の一人となった。

日中戦争が終わって早くも六十有余年
でも私は決して忘れはしないだろう
あの時私は断じて蛇ではなかった
また限りなく青大将に近い人間でもなかった
私はまさしく勇敢な帝国陸軍の一兵卒だった
中国人から日本鬼子(リーベンクイズ)と恐れられさげすまれた人間だった。

井上俊夫詩集『八十六歳の戦争論』(かもがわ出版・2008)より
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by lumokurago | 2009-11-01 21:52 | 平和

ノーベル平和賞は中村医師に

 あきれた!オバマさんにノーベル平和賞ですって。佐藤栄作の時と同じだ。口で言うのは簡単。行動するのがむずかしいのだ。

 アメリカが率先して核兵器を廃棄したら、アフガンから撤退したら、軍隊を捨てたら、その時は本当に平和賞をあげよう。
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by lumokurago | 2009-10-09 21:53 | 平和

民主党に思うことと半藤さん

 7月28日で6さいのビーグルさんが、民主党が海賊対策で自衛隊派遣を継続するとしたことについて、次のように書いておられます。

*****

 誰のための「国際貢献」なのでしょう。ソマリアの漁民や日本の一般庶民のためではありません。多国籍企業と、軍需産業、それらにリベートをもらう政治家のためでしょう。ほんとうに嫌な時代になりました。

*****

 ビーグルさんは「国会議員の皆さんには平和憲法を守る義務があるはずです」と民主党にメールを出したそうです。詳しくはこちらをご覧ください。
海賊対策で自衛隊派遣明記-民主政策集

 それから、残念ながら私も次の記事に同意です。国民一人一人が自分の頭で物事を考えない日本で、まともな政治が行われるわけがありません。議員も官僚もものすごく悪く、ろくな人間はいないと思うけれど、それもすべて国民の責任です。
民主党の右傾化と政界再編を予言する

 半藤一利さんが次のように語っています。(毎日新聞2009.7.17夕刊)

 「昭和史は日本人が選択を誤り続けた挙句に世界中に戦争を仕掛け、明治の人がつくった国を滅ぼした失敗の記録です」とし、ミッドウェー海戦でも空中楼閣のような結論を出して惨敗、終戦直前にはソ連の満州侵攻にも無警戒だったと指摘。

*****ここから引用

 「今、起きたら困る」問題に限って、「起きないんじゃないか」と思い、さらには「絶対起きない」と都合のいいように解釈を変えていく。リアリスティックにものを見たがらない傾向は多くの日本人にあるように思います。

 戦前の日本人が「八紘一宇」「無敵皇軍」などのスローガンを書き立てると集団催眠にかかってしまった。同じ方向に一目散に走り出すような熱狂が、国を戦争へと引きずった。日本人は戦後20年くらいは少しは学んで、冷静に考える人が増えたんじゃないかと思っていました。ところが、15年前の松本サリン事件で、これは同じだと。警察もメディアも国民も河野義行さんを犯人扱いした。そして郵政選挙です。多くが小泉さん(純一郎元首相)のプロパガンダに催眠術にかかったようになった。自分の頭で郵政民営化が本当に大事と考えているのかと聞きたくなりました。・・・中略・・・

 戦後日本をどうするかとなって、機軸に置いたのが平和です。戦争を体験した日本人は平和憲法が大好きでした。占領が終わり、鳩山一郎氏や岸信介氏は憲法改正を狙ったが、国民は受け付けなかった。軽武装・通商国家で繁栄を目指したんです。だが、今は繁栄という言葉に昔ほど心が動かない。平和という機軸自体も、軍隊のある「普通の国」になって国際貢献すべきだと言う声が起きて、引っこ抜かれようとしている。

 戦前と似ているんですよ。当時、幻想じみた目標を立てたのは、軍部で日露戦争で苦労した人が死んで、栄光だけを覚えている人が中堅以上になったためです。今も戦争体験のない世代が上にあがってきましたから。でもね、外国から「お前たちの国は何だ、ばかじゃないか」と言われても、平和であり続けたことはやはり、私たちの心棒だったんです。「おれたちの国は60年以上も戦争で人を殺したことがないんだ」と胸を張っていいんですよ。核兵器を持つ国が増え、地球が危なくなっているからこそ、日本は先頭に立って平和を訴えるべきです。

*****ここまで引用。

 そうだそうだと思いながら読みました。
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by lumokurago | 2009-07-26 21:34 | 平和

米軍アフガン攻撃

 米軍は4日から5日にかけてアフガンの村を攻撃、100人死亡、7割以上は民間人の可能性があるとのこと。国連の調査では、昨年の民間人死者数は約2400人。

 「ホワイトハウスによると、オバマ大統領はカルザイ大統領との会談の冒頭、アフガニスタン西部で米軍主体の連合軍の空爆により民間人多数が死亡したことに弔意を表し、事実関係の追及と再発防止に向け、徹底した調査を約束。報道陣にも「民間人の犠牲を避けるため、あらゆる努力をする」と強調した。
 クリントン米国務長官も同日「罪のない人の命が奪われるのは痛ましい」と述べたが、オバマ大統領、クリントン長官とも米軍の責任を認める言葉は口にしなかった」 (東京新聞2009.5.7.夕刊)

 「あらゆる努力をする」なら、空爆をやめて下さい。それで罪のない人の命が奪われることはなくなります。中村哲医師が言っています。「アフガンの人々は空爆以前に餓死していくのだ」と。アメリカのやるべきことははっきりしてるでしょ!!怒!!!
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by lumokurago | 2009-05-08 23:13 | 平和