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カテゴリ:きままながん患者( 194 )


うつは副作用?

ホルモン療法で飲んでいるタモキシフェンには、副作用として約1割の人にうつ症状が現れます。「疲労」は25%にも。だからこのうつ様気分は副作用かもしれません。どうしようかな? もう少し様子を見ます。

今日、児童館に行ったけど、夏休みのため、ユニホックはありませんでした。子どもたちには会いましたが、いつも通り挨拶もなし。前、驚いたのは、辞めてからかなり経って事務室にいた時、子どもがいつも通り「何々して」と話しかけてきたこと。「久しぶり」も何もなし。自分の話しかけた相手が誰かも意識してないのかも! いまどきの子どもってこんなものです。本当に人間関係に淡白なものです。

昔の子どもならば、「ナベー!(あだ名)」とか直接的にうれしそうにして寄ってくる子が多く、「なんで来てるの?」とか話しかけてくれたものです。

今、思い出したのですが、若いアルバイトやパートの子など、職員の方も子どもと別れてもとっても淡白です。「次の人が来てるでしょ」みたいな。自分の個性が子どもとつきあっていたという自覚がないようです。

子ども相手の仕事は取り換えのきく「駒」じゃない。それぞれの職員と子ども一人一人との思い出があるのに。(今はもう淡白だけど)。
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by lumokurago | 2008-07-16 22:05 | きままながん患者

生きるってむずかしい

あと5年の命と思って、充実させたいと思うのですが、人間、そううまく行くものではありません。理性だけで生きているのではないし、コンピュタのように効率的に計算なんてできません。

ここにきて突然、自分のやりたいことを見失ってしまいました。ほんの2週間前までははっきりしていたのに・・・。たぶん少し鬱状態でエネルギーが落ちているのでしょう。朝がだめで夜になると元気になるので。(これはうつ症状の一つです)。

とにかく子どもをめぐる状況がひどすぎ。(昨日JANJANに教基法に関する書評を投稿した(未掲載)ので、いつにもまして思っています)。キミたちは子どもを殺す気か!と言いたいです。身体的に殺さなくても、精神的に。

本当は一生現場で子どもに関わっていたかったです。でもできませんでした。子どもを精神的に殺す方に加担しているのではないかと思い、耐えられませんでした。私の一番やりたいことは私設の(自由な)学童クラブまたは児童館或いは養護施設、自立援助ホームなどなのかもしれません。

うつ病の回復期に散歩ばかりしていたように、今は水泳ばかりしています。とにかく体を動かしていることが一番です。考えなくてすむので。(私は体を動かすことが大好き。いつも子どもと体を動かして遊んでいました。あ、明日児童館でユニホック(私が担当していたスポーツ)があるぞ。行ってみようっと。久しぶりに子どもに遊んでもらおうっと。昔の仲間ですから)。
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by lumokurago | 2008-07-15 23:00 | きままながん患者

がんという病気

人間の生き死には自分ではどうにもできません。がんという病気のよいところは、自分ではどうにもできない「死」を予感し、覚悟を決め、受容し、死ぬまでの時間をよりよく生きることを考える余裕があるということだと思います。残された時間に差はあるけど、事故死と比べれば全然違います。

私はもし転移していたとしても、ゆっくりがんなので、あと5年、うまくすれば10年は生きると思います。結構長生きです。

「いつ死んでもいい」と思っているくせに、先が見えると、何をするのが一番いいのか、自分は何をしたいのか・・・を考えてしまいます。

今は畑としている土地(乳がんでハイになっていた時に父のためにギャラリーを作ろうと買ってしまった)に画廊喫茶を建てようという計画もあったのですが、あと5年しか生きられないとしてはたしてそれが一番やりたいことなのかどうか。

いつか自然の中で暮らしたいという希望もいまだ持ち続けています。かと言って母を置き去りにはできないし、裁判もやめられない。

結局、今のまま一日一日を大切に過ごすしかないと思いますが、あと5年と思うと、欲張りになり、あせりも出てくるのです。

人間て、ほんと手に負えないですね。
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by lumokurago | 2008-07-08 23:50 | きままながん患者

がんの成長速度について

私はがんを発見してすぐに治療せずに、様子を見ていたので、大きさの変化からがん細胞の分裂の速度を計算することができ、いつ頃できたのかを割り出しました。

6年間で直径が約8倍(5mmが4cm)、体積は8の3乗で512倍になった。512は2の9乗なので9回分裂したことになる。
9回分裂するのに6年かかった。ゆえに、1回分裂するのには約8か月。これががんが2倍になるためにかかる「ダブリングタイム」です。(正確には私のがんは球形ではなく、厚みが薄いので、ダブリングタイムはもっと長い)

ダブリングタイムの計算は眠っているがん、分裂しているがんを平均して考えています。また、眠っているがんと活発に分裂しているがんは時期によって入れ替わっていると考えられています(by近藤誠医師)。

初め見つけた5mmのがんになるまでには、27ダブリング必要なので、27×8か月=216か月=18年 (がん細胞1個の大きさは10ミクロン)

この計算によると、このがんは私が22歳の時にできたということになります。

私にはリンパ節転移がありました。それを1cmとして計算すると、1cmになるまでには30ダブリングしています。原発がんは4cmなので、36ダブリングしており、つまり36ー30=6で6ダブリングした時に転移したことになります。つまりがん細胞が64個でがんができてから4年目ということになります。

この計算は近藤誠医師に見せ、「だいたいあっている」と言われました。

つまりがんは転移するならば、ごく初期の段階で転移しているのです。(早期発見早期治療のウソ―いくら「早期発見」でも発見される大きさになっていれば、転移するものはすでに転移しているので原発がんを治療してもいずれ転移が大きくなってくる)。

普通はがんは発見されればすぐに治療されてしまうので、ダブリングタイムを計算できる事例は少ないのです。

私は乳がんを温存療法(くりぬき)で手術しましたが、術前化学療法(抗がん剤治療)を受けており、それによって腋の下の転移は手に触れなくなりました。担当の外科医は縮小手術の提唱者なので、腋の下はいじらないことにし(普通の外科医ならリンパ節に転移があれば「リンパ節かくせい」といって全部のリンパ節を根こそぎ取ってしまう。するとリンパ浮腫などの後遺症がでやすい)、放射線をかけておきました。

手に触れないがんが残っている可能性もあったのですが、後で大きくなってくれば、その時手術すればよいということでした。5年前位に5mm位に大きくなってきたのですが、「様子を見よう」ということで、様子を見ていたのです。それが去年から今年にかけて急に大きくなり(がんというものはある程度の大きさになると急に大きくなるものです。1分裂で倍になるので)、今回とうとう放っておけば神経に触れ、障害が出るということになりました。

普通、いくらなんでもここまで放っておく人はいないって! 私もそう思います。

なので私にはやはり無意識に死への願望があるのかなあと思ってしまいました。(反省!)

今日、がん友の家に遊びに行き、私が「あと5年は生きると思うから」と言ったら、がん友が「えーっ! だめだめ。20年よ」と言いました。「がんはあっても、あばれなければいいのよ。鍼に行って免疫力upしよう」と言いました。「はい、そうします」と私は答えました。

(近藤誠医師:慶応義塾大学病院放射線科講師「患者よがんとたたかうな」の著者:は私の高校の後輩のゆきちゃんの従兄です)。
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by lumokurago | 2008-07-03 22:41 | きままながん患者