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カテゴリ:がんと闘わない生き方( 41 )


日本に科学的医療が根づく日は遠い

 いやはや、最近のJANJANは「ウヨク」さんの台頭がめざましいですが、ウヨクさんは歴史認識や日の丸君が代、防衛問題で意見が対立するだけではなく、がん検診問題でまで、意見が違います。いったいなぜ? 科学的な方々なら、ここでは一致してもよさそうなものです。がっかりしました。
 以下の記事のコメント欄です。がっかりしたし、頭にきたので言いたいことを言ってしまったため、これから「炎上」させられるかもしれません。もー、どうなってもいいよ。(またまた近藤先生の気持ちがわかる。最初の頃は医学界で「火あぶり」状態だったそうです・・・別の医師の言。誰が出世もあきらめ、「火あぶり」覚悟でわざわざ言わなくてもいい「嘘」を言いますか!!本を売るためだったと言っている人もいるが、名誉毀損じゃ)。

http://www.news.janjan.jp/living/0906/0906104806/1.php

 この話を「がん友」にしたら、「ばかばっかりなんだから、相手にしない方がいいよ。そんなつまらないことで免疫力を下げないで」と言われました!! 日本人、ばかばっかり! なんて言うと総攻撃されますが・・・。いいことなんて何もないし、悪くなるばかり。もうどうでもいいよ。総攻撃されてもいいよ。
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by lumokurago | 2009-06-14 21:43 | がんと闘わない生き方

がんと闘わない生き方(13)乳がん患者のメーリングリストに思う

がんと闘わない生き方(13)乳がん患者のメーリングリストに思う

 乳がん患者のメーリングリスト(以下、ML)があります。乳がん体験者が情報交換し、悩みを語り合い、励まし合うという目的で作られています。メンバーには乳がんの専門医など医療関係者もボランティアで入っておられます。

 私が治療した2000年当時の会員数は約300人、現在では1000人を超えているそうです。小さな子どもを抱えた若い患者さんが多く、「絶対に死ねない」という人ばかりで、メールに込められた彼女たちの心情は同じ女性として身につまされるものです。ここでこのMLの批判をしますが、彼女たちを貶(おとし)めるものではないことをご理解願いたいと思います。

知識と客観的な視点を持つことの大切さ
 このMLでは、著書に「転移した乳がんは原則的に治らない」と書いている近藤誠医師は「残酷、冷徹、科学一辺倒の非人間」と見られています。近藤医師の本をちゃんと読んでそう言っているのかどうか疑問なのですが、人間は「治らない」と言われたくないものなので、そういう見方をする人がいるだろうことは想像できます。

 しかし「治らない」ということや、再発転移した乳がんに抗がん剤は効かないのだということを客観的に理解していないと、やみくもに治療を続け苦しんだり、かえって命を縮めることにもなってしまいます。

 転移して抗がん剤治療を受け、副作用に苦しんでいるある患者さんが、「抗がん剤治療は苦しい。もう止めたい。でもこれは悪魔の声だ。悪魔の声に負けず治療をがんばらなくては」と投稿していました。しかし「抗がん剤治療は苦しい。もう止めたい」というのは「悪魔の声」などではなく、まさに彼女の体のそして心の正直な声なのです。

 ここには「転移した乳がんは治らない」「抗がん剤治療は意味がない」なんて、口が裂けても言えない雰囲気があります。もし言ったとしても、それを聞いた彼女たちが抗がん剤治療を止めるようになるとは思えず、逆効果で、そんな残酷な言葉に負けずもっとがんばろう、となってしまうでしょう。私は彼女たちの無駄な苦しみを見ていることがあまりにつらいので、意見を送ろうと下書きしたことがあります。でも、やはり逆効果だろうと判断し、送ってはいません。

 「抗がん剤治療はデータではなくギャンブルだ」という投稿を見たこともあります。死にたくないという一心であることはわかりますが、あるかないかもわからないチャンスを求めて正常細胞もやっつけ、寿命を縮めるのは自分を大事にしていないとしかいいようがありません。抗がん剤治療はしてもしなくても、生存曲線は変わらないのです。

人間の孤独が人間を成長させる
 乳がん患者は苦しみや不安を抱え悩んでいるので、同病の者が集まって気持ちを吐露し合い励まし合おうという場はとても大切だと思います。けれども私はこういうことも感じています。このMLに入るとみんなが気持ちを吐露し合っており、自分もそうしようという気持ちになります。そして苦しさや悩みを書いて送ると、すぐに何通もの返事が来るのです。苦しい気持ちを理解して「がんばれ」と励ましてくれるのです。

 苦しい時、つらい時は、まずひとりでそれを抱えて、その気持ちをよくよく感じてみることが必要だと思うのです。よくよく感じることでその気持ちの持つ意味(体や心からの声)を聞き取ることができるのではないでしょうか。そしてその声を聞き取ることができた時、その人は自分の力で苦しみや悩みを乗り越えることができるのだと思うのです。

 もちろん友だちからの理解や励ましが必要でないなどと言っているのではありません。でも自分自身で自分の気持ちをよくよく感じる前に安易に他人に吐露してしまうと、安易に励まされ、安易に解決(本当の解決ではなく浅いその場しのぎ)されてしまうような気がするのです。励ます方だって安易に励ましてはいけないと思います。その人が自分の気持ちと向かい合って体や心からの声を聞くことができるようになるための助言がふさわしいのではないでしょうか? 大事なのはその人自身が自分の体や心からの声に耳を傾け、自分で解決の方法を発見することだからです。

メールという安易な手段の弊害
 話題は乳がんから離れますが、これはメールという安易な手段の弊害の例かもしれません。普通なら人は悩みを打ち明ける時、いろいろ考えると思います。相手は誰が一番適切か、どこまで話すのか、はたしてわかってもらえるだろうか、友だちの顔をあれこれ思い浮かべて、その人たちの性格に思いをめぐらせるかもしれません。それに電話するには勇気がいるかもしれません。

 ところがMLではそれらのことをほとんど考える必要がなく、特定の相手に送るのではないので相手の気持ちを考えずにすみ気楽。メールはご承知のとおり手軽で安易にできます。返事する方だって顔も見ていないのですから、安易に励ますことができ、責任がなく、何かいいことをしたような気にもなれます。こういう見方は厳しいでしょうか? 

 私は人間とは孤独なものだと思います。もちろんだからこそ交流を求め、交流に喜びを感じるのですが。このメールというものは、一歩使い方を誤ると何かこういう人間の本質に反するところがあるような気がしてなりません。

 しかし、メールはすでに生活の中に深くしみ込んで、止めることはできません。古い世代の人間はメールを使っていても、生身の人間関係の体験が色濃くあるので、同じメールでも、手紙に似たものにとどまっているかもしれませんが、若い世代は生身の人間関係を作る前にメールの世界に入り込んでいます。

 ここで詳しく述べることはできませんが、私は長年学童クラブという子ども相手の仕事をしていて、子どもとも親とも人間関係が非常に薄いものになってきたことを感じていました。すでに人間の本質は変化しつつあるのかもしれず、今後ますますその傾向は強まっていくでしょう。私のような「化石人間」の出る幕は、とっくに終わっているのだという気もします。
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by lumokurago | 2009-06-13 22:04 | がんと闘わない生き方

NHKと良心的乳腺外科医が無意味な乳がん検診を推進

NHKと良心的乳腺外科医が無意味な乳がん検診を推進

 6月9日夜10時からのNHK「プロフェッショナル」という番組で、聖路加国際病院の乳腺外科医中村清吾医師を取り上げていました。病気を診るだけではなく、女性の人生に向かい合い、よりよく生きる手伝いもしようという誠実そうな中村医師の姿勢には共感できますが、早期に発見すれば治癒率が高いと言って、乳がん検診を勧め、自己検診の方法も教えていました。

 乳がん検診だけでなく自己検診にも残念ながら意味はないのです。つまり乳がんはいつ見つけて、いつ治療しても死亡時期は同じということで、できた時に運命は決まっているということになります。残酷ですが。

 これは先日筆者が批判した「がん常識の嘘」の著者である元国立がんセンターの腫瘍内科医渡辺亨医師も認めていることです。その点、渡辺医師の方が中村医師よりは誠実ということになります。

 中村医師は検診に意味がないことを知っていて、それでもこう言っているのでしょうか? それとも、知らないのでしょうか? 

 抗がん剤がほとんどのがんに効かないということについてですが、近藤誠医師によれば医師の99%は知識がないということです。残り1%の医師は真実を知りながら社会的・経済的理由で抗がん剤治療を推進しているそうです(「抗がん剤のやめ方始め方」(三省堂)。たぶん検診も似たり寄ったりでしょう。

 中村医師も番組の中で抗がん剤治療を行っていました。

 検診にしても抗がん剤にしても患者をだまし、苦しめることを知りながら、経済活動を行っているわけですから、消費者の物欲をあおり、たんに物を売り付けるよりも悪質です。薬害エイズでHIVに感染した非加熱製剤を、それと知りながら患者に売りつけていた犯罪行為と同じことです。命を預ける医師を信頼できないのはつらいことです。

 こういう間違ったことを経済的な理由で大うそをついて政府ぐるみで推進しているわけですから、他の問題でも同じようなことがあるのではないかとは思いませんか? 私は最近そう思えて、何を信じていいのか、わからなくなりました。おそろしいです。
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by lumokurago | 2009-06-11 17:17 | がんと闘わない生き方

もう一つ追伸です

 私が近藤先生をいいなと思ったのは、どの本だか忘れましたが、たぶん初期の本の後書きに「この本によって有害無益ながん治療を受けずにすむ患者さんがひとりでも出てくれば、うれしいです」というようなことが書いてあったからです。「たったひとり」を大事にすることが私と同じ感覚だからです。

 ついでに最近の読者の方々に宣伝。近藤先生は私の高校の後輩ゆきちゃんの従兄なのです。(これは後からゆきちゃんに聞いたことで、もちろんコネなど使っていません)。
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by lumokurago | 2009-06-10 23:39 | がんと闘わない生き方

アクセスが増えた理由

 最近アクセスが増えた理由は「久我山 放火」のみではなく、「つくる会」支持のネットウヨクの方々でもなく、近藤先生やがん検診、「乳がんと牛乳」への興味から来て下さった方々も多いとわかりました。メールを下さった方々、どうもありがとうございました。
 
 近藤誠氏が「抗がん剤のやめ方始め方」の後書きに次のように書いていらっしゃいます。

 「それでも今後も、化学療法で苦しみ亡くなる人は後を絶たないでしょう。主治医に面と向かって『抗がん剤をしよう、大丈夫ですよ』と言われたら、すがりたくなるのが患者心理だからです。また、そういう患者たちが、当分は多数派を占め続けることでしょう。この本は、自分で抗がん剤の意味を知ろう、確かめようとする少数の人たちと、今は多数派に属していても、どこかに疑問を抱いている人を対象に書きました」

 「少数派」と「多数派」という言葉が出てきます。近藤先生は私と同じ感覚の持ち主ですね。

 2000年、治療した当時、「患者インタビュー」に登場した亡くなったエミちゃんも言っていたように、日本の医療のひどさを知って「世の中と闘っている」ような感覚でした。今またそんな気持ちになっています。

 近藤先生、見ていますか? 見てませんよね。今度の診察の時、報告しますね。私も少し広めていますよ!

P.S. オフレコなんだけど、個人的なブログなので許してもらえるでしょう。Dr.Kは抗がん剤推進の医者について、こうおっしゃっていました。「抗がん剤で亡くなる患者さんが多いのに、それを見ていて、よく抗がん剤が推進できるなあ。どういう性格してるのか、ぼくにはわからない」
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by lumokurago | 2009-06-10 21:51 | がんと闘わない生き方

また乳がん検診推進

 今、NHKの「プロフェッショナル」という番組で聖路加国際病院の乳腺外科医中村清吾医師を取り上げていました。病気を診るだけではなく、女性の人生に向かい合い、よりよく生きる手伝いもしようという中村医師の姿勢はいいのですが、早期に発見すれば治癒率が高いと言って、乳がん検診を勧め、自己検診の方法も教えていました。(自己検診にも残念ながら意味はないのです。つまり乳がんなんかいつ見つけても同じってことで、できた時に運命は決まっているということになります。残酷ですが)。

 この医者は検診に意味がないことを知っていて、それでもこう言っているのでしょうか? それとも、知らないのでしょうか? 近藤医師によれば医師の99%は知識がないということです。残り1%の医師は真実を知っているがなぜか検診を勧めているそうです。

 どういうことなのでしょう? ひどいものですね。

 この問題でもこういう間違ったことを経済的な理由で大うそをついて推進しているわけですから、他の問題でも同じようなことがあるのではないかとは思いませんか? 私は最近そう思えて、何を信じていいのか、わからなくなりました。おそろしいです。
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by lumokurago | 2009-06-09 23:35 | がんと闘わない生き方

乳がん検診には意味はありません

JANJANが私の書いた記事を中心に「がんを生きる」特集を組んでくれているのですが、そこに次のような記事がありました。

『余命1ヶ月の花嫁』からやさしい心遣いを学ぶ 

 最後に「この主人公は乳がんとなり、早く天国に旅立った。そして、彼女の行き様や希望が、死後若い女性らを中心に、乳がん健診のキャンペーンに結びつき、早期検診でガンを早く発見し、生き延びている人が増えている」とあります。この文章は誤りです。コメントするかどうか迷ったのですが、同じ特集の中の記事ですので、黙っている方が不誠実と感じて、以下のようにコメントしました。

*****

 文句をつけるようで申し訳ないのですが、西山記者には「特集 がんを生きる」の中から、私の書いたがんと闘わない生き方(8)や荒木記者の「がんは生活習慣病 予防が大切 早期発見早期治療で死亡は減るのか」をぜひお読みいただきたく存じます。

 『余名1か月の花嫁』の主人公の方や先日26歳(たぶん)で亡くなり、やはり乳がん検診の普及に力を入れておられた患者さん、さらには芸能人で乳がん検診キャンペーンに加わっておられる方々を、悪く言う気は全くありませんが、申し訳ありませんが、みなさん、知識がなく、政府や医者が推進しているから、自分で確かめることもなく、信じきっており、いいことをしているつもりになっているのだと思います。

 西山さんはたまたま同じJANJAN記者ですから、ぜひこの機会に、政府や医者が推進していることを疑いもせずに、記事に取り入れることについて考えなおしていただけたらと思います。

 乳がん検診に意味があると受け取られる記事をお書きになるなら、その根拠についても確認されるようお願いします。特に最後の「乳がん健診のキャンペーンに結びつき、早期検診でガンを早く発見し、生き延びている人が増えている。」の部分ですが、乳がんは治療後何年過ぎれば治癒とみなすという基準はなく、一度かかれば一生転移が出てくる可能性がある病気です。「生き延びている人が増えている」かどうかは簡単には言えないのです。

 他のメディアの記事でしたら、こんなコメントはしないのですが、「特集 がんと生きる」の中にある記事ですので、コメントをしない方が不誠実であると考えて、敢えてコメントさせていただきました。

*****

 なんか近藤先生の気持ちがわかるような・・・。(乳がん検診推進は「犯罪」とまで言っているんですよ)。

 がんの記事を書いていて、昔のノートなどを見ているうちに、近藤先生に宛てた手紙が出てきました。これを記事にしたいと思いますが、手紙のままではなく書き換えようとして苦労しています。やはり初めに書いたものを越えることはむずかしい場合があるようです。なんか感動が薄まるというか、新鮮さがなくなるというか・・・。
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by lumokurago | 2009-06-09 15:36 | がんと闘わない生き方

がんと闘わない生き方(12)渡辺 亨著『がん常識の嘘』批判

がんと闘わない生き方(12)渡辺 亨著『がん常識の嘘』批判
抗がん剤が再発・転移のリスク減らせるというが根拠示すデータはなし


c0006568_15142260.jpg この本は2006年2月に朝日新聞社から出版されています。「がん常識の嘘」を暴く事実も書かれているのですが、腫瘍内科医である渡辺亨氏(浜松オンコロジーセンター)の都合のよいように事実が非論理的に歪められ、データも示さずに抗がん剤治療に誘導する結論になっています。

早期発見・早期治療の無理を指摘

 渡辺氏は、がんの「転移は、いままで考えられていたよりもっと早い時期、つまり原発臓器にがんができるのと並行して起きている可能性があるのです。この考え方は乳がんなどではむしろ主流になってきています」と述べ、「がんにも、最初にできたところにとどまりやすいタイプ(局所型)と、がんができるやいなやすぐに転移して、あちこちの臓器に移っていくもの(全身型)」があり、早期発見・早期治療のパラダイムでは全身型のがんには対応できないとして、現在のがん治療の趨勢を批判しています。このようなことが分かってきたのは「実は最近のこと」と述べていますが、こんなことは15年以上前に近藤誠氏が本に書いていました。今になってこのことを認めざるを得なくなったのには何か理由があるのでしょうか。

 渡辺氏は全身型のがんの例として、肺の小細胞がんと一部の乳がんを挙げ、両方ともタチは悪いが、新しい抗がん剤や分子標的薬によって治療成績が向上しているとし、早期に見つけなくても、がんの性格を見極めて治療すればよい、としています。しかし、この本にその抗がん剤や分子標的薬が確かに効くというデータは載っていません。

 また、渡辺氏はがん検診によって治療する必要のない、放置しても大きくならない(または消えてしまう)病変を見つけて手術してしまう害についても書いており、「一部の研究者はこれを“がんもどき”と称しています」と述べています。近藤氏のことだとすぐにわかります。過剰診療について指摘したのは、評価できる点ですが、これは渡辺氏が腫瘍内科医で手術が減ると困る外科医ではないからかもしれません。

「意味」のないがん検診を「努力目標」に挙げる矛盾

 がん検診についても、意味のあるのはマンモグラフィを用いた乳がん検診と細胞診を用いた子宮頚がんぐらいで(根拠は書いていません)、国や地方自治体が躍起になって促進しているその他のがん検診には科学的なお墨付きがないことを明らかにしています。その後で、乳がんでしこりを自覚したときには、がんができて既に何年か経っており、そのがんの性格は既に明らかになっていること、もしタチの悪いがんならば、検診でみつかっても自分でしこりを見つけても、死亡時期は同じとも書いています。

 あれれ、それなら乳がん検診に意味はないのでは? タチの悪いがんは検診で見つけても遅いし、逆にタチのよいがんなら、検診で早期に見つけなくても自覚してから治療すれば治るのですから。

 たぶん、渡辺氏も乳がん検診に意味がないことはわかっているのだと思います。でもそれを言ってしまうと検診推進派から叩かれるので、言えないのでしょう。でも、渡辺氏は根は正直な人なので、つい本音が出てしまったのでしょう。そして、すぐその後にがん検診そのものを否定しているわけではないと続けています。自分で「意味がない」としておきながら、どうして「とりあえずの努力目標として検診は有用」という結論が出るのか、摩訶不思議としか言いようがありません。ちなみに近藤氏の意見については、「検診無用論は乱暴にすぎる」としていますが、なぜ乱暴なのかの説明はありません。

抗がん剤が、再発・転移のリスクを減らせるという根拠は?

 渡辺氏はこの後、抗がん剤についても近藤氏を持ち出して、抗がん剤の副作用について患者に正確な情報が伝わっていないことに加え、「一時期、ある医師が『抗がん剤は副作用ばかり強いうえに、ほとんど効果がない』と過激に、断定的に主張し」、それは「正しい抗がん剤治療を勉強していない医師の不適切な治療に対して警鐘を鳴らした、という意義はあった」が、「ちょっと過激だったため、抗がん剤治療全体にはマイナスのイメージを植え付けてしまったよう」だと書いています。

 腫瘍内科医である渡辺氏は、抗がん剤の副作用対策は進歩していると述べ、以前に比べるとはるかに楽になってきていると言います。また、転移・再発のリスクを減らすことができるので、少々の副作用を耐える意味はあると説きますが、リスクを減らせることを証明するデータは一つも提示していません。

 渡辺氏は著書の第6章で「抗がん剤は世代交代が起きている」とし、分子標的薬であるハーセプチンを絶賛し、ご自身が行ったハーセプチンの臨床試験について書いています。第1相試験として、日本で初めてハーセプチンの投与を受けた乳がんの患者さんに重篤な副作用が出たことを書いていますが、第1相試験とは治らない患者さんに実験台になってもらう毒性試験であることは何も書いていません。

 抗がん剤の臨床試験に看過できない問題があることは、近藤氏が『ぼくがすすめるがん治療』(文藝春秋)に詳しく書いています。そこには患者を臨床試験に誘う時のインフォームド・コンセントが適切に行われているかには疑問があり、毒性検査だと知れば協力する患者はいなくなるだろうと書かれています。

数字のトリックを説明しながらデータは示さない

 また、第7章では「がん医療をめぐる数字のトリック」として5年生存率に意味がないことやEBM(科学的根拠に基づく医療)がもてやはされるが、EBMとされるものは玉石混交であり、さまざまなバイアス(偏り)がかかっていることを指摘しています。これも、近藤氏や『がん検診の大罪』の著者である岡田正彦氏が指摘していることです。しかし、近藤氏や岡田氏がたくさんの具体的なデータを詳しく論じているのに対して、渡辺氏は具体的なデータを一つも提示していません。

 「あとがき」を読んで、最後の最後でがっくりしました。「不勉強のため間違った記載や、不適切な表現もあるかもしれません。お気づきの点はご指摘ください」。えーっ! こんなのあり?! 

化学療法を勧めている本で、論理の飛躍や矛盾がないものはない

 近藤誠氏は、渡辺氏のこの本とは全く逆にたくさんのデータをもとに抗がん剤の本を書いています。その名も『データで見る 抗がん剤のやめ方始め方』(三省堂)。説得力のあるデータ(グラフ)が載っています。近藤氏は、その本の「あとがき」で次のように書いています。

 「化学療法を勧めている本で、論理の飛躍や矛盾がないものはありません。ことに問題なのはデータの解釈です。・・・いい加減なデータであるか、データを曲解して提示しています。・・・これが抗がん剤のデータ(グラフ)の見方を患者に伝える本を書こうと思った理由です。・・・知識と論理は身を守る、ということの意味がわかっていただければ幸いです」

 近藤氏は、つい最近の5月21日の日刊ゲンダイでも、「乳がんビジネス全開で無謀な薬物療法が行われている」と持論を展開しています。その顕著な例として、昨年、厚労省から承認され、「乳がんガイドライン」(日本乳癌学会)でも華々しく推奨している分子標的治療薬ハーセプチンによる術後補助化学療法について、「患者さんが期待するようなすぐれた効果はまったく認められず、心臓障害などを招く副作用で寿命を縮めることになりかねない」と批判しています。

 そして、そもそも乳がん術後補助化学療法の国際ガイドラインが怪しい代物で、「治療効果の疑わしい薬でも積極的に医師に使わせて、カネ儲けに走る製薬会社“御用達”の医師や研究者などによって作られたお手盛りガイドライン」と厳しく批判しています。

 残念ながら医療も大量生産・大量消費の経済構造から逃れられないようなので、医師の言いなりにならず、本当に効果のある治療法なのかどうか、自分で勉強して判断することが大事です。 

*****

 元国立がんセンターの渡辺亨さんの本です。いやはや、あまりのひどさに驚きました。こんな本を出して恥ずかしくないのか! あちこちに近藤先生のことが出ている。近藤先生にライバル意識を燃やしているのなら、もっとまともな本を書いてほしいです。「恥」の一言です!!
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by lumokurago | 2009-05-28 20:26 | がんと闘わない生き方

がんと闘わない生き方(11)

がんと闘わない生き方(11)転移が発見されたが症状はまだない

治療後の定期検診にも意味はない

 私の治療の話に戻ります。2000年4月から術前化学療法、7月温存療法で手術、8月放射線治療を行い、再発予防のためのホルモン療法はやらないと自分で決めたので、これで初回治療は終了でした。

外科医のA医師は3か月おきの定期検診を勧めていましたが、乳がんは転移したら原則的に治らないので、術後検診で転移を「早期」に発見することに意味はなく、症状が出てから対応すればよいため(他のがんも同じと思います)、定期検診には行かないことにしました。(3か月おきの定期検診はどう考えても過剰診療で、儲けのためと言われてもしかたありません)。

 放射線科医の近藤誠医師は、自分の患者にはたまには会って元気でいることを喜び合いたいとのことで、1年に1度は予約を入れてくれますが、それも患者によって、行かない人もおり、私が仲良くなった人たちはほとんどの人がどちらの病院にも行かないまま9年が過ぎようとしています。
 
 ひどい病院になると毎月マンモグラフィーを撮ったり、全身の転移を調べるために毎年CTを撮ったりするところがありますが、明らかに過剰診療で、むしろ被曝が心配ですから、断った方が賢明です。

腋の下の転移の治療

 初回治療から3年後の2003年、私は右の腋の下にまた5ミリほどのしこりを見つけました。抗がん剤で手に触れなくなったため、「手術したくない」という私の希望を聞いて、A医師が「切るのやめよう」としたところだと思います。エコーには映っていたので、がんは残っていたのですが、手術の代わりに放射線をかけました。近藤医師によれば、手術と放射線はここでも同等です。結局、がん細胞が残っていたため、再発したということになります。

 乳がんでは腋の下の転移だけでは命取りではないので、私は落ち着き払っていましたが、一応、天野クリニックに出かけてエコーを撮ってもらい、近藤医師の診察を受けました。近藤先生は案の定、「様子を見よう」とおっしゃいました。

 4年後の2007年、大きくなったように感じたので、また天野クリニックに行きました。天野先生は「3年も来なかった」と言って、心配そうでしたが、エコーの結果、「そんなに大きくなっていませんよ。様子を見たらどうですか? 近藤先生のところに行くなら紹介状を書きます」とおっしゃいました。私も「近藤先生のところに行ってもどうせ『様子を見よう』ということになるから」と言って、そのままにしました。

 翌2008年、いよいよ大きくなってきて数も増えたので、また天野クリニックに行き、エコーを撮ってもらい、これ以上大きくなるとがんが神経に触って障害が出るのではないかが心配で近藤医師を訪ねました。さすがの近藤先生も「手術」と言って、今度は茅ヶ崎の病院の村山章裕医師(外科医)を紹介されました。東京のU医師を紹介されると思っていたので、また茅ヶ崎まで行くのかとがっくりでした。U医師を紹介しなくなった理由は聞きませんでしたが、おそらく考え方が違ってきたのでしょう。近藤先生の信頼する外科医が大都会東京にはいないということが、日本の医療の貧困さを端的に物語っています。

 7月7日、村山医師を訪ねました。村山医師は私がこれまでの経過を説明した後、治療法は2つあると提示されました。

1.リンパ節かくせい(リンパ節を根こそぎ取ってしまう)。
2.腫れているものだけを取る。

 事ここに至っても切りたくない私が「ホルモン剤はどうなんでしょう?」と聞いたところ、「初回治療で使っていなかったので、その手があります」とのこと。

 私「効くとすれば、どのくらいで効き目が出てくるんですか?」
 医師「2、3か月」

 私「2、3か月待っている間に大きくなって手術ができなくなるということはないのですか?」
 医師「大丈夫。手術してからホルモン剤を使っても効果があるかどうかはわからないけど、初めに使えば効果があるかどうかわかるのでそれがいいかもしれません」(手術してがんを切り取ってしまえば効果がわからないが、切り取らなければ小さくなるかどうか確かめられる)

 ということでホルモン剤を飲むことになりました。乳がんには女性ホルモンをエサにして大きくなるタイプがあることは以前説明しました。ホルモン剤には昔から使われているタモキシフェンと比較的新しいアロマターゼ阻害剤(女性にも男性ホルモンが分泌されている。それをアロマターゼという酵素が女性ホルモンに変えているが、この酵素に働きかけ、女性ホルモンを作らせない)がありますが、まずタモキシフェンを飲むことにしました。この薬はホルモンレセプターに取りついて、女性ホルモンが取りつくのをブロックするのです。
 
 村山医師が初めに提示した方針は「手術」だったので、私が質問しなければ、手術していたことになります。執念で再び手術を避けることができました。(手術の後遺症でリンパ浮腫が起きる可能性がある)。

ホルモン剤の変更

 1ヶ月後の8月18日、副作用を見るため受診しました。タモキシフェンには約1割でうつの症状が出、25%には疲労感が現れるそうです。私は以前重いうつ病でしたので、この頃現れたうつの症状が薬の副作用なのかどうか、判断できませんでした。エコーで調べてもらったところ、がんは小さくなっているとのことなので、この時はタモキシフェンは続けることにしました。しかし、その2か月後、うつ状態がひどくなったため、タモキシフェンは中止、アロマターゼ阻害剤であるレトロゾール(商品名フェマーラ)に変えました。

鎖骨上リンパ節への転移

 10月の診察で、鎖骨上リンパ節への転移がはっきり確認されました。乳がんの鎖骨上リンパ節転移は全身転移があることを示唆しています。つまり、今度こそ命にかかわるということです。そして、全身転移があるならもうどんな治療をしても治らないので、腋の下の転移などを手術しても意味がないということになります。あせって手術しなくて本当によかったです。 

 結局、私はいろんな偶然が重なったこともありますが、後遺症の可能性のある結果的に無駄な手術をすることなく、最小限の治療でここまで来たことになります。

 もう治らないのは仕方がないとして、できればいつ頃まで生きられるかを知りたい気持があり、全身転移がどの程度なのかを知りたくて、10月末にPET(※)の検査を受けました。その結果、縦隔と肺門のリンパ節に多発性の転移があるということでした。近藤医師によれば、それだけなら症状は出ないとのことでした。これから肺に転移すれば、呼吸困難になるということですが、それもがんが5センチ位になるまでは大丈夫です。今はまだ何の症状もなく、何も変わらず元気に過ごしています。

 ※編集部注:【PET(ペット)】がんの検査方法の一つ。ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)の略。  
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by lumokurago | 2009-05-20 16:54 | がんと闘わない生き方

がんと闘わない生き方(10)患者インタビューその5

がんと闘わない生き方(10)患者インタビューその5
新たな生き方語ったあとに急転、非情な死…


 E.Gさん
 年齢:39歳、独身
 職業:自営業
 手術法:乳房温存療法

 Q:Gさんの場合は再発してもすごい元気じゃない?

 A:再発してからなのよ、これがね。分かってからね。

 Q:どうしてそういうふうに元気でいられるの?

 A:ひと言ではむずかしいよね。まず、先生たちを信頼してるっていうこと。だから、いろいろこれからもあるとは思うけど、治療に対する不安はない、っていうか死ぬまでの不安がない。あちこち痛くなったりしても痛みを取るような治療をしてくれるし、無理な治療はしないし、そういうことに対する不安がないっていうことと、あとは何か特別な贈物をもらったような感じ。

 いままでの日常生活の中にすごい突然な事件が起こったわけだけど、それを悪くとっちゃえばどんどん落ち込むだけ。でもいいように考えると、何かとてもいい贈物って言ったら変だけど、やっぱりずっと自分に満足してたわけじゃないから、何か自分を変えるきっかけみたいな、そういうふうに受け止めてるっていうこと。

 あとは自分がこうなったっていうことで、今までの友だちとか、まわりの言える人に対してはその人たちとの交流がとても深くなって、嬉しさみたいなのがある。あとは再発しても別にどこか痛かったりしないこと、それが一番の大きな原因だとは思う。やっぱり体がきつかったらそんなこと言ってられないと思う。とりあえず私は運がいい方だと思う。日常生活も不便ないし。この間はちょっと治療なんかしたから痛みとか出ちゃったけど、あれだってやらなきゃ別に何ともなかったわけで(笑)…痛みがないのが一番かもしれないね。あと考えられることってなんだろう?

 Q:前に、いつ死んでもいいって思ってるって言ってたじゃない。

 A:うん。長く生きることに元々執着をもってない。自分が身軽だっていうのもとっても大きな原因だとは思う。

 Q:それは私も思う。

 A:結婚してないし、子どもがいない、小さい子どもがいない。もし自分に、小さい子どもとかいたら、こんな気楽じゃいられない。

 Q:そうだね、そうだよね。

 A:何ていうのか、結構好きなように生きてきたというか、何も我慢してこなかったというか、だから未練もないし、後悔もないし、執着するものがないっていうか。もちろん少しでも長く生きたいけれども、たとえそれがだめでも、あんまり…うーん…そこが友だちから言わせると困るところだって言われるんだけどね。だから、そう、気に掛ることがないの。

 親のことは特に心配だったんだけど、弟が結婚したので。とってもいいお嫁さんなのね。孫もできるし、少しの間はそりゃ親も寂しいし、つらいだろうけど、乗り越えてくれるんじゃないかなあっていうのが…。

 Q:よかったねえ。

 A:そう、それが何か運命っていうか、ちょうど弟の結婚が決まったのが、再発が発見されてすぐだったのね。うまくできてるっていうか、今までだって何回もお見合いもしてるんだけど、全然決まらなかったのが、もうとんとん拍子。

 あとは友人関係で、あなたがいなくなっちゃったら、私どうしたらいいの?みたいに言ってくれる人もいるけど、でもまだいっぱい時間あるから一緒に考えようよ、みたいな感じで。私だけじゃなくて他にも友だち作らなきゃ、って。

 あとは自分自身の死に対する不安みたいなことだと思うんだけど、そればっかりはやっぱり直面してみないとわからないから、具合悪くなってみないと何とも言えない。

 Q:そこでは、やっぱり医者に対する信頼ってのはすごく大きいでしょ。

 A:それは大きい。うん。いまの悩みの種は、ホスピスを東京にするか、実家の方にするか。ここで在宅は無理だから、一人暮らしなんで。実家に帰って在宅にするか、でもそれも先生を見つけないとだめだから、そこがいま、悩んでるところ。やっぱりあんまり忙しくない先生に、ちょっとのことでもすぐに来てもらって診て欲しいっていうのが。あと、じっくり話を聞いて欲しいっていうのがある。入院するならやっぱホスピスじゃなきゃいやだって感じがする。
 
 Q:N市にあるの?

 A:うん。そういうのも調べて準備は整えてるんだけど、でも、そうね、あんまり帰りたくないっていうのもあるしね。東京の方が好きだから。

 要するに自分で考えられて情報も集められて検討できる。前もって全部準備できる、それを自分で選んでいける、そういうことをK先生に教えてもらったみたいな。

 Q:自分で自分の死に方とかそういうことも決めていく。

 A:自分で選んでいかなきゃいけないな、ってこととかね。おまかせにしちゃったら、最後まで医者の好きなようにされちゃう。だからやっぱり、そういうふうに何でも自分で決めていけるところがいいんじゃないかしら。

 Q:何でも自分で決めていけるって自分で思うようになった、それはどういうきっかけ? 最初の病院の対応がすごい変で、これじゃおかしいって思って勉強したんだよね。

 A:そうだよねえ。だからもう、K先生の本、読んでだよね。温存の治療については読んで納得してたから、別に選ぶまでもなくそれでよかったんだけど、最初に悩んだのは、抗がん剤が2クール終ったところで、白血球がゼロに近くなっちゃって、それ以上続けるかどうかで2人(放射線科医と外科医)の意見が違うから、初めてそこで悩んだのね。で、あなたが後悔しないように自分で考えなさい、って言われて、ここで初めてこういう大事なことをホントに自分で決めなきゃいけないんだっていうのを実感して。さんざん悩んだけど、やめることにした。

 結果として再発しちゃったけど、あの時悩んで自分で決めたっていう意識があるから後悔してない。それまではだいたい病気にあまり縁がなかったから、全国どこに行ってもこの病気にはこの治療、この薬、そういうのが標準的にあるもんだと思い込んでた。自分で決めるなんてそんな考え、最初なかったもん。やっぱりあの2人の治療の過程で、だんだんそういう考えに慣れていったっていうことだと思うけどね。

 Q:やっぱり患者もあの2人が違う意見で、自分で決めろって方針があるから、勉強して決めなくちゃいけないって感じで鍛えられるっていうか、そういうところがあるよね。ホルモン剤についても(自分で決める機会が)ある人はあるんだよね(ホルモンレセプターのあるがんの場合、ホルモン剤が効くとされているが、副作用もあり、飲むか飲まないかは医師によって考え方が違う)。

 A:ホルモン剤はレセプターのある人はみんな悩むみたいね。私は当初なかったから、悩まなくてよかったわって感じなんだけど。

 Q:いくつかそういう選択しなきゃならない場面があって、すごい考えて決めるからね。

 A:みんな、だから1度はあるんだね。

 Q:1度はある。それでやっぱり医療全体に対する考えもこの経験で変わった?

 A:それはもう、180度変わっちゃったよー。もうそれはホントに。

 Q:そうだよね。医者が信頼できるっていうのはどういうところで思います?

 A:いまは、あの2人とかかりつけの歯医者さん以外誰も信用していない。まあ実際、自分がかかってみて、いろんな場面で相手がどう反応するかっていうのを確かめてみないと、信用しない。

 あの2人以外で信用した歯医者さんを例にとれば、やっぱりこっちの質問に対してちゃんと答えてくれる。あと技術。技術はあの歯医者さんは、私はお掃除してもらってちょっと矯正してもらったくらいだから、あんまりわからないんだけど、でもやってもらったあと、とても調子がいい。

 歯磨きの指導とかもお仕着せじゃなくて、その先生は自分で工夫してやれって言うの。何々法とかいろいろあるんだけど、歯の形とか顎の形はみんな違うから、その人に合った磨き方があるから、自分で工夫してやれっていうの。でも行く度に汚れの染み出しみたいな液をつけてくれて、こことここが磨けてないよっていうのを見せてくれるから、そうすると自分でどうやって磨けばいいか、だいたい分かってくるのね。だからそういうところがとっても信頼できて。

 Q:ひとりひとりが自分で努力して身に付けるみたいなふうに教えてるわけね? こうしなさいじゃないのね。

 A:こうしなさいじゃなくて、それがとっても気に入っちゃってね。自分のいまの体の状態はこうで、いまはこれだけのことを望んでいると言えば、本当はここまでやればいいんだけど、でもあなたがいま、そういうならここまでやりましょうっていうことをちゃんと説明してくれて、そのとおりにしてくれる。それで信頼するようになって…。

 Q:押し付けないんだね。聞いてくれて、意見もちゃんと取り入れてくれて。

 A:ちゃんとやってくれて、たぶん技術もいいんじゃないかと。痛くないし。だから信用できた。あとはあまり医者行ってないからわからないよね。

 Q:話はちょっと変わるけど、うちの病院は患者の意識も高いと思う。それに患者同士がこんなに仲良くなっちゃうようなのも他の病院だったらないですよねえ。

 A:ちょっと考えられないよね。無理矢理、会とか作ってとか、そういうのならあるかもしれないけど。

 Q:外来でアンケートを頼むと、いやがる人はほとんどいない。対応がすごい協力的で、やっぱり意識が似てるのかなって。自分たちが受けた治療をもっと広めたいし、今後の患者さんのためにも何かしたいって気持がすごく強い。

 A:そうだよね。やっぱりみんなどっかで(いまの医療が)おかしいと思って来てる人が大半でしょ。そうしたらねえ。

 Q:そうそう、意識高い。

 A:そうそう。で自然にやっぱり他の人にも知らせたいっていう気持になるし、だから私も最初に乳がんってわかったときは、誰彼かまわずベラベラしゃべってたのね、ホントに。みんなたぶん知らないだろうから、乳がんってこうなんだよ、温存できるんだよ、知り合いでいたら教えてあげてね、みたいに。人のためになりたいっていう気持も強かったし。だから治療中はけっこうハイな状態だったんだよね。なんか、病気と闘うというより、世の中と闘ってるみたいな…。

 Q:そう、そう、そう。(日本の医療は)こんなにひどかったのかみたいに気づいてさ、何とかしなくちゃいけないとかねえ。そういうの、やっぱりあの病院の特徴かもしれない。

 A:そうだよね。

 Q:やっぱり恵まれてんだよね、私たち。まあホントはこういうのが普通になんなきゃいけないんだけど。

 A:それと初めてO病院で鎖骨の上のリンパ節に再発・転移が発見されてから、ずうっとHさんに一部始終を聞いてもらってたでしょ。これとっても重要。“転移”っていう重い事実をね、当初は誰にも言えなかったもの。家族にも、友だちにも…。でもこればっかりは、さすがの私もひとりでは抱えられなかった。とにかく誰かに聞いてほしかったの。

 あの時は、O駅でHさんの携帯に電話したんだ。そしたら彼女、都内にいたのね。私が会いたいって言ったら、じゃあ今から会おうよって言ってくれて、それで待ち合わせして会ったの。あとで聞いたら彼女その時、徹夜明けでほとんど寝てなかったんだよ。それでも私のために時間、さいてくれてね。A先生に言われたこと全部言って、とにかく誰かに聞いてもらえたんで私は少し楽になったというか…。

 でも誰でもいいってわけじゃないんだよね。やっぱり“がん”という同じ病気になった人だからこそ分かってもらえる。病気のこといちいち説明しなくてもいいし、病院の様子とか、先生の喋り方とか、その辺もわかってもらえるでしょ。これはとても大きいよね。それに彼女は、自分で「いつ死んでもいい」なんて言ってるでしょ。こういう人なかなかいないからね。

 “死”の話題を気軽に口にできるって、私にとってこれ以上楽なことはないって感じ。彼女に話すことで自分自身も感情を整理できるし、彼女に何か言ってもらうことによって、自分の思い込みやとらわれから離れて客観的に判断できるようになれる気がするの。話したあとではいつもスッキリして、何でも笑い飛ばせるようになれる。「笑える」ってやっぱりすごいことだよね、こんな病気でさあ。「笑える」間は元気でいられると思うもの。彼女には本当、感謝してます。それにこういう友だちに巡り会えたってのも、K病院ならでは、だと思うから、K先生の患者になって本当によかったと思います。

 Q:ちょっと話は変わるんですけど、生き方の変化とか、人間関係の変化とか、生活の変化っていうのはありました?

 A:再発するまではありませんでした(笑)。でも何か、やっぱ根本的には違ってきたとは思うんだけどね。人生には限りがあるんだみたいな。一応、がんていうことで死を意識するっていう意味で、深いところでは変わってたかもしれない。けど、表面的には全然変わりませんでした。

 Q:今度、再発があってからは変わりました?

 A:うーん、変わったね。健康にいいことに関心がいくようになった。食べ物から始まって。変えられないところもあるんだけどね、でも変えようと努力してるし。人間関係は本当により深くなりたい人とはより深くなれたっていうのがあるし、どうでもいい人とは付き合わなくなったっていうのもあるし、人間関係は変わってきてると思います。生き方は何といったらいいのか、最近よく言われるのがね、再発して、ますますねえ、傲慢になったって。

 Q:本当!

 A:ますます傲慢になったって言われる。

 Q:(笑)あーそう、私もそうかもしれないね。うーん。なんかやっぱり限られた生っていうことがはっきり突き付けられてくるわけだから、そうするともうどうでもいいことなんか、かかずらわってるヒマないって感じだよね。

 A:そうだよ。もう、人から傲慢だと言われようが、いいじゃんそんなことみたいな。時間がないんだから。

 Q:そうそう、だから大事なことだけしようと思うしねえ。

 A:うん。そう、そう、そう。

 Q:選んでいくよね。人間関係もそうだけどね。すごくなんか精選されてくるし、生き方すべてがそうなって…

 A:で、あとね、やっぱり人からどう思われるかっていうことをますます気にしなくなった。

 Q:元々、気にしないけど…

 A:元々、あまり気にしてないけど、ますます気にしなくなって(笑)。だってねえ、気にしてられないじゃん、もう本当に。だから再発してある意味で楽になった部分もあるんだよね。そういうことで言えば。自分を全面的に出しても誰も怒らないっていうか。やっぱり今まで結構好き勝手にはやってきたけれども、それなりに周りに合せて気を使ってる部分とかいうのももちろんねえ、あったから、そういうのも気にしなくなる楽さ(笑)。

 Q:そう、そう、そう。「印篭」でしょ。だから。

 A:そう、そう、そう。印篭、印篭なの(笑)。楽になることも結構あるのよね。あとやっぱりとりあえず、老後の心配しなくていいってのが楽。(笑)とても楽。やっぱみんなそういう宣告されてない人は、守るべきものがありすぎるから、いろんなことにとらわれて窮屈に生きてるわけじゃん。でもそれががんで再発なんて言われちゃったら、守るものがなくなっちゃうから、とっても楽っていうか。

 Q:うん、そうだよね。それでもう6、7年も生きられたら…最高だよね。

 A:だから本当にね、いまの状態で、そんなに長くなくてもいい、2、3年でも。本当にこの状態をずっと続けられたら一番幸せ。

 Q:そうだよね。そうなんだよ。そこが全然違うんだよ。窮屈なままずうっと長生きして、本当に年寄りになって死んじゃうのとさ、すごい短い間でも解放されちゃって生きるっていうのはすごいなんかねえ。

 A:で、もし万が一、治っちゃったら、ずっと解放されたままねえ、婆さんになれそうな感じ。そしたらものすごい、生きることが楽しくて楽で、楽で楽しくて、そういうふうに生まれ変われるみたいな。

 Q:本当そうだよね。やっぱりこの経験をそういう楽しい方向とかプラスの方向にできるともうすばらしいよね。 

 【追記】この年の暮れまで元気いっぱいで普通に生活していたGさんは、年が明けて田舎から帰ってきたら、突然、具合が悪くなってしまいました。いったんO病院に入院し、抗がん剤を試しましたが、効果はなく打ち切り、在宅で酸素を使い始めました。乳がんの肺転移は苦しく、1人で生活するのは無理で、田舎のホスピスに入ることを決めた時、症状が急激に悪化して救急車で近所の病院に運ばれ、そのまま亡くなりました。2月でした。まだ39歳。がんはやはり残酷であり、若すぎる死は非情です。
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by lumokurago | 2009-05-15 20:50 | がんと闘わない生き方