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カテゴリ:JANJAN記事( 68 )


「つくる会」歴史教科書を採択した杉並―区議会は教科書採択に良識を示せるか

JANJANに書きました。来年また中学校の教科書採択があります。杉並は全国で使っている扶桑社版教科書の約半数を使っているので、杉並で採択させなければ、「つくる会」に大きなダメージを与えることができます。が・・・。
「つくる会」歴史教科書を採択した杉並―区議会は教科書採択に良識を示せるか

 東京都杉並区教育委員会は2005年8月の中学校教科書採択で、全国で0.39%の採択率だった「新しい歴史教科書をつくる会」(扶桑社版)の歴史教科書を採択しました(他に、栃木県、愛媛県、東京都、滋賀県などの一部で採択)。杉並区での採択は、山田宏区長を司令塔とした違法な官製談合によって行われたもので、区民から裁判が起こされ、係属中です。杉並区は全国で使われている扶桑社版教科書4000冊余りの約半数を使っているため、杉並区で採択されたことは、非常に大きな意味があります。

「全員納得」から多数決での採択に変更

 来年2009年には、また中学校の教科書採択があり、それに向けて杉並区は卑劣なやり方で準備を進めています。まず、今年行われた小学校の教科書採択で採択方法を変更してしまいました。従来、教科書採択では教育委員が意見を述べ合い、全員が納得できる教科書を選んでいました(「つくる会」教科書のみ多数決で採択されました)。ところが、今回は最初に教育委員5名に紙を配って投票させ、その結果を集計してから話し合いを始めたのです。このやり方は東京都教育委員会のやり方を踏襲したもので、話し合って全員が納得できる教科書を選ぶという方法を捨て、多数決によって決める方法に変更したということです。どちらがより民主的かは言うまでもないでしょう。

 この変更を、教育委員会は傍聴者のいない秘密会議で決め、区民が異議を申し立てても、教育委員会会議規則に則ったもので、採択方法を変えたということではないと答弁していますが、来年の中学校教科書採択に向けた変更であることは明らかです。

区長が指名した教育委員候補者の経歴

 次に、山田宏区長は9月末で任期の切れる教育委員に代えて、「つくる会」支持の教育委員を任命しようとしています。教育委員は区議会の承認を経て区長が任命することになっています。今議会で議員に打診のあった新教育委員候補K氏は、特別顧問に中田宏横浜市長、山田宏杉並区長、上田清司埼玉県知事らが名前を連ね、理事には高橋史郎氏の名前も見える日本政策フロンティアという団体の協力団体である、盛和会という起業家養成塾の卒塾生。現在経営している会社の中心業務は、ネットカフェなどへのアダルトコンテンツの配信です。2005年の衆院選に民主党公認で栃木3区から出馬して落選、2007年には栃木県会議員選に出馬して落選しています。その合間に、杉並区で地域運営学校の運営委員などになっていますが、選挙のためにすぐに退任しています。

 K氏は自身のブログで、「教育勅語の復活」「道徳教育の強化」「首相の靖国参拝は必要」などと表明しており、「つくる会」と同じ思想の持ち主であることが明らかです。山田区長はK氏について、選挙に出たことやアダルトコンテンツ配信の会社を経営していることなどを隠ぺいして区議会に提起、その上、議員が検討する十分な時間を取らず、1週間もしないうちに議決しようとしました。区議会無視の強引なやり方です。

区長の議会無視に良識示した区議会

 これに対して、区民有志は山田区長に抗議し、K氏は教育委員にはふさわしくないと議員へのロビー活動を行いました。区議会は与党会派が率先してK氏は教育委員にふさわしくないと判断し、区長は数日でK氏を候補から取り下げました。野党議員はもちろん、自民党系、公明党、民主党の議員が良識を働かせて、区長の横暴をストップし、区議会の役割を果たしたのです。

 山田区長はしかし、次もまた「つくる会」の思想の持主を候補とするでしょう。それに対して区議会はどう対処するのでしょうか?。

 杉並区で扶桑社版教科書を使った第1期生は今年度受験を控えていますが、他ではどこもこの教科書を使っていないので、参考書や塾の勉強、模擬試験などはこの教科書を無視しており、苦戦を強いられています。子どもたちのためにならない、誤った歴史観に基づく恥ずかしい教科書を来年は採択しないよう、特に与党系の区議会議員が良識を働かせてくれることを期待しています。

◇ ◇ ◇
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by lumokurago | 2008-09-26 12:37 | JANJAN記事

「アッシュ・ウールソンさんに聞く―私が見たイラク戦争」

JANJANに書きました。アメリカの若者ががんばっていると思うと、勇気が湧いてきます。そして涙が出てきます。
「アッシュ・ウールソンさんに聞く―私が見たイラク戦争」

 9月17日、東京都世田谷区で「今とこれからを考える一滴の会」主催の「アッシュ・ウールソンさんに聞く―私が見たイラク戦争」と題する講演会が開かれました。アッシュ・ウールソンさんは26歳、戦争に反対するイラク帰還兵の会で平和活動を行っています。
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日本列島を縦断して61回の講演

 アッシュさんは8月4日に来日、憲法9条・メッセージ・プロジェクトの柴野徹夫さん、通訳の若い女性2名と共に夏休みを返上して、日本列島を縦断しながら講演を行ってきたそうで、今日で61回目、明日アメリカに帰るそうです。日本に来るのは2度目、前回は9条ピースウォークに参加し広島から幕張まで歩き通したとのことでした。彼は日本に来たのは憲法9条を守るためと言い、日本政府は9条を廃止し元のように戦争ができるように戻したいと思っていて、数年後には国民投票が行われるだろうが、9条があるおかげで日本は第二次世界大戦以来、戦争には加担していないし誰も亡くなっていない、9条はみなさんやみなさんの大切な人を戦争に参加することから守ってくれると訴えました。

 アッシュさんは、大学に行って勉強したかったから学費を払ってくれる軍隊に入るしかなく、1999年州兵に志願して入隊したそうです。正規軍の兵士は年間300日の訓練を受けるが、州兵は年間30日、災害救助などの訓練を受けるだけで、外国に派遣されることはないと思っていたのに、米軍がアフガニスタンやイラクに介入したため兵士が足りなくなり、突然行先も知らされずにイラクに派遣されたそうです。イラクに行くまでは正当な戦争もあると思っていたが、イラクでの体験から戦争は決して正当化されるものではないことに気づき、平和活動をすることにしたそうです。以下、メモをもとにアッシュさんのお話を起こしてみます。

アメリカによって作りだされた内戦

 僕たちはアメリカが行ってきた戦争は正当な軍事介入であると学校で教わりました。原爆は戦争を終わらせるために必要だったと教わり、真珠湾攻撃への仕返しとして正当なものだったと信じていました。でも人を殺すことは間違っています。アメリカは民間人を10万人も殺したのです。国連はイラク侵略を認めていないし、イラク政府は撤退を要求しています。それなのに5年経っても米軍、連合軍は不法な占領をつづけ、日本に戦争の準備をしろと圧力をかけています。

 イラクではアメリカによって作り出された内戦が続いています。イスラム教徒スンニ派とシーア派はアメリカが侵略するまでは、同じ地域に共に暮らし、結婚することも自由でした。アメリカは新イラク政府を作り、すべての権力をシーア派に与え、スンニには与えず、イラク軍、警備軍も作り、勢力をすべてシーア派に与えスンニ派には与えませんでした。シーア派にはイラン出身者が多く、スンニ派はもともとイラクの人が多いのですが、アメリカがシーア派に権力をすべて与えたため、スンニ派はこのままでは自分の国を失ってしまうと考え、アメリカ軍や連合軍を激しく攻撃するようになりました。

 しかしスンニ派はこのままでは自分の国を取り戻せないと悟り、政策を変えることにし、米軍を攻撃するのをやめ、アメリカと協力して、資金や武器をもらって、共通の敵であるアルカイダを攻撃すると約束しました。米軍は8万人ものスンニ派の軍隊を作り上げました。そしてスンニ派はアルカイダだけでなくシーア派も攻撃するようになったのです。アメリカはイラク支配のため、シーア派、スンニ派の両方に資金や武器を援助し、お互いを戦わせているのです。今までにイラク人の100万人以上が亡くなり、500万人が難民となりましたが、周辺諸国は難民の受け入れを拒否しています。イラクの美しい子どもたちが簡単に手に入るはずの薬を手に入れることができず、コレラのような病気で毎日亡くなっています。イラクの失業率は、侵略前は27%だったのに、去年は60%まではねあがりました。

 イラクの人々が自分の国を取り戻すこと、食べ物を手に入れること、安全に学校や仕事に行くことをどれほど切実に願っているかがおわかりになるでしょう。彼らはアメリカに対して戦っています。みなさんはテロリストと思っているかもしれませんが、自分の国を取り戻すために戦う権利はあると思います。

 僕がイラクにいたのは今ほど悪化していないまだ穏やかな時で、戦争はすぐに終わるだろうという希望を持っていました。僕が話すのは占領者の視点からの話で、それもたった1年だけのものです。イラクの人々は毎日そのような危険な状況にこの5年の間生きています。

 ある日の任務は前日に軍用車が8歳の少女とヤギをひき殺した件で、その家に行き賠償金を支払うことでした。家族が仕返ししてくるかもと恐れていたので、4台の車で14人の兵士で向かいました。その家に着いて、周りを包囲しました。貧しい一家で、子どもは靴もはいていないし、泥でできた一室に家族と動物が暮らしていました。主人が勇敢にもこちらに歩いてきて、子どもをひき殺した相手に「こんにちは、平和があなたと共にありますように」と言いました。僕は上官と通訳を守る任務だったので、銃を構えていました。話し合いは15分で終わり、少女に100ドル、ヤギに200ドル支払いました。少女の値打ちはヤギの半分で、少女はこの先生きていても100ドル位の値打ちだろうと換算したからです。軍隊は少女が人間であることなど気にしていませんでした。

帰還兵の苦悩

 イラクから帰国して、戦争を体験したことで自分の人生があまりにも変ってしまい、以前の自分には戻れませんでした。自分の現実と周りの人の現実があまりにも違うのです。帰還兵が再び日常生活に戻ることは非常にむずかしく、ほとんど不可能なほどです。ベトナム帰還兵は40年以上経っているのに、いまだに悪夢にうなされ、元の自分に戻れないと話しています。アメリカのホームレスの3分の1は帰還兵と言われています。ひどい精神状態で帰ってくるのに政府は何の補償もしないからです。ほとんどの帰還兵がPTSDやひどいうつで自殺未遂し、ほとんどの結婚は失敗し、仕事につくこともできないのです。1日平均17人の自殺者が出ています。

戦争で大儲けする大企業とつながるアメリカ政府

 イラクの人々のほとんど全員がみんな何かを失っています。兵士たちも同じです。誰も利益を得ないのにどうして戦争が続いているのだろうかと3、4年間考えていました。もっと早く気づくべきだったのです。なぜなら答えはすごく簡単だったから。答えは大儲けしている大企業の人間の貪欲な心です。アメリカ経済は落ち込んでいるけれど、石油産業やハリバートン社という民間軍事会社など戦争加担企業は大きな利益をあげています。

 ご存じの方は少ないかもしれませんが、アメリカは民間軍事会社を雇って戦争を悪化させています。多くの民間軍事会社の兵士が戦っています。みなさんに戦争で大儲けする大企業とアメリカ政府の深い結びつきについて知ってほしいと思います。ブッシュ大統領一家は石油産業で大儲けし、テキサスに3つの石油会社を持っています。今、これらの石油会社はすべて破産しました。アメリカ経済も破綻への道をたどっています。副大統領チェイニーは副大統領就任までハリバートン社の最高責任者でした。現在でもハリバートン社の株を何百万ドルも所有しています。ライス国務長官も長年石油会社に貢献し、彼女の名前の石油タンクもあります。これはほんの一例にすぎません。これらは新しいことではありませんが、マスメディアは報道しません。みなさんに知られないよう隠しています。

 戦争が起きるのはこれらの貪欲な人々のせいだということを知って、仕事をやめ、平和活動家になって質素に暮らすことを決心しました。これ以上人を殺してほしくなかったからです。

武力で平和を築くことはできない

 僕は自分が経験したイラク戦争やアフガニスタンへの介入に反対していましたが、平和とは何かはよくわかっていませんでした。日本で9条ピースウォークに参加し、毎日歩き、平和について語ることで、自分自身にとって、世界にとって、平和がいかに大切かを理解することができました。

 武力で平和を築くことはできないと信じています。なぜならば、平和をもたらすために長い間多くの戦争が起こっていますが、いまだに戦争はなくならないからです。何度同じ間違いを犯さなければならないのでしょうか。幼稚園でも暴力はいけない、話し合いで解決をと言われるのに、国と国のことになると暴力が認められています。イラクやアフガニスタンで起こっていることは一つの症状であって、根っこは国と国とは武力によって問題を解決していいんだという考え方です。それがある限り症状は出てくるのであって、症状をどうするかよりも、病気はこれなんだと世界に示すことが必要です。

 アメリカだけが問題なのではなく、欲を持った大国が支配することを止めなければと思っています。どうやったら止められるのかわからないという人もいますが、止める努力をするしかないと思います。僕は日本国憲法第9条こそ世界平和への道だと信じています。9条は日本の人々だけのものではなく、世界の人々のためのものです。それを守ることのできるのは日本のみなさんだけです。日本で守るだけでなく、多くの国に広げ、9条を取り入れてもらうことを願っています。今日、明日、僕たちや子どもたちの時代にそれが実現できるかはわかりません。でも、僕たち一人一人が心に平和をもち、信じて行動していけば、いつか世界平和を実現できる時がくると信じています。

筆者の感想

 アッシュさんは最後に、死にそうなほどの強行軍だったと冗談交じりに企画・同行した柴野さんに苦言を呈して(?)いました。1日に2回の講演を行った日も多いようです。アッシュさん、通訳のみなさん、柴野さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。アメリカでこんなすてきな若者ががんばっていると知って、心から勇気づけられました。柴野さんによればアッシュさんは夜、熟睡できていないそうです。イラク帰還兵のみなさんに、少しでも平穏な日々が訪れますよう、陰ながら祈っています。そしていつの日かすべての戦争をなくすために、自分のできることをやりつづけていきたいと思っています。
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by lumokurago | 2008-09-20 17:36 | JANJAN記事

「表現の自由」と高額訴訟-フリージャーナリストへの「口封じ」攻撃

「表現の自由」と高額訴訟-フリージャーナリストへの「口封じ」攻撃をJANJANに書きました。原稿を読んでくれた主催者から「実に見事にまとめてくれてうれしい」と言われ、うれしかったです。

こんなえげつないことが行われています。この国の「表現の自由」「言論の自由」は風前の灯です。みなさんのまわりにもどんどん広めてください。

*****以下、記事です。

 東京の岩波セミナールームで、「『表現の自由』と高額訴訟――フリージャーナリストへの『口封じ』攻撃」という講演会が、7月23日開かれました。最近、情報提供者やジャーナリスト個人を相手に高額な損害賠償訴訟を起こし、黙らせようとする策動が相次いでいます。

 マスメディアが知らせない、深刻な「表現の自由」の危機を手作りの集会で知らせようとするもので、JCJ(日本ジャーナリスト会議)出版部会+出版労連の7月例会でした。

高額訴訟の特徴と問題点

 まず、田島泰彦氏(上智大学教授)が高額訴訟の特徴と問題点について問題提起を行いました。

 田島氏は、最高裁の住基ネット合憲判決やNHK番組改編裁判の判決を例に挙げ、最近の裁判所は本来の役割である人権や表現の自由を守るのではなく、権力に追随し、規制、抑圧する側に回っている、と指摘しました。

 NHK番組改編では、最高裁が表現の自由の名の下に、現場を無視して政治家やNHK幹部が何でもやっていいと認めてしまったにも関わらず、翌日の各紙社説はそれを正しい判断としていた。マスコミは既に「癒着」状態を超え、権力と一体になっているに等しいと述べました。また、裁判員制度も、裁判員の保護という名目で報道が規制され、取材・報道の自由に重大な制約がもたらされ、すべての状況が表現の自由からかけはなれた方向へ動いている、と分析しました。

 損害賠償で高額判決が続出するようになったのは2001年春頃からで、従来から損害賠償の額はこれでいいのかという議論はあったが、高額判決は自民党の「報道と人権等のあり方に関する検討会」報告書(1999年8月)を直接のルーツとし、メディアに対して制裁を加えるという意味で意識的になされてきた、ということです。

 検討会報告書は、アメリカなどと比べて高額化を唱えているが、アメリカと日本では表現の自由の範囲が天と地の違いほどあり、アメリカの損害賠償額が高額であるのは懲罰的損害賠償があるからで、日本とは前提条件が違うと指摘しました。

 政治家を含む著名人はいわば「公人」の類であるが、彼らに訴えられるジャーナリスト個人の裁判が増えてきていて、弁護士費用、訴訟費用、裁判にとられる時間や労力が過重な負担となっているそうです。今のメディアがかなり駄目になっている中、こういう人たちがジャーナリズムを支えているのに、このような弾圧がかけられ、今後どうなっていくのか、表現の自由の危機であると訴えました。 次に裁判に訴えられたジャーナリスト3人から、お話がありました。

731部隊と御手洗富士夫会長

 斎藤貴男さんは去年の10月に「週刊現代」で、キヤノンの御手洗富士夫会長(経団連会長)についての記事を連載、斎藤さんが1億円、版元の講談社が1億円、総額2億円の損害賠償請求を起こされたそうです。

 何を書いて訴えられたのかというと、キヤノンの創業者と信じられている御手洗毅さんについてで、1つはこの人は創業者ではなく、他の人の作った会社に出資して、いつのまにか創業者だとされたこと、2つ目はこの御手洗毅さんは産婦人科医だったが、博士論文のテーマが妊娠しているウサギに毒ガスを吸わせるとどうなるかで、その論文の指導教官に「731部隊」の関係者がたくさんいたという事実を書いたこと、だそうです。

 このことは100%真実なので、争いようがなく、相手側が言ってきたことは、タイトルが「731部隊と御手洗富士夫会長」という、ただ「と」でつないだだけというつまらないタイトルなのに、それが気に食わないということと、731部隊の写真とキヤノンの工場の写真が並んでいるのが気に食わないということだそうです。

 これは編集部の責任なので、弁護士はこの訴訟に斎藤さんは関係ないのではないか、と言っているそうです。斎藤さんは2億円もの損害賠償を訴えられたので、いろんなところから取材に来るんじゃないかと思って期待していて、せっかく見つけた御手洗毅さんの論文を渡すか渡さないか考えていたのに、全くの取り越し苦労だった、この国のメディアは99%、ダメになっている、と無念さを語りました。

 ある地方紙で、秋葉原の通り魔事件に関連して格差社会について書いた斎藤さんに、社会があんまりひどいとこういうことになるという趣旨で書いてほしいと言ってきたので原稿を書いたところ、地方紙の上層部からそういう記事は事件を正当化することになる、とクレームがついて掲載されず仕舞いになったそうです。

 事件の起こった当時は、派遣労働などの事件の背景についても報道されていたのに、その後、加藤容疑者が悪い、親が悪い、ということになった。しかし、加藤容疑者を追い詰めた社会の問題を考えなければ第2、第3の加藤容疑者が必ず出てくる。財界や政府におびえきっているジャーナリストというのは何なんだろう、と斎藤さんは嘆きました。

何とか黙らせようとする、こじつけ裁判

 次に黒薮哲哉さんが話しました。 黒薮さんは読売新聞社から2件で訴えられていて、その背景から語り始めました。新聞の「押し紙」問題です。

 日本全国の新聞販売店に搬入される朝刊の部数は約4500万部ですが、このうち、少なからぬ部分が配達されないまま破棄されているのですが、このような新聞は、(新聞社が販売店に「押し売り」しているのも同然なので)「押し売り」に引っ掛けて「押し紙」と呼ぶそうです。

 1977年に初めて調査した時には8.3%の「押し紙」があり、2000年頃にあった読売新聞の販売店からの内部告発では、店で扱っている4000部のうちの2000部が「押し紙」だったそうです。2004年だったかに大阪で裁判を起こし、5000部中2000部~3000部が「押し紙」で、これは裁判所も認めたそうですが、こういうひどい実態が、このころから始まっているそうです。

 こんなに「押し紙」を押し付けられて、なぜ販売店が倒産しないかというと、折り込みチラシ部数の水増しをやっているからだそうです。つまり、新聞社はチラシの水増し収入を販売店から吸い上げていることになり(販売店は新聞を卸値で新聞社から買うので)、さらに、チラシの水増しでも「押し紙」の損害を相殺できない場合、それを補てんするために“補助金”が払われているそうです。

 言い換えれば“補助金”を投入して「押し紙」を買い取らせ、部数をカサアゲする意味もあるということで、暴露されると大問題になるので新聞社は「(新聞社が押し売りしているのではなく)販売店が好んでやっている」という言い方をして言い逃れているそうです。

 読売新聞はこういうやり方をやってきたのですが、昨年11月に久留米文化センターという販売店が、2010部中997部が押し紙だったので、減らしてくれと、弁護士さんを通じて減らしてもらったら、年が明けていきなり店をつぶされたそうです。

 読売新聞はその場で、廃業通知を読み上げてつぶし、同時に翌日の折込用チラシを持ち去ったそうです。 この事件を黒薮さんはご自分のHPに、店をつぶして勝手にチラシを持ち去ったのは窃盗に当たると書いたら、持ち去ったのは自分たちではない、それは関連会社の社員がやったことで、自分たちが持ち去ったと書いたのは名誉毀損だと訴えられたそうです。

 もう1つの裁判は、黒薮さんが読売新聞販売店の取材中に手に入れた「催告書」をご自分のHPに載せたことを「著作権侵害」としたものだそうです。著作権法にいう「著作物」とは、「思想又は感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項)」と定められており、「催告書」がこれに当たるとは思えず、結局、なんとかして自分を黙らせようとしているのだ、と黒薮さんは述べました。

言論に対するテロ行為

 3人目の烏賀陽(うがや)弘道さんは、自分の場合は前の2人と全く違って、自分で1文字も書いていないのに、高額訴訟を起こされたと話し始めました。

 雑誌「サイゾー」の編集者からの電話取材に答えたコメントに対して、オリコンから5,000万円の高額訴訟を起こされたそうです(詳しくは、関連記事)。しかも、事前に原稿を見せられた時に掲載を断ったのに、載せられてしまい、出版社や編集者は訴えられず、コメントしただけの烏賀陽さん1人が訴えられたそうです。

 ということは、烏賀陽さんが自分の貯金をはたいて弁護士を雇わなければならないし、裁判に時間を奪われ、生活を破壊されてしまったそうです。 こんなバカな訴訟を東京地裁が受理するわけはないと思っていたが、裁判が始まり、7回の口頭弁論を経て、今年の4月、オリコンの名誉を棄損したとして、100万円払えという判決が出てしまったそうです。

 烏賀陽さんは、ジャーナリストが自分の書いた記事によって訴えられるのは、まだしも、取材を受けた人間がこのように訴えられるというのは、恐ろしいことだとし、例えば一般市民が街頭を歩いていてNHKや新聞にインタビューを受け、「キャノンの偽装派遣は問題だ」と言っただけで、名誉毀損で訴えられ100万円払えという判決が出ることもありうる、と話しました。これは9.11に匹敵する言論に対するテロ活動であり、4.22と呼んでいるそうです。

 オリコンは烏賀陽さんが謝罪すれば裁判を取り下げるとしたそうで、烏賀陽さんは民事訴訟を装った脅迫である、と指摘しました。当然、控訴していますが、高裁では地裁で審理は尽くされている、として1回で審理を打ち切ってしまう可能性が高く、最高裁で審理がやり直される可能性はさらに少なく、このまま1審のむちゃくちゃな判決が確定してしまうかもしれない、と危機感を募らせていました。日本の裁判は、3審制ではなく実は1審制ではないかと、最近、初めて分かってきたとも言っていました。

 この判決が確定すれば、企業を批判したりすると、すぐに狙われることになり、その意味でこの裁判は、一般市民に対する言論脅迫という意味を持っている、大変なことなので、今日の話を聞いたみなさんはできる限り、ブログなどで広めてほしい、と述べて締めくくりました。

筆者の感想

 斎藤さんもおっしゃっていましたが、経団連会長や読売新聞、オリコンなど、金も力も持っている側が、一介のジャーナリストを訴えるのは「ルール違反」ではないかと思います。金も力も持っている者は、従来もっとおおらかで堂々としていたのではないでしょうか。

 さらに、裁判所が弱者の正義を守るのではなく、金も力も持っている者に加担するのは本当にひどい話です。筆者は訴訟を起こしていますが、裁判所は金も力も持っている者の不正にお墨付きを与えることの方が圧倒的に多いため、裁判所は税金の無駄遣いで、ない方がましだと思うことがしばしばあります。しかし、黙っているわけにはいかず、なんとかして裁判所の体質そのものを変えていかなければならない、と思っています。
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by lumokurago | 2008-08-14 21:27 | JANJAN記事

三鷹高校校長が東京都教育委員会に公開討論を要求

三鷹高校校長が東京都教育委員会に公開討論を要求

 2006年4月に東京都教育委員会から出された「職員会議において職員の意向を確認する挙手・採決の禁止の通知」(以下「通知」という)の撤回を求めている東京都立三鷹高校校長・土肥信雄さんが、8月4日、応援する有識者と共に都教委に対して公開討論に応じるように要請し、都庁記者クラブで記者会見を行いました。

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 右から土肥校長、藤田英典さん、尾木直樹さん、勝野正章さん、石坂啓さん 土肥校長は都教委の通知に対して2007年11月の校長会で撤回を求めましたが、納得のできる対応がなかったため、今年7月10日、公開討論を要求しました。残念なことに都教委からは応じられないと連絡があったため再度の要請とのことです。

 土肥校長は自分の信条は基本的人権の尊重と平和主義であるとし、中でも言論の自由は社会の発展、活性化に必要な民主主義の基本であり、教育現場において尊重すべき重要なものであるが、都教委の「通知」は言論の自由を奪うものであると述べました。
 
 土肥校長は都教委に、お互いに生徒のため、東京のため、日本のためを思って教育活動を行っているのだから、公開討論の場で意見を述べ合い、都民、国民にどちらの意見が正しいか判断してほしい、都教委への支持が多ければ、自分は素直に都教委の意見に従うとしました。ちなみに三鷹高校では「通知」を守り、挙手・採決は一切行っていないとのことです。

 それから応援にかけつけた4氏からの訴えがありました。 藤田英典さん(国際基督教大学教授)は土肥校長に全面的に賛同するとし、近年の都教委の施策は教員の思想良心の自由や努力鋭意を抑圧するもので重大な危機感を抱いていること、教員の意向を知ることは学校運営に必要であり、校長の権限を弱めるものではないと述べました。

 尾木直樹さん(教育評論家)は土肥さんが謙虚で共に考えていこうという姿勢を持っていることに共感したとし、自分は中立を守る評論家としてこういう場にはめったに顔を出さないが、今回は同席したと述べました。そして最近の都教委のやり方が教員に対して抑圧的なので、東京都の教員採用試験の受験倍率が他県に比べてきわめて低いと指摘しました。都教委の閉鎖性やヒエラルキーは大分県教委の汚職に通底するものがあり、なんらのチェックもなく、民間企業ならとうにつぶれていると痛烈に批判、都民は重大な課題を抱えていると述べました。

 勝野正章さん(東京大学准教授)は、現職の校長が指摘している重大性に触れ、公開討論は意義深いことであり、専門家だけの問題ではなく、生徒を含むいろんな人が社会的対話をする必要がある、また都教委には説明責任があると述べました。

 石坂啓さん(漫画家)は母親としての立場から、都教委の「通知」は親にはあまり知られておらず、素朴に「なぜ?」と思うこと、子どものため、学校のためではないと思うと述べました。萎縮した大人というのは子どもにとってどう映るのか、弊害を受けるのではないかと疑問を呈しました。

 それから記者の質問に答えて、土肥校長が次のように述べました。「挙手・採決の禁止」の意味は教員が意見を言うこと自体はよいが、全員に賛成・反対を聞いてはいけないという意味である。しかし、意見を言える人はよいが、全員なかなか発言できないので、全員の意向を聞きたいと思っている。以前は職員会議が最高議決機関だったが、現在は校長の補助機関という位置づけである。全員が反対でも校長の判断で決定することもある。

筆者の感想

 筆者は以前行われたこの問題での都教委事務局との交渉に参加した時、この「通知」が東京都教育委員会の教育委員によって作られたものではなく、教育委員会事務局のお役人によって作られたものであり、教育委員はそれを「承認」しただけであることを知って驚きました。というのも悪名高い「都教委」とは石原都知事の任命した5名の教育委員のことだと思い込んでいたからです。とんでもありませんでした。都教委事務局のお役人は教育委員(さらには石原都知事)の上意を忖度してこのような「通知」を考えついたのでした。

 この構図は「つくる会」教科書を採択した杉並区でも同じです。教育委員の過半数が「つくる会」支持というだけでは採択は不可能でした。教員や区民の意見を軽視するよう要綱を改変、「つくる会」教科書の評価が低かった教員による教科書調査報告書を書き換えさせました。教育委員会事務局は「つくる会」支持の山田宏区長の上意を忖度して、「ははあっ」と平身低頭、一丸となって最も評価の低かった「つくる会」教科書採択への道筋をつけたのです。 彼らが「つくる会」支持とは思えないのに、子どもたちに誤った歴史観を持つ教科書を押し付けることをも厭わず、どうしてそこまで保身に徹するのでしょうか。

 今回の「通知」にしても、お役人の保身のために学校から言論の自由を奪ってよいとはとても思えません。そして、こんなに明らかな言論の自由の抑圧に対してたった一人の校長しか立ち上がらず、他の全員は保身に徹しているというのもいったいなんなのでしょうか。その校長たちが子どもたちのことを少しでも考えているとは思えません。これは役人や校長のみならず、裁判官も同じです。なぜこんなふうに誰もが保身のみを考え、上意を忖度するようになってしまったのでしょうか。

 都教委は公開討論に応じるとは思えません。最低の話し合いすら成り立たないこの国に民主主義はあるのでしょうか。
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by lumokurago | 2008-08-06 14:50 | JANJAN記事

与えているより与えられている方が大きい―「OKバジ」のネパール支援

与えているより与えられている方が大きい―「OKバジ」のネパール支援

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 垣見一雅さん

 7月19日、東京杉並のゆうゆう荻窪東館にて、「OKバジ」こと垣見一雅さんのお話がありました。垣見さん(69歳)は元英語教師、1993年より単身ネパールに住み、現地の支援活動を行っています。垣見さんの許可を得て、当日のお話と「いきいきフォーラム2010」発行のブックレット「与えているより、与えられている方が大きい」より、記事をまとめました。

始まりは恩返し

 始まりは1988年にエベレストを見に行ったことからです。すっかり気に入って、毎年見に行くようになりました。1990年、アンナプルナのベースキャンプで雪崩に遭いました。運よく私は助かったのですが、15m後ろにいた私の荷物を担いでくれていたポーターさんが行方不明になり、7ヶ月後に遺体で見つかって、非常に申し訳ないという思いになりました。その後、一緒に雪崩にあった友人の部落に住み始め、そのままネパールに住み着き、1994年、今度はバスが谷に転落し、肋骨を6本折るという大怪我をしました。その時また大勢のネパールの人にお世話になり、恩返ししたいという気持ちになりました。

 始めに住み着いたのはカトマンズから東に250km離れたパルパ県のドリマラ村です。ここを拠点に東パルパ地方を村人に問題を聞いて歩き回りました。ここを15年支援し、自立したので、今は他の部落に行っています。 

学校に通うための支援

 15年前は学校に行っている子どもたちは50%でした。自分たちは学校に行かずとも生きてきたよ、という親の無理解のせいです。NGOなどが入ってそれでは貧困から抜けられないと教えていって少しずつ変わってきました。奥の方の村では、普段はネパール語が通じているのですが、話し合いとなるとネパール語がわからないのかというほど、人の意見を聞いておらず、それぞれが勝手に言いたいことを言っています。教育がないということは言葉も理解できないということなのです。人の意見を聞いたり、相手に伝えるために順序だてて話せるようになるのも教育の力なのです。

 5年生までは1時間以内のところに学校がありますが、6年生になると、学校が遠くなり、1時間半、2時間かかるので、行けなくなって、ある程度お金に余裕のある家は下宿させますが、そうでない家の子はインドに働きに行ってしまいます。6年生から8年生が中学校に当たります。9年生、10年生になると学校に行ける子どもはもっと少なくなります。

 10000円あれば、月に2%の利息がついて200円できます。これで2人の子に奨学金が出せます。お金をあげると父親は酒、母親は米を買ってしまうので、年1200円を2回に分けて、600円分ずつ現物支給で渡しています。制服、ゴムぞうり、ノートなどです。ノートが10円か20円、鉛筆は4円、ボールペンは10円です。東パルパ地方に250人ほど奨学生がいます。

 きょうだいの中で男の子にお金をかけるので、上の学校に通う女の子は非常に少ないです。女性のためのプログラムを組んで女性リーダーを育てようとしています。必ず村に戻って女性の地位向上のために働くことを条件にしていますが、町に出るとカトマンズの人と結婚してしまうことが多く、村の人と結婚しろとも言えず、むずかしいです。しかしネパール全体としてそういう女性が増えればいいということでやっています。

 1990年にビネンドラ国王一家が全員殺されて、国王は国民に政治を任せるということで議会政治が始まり、15年続きましたが、その政党がたいしたことができず、マオイストが登場しました。今年の5月28日に王制を廃止し、民主共和国に移行しました。今まで政治が国民を向いていなかったので、これからが楽しみです。外国の支援が入って40年になりますが、草の根まで届いておらず、「これが日本の支援だ」というものは一つも見たことがありません。どこかで消えてしまうのです。

障害者と病人への支援
 
 村を回っていると、貧しくて医者に行けない障害者と病人が悲惨な状況で暮らしています。国全体のことはわかりませんが、東パルパ地方で困っていないのは1割位でしょう。病気になると致命的です。医者にかかるためにお金を借りると利息が3%から4%かかり、土地を売らなければならなくなります。医者も、「かわいそうだけど、家族全部がだめになってしまうから(病人を犠牲にしても)仕方がない」と言っています。だから村人たちは手術すれば治るとわかっていても、そのまま放置し、あとは死を待つだけということになります。「世界の子供たちを護る会」の援助で、この15年に手術のできない子ども40~50人にカトマンズまで連れて行って手術を受けさせ、病人700人ほどを助けることができました。

ネパールから日本に帰ってくると

 「OKバジ」というあだ名ですが、「バジ」はネパール語で「おじいさん」です。「OK」はネパール語ができなかった時に、「OK」「OK」と言っていたので、ついたのでしょう。毎年帰国していますが、日本人は表情がなく、能面みたいですね。若い人たちが携帯をやっている姿を見ると、機械になったみたいで、小さい時からコミュニケーションがなくなっているんだなと思います。ネパールの友だちが毎日駅に行っては、通勤客が改札口を通る時に次々に定期券を機械にかざしているところを見て、「おもしろい」「ロボットみたいだ」と言っています。

 僕は「セクハラ」という言葉を知らなかったんです。電車に乗ったら友だちに「両手を上にあげてろ」と言われました。痴漢と間違われないためなんですね。ネパールでは村の子どもを抱くのは普通ですから、日本でもかわいい子どもがいるとつい抱こうとしてしまったのですが、「よせ。今はそんな時代じゃない」と友だちに言われました。ネパールではみんなが「ナマステ」とあいさつしますが、こっちでは変に声をかけると変な人と疑われそうです。コミュニケーションが非常にむずかしくなっていると思います。

 ネパールでは140円で5kgの米が買えるので、僕は日本に帰ってくると、2駅歩いて節約し、朝夕で10kgの米の代金を浮かせます。日本に60日帰国している間に400kgの米が買えることになります。

 カトマンズではどこの建物にもNGOが入っていると言っても過言ではないような状態で、あっちもこっちも開発だらけです。もういらないのに、悪く言えば「ひっかかっちゃう」のだと思います。カトマンズはもうほとんど困っておらず、地方との貧困の差は広がるばかりです。

 村にはテレビも新聞もないので、村の人たちは日本がどんな国なのかも知らず、周りがどんなに裕福かも知りません。知らないことは幸せです。カトマンズではテレビもあるし、外国から来る人もいるので、「ああいうのがほしい」と物欲に悩まされています。村よりも気持の上で貧困だと思います。村の人たちはいまだに1時間かけて水汲みに行ったりしていますが、貧しいけれども幸せです。

 「ネパール人の気質は?」と聞かれると、「イノセント」「ナイーヴ」という言葉が思い浮かびます。ネパールに20年住んでいる人で「Beautiful」と言った人もいます。日本語で話しかけてくるネパール人にひっかかった人も多いようですが、田舎の人たちは純朴です。悲惨なのは病気の時だけです。病気の子どもを見れば何かお手伝いできないかと思います。

 昔は英語しかできなかったせいもあって村の人たちから聞こえてきたのは「Request(要望)」でした。今、もっと奥の村に入ると「Cries(叫び)」が聞こえてきます。僕は電気と道路には興味がありません。病気の人を支援しているグループはないので、それをやっています。「切りがないでしょ」といった人がいますが、命が一つ助かることが大事だと思ってやっています。

 みなさんもぜひネパールに行って、1人が1つの村にはいって自分の得意なことをやってみてください。2人で1村でもいいです。1か月位、どこかの村に住んでみれば幸せをもらえると思います。ボランティアをやるつもりでも、されて帰ってくることになります。不便さは人との関係の素晴らしさで相殺されてしまいます。村の生活では、ものすごい天の川が見える。オタマジャクシを見つけたり、菜の花と桃の花が一緒に咲いているのを見たり、その菜の花畑を小さな子供たちが見え隠れしながら歩いている姿を見たり、それだけで僕は幸せなんです。
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by lumokurago | 2008-08-02 21:11 | JANJAN記事

『ダイバーシティ―生きる力を学ぶ物語』を読んで

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『ダイバーシティ―生きる力を学ぶ物語』を読んでをJANJANに書きました。この本はJANJANで私を応援してくださっている山口一男さん(シカゴ大学教授)の著書です。挿絵は静岡在住の親友・森和子さんの姉、森妙子さんです。書店で見かけたらぜひお手にとってご覧ください。考える材料とヒントがたくさんつまったいい本です。

私の本「負けるな子どもたち」から引用してくださっています!!
あとがきにも私の名まえが載っています!!

*****以下、記事です。

 本書は先ごろまで市民記者の一員として活躍されていたシカゴ大学教授(社会学)山口一男氏の著書である。基本的には社会学の本であるが、収められた物語の一つはファンタジー、もう一つは教育劇でとても読みやすく、どちらも挿絵がたくさん入っていてイメージを膨らませてくれる。著者は「社会学者だからこそ書ける文学」があるのではないかと考え、本書を執筆したそうだ。

「六つボタンのミナとカズの魔法使い」

 ファンタジーは「六つボタンのミナとカズの魔法使い」と題された、本来7つあるはずのボタンのうち一つが欠けた洋服を持った少女ミナの成長物語である。ミナは「欠けた」ボタンのことでいじめられ、両親を恨む気持ちもあるが、そんな自分はいやだし、ボタンを一つつけ忘れたことで自分を責めている両親を気の毒にも思っていて、彼女の思いは複雑だ。

 ミナは「欠けた」ボタンをつけてくれるであろう「カズの魔法使い」を訪ねて旅に出る。そして知恵を働かせていろいろな関門をくぐりぬける。この関門のエピソードに社会学や統計学、哲学のテーマが隠し絵のように挟み込まれているのである。ミナに自分を重ね、共に旅に出、悩み楽しむと同時に、いつの間にか社会学の講義を受けているような気持ちになってくる。かといって堅苦しいものではなく、非常に興味をそそられるものである。

 筆者にはミナと近い経験があるので、ミナの心理はまるで自分のことのようにわかるが、人間誰でもそれぞれに「欠けた」部分があるので、ここで描かれているミナの成長は誰もが共感できるものなのではないだろうか。

 ミナは自分が心の問題を抱えていることを自覚していたが、この旅で、差別する側の社会にも大きな問題があることに気づいていく。また、自分が自分から逃げていたことにも気づき、自分としっかり向かい合うことを始める。

 筆者は自分の「欠けた」部分はとうに克服しているはずの年齢であって、ふだんは順調に生きている。しかしひとたび事が起こると、この年になってもまだ自分の原点である「欠けた」部分を思い出させられ、何度目か、何十度目かの「成長」への旅に出ることがある。その時にはまた悩み苦しみ、「欠けた」部分の持つ「負」の意味を思い知らされるが、しかしよく考えてみるとその「欠けた」部分は、逆説的ではあるが自分を自分らしくしている核をなす部分でもあることに気づくのである。

 「負」を抱えたまま人は生きていけない。あまりにつらいからである。ミナも私も「負」を乗り越えて生きていく。しかし、カズの魔法使いは「欠けた」ところがあっても、「人間はみなひとりひとり違うからこそむしろいいのじゃよ」と言う。なんてほっとできる言葉だろう。

 振り返って今の子どもたちのことを考えてみよう。ひとりひとりの子どもの多様な存在をありのままに認める代わりに、受験勉強における成績というたった一つの物差しに合わせて子どもに競争ばかりさせる。こんな社会はなんと貧しいのであろうか。

 この物語はファンタジーとしてだけ読むこともできるが、社会学のテーマに興味のある人のためにていねいな解説もついており、至れり尽くせりだ。

「ライオンと鼠」

 二つ目の物語、教育劇は、イソップの寓話「ライオンと鼠」を素材にして行われた日本とアメリカの社会、文化について考える大学での講義を元に劇風に描いたものである。学生たちの議論が生き生きとしており、こんな授業なら一度受けてみたいと思わせられる。

 アメリカと日本の文化の違いには、改めていろいろなことを考えさせられる。たくさんのテーマがつまっているが、特にアメリカの子育てと比較して、日本の子育てや子どもの意識に対して重要な考察がなされている。

 例えば、著者は日本の地下鉄の中で母親がぐずる子どもを叱る場面に遭遇し、アメリカの母親のそれとの違いに衝撃を受ける。アメリカの母親が合理的に善悪とその理由を教えるのに対して、日本の母親は人に嫌われぬよう、周りの「空気」に合わせることを要求する。著者はこの傾向が「空気が読めない」人を批判するような風潮とつながっているのではないかと指摘し、それは非合理的であると批判する。

 また、著者は日本の子どもの自尊心の低いことに注目し、自尊心が低い者ほど物質主義的になることが確かめられた最近の研究を紹介、子どもの自尊心を高めるためには日常生活において子どもが褒められ、認められる場面を増やすことが大事であるとする。現在の日本には学業成績以外のことで子どもが認められる場面はあまりにも少ない。だから際限なく物をほしがるのだ。本当にほしいものは物ではないのに・・・。

 子育てのむずかしい時代にどのような子育てをしていけばいいのか、著者はそんな問いに答えるかのように具体的なヒントを挙げている。

 後半では「ライオンと鼠」を現代アメリカ版、現代日本版に書き換えたテキストも紹介され、議論されているが、私はこれを読んでアメリカでも日本でも人間の信頼関係が薄まっていることを感じざるを得なかった。著者はそんな状況において、価値観の異なる他者と信頼関係を築き、豊かな社会の実現に取り組むためには本書のタイトルである「ダイバーシティ」という言葉が重要な意味を持ってくることを説き、これからみなで考えていきたいと呼びかけている。

「ダイバーシティ」

 「ダイバーシティ」とは聞きなれない言葉であるが、「多様性」と訳されるそうだ。著者はこの本で、魔法使いカズが述べた「みなひとりひとり違うからこそむしろいいのじゃよ」という言葉をダイバーシティ理念とし、「多様な人々に社会的機会を平等に開いて、より多くの人々が自らを生かす可能性を広げられるような社会制度を構築すること」がダイバーシティであるとしている。筆者はこの本が「ダイバーシティ」という概念を日本に定着させる役割を果たしてくれるのではないかと期待している。

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by lumokurago | 2008-08-01 15:54 | JANJAN記事

首相官邸前で「普天間移設措置協議会」に抗議行動

首相官邸前で「普天間移設措置協議会」に抗議行動

代表2名が抗議要請文を持って首相官邸に向かいましたが、長時間に渡り警備員と押し問答しているらしいので、ある人が歩道を渡り、様子を見に行こうとしました。すると、警察官が歩道を渡らせないように人垣を作り、こちらも押し問答になりました。どうして歩道を渡ってはいけないのかと聞いていましたが、まともな答えはなく、渡ろうとする人を押しとどめるばかりでした。

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 集まった人たち しばらくして、代表2名が戻って来て、内閣府で受け付けると言われたということで、内閣府に行きましたが、そこでも警備員と押し問答になり、結局、警備員が総務課に渡すからということで、必ず渡すように言い置いて、警備員に渡して来ました。

 いつものことですが、政府には国民の声を聞こうという誠実さは全くありません。また、過剰警備のひどさは目に余るもので、警察官が車道側に並び立ち、道路の向こう側にもたくさんの警察官が並び立っていました。

 筆者は「教基法違憲訴訟」などの裁判をやっているので、国会前で原告募集などのチラシをまくことがあります。たった1人でまいているのに、いつも、官邸側ではなく道路の反対側に行けと言われ、ただの待ち合わせの時も、官邸側の歩道に立っていたら、官邸のすぐ前でもないのに「反対側に行け」と言われました。5分位たった一人で立っているだけでです。「ここで待ち合わせたから」と言って、動きませんでしたが、何度も何度もしつこく言われ、なぜこんなに言われるのか非常に不愉快な思いをしました。

 民主主義国家とされている日本で、県民多数の意思を無視して国が勝手に決めることもおかしいし、国民主権とされているのに、国民が主権を行使しようとして、意見を言ったりチラシをまいたりすることにも文句をつけ、要請文なども警備員に受け取らせるのみのこの国はなんと貧しいのかと思います。国会前などに行ったことのない人にもこの実態をぜひ知ってほしいと思います。

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 横断歩道前に人垣を作る警官たち
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(資料)

名護市辺野古沿岸域への新基地建設に反対する意見書

 日米両政府は、1995年の10.21県民大会に代表される県民の米軍基地の整理・縮小・撤去等の声と行動により1996年4月、普天間飛行場の返還を発表した。

 しかし、これは県内への移設条件つきであり、しかも箇所や工法が紆余曲折をへて今日、辺野古沿岸域でのV字型の新基地建設計画へとたち至っている。

 ところで、本県は国土面積のわずか0.6%にすぎない狭隘な県土面積に全国の米軍専用施設の約75%が集中しており、これら米軍基地は県土面積の10.2%、特に人口、産業が集中する沖縄本島においては、実に18.4%を占める異常な状況下にある。

 このような中、県民は普天間飛行場の名護市辺野古での新基地建設には、基地の過重な負担と固定化につながることから一貫して反対してきた。

 同様に、地元名護市民も1997年12月に行われた市民投票において辺野古新基地建設に反対するという意思を明確に示した。

 また、名護市辺野古海域は沖縄県が「自然環境の保全に関する指針」で「評価ランク1」に分類しているように、国の天然記念物であり国際保護獣のジュゴンを初めとする希少生物をはぐくむ貴重な海域であり、新たなサンゴ群落が見つかるという世界にも類を見ない美しい海域であることから、新たな基地の固定化と、新基地建設工事に伴う環境汚染や大規模な埋め立てによる環境破壊につながる辺野古新基地建設には断固反対し、世界に誇れる自然環境を後世に残し引き継ぐことこそが我々沖縄県民の責務である。

 よって、本県議会は、名護市辺野古への新基地建設を早急に断念されるよう強く要請する。

 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

平成20年7月18日

沖縄県議会

内閣総理大臣
外務大臣
防衛大臣
沖縄及び北方対策担当大臣
あて

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 集まった人たち
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by lumokurago | 2008-07-23 09:54 | JANJAN記事

『「改定教育基本法」下の学校をどう生きぬくか』を読んで

『「改定教育基本法」下の学校をどう生きぬくか』を読んで 

c0006568_1037979.jpg編者:4・7集会実行委員会
出版社:太郎次郎社エディタス
定価:1000円+税 

 本書は2007年4月7日、東大教育学部156番教室で行われた集会「改定教育基本法と教育実践の現在」の記録である。この集会には、教師、父母、市民、研究者が参加、5時間にわたり討議した。筆者は「改定」教育基本法が違憲であるとして、その取り消しを求める裁判を起こしている。学校現場がこの問題をどうとらえているのかに大きな興味を持って、この本を読んだ。

「統治としての教育」を完成させた東京

 学校現場からは、「統治としての教育」を完成させた東京ということで、報告があった。賃金と連動し、校長・副校長・主幹・主任が職階として設定され、教員は「校長の学校経営にどう協力できるのか」自己評価を行い、自己申告書を提出、校長がABCDで評定する。この過程で、教員は校長の指示と「説得」に従って学校経営に参加していくようにできあがっている。校長に従わない教員は賃金も上がらず、すぐに学校から追い出されてしまうというわけだ。

 子どもに対しては、道徳と学力向上が求められ、授業は反復練習と正解にたどり着くまでのプログラムに基づいて行われる。知識を詰め込めるだけ詰め込む、予定されたプログラムでここまでやればいいというスタイルはもう「自動車教習所」と同じではないかというほどだ。

 与えられたことを覚えるだけなので、学びを通して自律的に自分を立ち上げていくことができなくなっていく。むしろ授業の中で、「僕」とか「私」という主語を立ち上げていくこと自体「危ない」のだということを子どもたちが思い始めているということだ。本来自分で考える子どもを育てるべき教育がここまで貶められている。

教育の主権を国家がにぎる道へ

 佐藤学氏(東京大学大学院教授)は、教育基本法改正は憲法改正ができないから、それをやらないまま憲法改正後の日本を一挙につくろうとしたものだと述べ、日本社会が新しい「心の管理社会」に移行していると指摘している。この情況で、教師と親との関係は、子どもを教育する責任の共有から、サービスの提供者とサービスの受け手に変わってきた。人が信頼できなくなって、数値しか信頼できず、学校までが査定社会になってしまった。

 その上、この10年に東京都内のいわゆる要保護・準要保護家庭の比率が3倍に伸び、全家庭のほぼ3割を占めるようになった。その家庭の崩壊、子どもたちの経済的・文化的・社会的混乱を、いまのところは教師が全部引き受けているという実態があると述べた。

 平林浩氏(出前教師)は、学力低下がさかんに言われているが、全体を見れば騒ぐほどのことではなく、いじめや自殺も減っているのに、メディアを動かして教育現場に問題があるように宣伝し、教育改革の必要性を正当化、教育基本法まで変えて、教育の主権を国家がにぎる道を着々と歩んでいると指摘した。今ほど教育が卑しめられている時代はないが、争い、競うのではなく学習意欲を育てる教育、人権を大切にする教育をめざそうと述べた。

 他にこの本には授業の実践報告、参加者との交流があり、教師たちが厳しい条件の中でも授業を武器にがんばっている様子を垣間見ることができた。

筆者の感想

 筆者は東京都杉並区の児童館・学童クラブの元職員である。子ども相手の仕事を長年続けてきて、佐藤氏と同じことを感じていた。昔、親と職員は手を携えて子どもを育てる「仲間」であったのに、ちょうど新自由主義の台頭に従い(杉並区では2005年に「つくる会」教科書を採択させた山田宏区長の台頭)、職員はサービスを提供する者、親はサービスを受ける者と分断されてしまった。

 また、昔は夏休みのキャンプなどでは全員の親で全員の子どもを見るという意識があったものだが、いつからか「自分の子どもだけ」に変わっていった。昔、親は子どもを預けるというだけで、職員に対して基本的な信頼感を持ってくれたものだが、今は、そうとも言えなくなった。保育・教育の仕事は根本的に質が変化したのである。

 子どもの問題は社会全体が複雑に絡まりあって生まれてくる問題である。現代は人類がいまだ踏み込んだことのない複雑で先の見えない時代なのである。

 マスコミはもう長い間、学校バッシングに徹してきたので、子どもと接していない大人たちはそれを信じているだろう。しかし、悪いのは学校ではない。47年に制定した教育基本法が教育を悪くしたと政府や文科省は宣伝したが、47年教育基本法は制定後まもなくからどんどん骨抜きにされ、国家主義教育に戻す策動が行われてきた。その結果、教育はこんなに悪くなったのであり、47年教育基本法を守っていれば、こんなふうになることもなかったのである。

 佐藤学氏は、都道府県教委はルビコン川を渡ってしまった。市町村教委はまだ渡っていない。ただし東京の区教委はかなり渡ってしまった。でも現場の教師はほとんど渡っていないと言っている。筆者もそう思う。心ある市民は政府の宣伝やマスコミに踊らされず、自分の目で学校や子どもの問題を見て、自分の頭で考えてほしいと切に願っている。そして、47年教育基本法を取り戻す一歩を踏み出そう。このまま黙っていれば、日本の教育(学校)は破滅する。犠牲になるのは子どもたちである。

 さいごに……このような大きなテーマを短い文章で書くことには無理があるが、いつまた書く機会があるかわからないので、無理を承知で書きました。子ども相手の仕事をしていた者として、このままでは子どもたちに申し訳ない、なんとしても、現状を変えていかなければならないと強く思っています。
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by lumokurago | 2008-07-19 17:01 | JANJAN記事

小学生天窓転落死亡事故 続報~同小勤務経験教師が指摘する教育委員会の現場軽視

小学生天窓転落死亡事故 続報~同小勤務経験教師が指摘する教育委員会の現場軽視

 東京・杉並区立杉並第十小学校で6月18日に起きた天窓転落事故について、同小学校に勤務したことのある教員Aさんに話を聞きました。Aさんが勤務していたのは、22年前に新築移転した同小学校ができたばかりの頃だそうです。

目新しいコンセプトだが危険の多い学校

 それ以前の同校は、交通量の多い環状7号線沿いにあり、騒音などがひどかったことから、国立蚕糸試験場跡地に新築移転しました。1986年4月のことです。新しい校舎を設計するにあたって、教員は意見を言えず、建築士がすべて行ったそうです。

 当時は「オープンスクール」、つまり「地域に開かれた塀のない学校」という新しいコンセプトを基に、温水プール、体育館、音楽室などは夜間貸出も兼ねて作られました。塀がないので、どこからでも出入り自由で、教材のミニトマトが一夜にしてなくなったり、運動会の前日に騒音に対するいやがらせで校庭にガラスを撒かれたこともあったそうです。

 それ以来、運動会前日は泊まり込んで見張ったそうです。校舎の作りが変で、広い部屋を動く壁で区切って使う構造になっているけれど、音が筒抜けで使えなかったり、教室から校庭が全く見えず、校庭の様子は職員室からしか見えない構造でした。

 一番危険だったのがプールで、地域に開放しているため大人用に作ってあり、深いので、本当なら底上げするブロックを入れればいいのですが、それはお金がかかるため、子どもが使う時には水位を低くし、水からプールサイドに上がるために壁にベンチのようなものを設置したとのことです。しかし1年生などはプールから上がれず、子どものお尻を押すアルバイトが雇われたそうです。そして、子どもが使う時に抜いた水をためて、夜になるとプールに戻す装置が設置されたそうです。

 このように、同小学校の校舎は大人に開放することを兼ねて作ったため、子どものための施設ではなくなり、学校現場の要望に応えたものではありませんでした、とAさんは言います。

少人数クラスの弊害

 今回の事故は、6年生の算数の少人数クラスで起こったのですが、「少人数クラス」とは何か、説明してもらいました。「少人数クラス」とは2クラスだと3つ、3クラスだと4つというように少人数担当教員1名が加わって「習熟度」別に指導することを目的とするものです。少人数担当の教員は全学年を見るので、各学年の生徒を見るのは週に数時間で、担任のように子どもたちの性格などを把握したり、人間関係を作ることができません。

 また、クラスがバラバラになるので、担任も自分のクラスの子ども全員を見ることができず、特に指導を必要とする子どもを把握、指導することができなくなってしまうそうです。Aさんは、少人数ならなんでもいいということではない、このシステム自体に非常に問題があると指摘し、また「習熟度」別クラスにも問題があるとして、導入に反対したそうです。

屋上でやらなければいけない授業がある

 3年生の社会科には「屋上から眺めてみよう」という単元があるそうです。この小学校は、屋上には子どもを出さないということで設計したため、フェンスの高さは1.1m、天窓に柵も作らなかったけれど、屋上でやらなければいけない授業があることを、教育委員会は熟知していたはずだということでした。

 また報道によれば、天窓の点検を2006年10月に行ったことは明らかにされていますが、取り替えたという話はありません。22年間もプラスチックが劣化しないなんて考えられず、管理を怠った学校施設課の責任も大きい、とAさんは指摘しています。

子どもの施設は安全第一で

 杉並区では2000年に高井戸第二小学校でプール死亡事故がありました。この高二小のプールについては前々から大変危険だから改善するように、と現場から要望していたそうです。中央が深くなっていて、それも急に深くなるので、子ども用プールとしては構造上問題があるのです。ところが、現場からの要望に対して、教育委員会は全く応えず、事故が起こってしまい、裁判になり、判決が出た後でやっと直したということでした。

 筆者は杉並区の児童館職員だったので、この話は非常によくわかります。子どもにとっての危険を、誰よりもよく知っている現場の意見を聞かずに、学校や児童館を設計すること自体、おかしなことです。今回の事故では、「屋上から眺めよう」という単元があるにもかかわらず、子どもは屋上に出さないとして設計させた教育委員会にすべての責任があると思います。目新しさを競い、子どものことを考えない行政の在り方にも問題があります。学校や児童館は、しゃれた建物でなくていい、地域の大人よりも子どもを大事にしてほしい、目立たなくていいから安全第一です。

 また、少人数クラスについても実際に子どもを指導している現場で弊害があると言っているのに、なぜその意見を聞かないのか、非常に疑問を感じます。せっかく少人数担当教員を増やしたのですから、現場の意見を聞いて、本当の意味で子どもたちのためになるように活用してほしいものです。
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by lumokurago | 2008-07-11 13:21 | JANJAN記事

事故は隠ぺいによって繰り返される

事故は隠ぺいによって繰り返される ― 杉並の天窓転落事故とプール事故(JANJAN記事)

2001年10月、東京都立富士高校で当時高校3年生の男子生徒が天窓を突き破って転落し、約1ヶ月後に死亡していたことが分かりました。このことは6月23日の杉並区議会文教委員会で結柴(けしば)誠一議員の質問によって明らかにされたものです。

都教委の重大な責任

 結柴議員は、都教委がこの事故について都立高校校長に口頭で注意喚起しただけで、市区町村教育委員会には報告しなかったことを、東京都教育委員会の重大な責任であると指摘しました。筆者は文教委員会を傍聴し、この事実を知り、JANJANに投稿しようかと考えましたが、市民記者の身分ですぐに都教委に確認を取ることはむずかしいと思っていました。情報公開請求などに時間がかかるからです。

 すると、翌24日の東京新聞、毎日新聞の都内版に事実関係を明らかにした記事が出ました。情報を隠したがる都教委も大手マスコミの取材にはすぐに応じるのだとわかりました(他紙については未確認)。

 毎日新聞によると、都教委は市区町村教委に報告しなかった理由として、(1)通常想定しないケース、(2)小中学生とは発達段階の異なる高校生の事故 ― の2点を挙げ、文科省に対しても、こうした事故を報告する仕組みがなく、伝えていなかったとしたそうです。

 都教委が市区町村教委にも注意を喚起して再発防止に努めていれば、今回の杉並の事故は防げたと思われます。都教委の責任が問われます。

大分で和田中プール事故に酷似した事故発生

 6月23日、大分市立植田南中学校でプール事故がありました。1年生の女子生徒が意識不明の重体です。

 この事故は昨年7月12日に杉並区立和田中学校で起こった事故に酷似しています。どちらも25mを泳ぎタイムを測定する授業での事故で、2人とも25mを泳ぎ切った後に意識を失っています。和田中の事故は、1年生男子が心肺停止状態になり、現在も昏睡状態ですが、事故は隠ぺいされ、一切報道されませんでした。

 杉並区教育委員会が和田中の事故について全国の教育委員会に周知徹底し、注意喚起していたならば、大分の事故は防ぐことができたのではないでしょうか。

和田中プール事故とは?(事故報告書より)

 情報公開請求によって出てきた2007年9月12日付の教育委員会資料「区立中学校水泳事故に関する調査結果等について」による杉並区教委の見解を以下、簡単にまとめます。

 3校時水泳の授業で25mを自由な泳法で泳ぎ、タイムを計測するもので、当該生徒はスタートを待つ間に「25mを息継ぎしないで泳ぐ」と周囲に話しかけたという複数の証言がある。当該生徒は5コースをクロールで25mを泳ぎ切った後、コースロープをくぐり6コースに移動、この直後に異常が発生し、「手をバチャバチャさせた」(目撃生徒談)後、仰向けになり、足を下方に脱力し浮遊する状態となった。

 担当の主幹がプールに飛び込み、救助し、心肺蘇生措置後、救急車で東京医大病院に搬送した。救命救急センターにおける緊急医療措置の結果、心肺機能は蘇生したが、昏睡状態のままである。

東京医大病院の医師による所見

 「原因としては、一つは、広い意味での『窒息』がある。少量の水でも『咽頭痙攣』により窒息することがある。また、何らかの原因による『不整脈』(ただし心筋梗塞、心筋症ではない)が考えられる」

 学校及び教師の指導や事後対応に問題がなかったか。
(1)施設・設備の瑕疵は認められない。
(2)一連の指導において基本的には安全への配慮は果たされていた。
(3)事故後の対応は学校としてできる限りの行動がとられた。

 今後次の改善に取り組む必要がある。

(1)
 最近の水泳事故例を踏まえ、長時間息継ぎをしないで泳ぐことに起因する「ノーパニック症候群」に関する注意喚起を、潜水等の計画の有無にかかわらず安全指導の内容に含める。(「ノーパニック症候群」とは潜水等により、血液中の酸素濃度が低下することによって意識が喪失し、意識喪失において生じる呼吸の反射によって、溺水に至る危険を起こす状態を言う)

(2)
 中学校における水泳指導の充実と監視の強化のために、現行体制を見直し、指導体制を拡充する。万一の事故に備え、AEDについては、プールサイドに移設する等、設置場所を工夫する。

 事故再発防止に向け、次の取り組みを行った。

(1)水泳指導の充実と監視の強化のために、中学校の水泳授業に対して指導補助員を配置
(2)8月30日に、すべての小中学校を対象とした「水泳指導にかかる臨時連絡会」を開催し、安全指導を行った。

事故報告書は真実か?

 ここまで、教育委員会資料を簡潔にまとめましたが、ここに書かれたことが事実であるかどうかには疑問があります。当該生徒が「仰向けになり、足を下方に脱力し浮遊する状態」になった時に救助したのかどうか? 生徒を発見したのは誰なのか? 報告ではこの時点で主幹が発見したかのように書いてありますが、仰向けに浮遊した状態で救助したなら、心肺停止には至っていなかったはずです。

 大分の事故では別の生徒が深さ1.2mの底に沈んでいるところを発見したと報道されています。どちらの授業でもタイムを測定していたため、教員の目はそちらに向いていたのではないでしょうか? 和田中の地元では、学校は生徒たちを当該生徒のお見舞いにも行かせないという噂があり、目撃証言も違っています。「口外するな」という緘口令が飛び交うだけで、まじめに原因究明する気がなかったこともわかっています。

 当該児童は昏睡状態のまま、藤原和博元校長によって和田中から籍を抜かれ、区立済美養護学校に異動させられました。保護者の希望ということですが、誰が自分の子どもの籍をあえて養護学校に異動することを自分から希望するでしょうか! 親は子どもがいつか治ると信じているものです。

重大事故の隠ぺいによって事故は繰り返された

 この事故について杉並区教委は杉並区立の小中学校に注意喚起したにとどまり、新聞報道もされませんでした。大分の事故では業務上過失傷害の疑いもあるとみて、警察が捜査し、大分市教委が安全管理徹底を指示したことを翌日も報道しています。この対応の違いはどこから来ているのでしょうか。事故の教訓を生かすことのできなかった杉並区教委の責任は重大です。

 筆者は隠ぺいされた和田中のプール事故を知る杉並区民として責任を果たしたいと思い、またこのような、防げたはずの事故を二度と起こしてほしくない思いで、マスコミの記者たちにぜひ取材、報道してほしい旨、手紙やメールでお願いしています。教育委員会が隠ぺいしたとしても、マスコミは子どもの命を守るために教育委員会の閉鎖性を告発し、真実を明らかにして報道し、二度と同じような事故が起こらないようにする責任があります。

 杉並区では2年続けて重大事故が起こりました。「夜スペ」などでマスコミを賑わし、いい気になって、肝心な子どもたちをないがしろにしてきたツケが回ってきたのでしょう。ここに明確になった杉並区の教育「改革」の正体をマスコミは見抜くことができるのか? 「子どもの命」という最も重大なテーマについてどれだけ報道できるのか、マスコミの良心が問われています。  
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by lumokurago | 2008-06-28 12:38 | JANJAN記事