暗川  


写真日記
by lumokurago
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カテゴリ:未分類( 111 )


赤井宏之氏の新作です

サヨナラ
   



五十八の誕生日に五十四のユカシから

「おめでとう、あとしばらくは大丈夫だ」

ユカシのまわり五十七で亡くなる人が多いとか・・・



週に一度、ユカシとともに昼ご飯

いつもは「よし庵」その日は「つるや」

「ケイジも誘えばよかったな」

爪楊枝シーシーの帰り道、用水路に遊ぶカワセミ一羽

「すぐにケイジに報告しよう」



月曜日長い会議を終えた後、自転車漕いで家路へ向かう

ケイジを襲った心臓発作 五十七でケイジは消えた



煙草ふかしてケイジを偲ぶ

くそう、抗えないものが運命ではあろうけれど

くそう、くそう・・・上を向いてもこぼれる涙



ケイジはあの世からタカの渡りを見ているだろう



 

夕暮れ




「だいぶ ようなったね

歩いてる姿見て そう思った」

声掛けられて爺さんは、帽子のつばに手をやって

にっこり笑って散歩を続ける

夕刊配達のバイクが二台

「お疲れ」と声掛け合ってすれ違う



友呂岐緑地を抜けて神田(かみだ)の旧道

ゆっくり我が家へ向かう僕は

「無病息災、一病息災」と呟いて

何一つ言い残すこともなく

突然この世から消え去った

一つ年下の同僚を思う

血圧が少し高めと聞いてはいたが・・・

「無病息災、一病息災」




*****

 先に逝く者としては複雑な心境ですが・・・。残される人には・・・ごめんなさい。
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by lumokurago | 2011-10-17 17:42 | 未分類

蟲展のお知らせ

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「蟲展」9月12日(月)~23日(祝)
am11:00~pm7:00・日曜休廊最終日pm5:00まで
荒井康子・大豆生田綾子・川上きのぶ・武山忠道・長井一馬・馬場恒司・皆川禎子・吉田正樹・米田文
ギャラリー晩紅舎・Tel.03-3357-7480
新宿区四谷1-4 綿半ビル1F (JR・地下鉄四谷駅四谷口より徒歩1分)
作者在廊日は9月12日(月)・16日(金)・17日(土)・19日(祝)・20日(火)・21日(水)・最終日は午後4時以降。
なお、献花・お供物の儀は固くご辞退申し上げます。

 作家ブログ  工房うむきの「今日も駄作じゃ~!!」

*****

 友人は陶芸作品を出品しています。「蟲」をテーマにした作品展、おもしろそうです。いらっしゃれる方はご連絡いただければご一緒できるかもしれません。
 lumokurago@yahoo.co.jp
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by lumokurago | 2011-09-23 11:35 | 未分類

赤井宏之氏(同級生=高校教員)の新作です

世間体   赤井宏之



児童公園の金網の

「暗くなるまで遊びません」を見て、一休さんなら

暗くなってから遊びに出かけるだろう



京田辺に住む卒業生と、酬恩庵一休寺の門前で

「待ち合わせ」しましょうと話が決まった



入学早々、校門に立ち並ぶ教師の群れを見て

「あんなに多くの先生の指導が要る高校なのか、と

通りがかりの人から思われますよ」

初めてクラス担任を持つ僕に十五才が忠告した



五十を前にした彼女と

「世間体」をテーマに話し合ってみよう



今の高校はね、かなり偏差値の高い高校でもね

校長先生御自ら校門にお立ちになって

元気一杯「おはよう」と声をかけておられます
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by lumokurago | 2011-08-17 20:30 | 未分類

テレビがもったいない

 東京新聞テレビ欄にありました。

 家電収集家の松崎順一さんのことばです。

 「7月24日は大量消費という日本の嫌な伝統文化の最高潮。国が映るテレビを映らなくして死滅させてしまう」

 うちのテレビもあと17日のいのちか・・・。いただきものなのにね。

 もともとテレビはニュースも見ないのですが、さすがに3.11以降、ニュースは見ていました。見られなくなるのは残念ですが、買い替える気はまったくありません。チューナーを買えばいいと言われても、このテレビが壊れたら、今度はチューナーが無駄になりますからね。

 それにしてももったいなさすぎる。アナログ放送を勝手にいっせいにやめてしまうなんて横暴すぎる。みんなどうしてそんなにおとなしくテレビを買い替えるの? 不思議でたまらない。

 戦後10年くらいまではみんな、ものを大切にしていたのにね。どうしてこんなに変わってしまったのか。かなしいです。
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by lumokurago | 2011-07-07 19:41 | 未分類

口癖 (赤井宏之氏の新作)

口癖



あのー 先生方に ですね 

申し上げたいことは ですね

正規の通勤手段でないと ですね

不利益を被るのは 先生方ご自身だ ということ ですね

と、事務長は「ですね」のジャブを繰り返す

僕は一駅前から歩きたい



あのー 今も ですね 

余震が ですね 続いて ですね

と、実況アナウンサーが言い淀んでいるうちに

津波が一気に町を呑み込み 車を笹舟のように拉し去り

鋼鉄の船舶を山裾に押し上げた



death death death・・・

見つからぬ亡骸 数え切れないdeath death・・・

無念の death death death・・・




(注:「先生」ですが、赤井氏は教員です)。
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by lumokurago | 2011-06-30 11:08 | 未分類

井の頭公園のおじさん

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 おじさんがかわいがっていた黒猫
 Mさんからおじさんにお花とお線香をあげにいったというメールをいただきました。

*****

井の頭近辺の休日は嫌いなので、早朝に行ってきました、るい(犬)を連れて。5時頃行ったのですが、それでも、犬連れが多く、例によって、わんわん吠えるるいに閉口しました。

おじさんの居た場所は、ブルーシートがどこにあったかさえわからないくらい、あとかたもなく、一面枯葉だらけでした。でも、あの場所だけ、スペシャルの空気が存在していて、しんとしています、不思議な感覚です。公園中央まで来るとなんだか急に下世話な感じになるし、夕焼け橋まで来るとファミリーな感じがします。私の私的感慨ですが。

小さなポット入りの白い花と、短く折った線香に火をつけて手向けてきました。お湯、沸かしていたんでしょ? 線香くらいいいかなと思って。少し奥の太い木の根元に5,6束の花束がおいてありました。

Gelato & Caffe Donatello's (猫のあいすくりーむや)のオーナー佐々木に聞いたら、クロネコはあの辺に居るらしい。そのほかの猫は居なくなってしまったらしい、です。大学の先生だったとかで、家もあるらしいです。なんだか、私には説教くさい感じがしたのは、そういうことか? って納得です。どんな人でも、教壇という一段高いところからものを言っていると、なんとなく説教くさくなるんですよ。

返信

 ありがとうございます。私はあの場所に行く勇気がありません。もう井の頭公園には行かないかもしれません。行ったとしてもあそこまで行かずに戻ってくるような気がします。

 ほんとうは猫にエサをやりに行きたいけれど、毎日はとても行かれないので、仕方がありません。あの猫たちのことを知っている人はたくさんいたはずなので、何かできる人がいればできることをしてくれるでしょう。

 おじさん、やっぱり大学の先生だったんだ。私の勘が当たりましたね。なんか先生ぽかった。家もあったんですか。そこまで推測できなかったけれど、自由を愛してあそこにいるという感じでしたね。網野先生の言うように望んだ死だったでしょう。でもちょっと早かった。ほんとうは喜んであげなければいけないのかもしれないけど、残された猫もかわいそうだし、まだまだ猫の世話をする気持ちだったと思います。シロ子、五右衛門、六助を看取ってから逝ってほしかったですね。

*****

 Mさんは私がおじさんに恋していたんじゃないのと言いますが、自覚はありません。ただ、しがらみのない自由な暮らしがいいなあと思っていました。お金はそんなになくても生きていける。おじさんの場合、家があった(らしい)のにわざわざあんな(冬は)寒い暮らしをしていた。公園の空の下で猫やカラスや亀と暮らしていた。おじさんはカラスも外来種の亀も差別しなかった。その日のご飯を食べて眠って、1日を終える。そうやってその日暮らしをしていく。死ぬときが来ればだれにも知られず静かに死んでいく。いい生き方、いい死に方だなあ。
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by lumokurago | 2011-06-07 11:34 | 未分類

井の頭公園のおじさんが亡くなりました 【追記】あり

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 おじさんがかわいがっていたシロ子ちゃん(オッドアイです)。

皆様へ

 びよんどネットの湯川です。

 残念なお知らせです。

 井の頭公園の池のほとりにいた「ちょんまげさん」が亡くなりました。

 5月20日(金)夕方、公園のベンチに座ったまま死亡しているのを、通りかかった人が発見したそうです。

 亡くなる数日前にもびよんどネットの何人かが会っているのですが、そのときには持病ののどの調子が悪くて声がでないということだったのですが、それほど身体の調子が悪いようには思わなかったのですが。

 三鷹市と武蔵野市の方に問い合わせてみましたが、その件についての連絡は入っていませんでした。おそらくご本人が何か連絡先を示すものを持っておられて、そのもとに引き取られたものと思われます。

 「ちょんまげさん」は、私たちが支援の活動を始めた時にすでに井の頭公園で生活していたので、公園では今や最古参の野宿者になっていて、井の頭公園の主のような存在でした。井の頭公園に「公園デビュー」した新しい野宿者には、いつも井の頭公園での生活のノウハウを親切に教えてくれていました。井の頭公園で野宿したことのある人や現在、公園で生活している人々の多くは「ちょんまげさん」のお世話になっているはずです。われわれにもいろいろなことを教えてくれました。

 びよんどネットのスタッフ数人で、「ちょんまげさん」が生活していた場所に花束を置いてきました。私たちが行ったときには、すでにいくつかの花束が置かれていましたし、その時、たまたま犬の散歩で通りかかった女の人も、顔見知りらしくその死をとても残念がっていました。かわいがっていた黒猫(面倒見ていた三匹のうちの一匹)が彼の死を知らないのか、その近くにまだいるようでした。

 ご冥福をお祈りします。

*****

 信じられません。このあいだも買い物の帰り行こうかなと思ったけど、猫のエサをもってでなおそうと思い、行きませんでした。そのときはもう亡くなっていたことになります。病気のようにはみえなかったのに、やはり長年の野宿がたたったのでしょうか。すわったまま亡くなっていたということなので、完全な突然死でしょう。苦しむことがなかっただけよかったと思います。

 去年の秋、ホシイモをもっていったときには「これ、おふくろが好きだったんだよ。火であぶって食べるとおいしいんだけどね。ここでは火は使えないからね」とおっしゃっていました。でも、冬にはあたたかいお茶を飲んでいたので、「どうやってお湯をわかしたんですか?」と聞いたら、「秘密、秘密」と。

 いつだったか玉川上水を散歩していたときにばったり会って、富士見ヶ丘の手前までご一緒しました。植物に詳しくて、たくさん説明してくださいました。

 井の頭公園に捨てられた猫をかわいがり、野良猫は5,6年しか生きないからおいしいものを食べさせたいとおっしゃって、かりかりも缶詰も全種類を買ってどれが好きかを試していました。猫によって好みがあったようで、ちゃんとその猫の好きなエサをあげていました。だから私の持っていったのはあまり食べなかったみたいです。春になったらまた子猫がたくさん捨てられると嘆いていました。シロコ、五右衛門、六助、、、どうしているかなあ。

 おじさんは野良猫に自分を重ねていたように思います。このような死も予感していたに違いありません。博学なおじさんでした。もっといろいろ話したかったなあ。

【追記】今日は原発関係ではなく、おじさんにもう会えないなあと思ってまだ泣いています。親しい人が亡くなるってこんなに悲しいんだっけ? いまもすぐにおじさんの顔が思い浮かぶのです。

 両親の死にはまったく泣かなかった私なのですが、それは二人とも長生きしすぎてぼけてしまい人間の尊厳をなくしたからでしょう。もっと早く死ぬことができれば楽だったのにと思わずにはいられません。

 私が死んでも泣いてくれる人がいるんだろうなと思う。けど、がんで早死にすることも長生きして痴呆症になることも、すべて運命だから仕方ない。

【追記2 Dr .Aのコメント】 良い死に方じゃありませんか。羨ましい。自然に抱かれて死ねる、まさに動物本来の理想的な死と言ってよいと思います。本人の希望でもあったのではないでしょうか。



 はじめておじさんに会った日 2007.9.5

 2010.11.18

 2010.11.28

 2010.12.12

 2011.1.3

 
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by lumokurago | 2011-06-02 10:43 | 未分類

清貧と・・・なにかな、汚富(造語)

 下の記事の杉並区議会議員(の大多数)とそのまた二つ下の記事の小出裕章さんのなんという対比! 人間には2種類ある。暮らしていければそれ以上のカネはいらないと淡々として信念を貫く人間と、もともと信念などないか、あるいはいくらでもどこまでも堕落し、十二分にぜいたくな暮らしをしているのに、もっともっとと際限なくカネを欲しがる人間と。

 なぜかわからないが前者はごくごく少数で、後者はチャンスさえあれば圧倒的多数(チャンスがなくそうなりたくてもなれない人間もいるとは思うが)。

 なぜ人間はカネに弱いのか。

 小出さんは学生の頃、毎日のように教授らと論争し、いつも勝っていたという。でも教授らは「自分にも妻子があるから」などという理由で正論に与することなく、カネや名誉をエサに堕落していった。小出さんは研究費こそ潤沢ではなかっただろうが、だれからも命令されることなく自由に研究てきたという。地位は助教のままだが、とくに生活に困っている様子もない。いま原発について正しく説明してくれる人が少ないので、引く手あまただが、いつも誠実にわかりやすく、言葉を選んで説明し、映像には人間性がにじみでている。そしてまた、堂々としている。

 「妻子のために」身売りした御用学者はうすっぺらで、無表情で、人間性のかけらもみえず、空虚なことばを繰り返すだけ。なんてつまらない人生なんだろう。人間らしさと引き換えに得た潤沢な研究費で行った研究は、いま、福島で第3の原爆となり、人びとから故郷を奪い、生活の糧を奪い、子どもたちを内部被ばくの危機に陥れた。たしかに教授になったかもしれない。でもその代償たるや惨憺たるものだ。それでも魂を売り渡してしまった彼らは痛みも感じないのだろう。感じていれば、必ず伝わるものだから。
 
 (区議会議員は原爆を落としていない分、罪は軽いかもしれないが、全体がもっともっと軽い。身売りするほどの自分ももともともってなかったに違いない。相手にするのもこちらが汚れる)。

 なぜ人間は(暮らしていける以上の)カネが欲しいのか。正直なところ私にはわからない。

 小出さんは40年間かかって原発を止められなかった、みなさんに申し訳ないと言う。自分の歴史は敗北の歴史だったと言う。でも、いま講演会場からあふれた人びとが、申し訳ないとあいさつする彼に鳴りやまぬ拍手を惜しまない。これは彼の人生への喝采ではないのか。いま、たくさんの人びとが彼の生き方に勇気をもらっているのだ。

 近藤誠も医学界で清貧と信念を貫いた。彼は言う。自分の本を読んだことによって誰か一人でもよかったと思ってくれる人がいるのではないか、そう思って書きつづけてきた。彼に学び、彼(の科学性)を信頼してがんで無治療を選択した患者は150人を超えるという。

 原子力の世界では信念を貫いた熊取6人組のうち現役は今中さんと小出さんの二人だけ。この二人が引退すれば誰もいなくなってしまうという。医学界では近藤誠一人だけ。やはり引退すれば誰もいなくなってしまうだろう。

 しかし彼らの生き方は私たち少数派を励まし、いつまでも心に残る。

 いくら考えても私には人間がなぜカネが欲しいのかがさっぱりわからないのだ。

 
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by lumokurago | 2011-05-02 14:24 | 未分類

赤井宏之氏の新作です

幼なじみ



僅かばかりの秋の果実を持って

司法書士事務所を訪ねる

「その後奥さんは?」

「ああ元気になった」

「内の奴も今のところ2ヶ月に一回の通院ですんでいる」

放射線を浴びた奥さんを案じ、妻の快方を伝える



小学生の頃、少し遠い彼の家に遊びに行くのが楽しみだった

原っぱで野球をするのが楽しみだった



50年の時を経て白髪頭を掻きながら

僕たちは少年時代のハナシした

食用ガエルのオタマジャクシは彼の秘密の場所にいた



事務所机に置かれた飴を「一つもらうよ」

「ああ幾らでも持って行って」

言われて僕はもう一つポケットに入れる
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by lumokurago | 2010-12-24 08:14 | 未分類

赤井宏之氏の詩

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 10月に大学時代のクラス会がありました(顔が小さいので写真をだすことを了解してくださると思います)。6月に朝日新聞にでた「余命1年」の記事をみた友人から手紙をいただき、出席することにしました。そこで38年ぶりで再会した赤井宏之氏が詩を送ってくれました。


本日の通信簿


 焼き肉屋で愛想のいいお姉さんから

 「よろしかったらご記入頂けないでしょうか」と

 「本日の通信簿」と題されたアンケート用紙を配布された



 「本日はどなたとご来店されましたか?」

 4の男性同士に○を付けながら

 次回は3のカップルに○を付けたいものだと思ったりもしたが

 誰と来ようとほっといてくれ



 お料理の美味しさは、接客態度は、お値段は、などと

 いちいちお伺いをたてないで自信を持って和牛肉で勝負してください



 近々僕の勤める高校でもいちいち生徒様に

 サービス向上の参考にさせていただくために

 アンケートに御協力願い、毎月抽選で割引券をお送りするらしい



 僕の授業中の声はあなたの眠りを妨げるほど

 大きくはなかったでしょうか?

 
 載せないほうがいいかもしれないけど・・・私の返信:すっごい皮肉たっぷりですね。意味はよーくわかります。私の仕事も子どもや親は「お客様」となり、行政サービスを提供するのが仕事となりました。むかしは子どもたちも親たちも職員もみんな一緒に育ちあっていたのですが・・・。


待ち合わせ


 待ち合わせがしたいねん

 携帯なんか持たへんねん

 西口か東口かも言わんとウロウロし

 相手の姿を見つけて駆け寄り

 「待ったあ?」

 「いいや今来たとこや!」



 なあて一緒にどっか行こ

 一緒に行けたらどこでもええし

 待ち合わせがしたいねん

 お弁当には餃子の皮でくるんだチーズを揚げて

 ちくわの穴にキュウリを詰めた一品添えて



 なあて待ち合わせがしたいねん

 あの時待ち合わせしたやん

 あんた来てくれたやん

 
 私の返信:赤井君の詩はわかりやすいんですね。思わず微笑んでしまいます。つけたし:携帯電話は持っているのが当たり前だけど、困難(というとおおげさですが)を乗り越えて会えるとその分うれしさが増すんですよね。たまにはすれちがって会えないのもいい。次が楽しみだし、「あのとき、会えなかったのはあなたのせいよ」なんて思い出に残りますから。いつも何事もなく無事に会えるというのはほんとうはつまらないものなのです。いまの日本の暮らしのように。


 赤井氏の詩の部屋「ウ・カンナム氏の軌跡」はこちらです。
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by lumokurago | 2010-12-07 17:15 | 未分類