暗川  


写真日記
by lumokurago
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索
リンク
ご感想をお寄せ下さいmailto:lumokurago@yahoo.co.jp

嫌がらせコメントは削除させていただきます。

必ずしもリンクするHPの意見、すべてに同調するわけではありません。ご自分で情報を選んでください。

原子力資料情報室

小出裕章非公式まとめ

沖縄タイムス

暗川メインページ
私の下手な絵などを載せています。

杉並裁判の会
私たちの裁判の会です

ポケットに教育基本法の会

「つくる会」教科書裁判支援ネットワーク

もぐのにじいろえにっき
もぐちゃんのページ

プロテア
リリコおばさんの杉並区政ウォッチング

鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
松田まゆみさんのページ

熊野古道の路沿い
鈴さんのページ

風に吹かれてちゅちゃわんじゃ
小笠原父島で農業をやっているサエちゃんのブログ

三宅勝久さんのブログ
杉並区在住のジャーナリスト

カテゴリ
以前の記事
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

カテゴリ:沖縄タイムス( 42 )


こっこタイム⑤ 愛よ愛々/かなよ かなかな

c0006568_21291959.jpg

その目が欲しい、と乞(こ)う微(ほほ)笑んでくれまいか、と願う
たとえ私が道に迷っても辿(たど)り着けるように
鐘を大きく鳴らして、そこにいてほしいと、手を合わせる。

祈りを掛けた。
たくさんの想(おも)いを束にして、
全部繋(つな)いで金網に結んだ。
潮風になびく色とりどりの「祈り」の、
その美しかったこと。
でもそれは、あっという間に灰になって消えた。
「命どぅ宝」のこの島で。

蹴(け)散らしてやろう、と踏み出す
こんな島沈んでしまえ、と叫ぶ
もう何もいらないとあきらめたつもりで、
それでもどこかに咲いているであろう赤花を探している。
白妙の砂浜の向こうには、まっさらな雲。なんじゃそりゃ?
世界に向けて掲げられた、白旗みたいじゃないか。
まだ負けちゃいない。
降伏が、平和への賢明な道だなんて
想わない。
あんな雲、引きずり下ろしてやる。
雨が降ればいい。
私を打てばいい。
できるもんなら撃ってみろよ。

龍神(りゅうじん)よ出でよ
首里城を映す龍潭(りゅうたん)の水面を揺らして
轟(とどろ)く稲光と共に、獅子よ目覚めよ
「生まり島」忘れたわけじゃなかろう?
さあ、輪になって踊れ
渦になって街を押し流してしまえ

聖者の肩にも、罪人の頬(ほお)にも
同じように雨は降るんだ

ぶっ壊してやろう、と拳を上げる
みんな消えてしまえ、と。
なのになぜ、まだ夢をみてる?
しつこいよ、まだ赤花探しかい?
雨が降ればいい。
全部打ちのめしてしまえばいいんだ。
そこら中、水浸しにしてしまえ。

せっかく沈んだっていうのに、
日はまた昇ってしまう。
南の風の中であろうと、
北の風の中であろうと。

パパ、龍はいるんだよね?
ママ、獅子の舞を見たよね?
今、みんなはどこにいる?
今夜、雨はどこに降る?
ばあちゃん、ごめん。
今、やさしい歌は歌えない。
じいちゃん、力をくれ。
今日はまだこの体に残っている怒りで、走りたいんだ。
明日、花が咲いたらすぐに届けるから
生きていて

(歌手)

もとはこちら

*****

なんて激しいんだろう
なんていとおしいんだろう
なんてせつないんだろう
こっこちゃん、生きていて

注:第二段落は、こっこちゃんのもとに集まったおびただしい数の色とりどりの短冊を、辺野古の浜の基地を隔てる鉄条網に結んだが、すぐに焼かれてしまったことを指す。DVD「大丈夫であるように」にそのシーンがある。
[PR]

by lumokurago | 2010-05-07 21:38 | 沖縄タイムス

この国で今 憲法は(大塚英志)

 沖縄タイムス2010.4.28より。

 「考えたくない民意」支配

 迷走、と世論からもメディアからもたたかれる鳩山由紀夫首相の普天間基地移設問題への対応に多少ぼくなどが同情的なのは、じゃあどうするという具体案を誰も示さないまま、誰もが「アメリカの機嫌を損ねたら大変だ」としか言っていないからだ。

 であれば基地は現行案通り沖縄にとどまるべきだ、という結論しかないのにそれは決して口にしない。

 そして県外移転を断念すればそれは沖縄以外のメディアや世論が暗黙のうちに求めた結論に従ったことになるのに今度は責任を追及される運命が待っている。自分たちが出したくない結論を首相に出させ、これをたたく気満々の「民意」ほど始末の悪いものはない。

 今、この国にあるのは「考えたくない民意」である。この10年だけ見ても有権者は自分たちが圧倒的に支持した小泉改革を掌返しで全否定し、民主党に政権を与えたと思ったら今度はまた罵倒する。およそ投票行動に責任を持つ、ということができない。

 そしてニワトリのごとく三歩歩いたら自分が選挙でいかなる投票行動をしたかを忘れる民意が今や憲法について意志決定できるのが、国民投票法である。

 最短のシナリオとしては、次の参院選の結果、与党過半数割れなり、政界再編なりが起きて「自主憲法制定」を掲げる少数政党がキャスチングボードを握り、ちょうど社民党が与党にいることと逆の事態となるケースだろう。

 9条を少しいじり、「愛国心」と前文にでも書き込み、言い訳がましく環境権の条文が増えた「改正案」が国民投票にはかられて、半端な「憲法改正」がニワトリ有権者のその場限りの民意として実現する。

 しかし、国民投票という直接の民意によって改定された以上、「押し付け憲法」というこれまでの言いがかりはもうつけられない。その責任は有権者にあり、郵政民営化と同じく行き当たりばったりで憲法を変えようと言い出して三歩歩いて忘れられる憲法を抱く国など国の体をなさない。しかし、そう憂いてみる気にも実はなれない。

 考えてみれば普天間問題一つとっても「9条」を持ち出して議論しようとする政治家はおらず、社民党のグアム移転案とて「日米安保」やそこに組み込まれた自衛隊という現実を国境の外まで遠ざけたいだけだ。

 2008年に名古屋高裁で自衛隊のイラク派兵に違憲判決が出たことを知らない人々の方が多いだろうが、時の首相は判決を「傍論だ」と黙殺し自衛隊幹部は「そんなの関係ない」と言い放ち、全国紙は「判決で何も変わらなかった」と皮肉を書いた。

 そんなふうに、憲法も憲法についての司法判断も無視していい国であれば、もう誰も違憲だと思っていない自衛隊の存在どころか、「全体の奉仕者」であることさえ忘れた公務員のやりたい放題も派遣社員や高齢者の「生存権」を認めない社会が可能になったのも納得する。

 護れ、変えろ、と散々言ってきたわりに実のところこの国はずっと「無憲」状態だったのだ。

 ならばいっそ憲法など廃止してしまえ、と本気で思う。憲法が無かったら困るでしょ、という一言が何の説得力も持たないこの国にもはや絶望する気すら起こらない。

 (大塚英志 漫画原作者・神戸芸術工科大教授)
 
[PR]

by lumokurago | 2010-05-02 08:34 | 沖縄タイムス

cocco

 沖縄タイムスを読んでいたので沖縄出身のcocco(こっこ)という人がいて歌を歌ったり、絵本を描いたりしていることは知っていました。このたび、りほちゃんからcoccoのCD(クムイウタ)とDVD(大丈夫であるように)をプレゼントされて、初めて聞いてみました。

 うわあ、この人、生きるのが大変だろうなあ! 私と同じ種類の人間だ。「大丈夫であるように」ってあなたに言ってあげたいよ。「死なないでね」と言いたいよ。

 coccoさん、「生きる」って叫んでいるのは自分に言っているんだよね。「私には何もできない。何もできないから元気にうたう」つまり「生きる」って。私も何もできないけど、coccoさんと一緒に「生きる」って叫ぶことはできる。一緒に生きようね。

 coccoさんは沖縄タイムスで今年から月1回、こっこタイムというコラム(リンクしています)を書いていらっしゃいます。第1回は衝撃的な内容でした。私も喜んでいけにえになります。

c0006568_1555895.jpg もしも願いが叶うなら

〝生(い)け贄(にえ)〟という制度が、まだ残っていたらと想(おも)う。迷信やおとぎ話ではなく現実的かつ具体的効果をもたらす、確実に保証されたいんちきなしの〝術〟としてだ。

 雨乞(あまご)いの唄(うた)よりもっと、てるてる坊主のクビよりももっと確実に効くような。

 「ジュゴンより人間の命大切」という読者投稿を新聞紙面で読んだ。

 「本当に生息しているかどうかわからないジュゴンの保護や美しい自然を守るよりも人間の命を守るのが大事だ」

 ぽろぽろと涙が出た。

 「県外、国外移設となると今後15年以上も普天間基地は現状のままである可能性が高い」

 ぐうの音も出なくて鼻水をかんだ。

 「普天間基地のヘリコプターが今度墜落したら確実に死人が出る」

 その通りだろう。

 「一日も早い辺野古への移設を望む」

 わらわらと泣いた。

 皆、沖縄を愛している。

愛するが故に、皆意志がある。

 県内で対立するのも、県外に向かって叫ぶのもすべては皆が沖縄を想うが故だ。もともとの犯人捜しをしたってもうしょうがない。

 最初から基地がなければこんなことには…、なんてそんな〝たられば〟の話では前に進めない。

 私は、生け贄になりたい。

〝もしも願いが叶(かな)うなら〟なんて、〝たられば〟よりたちが悪いかな。

 たとえば私を白い布でぐるぐる巻きにして海に投げ入れるもいい。機関銃で撃ちまくって、家族が確認できないほどの肉片にするもいい。これが終わるなら、この問題がもう終わるなら、そのために〝生け贄〟が必要だとすれば、私は真っ先に手を挙げよう。

 誰に託せばいいのかなんてもうわからない。誰を信じればいいのかもわからない。

 泣いて叫んで走り回っても私に山を動かす力はない。誰かの〝愛してる〟が、万人にとっての正義になり得るわけでもない。誰かの愛が故にこの島は揺れ続ける。

 どうしようもないナルシストな発想にちゃんちゃら笑える。わかってるよ。誰もそんなこと望んじゃいないって。あまりに稚拙な思考回路だろ?

 でも、もしも願いが叶うなら。私はこの問題を終わらせるために捧(ささ)げられる生け贄になりたい。

 私はもうなにもいらない。何もいらないよ。

 最期に、遺す言葉が許されるなら、こう叫ぼう。それがまた誰かの愛の形を踏みつぶすことになってもお願いだ。目を開けろ。

 この海は、ジュゴンの海だ!(歌手)

****:沖縄タイムスより引用(2010年01月05日)
[PR]

by lumokurago | 2010-04-28 15:12 | 沖縄タイムス

戦略も国民了解もなく

  沖縄タイムス「現論」(2010.3.26付)より転載します。筆者は「新しい歴史教科書をつくる会」主導の「新しい公民教科書」の執筆者の一人である佐伯啓思氏です。

*****

  前略・・・
  ところでここで気になるのは、日米同盟とは何かということだ。一応の回答は、1960年に改訂された新日米安全保障条約に基づく、日米による安全保障体制である。この体制の最大のポイントは同条約6条にあって、日本は米軍に基地を提供する代わりに、米軍は日本および極東の安全保障に責任をもつ、という双方の義務が明記された点にある。

  60年に、日本中を巻き込んだ「アンポハンタイ」の国民運動を振り払ってこの条約改定を断行したのは、当時の岸信介首相である。基地提供の見返りとして、「日本、並びに極東」の安全保障を確保するという「双務的」なものへと条約を改正するというのが岸首相の意図だった。

  双務的

  これが真に「双務的」かどうかはひとまずおいておこう。端的にいえば、憲法によって軍事力の保持を禁じられた日本の安全保障を米国が代行する、という義務を明記したわけで、その代償が基地提供だというわけである。

  この新安保条約は今も有効である。しかし同時に日米安保体制はその後も修正を重ね、「日米同盟は深化した」といわれる。どう「深化」したのだろうか。

  まず96年の「日米安全保障共同宣言」と、それに続く97年の「日米防衛協力のための新指針(新ガイドライン)」がでてくる。これは「冷戦以降」の米国の世界戦略を背景にしたものだが、宣言では、日米同盟は「アジア太平洋地域の安定、繁栄の基礎」とされた。

  続いて21世紀にはいり9.11テロが生じ、イラク戦争が強行された後の2005年には「日米同盟  未来のための変革と再編」が合意される。

  では何が合意されたのか。ここにおいては、日米同盟は「世界における共通の戦略目的を達成する」とされているのである。つまり、日米同盟は、「世界における課題」に共同して対応する、というわけだ。

  関係の拡張

  いうまでもなくここには、世界規模での対テロ戦争を遂行し、アフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮などの「無法者国家」と対峙する米国の世界戦略が見える。つまり、日本は「同盟関係」によって、米国のこの世界戦略に協力する、という合意といってよい。「同盟」といっても、米国の敵が誰か、どこと戦うかをいちいち日米で相談して決めるわけはないのだから、これは、事実上、米国の世界戦略に日本を組み込むという合意にほかならない。

  こうなれば、日本の都合で基地を動かす、などということは容易ならざる事態である。だがそれより私が疑問に思うのは、96年合意の「アジア太平洋の安全」からさらに05年の「世界の安全」のための同盟、という事態へと日米関係が拡張されることを、果たして国民は了解しているのだろうか、ということだ。

  日米が協力して「世界の安全保障にあたる」という目的を、本当に日本は共有しているのだろうか。もしそうなら、積極的に基地を提供するのが当然である。だが、私には、日本にはそこまでの世界戦略も覚悟もあるとは思われない。

  そうだとすれば、鳩山政権が提起すべきだった問題は、ただ基地移転ということではなく、このような日米「同盟」の性格そのものについてなのであった。

*****ここまで転載。

  沖縄タイムスが「新しい公民教科書」の執筆者の意見を掲載するとは珍しいと思って読んでみたら、とてもまともな認識でした。まともな認識ができないのは政府だけなのでしょうかね?  情けないことです。
[PR]

by lumokurago | 2010-03-29 18:25 | 沖縄タイムス

県議会が全会一致で県外移設を

  県議会は24日、米軍普天間飛行場の県内移設に反対し、政府に早期閉鎖、返還と国外、県外移設を求める意見書案を全会一致で可決した。県議会が「県外、国外移設」の決議、意見書を可決するのは初めて。県議会が全会一致で普天間飛行場の県内移設に反対するのは1996年7月の「普天間飛行場の全面返還を促進し、基地機能の強化につながる県内移設に反対する決議」以来14年ぶり2度目。

*****

 宜野湾市は23日までに、米軍普天間飛行場の危険性を放置しているとして、国の責任を問うため、提訴を視野に入れた法的な調査を2010年度から実施する方針を決めた。同飛行場の運用実態を国内法や国際法などと照らし合わせ、提訴の可能性を探る。伊波洋一市長は「住民の安全をないがしろにしている提供施設のあり方を問い、基地使用の差止めにつなげたい」としている。
[PR]

by lumokurago | 2010-02-26 21:23 | 沖縄タイムス

県内拒否 県民が判断

 沖縄でのことを書きたいのですが、24日の裁判の証人尋問の準備に追われているため、少しお待ちください。

 今日はダグラス・ラミスさんのインタビューを転載します。沖縄タイムス2009.11.7より

*****
 
 (前略・・・)日本政府の代表の発言を議論の中心にすると、米軍普天間飛行場の移設先を辺野古にするかしないかは、日本政府が決めるという雰囲気になる。だが、辺野古で造らないということはもう決まっている。世論調査、選挙、2000日続く辺野古の座り込みなどの非暴力抵抗などで、沖縄に新基地を造る場所はないと県民が決めた。本土に置く場所がないと言われても、それは本土の問題であり、沖縄で悩む問題ではない。

ー県外移設は困難だとの見方が政府内にある。

 空地や人口の少ない所、使われていない民間空港はある。「置く場所がない」とは置こうとすれば反対運動が起こる、という意味だろう。住民が反対する所では基地を造れない。ならば、辺野古、沖縄こそ造れない場所だ。

 一昔前、多くの日本人は日米安全保障条約に反対していた。ところが、最近はそのスローガンをほとんど聞かない。安保条約による在日米軍基地のほとんどを「遠い」沖縄に押し付けているからだろう。安保条約は沖縄の復帰以前、日本で決まった。沖縄は議論に参加しなかった。現在多くの日本人は、安保賛成らしい。その条約下にある基地を、条約がほしい人たちの所に置くことは珍しくない提案だ。

 たぶん政府は、沖縄の基地を本土に置くなら安保闘争が復活すると、恐れている。もし安保をめぐる大きな議論が本土で盛り上がれば今度は沖縄の声は無視されないだろう。

ー米政府は県外移設は困難だとしている。

 辺野古でなければという軍事戦略的な理由はない。北朝鮮を脅威に感じるならば、新潟県に、中国が脅威なら北京に近い場所に基地を置けばいい。基地を1カ所に集中させるのは軍事戦略上誤り。沖縄に基地を置きたいのは、占領して獲得した戦利品という意識が強いからというのもあるだろう。しかし、住民の抵抗で沖縄の基地が撤去されれば波紋はアジア中、世界中に広がる。

*****ここまで引用

 そうだそうだ。安保条約が必要だという人が一番たくさん住んでいる所に基地を置けばいい。つまり東京に!

 それに原発などの発電所も電気を一番多く使う所に作ればいい。つまり東京に! だって、安全なんでしょ!
[PR]

by lumokurago | 2009-11-14 22:34 | 沖縄タイムス

「移設」というワナ(武藤一羊)

 沖縄タイムス2009.11.2&3に武藤一羊さんが「『移設』というワナ 鳩山政権と沖縄米軍基地」という論文を書いておられます。長いので要約してご紹介します。

 普天間基地をめぐる鳩山政権閣僚たちのふるまいは、答えが見つからず焦りまくっているように見えていたところ、10月20日にゲーツ米国防長官が来日し、文字通り日本政府を恫喝した。閣僚たちの焦りと怯えは一気に募り、支離滅裂となった。岡田外相の「嘉手納統合発言」、北沢防衛省の詭弁と無責任発言を繰り返している。鳩山首相は一貫しておっとりと構えており、恫喝をやりすごす態度としては評価できるが、この問題全体がメディアを含めて「普天間移設」問題と呼ばれていることに注目しよう。

 移設するのは米軍基地であり、その行為の主役は米国政府でしかありえないのではないか。特定の軍事機能遂行能力をA地点からB地点に移す、この軍事機能は100%米国のものである。つまり「移設」行為は本来日本政府を主語にして語りうるものではないのに、われわれはアメリカ政府・軍の頭で考え行動するようになっているのだ。

 こちらから見れば実体的問題は二つあり、一つは古い危険な基地を閉鎖させる問題ともう一つはアメリカが新しい基地を要求し、つくらせようとしている問題である。これはこちら側からすれば別個の問題である。

 アメリカは新基地を旧基地の代替基地と考えているかもしれないし、そうでないかもしれない。真喜志好一氏は綿密な資料分析に基づいて、米国がすでに1960年代から辺野古に総合的な巨大基地建設を計画していたことを10年前から明らかにしている。

 こちら側にとっては、危険きわまる基地を閉鎖させることと、美しい自然を破壊し地元社会を危険にさらす戦争施設をもう一つつくらせないことは、それぞれ独立した深刻な問題であって、一方で要求を通せば、他方はあきらめなければならないものではない。それを人質の命と身代金のどちらが大事かと迫るようにむりやり結びつけたのが「移設」という米日国家による論理である。

 問題を新基地設置にすり替え、「移設」のワナに引き込んだ1966年のSACO合意は、米国の沖縄への準領土意識と沖縄を国内植民地と扱う日本国家の植民地主義的体質の共鳴の産物であった。

 米海兵隊8000人をグアムに「移転」させて沖縄の負担を軽減するという一見甘い口実で、グアムでの米軍基地拡張を巨額の日本の税金でまかなうという途方もない「米軍再編」の取り決めも同じ手口によるものである。これがグアム基地のハブ化計画にすぎないことはすでに広く指摘されている。

 鳩山首相はオバマ大統領との会談で、沖縄基地の問題には一言も触れなかったという。岡田外相は「米国を刺激したくない」とした。これでは交渉は初めから負けである。刺激を避けてできるのは交渉ではなく、懇願である。懇願で与えられるのはお恵みであろう。

 鳩山政権は交渉しようとしているのか、懇願してお恵みにあずかろうとしているのか。

(ここからそのまま引用します)。

 その分かれ目は、「移設」、「移転」というニセの枠取りを取り払い、本来の問題について対米交渉を開始できるかどうかにある。普天間基地については、「代替基地」建設の進抄などとは無関係に、その閉鎖を要求し、交渉する。辺野古基地の建設については、自民党政府の決定を凍結し、計画の撤回を米国と交渉する、普天間閉鎖はいかなる交換条件からもきっぱり切り離すことが必要である。それは普天間基地閉鎖への近道である。

 「移設」方式では移設先が見つかるまでは普天間基地は存続することになる。そして「移設」先をどこに選んでも、そこには激しい抵抗が待っているだろう。「移設」方式は破産したのである。13年間の失敗の実績がそれを証明したではないか。日本政府は、米国にこの破綻を認めさせ、その上に立って、SACOと米軍再編合意の見直しと再交渉を申し入れよ。タフな外交交渉なしにこの問題は解決できないのである。後略・・・。

*****

 突然ですが明日から沖縄に行き、8日の県民大会に出て、10日に帰ってきます。今は薬で痛みがほぼコントールされていますが、動ける期間が短いかもしれないので、思い切って行ってきます。

 沖縄はもうだまされない(真喜志好一さんのHP)

 私は真喜志さんのお話を聞いたことがありますが、いやはや恐ろしい! メディアは何も報道しません。というか知らないのか・・・。すべては私たちが何も知らないうちに進んでいるのだ。
[PR]

by lumokurago | 2009-11-05 21:41 | 沖縄タイムス

普天間「県外」「国外」34人

 沖縄タイムス2009.10.301面トップの見出しです。

 昨日、PET検査で糖分と放射性物質を注射した後、それらががん細胞に到達するまで1時間、待っている間に国会中継を見ていました。

 普天間飛行場の移設先について、鳩山首相が「沖縄県民の負担を減らす。沖縄県民と協議する」と答弁している(これが本気ならえらいが)のに対し、自民党町村氏が「沖縄県知事は『沖合修正』を求めているのだから、沖縄県民は辺野古沖を認めているのだ」と発言しました。(ひどーい。今まですべてこうやって上から押し付けてきたんですね)。

 が、沖縄県内41市町村長のうち、「県外」15人、「国外」9人、「県外か国外」としたのは10人です(沖縄タイムス実施アンケート)。仲井真知事が求めている「沖合修正」はたった3人です。
 
 前回(9.14付)のアンケートで「沖合修正」を容認した首長のうち4人が、今回は「県外」および「国外」と回答。ほか態度保留から「県外」に転じたのも6人です。

*****以下引用(2009.10.30沖縄タイムスより)

 「県内反対」拡大の途

 「私はこれから県外移設を主張する」。岡田克也外相による嘉手納基地統合案で注目を浴びる宮城篤実嘉手納町長は、はっきりとした口調で答えた。「普天間飛行場の県外移設は反対。知事もその方向でやるべきだ」

 これまで「地元首長が考えること」として同飛行場の移設問題に明確な見解を示さなかった宮城町長。しかし県外移設を早々と断念するかのような大臣らの発言を受け、「政府は公約を守るべき。宜野湾市民にエールを送る意味でも県外移設だ」と語気を強める。

 金城豊明豊見城市長は、現政権の公約実現に期待する。沖合修正を支持してきたのは、普天間の危険性除去に現実的と考えたからだ。

 だが、「県外移設」を選挙公約した民主党が政権をとった今、事情が違うという。「国防の問題を名護市などの一部地域に決めさせるのは酷だ」。外相や防衛省の発言がブレる中、県外移設を求めて県民大会への参加を決めた。

 今年9月までは現行案の沖合修正を容認していた宮城馨国頭村長も、今回は「国外」を選択した。「辺野古移設は方法論として苦渋の選択。最初から県外、国外と思っていたと話す。

 基地の現実を直視した対応を主張する島袋俊夫うるま市長も「県外」を選択した。これまでは政府の方針と苦渋の選択をした地元の意向を尊重していたが、ゼロから協議する新政権を見て変えた。

 「原則に立ち返って県民誰もが望む県外を選択した」と力を込めた。

*****ここまで引用

 沖縄県出身、選出の議員でつくる「うるの会」(会長・喜納昌吉参院議員)は27日、北沢俊美防衛省と面談し、移設先を硫黄島とする案を提案しました。

 北沢防衛相は同省として硫黄島への移設を検証していることを明らかにした上で、島内に活火山を有するなどの環境面で米側が移設に難色を示す懸念があると答えたそうです。 

 沖縄では8日に「11.8辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」を開きます。沖縄タイムスでは「普天間移設 県民の声ホットライン」を開設、県民の意見を求めています。

 私たちも新政権に「県外移設」の公約を実現するよう求めていきましょう。
[PR]

by lumokurago | 2009-11-03 10:41 | 沖縄タイムス

沖縄はまだ戦時中

 不発弾で死亡 戦後710人 沖縄タイムス2009.6.17

 沖縄戦後の1946年以降、不発弾が原因とみられる爆発事故は1087件発生し、死傷者は1991人、うち死亡者は710人(負傷者1281人)に上ることが、琉球警察統計書(~71年)と県の統計(72~2009年1月)から分かった。特に本土復帰前は年平均70人超が死傷、1958年までの多くの都市で、県内死亡事故原因の上位3位あった。今年1月には糸満市で爆発事故が発生。戦後64年めの今も「戦争被害」は続いている。

 (不発弾問題で「日常の『戦場』」を連載中)

 6月23日の慰霊の日が近いので(明日だった)、沖縄戦や平和に関する記事が多くなっています。

 悲嘆の地へ祈り届け 忘れない戦世 2009.6.18

 平和のいのり      比屋根憲太(大里北小6年)

 石に刻まれた家族の名に
 涙を落す祖母
 なんの形見も残っていない石に
 声にならない声で
 石をさすり
 石をだきしめる
 小さな声でとても小さな声で
 「本当は話したくないサー」
 少し首をかしげて
 空を見上げる
 人さし指の大きさの大きな傷
 あごと左腕に残る
 戦争の傷あと

 祖母は傷の手当をするために
 水くみに行った
 防空ごうに姉を残し 母と二人で
 そのあとすごい光と音・・・
 そのまま姉はもどらなかった
 「いっしょに連れて行けばよかった」
 「ごめんね ごめんね」 
 と何度も何度も

 きたときよりも
 石を強くさすり
 石を強くだきしめる
 ぼくはもう声を上げて泣いていた
 そして祖母の背中をずっとさすった

 こんな青い空に
 こんなおだやかな沖縄に
 戦争は似合わない
 祖母のくしゃくしゃな涙も
 似合わない

 そんな祖母はもう今は歩くことが
 できない
 毎日毎日空を見て
 きっと
 生きている喜び
 生き残った悲しみを感じて
 いるのだろう
 ぼくは車イスをおして
 祖母のいのりを引きつぐ
 戦争のない平和な国を
[PR]

by lumokurago | 2009-06-22 22:39 | 沖縄タイムス

これが沖縄の声です

沖縄タイムス2009.5.4. 論壇より

自ら美点を捨てた沖縄  日本人化で社会が荒廃

 昨年、国連自由権規約人権委員会がアイヌと琉球を先住民と認め、日本政府に対し、その伝統的文化と生活を保護するよう勧告した。国連が琉球を日本国内の先住民と認めたということは、先に国連総会が採決した「先住民の権利宣言」が琉球にも適用され、琉球人が「政治的地位を含め自己決定権を持つ」ことを国連が認めたことを意味する。

 先住民の権利宣言は、先住民が持つ生得の権利を認め、土地への権利、軍事活動の禁止等を規定している。これによりさまざまな沖縄問題が主体的に解決できる。琉球人が日本人となり、日本と同一法制度がしかれ、日本人と同種になるということは、日本が琉球の主権を奪い、土地と住民を他国から排他的に支配し、さらに日本(人)が琉球に対して権利を伸長し琉球人の生得の権利を奪い得るということである。

 明治初年、台湾に漂着した琉球人の遭難を、「日本国民」を殺害したとし、清国に琉球人を日本国民と認めさせ、琉球併合と台湾出兵の口実にした歴史が想起される。現在、外部企業が沖縄の土地を買い占め、海岸を囲い込み地元住民を締め出し富を収奪している。一方、「移住者」(植民者)も増加し、地元の職を奪い、わがもの顔で振る舞うものも多い。また、本土在住者が投資目的で軍用地を買いあさっている。

 これらの行為は法的には何の問題もない。しかし法的に問題ないということが問題なのである。現行法制度で、琉球人の生得の権利への侵害が合法的行為として正当化されているのである。将来沖縄の人口構成比率が逆転し、日本人が多数を占め、北海道のようになることもありうる。琉球人が日本人になるということは、琉球人に対する決定権、すなわち「生・殺・与・奪」の権を日本が握るということである。

 われわれは日本と同一法制度、同権獲得を地位向上と誤解してきた。従来の主張も「同じ日本人として差別するな」「本土並み」であり、自ら生得の権利を日本に渡し、日本人化するため沖縄的なものを否定し、日本ナショナリズムに統合されていった。
 
 自然破壊、伝統文化の破壊消滅、琉球後の消滅、平和主義の衰退、強者にへつらい弱者に対して抑圧(特に行政)、拝金主義の横行、肥満率の高さ、長寿社会の崩壊、成人式で暴れる若者に象徴される人心の荒廃など、現在の沖縄社会の荒廃は、物欲と虚栄心のため自ら美点を捨てたためである。「日本復帰」とはわれわれが生得の権利と自己決定権を日本に渡し、倫理的退廃の道を歩むことだった。

              渡名喜 守太(那覇市、先住民族の会、45歳)
[PR]

by lumokurago | 2009-05-10 21:16 | 沖縄タイムス