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暗川  


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カテゴリ:きままながん患者( 194 )


痛みは体動時のみ それ以外は元気です

 ★ 激痛はトイレ、お風呂、それから、病院に行くためにベッドをでて車に乗るまで・・・のみで、ベッドに横になってしばらくすれば消えます。熱がでれば眠ってしまいますが、ベッド上に起きあがって仕事をすることもできる状態ですので、ご心配なく。

 ★ 現在、2冊目の「本」(1冊目よりやさしく読めるはず)の直しに取りかかっていますので、更新が滞っています。

 ★ 週に2回もDr.Kの診察を受けることがつづき、おもしろい話もあるのですが、それを思い出して載せる余裕がないため、しばらくお待ちください。

 ★ ホスピスには入らないことに決まり、少なくとも5月中旬までは在宅でやっていく可能性が大きくなりました。

 ★ 朝方、薬が切れてベッド上でも「痛い痛い」と叫んでいますが、レスキュウの麻薬を飲み、朝食をとって本格的に痛み止め(ロキソニン)を飲むと、落ち着き、「元気になった!」と思える状態になります。

 「痛い人になんて言っていいのかわからない」というかたも少なくありませんが、ぜひメールやコメントをお寄せ下さい。返信はできないこともありますが、とてもとても励まされています。

 よろしくお願いします。


 
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by lumokurago | 2012-02-18 10:40 | きままながん患者

容子看取りプロジェクトについて

★ 3日間TOPに出しておきます。

 容子看取りプロジェクトにご参加希望のメールをくださったみなさま、どうもありがとうございます。合計19名のかたからお申し出いただきました。なかには長年、このブログを読んでくださっていて、お会いしたことがないのに、参加してくださるというかたもいらっしゃいます。そのうちのお一人はなんと神戸在住です。

 まず、お願いしたいのは、看取りプロジェクトが私との初対面(または2回目とか3回目)になるかたは、看取りプロジェクトはともかく、ぜひ私が元気なうちに会いに来ていただきたいと思います。看取りプロジェクトがはじまるころには、病状がだいぶすすんで、あまりお話もできないだろうからです。このことはぜひお願いします。

 土曜日しか泊まれないというかたは4名でした。このかたたちは親戚や親友でもあるので、1ヶ月に1回土曜日に泊まっていただければと思います。ご近所のかたで何度泊まってもいいとおっしゃってくださるかたは1ヶ月に2~3回、そんなに遠くはない都内在住のかたは1ヶ月に1~2回、泊まっていただければと思います。

 ただ、このプロジェクトはアナログ人間の友人たちにはまだ知らせていません。いまから手紙をだそうと思っています。この友人たちのなかで、参加してくれる人がいると思います。だから各人の泊まりの回数はもっと減る可能性があります。

 また、Dr.Kが延命を企んでいるので(彼は患者には長生きしてほしいと思っていると思います。私は彼の希望を踏みにじってまで放置することはできません。延命して苦しむことがわかっていれば、その道はとらないであろうし)、泊まりが必要になるのは当初、この計画を立てたころより遅くなる可能性があります。だから時期についてはますます不透明ということになりますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 プロジェクトに参加されないかたも、元気なうちにぜひお別れに来てください。
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by lumokurago | 2012-02-07 16:14 | きままながん患者

容子看取りプロジェクトご参加のお願い

 この記事は1月いっぱいTOPにだしておきます。更新記事は次からになります。

*****

 みなさま、長い間の友情または新しい出会いに感謝します。私は去年の12月から骨転移への放射線治療を行なっています。2009年の8月から数えて6回目なのですが、さらに7回目も行なうことになりそうです(放射線治療は1回で終わるものではなく、最低でも15回ほどはつづける。つまり延べ90回は軽く超えています)。近藤先生がおっしゃるには、こんなに放射線治療を受けた人は珍しく、普通はよそへ行って抗がん剤治療をやり(近藤先生は抗がん剤をやらないので、やりたい人=大部分はよそへ行く)、とっくに亡くなっている、とのことです。つまり長生きしているから、骨転移が進み、放射線治療がこんなにできるということです(骨転移は命と関係ない)。

 命に関係ある臓器転移ですが、2年前に消えた肝転移が、1年半で6センチになりました。がん細胞の分裂速度がだいぶ速くなっています。いつ頃から症状がでるかはまだわからないのですが、あと4ヶ月から半年位ででてくる可能性があると思っています。

 そこでお願いがあります。

 私の最後の望みは在宅医の網野晧之医師に看取っていただくことです。在宅で死ぬためには人手がいります。もちろん無理ならばホスピスに入るつもりですが、一生の最後にみなさまにお世話になるのもそんなにご迷惑ではないかもしれないと思い、お願いするだけお願いしてみることにしました

 在宅で大変なのは夜の時間です。私には妹一人しかおらず、妹一人が毎晩私の世話をすることは無理です。そこで、みなさまに交代でうちに泊まっていただけないでしょうか。泊まって世話をする人が必要になるのはいつのことなのか、そしてそれがいつまでつづくのか・・・いまの時点ではまったくわかりません。期間は1ヶ月~2ヶ月を想定しています。肝臓がんは症状がでて発見された場合、余命1ヶ月ほどだからです。その期間に1日か2日、うちに泊まっていただけないでしょうか。

 お願いするのがいつのことだかわからないので、その時点で無理ということになるかもしれませんが、葬式は行ないませんので、その代わりにぜひお願いします(もちろんその時にお断りくださってもかまいません)。葬式では私はすでに死んでいますが、ここで来て下されば最期のお別れができます。お礼は1晩(いまの予定では前日7時ころから翌朝7時ころまで)1万円とさせていただきます。

 尚、火葬場に来ていただく人も親戚とごく内輪の友人とさせていただきます。みなさまをお招きできなくて、ごめんなさい。でもいままでに十分交流させていただいたと思います。お香典、お花のたぐいも一切ご遠慮申し上げます。自宅にお線香をあげにきてくださることもご遠慮下さい。勝手ばかり申しましてすみませんが、よろしくお願い申し上げます。こんなに変わった人間とおつきあいくださり、ほんとうにありがとうございました。おかげさまでとても幸せな一生でした。

 いま痛みがあって手紙をだすなどの作業がむずかしいので、ブログに掲載します。これをお読みになって「一肌脱ごう」と思って下さるかたは、以下のうちあてはまるものを選んでメールまたはハガキなどでご返事をくださるようにお願いします。夜の世話が必要になって死ぬまでの期間は2ヶ月と予定します。男性も歓迎ですが、家事、看病に慣れているかたのみお願いします。締め切りは1月いっぱいとします。

1、1日なら泊まれる 

2、2日泊まれる

3、それ以上泊まれる  ○日

4、都合の悪い曜日

5、その他 ご意見をどうぞ 

6、お名まえ 住所 電話番号(住所録をなくし、ありとあらゆる友人の電話番号がわからなくなってしまいましたので、お知らせください)。

★ いつお願いするかは、きざしがみえてからスケジュールを組みたいと思います。そのときにまたご連絡させていただきます。(ということは御返事をメールでいただけると大変便利です)。


メール lumokurago@yahoo.co.jp

電話 03-3334-3824

住所 168-0082 東京都杉並区久我山3-10-36

なまえ 渡辺容子

 よろしくお願いいたします。
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by lumokurago | 2012-01-31 21:45 | きままながん患者

明日試写会です

 今日も放射線治療に行き、疲れてしまいました。明日、着物を着るのはあきらめ、この日のために伸ばしていた髪も切ってしまいました。放射線のあたったところ(頭蓋骨の下の方にかけています)が抜けてしまうからです。長い髪の毛が抜けると始末が大変ですから。

 羽織だけ着ていきますね。どんなファッションになるでしょうか?
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by lumokurago | 2011-12-22 20:51 | きままながん患者

今日は遠方からお客様が

 みえたので更新はお休みです。元気ですからご心配なく。ただ顔面神経麻痺がひどくなり、目がつぶれなくてせっけんが入り、口が閉まらなくて気をつけないとお茶などがこぼれそうになるので、明日放射線治療をお願いしに行ってきます。
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by lumokurago | 2011-12-08 21:53 | きままながん患者

一段落しました

 さきほど次の「本」の最終稿を出版社に送り、一段落しました。痛みがこれ以上ひどくなるまえにできあがってよかった。家の片づけも自分のものはほとんどすんで(手紙、文集、残ってます)、父の絵も田舎の美術館とギャラリーに運び、衣類や雑貨などは憩いの家のバザーにだし(取りにきてもらった)、痛みのでるまえにやってしまってよかったです。

 新築の家の設計図の完成も間近の予定。さて、いつまで生きられるかわかりませんが、私らしいことに「どうしても家ができるまで生きていたい」とはあまり思わないんですよね。生きられるときまででいいやとしか。つまり、家の新築の前の片づけをすませておきたかったわけで(妹一人では大変なので)。だから少しほっとしています。

 ま、次の本の出版までは生きていたいな。あと猫のことを考えれば長生きしたいです。

 それから近藤先生が無治療患者の本を書いているので、それもみたいです(来年出版)。

 (2年前と同じように)これから骨転移がどんどん増大するだろうから、結局は放射線治療することになるだろうな。またまた大変な時期が年末年始の病院の休みにかかりそうでいやだなあ・・・そんなことを考えています。あ、でも今回は網野先生がついてるからな。よかった!

 (朝食後に飲んだロキソニンがまだ効いている状態で書きました。さっきどうしてもださなければならない手紙を速達でだすため、自転車で郵便局に行ってきた。まったくこんながん患者いないよなーちゃんと自覚しています)。

【追記】 先日、ある人がある人の追悼文集(「生前」ではない)に寄せた文章を見せてもらいました。常識的に「やり残したことがたくさんあるでしょう」とか「若すぎる(60歳は過ぎてるのに)」とか「もっと生きていてほしかった」とか、すごく残念がっているのです。私が死んだら(もう追悼文集はいらないけど)、そんなふうに書かないでね。私はせいいっぱいやりたいことはやったし、もう若くもないし、十分に満足して死んでいきますので。天国でそんなこと言われたくありません。「よく生きたね」と言ってほしいです。「もっと生きていてほしかった」と思ってくださるのはうれしいですが、「友だちになれて楽しかったね」と言ってほしいです。そこんとこよろしく。
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by lumokurago | 2011-11-24 11:42 | きままながん患者

体を動かすのが億劫

 今日、川俣町の計画的避難区域・山木屋に住んでいた浪男さんが来ました。除染に関するひどい話を聞きましたが、体を動かすのが億劫なのでまた明日。おやすみなさい、って午後中眠っていたのですが・・・。なぜか午後が眠く、夜は眠れません。が、眠れないのに慣れているので、一晩中でも物思いにふけりながら起きています。(眠いのは麻薬の副作用)。
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by lumokurago | 2011-11-07 20:10 | きままながん患者

山田真さんの記事

 山田真さんの記事はツイッターなどで広まったらしく、7000人もの人が読んでくれたようです。ツイッターはすごいですね。少数派の小児科医の名前を覚えてくれて、健康診断はほんとうは必要ないこと、レントゲン検査(もちろんCTも)は被ばくするので子どもはとくに受けないほうがいいこと、インフルエンザの予防注射は効かないことなども知ってくれればうれしいなあ。

 私の痛みはまあまあ落ち着いているのですが、麻薬の副作用のせいか体を動かすのが億劫で、起きあがるのも面倒くさい。猫も重いし、どかすのが大変。そんななかでもう1冊本をだすことになり、原稿を書いています。
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by lumokurago | 2011-11-04 20:52 | きままながん患者

花咲き、鳥の啼くでんでら野(菅野浪男)

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 浪男さんの農場の入り口にあるヤマボウシ。この農場は川俣町山木屋にあり、計画的避難区域なので、浪男さんは現在川俣町町内に避難している。
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 浪男さんのイングリッシュガーデンの花たち(2009年7月)

 浪男さんが私の『生前追悼文集』に寄せてくれた文章をご紹介します。

 花咲き、鳥の啼くでんでら野   菅野浪男

 前略 容子ちゃんと初めに出会ったのは、私が大学生、貴女が中学生の時でしたね。容子ちゃんはふっくらとしてお母さん似だな、越ちゃんは細くお父さん似だなというのが第一印象でした。

 私はご両親の故郷川俣の出身ということでお世話になりました。私は貴女の父方のおじいちゃんやおばあちゃんの生前も知り、母方の叔母さんとは今も親交があります。つまり貴女のルーツを知る友人だと自負しています。

 私がこの川俣の地に牧場を開いてからは幾度となく足を運んでくれ、又多くの友人達も連れて来てくれました。あの小学生だった子は20年以上も過ぎた今、どんな大人になっているかなあ、と考えることもあります。

 容子ちゃんが乳がんになった時も骨に転移したときにも牧場に来てくれましたね。私は何もしてあげれなかったけれども、時間と空間は提供できたかと思っています。

 貴女は池のまわりや草地のなかをひとりで歩いていましたね。特に私とは話はしなかったけれど、牧場の草木は貴女の思いをいっぱい聞いただろうと思います。

 今、私は、貴女のお父さんの絵を展示する美術館を作る努力をしています。開館の時は必ず見に来てください。

 そして私も牧場も40年の月日が過ぎ、子育ての役割も終えて、これからは経営のためではなく単に私が生活するための場所作りをしようと思っています。花を植え、池を掘り、4万5千坪の墓作りかもしれません。自分で自分のでんでら野を作るつもりです。

 そしてそこには多くの友人達も遊びに来てくれると信じています。石に囲まれたお墓ではなく、花咲き鳥の鳴くでんでら野です。

 容子ちゃんも必ず遊びに来て下さい。

 (父の同郷・親戚同然・福島県在住)

 
 ここに私の「骨をぶん投げて(叔父の表現)」くれるように頼んできました。浪男さんはいずれ深い森に戻るだろうと言っています。「花咲き鳥の啼くでんでら野」を通り越して森になりますが、放射線汚染のことを別にすれば、それもまたいいかなと思います。(浪男さん、ごめんなさい。でも浪男さんも亡くなればいずれそうなりますね)。
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by lumokurago | 2011-09-12 18:16 | きままながん患者

原稿掲載されました

 さきほどのDr.Aとのメールにでてきた原稿はこの雑誌です。No.2に書いたところ、「もう一度書いてください」と頼まれたものです。「先端医療」の本に「無治療」のすすめを書いたのですが、「がん患者に勇気を与える」とほめられました。いいのかなあ?

 さっき(午後11:30)、チャーちゃんが来たので起きてしまい、眠れなくなってしまいました。それでこれを書いています。
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by lumokurago | 2011-08-24 00:30 | きままながん患者