暗川  


写真日記
by lumokurago
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カテゴリ:未分類( 111 )


どなたですか?

 昨日から突如、アクセスが増えているのですが、どなたですか? と聞くのも変ですかね? コメントはないので、その方面の方々でもないようですし、心当たりのある記事もしばらく書いていません・・・。おっと、このところTOPに「つくる会」教科書が変だと出していましたっけ。でも、そのせいではないようです。

 郵送版暗川を出していた時は、もちろんんですが読者が誰かはっきりしていました。出すたびに何通かのお便りをいただいていました。私の想像に反して、ネットを利用するようになってから、お便り(コメント)が減りました。ネットの方が気軽にコメントできると思いきや、逆だったというのはなぜ? 

 読者との交流という意味では、郵便の方が絶対的に濃かったです。読者からのお便りも載せていましたし、私と読者だけではなく、読者同士が知り合って、読者間の交流も生まれていました。

 いや、単にそういう「時代」だったということなのかもしれません。郵送版暗川を続けていても、いただくお便りは減っていたのかもしれません。今は、忙しいので字を書く暇もなく、気軽にブログを開設し、気軽に書き、気軽に読んで、気軽に通り過ぎていくのかもしれません。

 それにしてもこのブログは見てくれている人が少ないので、ほとんどが知り合いに違いないと思い込んでいたのですが、そうでもないのか?

 いったい、誰が見てるんですか? そんなこともわからないブログ・・・。「関係」には「なまえ」が大切なのに、ここではそれがわかりません。

 まあ、本を出せば誰が読むかわからないので、それと同じと言えばそうなのですが、「交流」ということを考えた場合、どうなんでしょう? 本と郵送版暗川の間なのかなあ? JANJANに記事を書いてもこうは思わないんですよね。JANJANは「本」と似てるのか。JANJANよりもずっと個人的なことを書いてるからか・・・。

 あとね、ネットで知り合った人とメール交換していて、「リアル」に会ってみると、そりゃもう、全然違うんですよね。「リアル」は生身の人間で、血が通っていて、たとえけんかになっても、メールだけの時とは全然違うと思える。
 
 ただの「化石人間」でしょうか?
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by lumokurago | 2009-06-05 23:34 | 未分類

後ろ向きな生き方

 某友人との対話より。【脚色あり】

 友人:日本てほんとに不況なの?

 私:そりゃそうでしょ。派遣切りとかあるし。
 
 友人:なんでみんな何もしないんだろ?

 私:「派遣村」とかやってるよ。

 友人:それだけ・・・

 私:(失礼な! 湯浅君は古い知り合い!) 影響ない人も多いんだろうね。気づいてない人やのんきな人も多いし。

 友人:不況が悪いことなのかなあ。

 私:不況そのものじゃなくて仕事がなくなることが悪い。

 友人:物が売れないと仕事がなくなるってことがおかしい。

 私:そーだよね。物なんかずっと前から過剰なんだから、これ以上作って売ろうってのが間違いのもと。

 友人:たくさんあると大事にしないし、ありがたみがないし、いいことないね。

 私:そうそう。GDPのグラフ見ると右肩上がりにすごい「成長」だけど、1970年代の暮らしで十分だよね。1970年代なんて今の10分の一位だと思う。今ある物の9割は過剰。1970年代に戻れば、地球温暖化もなくなるし、動物もみんな生きられるし、人間も心豊かだし、いいことばかり。

 友人:60年代でいいよ。

 私:60年代か。60年代半ばまでうちにはテレビもなかった。でも、ま、いいよ。テレビなんかなくても楽しかったもんね。

 友人:楽しかったなあ。60年代後半が最高に楽しかったなあ。戻れたらデモの途中で死んでもいいよ。なんでこんな世の中になっちゃったのかなあ・・・。

 私:私たちって、後ろ向きだなあ・・・ 
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by lumokurago | 2009-06-01 23:25 | 未分類

もう帰ってきました

 大阪に1泊して、もう帰ってきました。昔は大阪→東京は13時間かかったそうです。今は「のぞみ」で2時間半です。しかも「のぞみ」は頻繁に出ていて、山手線や中央線に乗るのとほとんど同じ感覚で、駆け込み乗車もしたりして、しかも、土日でも必ず自由席に座れます(「盆暮れは除く」だと思います)。こんなに便利すぎって何? 
 代わりにシロクマがおぼれ死んでしまうのだ(これは一例にすぎない)。

 大阪に集まった「つくる会」教科書反対の人たちの中で・・・(この人たちは「つくる会」反対の中でも少数派)
 なぜか愛媛で裁判やってる人たちとは、初対面からとってもしっくりなのです・・・(彼らは本格的な長年の「活動家」なんですよ。ただしセクトじゃありません。私は「運動」を生き甲斐にはできないので、全面的にはついていけないと思うのですが、少なくとも「違和感」を感じたことはありません)。
 あと、大阪の人はいい人たちですが・・・
 他から来た、いかにも長年「運動やってる」みたいな人たちは、私も「運動やってる」一味と見られてしまう今となっても「違和感」だけでした。なぜなんでしょうね?
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by lumokurago | 2009-04-26 23:47 | 未分類

TOPページの上半分が消えた

今、いろいろといじっていたら、暗川メインページのTOPページ(index.htm)の上半分が消えてしまいました。ちゃんと保存したのにファイルからも消えました(フロントページというHP制作ソフト)。しかしYAHOOジオクリエイターというHP制作ソフトで出してみると、画像は消えているものの、上半分も残っています。 これは何? フロントページの故障でしょうかね? もうわけがわかりません。

私のパソコンの先生のT先生、これをご覧になっていますか? 今度、お時間を取って下さればうれしいです。
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by lumokurago | 2009-04-02 22:52 | 未分類

イザベル送別会

ゆうべ、うちに下宿していたイザベルの送別会がありました。とうとうベルギーに帰っちゃうんです。

集まったのは21歳から上は「?」の9人。私はイザベルと大家さん、偶然児童館時代にお世話になったお囃子の会長さん以外は初対面の人たちです。

① 一番大事なもの(こと)はなんですか?
② 一番いやなこと(嫌いなもの)はなんですか?
③ 一番好きな人は誰ですか?
④ 死んだらどうなると思いますか?

という質問に順番に応えて遊びました。

① は「すべての人間」「自分」「憲法9条」「今を生き生きと生きること」「お祈り」・・・

② は「ソマリアへの自衛隊派遣」「自然破壊」「言行不一致」「自分の中の嫉妬とか執着」「レタス」・・・

③ は「お母さん」(若者二人)「秘密」「無私無欲で無償の行いをする人がもしいればその人」「イエス・キリスト」・・・

④ 「天国」「地獄」「土に還る」「輪廻転生」「生まれ変わる」「誰かの心の中に生きる」・・・

このくらいしか思い出せませんが(昔はメモも何もなく録音したかのように再生できたのに、記憶力がなくなってしまった)、おもしろかったです。その場でぱっぱと答えるのもおもしろいけど、よく考えたら、なかなか答えられない質問ですよね。パーティなどで質問してみたら話が発展しておもしろいですよ。

もうすぐ世界一周にでかけるという若者がみんなに「何をしてきてほしいかを書いて」と言って、紙を配りました。私はとっさに思いつかないので、ノルウェイとフィリピンの友だちに会ってきてと書きました。イザベルは「お年寄りが座っている隣に行って座ってみて」と言いました。「言葉ができなければ、目で挨拶してもいいし、何もしなくてもいいし、ただ座って、それでどうなるか?」と言いました。イザベルらしいなあ。

さびしくなります。
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これは昨日の写真ではありませんが・・・。こんな感じ。

イザベルに日本の印象についてインタビューして記事にしようと思ったのですが、今は考えがまとまらないから、ベルギーに帰ってから、何か書いてくれるそうです。お楽しみに。
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by lumokurago | 2009-03-24 21:23 | 未分類

大阪まで新幹線でたった2時間半

教科書裁判支援ネットの合宿で大阪に行ってきました。昨日の朝、出て、1日半会議をして、今夜10時には帰宅しました。特に、夜、新幹線に乗っていると、「こんな移動手段でいいのか?!」と思わされます。外の景色を確かめる間もなく(暗いので)、遠くに行ってきたという実感もないまま帰宅してしまいます。

もちろん、この便利さがなければ合宿も不可能なのですが。

それにしても昨日の朝がとっても遠いです。なぜ? やはり遠くまで行ってきたからなのでしょうか?

愛媛に行く時も飛行機であっという間に着いてしまうので、現実感がなく、その間の景色がどんななのか知りたくて新幹線とバスで行ったことがあります。道中を「見る」ということが、やはり現実感を作ってくれました。

こんな感覚を卒業できない私って本当に「化石人間」ですね!
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by lumokurago | 2008-12-15 00:32 | 未分類

宇井純さん

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2006年11月11日に亡くなられた宇井純さんです。「偲ぶ集い」のチラシをずっと机の前に貼っていたのですが、片づけをしていて、とうとうはがすことにしました。思い出にここにお写真を掲載させていただきます。(私は昔々、「公害原論」の講義に駒場に通っていた時期があります)。

故人は「人生には自然を破壊したり、人々を苦しめたりしないですむ、そういう選択をする機会がかならずある。もし人が生涯にたった一つでいい、本当に良かれと思う選択をしてくれたなら、この社会はきっと変わるはずだ」と申しておりました。宇井は、自分が気がついた時、勇気を持って実行いたしました。

おつれあいの宇井純子さんのお通夜での挨拶です。

このチラシはやっぱり捨てられないので、もうしばらく貼っておくことにしました。
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by lumokurago | 2008-12-12 22:03 | 未分類

立ちつくす思想

次のようなメールをいただきました。
*****

容子さんは、すごいと思います。容子さんの活動は、この時代で先に生まれてきた者として、後に続く若い世代のために責任を果たそうとするものだからです。たくさんの人の記憶に刻まれていると思います。
*****

そして友人との会話の一部より

私:私たちが何やっても何も変わらない・・・、空しくない?
友人:でも反対した人がいたっていうだけで違うと思う。
私:戦争中もそうだったしね。将来、歴史の教科書に載るかもね。そしたら未来の人たちが勇気づけられるかも。
友人:今だって勇気づけられている人はいるよ。

私たちが本人訴訟(弁護士がいない)でやっている改正教育基本法違憲訴訟・・・
新しい地平を切り開くことを模索するものです。
① 法律ができてしまってもあきらめない。
② 本物の違憲立法審査権の確立を求める。(現在、憲法に定められた違憲立法審査権は歪曲され、具体的争訟事項[具体的な事件と損害]がなければ判断しないとされている。つまり違憲な法律を作っただけでは裁判にならない)。
③ 弁護士がいなくても一般市民が自分で裁判を行う。(コスタリカでは小学生が電話で「憲法違反です」と言えば、あとは裁判所が調べて裁判を行ってくれる。大学生が国がイラク戦争に賛成したのは憲法違反だと訴えて、認められ、「イラク戦争賛成」を撤回した)。

先日の控訴審第1回口頭弁論に来てくれた傍聴人は少なかったけれど、35分間の私たちの口頭弁論を聞いて、「すばらしかった。傍聴人が少なかったのが残念」と感想を述べて下さった。特に小学生の子どもを持つTさんに対して、「教育基本法が改悪されてしまってからもあきらめないで政府に意見を言ったのは日本中の母親の中であなた一人。どこかに書いて大勢に知らせなくちゃ」というアドバイスがあった。

傍聴人は少なく、メディアももちろん取り上げず、この裁判のことを知っているのは日本中に数百人しかいない(だろう・・・原告になってくれた人など)。裁判所や弁護士からは相手にされず(生田暉雄弁護士以外の弁護士)、今はほとんど知られることもないけれど、将来、日本に本物の民主主義が確立したら、その時は先駆的な裁判として研究者によって研究され、歴史の教科書に載ると思う。

久しぶりに昔々読んで、座右の銘にしていた本を思い出しました。以下、引用。

*****

およそこのような壁(自分の存在を限界づける壁)に直面した時に、とりうる態度は3つあります。理性的な人間ならば―というよりも、近代合理主義の意味で合理的な人間ならば―このような壁と力くらべすることの愚を悟って、さっさと逃げ出すでしょう。余計な苦労はしない。人間存在をぎりぎりの点まで押しつめてみて、その存在の権利を主張しよう、などと試みれば、必ず自分の方が傷つくものです。利巧な人間は傷つくような危険な場所には出入りしない。その結果あまり人間らしくもない、というだけの話です。詩的な人間は、これに対して、壁にぶつかった時に、壁の向こう側におのずと通りぬけられるかの如くに夢想する。壁は固く立って動かないにもかかわらず、まるでそれが空気にでもなったように夢想して、あちら側の世界を薔薇色に描く。薔薇色は美しくても、夢想の世界では仕方がありません。

それに対して、第三の人間は悲劇的人間とでも名づけましょうか。壁の前から逃げ出すことはしない。また、できもしないくせに通りぬけたと夢想することもしない。そして、そこに壁があって人間の存在を限界づけているという事実に、無限の憤りと悲しみを感じるのです。この壁は打ち破らなければならない。だから彼は動かない壁の前に立ちつくす。動かない壁を押しつくす。そしてそこに立ちつくすことにこそ人間の高貴さを知るのです。このような人間の思想が立ちつくす思想です。

だから、立ちつくす、ということは、決して消極的なたたずみではありません。怠慢なあぐらではないのです。むしろこれこそ積極的な革新の姿勢ではありますまいか。これこそが挫折を克服しうる思想ではないのでしょうか。動きそうもない巨大な不条理を前にしても動かずに立ちつくす者であればこそ、ついにはその壁を崩壊せしめるのではないでしょうか。社会的矛盾の壁を前にして、相手が倒れるまで押しつくすのではないでしょうか。それは決して、根源的には動かぬ壁ではない。いつかは転倒しうるものです。しかしそれには長い時間がかかる。多くの場合、人間一人の短い一生の間には、社会的矛盾はなかなか解決へ向かって動いていないように見える。人間一人の一生どころか、何世紀も動かないこともある。しかしそれを動かすのは押し続ける者たちの力です。1789年に革命の歴史の火ぶたを切ったフランスの民衆は、1世紀後のパリ・コミューンにおいて民衆の革命が何であるかを提示し、さらにまた1世紀後のこの5月に、また再び押し続けているのです。彼らの革命の伝統は2世紀もの間、真の民衆の世界を目指して叫び続けているのです。無名の民衆が立ちつくし、叫び続ける。

このように、立ちつくす思想は息の長いものです。詩的夢想の純粋におぼれるのではないから、手を汚すことを知っている。教条的にはねあがる連中は案外詩的であって、簡単には動かない壁を前にして、結局は自分個人の思想や行動の純粋性を守ることにのみ専念し、いたずらに鋭角的に、閉鎖的になって、短期に壁の向こう側にかけぬけようとする。かけぬけられたかと思う。自分のみはかけぬけてしまったかと思いこむ。しかしまた、「はねあがり」を批判することでかろうじて自分の存在意義を示しうるかと思っているような疑似左翼の連中はもっといけません。彼らはすぐに、壁の手前に安住することを覚えてしまう。

我々もまた、むしろ、壁の向こう側にかけぬけようとする者です。ただし、かけぬけようとすれば、ぶつかって、通り抜けられないことを知っている。だから何度でもかけぬけようとしてぶつかるのです。真に社会を転倒しうる者は、「待ち」、立ちつくし、押し続ける者です。自分の生の基本的なたたずまいにおいて「待つ」ことを知っている者ならば、自分の一生を棒にふっても、次の世代のために新しい社会を待つことができるはずなのです。 (1968年7月)

「立ちつくす思想」田川建三・勁草書房

*****私がこの本を読んだのは1980年、26歳の時です。あれから28年、世界は激動し、価値観もずいぶん変わりました。ベルリンの壁も崩壊しました。が、根本的には今もこの思想によって壁の前に立ちつくしています。
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by lumokurago | 2008-11-02 21:41 | 未分類

ご批判歓迎

今日は更新できませんでしたので、下の記事のコメント欄でも見て下さい。

私ってやっぱり「自分は絶対的正義」と思っているのでしょうか?? それをみんなに押し付けているのでしょうか? それじゃ既成左翼と同じですね。あーあ。

純さん、どう? 見てないと思うけどさ。

ところで、「非国民」と言われるのは私なんですけど(笑)。

そうですね。子どもに関しては「自分は正しい」と思っています。

[追記]でも違う意見を聞いて自分が間違っていたと思えば、意見を変えることも多々あります。
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by lumokurago | 2008-10-18 22:45 | 未分類

情けないです

裁判のことでやらなくちゃいけないことがあるのに、今日もぐずぐずしていました。夜になって証拠申出書(証人申請)を作ろうとしていたのですが、頭が回りません。骨だけ作ってみんなに回してあとはお願いしました。

私などよりもっともっと大変な人がたくさんいるのに、情けないです。

長い人生、こんな時もあるよってことでお許し下さい。

先日の藤原氏批判の記事のコメント欄、関心のある方はぜひご覧ください。なかなかわかってもらえないんですね。社会の風潮がもうそちらに向いているのでしょう。これからが本当に大変です。
http://www.news.janjan.jp/culture/0810/0810089013/1.php
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by lumokurago | 2008-10-15 23:20 | 未分類