暗川  


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カテゴリ:昔のミニコミ誌より( 77 )


Y氏の便りより その2

Y氏より渡辺へ 1987.12.2

 (前略)
 そうですね。私も、日本以外のアジアやアフリカの子どもたちの姿を見るとき、あなたが書かれていたのとまったく同じ感じをもちます。いままでのところ私は、ごく限られた範囲でしか、そうした子どもたちに触れる直接体験をもってこなかったし、それ以外は映像や文章という二次的な手段を通じてしか、知っていないのですが――。そしてまた、私がそう感じたような契機は、必ず日本の子どもたちのなかにも存在しているはずだとは思うのですが――。

 私の机の周囲に貼ってある何枚かの図版類のなかに、2点、子どもの写真があります。チベットの大平原で、寒風のなかを寄り添い、彼方を見つめているまだ10歳前後と思われる姉妹の写真と、ネパールの子どもの写真です。

 チベットの姉妹の写真は、しばらくまえある週刊誌から見つけて切り抜いたものですが、その完結篇の方をながく中断中の私の作品――『吹雪の星の子どもたち』『翡翠の天の子どもたち』ニ部作の世界を現実の風土に移したら、たぶんこんな感じではないかと考えていた、そのイメージにごく近い思いがします。小さな切り抜き写真からさえまぎれもなく伝わってくる、その息を呑むばかりの美しさ・気高さ・・・。人間とは、こんなにも美しい存在だったのかと、改めて茫然とするような素晴らしさに、この子どもたち当人にはもちろん永久に出会うことはないはずなのに、眺めるたび、私は希望と励ましを受けるような思いがします。ただ、このしゃしんについていたキャプションのように「この世のものとも思われない」とか「まさに天使だった」(!)とかいう言い方に関しては、私は慎重にそれを排除したい気持ちがありますが――。

 これは、現代の日本に生きていてアジアの問題や戦争の問題を考えようとするときにも、私が放棄したくない、あるポイントです。さらには、技術や産業の問題一般にもかかわってくるかもしれません。

 先ごろの第1信では、もっぱらK書簡の問題にだけ話題が集中してしまった感がありますので、ここでもう少しまとまった形で、いただいた《暗川》についての感想を書かせていただきます。

第1号――私が目にしたなかでも、原子力発電所、というより科学技術の問題について書かれた批判のなかで、最も美しいもの、深く静かな痛みを伝えてくれるもののひとつです。原子力発電の危険性の問題よりも、ここではそれらが人間によって、人間相互の力関係や立場の違いといった視点から追求されていますが、こうした考察が、とても巨きな問題への入り口になっていることは明らかです。そうです。あなたが感じ取ったように、この世には人を人とも思わない人たちがいるし、人間にはそれができて、しかもそのことに対するほんとうの罰は、たぶんないのでしょう。そのなかで、その人たちが、あなたによって「悲しい」と感じられたことが、実はやがて、遠い回路を経て、それらの過ちに対する最も深い罰を与えられたのだと気づくまでは、少なくとも――。

第2号――略

第3号――(前略) 『モノローグ’84』は、あなたが「書く」ことがほんとうに好きなのだということがよく分かる作品のひとつでした。こうした主題で、こうした方法で書こうとするとき、誰しも“定型”から完全に脱却することは難しい要素があると思うのですが、現実の細部を丹念に拾ってゆくことと、あなたの思いを表白したいという意志とを結ぶ想像力は、じゅうぶんに見てとることができます。

第4号――この長谷川龍生の詩については、あなたの感想にも、それからあとで出てくるKの解釈にも、それぞれ共感する部分がありますが、私が人から求められて自分の意見を述べるとしたら、そのいずれともちょっと違ったものになるような気がします。説明しようとするとくどくなるのですが、もう少し醒めた、したたかな態度が、作者にはあるような気がします。人が人と出会い話さなければならないこと、それは別に自分と相手が違った存在であるからこそするものだとかではなくて、もっと全然べつの必然に迫られてどうしてもしなくてはならないものです。そして、別の意味でしなければならないそれらに絶えず介入しようとしてくる、ある幻想に対してきっぱり拒絶しようとする厳しさを、たとえば「悲しみ」という個個の側に還元される感情の問題としてではなく、ある種の自明の現実として互いに支えあっていこうという呼びかけを感じるのですが――。

 『学童クラブにおける「障害児」問題を考える』(その2)(注:すみませんが未掲です)は、前回にも増して実践者としてのあなたの営みのさまざまな重みがはっきりと伝わってくる文章だと感じました。この現在の社会状況のなかで、個人の存在はますます矮小化され、ひとりひとりができることは徹底して削られ滅ぼされつつあるのですが、あなたがあなたの現場でしておられることは、私が拝察するかぎり、現実の可能性ぎりぎりのところまで近づいた、大変なことだと思います。はるかに離れて、しかもまったく位相の違うかに見える私の営みが、どこか遠い延長上の一点で交叉する瞬間がくれば・・・と思います。

第5号――(前略) 『Yちゃんの笑顔から』――私も犬が大好きです。犬の好きな子どもも好きです。ここでの養護学校義務化の問題は、私も自分の知っている範囲で考えてもき、また周囲の人びとと話し合ったりもしてきたことで、あなたの姿勢には全面的に賛意を表します。それと“障害”や“障害者”の問題は資本主義の問題であるというのは、とても重要なことです。ただし社会主義に対しても、それが現在のように資本主義に対する補完勢力としての、しかも甚だしい《国家》意識をともなったイデオロギーであるかぎり、なんの希望もありません。この問題をほんとうの生命の次元で考えられるのは、もっとまったく別の社会像のなかでしかありえないと思います。ところで、ある人に対し、複数の好きなものについて、そのどっちがより好きかを訊くのは、実は私はあまり好きではないのですが・・・。

 (後略)  山口泉  1987.12.2
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by lumokurago | 2011-09-23 18:56 | 昔のミニコミ誌より

Y氏の便りより その1

Y氏より渡辺へ  1987.10.21

 (前略) 《暗川》をいただいたことで、新たに私の必読メディアが増えたことになります。一般に人が自分の思想をつたえようとする手段を、私は「メディア」と定義しますが、《暗川》は、ただ単にその意味で見事なメディアであるというばかりでなく・・・中略、表現するという営みの孤独に徹しきった渡辺さんの姿勢にも深い共感を覚えました。

 (中略) K自身の思想に踏みこんでいえば、初対面のその場からずっと私が指摘しつづけている問題のひとつとして、彼における「ふつう」という概念のもちいられ方があります。Kが自分を「ふつう」の人間の一人と規定し、その立場から物事を眺めるのだと語るとき・・・一般に想像されるより、ほんとうははるかに強力な《普通者》の集合体のなかに自らを意図的に溶解させてゆき、その最も厚い層のただなかに達したのち、ある種の余裕をもって《世界》に向きなおるとき――実は私には、つねに巨きな不審が兆すのです。

 彼が「ふつう」という言葉でそれと対置しようとしている事柄・相手がどういうものであるかは明白ですが、と同時にこの地上にはその「ふつう」という概念のなかにどうしても自分を同化させることのできない存在、どうしても自分を「ふつう」とすら言い得ない存在が間違いなく生きつづけていて、それらの人びとにとってはこの「ふつう」という概念の行使のされ方は、あまりに横暴であると感じるのですね。「ふつう」というのは、実はこれ以上はないほどごう慢な言葉ではないでしょうか。

 この問題に関して私の考えを述べるなら、私はむしろ、自分を絶対に「ふつう」とは呼ばない、呼び得ない立場――排除され、孤絶し、決定的に疎外された立場に拠りつつ、しかも無限に隔てられた《他者》に――《世界》の全体性に、もう一度、繰り返し、やむことなく関わっていこうとする試み、その欲望の方をいっそう信じたいという気持ちがするのです。この次元に達したとき、人はすでに、自分があれらのもの(Kや、渡辺さんや、そして私がともに批判し、乗り越えようとしているものたち)と異なった場にいようとするのだという意志の表明方法として、「ふつう」という言葉など用いる必要はないはずです。

 その意味では、彼の言う「自分が考え、行動すること」というのは、やはりある種の余裕をもった、中間的な過程での在り方かなという気がしないでもありません。私は、最終的には「生きていること・ぼろぼろになりながら、まだ自分が息をしていること」という事実意外に、なんの拠りどころも存在しない――そんな状況を、つねに想定してしまうのです。

 あなたがK書簡につづけて載せられたあなた自身の返信は、Kの優れた思想の読み解きとしてと同時に、こうした領域をも、はるかに視野の一角に納められた見事なものと思いました(にしがやさんの引用も、適切だと思います。当時、一部で論議をよびながら、必ずしも実りある論争とはならなかった彼女のエッセイは、こうした文脈のなかに置かれなおしたとき、改めてその創造的批判というものの輪郭が鮮明になってくるようです)。Kの提起に対し、それへの共感が語られると同時に、その最も繊細な差異がひとつひとつおさえられてゆく展開は、K書簡にみごとに拮抗しています。問題の所在が双方向から照射され、論理の倍音がたしかに共鳴していることを確認しました。

 ほかの文章・ほかの号にも、こうしたあなたの志向ははっきりうかがうことができるようです。詩というジャンルを重視されているのも、好ましい印象をもちました。《暗川》は、その存在を知ることによって、深い部分から励ましと希望を与えられる営みのひとつであると思います。(中略)《暗川》を読んでいても感じたことなのですが、あなたの文章の美質は第一に「正確なこと」(もちろん、国語の授業や作文教室のような意味のそれではなく――)だと思います。これは事物を批評しようとする主体性そのものの力に関与する問題になるでしょう。

 あなたがお手紙(注:当時執筆中だった『負けるな!子どもたち』について編集者に宛てて書いたもの)で書かれていたことは、非常によく理解できます。作品改変の作業は大変だと思いますが、成果を期待しています。すでにあるテクストより巨きく深い拡がりをもったものとしようとするとき、それまでの作品世界では支えきれない異物やまったく新しい要素を意図的に投入して、いったんは成立していた全体性に根本からの揺らぎを生じさせ、それを呑みこんだうえでさらに新たな地る所を獲得しようという運動をさせることで、もう一度、テクストが活性化することがしばしばあるようです。(後略)
 山口泉  1987.10.21

*****

渡辺よりY氏へ  1987.11.5

 (前略)
 Kさんのお手紙について言えば、「ふつう」という概念の扱いについてのYさんのお考え、よくわかります。実は私は親しい人たちの間では「ふつうの人」ということばをよく使うのです。それは、私が職場の人などの感じ方、考え方と自分のそれとが全く違うものだと感じたときに(いつもですが)。自分と「ふつうの人」とを対置させて使っているものです。Kさんの言い方でいえば、私も「ふつうの人」のひとりです。金があるわけでもなし、権力をもっているわけでもない「民衆」のひとりです。でも、ものの考え方、感じ方という点では、「ふつうの人」にとって私は異物であり、排除すべきものでしかありません。私は秩序を乱し、混乱と不安を招きますから。

 「ふつうの人」は基本的に変化を望みません。楽な現状維持を望みます。変化(変革)には多大なエネルギーが必要とされるからです。変革を望み、志向するためには、だから、そのためのエネルギーを生みだすもととなるだけの強い希求性(理想)が必要です。よりよい自分、よりよい関係、よりよい社会を心底から求めることなしには(なんか倫理的なことばでいやですが)、変革のためのエネルギーは湧き出ず、ぬるま湯である現状に満足してしまいます。私が「ふつうの人」との違いを最も強く感じるのは、この希求性をもっているかどうかという点においてです。

 私はよく、「ふつうの人」は「みんな」と自分を比べて相容れない部分を感じて疎外感を覚えたりすることはないのかな・・・などと思うことがあります。すごく演技が上手で、人前では自分をださず、みんなに合わせているのかなあ・・・などと。本音はどこでだすのかな・・・それとも本音がないのかな。

 私はKさんが自分を「ふつう」だというとき、逆説として言っているのではないかしら、と思ってみたりします。本音をださず、まわりに合わせて、決してほんとうの関係を作ろうとはしない「ふつうの人」たちのなかで、Kさんは「自分が考え、行動する」と言っています。それはどう考えても今の「ふつうの人」とは違うのです。でもそれをあえて「ふつう」だと言いきってしまう。そこにKさんの意志の強さを感じるのです。(後略)
 渡辺容子 1987.11.5


 
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by lumokurago | 2011-09-22 16:46 | 昔のミニコミ誌より

ちがう人間ですよ 長谷川龍生

 印刷版暗川では毎号、巻頭に詩を載せていました。本文をワープロで打つようになってからも、これだけは手書きで書いていました。下は第4号(1985.3.29-私の31歳の誕生日)の巻頭詩です。



 ちがう人間ですよ    長谷川龍生


 ぼくがあなたと
 親しく話をしているとき
 ぼく自身は あなた自身と
 まったく ちがう人間ですよと
 始めから終りまで
 主張しているのです
 あなたがぼくを理解したとき
 あなたがぼくを確認し
 あなたと ぼくが相互に
 大きく重なりながら離れようとしているのです
 言語というものは
 まったく ちがう人間ですよと
 始めから終りまで
 主張しあっているのです
 同じ言語を話しても
 ちがう人間だということを
 忘れたばっかりに恐怖がおこるのです
 ぼくは 隣人とは
 決して 目的はちがうのです
 同じ居住地に籍を置いていても
 人間がちがうのですよと
 言語は主張しているのです
 どうして 共同墓地の平和を求めるのですか
 言語は おうむがえしの 思想ではなく
 言語の背後にあるちがいを認めることです
 ぼくはあなたと
 ときどき話をしていますが
 べつな 人間で在ることを主張しているのです
 それが判れば
 殺意は おこらないのです
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by lumokurago | 2011-09-21 17:33 | 昔のミニコミ誌より

おたよりから 

 おたよりから K.K   暗川第5号(1985.7.1)より

 (前略)

 さて、暗川というタイトルですが、「よくぞつけたり!」という感じでした。渡辺さんもお書きになられた通り、以前「暗河」という雑誌があり(注:石牟礼道子さんらが作っていた水俣関連の雑誌)、私も何冊か読ませてもらっていました。ある懐かしさとともに、「暗川」というものに対する渡辺さんのある強い思いを感じました。「暗川」という文字ですが、もっと目立ってもよいのではないですか? いまの時代、目立つことも大切だと思います。この辺は渡辺さんと意見が違うかもしれませんが。

 ノンタイトルの1号ですが、原発を見学しての記述、おもしろく読ませていただきました。「私は悲しい」と書いておられますが、その一言に今の世の中、あるいは人のありように対する渡辺さんの思いを知るようです。ただ私は、誇ってよい悲しみもあるのではないかと思っています。もっと居直って生きてもよいのではないですか。

 第2号の『学童クラブにおける「障害児」問題を考える・・・(注:未掲のため省略・中略) 近くにいる太いきずなで結ばれている人々の関係も大切だと思うのですが、私のような、いってみれば部外者との細い、いまにもきれそうなきずな、それを保っていくことも大切だと思っています。そこのところを少し考えていただけたらなと思っています。

 第3号の「モノローグ’84」もおもしろく読ませていただきました。なるほどと思いながら、自分にも××的なところがあるなと思いました。その××的なところを失ってしまう必要はないのではないかとも思っています。私は現実主義者ですし、現場主義者です。私は自分を特異化するのが不得手なのです。その場にあって、せこさにまみれながら、そのせこさを受けとめ、そのせこさを多くの人々が受けとめていることから物事を考えた糸思っています。あえてせこさにまみれること、そのなかから何かをつかむこと、私の考えていることはこういうことです。

 第4号、長谷川龍生の詩は心にひびくものがあります。渡辺さんは、「ちがう人間だからこそ話をするのだ」「ちがうからこそ出会いを求め、対話を求め、共闘を求める」というように書いておられます。私もそれに異議はありません。ただ、私のこの詩から受ける印象は少し違っています。人間なんてお互いに永遠にわかりあえないかもしれない。わかりあえないことによってしかわからない私とあなた。その悲しみ。そうすることによってわかる私とあなた。共闘とかそういったものではなく、わからない、違うこと、そのことしかわからない悲しみ、そしてそれは誇ってよい悲しみなのだということ。私の受ける印象です。

 (中略)

 最後に「□□(権力者)が一番こわいものって何かわかりましたか」の問いに、私なりの答をしたおきたいと思います。私が考え、行動することです。私の勤務地は新宿ですが、高層ビルを見上げながら、あるいは見下ろされながら、資本主義日本のせこさにまみれながら生きています。その、せこさにまみれている、××的なところも捨てきれない私のような人間が考え、行動すること。ふつうでしかない、権力者にとってもっとも御しやすい私のような人間が考え、行動すること。

 (後略)  1985年5月4日  K.K


 Kさんへの返信

 Kさん、おたよりありがたく拝見させていただきました。最近、友人と<「民衆」の立場と「運動者」の立場>ということについて話すことがあったのですが、もし、そんなふうに類型化することが許されるとして、Kさんは「民衆」の達がに堂々と経っておられ、私はそのKさんの姿に底知れぬ物凄さを感じるのです。私ももちろん「民衆」のひとりですが、日常的にいろいろなところで「みんな」との違いを強く感じてしまうので、Kさんのように堂々と「民衆」の立場に立てず、変に頭で考えて<「民衆」の立場と「運動者」の立場>がどうのとか、本当なそんなふうに分けること自体おかしいのかもしれないのに、考えてしまうのです。

 Kさんも、「みんな」との違いを強く感じていらっしゃるでしょうに(私とそっくり同じではもちろんなくても)、どうしてこういう違いが出るのかなあと思います。「風のたより」(Kさんのだしていた通信)9号でにしがやさんが“「問いつづけて」を問う”(「問いつづけて」は林竹二著径書房刊)という文章を載せていて、私はこの文章に大筋において共感できるのですが、林竹二氏が授業に対して、「非本質的なものがすてられて、本質的なものだけがのこる」と言っていることに、にしがやさんは「本質ってなんでしょう?」と言っています。ここで出てくる「非本質的なもの」をKさんのことば「せこさ」とか「手垢にまみれたもの」と結びつけて考えるのは的外れなことでしょうか? 

 「せこさ」とか「手垢にまみれたもの」が、具体的にどんなことを言っているのかについては、Kさんは触れていないので、私は想像するしかないのですが、人間が理想を求めつつも現実との葛藤のなかで捨てきれずにいる「しがらみ」のようなものでしょうか? 人間は誰でも形は違っても「しがらみ」をかかえて生きていると思います。例えば、簡単な例では、私は学童クラブに勤めていますが、私は本質的に学童クラブという存在は放課後の子どもを管理するものであり、必要悪だと思っています(本当はこのことについて詳述する必要がありますが、いまは省きます)。それにもかかわらず、学童クラブ職員という仕事で飯を食っている私は、「資本主義日本のせこさにまみれ」ています。

 「せこさ」にまみれていない人間は、本当はひとりもいないと思います。だからその「せこさ」とどうつき合っていくのかが大事だし、「せこさ」にまみれながら、一人ひとりが考え、行動することが大事に違いありません。世の中には、林竹二氏の言う「本質的なもの」より「非本質的なもの」の方が圧倒的に多いから、それらWを「本質的でない」として無視したり、切り捨てたりしてしまうのでなく、逆に上手に扱うことによって自分のものとして止揚していく方向で考えたいと思います。

 「□□(権力者)が一番こわいものって何かわかりましたか」の質問にKさんが答えてこださった内容は、「これしかない」という感じで、とてもうれしかったです。

 次に、第4号の長谷川龍生の詩に触れて、Kさんは「わからないこと、違うことしかわからない悲しみは、誇ってよい悲しみ」だとおっしゃっていますが、私は「悲しみ」が「誇ってよい悲しみ」になるためには、長い手続きが必要だと思っています。Kさんはもちろん「長い手続き」を前提としてこうおっしゃっていると思いますが、私にとって「長い手続き」を踏むことはたいへんなことなので、なかなか「悲しみ」が「誇ってよい悲しみ」にならず、それで私は「居直って」生きられないし、一つ一つの「悲しみ」にこだわり続けています。逆に言えば、「こだわり続けることが「悲しみ」を「誇ってよい悲しみ」にするための「長い手続き」の過程なのかもしれません。

 (後略)

 
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by lumokurago | 2011-09-21 17:24 | 昔のミニコミ誌より

理想や志は高すぎるということはない

 志高く理想を掲げる上橋菜穂子さんの本を読んでいて、たまたま整理していた手紙にその話題がでてきましたので、引用します。わかりにくい箇所もあると思いますが、お許しください。1988年のものです。

*****

 渡辺よりEさんへ 1988.2.15

 前略
 『蜚語』(注:Eさんらがこの頃創刊した雑誌)をお送りいただき、どうもありがとうございました。(中略)

 「編集方針」のなかの『サラダ記念日』への批判、溜飲が下がる思いでした。私は『サラダ記念日』は新聞等に載っていたいくつかの断片しか知りませんが、私の感想は「思想がない」の一言でした。『サラダ記念日』がベストセラーになり、著名人(著名であることなどに意味はありませんが)まで(?)が絶賛しているのを見て、この国の軽薄さは救いようがないと思いました。

 「理想や志は高過ぎるということはないと思う。志を高く持つということが、なにかひどく時代遅れのダサイこととされる風潮の中で、卑屈になることはない。諦めることはない」・・・その通りだと思います。拍手、拍手です。

 「トンネルの向こうに見えたもの」、あんまり明快なのでスカッとします。ただ、これは私自身の課題でもあるのですが、こういう内容を職場の隣りの席の人に読んでもらうためには・・・?と考えてしまいます。

 それから、「発行所」の『未完舎』という<名まえ>にとてもひかれるものを感じました。私には<未完>のイメージというものがあって・・・生まれ落ちた時から持っている私の中の<欠損した部分>――それを埋めようとして人を求め、表現を試み、でも、埋まらない・・・

 今、ここにいる私はほんとうの<名まえ>を持たない。仮の<名まえ>におおわれている。それを、ひとつひとつはいで、ほんとうの<名まえ>をとおく希求する・・・<完成>が美しいのではなく、<未完>こそが美しい。なぜならば、永遠に<未完>であることは、求め続ける志を持つことによって、美しさを意志するから・・・

 だから志を高く持って、過程を大切にして生きていきたいと思います。(後略)

*****

 Eさんより渡辺へ  1988.2.20

 前略 どうもありがとう。

 今日、私のところに届いた、川崎の「指紋押捺拒否者を支える会」のチラシ『指紋押捺1回につき罰金3万円なんていってくれるじゃないの』、思わず溜め息がでちゃいました。李相鎬さんはすてきな人だし、指紋押捺の闘いもたいへんなことだと思うけど、こんなタイトル付けるような運動ってなんだろうなと思ってしまいます。『原発サラバ記念日』とやらもなんとかならないものでしょうかね。この前は、建国記念日の集会の司会者が、死刑廃止のコンサートのチラシにも、あそこにも、ここにも、ってな調子です。少しみんなどうかしている、しっかりしてほしいもんです。(後略)

*****

 Eさんのおつれあい、作家・山口泉氏が『暗川』を読んで感想を書いてくれていました。紹介したいので、その前提となる『暗川』の記事を先に紹介します。次回からしばらく続きます。
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by lumokurago | 2011-09-20 13:15 | 昔のミニコミ誌より

オタマジャクシ (戯曲)

オタマジャクシ 1982年頃のもの

   人物  武田(教師)
       野村(母親)
       田中(母親)
       山下(用務員)

   放課後の小学校の教室 野村が入ってくる

野村 先生、どうも。子どもがいつもお世話さまでございます。

武田 ああ、野村さん、ま、こちらにどうぞ。(椅子をすすめる)。

野村 うちの子が何か?

武田 あやちゃんには困ったもんですよ。なぜかいつもボーっとしててですね。私の話なんかろくに聞いてないんじゃないですか。

野村 はあ。

武田 なにしろ、忘れ物が多いです。あの表を見てください。忘れ物の回数の表なんですが、真ん中にひとりだけピョンと出てるのがあるでしょう。あれがあやちゃんです。ああいうふうに表にしてみんなの前に貼りだしたら、本人少しは気にするだろうと思ったのに一向にダメです。宿題も一度もやってきたことがないんですよ。

野村 ええっ、宿題が出ていたのですか?

武田 もちろんですよ。だめですよ、もっとよく監督していただかなくては。宿題だって忘れ物だって本人任せにしておいてはちっともよくなりません。こういうところから落ちこぼれになっていくんですよ。学校で努力することは無論ですが、家庭でももっときびしくしていただかないことには困るんですよ。

野村 どうもすみません。うちはとうちゃんがいないし、私が仕事を持っているので、忙しくてついそのへんは本人に任せきりで・・・。少し時間がある時は、普段かまってやれない分もおしゃべりしたり遊んだりしたいものですから・・・。それに、あやは宿題のことなど何も言わないので、てっきり出ていないものと思っていました。忘れ物もそんなにひどかったなんて。

武田 困りますね。もう少しお子さんの学校生活に関心を持っていただかないと。

野村 はあ。でもうちでは上の子の時もそんなふうで結構なんとかなりましたし、2年生にもなっていちいち忘れ物のことまで言うのもちょっと・・・。それにこういうことは忘れ物をした本人が困って、それで自覚して直そうとするしかないように思いますが・・・。(あまり気にしていない様子)。

 (考える間)

武田 以前私が受け持ったクラスのお母さんに、こういう人がいましたよ。子どもの自主性を育てるため、まず時間割は子どもにそろえさせるんです。そして子どもが寝てからお母さんが点検し、足りない物があれば入れておくんです。名案でしょう?

野村 はあ、

武田 お宅でも実行なさったらいかがですか。

野村 でも・・・。

武田 迷惑するのは私なんですからね。

野村 はい。

武田 それとあやちゃんは自分のこともできないくせに、人の世話ばかりやきたがるのも困ったものです。石井君、ご存じですよね、知恵遅れの子です。あの子が1年生の時からあやちゃんの隣の席で、席替えの時、あやちゃんと離れたくないと泣くんですよ。それで仕方なく今も隣にしていますが、あやちゃんは自分のことをしないで、石井君になんだかんだと世話をやくのです。私としてはまず自分のことをきちんとできるようになってもらいたいんですよ。

野村 先生のおっしゃることもごもっともですけど、友だちの世話をやくのはあやのいいところだと私は思うんです。ボーっとしてるとこも考えようによっては、あくせくと点数とか忘れ物の表のことを気にするよりおおらかでいいと思うんです。私はあやのボーっとしてるとこがまわりの人をほっとさせることもあるんじゃないかと思っているんです。

武田 お母さんがそんなふうだから、あやちゃんがいつまでたってもよくならないんですよ。なんといってもこの世は競争社会ですからね。のんびりしてる暇はありませんよ。

野村 でも・・・あやはボーっとしてますけど、よく気がつくとこもあって、私が帰るまでに洗濯物をたたんでおいてくれたり、上の子と二人で茶碗を洗ってくれたりするんですよ。

武田 それもいいですが、まず自分のことをきちんとできるようになることが先ですよ。それからお宅には毎日のように子どもたちが何人も集まっていますね。お母さんがいらっしゃらないのに、何かあったら大変じゃないですか。何人かの人から苦情が来ていますよ。大人の目の届かないところに集まって悪いことでも覚えたら大変だって。

野村 本当ですか。苦情が来ていたんですか。

  突然、田中が入ってくる

田中 先生、あのオタマジャクシですけど、困るんですよ。

武田 は? 今ちょっと面談中なんですけど。

田中 あ、失礼しました。でも、あの・・・。

野村 私はかまいませんからどうぞ。

田中 すみません。うちは生き物は飼わない主義なんですよ。私は忙しくて面倒をみる暇なんてないし、こどもはほったらかしでしょ。やれエサをやれ、水をかえてやれと小言を言うと、主人がうるさいとおこるし。でも学校から持ってきたものじゃ捨てるわけにもいかないし。オタマジャクシの観察なんて学校でやればいいことじゃないですか。子どもの勉強のことは学校にお任せしてあるんですから。

武田 それは心外ですね。あれは今年からの新しい実践なんですよ。このあたりは東京でも緑の多い方ですが、それでもオタマジャクシなどはもう見ることもありません。うちの学校の子どもたちはオタマジャクシも見ずに育つわけです。それじゃあ理科教育の面からも情操教育の面からも大きなマイナスです。それを一挙に解決するすばらしい実践でしてね。あのオタマジャクシ、どうしたと思います? (得意そうに)

田中 さあ・・・。

野村 どうしたんですか?

武田 この学校に多摩の奥の方から車で通っている先生がいるんです。その先生に、毎朝取れたてのピチピチしたオタマジャクシを運んできてもらっているのです。それを学校の池に放し、子どもたちに自由に採集させるんです。オタマジャクシが住む自然環境の失われてしまった都会の子どもたちに、採集する喜びと観察する喜びを味わわせてやる。どうです、すばらしいでしょう。もちろん子どもたちは大喜びですよ。

野村 (立つ)まあ、そういうわけだったんですか。うちの子は大喜びで、またオタマジャクシを取るんだっていって、今、私と一緒に来たんですよ。本当にいいことをしていただいて・・・。

武田 今、一緒に来たってどういうことですか?

野村 だから、オタマジャクシを取りに。

武田 なんですって! (あわてて窓から外をのぞいて)あっ、いる、いる。まったくなんていうこと! ちょっと、そこの子どもたち! 勝手にオタマジャクシを取ってはいけません! そんなことをすると校長先生に叱られますよ。(野村に)お宅のあやちゃんと石井君です。

野村 でも先生、先生は子どもに「自由に取っていい」っておっしゃったんじゃ・・・。あやはそう言ってましたが。

武田 「自由に」と言ったって、放課後まで勝手に取っていいとは言ってませんよ。そんなことさせたら、池がメチャクチャになってしまいますよ。池の中に入ったり、まわりに植えてある草を踏みつけたり。そんなことさせるわけないでしょう。

野村 はい。(坐る)

武田 「自由に」というのは、授業時間中、担任がついている時に限ってですよ。決まってるじゃないですか。それを自分の都合のいいように拡大解釈して放課後まで勝手に取るなんてお宅のあやちゃんくらいのものですよ。石井にまで知恵をつけて。

野村 はあ、どうも申し訳ありません。

田中 先生方が教育に熱心なことは大変結構でありがたいことなんですけど、それを家庭にまで持ち込まれるとちょっとね、困るんですよ。

武田 (外を気にして退場)

野村 あら、いいことじゃありませんか。カブトムシだってデパートで1匹いくらで買う時代でしょ。そんな時代にとにもかくにも自分の手ですくったオタマジャクシを飼えるんですから。

田中 そうかしら。でも、うちなんか狭いマンションに親子4人で暮らしてるでしょ。オタマジャクシを飼うっていったって大変なのよ。置く場所だってないし、うちは下の子がまだ小さいものだからいつひっくり返すかわからないし。それにオタマジャクシだってかわいそうだわ。あんな小さいビンに入れられて。カエルになったって放す池もないのよ。

野村 そうねえ、でも犬や猫はとても飼えないんだから、せめてオタマジャクシぐらい飼ってやりたいじゃない。それにこのあいだ話題になったでしょ。缶詰入りのメダカ、あんなことするよりずっといいわ。たとえ多摩から持ってきたオタマジャクシでも、自分の手で取れるんだから。

田中 缶詰入りのメダカって?

野村 酸素をたくさん入れた缶詰にメダカを入れて売り出したのよ。2、3日は生きているんですって。

田中 まあひどい。

野村 小さい時からそんなものを見て育った子どもはいったいどんな大人になるのかしらね。なんだかこわくなるわ。

  用務員、入ってくる。いつのまにか、武田、戻っている。

用務 すみません、武田先生。子どもたちがプールに入ってオタマジャクシを取っています。私が注意してもきかないのでお願いします。

武田 なんですって! オタマジャクシはちゃんと池で取らせてやっているのに。ちょっと失礼しますよ。(走り去る)。

野村 (去ろうとする用務員を引きとめて)すみません、プールにはオタマジャクシがいるんですか?

用務 たくさんいますよ。いくら禁止しても子どもたちが取りたがってね。先生方の目を盗んでは柵を乗り越えて入り込むんですよ。

野村 まあ、先生がせっかく苦心して池にオタマジャクシを放しているのに・・・。

用務 そうですけど、なんだか変じゃありませんか。プールにはオタマジャクシがたくさんいるのにそれを取るのは禁止して、わざわざ遠くから運んできて池に放すなんて。私には学校の先生のなさることはどうもよくわからないですよ。今度、ほら、あの校庭の隅に小さい土手みたいになっているところがあるでしょう。子どもたちがすべりおりたりして遊んでいる姿をよく見かけるんですが、あそこを一面の菜の花の咲く土手にするそうなんです。それで私たちが土をならしたりなんだりしているのですが、確かに花いっぱいの学校にはなりますが・・・。校長先生が花が大好きなんですよ。桜の咲く時季には校庭の桜の木がよく見えるように校長室の机の位置を変えるくらいで・・・。まあそれはいいんですが、土手を菜の花畑にしたら子どもたちが遊べなくなってしまいます。

野村 まあ、そんな話があるんですか。

田中 ほら、あのプールと体育館の間に新しく木をたくさん植えて石のベンチなんか置いたところができたでしょう。うちの子なんか、いつもあそこでドッジボールをしてたのに、あれができてからできなくなったってボヤいてたわ。

用務 あそこは武蔵野の雑木林の面影を残すとかで、緑化対策の一環らしいですよ。

野村 武蔵野の雑木林の面影!

田中 そんなあ! どうせならそんな小手先のことしないで、学校の隣にあるあの雑木林を買い取ったらいいじゃない。本物があるんだから。

野村 あそこ、佐藤さんの土地でしょ。この辺の大地主の。すごいわよね、広いのなんのって。

用務 本当ならああいう所を開放して子どもたちを遊ばせてくれればいいんですが・・・。

田中 佐藤さんなんて、駅前と学校の裏のと、二つもマンション持ってるんでしょ。あの林くらいドーンと区に寄付しないかな。

野村 ダメダメ。うちの子がちょっと入ったくらいで大声で怒鳴るんだから。今にまたマンションでも建てるんでしょうよ。

武田 (戻ってくる) どうも失礼しました。

用務 では私はこれで。(去る)

武田 あれほどプールに入ってはいけないと言っているのに、ふとどき者がいましてね。野村さん、そのなかにまたあやちゃんがいましたよ。まったく女の子とも思えませんよ。

野村 申し訳ありません。先生にご迷惑ばかりおかけして。

田中 本当にしょうがないわねえ、ホホホ・・・。

野村 でも先生、うちの子の弁解するわけじゃないんですけど、プールにオタマジャクシがいるなら、どうしてそれを取らせないんですか。プールを開放してそこで取らせれば、わざわざ遠くから運んでくる必要ないんじゃありませんか。(素朴な疑問)

武田 プールを開放するですって! (非難するように)

野村 いけませんか?

武田 いけませんよ。第一、危ないじゃないですか。オタマジャクシに夢中になっているうちにプールに落ちておぼれでもしたらどうするんです。

野村 はあ。

田中 プールの水を子どもの膝ぐらいまで減らしたらどうですか?

武田 それはだめです。あれは防災のために冬でもいっぱいに水を張っておかなければならないのです。

野村 今、思い出しましたけど、私の通っていた小学校では夏が終わるとプールに魚を放して、次の年の夏、プールの大掃除をする前に釣り大会をやっていました。うちに釣りざおのある子はそれを持ってきて本格的に釣るし、私みたいのはそのへんで拾った棒に糸をつけて釣りのまねして・・・。それだけでも楽しみでした。

田中 私の学校ではいかだを組んで、プールで進水式をやりました。山の中の学校だから丸太なんか豊富にあるんです。

野村 やっぱり昔はのどかだったわね。

田中 今は子どもがケガでもしたら責任問題ですもの。先生方も気を遣われて大変でしょう。

野村 でもオタマジャクシぐらい取らせてあげてもいいのでは・・・。

武田 とんでもない。集団生活をしている以上、集団を統率するための規律というものが必要です。プールは泳ぐためにあるのです。それをオタマジャクシを取るために開放したりしては、その規律をくずしてしまうのです。何か一つでもはめをはずすと、子どもたちに気のゆるみができ、際限なくだらしなくなるのです。

野村 でも、プールにオタマジャクシがいれば、入って取りたくなるのが子ども心じゃないでしょうか。

田中 野村さん、あなたがそんなふうに寛大だから、あやちゃんがお転婆になるのよ。

武田 いや、田中さん。お宅のヒロシ君にももう少しケジメというものを教えていただきたいものですね。心にけじめをつける一番の基本は何かわかりますか?

田中 さあ。

武田 あいさつですよ。朝のあいさつ、おはようございます、人になにかしてもらったら、ありがとう、職員室に入る時は、失礼します、謝る時はすみません。略して“オアシス”です。

田中 “オアシス”?

武田 おはようございます、ありがとう、失礼します、すみませんの頭をとって“オアシス”ですよ。あいさつは人間関係の潤滑油、非行防止対策でもあります。あいさつは小さいうちからきちんとしつけなくてはいけません。先月の学校だよりに書いたんですが・・・。

野村 ああ、そう言えば・・・。確か“オアシス運動”・・・。

武田 そうです。「学校に広げようオアシスの輪」(と標語を読む)。提唱者は私です。毎朝、先生方が交代で校門の前に立ち、朝のあいさつ運動を始めたんです。さわやかな「おはようございます」は一日の活力を生み出し、先生と生徒の心のふれあいにもなります。ところが田中君はいつも友だちとふざけながら石なんかけるのに夢中になっていたり、ダンゴ虫をつかまえたといってはあいさつもなしにとびついてきたり、困ったものです。野村さんとこのあやちゃんも同じですよ。

田中 どうも、先生にお世話ばかりかけて困った子です。うちに帰ったらよく言い聞かせますので。

野村 でも先生、そういう時は先生の方から「おはよう」と声をかけてくだされば、あやはちゃんとあいさつを返すと思うんですけど。

武田 野村さん! あいさつというものは目下の者が先にするものですよ。子どもの方からあいさつするのが当たり前です。

野村 はあ。

武田 いいですね。もう繰り返しませんが、今日お話ししたことはこれから十分注意するようにして下さいよ。子どもが非行化してからでは遅いんですからね。野村さん。

野村 はい。

武田 ヒロシ君の方もよろしく。

田中 はい。

武田 では、私はまだ仕事がありますので。

野村 どうもありがとうございました。

田中 これからもよろしくお願いします。

  二人、「失礼します」などと言いながら去る。

武田 まったく、子が子なら親も親だわ。(ひとりごと、仕事にとりかかる)。

用務員、入ってくる。

用務 武田先生、失礼します。今、青木先生から電話がありまして、オタマジャクシを取りにいって、石につまずいて足をねんざして、明日は学校に来られないそうです。オタマジャクシも届けられないからよろしくということです。

武田 なんですって! 困るわねえ。明日は理科のあるクラスが4つもあるのに。先生方もそのつもりでしょうし。どうしよう。(間)

そうだ、いいことがある。山下さん、プールのオタマジャクシをすくって池に移して下さい。プールにはたくさんいるから。

用務 でも先生、プールに入ることは禁止しているのに。

武田 そんなことはかまいません。子どもたちももうみんな帰ったでしょう。

用務 でも・・・。

武田 いいから、私が許可するから早くしてください。

用務 はい。(去る)

武田 これで明日はひとまず安心だわ。青木先生のねんざはどの位悪いのかしら。早くよくなってもらわないと、プールのオタマジャクシじゃすぐ底をついちゃうわ。(仕事に戻る)

 でも、さっきのいかだの話、あれはおもしろいわ。卒業生の共同制作にでもやってみたらどうかしら。今年はうちは理科教育研究指定校だから、「水に浮く乗り物」とかいうテーマでやれば注目を集めるかもしれない。去年は隣の第一小学校が社会化研究指定校で、校庭に竪穴式住居を作って新聞に載ったから、うちの学校も何か目新しいことをしないと。プールに浮かべるということには危険もあるけど、なんといってもユニークだもの。そっちは万全の策をたてて・・・。そうだ、教務主任の伊藤先生、まだ残ってるかしら、早速相談してみよう。

 幕
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by lumokurago | 2011-08-16 17:44 | 昔のミニコミ誌より

「非行防止・傾向と対策」 (戯曲)

「非行防止・傾向と対策」 1982年頃のもの

  人物 とある女子高校の生活指導主任(矢部)
     3年学年主任(大沼)
     科学の教師(武井)
     校長

  職員会議の席上(壁に標語などが貼ってある)。

矢部  教職員の皆さん、毎日の生徒指導、ご苦労様です。皆さんの日頃の努力の甲斐あって、わが校ではこの半年というもの、一度も警察のご厄介になることもなく、平穏無事な毎日を過ごしております。ここ2年間を見ましても、同じ中井戸警察管内にある清流女子学院、貞淑女学園に比べましても、ほぼ1割以下の非行件数を保っております。それというのも教職員からの提案により、わが校独自のユニークな非行防止対策を実施している成果であります。昨年度は、マスコミにもたびたび取り上げられ、おかげさまで今年度入学申込者は昨年度の2倍に達するなど、清流、貞淑を大きく上回る多大な評価を得ておりまして、理事長も大変満足なさっています。

  今日は新学期はじめての職員会議ですので、服装検査、頭髪検査、放課後の巡回などわが校独自の指導法について、新任の先生方にもわかりやすく説明したいと思います。

  えー、わが校では非行防止のため他の学校に先立ち、さまざまな画期的な対策を職員一丸となって実行してきたわけですが、昨年は都内でもはじめて、タイム・レコーダーを導入するという試みをいたしました。これは生徒一人一人にタイムカードを持たせ、登校した時刻、下校した時刻を打ち込み、さらに帰宅した時刻を家庭で記入させ、保護者の印を押させ、翌日各担任がチェックするというやり方です。タイム・レコーダーという最も客観的かつ正確な番人がいることにより、生徒一人ひとりの一日の動きを確実につかむことができ、非行の早期発見・早期対応にめざましい成果をあげています。

  ここに最近2年間の非行件数を月別にグラフにした表がありますが、これを見ましてもタイム・レコーダー導入後の非行の激減が明らかとなっております。問題となっているのは、家庭で生徒をかばってウソの帰宅時間を書きこんでいるという例ですが、それは保護者の責任と言うべきでしょう。私ども学校は、一切知らないことなのですからあまり騒ぎ立てないように。学校に残る公式記録が申し分のない帰宅時間になっており、保護者の印もあれば「疑わしきは罰せず」とも言いますように、それらしいと思うことがあっても深く追求しないようにしてください。

  一人の生徒にあまり深くかかわるとあとが大変面倒です。大事なのは公式記録なのですから、そのへんお間違えのないよう。

  それよりも何よりも一番問題なのは、タイムカード自体に非協力的な家庭ですが、その原因が親の思想であれ怠慢であれ、非常に困りますね。この場合には、わが校の教育方針に協力できないならば、即刻おやめになって結構ですよ、と言ってもよろしいから、必ず協力させるようにしてください。
  大部分の保護者は、タイムカードができてから娘の行動がきちんと把握できるようになり、それを学校の先生方に確認していただけるなんて、これ以上の指導はないと手放しで喜んでおられるのですから、非協力的な家庭には強硬にやらせて下さい。

  また、職員の皆様のご協力を得まして、駅周辺の盛り場の巡回を行なっていますが、昨年度、まことに残念ながら、巡回中姿をくらます職員がおりました。えー、このようなことになりますと、巡回に巡回をつけると言う措置を取らざるを得ないわけで、(意味ありげに)ハハハ・・・よろしくお願いいたします。

  では、私の話はこれで終わりまして、次に3年の学年主任の大沼先生の方から、パーマについて新しい提案があります。

大沼  パーマがなぜいけないかということは改めて申し上げるまでもありませんが、髪型に気をとられ勉強がおろそかになる、第一、風紀の乱れは子どもの心を誘惑し、悪に走らせる源となります。そこで私の提案は「天然パーマ証明書」を発行するということです。これは今まで「天然パーマよ。文句ある?」と逃げられていた生徒たちが本当に天然パーマかどうか識別するために、あらかじめ天然パーマの生徒には証明書を発行しておくというものです。

  天然かどうかを見分ける方法としては、生徒の赤ん坊の時の写真を持参させ、それで区別します。天然ならば、赤ん坊の時から縮れているはずであるからです。ただし、この際注意してほしいのは、その赤ん坊が本当にその生徒であるかを確認するということです。面影ではっきりわかる場合はよいが、あやしいと思った場合は、封印した封筒に入れて保護者に確認するなど確実な方法を取ってください。いいですね。一人でも間違えた場合、教師の権威が失墜しますのでくれぐれも誤りのないように細心の注意を払って下さい。

  また、赤ん坊の時ならまさかパーマはかけていないと思うが、赤ん坊の時の写真がないなどと理由をつけて、2、3歳の頃のを持ってきたら注意するように。2、3歳になるとおしゃれな親は子どもにパーマをかけさせる場合もあります。ですから必ず、赤ん坊の時の写真で判断するように。それから、証明書は常時携帯させること。抜き打ち検査ということもあると、生徒に言っておいて下さい。

  「天然パーマ証明書」については以上ですが、科学担当の武井先生がパーマの識別方法について研究された結果を発表なさいますので、もうしばらくご静聴願います。

武井  私は男なのでパーマについてはまったく知識がなかったのですが、科学の教師として何かできることはないものかと常々考えていました。女房の話ですと、一口にパーマと言っても、全部縮れているというわけではなく、まっすぐにするためにかける場合もあり、ボリュームを持たせるためや、髪型を整えるためにかける場合もあるそうですね。それらさまざまなパーマを、目で見るだけで識別される先生方の苦労ははかりしれないものがあると思います。

  私はさきほど「科学の教師として」と申しましたが、先日、ある考えがひらめいたのです。パーマは薬品を用いて髪の毛に変化をもたらすものであるから、何か科学的な方法で識別できるのではないかということです。と申しますと大げさですが、髪の毛を顕微鏡で拡大して見ると、組織の破壊度から最近かけたパーマはもちろんのこと、2ヶ月位以前にかけたものまではっきりと識別できることがわかったのです。このことは女房の髪の毛で実験済みですから確かです。この方法で識別しますと、今までは手に負えなかった、夏休みに入ってすぐにかけ、2学期にはとれているという場合もはっきりわかります。

 今まで先生方を悩ませてきた生徒の頭髪問題も、さきほど大沼先生から提案された「天然パーマ証明書」とこの顕微鏡による識別法でめでたく解決するのではないかと、私自身、科学の教師としてお役に立ててうれしく思っております。明日の放課後、科学教室で早速顕微鏡の使い方とパーマの見分け方の講習会を開きますので、特に3年生の担任の先生方は参加して下さい。質問はありますか?

(暗転)

  教室(矢部学級)に矢部が入ってくる。

矢部  おまえたち、なんだその頭は! 全員チリチリじゃないか。ややっ! それにその服はどうした! 制服はどうしたんだ! おまえたち、全員退学だあ!

  (そこに校長があわてふためいて入ってくる)。

校長  まあまあ、矢部先生、退学は困る、退学は。全員退学にするわけにはいかない。大沼先生のクラスも武井先生のクラスも・・・生徒全員がチリチリ頭なんだあ! わしゃあ、理事長になんと言ったらいいんだ。なんと言ったら。それにもうすぐマスコミが来るらしい。生徒が呼んだんだ。わしゃあ、いったいどうすればいいんだ・・・。ああ・・・。


  幕
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by lumokurago | 2011-08-15 16:40 | 昔のミニコミ誌より

児童養護施設の子ども

 「もうすぐ死ぬ」ということで自分の人生のまとめをするために、20代なかばから作りつづけてきたミニコミ誌を読み返し、そのなかからみなさんに読んでいただきたいものを掲載してきました。前回の「いまどきの子どもたちと私」のあとは、児童養護施設の子どもたちとのやりとりが延々と続きます。

 「いまどきの子どもたちと私」のときの児童館の近所に児童養護施設があり、そこの子どもたちも児童館に遊びに来ていました。その施設で学習指導ボランティアを募集していることを知り、見学のつもりで行ったところ、中3の子どもに引きあわされその子の担当が決まっていないということで、一度顔をあわせてしまった私としては断ることができず、その子の担当にならざるを得なかったのです。

 私の性格ですから、担当となった子どもとはとことんつきあいました。家庭ではなく施設で育った子どもがどんなふうなのか、それは長年子ども相手の仕事をしていた私にとっても想像を絶するものでした。どうしていいかわからず、無我夢中の日々でした。

 記録は本にすると何冊分もあると思われ、とても全部ここに載せることはできませんが、次回から節目節目にまとめた文章を載せたいと思います。
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by lumokurago | 2011-05-18 18:01 | 昔のミニコミ誌より

「いまどきの子ども」たちと私 最終回

 『暗川』第30号 1990.5.11より

 これは「子ども」と言っても前回までの小学生ではなく、そのころ文通していた15歳の女の子の手紙です(そのころもう学校には行っていなかった)。「『「いまどきの子ども』たちと私」の感想を書いてくれています。

栄香ちゃんの手紙

 前略……

 『負けるな子どもたち!』に渡辺さんが書いた事と同じ事になると思うけど……。やっぱり今の子供達は大人そのものを表しているんだと思います。

 渡辺さんがいくら説明しても(F君のことを)まじめに聞いてくれないのは、話を聞く気持ちがないから。「やっぱりシンちゃんだ」の「やっぱり」は私たちが普通に使う物事を考えてみた後での“やっぱり”じゃないんじゃないかな。大体の子は“まじめ”になったことはないかも。怖い人の前だと一応おとなしく聞いてるけど、大人はそれをまじめだと思ってるけど、本当は違って。それがやっぱり学校の先生じゃない渡辺さんになると、暴力になって出てくるんですね。子供には何があってもまっすぐ育ってほしいし、その力が本当ならあるはずなんだけど……。

 「『いまどきの子ども』たちと私」を読んでると、皆可哀相になってくる。

 F君に対する態度や渡辺さんに対する態度がその子達の“生きる力”なのかなぁ……。

 K君たちって中学生の時、いつも図書室に来てた皆とよく似てる。図書の先生は“Y達はちょっと普通の人より優しいから、きっとこれからも優しいままだと思うよ”って言ってたけど、その先生も皆のことで悩んでた。自分に関係あることは一生懸命になるけど、関係ないことは本当に知らんぷり。図書室はその男の子達のたまり場になってて、いつもさわいでて、イスや机をボロボロにしちゃって、他の人も困ってた。けど、先生が何回注意しても聞かなくて、話し合おうとしても「俺は悪くない」って言って聞いてくれないし。あと、その先生は皆から“チャボ”って言われてて、「チャボのバーカ」とか言うから、先生が嫌がってたの。私は「先生のこと、好きだから言うんだよ。だって、嫌いな人の所にわざわざ休み時間の度に来る?」って言ってて、その時は本気で思っていたけど、最近違うんじゃないかなぁと思って……。

 私にだって機嫌の良い時は優しくするけど、また、私がおとなしいときは良いけど、少しでも「いーじゃん、別に」なんて言うと、「なんだぁ?」って怒って口きかないもん。全然態度が違ったもん。

 皆にとって先生や私は、好きな人でも嫌いな人でもなくて、自分にとって都合の良い時はちょっと好きで、悪い時は全然関係ないんだって思うの。世の中のほとんどの人が自分中心だから。最近気付いたんだけど、普通の人は自分の為に生きてて、私は違うからみんなと気が合わないんだと思う。でも、私は人と合わせるのが上手だから、一緒にいる人に合わせてどんな人間にでもなれる。誰にも好かれたいからだって言われるかもしれないけど、私はそんな事思ってない。嫌われるのはイヤだけど、別に好かれなくてもいい。ただ、一人でも多くの人に気持ち良く、楽しくなってほしいから。今まで自分の事より他人の事を考えて生きてて、それが当たり前だと思ってたけど、普通の人はそんな風に生きてないって知って驚いた。でも小さい時から、普通の人の普通と私は違うんだと思ってきたけど。だからたぶんいつも淋しいんだろうけど。だから渡辺さんとくんちゃんと、いろんな人に会えるんですね。これは言わなくても私たちは分かってる事だと思うけど。

 私が昔、友だちに言われた言葉、「テキトーにやってくしかないよ」すごいショックだったけど、今、渡辺さんに言うとしたらこの言葉かも……。渡辺さんを傷つけるって、すごい傷つけるってわかるけど。ごめんなさい。

 「テキトー」っていうより、ちょっと本音は押さえて(でもF君は守って)、K君たちに合わせて少しの間様子をみてはどうですか? そしてだんだん元の渡辺さんに戻ってく……。あっ、でもそんなことしたら、男の子達が渡辺さんも普通の大人か……って思っちゃうかな?

 私にはこれだけのことしか書けません。どうか無理をしないでください。後略……。

 1990.4.10  栄香(15歳)


栄香ちゃんへ

 栄香ちゃんの手紙、ほんとのこと言って、こわかったです。なんでこわいかっていうと、栄香ちゃんがここまで冷静に、というか覚めた目を持って人の心をみつめていることがこわかったのです。

 栄香ちゃんの言ってることは正しいと思います。子どもたちだけでなく大人たちも、大多数の人たちは自分中心に生きていて、人に対しては「自分にとって都合の良い時はちょっと好きで、悪い時は全然関係ない」のだと思います。そしていつも「テキトー」に人に合わせているだけなのです。

 「関係ない」っていうことば、今の子どもたちがよく使うけど、私はこのことばを憎みます。偶然今の父と母の間に、今の日本に生まれた私だけれど、それは何万分の1の確率かわからないほど“偶然”のできごとであり、もしかしたら生まれなかったかもしれないし、どこかよその場所に、いつか別の時代に生まれていたかもしれない。そして、今私が日本で物にあふれかえる暮らしをしていることは一方で、食料がなく餓死していく人々がいるということです。どんなことでも自分に関係がないなんていうことはありえない。世界中のすべてのことに私たちひとりひとりは責任を負っていると思います。

 でも今の日本ではこのことをまじめに考えている人はごく少数で、日本全体としてはアジアの国々から搾取し、自然を破壊し(自分の国ばかりでなくよその国の自然も)……、全く恥知らずな傍若無人なことをしています。大多数の人々はそのことを知ろうともせず、知っていても「自分には関係ない」と知らんぷりしています。そんな大人たちですから、子どもたちがすぐに「かんけぇねぇよ」と言うのも無理はないですね。

 人との関係ということでも、ほとんどの大人たちはまじめに考えていないと思います。表面的に仲が良さそうに見えればそれで良しとして、本当の意味での“関係”を作ろうとはしません。それどころか意見を言うと相手の意見とぶつかり合って“ケンカ”になり、表面的な仲の良さが壊れることを恐れて、意見も言いません。いいえ、もともと自分の意見なんてないのかもしれません。私はこんな大人たちにほとほと愛想が尽き果てています。ひとりひとりが自分の意見をしっかりと持ち、それを出し合い、ぶつけ合って交流することからだけ、人と人との関係は生まれるのに。

 そんな大人たちに比べて、子どもたちはやはり正直なのだと思います。K君たちにしても私に対して、「(障害者のことを)ほんとうは気持ち悪いと思ってんじゃないの?」と聞いたり、私が社会を変えたいと言ったことに対して「やくざに殺されてもいいのか」と言ったり(私はこのことばを聞いた時、長崎市長の顔が思い浮かびました。注:長崎市長とは本島等元長崎市長で議会で「天皇に戦争責任はある」と言った)、大人だったらそこまで突っ込まずにすませてしまうことを、彼らは遠慮なく突っ込んでくるのです。私はうれしいです。ほんとうは大人たちとこういう話をしたいけれど、できない現在、彼らは私が対等につき合える大事な友人になっています。

 栄香ちゃんの言うようにK君たちも私に対して、「好きな人でも嫌いな人でもなく、自分にとって都合の良い時はちょっと好きで、悪い時は全然関係ない」のだろうと思います。でも話は聞いてくれなくても、正直に自分をぶつけてきてくれることだけでも私はうれしいのです。大人が自分のことだけしか考えていないなら、子どももそうなって当たり前だし、でも、大人と違ってそういう自分を表面で取り繕ったりせずに、そのまま表してくることがいいところだと思います。相手が表面的なところから一歩も出ようとしなければ、こちらとしても突っ込んでいくことがむずかしいのですが、中身はどうであれ(自分勝手なことを言っているだけにしても)表現してくれれば、私も自分をぶつけることができます。そんなふうにして、私は彼らとの関係を作っていきたいと思っています。

 「テキトーにやってく」というのとは違うけれど、私はK君たちに合わせて(このことばが適当かどうかわかりませんが)いるところもあります。児童館の他の大人たちはこんなことはしないけれど、私は彼らと一緒に「てめえ、なめんじゃねえよ」とか悪いことばを使ったり、ぶりっこして「Kくーん! かっこいい」とか言ってふざけています。きっとそばで見ていると漫才みたいだと思うと思います。こんなぐあい……

 たとえばK君が1年生の持っていたボールを取っていじわるして……
 私:いじわるしないで返して! (などと最初は普通に言っていて、いうことをきかないので) てめえ、いいかげんにしろ、返せ!
 K:おれとやる気かよ! (などとすごんで私をけろうとする)
 私:Kくーん! かっこいい! (とぶりっこの声で言う)
 K:(急に態度を変えて)K君、かわいいーっ!(と両手の人差し指を立ててほっぺたに持っていく。ボールを1年生に返す)

 K君は極端から極端へめまぐるしく表情が変わる子で、“ツッパリ”やってたかと思うと、次の瞬間には“ぶりっこ”に変わり、また次の瞬間には「てめえ、ちょっとこっちこいよ」などとすごんでみせます。この子はくんちゃん(別の文通していた子ども)が書いていたように、弱い自分を見たくなくてこうやって演技しているのだと思います。私が『負けるな子どもたち!』に書いたように、<不安>でいっぱいでほんとうの心を見るのがこわくて、見ないようにしているのだと思います。

 今、私はK君につきあって追いかけっこをし、ふざけあい、いいところをみつけてはほめ、懸命に語りかけようとしています。そうすることで私はK君に、自分の心を見つめるようになってほしいと願っています。くんちゃんが、そして“I will”(『ロックよ静かに流れよ』径書房刊をめぐり、私と文通していた子どもや大人の手紙を文集にしたもの)のみんながしたように。

 1990.4.16  渡辺 容子
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by lumokurago | 2011-05-10 17:25 | 昔のミニコミ誌より

いまどきの子どもたちと私 4

 『暗川』第30号 1990.5.11より

「いまどきの子ども」たちと私 その4

 春休み中、5年生(4月から6年生)のK君、T君、それに4年生(新5年生)のH君が来続けている。彼らはF君をからかい、いじめ、私の話を全く聞こうとしない。そして新1年生に対してもからかったり、ボールをとったり、いじわるをする。彼らがそんな行動をとるのは、人一倍人間に対して興味を持っており、人との関係を求める気持ちが強いためだということはよくわかる。それはとてもすばらしいことなのだが、その表現が乱暴で屈折しており、弱い子に対しては時に“こわい”存在になってしまう。その子に興味があり、関係を作りたいという表現は、紙一重のところで“いじめ”につながるという一面を持つ。

 前回書いたが、私は「障害児」をからかうことがすべて“いじめ”であるとは思えないでいる。その子の反応が変わっていておもしろいということに対して、愛情を持ってその子の個性として慈しんでやるのか、それとも差別的に侮蔑の材料とするのかでは全然違うと思う。私は子どもたちが「障害児」の反応が変わっているために、興味を持ってからかうことを否定しない。人に興味を持つことはすばらしいことだから。興味を持ってからかうこともせず、ただ大人が言葉で「差別はいけない」と言っても、本当の意味で子どもは「障害児」と同じ人間としての対等な関係を作ることはできないだろう。

 絵本『はせがわくん、きらいや』で、「ぼく」は最後に「はせがわくんなんてだい、だい、だい、だい、だいっきらいや」と言う。しかし、「ぼく」はだいっきらいなはせがわくんをよく知っており、対等な人間として認めているのである。私もうわっつらだけのやさしさならいらない。大事なのは相手をよく知ることであり、知っていく過程から、その子が自分たちと同じかけがいのない命を持ったひとりの人間であることを感じとり、愛情を持って接することができるようになるのではないかと思う。

 きのう、私は彼らがF君や新1年生にいじわるをし、泣かせ、いくら話をしようとしてもまじめに聞かないので、ほんとうに頭に来ていた。F君を「シンちゃん」と言ったので……

 私:このあいだそんなふうに言わないでって言ったでしょ!
 H:なんで言っちゃいけないんだよ! 大人が言ってるんだろ!
 私:だから、大人が間違ってるんだから、あんたたちには言ってほしくないって言ったでしょ。
 H:大人が間違ってるんなら、おまえも間違ってるんだな。
 私:今の社会全体が間違ってると思ってる。「障害者」を差別してる社会が。私はそんな社会を変えたいと思ってる。
 H:おまえは正しいのかよ?
 私:全部正しいとは思わないけど、正しいと信じることをやるように努力してる。
 K:でもおまえもほんとは「気持ち悪い」と思ってるんだろ。
 私:私はそんなふうには思っていない。同じ人間だと思ってる。
 K:正しいと思ってもヤクザに殺されそうになったらやらないだろう?
 私:殺されたっていい。
 K:そんなこと、信じられるかよ!
 H:おまえだってFに「犬が来た!」とか言ってからかってるじゃないか。
 私:でも痛いこととか傷つけるようなことはしない。あんたたちのはひどすぎる。なんでいくら言ってもやめないのよ! やっていいことか悪いことか自分の頭で考えろ!
 H:考えたりしたらしらがになっちゃう。
 K:考えるなんてバカだよな。何も考えないほうがましだ。
 私:何も考えないなんて人間じゃない。
 K:おまえだっておれたちのこと、「人間じゃない」なんて決めつけるじゃないか! 「身体障害者」って言うのと同じだ。
 私:人間だったら考えろって言ってるの!
 K:(突然)やさしいことがなんだってんだ。やさしさなんかいらない。お金ちょうだい。1000円、100 円でもいいから。
 私:もう! おまえ一回泣かせてやろうか。
 K:おまえにおれが泣かせられるか! おれ、絶対泣かないよ。おれのこわさ知らないな。おれ、おこるとすごくこわいよ。
 私:知ってる。
 K:女になんか泣かせられるか!
 (中略)
 私:なにしろFや1年生泣かせるようなこともう絶対しないで。
 K:もししたらどうする?
 私:お母さんに言う。
 K:おれの一番弱いこと言われた。
 T:電話、切っちゃえばいい。
 H:家まで来るかもよ。
 K:おれの家、知らねえだろう。
 私:学校に聞けばわかる。
 K:わかった。もうしない。それでいいんだろう?
 私:私はお母さんに言うなんてこと、したくないんだよ。私の話をまじめに聞いて自分で考えてやめてほしいの。そのこと覚えといて。
 K:おれがやめてやるって言ってるのに、すなおに「ウン」て言わないのかよ。気にいらねえな。もうやめてやるもんか(と私にかかってくる)。
 私:自分で考えろ!
 K:やめてやるけど、お母さんに言われたくないからだぞ。それだけだぞ!

 彼らは私に対しても、この数日、けったりぶったりの乱暴なことをし続けていた。なんでそれほど乱暴をするのか? 『負けるな子どもたち!』でたいていのことは驚かずに受け入れられるようになっていた私だったが、この日はなぜかとっても悲しくて泣きたいほどだった。泣きたい気持ちと腹立たしい気持ちが入り交じって、気が滅入った。彼らともう口をききたくなかった。

 私が他の子とバトミントンをしていると、彼らはエバーマットという大きな厚いマットをすべり台にして遊び始める。これは普段禁止されている。彼らが他の子に「おまえもやれよ」と誘うので、私は「あんたたちが自分でけがするぶんにはかまわないけど、他の子にはやらせないで」とすごい剣幕で言う。

 K:ワタナベ、すごくおこってるでしょ?
 私:おこってる。もうあんたたちと口ききたくない!
 T:おれたちも口きくのやめようぜ。ワタナベなんか無視しよう。
 しばらくして彼らが片付けないで出て行こうとするので、「片付けろ! すぐやれ」と言うと、K君は「急にこわくなった」と言いながら、「片付けようぜ」と言ってすぐに片付けたのだった。

 この日、新1年生で「原因不明の発達遅滞」の子が初めて彼らと顔を合わせた。彼らはすぐに彼(A君とする)のところへ来て、「この子、シンちゃん? 何才? 」と聞く。A君ははっきりしない言葉で答える。

 K:この子しゃべれないの? シンちゃんかよ
 私:病気でまだうまくしゃべれないの。でもだんだんにじょうずになるよ。
 K・T・H:「ろくさい(6才)」だろ。「ろくさい」! (と大声で言う。その他、名前を聞いたりして、それも聞き取れないと私に聞き、大声で教える) 私:あんたたちが教えようとする気持ちはわかるけど、急にはできないからあんまり大声で言わないで。こわがってるよ。

 他の子が紙飛行機で遊んでいたのをA君がほしがったので、私が作ってやると、H君が取ってしまい、「返せ」と言ったら破いてしまった。K君はそれを見て「おれが作ってあげるよ」と作ってくれたのだが、なかなか渡してくれず、からかっておもしろがっているのだ。でも最後には渡してくれたので、私は「どうもありがとう」と言った。

 それから折り紙をいろいろ見せて、「これは何色?」と聞いて、はっきり答えられると、「言えるじゃん」と言い、発音が聞き取れないと、「みどり」「みどり!」などと大声で教えていた。

 A君にとってはきつすぎる刺激だろうけど、彼らが来なければ、これほどまでA君と関わってくれる子はいないから、私は彼らに感謝した。さっきの悲しい気持ちはだんだんに薄らいでいった。

 A君はずっとアメリカに住んでいたので、英語ならわかるかもしれないと、彼らはローマ字のスタンプを持ち出して押して遊んでいた。私も一緒に遊んだので、 K:おまえ、もうおこってないの?
 私:おこってないよ。
 K:なんでおこるのやめたの?
 私:おこるのあきちゃった。
 K:おれたち、仲直りしたな。仲直りの印! (と私の顔にスタンプを押してくる。まったく!)

 次の日
 K君たちは私とA君がボール投げをしているところに来て、ちょっかいを出す。 私:(A君が何か言うので)いやだって。やめてよ。
 T:わたなべ先生、好き?
 A:××(はっきり聞き取れない)
 K:なんて言ったんだ? わたなべ先生、好き?
 A:××
 K:なんだって?
 私:「好き」って言ったんじゃない? 「きらい」だったら「×××」って音がみっつになるもん。
 K:わたなべ先生、好き? 好きだったらこっちの手、きらいだったらこっちの手たたいて。
 A:(「好き」の方の手をたたく)
 T:好きだって!
 私:このお兄さん好き(とK君を指して)?
 K:好きだったらこっちの手、きらいだったらこっちの手。
 A:(「好き」の方の手をたたく)
 (その他いろんなことをその方法で聞いて)
 K:おれたちと遊びたい?
 A:(「遊びたい」の方の手をたたく)
 K:遊びたいって!
 私:A君、トイレは?
 A:××
 K:トイレに行きたかったらこっちの手、行きたくなかったらこっちの手。おしっこしたかったらこっちの手、したくなかったらこっちの手。
 A:(「トイレに行きたい」の方の手をたたく)
 (A君はトイレに連れて行かないとおしっこをもらしてしまう。この時はすぐに連れていき、間に合った)
 私:K君のおかげだ。トイレに間に合った。いい方法、考えついたね。これから使わせてもらおう。ありがとう。
 
 K君のおかげでこの日は一回もおしっこをもらさなかった。私はうれしかった。大人の私はA君の言葉を聞き取ろうとそればかりに一生懸命だったけれど、子どものK君は違うやり方で意思疎通の方法をごくごく簡単に見付け出したのだった。K君はそれからもA君に乱暴なことをして、私に「やめろ!」と言われていたのだけれど、そんなことが何だっていうのだろう! K君はA君の気持ちを聞き出す方法をいとも簡単に発見したのだ。私はうれしい!

 A君は友だちの中に入りたいという気持ちは十分に持っているのだが、今はひとりでボール遊びをしていることが多い。1、2年生はまだ自分たちで遊ぶことで精一杯でA君に目を向けることは少ないが、3、4年生は興味を持ってちょっかいを出したりしている。A君をめぐって子どもたちがどんな関係を作っていくのか私は楽しみにしている。
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by lumokurago | 2011-05-08 20:25 | 昔のミニコミ誌より