暗川  


写真日記
by lumokurago
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
検索
リンク
ご感想をお寄せ下さいmailto:lumokurago@yahoo.co.jp

嫌がらせコメントは削除させていただきます。

必ずしもリンクするHPの意見、すべてに同調するわけではありません。ご自分で情報を選んでください。

原子力資料情報室

小出裕章非公式まとめ

沖縄タイムス

暗川メインページ
私の下手な絵などを載せています。

杉並裁判の会
私たちの裁判の会です

ポケットに教育基本法の会

「つくる会」教科書裁判支援ネットワーク

もぐのにじいろえにっき
もぐちゃんのページ

プロテア
リリコおばさんの杉並区政ウォッチング

鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
松田まゆみさんのページ

熊野古道の路沿い
鈴さんのページ

風に吹かれてちゅちゃわんじゃ
小笠原父島で農業をやっているサエちゃんのブログ

三宅勝久さんのブログ
杉並区在住のジャーナリスト

カテゴリ
以前の記事
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

カテゴリ:転移がんの治療(無治療)( 95 )


骨の検査しました

 今日、慶応病院で骨の検査(骨シンチグラフィ)をしてきました。アイソトープを注射してから撮影まで3時間・・・椅子に座っているのも大変なのでいったん帰宅しようかとも考えたのですが・・・図書コーナーの長椅子に横になっていました。少し眠ったようです。あとは食事をして「文藝春秋special がんを生きる」というのを買って読んでいました。

 有名人ががんについて書いているのですが、よかったのは保阪正康氏でした。

 保阪氏は腎がんで右腎を摘出。入院する前に遺書と友人、知人あてのあいさつ文を書いたが、あいさつ文を書きつつ涙がとまらなかったという。

 *****以下引用

 ――遺言を綴っているときは何の悲しみもなかったのに、私の死後に私の名で投函される葉書に、「思えば自分なりに満足な一生でした。これも皆様との出会い、そして御交誼のおかげです」といった一文を刻みながら、涙がとどまらないのはなぜだろうか、と自分になんども問いかけた。

 私はこうした一文を刻んでいったときに、さまざまな人たちの死の瞬間に思い至ったのだ。65歳のこのときまで、私はどれほどの人に接してきただろう。もとより私の目の前で最期を迎えた肉親もいれば、その死に目には会えなかった肉親もいる。いやこれまで、そう34、5歳のときに、昭和という時代を生きた人たちの証言は百年、二百年といった時間からみれば、いつか重要な重みをもつと決意して、それこそ述べにすれば四千人近くの人たちに会ってきた。そういう人たちの口から語られた死者たち(何も日本人だけではなく)は、それこそ万に及ぶのではないか。

 私がこのような一文を死後に投函することは、彼らに対して非礼にならないか、いやそういうことさえできずに亡くなっていった戦場での死者たちに、私は傲慢すぎるのではないかと思い至ったのだ。

 私に、昭和史の実情を証言してくれた人たちそれぞれの内容を私は背負っていることに気づいたのだ。私が背負っている人たちの「死」はそれ自体がうめき声を発したくなるほど辛くて重いし、そして悲しい。私は、私の亡き後にこの世にいる友人、知人たちに私の人生が充実していたことを知らせるのも重要なことだろうが、より重要なのは私が多くの人の口から聞いてきた無名の人たちの<死>の姿であり、それを背負って生きている私自身の苦悩を性格に誰かに伝えなければ死ぬに死ねないのだと気づいたのである。(後略)

 *****

 ほかの人はたいしたことは書いていないが、保阪氏の誠実な生き方を知ることができて、この雑誌を買ってよかったと思えました。

 ついでにもう一人。この雑誌でも「がんは早期発見すれば治る」「がんなら手術」と思い込んでいる人が多いけれど、こういう考え方もでてきたんですね。堀田力氏です。

 ――多くの人は(ガン告知に)大きなショックを受け、医師の言うがままに、少しでも長生きできるような治療を受ける。しかしその判断には、前提の誤りがあるように思う。その治療を受ければ、一時期元気な頃と同じような生活が送れるという錯覚である。実態は、抗がん剤の副作用に苦しみ、さまざまな機能障害に苦しんで、人生の輝きは戻っていない。
 単なる延命のための治療はしないと決めた。(中略)
 薩摩の島津家につながるボランティア仲間の島津禮子さんも、いきいきと団体の仕事をこなし、血色がよく、眼が輝いている。「抗がん剤を止めたからよ」とおっしゃる。
 余命はいらないから、元気に過ごしたい。そういう治療ないし不治療のあり方を経験則から確立してほしい。私は、そのアドバイスに従うと決めているからである。

*****

 検査結果は来週金曜日に聞きに行きます。オキシコンチン(麻薬の一種)を1日にたった5mg飲んでいるだけで便秘がひどく、時々吐き気もするので、アセトアミノフェンに替え、しかし麻薬に慣れるために、オキシコンチン5mgの半分を飲んで様子を見ています。おかげで痛いのは肋骨のみ、それも寝がえりをうったり、起きあがるときだけになりました。起きて普通にしている分には痛くないです。

【追記】オキシコンチンは徐放剤といって、長時間効き目が持続するように、徐々に薬剤が溶けるようなコーティングをしてあるため、半分に割ったり、かみ砕いたりすると、そのコーティングが壊れてしまう。なので半分に割るのはやめました。
[PR]

by lumokurago | 2011-10-14 18:24 | 転移がんの治療(無治療)

CT検査の結果 肺転移縮小

 検査の報告をDr.Aへのメールで代用します。 

 こんばんは。結局、今日、近藤先生のところに行ってきました。レントゲンでは、なんという骨か、骨盤の下のほうが薄くなっていて、右足が痛いのはそのせいじゃないかと。ほかは前と比べてそんなに変わっていないそうです(入院以来検査していなかったので、ずいぶん前の写真と比べていました。「ずっと検査してなかったんだなあ」と。比較するためには痛くない時の写真も撮っておいたほうがよいのでは?―笑―。来週の月曜日に胸部から骨盤までのCT、14日に骨シンチの予約を入れてくれました。(Dr.Kが)お休みをとる前、来週の水曜日にCTの結果を教えてくれることになりました。骨シンチの結果は帰ってきてからの21日です。放射線はめいっぱいかけてしまったと思っていたのですが、まだかけられるらしい(?)です。が、慶応病院の放射線科のベッドがなくなってしまったため、通うしかないとのことで、いまの私は大丈夫ですが、痛くて通えない人もいるのにひどい病院だなあ。
 今度の連休に北上の温泉に行く予定です。近藤先生に「大丈夫?」と聞いたら、「うん」と言ってました・・・。 渡辺容子 9.30


 今日のCTの結果は(封のしてある近藤医師宛ての封筒をあけたところ)、2009年8月に同じクリニックで検査した結果と比べ、肝転移、骨転移増大、肺転移縮小でした。2009年8月のあと、骨転移の激しい増大で放射線治療を行ったので、骨転移については、比べても意味がないと思います。腫瘍マーカーCEAがいままでになく上がり、CA15-3も上がっているもののそれほどではないので、CEAが肝転移、CA15-3が肺転移に関係あるかもしれません。近藤先生の水曜日の診察では肝転移に放射線をかけるかどうかの話がでるかもしれません。猫がいるから長生きしたいので、かけてもらおうかな(笑)。
 痛み止めは余っていたアセトアミノフェンを飲んだところ、効いているようです。 渡辺容子 10.3

 
 こんばんは。近藤先生のところに行きましたが、CT検査をしてくれたクリニックからの手紙以上のことはわかりませんでした。骨シンチはこれからですし、肝転移は増大しているもののすぐに治療しなくてもよさそう。肺転移が縮小したのはよかったです。
 「あと1年は生きられるか」と聞いたら、「どうかなあ」という感じのお答えでした。私は網野先生に看取っていただければそれで本望です。 渡辺容子  10.5


こんばんは。
癌とは共存できそうな状況ですね。
肝臓はタフな臓器ですので気にしなくて良く、肺転移が
縮小したことで余命が伸びたとおもいます。
私の場合、今年死ぬような気分でしたが、もう少し生きる
かもしれないですね。何をするかですが、本は書く気がしないし。
何か、遊ぶことを考えてみたいと思っています。
網野  10.5
[PR]

by lumokurago | 2011-10-06 18:04 | 転移がんの治療(無治療)

検査することになりました

 痛みについてはまだ様子をみようと思っていたのですが、Dr.Kが来週末から2週間の休暇に入ってしまうため、結局、今日診察に行ってきました。肺、肝臓などのCT検査と骨の検査をすることになりました。子猫もいるし、家も建て替えるしで、いまの状態を知っておこうと思います。CT検査の結果は、休暇に入るまえの来週水曜日、骨の検査の結果は、21日に教えてくれる予定です。
[PR]

by lumokurago | 2011-09-30 18:29 | 転移がんの治療(無治療)

Dr.K診察日

 診察日でした。

 渡辺:がんと関係ないと思うけど、最近体が重くて、背中やお尻が筋肉痛なんです。体重はずっとまえにヒスロンで増えてからは変わってないけど。歩くのが大変で自転車も坂が大変なので、電気自転車を買うことにしました。

 Dr.K:じゃあ、検査しよう。

 渡辺:えー? がんと関係ないと思う。

 Dr.K:あなたはそんなに聡明なのに、がんと関係ないと思いたいの?

 渡辺:絶対関係ない。賭けましょうか。

 Dr:負ける賭けにはかけないよ。とりあえず血液検査と胸のレントゲン撮ってみようか。息がはあはあしてない?

 渡辺:でもこれはずっと前からだから。

 Dr:検査どうする?

 渡辺:してもいいけど。

 Dr:じゃあ、行って来て。

 ・・・・・・・・検査が終わって・・・・・・・

 Dr:(レントゲン写真を見ながら)肺はきれいだね。よかった。(去年の5月頃の段階でレントゲンには写っていなかったので、その後大きくなっていないということになる。ただしCTには写っていたので転移はしている)。

 渡辺:肋骨は折れそうなところ、ありますか?

 Dr:こことここと・・・(影が薄くなっているところを説明)。

 渡辺:背中が痛いけど、たぶん筋肉痛。

 Dr:(血液検査の結果をみて)腫瘍マーカーは上がってる。(1年ぶりに調べました)。

 渡辺:数字は忘れたけど、前はすごく高かったからそれよりはいいかも・・・。

 Dr:肝臓だけどね、検査してみる? もしあれば放射線で延命できる。でも延命すると骨転移が育ってまた痛い思いをすることになるかもしれないから、放置という選択肢もある。人生観の問題だね。普通は死んでも生きたいんだけど。

 渡辺:いまはやらなくていいです。以下オフレコ。

*****

 「余命1年」がでてから(撤回されました)、浮世離れした生活だと思っていましたが、これは「根こぎ」になったからなんですね。いつ死ぬかわからないので将来の計画が立てられない、というか責任のある仕事など始められないし、その日暮らしで中途半端なのです。震災・原発事故があってからは、私ばかりではないと思いますが、ますますその日暮らしになりました。

 いまやっているのは、本の始末などは終わり、手紙の始末です。私は毎年年末にその年に来た手紙を綴じて気に入った表紙をつけて製本していました。1年に2冊も3冊もある年もあります。それが段ボールに2箱もあります。私以外に意味がないので、読み返して処分するしかないと思っています。

 最後まで残すであろうは学童クラブで作っていた文集と父母向け通信、それに暗川などの個人通信です。これは捨てません。これらの文章からよいものを拾って本にしようかと思ったこともありますが、そこまでしなくてもね。ブログに載せていますので、時間があるときに読んでください。「昔のミニコミ誌から」にあります。
 
 しばらくはこんな生活がつづくことになると思います。猫が慰みです。いまは猫のために長生きしたいです。
[PR]

by lumokurago | 2011-09-09 18:24 | 転移がんの治療(無治療)

Dr.Kの診察日

 でした。待合室(単なる廊下)でDr.Kの患者のなかで「理論派の双璧」(Drの言葉)のひとりMさんと会えました(8月にDrから紹介されて以来友人に。私よりすごい理論派。つまり1番ですね)。今日会える確率は80%以上と予想していたので、やった! 薬もあまっているし、Dr.Kに本来の用事はなかったので来るのやめようかと思ったけど、来てよかったです。

 Dr.Kには、彼のファン(がんでもなんでもないただの私の友人)に頼まれた本のサインをお願いしました(彼女用と娘用。ちなみに『なぜ、ぼくはがん治療医になったのか』と『大学病院が患者を殺すとき』。2冊は同じ本ですが、前者はカバーに顔写真あり)。娘が医学生だと知らせたら、「毒されないように。選ぶ科によって違ってくる。リハビリとかがいい。消化器なんか最低(たぶん有害な手術ばかりやってるからでしょう)」とのことでした。友人はDr.Kファンクラブ会長になると言っているほどなのですが、なにが気に入っているかというと、「顔が好き」だそうです。Dr.Kに話したら「そんなのはじめて」だそうです。

 あー、また書いちゃった。医者をからかってどうする?! でもイニシャルにしていつもこのブログをみてくれている人以外には発見されないようにしています。

 今日、読売新聞の取材があったのですが(詳細は後日)、またもやなんでそんなに達観していられるのか、など聞かれました。私は平均寿命にほんの少し短い命だとしても(赤ちゃんや子どものうちに亡くなる人も多い)、Dr.KやDr.Aに出会えたことだけで、へたに長生きするよりよかったと本気で思っています。二人ともすてきなんだもの。生き方が! それにもちろん顔もね。
[PR]

by lumokurago | 2010-12-24 17:22 | 転移がんの治療(無治療)

昨日慶応病院

 昨日は生田弁護士の裁判があったので、それを忘れて予約したDr.Kのところに行くか迷っていましたが、元気なので行ってきました。顔面神経麻痺が少しずつでてきているのですが、1月に放射線治療をしたときのように突然口が閉まらなくなる、目が閉じなくなるということはありません。食べるのとしゃべるのに少し気を使う程度です。ホルモン剤が効いているといっても、場所によって効かないところがあるとのことです。といっても、この様子ではまったく効いていないのではなく、進行を遅らせてはいると思います。もっと悪くなれば、前が30グレイなのでもう少しかけられることを確認しました。

 体重が増えているのはやはりホルモン剤(ヒスロン)の副作用で、際限がないのでコントロールしないととのことでした。たぶん、母島のユースで元気に歩きまわっている人と同じ量のおかずを食べていたせいでしょう。ご飯は減らしてもらっていましたが、おいしいので全部食べていました。

 今日のビオトープフェスタで「あなたは性善説? 性悪説?」というシール投票をするのですが、Dr.Kがどちらか聞いてきてほしいという要望があったので、聞いてみました。どちらだと思いますか? そうです、性悪説です。医療の世界をみていると性悪説にならざるを得ないとのことでした。

 Dr.Kは診察室で話すことはどこかに書かれてしまうので、コントロールしているとおっしゃっていました。私のこと? とは聞かなかったのですが、私も含まれるでしょう。それで野良猫のことは秘密です。(また、書いてしまった)。
[PR]

by lumokurago | 2010-11-13 09:46 | 転移がんの治療(無治療)

慶応病院行ってきました

 今日は1ヶ月ぶりのDr.Kの診察でした。2種類の腫瘍マーカーのうち、CA15-3が正常範囲内に下がっていました。もう一つのCEAも下がっていました。Dr.K、気の毒にも訴えられちゃいますね(冗談)。

 とってもすてきな人にまたまた出会いました。やっぱりがんになってよかった。Dr.Aが私の次の本のタイトルを『がんほど素敵な病はない』に決めています。詳しくはまた後ほど。
[PR]

by lumokurago | 2010-08-27 23:05 | 転移がんの治療(無治療)

診察日

 今日はDr.Kの診察日でした。血液検査の結果、腫瘍マーカーのうち、下がり続けていたCA15-3がまた少し下がり、横ばいだったCEAも少し下がっていました。「本ができてからどんどん元気になっている。(余命1年なんて言って)おこられる」とおっしゃるので、「心配させられたから慰謝料を請求して訴えると言ってる人がいますよ」と言っておきました。ホルモン剤(ヒスロン)はいずれ効かなくなるけど、10年も効き続けた人もいるそうです。私はすでに「余命半年」なので、妹に頼りっきりでのんきに暮らしていますが、もし長生きするようなら、自立を考えなければなりません。

 母の「64万円」の件を話し、予定されている往診週1回、訪問介護週2回が必要かと聞いたところ、「必要ない。具合が悪くなった時だけ呼べばいい」とのことでした。

 オフレコ:「腫瘍マーカーなんて当てにならない」ともまたおっしゃっていました。つまりDr.Kにもほんとうのことはわからないのでしょう。全身の検査はもうずっとやってないし。でも、この際、いい方だけ見ておくことにしました。喜んでくれる友だちのためにも。
[PR]

by lumokurago | 2010-07-30 21:33 | 転移がんの治療(無治療)

「これから何年生きるかわからない」

 Dr.Kの診察日でした。血液検査の結果、腫瘍マーカーCA15-3がまた下がっていたので、「これから何年生きるかわからない」だそうです(ぎゃふん! ある友人に報告したところ、心配させられた分、慰謝料を請求すると言っていました。あはは)。次回の診察は7月30日にしました。

 Dr.K:血液検査したい?
 私:どっちでもいいです。
 Dr.K:ぼくもどっちでもいいけど、どこまで下がるか学問的興味があるな。
 私:だったら調べてもいいですよ(そんなに珍しいのか)。

 私:猫が死んじゃったことを「命をくれたのよ」「身代りになってくれたのよ」という人がいるんです。
 Dr.K:それは迷信だ。
 私:(2度目のぎゃふん!)それはそうだけど・・・(あまりにもまじめな対応になんと言っていいかわからない)
 Dr.K:猫、かわいそうだったね。先天性の病気だったの?(たった2歳だったので)
 私:検査してないからわかりません。肺の病気だったらしいです。(先天性の病気だった可能性もあるんだなあ・・・。この話を友だちにしたら、「短い命だったからあんなにかわいらしく愛嬌をふりまいて生きてたんだね」と言っていました・・・涙)。
[PR]

by lumokurago | 2010-07-02 22:59 | 転移がんの治療(無治療)

CA15-3、三分の一に

 2週間ごとのDr.Kの診察でした。血液検査の結果、2週間前に比べ2種類の腫瘍マーカーのうち、CEAは微減。CA15-3は横ばいでしたが、3月31日に比べると約三分の一に減った値が持続していました。

 Dr.Kの解説

 同じ人のがんにCEAを増やす性質をもったがん細胞とCA15-3を増やす性質をもったがん細胞が混じっている。また、1センチでも腫瘍マーカーがぐんと上がるがんもあれば、5センチあっても腫瘍マーカーがまったく上がらないがんもある。あなたのがんの中でCEAを増やす性質のがん細胞とCA15-3を増やす性質のがん細胞の割合はわからないが、少なくともCA15-3を増やす性質をもったがん細胞は三分の一に減ったということだ。ホルモン剤のヒスロンの効果だろう。とてもうまくいっている。

 「寝汗」のことを言ったら「寝汗は悪性リンパ腫か肺結核によくある」ということでレントゲンを撮りました(冗談かと思ったけど違ったみたい)。

 結核はない。この写真でみるところ肺転移はない(CTには映っていたのでまったくないとは言えない)。肋骨は折れていない。骨盤などの放射線をかけたところには新しい骨ができてきている。右下腿骨の転移はヒスロンが効いて小さくなっている。左大腿骨は骨粗しょう症+転移がある(骨折の可能性もある)。

 とのことでした。来年の桜も見られるかな。ありがたいことだ。元気なうちにもっと本をつくらなくちゃ。がんの本はタイトルが決まっていませんが(悩んでいます)、6月20日発売予定です。網野先生の解説つき。
[PR]

by lumokurago | 2010-05-28 22:08 | 転移がんの治療(無治療)