暗川  


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カテゴリ:沖縄( 84 )


米軍基地は日本中の空港へ

 普天間飛行場の機能は関空初め、佐賀空港、静岡空港など国内の民間空港へ分散させようという案を沖縄選出の下地幹郎衆院議員らが提案したとのこと。この議員は沖縄独自の政党「そうぞう」出身でいかがわしいところもあると思うが、この案はいいんじゃないの? ちょっと混んでるかもしれないけどぜひ羽田も入れてね。

普天間基地移設に「関空」活用? 仰天プランが急浮上 

 11.19付東京新聞によれば米軍は日本有事に対応して嘉手納基地へ航空機約80機、普天間飛行場へヘリ300機を追加配備しようとしているとのこと。つまり本国の経済が危ういこともあって、日本に貢ぐ金を増やしてくれってことでしょう。なにが海兵隊8000人をグアムに移転させ、沖縄の負担軽減だ! (その金も貢がせるのだし。その上、辺野古に使い勝手のよい新基地も作れなんて、「沖縄の負担軽減」は「障害者自立支援法」と同じ目くらましだよ。日本政府もなんでそんなにアメリカに貢ぎたいのか。何の利権があるのかねえ)。

 それに、それにグアムも米国の植民地同然なのだ。グアム住民には米国大統領の選挙権はない。やはり基地は米国本国へどうぞ! 核実験すらできるあまりに広い砂漠もあるのだし。

 父の友人で関東軍だったSさん(シベリア抑留体験者84歳)は昨日、次のように言っていました。ちょっとまとまりがないですが、わかる人にはわかると思います。

 「将棋でも危なくなったら飛車角を自陣に戻す、囲碁でも自陣を固めるのが鉄則。戦争も同じ。アメリカは経済も混迷し、すでに危なくなっている。軍隊は自国に戻すべき。
 
 自分の国を守るのは最低限の軍隊でよい。他国に出ていくのは無謀。日本は追い詰めればすぐ海だが、アフガンなどはいくらでも逃げ、逃げれば味方がいる。そんな所を攻めても勝てない。自衛隊をアフガンに出せば指揮するのはアメリカ。アメリカは自国の兵士を殺したくないから他国の兵士を最前線に送る。

 田母神などが勇敢なことを言っているが、戦争はやってみなければわからない。田母神は戦争のことなど何もわかっていない。

 先週のNHK日曜討論はひどかった。岡本行夫とか森本敏とかひどすぎる。NHKはおかしい。アメリカの良識派を出すべきだ。戦争体験者も戦争体験を伝えればいいというものではない。今の国の動きをどう思うか、それを語るのが一番大事」 
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by lumokurago | 2009-11-22 21:40 | 沖縄

渡嘉敷島の「集団自決(強制集団死)跡地」

 今回の沖縄行きでは6日午後から10日という4泊5日の日程の真ん中に県民大会(8日)があったため、離島に行くことは無理だと思ったのですがあきらめきれず、6日、那覇泊港から夕方の高速船で(35分)渡嘉敷島に渡りました。

 ほとんど歩けないと思い、ネットで調べてビーチのまん前ということだけで「とかしくマリンビレッジ」という豪華ホテル(!)を選びました。(私はいつもユースか民宿に泊まる)。部屋の窓から海がすぐ見えて立地はよかったのですが、お風呂も部屋のバスだけで、お料理も沖縄らしいものではなく、特に野菜が全くなくて、食べ物を残すことはめったにない私も仕方なく残すほどでした。ダイビングショップを併設しており、とかしくビーチをこのホテルのプライベートビーチのようにしていることにもなんとなく抵抗がありました。(海水浴客から施設の使用料を取っている。母島の脇浜には無料の施設があるのにね)。

 7日、どこにも歩いて行けない私はタクシーを頼んで島一周することにしました。那覇で乗ったタクシーの運転手さんは「基地容認派」だったので、ここ、「強制集団死」のあった渡嘉敷のタクシーの運転手さんが「基地容認派」だったらいやだなあと思ったのですが、心配無用でした。運転手さんは米浜さんという私と同年位の女性で、「まず戦跡に行きます」というのです。渡嘉敷で戦跡を案内しようという人が基地容認のはずはないと思い、ほっとしました。「北山(にしやま)にも連れて行っていただけますか?」「はい。行きます」

 「集団自決(強制集団死)跡地」の碑がありました。1945年3月28日、この付近で住民315人が日本軍の命令により「集団自決」に追い込まれたのです。米浜さんは二つある碑文を読み比べてみてと言います。一つは平成5年に渡嘉敷村が作ったもので、うそで塗り固めてあります。住民が北山(にしやま)に集結したのは軍命のためなのに「友軍を頼ってここに集結した」、日本軍が配った手榴弾を「兼ねてから防衛隊員が所持していた手榴弾」と書くなど、米浜さんは「戦争賛美だよ。ここにこんなものを置くなんて許せない」と憤っていました。

 もう一つは平成17年に渡嘉敷村教育委員会が作ったもので、1945年4月2日のロサンゼルスタイムスが報道したありのままの悲惨な状態をそのままの文章で書いてあります。一つは国家の立場で作られた事実を隠ぺいする碑、もう一つは事実をきちんと伝えようとする碑です。

 私のデジカメは暑さのせいか湿度のせいか、シャッターが下りなくなってしまい、写真が撮れませんでしたが、こちらのHPに写真と碑文が載っています。

 米浜さんは座間味島などのよく見える高台に出て、当時の様子を語ってくれました。吉川嘉勝さん(渡嘉敷村教育委員長)、金城重明さん(牧師)など、有名な方のお話はここでは繰り返しません。みなさん、大江岩波裁判で初めて、戦後60年間も封印してきた当時のことを語りだしたのだとのこと、その気持ちは筆舌に尽くしがたいものであること、金城重明さんは生き残ったお兄さんと戦後何十年も会っていなかったこと。大江岩波裁判は原告である梅沢氏、赤松氏個人の名誉棄損問題ではなく、上からの力があって提起されたものであると語っておられました。その通りだと思います。

 軍命にそむき北山(にしやま)へ行かずに隠れていた人、迷ったふりをして戻った人は死なずにすんだそうです。米浜さんの祖父母は阿波連の家で布団をかぶって隠れていたから死なずにすんだそうです。また、慶良間諸島の中でも日本軍がいなかった島には米軍は上陸せず、「集団自決(強制集団死)」は起こっていないのです。日本軍は自分たちが使うのだからとガマから民間人を追い出すことまでしました。沖縄戦では軍隊は国民を守らなかったのです。軍命がなければ、軍隊がなければ人々は死なずにすんだのです。
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by lumokurago | 2009-11-20 20:38 | 沖縄

奥間ダムストップ!!

 うれしいニュースです。沖縄本島北部の「やんばるの森」に流れる奥間川にダムを作るという計画が中止されました。このことは沖縄タイムスでも報道されていたのですが、本当に中止なのか、信じられませんでした。県民大会の時、奥間川流域保護基金の事務局でもある兼城さんに確かめたところ、本当に中止されるとのことでした!!「やった!!」

 今日、ニュースレターが届き、詳しいことがわかりました。

 9月10日、「県企業局事業再評価委員会」が開かれ、沖縄県の水は観光客の分を含めて十分足りている上、奥間ダムの取水量は県民が消費する水の3日分しかない、それに対する建設費は375億円かかる。奥間ダムの費用便益比は0、04であるとのことで、この費用便益比の低さに(事業継続の目安は1)、「合理性がないので奥間ダム事業は見直す」と全会一致で決定。

 事業見直しの具体的な内容は、
1、県企業局は参画している奥間ダムから撤退する。
2、大保ダムの完成をもって北西ダム事業は終了する。というもの。

 ただ「撤退」が経済的な面だけによるもので、奥間川の自然を守るという環境面からではないことが今後の課題だが、一度事業化されたダムの建設中止は県内初という画期的なものだということです。

 やんばるの森はダム以外にも、日本政府の多額の高率補助金による無謀な開発で200km余りの舗装林道が作られ、破壊されてきました。現在も林道は作り続けられていますが、費用対効果などのずさんな計算を見直すとのことで、国頭村内の林道2路線については当面着工を見送られることになりました。

 ずさんな計算を根拠にした=必要もなかった、ヤンバルクイナやリュウキュウヤマガメを交通事故に遭わせる非情な林道は全部元通りの森に戻してもらいたいです。(森に戻すというのも景気回復のための立派な仕事ですよね)。

 2007年秋の奥間川の記事はこちらです。

つづきはこちら。
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by lumokurago | 2009-11-17 23:01 | 沖縄

渡嘉敷島

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 渡嘉志久ビーチ
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 阿波連ビーチ
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by lumokurago | 2009-11-15 17:42 | 沖縄

ニンニクカズラ

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 今、沖縄で最も目立つ美しい花なのですが、名前が即物的な「ニンニクカズラ」なのです。ニンニクの香りがするからだそうな。タクシーの運転手さんが教えてくれました。別なロマンチックな名前に代えてほしいですね。

 今日は新石垣空港裁判の証人尋問(カルスト地形の第一人者によるカルストには地下川がたくさん流れており、石灰岩が崩壊して滑走路は陥没する可能性大というすばらしい証言でした)があって疲れたので、もう寝ます。詳しくはまた。
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by lumokurago | 2009-11-12 21:06 | 沖縄

県民大会(全国の友人を訪ねる旅・その2)

 私は県民大会の前日、友人の家に泊まり、会場の宜野湾海浜公園までうるま市実行委員会の仕立てたバスに乗せてもらいました。途中具志川でそちらのバスに乗れなかった10人も乗せて、補助席までいっぱいになりました。たくさん人が集まりそうだ!
 
 私を含め、足の悪い人は会場のすぐそばで降ろしてもらい、お巡りさんに「こんなところで降りては危ない」とおこられました。(でも警備の警官は東京の集会に比べ非常に少なかったですよ。もちろん機動隊などいませんでした)。みんなは駐車場まで行って会場まで500m位歩いてきました。待っている間、道路は会場に向かう人で埋まり、人波に切れ目がありません。ようやっとみんなが来て、はぐれないように一緒に会場に行きました。

 途中、2年前の県民大会の時に知り合った兼城さんやダグラス・ラミスさんたちのグループが「軍命は今もつづいている」という横断幕を持ってチラシを配っていました。兼城さんには電話して「後でね」と言っていたので、「あーっ」と声をあげて再会を喜びましたが、残念ながらはぐれてはいけないのでゆっくり話す暇はありませんでした。(最近の読者の方は大好きなラミスさんの記事(JANJAN)をぜひ読み下さい。「護憲運動の重要性と限界」 C.ダグラス・ラミスさん講演会)。

 すでに野外劇場はいっぱいで、私たちは裏手の広場に入りました。舞台は見えませんが、声はちゃんと聞こえています。そこに真喜志さんから電話がかかってきました。さて、会えるか?

 と思って、探し始めたらすぐにこちらに向かってくる真喜志さんを発見。運よく、すぐ近くにいたのです。握手して、数日前にこのブログにコメントしてくれたshinakoさんを紹介してもらいました。彼女らは沖縄タイムスにも紹介された「ONE LOVE」というNGOで、仲井真知事、鳩山首相、オバマ大統領の写真に白いベストを着せて、メッセージを集めたり、道ばたにパラソルを広げて、フェイスペインティングなどのイベントをしていました。ジュゴンのぬいぐるみもあり、子どもたちがたくさん集まっていました。琉球新報に載った写真(下の記事の一番下の写真)はここで子どもがメッセージを書いているところです。 
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 この写真が「ONE LOVE」です。若者ががんばっているのをみるのは最高にうれしいものです。そして、少し坂になった芝生の木陰に三々五々と集まっている家族は小さな子ども連れも多く、基地反対という重いテーマにも関わらずピクニックに来ているようでした。

 県民大会についてはshinakoさんが詳しく書いていますので、ぜひこちらをお読みになってください。
 
 私は今回、足が痛いところ、思い切って来てしまったわけですが、県民大会に参加して元気をもらい、いろんな人にも会えて、本当によかったと思っています。そして、偶然に偶然が重なって2万人の中からあのようなUPの写真を琉球新報に載せてもらって、宝くじよりラッキーだったと思います。私の思いが伝わってプレゼントをもらったような気がしています。 
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by lumokurago | 2009-11-11 21:33 | 沖縄

県民大会

 無事帰ってきました。とりあえず、琉球新報から無断で写真転載。キャプションも無断転載。
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 1面と裏面つづきのTOP。2年前は琉球新報、沖縄タイムス共にこのレイアウトでしたが、今回は琉球新報のみでした。この迫力はすごいよね。
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 大会には多くの親子連れが参加した=宜野湾海浜公園野外劇場・大人たちと一緒に、真剣なまなざしで意見表明を聞く子ども
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 プラカードを手に、会場に隣接する広場でスピーカーから流れる意見表明に耳を傾ける男性・主会場に隣接するスポーツ広場で、スピーカーから流れてくる意見発表を聞く女性
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 垂れ幕にメッセージを書く子ども=宜野湾海浜公園野外劇場周辺広場
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by lumokurago | 2009-11-10 21:44 | 沖縄

噂をすれば陰

 なんと今、真喜志さん(下の記事参照)から電話がかかってきました。「県民大会で会いましょう」だって。真喜志さんは新石垣空港裁判の原告でもあり、那覇の事務所をお訪ねしたこともあります。

 2年前の教科書の県民大会で知り合った兼城さんにも会いたいし、そもそも沖縄に移住した友人を訪ねる旅でもあるのです。

 うわー、楽しみになってきました。
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by lumokurago | 2009-11-05 23:05 | 沖縄

沖縄の願い

沖縄タイムスは浦添市長選投票日の朝刊の「オピニオン」欄に「浦添埋め立て直ちに中止を」(まよなかしんや)という記事を掲載していたのです。

まよなか氏はそこでキャンプ・キンザー沖合18.3ヘクタールを埋め立てることと、戦前から残っている貴重な海岸線をつぶし、軍港を建設することに反対しています。

「浦添市民の願いは、「米軍再編」を撤回させ、基地をなくし、その跡地に市民・県民の生産と生活の場をつくることである。つまり、浦添の豊かな海岸線とサンゴ礁の海をいかした療養型の観光施設のある憩いの場にすることであり、原子力空母や原潜が寄港する侵略戦争全身の軍港を浦添に建設するのではない」

「地球温暖化の最大の原因である自然破壊と戦争を止めるためにも、21世紀に活躍する子どもたちの未来のためにも、これ以上、琉球弧の海も山もつぶしてはいけない。今こそ私たちは自然と共生しアジアの国々と交流してきた琉球の先人たちに学び、基地のない平和で自然豊かな沖縄(琉球)を創造していこうではありませんか」

*****

友人が、内地のすべての新聞に毎日半ページ位使って、沖縄に関する記事を載せる欄を作るべきだと言っていました。同感です。
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by lumokurago | 2009-02-11 21:32 | 沖縄

多数派が望むなら

沖縄県浦添市長選で現職の儀間氏が3選を果たしました。沖縄タイムスTOPは「西海岸の開発 加速へ 保守・経済界まとめ」です。儀間氏は選挙戦で、市内のバランスのとれた開発が、子育て世代の所得と雇用を安定させ、給付世代の高齢者と子どもたちを支え、少子高齢化に対応した街につながるとの持論を訴えてきたそうです。

儀間氏は西海岸開発(沖縄でさえ残りわずかな、貴重な自然の海岸の埋め立て)だけでなく軍港も誘致するようです。

多数派がそれを望むならそれはそれでいいんじゃないですか? ただそれを望まない、人間の少数派と自然と生き物たちを巻き込まないでほしいですが・・・無理ですよね。

どうして多数はただ多数というだけで自動的に正義とされ、少数はいつも悲しい思いをしなければならないのでしょうか?

多数決の原理の民主主義は、少数派はどんなに生きにくくても、生きてることがかなしみばかりになってしまっても、それでいいとするのか? 少数派の人権はどこにあるのか?

多数派に生まれたかったなあ・・・そしたら不当な目にあった人たちや破壊されていく自然や殺されていく生物のことも考えず、かなしみなんて感じなくてすんで、生きることはずっと楽だったのに。
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by lumokurago | 2009-02-10 23:04 | 沖縄