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カテゴリ:がんと闘わない生き方( 41 )


理解不能な科学信奉

  次期ノーベル賞候補と言われていた戸塚洋二さんの「がんと闘った科学者の記録」(立花隆編)、ディヴィッド-リーフ著「死の海を泳いでースーザン-ソンタグ最期の日々」について、同じ科学者或は思想家でありながら、近藤誠さんや網野皓之さん、最首悟さん、石川憲彦さんと比べ、なぜここまで科学信奉と反科学に考え方が分かれるのか、よく考えてみたいと思っていました。

  戸塚洋二さんは転移性大腸がんでしたが、あらゆる抗がん剤を次々に試し、科学者らしくデータをとって、がんの大きさや腫瘍マーカーの値の変化をグラフに表しています。抗がん剤を試すことは彼にとって当然の前提であり、そのことに一瞬の疑いも持ちません。抗がん剤はがんに効くと信じきっており、転移がんも早期発見して抗がん剤治療をすべきという科学信奉の最たるものです。

  それに対して世界中の何千という医学論文を読んできた近藤先生は、白血病、悪性リンパ腫など一部のがんを除き、固形がんには抗がん剤は効かないという結論に達し、がんは早期に発見しても意味がないので無駄であるばかりか、身体への侵襲のひどい治療を避けるためには無症状のうちには発見しない方がよいと主張しています。術後補助療法の抗がん剤やホルモン治療も寿命を縮めるだけであり、また、転移を早期に発見しても意味がないとしています。がんは転移したら治らないので、症状が出てからの対処で十分という考え方なのです(一部のがんを除き抗がん剤は効かない)。

  少し前にNHKで立花隆さんが取材して、がんについて特別番組を放映していました。ご覧になった方も多いと思います。その中で立花さんはアメリカの最新の研究なども取材しながら、がんは将来的にも治るようにはならないだろう、抗がん剤に効き目はない、自分は(たしか)膀胱がんだが、今後転移しても抗がん剤治療は行なわないと結論づけていました。近藤先生の考え方と同じです。

  立花さんは戸塚洋二さんの本の編集者であり、生前、メールをやりとりし、死の直前にはインタビューも行なっていますが、戸塚さんの抗がん剤治療一辺倒に対して、何も意見を述べていません。立花さんが急にNHK番組のような考え方に変わったとも思いにくいので、なぜ戸塚さんに抗がん剤への疑問をひと言も述べなかったのかには非常に疑問があります。もちろん死の直前には言いにくいでしょうが、戸塚さんと立花さんとは以前からの知り合いであったようです。相手が次期ノーベル賞候補の科学者であったので言いにくかったということなのでしょうか?  それにしては誰もが見るNHK番組で抗がん剤治療を否定しています。戸塚さんがあまりにも科学信奉なので言い出せなかったのかもしれませんが、この本では抗がん剤治療について何も言及しておらず、NHK番組で急に否定にまわったので、驚きました。

  (立花さんは神戸の酒鬼薔薇事件ー冤罪ですーでも大きな過ちをしています。検察庁の検事調書をA少年が犯人であるという前提で週刊新潮に公表し、国民全体にA少年が犯人であると印象づけたからです。しかしこの検事調書は非常に問題のあるものでした。この事件が冤罪であることについては松川事件の弁護士であった後藤昌二郎弁護士の著書はじめ何冊もの本が出版されています。いずれ余裕があれば紹介します)。

  ところで、スーザン-ソンタグさんも1%に賭けて(本当は1%もなかったのではないか?)骨髄移植を行ないます。彼女は今後の医学の進歩によって不老不死も夢ではないとまで息子と語っています。彼女は「私は生活の質などに興味はない。自分の命を救うために、あるいは長引かせるために、打てる手はすべて打ってもらいたいーーそれがどんな大博打であっても」というほど、「生」に執着を持っているのですが、私にはまずその気持ちが全く理解できませんでした。彼女がなくなったのは71歳です。30歳や40歳ならともかく(それでも違う考えの人もいることでしょう)、70年も生きてきて、なぜそんなに執着するのか?  

  だいたい人間がみんな不老不死になったら、地球上は人間であふれてしまいます。そうなればますます地球環境は汚染され、破壊され、動物たちは絶滅していくことになります。なぜ人間だけにそんな暴挙が許されるのでしょうか?  人間は自然の一部なのであること、死ぬのが自然なのだということがなぜわからないのでしょうか。

   おそらくこのあたりが科学信奉者と反科学論者の分かれ道なのではないでしょうか。近藤先生も何かの本で地球環境が破壊されていく一方なのに経済成長を止めようとしないことについて否定的意見を述べていました。戸塚洋二さんは科学の進歩によって原子力発電所の事故も防げる、これからは原発を増やしていくべきだと述べていました。しかし、うっかりミスをしない人間はいません。人間が操作している限り、原発の事故はゼロになることはありません。将来、決してミスを犯さないコンピュータが人間なしで原発を操作するようになるのでしょうか?  そのコンピュータは永遠に壊れないのでしょうか?  定期点検をするのも決してミスをしないコンピュータとなるのでしょうか?  そうなった時、人間は何をするのでしょう?

  それとも小さな事故が起こり、数人が犠牲になるのは国民全体のためには仕方がないという考えなのでしょうか?  近藤先生は治らないがん患者を使って抗がん剤の毒性を試す治験の非人間性から、治験はいらない、彼らを犠牲にしてまで抗がん剤を開発する必要はないと言っています。

  というわけで、科学信奉者と反科学論者とはたった1人の人間や動物を大切に思うかどうかの違いではないかとの結論に達しました。水俣病に長年関わってきた最首悟さんが反科学論者であることも納得がいきます。科学の発展で公害はなくせると考えるのか、しかし、その過程で犠牲者が1人でも出るならば、発展はいらないと考えるのか。私は科学がいくら発展しても自然に勝つことはないと思います。科学の発展が人間らしい生活を破壊してきたと感じています。昔に戻ることはできませんが、だから、あまり長生きしたいとは思いません。

  
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by lumokurago | 2010-02-28 20:28 | がんと闘わない生き方

がん論争打ち切り記事(JANJAN)

がん患者は医師言いなりでなく、知識を求め合理的選択を
素人同士がこれ以上私見を言い合ってもムダ 論争は打ち切ります


 私は自分が乳がんにかかり、乳がんについて勉強したことから、がんをはじめ日本で医療として行われている行為の多くが無駄であり、むしろ有害でさえあると知りました。さらに、国民全体が「健康ファシズム」とでも言うべきものに絡めとられていること、医療を極端に過信し、医療信仰に陥っているという事実も知りました。

 それからすでに15年以上経ちますが、未だに不適切ながん治療を受けている人が後を絶たず、一方で健康ブームはますます隆盛をきわめています。

 最近も身近なところで高齢の方ががんの手術後、間もなく亡くなられ、手術しない方が長生きできたのではないかと考えました。乳がんで全摘され、毎月マンモグラフィを受けている人については、温存できたのではないか、毎月の定期検査は根拠がなく過剰ではないかとも考えます。治療しない選択肢もあるのに効かない抗がん剤治療に苦しんだり、高血圧や糖尿病の無駄な薬を飲まされて具合が悪いのは、副作用ではないかと思われる人などなどがいます。

 それらの人を見ていると、日本の医療の実態を知っていれば医者のいいなりにはならず、知識を求め、真実を知って合理的な選択ができたかもしれないと思います。自分の体験をもとに、日本の医療の実態をより多くの人に知らせたいという強い思いが私にはあり、その手段の一つとして、この間JANJANにがん体験の記事を書いてきました。

 私は「がん検診に意味はない」「早期発見早期治療に意味はない」(むしろ無駄な手術の後遺症などで損をする)とする近藤誠医師らの主張を紹介しました。これに対して根強い医療信仰から来る反発があり、ご意見板で反論や質問が寄せられました。それらの質問には近藤誠医師本人に答えていただきました。

 その後、岡田克敏さんが「近藤医師らの『がん検診無効論』は治療機会を奪い危険」を書かれ、村上久三郎さんも「責任は持てないが」という注釈付きで「がん患者の生存率をモデルに基づいて解析してみると」「放射線診断による被ばくと発がん 相関性を検討する」を書かれ、「早期発見早期治療」を主張しました。

 私の記事や2月17日付の荒木祥さんによる「がんは生活習慣病、予防が大切 早期発見早期治療で、死亡は減るのか」は近藤誠医師や岡田正彦教授という専門家の意見を元にしたものです。しかし、岡田さんや村上さんの記事は専門家の意見を元にしたものではなく、素人の私見です。読者の中にはこれらの私見をもっともと思う人がいるかも知れません。私は彼らにこのような記事を書かせる事態を招いた者として、責任を感じます。

 私を含め、これ以上素人同士が私見を言い合っても読者を惑わすだけだと思います。これまでのがん論争をここで簡単に整理し、打ち切りとします。

 私の立場は、これまでの記事で明らかにしています。近藤医師や岡田教授の「がん検診に意味はない」「早期発見早期治療に意味はない」を支持する立場です。私は素人ですが、他の医師の本、近藤医師と近藤医師に対立する専門家の対談なども読んだ上で、近藤医師、岡田教授のデータの読み方が正しいと判断しています。

 それに対して市民記者の岡田さんらは彼らのデータの読み方を信じず、早期発見早期治療が人の命を救うと考えており、私のことをいわば「近藤教の信者」としています。しかし、こちらから見れば岡田さんらは「早期発見教の信者」となるわけです。どちらが宗教でどちらが信者なのかは読者一人一人が勉強してご自分で判断してほしいと、今までもご意見板で申し上げてきました。(反論している人たちの中には村上さんはじめ、近藤医師らの本を読んでいない方がいて、何をかいわんや。彼らは「早期発見教の信者」以外の何者でもありません)。

 ここで村上さんの記事に反論します。簡単ですが、これで十分だと思います。

 「がん患者の生存率をモデルに基づいて解析してみると」について
 1、【解析の条件】で「手術後、がん細胞数は幾分残存する。残存したがん細胞は増殖すると仮定する」としているが、普通手術したらがんは取りきったことになるので、条件自体が誤り。がん細胞が残存することを前提に手術するのでは、それこそがん治療を否定していることになる。

 2、がんががんたるゆえんは「転移」にあるので原発がんだけ検討しても意味がない。転移しないがんならば、症状が出てから治療しても治る。

 「放射線診断による被ばくと発がん 相関性を検討する」について
 1、一度受けた放射線は生涯にわたって消えず蓄積されていくということを完全に忘れている。1回1回の被ばく量は少ないとしても、蓄積されれば無視できない量となる。

 2、発がんについては以下の記事で近藤医師が解説している。
 ・がんと闘わない生き方(15)近藤誠医師に聞く(下) 胃のレントゲンやCT検診、知られざる「医療被ばく」の高いリスク

 論争を終えるにあたって

 記事の中で何度も注意を喚起しましたが、がん治療に限らず日本の医療は決して信頼できるものではありません。一人一人が勉強して、賢くなって下さることを心から望んでいます。医師が本音で日本の医療の現状を語った本を何冊か推薦しておきます。特に「満足死宣言」は、長年地域医療に携わってきた医師が現場から問題を明らかにしたもので、お勧めです。

 1、「満足死宣言」(根岸利幸・矢嶋嶺・瀧澤清・網野晧之 日本評論社)
 2、「成人病の真実」(近藤誠 文藝春秋)
 3、「新 治る医療殺される医療 医者からの警告」(小野寺時夫 中公新書ラクレ)

 近藤医師が次のようにおっしゃっていたことを付け加えておきます。

 「早期発見早期治療理論には有効だというデータがないのではなく、無効だというデータがある。それでも早期発見早期治療を信じるのは宗教。僕の本にはデータの出典が書いてあるから、元のデータに当たって下さい。着目すべきは、ランダム化比較試験(くじ引き試験)の結果。これまで、肺がん、大腸がん、乳がん、前立腺がんを早期発見するためのくじ引き試験が、それぞれ幾つも行われてきたが、どれも放置経過観察群と検診群とで、総生存率ないし生存期間に違いがなかった。検診の有効性を説くなら、検診群の寿命が延びたというくじ引き試験結果を探し出さないと」
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by lumokurago | 2009-09-11 20:26 | がんと闘わない生き方

岡田さんにはつくづく頭にきた

 本間さん、応援ありがとうございました。もうほっとこうと思ったけど、あまりのひどさに、また、ついつい書いてしまいました。
【追記】 つけたしました。

近藤医師らの「がん検診無効論」は治療機会を奪い危険ご意見板

 RELAXさんへの返事は明日以降いたします。

【追記】 コメント欄にいたしましたのでそちらをご覧ください。relaxさんの以前のコメントについては、これからまだ記事を書いていきます。
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by lumokurago | 2009-08-14 22:55 | がんと闘わない生き方

あきれたあ!岡田さんの記事

 naturalさん、みなさん。私のがん関係の記事や近藤先生の記事にコメントしていた岡田克敏さんが以下のような記事を書かれました。賛成のコメントも寄せられています。一人は近藤医師の本を読んでいないとのこと。読んでいない本についてよくまあコメントが書けるなあとあきれてしまいます。この人は検診で早期がんがみつかり、命が助かったと、非常に素直に信じておられます。また、「医学は日進月歩」と医療に過大な期待を抱いていらっしゃいます。「知らない」ということはこういうことなんですね。

 もう一人は「その本を信じて命をなくしても、医療過誤にはならないから恐くないのでしょう」ですと。近藤先生「火あぶり」ですね。(昔、近藤先生は医学界から「火あぶり」状態にされたとのことー近藤先生と対談している川端医師の言葉。ちなみに川端医師は近藤先生のことを「日本一勉強している」と書いていました)。この人は「専門家」を強調していますが、信頼に値するデータを出してもらえば素人だって判断することはできるのです。なにしろ自分の命のことなのですから。なんでもかんでも「専門家」しか判断できないとしたら、一般庶民はどうやって暮らしていけばいいのでしょう? 何も考えるなってか。

 岡田さんは近藤先生が金儲けのために本を書いたみたいに書いています。岡田さんは本当は誰が金儲けしようとしているのか、真剣に考えた方がいいんじゃないですか? 

 こんなにだまされやすい人ばかりだと、というか自分の頭で考えない人ばかりだと、日本という国がまともにならないのも仕方ないかも。

 今日、杉並区でまた扶桑社版歴史教科書が採択されてしまいましたが、、これも元はと言えば山田宏氏を区長に選んだ区民一人ひとりの責任です。

 すべて未来の歴史が証明するでしょう。

 「それでも地球は回っている」

近藤医師らの「がん検診無効論」は治療機会を奪い危険

 ここだけに「陰口」のように批判を書くのは卑怯と言われるかもしれませんが、岡田さんにはもうさんざん書きましたので、さすがの私ももううんざりです。岡田さん、あしからず。コメントを寄せた方もあしからず。

 私でさえわかるデータの読み方がわからないあなた方にはほとほとあきれました。これほどがん検診には意味があると信じたいのには何かふかーいわけがあるんじゃないんですか? バイアスかかりすぎです。

 と言っても、そちらも「近藤教」という「新興宗教」におぼれている者には何を言っても無駄と思っているんでしょうね! 

 みなさま、何度も繰り返しますが、どちらが宗教かはきちんとデータを確かめて、ご自分の頭で考えてご自分で判断なさって下さい。その上でがん検診を受けるのは自由です。(ただそれでがんが見つかった時は、近藤先生の本をよくよく読んで治療するかどうかはじっくり考えることをお勧めします)。

 【追記】 しつこいようですが、「治療するな」とは近藤先生も私も一度も書いたことはありません。がん検診で見つけてすぐに治療しても、症状が出てから治療しても同じことだと言っているのです。

【追記2】 がん検診でがんが見つかってしまうと治療の必要がないのに手術されてしまったりして、逆にその手術の後遺症で苦しむことがあるのです。
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by lumokurago | 2009-08-12 20:11 | がんと闘わない生き方

近藤医師の記事のご意見板

 がん関係でこのブログに来て下さっている方は、ぜひご覧ください。近藤医師の記事のご意見板でやりとりが進行中です。

http://www.news.janjan.jp/living/0907/0907287883/1.php

 完全に海に転向しようとして、久しぶりにダイビングをしようと思うのですが(障害者向けのダイビングを行っているショップが高円寺にある)、右の耳がかすかにふさがっているため、耳鼻科に行きました。(ダイビングでは水圧の影響で耳が大事)。そしたら、聞こえにくいなんて言ってないのに詳しい聴覚検査をされ、当然、「異常なし」。耳がふさがっていることに対する治療として、鼻から耳へ空気を通してくれたのですが、それ以外に、鼻に薬をつけられ、喉にも薬をつけられ、鼻なんかどこも悪くないのに吸引までさせられ、4020円も取られました。

 この医者、もうけ主義で信用できません。
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by lumokurago | 2009-08-04 23:29 | がんと闘わない生き方

がんと闘わない生き方(15)近藤誠医師に聞く(下)

がんと闘わない生き方(15)近藤誠医師に聞く(下)
胃のレントゲンやCT検診、知られざる「医療被ばく」の高いリスク


 質問:John Gofman の「Preventing Breast Cancer」に乳がんの原因の4分の3は放射線被ばくによるものだとあるのですが、先生のお考えは?

近藤:乳がんが放射線の影響を受けるという話はイエスだけど、4分の3もがその影響で発がんしたと言うなら、それはちょっと言いすぎだろう。今、発がん率の一番確かなデータというのは広島・長崎の原爆データなんだ。原爆で被ばくした人たちがどのくらいがんがよけいに出てくるかを、他の東京や、北海道等に住んでいる人たちの発がん率と比べて、そこから推測しているわけだ。

 ここからは記憶でしゃべるから間違いも入っていると思うけど、『それでもがん検診うけますか』(近藤 誠・著)に出てるから、それを見てもらった方がいいけど、発がん率が高いのはたとえば胃で、乳房はそんなに高くない。マンモグラフィでどの位発がんがあるかという推計もあったりするけど、結局は広島・長崎のデータをひっぱってきて、それとマンモグラフィで被ばくする量と検診を受ける人数をかけあわせて何万人中何人出ると、そうするとマンモグラフィで、例えば100万人がずっと受けたら数十人とか、数十人も行かなかったかな。そういう計算をしている。

 だけどご存じのように乳がんに限らず、がんの原因というのは、遺伝的なものもあるし、食事、タバコ、自然の放射線や、環境中のいろんな毒物とか農薬とかさまざまなものが影響するから、放射線だけで乳がんができたっていう主張はまず通らない。

 通らないんだけど、ここに奇妙なことがあってね、原発関係の労働者は、それも書いたと思うけど、少ない被ばくでも、例えば毎年5ミリシーベルトを受けて、それで白血病が出てくると、その被ばくによって白血病が出たと認定されて、労災補償が出るんだ。5ミリっていうのは、どのくらいかっていうと、CTを1回受けるとだいたい10ミリシーベルト。今日本でCTを受けると造影剤やって、ガッシャンガッシャンと数回スキャンするとすぐ30ミリ、40ミリになっちゃう。

 だから5ミリを毎年受けて白血病が出たら認定するというのは、これは一種の政策が入っている。なるべく被ばくさせるなという、そういう目的があるんだと考えないと、医学的には説明がつかない。

渡辺:因果関係は証明できなくても、政策で認定するんですね。

近藤:因果関係なんて証明できるわけない。線量が高くなればなるほど、発がん率が高くなるのは確かでも、ある人のがんが放射線由来かは推測に基づいている。推測で因果関係を認めるのはOK。OKなんだけど、原発だけ認めて一般の人たちを認めないのはおかしいんじゃないかと、そういう話になるわけ。

渡辺:そうするとCTなんかの被ばくも認定すべきみたいな話になってくる?

近藤:ロジカルには、医療被ばくによる発がんも認定すべき。しかし実際に認定していないのは、矛盾があるということ。毎年5ミリで認定したら、毎年何十万人もが認定されることになる。それでは医療業界が困るのだろう。

 命の長さをロウソクの長さに例えることがあるじゃない。発がんとそれぞれの発がん因子の影響というのは、例えてみれば、各人が発がん用のバケツを持っている。このバケツの大きさは人によって違う。小さなバケツもあれば大きいバケツもある。例えば、そのバケツに水がいっぱいになって、あふれた時に発がんすると考える。他方で、みんな平等に自然界の放射線を浴びてるし、大気汚染もみんな平等に受けている。そういうのを浴びるとバケツに水が同じ量たまって、長いこと生きてるとたまっている水が多くなってくる。タバコを吸うとまたどかっとたまる。というようなことをイメージすればいいかな。

 そうすると、放射線被ばく、医療被ばくっていうのも、そこにたまっていく。これは普通は1回でいっぱいにはならない。しかし、原爆だと、全員にかなりの量が当たるわけだから、バケツにもかなりの量の水がたまる。そうすると、それまでにたまっていた水も合わせて、それだけで水があふれる人が出てくるわけで、あふれて発がんした人を数えると、どのぐらいの線量で何人ぐらいが余計に発がんするかということが計算できる。ただし、人数は出るんだけども、それだけで発がんしたわけではない。

渡辺:まあ、人によってバケツの容量が違うし、いろんな発がん物質があるから、因果関係はわからないということですか。

近藤:そうだね。発がんが加速したわけだから、一種の因果関係はある。しかし、それだけで発がんしたわけではない。また、同じ本数のタバコを吸っても、体質の問題で、ちょっとだけたまる人といっぱいたまる人とがいる。

渡辺:医療被ばくが少ないっておっしゃいましたけど、外国では個人のカードを持って、被ばくした線量を記録していると聞きましたが、

近藤:日本の場合は、医療被ばくは多いんだ。相当多い。読売新聞で数年前に1面トップでやったけれども、日本のCT被ばくは特に多い。それで放射線発がんはイギリスの5倍にもなっていると推計された。CTで1回スキャンすると、40歳くらいの人が1回受けると一生の間に発がんの可能性が千分の一、千人受けると1人余計に放射線被ばくで発がんするという計算になる。これも広島・長崎のデータから来てる。だから毎年CT検診を受けてるなんて、発がん実験してると同じ。それから、1回のCTでも、数回スキャンすると、発がん率は数倍になる。

 これまで問題だったのは、子どもの間接レントゲン。これも何の意味もなかったんだよ。だから被ばくさせていた意味しかない。子どもの時の方が影響が大きいから、これで発がん率は相当上がっただろう。

渡辺:今でもやってるんですか?

近藤:今はもう止めた。何年か前に止めた。

渡辺:私の乳がんは22歳の時にできたと計算できるので、因果関係は証明できないけれど、子どもの時に受けたX線間接撮影の影響はあるんじゃないか。

近藤:そうかもしれない。放射線の影響は否定できないけど、ホルモンの関係ももちろんあるし、食事とか、大気汚染だとかみんな影響あるでしょ、その影響は否定できませんとなっちゃう。

 それから日本の医療被ばくでもう一つ問題なのは胃のレントゲン写真。これも検診でやってるじゃない。レントゲン写真による胃がん検診なんていうのは、これも発がん実験だな。がんを減らすより、発がんさせてる方が多いと思う。

渡辺:因果関係は証明できなくても、日本の医療被ばく問題を告発するために、裁判を起こすというのはどうでしょう?

近藤:うーん。あり得るけど、勝てないよ。

渡辺:食事が発がんに関係するなら、がんにかかったあと、食事を変えるのはどうですか。

近藤:食事の変更を実践している患者は多いよね。これはどうしてなんだろう。たとえば肺がんになった人も、禁煙で肺がんが治るとは考えないでしょう。だけど、食事を変えたら何かいいことがある、と思うのは、どうしてだろう。飽食の時代の風潮なのかな。飢餓の時代や国では、そんなことは考えもしないのでは。

 いずれにしても、食事内容や食事量を変えたらがんが良くなるとか、延命するというデータはない。理論的にも、がん細胞が生じたあとは、栄養分の違いによってその性格が変わるとは考えがたい。食事が発がんに関係するといっても、国民の栄養状態が良くなって、平均余命が長くなり、がんにかかりやすい年齢層の人が増えたということ以上の意味はないかもしれない。このように食事内容が豊かというのは、いい面もあるわけだし、必ずしも目の敵にするような代物ではないだろう。もっとも、身体を栄養不足に陥らせれば、がんの成長が遅くなると考えているのかな。

 しかし、一般人での統計は、やせていればいるほど、余命が短くなる。また栄養度の重要な指標である総コレステロール値をみると、一般には高値といわれる220~280mg/dl付近が、総死亡率もがん死亡率も一番低く、200より低くなればなるほど、総死亡率もがん死亡率も上昇している。要するに、低栄養は、身体の抵抗力を下げ、がんの成長を促進するらしい。こうしたことから、ぼくは末期といわれている人がわざわざ痩せようとするのは自殺行為に似ると考えている。

 だから、がんにかかったら、粗食にしようなどとは考えずに、おいしいものを食べて人生を楽しみながら、体重をほどほどに保つよう心がけたらいい。なお念のため言っておくと、超肥満も、総死亡率とがん死亡率が高いから、その場合は、体重を減らすことを考えてもいいかもしれない。

渡辺:私もデータはないと知っていても友人からいろいろと勧められて迷うんです。友人としては心配だから何かしてほしいと思うみたいだし、自分も何もしないよりは、自分として治す努力をしてるみたいに思えるし。でも幻想ですよね。やっぱり残りの人生、おいしいものを食べて楽しむことにしようかな。今日はとても勉強になりました。どうもありがとうございました。
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by lumokurago | 2009-08-01 20:43 | がんと闘わない生き方

がんと闘わない生き方(14)近藤誠医師に聞く(上)

がんと闘わない生き方(14)近藤誠医師に聞く(上)
患者にとって意味がある治療とはデータ解釈しなくても分かるもの
 

 6月11日に「JanJanオムニバス」に掲載された「NHKと良心的乳腺外科医が無意味な乳がん検診を推進」の記事のご意見板にいただいた質問について、6月24日、私の診察の際、近藤誠医師(慶応大学病院放射線科講師)にご回答いただきましたので、報告します。「質問」は、いただいた質問を私がまとめたものです。尚、この報告は近藤医師が加筆してくださり、その部分にまた質問を出し、という作業を繰り返し、当初の倍近い量になっています。

質問1:世界ではがん検診は行っているのか? 意味がないなら世界で行わなくなるはずではないか?

近藤:サイエンスと医療、または医学と医療と言ってもいいけど、この2つは違うんだよ。サイエンスというのはファクトとロジック、事実と論理からなっていて、医学もそうだ。つまりデータがあってそれをどう解析するかという話なんだけど、医療というのは、経済的、政治的な考慮、あるいは人々の感情、心理、不安や恐怖、そういうものがないまぜになったものなので、意味がないと思われるものもいっぱい行われている。

 乳がん検診は意味がないというのはデータ的には明らかだけど、欧米で2000年代の最初の頃に、あらためて論争が起こった。それは検診で乳がん死亡が増えるか減るかという論争なんだけど、その時も、検診で総死亡が減らないことは皆が認めていた。でも、検診は続けている。

 これは検診をやっている業者やそれに関わる医者たちがいて、なかにはナショナルポリシーになって、国の成人女性の7割、8割が受けているという国もヨーロッパにはあるわけ。そういうところでは検診は容易になくなることはない。検診というものは拡大されても、減少はしない。だからといって、意味がないものが意味があることにはならない。

質問2:本物のがんと「がんもどき」の中間はないのか? 中間的なものがあるならば、そのがんは早期発見・早期治療に意味があるのではないか?

近藤:これはあり得る。というよりも、今転移のあるがんはよくよく考えてみると、すべて中間的なものだったということになる。つまり1個の細胞ががん細胞になると考えると、その1個の時は明らかに転移はない。それが分裂して行って初めてそこから転移として出てくるものがある。だからそういう微視的な段階まで考えれば、すべての転移がんというのはかつて中間的なものだったのです。

 問題はどの時期に初めて転移するか。で、本物のがんとか「がんもどき」と分けたのは、検診を受けて見つかるぐらいの大きさになった以降に初めて転移するものは、あっても極めて少ないだろうということを言っているわけ。

渡辺:そうすると、この質問をしてきた人の考えるような中間的なものに相当する人は、極めて少ないとしてもあるとしたら、その中間的ながんの人は検診を受ける意味があるのでは? ということですね?

近藤:それはまた、別な議論になる。誰が中間的ながんに当たっているかわからないわけだから、検診を受ける人全体として見なければならない。検診を例えば10万人にやって、その中に1人とか10人とか、そういう中間的ながんの人がいたとしても、10万人全体としてみて意味があるのかないのかという議論になる。

渡辺:そうすると死にたくない人間個人としては、10万人に1人であっても検診を受けて治るっていう期待をしてもいいんですか。

近藤:それは、データからは論理の飛躍がある。可能性としてあるとしても、検診で見つかる大きさになった中間的ながんの存在はデータからは認められていないんだから。

渡辺:そうですね。この点について、質問してきた人に理解してもらうことはとても難しいと思います。

近藤:結局、今ぼくは可能性を話してきたわけで、証明されているかどうかは別問題なんだ。証明されていないことに基づいて医療の現場で何かをするってことは、それはもうきわめて宗教的なことだからね。

渡辺:そうだと思います。そういうことを理解した上で、検診を受けたいという人がいれば、止めることはないけど、政府や医者が推進するというのはやはりおかしなことですね。

近藤:その通り。受けるにしても、自分のお金で受けなければ。

質問3:がんの性質は変わるので、ダブリングタイム(※)も変わるのではないか?
※参照:がんと闘わない生き方(8)がんの自然史からみる早期発見・早期治療の無理

近藤:これは、変わりうるんだ。変わるという場合、一般的には、急にスピードが速くなるということはなくて、むしろ少し遅くなるだろう。がんは大きくなるほど、成長スピードはむしろ鈍る。それはがん細胞の性質が変わるというよりは栄養補給の問題で、大きくなるほど血管新生が追いつかず、栄養補給がうまくいかなくなるので死滅しやすい。だからだんだんスピードが遅くなる可能性はある。

渡辺:この質問をした人は、ダブリングタイムが変わるなら、成長スピードが速くなることもあると想定して、そうすると、転移した時期がもっと後になる(つまり転移する前に検診で発見することがありうる)という意味で言ったと思いますが、むしろスピードが遅くなるのであれば、転移した時期はもっと前だということになりますね。

質問4:30代で乳がんを発症し、以後10数年間、数次にわたる転移を手術し、ついに完治と言える状態になった人がいるが、近藤理論でどう説明するのか?

近藤:近藤理論というのはやめてほしいな。たいしたことを言っているわけじゃないんだから。先人にも同じようなことを言っていた人は何人もいます。
 
 さて、基本的に転移した乳がんというのは完治しないと考えられている。10数年じゃまだ短くて、乳がんというのは30年経っても完治はあるのかと、そういう議論もある。何年たっても、ぽつ、ぽつと転移が出てくる人、それはいる。どんながんでもある。

 これはどこかにデータを出しているけれど(『患者よ、がんと闘うな』P.122)、1805年から1933年にかけて自然経過をみた乳がんのデータがあるが、なにしろ8センチのがんが小さいという時代で、8センチにもなるとだいたい転移していると考えられる。そういう人たちでも10年生きている人が4%いて、最後の一人が死に絶えたのが19年後。だから10年生きたとしても乳がんに関しては治ったということにはならない。

渡辺:乳がんで治癒と言っているものも30年位経ってまた出てくるものもあるし、乳がんでは治癒はむずかしい?

近藤:乳がんでは治癒は定義しない方がいいと思う。

渡辺:じゃあ1期で生存率が90何パーセントとかいうのも本当はわからない?

近藤:いや、1期では日本人でぼくが治療してきたのは10年生存率92%位。こういう人の多くは転移は出てこないよ。

渡辺:じゃあやっぱり「がんもどき」?

近藤:うん。

渡辺:乳がんの場合、どうして30年も経って転移が出ることがあるんですか? ゆっくりがんだから?

近藤:理由は不明。

渡辺:他のがんの場合は、治癒の定義はできるんですか?

近藤:完璧に定義するのは難しいだろう。ただ例外の存在を許すなら、多くのがんでは、再発なく5年生存していれば、一応治ったと考えていいだろう。

渡辺:『抗がん剤のやめ方始め方』を読むと(P.139,140)、先生は臓器転移のある乳がんに対しては抗がん剤に効果はないという結論に達し、術後補助化学療法でも、抗がん剤の延命効果を疑うに至ったとあります。ホルモン剤に関しては副作用が少ないから延命効果はあると考えられますか?

近藤:ホルモン剤に関してはもうちょっとプリミティブなところで効くことがあるなと思える。自分の診ている転移のある人で、あなたのように小さくなったり、もっと効いて消えちゃう人たちがいる。そして、抗がん剤よりはずっと副作用は少ないから、よく効いた人に関しては延命効果があるだろうと考えていいと思っている。だけど転移がない人が飲めば、やはり命を縮めるだろう。その程度には副作用がある。

渡辺:えーっ、だったら、術後補助療法のホルモン剤も先生は否定なさるんですか? 私は飲みませんでしたけど、ホルモンレセプターがあれば標準治療ですよね。

近藤:標準治療というのは、その時代の多くの患者が受けている治療ないし医者の多数派がやっている治療を意味するだけで、学問的に正しいとか、受けることに意味があるとかは保障しないんだ。乳がんの手術法でいえば、乳房のみならず胸筋まで切除するハルステッド手術がかつて100%行われていて、絶対の標準治療だったけど、現在は滅んで、乳房温存療法が主流になっている。

 問題とすべきは、その治療法を基礎づけるデータとロジック。術後補助療法のホルモン剤に関しては、数万人分のくじ引き試験(ランダム化比較試験)結果を解析した論文があって、それを見ると、リンパ節転移があるような人は、使わない場合と使った場合の生存曲線が開いている。しかし、使ったグループの生存曲線も下落し続けているから、治癒はしていないと考えられる。

 また、その論文のデータには、数千人の日本人患者でのくじ引き試験結果も含まれているので、それを拾って数えてみたら、日本人では使っても使わなくても生存率は変わらなかった。こういう事実は、日本の乳がん治療の専門家は公言しないから、患者や一般公衆は知らずに終わるわけだ。もっともそのデータは、1年から2年程度飲ませた試験のものだから、日本人患者にもっと長期間飲ませてみたらどうなるかについてはデータはない。

 そこで理論的に考えてみると、たとえば臓器転移がある人が10%程度含まれている患者グループでは、転移のない90%の人たちは、ホルモン剤を飲むことによって副作用を被り、多少とも命を縮めるだろう。他方、残りの10%の人の中には、延命効果を得る人がいるかもしれない。しかしそれも治るわけではないし、100%全体としてみると、90%の人に生じる縮命効果の方の影響が大きいのではないか。こうしたことから、臓器転移の可能性が低いと思われる患者には、たとえば1期とか2期の初めの人たちには、「飲まないほうがいいんじゃない」と言っている。これに対し、はっきり臓器転移がある人には「飲んだら」と言う。微妙なのが、転移確率が40%とか50%とかの場合で、ホルモン剤で延命効果が得られるようにも思えるし、他方、はっきり転移が生じてから飲むのと比べ、手術直後からだとより長く飲むことになるから、副作用による縮命効果がより大きくなるようにも思えるし、判断は難しい。結局今は、いろいろ説明したあとで、患者の選択にゆだねている。

渡辺:そうすると、スイスのザンクトガレンとかで行われている、コンセンサス会議の結果を無視することになりませんか。

近藤:そうだね。無視することになる。しかしコンセンサス(意見の一致)って、どういう意味があるんだろう。乳がんの治療の正否ないし当否は、本来データと理論によって判定されるべきであって、意見の一致は必要ない。こういうデータがあるから、こういう治療法が正しいと考えられる、と説明すればいいだけだよね。

 かつて、根拠にもとづく医療(エビデンス・ベイスド・メディスン)が提唱されたとき、くじ引き試験をすれば、治療法の根拠は得られる、と単純に考えられていた。しかし、実際には、同じテーマで行われた幾つものくじ引き試験結果がまちまちだったり、矛盾したりすることが頻繁に経験される。それらのデータからは、患者は指針を直接読み取ることはできないし、一般の医者たちも読み取れない。それで専門家が集まって、幾つもの試験結果を解釈した結果を、コンセンサスと称して提示することにしたわけだ。ところが解釈というものは、解釈者の主観次第で、いくらでも変わりうる。それなのに、データからは直接読み取りにくい結論に、全員ないし大多数が合意すること自体に無理がある。また専門家というのは、治療を行う専門家だから、治療しなくてもいいという結論は出しにくいし、それ以上に、自分たちの患者を増やしたいという気持ちも強い。それで、どの治療に関しても、意味があるというコンセンサスばかりになる。その点、建築談合と大差はないんだよ。だけど医学の衣をかぶっているから、一般人は科学的な議論かと勘違いする。

 専門家って、カラスをサギとまでは言わないけれど、灰色のハトを白バトだ、平和のシンボルだ、的なことは平気で言うものなんだ。だから医者から、これがコンセンサスだと言われたら、眉に唾したほうがいい。言い換えれば、解釈が必要なデータを根拠とした治療は、患者にとっては実は意味がなくて有害である推定が働くと思っていたほうが安全だろう。繰り返しになるかもしれないけど、患者にとって本当に意味がある治療は、データを解釈するまでもなく分かるものです。

渡辺:くじ引き試験の結果はまちまちで矛盾があり、それをどう解釈するかという問題があり、さらに専門家が治療することを前提にコンセンサスを出している。つまり根拠そのものもあやふやだし、医者も人間である以上、判断にはバイアスがかかってしまうのですね。患者も医療に期待していますし、治療しないということに普通は耐えられない。だから「根拠にもとづく医療」とか「世界標準治療」と聞くと、科学的に正しい治療なんだと信じてしまいます。でも本当は怪しいものなんですね。

 先生は術後補助療法のホルモン剤も「自分で決めて」とおっしゃいますが、言いかえれば、本当に意味がある治療なら、文句なしに勧められるけど、どちらを選んでも大差ないから、そう言えるわけですよね。

近藤:まあ、そういうことだ。

質問5:乳がんの腋の下のリンパ節転移は遠隔転移には含まれないが、他のがんのリンパ節転移は?

近藤:遠隔転移には含まれない。乳がんも他のがんも基本的には同じ。リンパ節転移があっても生存率がゼロになるということはない。他のがんでもリンパ節だけに転移がとどまっていることはあるけれども、一般的にどういうがんでも、リンパ節転移が1個でもあれば生存率はある程度落ちる。

 それから遠くのリンパ節に飛んだ場合は、これはほぼ遠隔転移とイコールで、これも変わらない。だから女性で言えば子宮がんで骨盤の中にリンパ節転移がある場合は、遠隔転移とイコールとは考えないけども、鎖骨上窩に出てきた時は、遠隔転移と考える。

渡辺:胃がんとかの場合もリンパ節転移にとどまるものもある? それは先生の考えでは「がんもどき」に入る?

近藤:リンパ節にとどまって遠隔転移がないものは「がんもどき」と考えるんだよ。でも、リンパ節にとどまっているかどうかは数年経ってみないとわからない。

 胃がんに関しては、手術範囲を変えたくじ引き試験がいくつかあって、乳がんと全く同じ結果が出ている。胃袋を取ると一定程度リンパ節が取れちゃうが、それ以上にもっと広くリンパ節を取るか取らないかで生存率に差が出るかどうか、そういうスタディを組んで、オランダ、イギリス、日本でやったんだけど、全く変わらなかった。

近藤:2、3こっちから話してあげよう。データがないのに、いろんな観念が広まっている。最近のことで言えば、日本人で若年性乳がんが増えているというのは、これは全くと言っていいほど、増えていないだろう。『余命1ヶ月の花嫁』などの見すぎなんじゃないかと思う。

 まずあまりに少なすぎてデータにならないということもあって、はっきりしたデータがない。ぼくが今まで数千人診てきた中で、24歳以下は3人ほど。それから日本の一番確実な統計だと思われるのは、亡くなった人の統計だけど、人口動態統計というのが毎年厚生労働省から発表されている。それで見ても24歳以下の乳がん死亡は毎年ゼロか、10万人あたり0.1とかいうレベルでずっと推移していて変わらない。それから30歳とか35歳以下も増えていない。

 もう一つは、もっと根本的な話になるけど、医療と宗教とは、類似点が非常に多い。たとえば、現在の我々の感覚からいうと、信じている人は別として、神や仏の話っていうのは根拠がないというふうに考えてしまうだろう。

 しかし、中世の時代はどうだったか。その時代には、実世界と別に宗教世界があるわけではなくて、現実世界そのものが宗教の世界ではなかったか。だからみんな神様を信じてるというより、それは実在。天国も地獄も実在。彼らにとってはね。太陽は地球の周りを回ってる。これが事実、ファクトと考えられていたのね。それ以外の可能性は、彼らには考えられなかっただろう。

 でも、今の我々から見ると、太陽が地球の周りを回ってるって、それは嘘だということになる。その時代に、例えばコペルニクスやガリレオが何を考えたかというと、彼らは事物を観察して、データとロジックから、これはどうも違うと言っただけなのでは。その時彼らには、神やキリスト教を否定する気は全然なかったんじゃないかと思う。ところが、その時のキリスト教教会にとっては、自分たちが否定されたように感じた。

 ぼくががん検診に意味がないということもそれに似てるんだよ。みんなにとっては、検診が人の命を救うというのは、これはもう信念というより、事実と思っているかも知れないね。ぼくは単に、そういうデータはありませんよ、と指摘しただけなの。だけど、医療の宗教性に気がついている人は、近藤が言っていることは近藤教だと。

渡辺:そうそう。私も新興宗教だと言われたんです。

近藤:ぼくは多くの専門家からもそう言われたもの。だからそういう人たちは医療の持つ宗教性に気がついているんだ、実は。そういうことだとぼくは思うよ。ただ、論理構造としては、現行の医療体制の方が宗教的なんだね。ぼくは単にデータとロジックを示したにすぎないから。

渡辺:よくわかります。でも質問をしてきた人のように、そのデータとロジックを認めない人というのは、たぶん、この話を聞いてもそれでもやはり、検診を受けて早期発見・早期治療すれば治るがんもあるんだと信じることをやめないと思います。

 それはなぜか、よくよく考えてみたのですが、検診に意味はないと言われると、助かる可能性をひとつ否定されたような気がするのではないでしょうか。先生が「臓器転移した乳がんは治らない」と言ったために、先生のことを人非人のように言う人が多かったけれど、それも同じで、現代社会では「死」がタブーになっていると言ってもいいと思います。人間は誰もが必ず死ぬものなのに、死を触れたくないものとして死の話題を遠ざけています。すみません。この話は長くなるので、別のところでまたさせてください。

 ところで、医師不足は本当なんですか?

近藤:医師不足は、大部分分布の問題だろう。たとえば、人口100万位のある市に、心臓外科を持つ病院が5つ6つあったりする。こんなに必要ない。一つの病院でいい。そうすれば心臓外科医が余るから他の診療科に回ればいい。この問題は大きい。あと、開業医が多すぎる。

渡辺:じゃあ産婦人科とか小児科が少ないっていうのは他からまわってもらえばいいってこと?

近藤:欧米、先進国ではたいてい各分野の専門家になれる人数を制限してる。大学を卒業して、そのうち何人が眼科に行くとか、何科に行くとか。日本にはそれが一切ないからね。その問題を解決しないで医者の数を増やしたところで、結局今まで過剰なところがもっと過剰になるだけ。

渡辺:医者の過労死も問題になっているし、この間看護師さんも25歳くらいで亡くなったけど?

近藤:それは今言った問題の裏返しで、少ないところは少ない。そういう所は不足しているのは明らかだけど、だからといって医者の総数を増やしたところで、そういう所はなかなか増えないということ。

渡辺:偏りがあるってことですね。新型インフルエンザはどうですか?

近藤:この騒ぎはナンセンス。普通のインフルエンザというより、もっと弱毒性かもしれないんだよ。弱毒性のものほど気づかれにくいから、いずれ全員がひくようになる。アメリカでは、新型インフルエンザと診断された数の百倍前後の患者がいると推計していた。繰り返すけど、いずれ全員がひくわけだから、対策なんてとりようがない。これまでの大騒ぎは結局、対策やってるぞって言いたいWHOと日本の厚労省の役人たちとそれに乗じて儲けたいメーカーと、それからなにか責任取らされるんじゃないかと恐れている医者たちの、科学的でない思惑が一致した結果なんだよ。

 新型インフルエンザのワクチンも不要。今回の流行では、年齢の上の人がほとんど感染しないのは、昔似たような型のインフルエンザに罹っていて、そのときできた免疫が今も有効だからと考えられている。90年前に感染した人も免疫が残っているという。このように、自然に感染したインフルエンザに対する免疫は半永久的。これに対し、ワクチンで作られた免疫は1年限りだから毎年打っているわけだ。だから未感染の人は、元気なうちに感染者を探し出してウイルスをもらうというのも、一つの選択肢になると考えている。また通常行われている毎年冬のワクチン接種も、同じ理由で無意味だし、有害です。
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by lumokurago | 2009-07-30 14:11 | がんと闘わない生き方

近藤先生インタビュー記事(朝、少し書きなおしました)

 近藤先生インタビュー記事ですが、チェックしていただくたびに新たな質問を思いつき、それに答えて下さり、何度も往復して、すでに元原稿の倍位になっていると思われます。結論の一つは先生がいまだ本に書いていない(私が読んだ限りでは)境地に達しています。私は近藤先生の本をほとんど読んでいるので、先生がこの考えに至った必然性はよくわかります。

 しかし一般の人には医療への過剰な期待と医療過信が根強くあります。

 近藤先生がなぜここまで医療不信なのか、一般の医者不信なのか、また石川憲彦さんもおっしゃっていましたが、医療にできることはわずかであること(平均寿命40歳を80歳に伸ばしたうちのせいぜい1,2歳)を理解していないと、なかなか一般の人には通じないだろうなと思います。

 私はこの間、教科書問題や裁判などなどに関わって、カネの問題をはじめとして、いろんな意味で人間の本性はこんなものだと現実につきつけられてきました。それで近藤先生が医者不信であることも理解できます。

 また、「死」に対する考え方がしっかりしていないと、真実を認めることはできにくいでしょう。「死にたくない」一心だと、冷静になれず、治療に過剰な期待も抱いてしまいます。1%でも可能性があるなら手術や抗がん剤をやってみようとなってしまいます。

 ここまで来るとどう生きるか、どう死ぬかという「哲学」の世界にも入り込んでいます。

 私自身はとっくに「一線」を超えているのだという気がします。「いつ死んでもいい」と思っているし、「人間はいつか死ぬんだよ」(憩いの家の故広岡知彦さんが肝臓がんで余命3か月と言われ、泣きどおしの奥様に言った言葉)と思っています。

 うまく書けませんが、このことはいずれもっと詳しく書いてみたいと思います。近藤先生の思想からは医学的なことだけでなく、本当にいろいろなことを考えさせられるのです。
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by lumokurago | 2009-07-22 23:24 | がんと闘わない生き方

過剰医療をなくすために

 例の記事のコメント欄に書きました。(せっかく書いたものが1度全部消えてしまい、書きなおしました。最初に書いたもののようにうまく書けませんでした)。 

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 山口さんが日本の過剰医療について指摘されていますが、これはがん治療だけではなく、医療全般に渡る問題です。日本で使われている薬の約8割は不要ということです。

 岡田正彦教授の『がん検診の大罪』にはCTについて次のように書かれています。

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 日本のCT設置台数はダントツ世界一で、人口百万人当たり、アメリカでは32.2台、イギリスでは7.5台に対して日本では92.6台。すべてのがんの約0.6~1.8%は検査として行われたレントゲン照射が原因で、中でも大きなウェイトを占めているのがCT検査である。日本人ではがんの3.2%がレントゲン検査によるものと推測された。

 メタボブームは病院にとって(CTを使う)ありがたいチャンスだが、メタボ検診に根拠はなく、高血圧症、糖尿病、高脂血症の薬で寿命はのびない。(詳しくお知りになりたい方はぜひこの本をお読みください)。

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 現在の日本の医療は「たくさん作ってたくさん売る」という、「モノ」と同じ経済理論に犯されています。たくさん売らなければ成り立たないので、粗悪品をたくさん売っているのです。その結果、医師・看護師らは不足し、過剰労働(ひいては過労死)が大問題となっています。

 本当は医療には限界があるのに(岡田教授や近藤医師の本に書いてあります)、国民にそれは知らされず(もしかしたら医師にも)、医療に過剰に期待させ、無意味な検査で患者を作り出し、不必要な薬を売り、不必要、時には害のある治療を行っています。

 医療が売れれば売れるほど儲かる(売れなければやっていけない)という構造は間違っているのであって、患者数は減っても、正しい治療を行い、患者のいのちを守ることに正当な価値を認められるべきです。それが保障されないから、悪循環に陥っているように思います。どうしたら医療の構造を変えることができるのでしょうか。

 どうすればよくなるのかを一番よく知っているのは現場です。政府、行政は現場の意見を全く聞かず、自分勝手な都合だけでどんどん変えてきたためにますます悪くなっているのですから、もし本気でよくしたいという意志があるならば、現場の意見を尊重しなければなりません。

 また、自分のいのちの問題なのですから、私たち一人一人が勉強して、不必要な治療は受けないようにすることが大切です。医療の中身が精選され、必要な人が必要な治療を受けることで、病院が成り立ち、正当な報酬を得ることができるようになれば、医師・看護師の不足や過剰労働も解消されるのではないでしょうか。
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by lumokurago | 2009-06-21 22:51 | がんと闘わない生き方

書くの大変だ

 先だってからのJANJANご意見板(「NHKと良心的乳腺外科医が乳がん検診を推進」)にまた岡田克敏さんらの書き込みがあり、さきほどから長時間に渡り、資料に当たったりして、返事を書きました。少しでも間違えたらいけないと思うので、気を遣いました。少しマニアックな話になっている部分もあるのですが、興味のある方はどうぞ。(というか、また「暴言」の方がいらっしゃったので、私が「切れ」ました。挑発に乗ってはいけないというアドバイスもいただいていたのですが、ついつい・・・。返事が楽しみ)。

 このご意見板、近藤先生も面白がるかもしれないので、教えようっと。

http://www.news.janjan.jp/living/0906/0906104806/1.php
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by lumokurago | 2009-06-21 00:38 | がんと闘わない生き方