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カテゴリ:教基法違憲訴訟( 32 )


教育基本法違憲訴訟控訴審も門前払いの「3秒判決」

教育基本法違憲訴訟控訴審も門前払いの「3秒判決」

 改定教育基本法は違憲であると訴えた裁判の控訴審判決が3月19日、東京高裁第8民事部・原田敏章裁判長から言い渡され、控訴棄却となりました。原審に引き続き、何も審理しないままの門前払い判決で、控訴人らは上告を決意しました。

判決言い渡しはたったの3秒

 筆者は、言い渡し予定時刻の午後4時の10分ほど前に控訴人席に着いて、裁判官を待っていました。判決言い渡しは数秒で終わってしまうため、5秒遅刻すれば間に合わないので、余裕をもって早く来たのです。

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 左から加藤謙一裁判官、原田敏章裁判長、小出邦夫裁判官 

 裁判官3人が入ってきました。しばしの間、裁判長は正面の時計をじっと見ていて、4時ぴったりになるのを待っていたようです。でも数秒で終わる判決のために、「秒」まで正しく合っているのか疑問な時計で4時を待つなんて、とおかしくなりました。そして数秒後、原田裁判長は「主文。1、本件各控訴をいずれも棄却する。 2、控訴費用は控訴人らの負担とする」と言って、ドアの後ろに消えました。この間、3秒。

 あれだけ一生懸命に書いた、控訴理由書や切実な準備書面に対する回答がたったの3秒でした。そして、国民に裁判の実態を知ってもらいたくても、口頭弁論は昼間行われますから、傍聴できる人はごく限られています。マスコミはこんなマイナーな裁判を報道することはありません。だから、裁判はぜひすべてをテレビ放映してもらいたいものです。

 今日、私が用意していたヤジは「原田裁判長の不当判決はネットで監視していますよ」でした。原田裁判長は不当判決が多いため、本当にそういうサイトがあるのです。私たちの裁判もそこに載っていました。

「違法とまでは言えない」という常套句

 さて、判決の内容ですが、控訴人、被控訴人の名前や控訴人名簿などを除くとたった3ページ。その中で地裁判決の引用などが2ページ、「当裁判所の補充の判断」が1ページでした。要するに、「教育基本法が成立したことによって直ちに控訴人らが国を愛する態度を強制されたり、思想及び良心の自由を侵害されたりするとまでは認めることができない」というものでした。

 「何々とまではいえない」というのは裁判所の常套句。裁判官が最も好むのは「違法とまでは言えない」です。これは裏を返せば「違法ではないとまでは言えない」という意味でもあります。さすがに良心が痛むのか「違法ではない」と断定できないのでごまかすために設定したに違いない、違法でもなければ適法でもない、グレーゾーンです。

 つまり、今回の判決で言えば、「国を愛する態度を強制されたり、思想及び良心の自由を侵害されたりしたとは認められない」とはっきり言えず、「……とまでは」というあいまいな言葉を入れているのも、はっきりした判断を避け、グレーゾーンに逃げ込んだ、ということです。

 このような判決を受ける者として考えてみるに、「とまでは言えない」という言い方は、「違法ではない」と断定できないということなのです。現在の日本の裁判官が最高裁に人事権や昇給を決める権利を握られています。出世を望むなら最高裁の顔色を窺って政府、行政寄りの判決しか書けない状況を考えれば、心情的には「違法である」と認めているも同然と見ることができます。なぜなら、そんな気持ちが全くないならば自信をもって「違法ではない」と断定するはずだからです。

裁判官が公正な判決を出せない制度的な欠陥

 私たちは本人訴訟を行い、主権を自ら行使することによって、日本の司法を変えていきたいと願っていますが、最高裁が裁判官の人事権等を握っているという制度自体を変えなければ、なかなか変わっていかないと痛感しています。

 裁判官が自己の良心に従い、何ものにもとらわれることなく公正に判断できるためには、人事権などは司法の枠組みから離れた第3者機関に委ねる必要があるのです。これは、裁判官忌避の審理を行うのが同じ裁判所の別の部(つまり当の裁判官のお友達)であるという不公正さや、地方自治体において住民監査請求を監査する監査委員がその自治体の長の元直属の部下だったりという制度的な欠陥とも共通した問題です。

 このように書くと、筆者が原田裁判長を免罪しているかのように誤解されるかもしれませんが、決してそうではありません。本来、裁判官は自分の出世などより正義を重んじ、公正な裁判をすべきであると思っています。しかし、制度の問題は制度の問題として取り上げ、改善していかなければならない、という意味です。

原田裁判長の別な事件での不当判決

 この機会に同じ原田裁判長の、これは好意的に解釈することが全くできない不当判決について、お知らせします。それは、阿部力也・世田谷区議が選挙期間中に運動員の女性に行ったわいせつ事件で、地裁ではわいせつ行為を認定したのに、高裁で原田裁判長がそれを覆したのです。

 女性が半年以上も警察に届け出なかったことなどから「執拗(しつよう)で屈辱的な被害を受けた行動としては不自然で不合理。わいせつ行為は存在しないか、存在したとしても女性の承諾に基づくものだったことを強く示唆する」との理由でした。半年以上も警察に届け出なかったことがなぜこのようなことを示唆することに結びつくのか、偏見以外に何の根拠もない、ひどい判決です。

横浜の改正教基法違憲訴訟控訴審も原田裁判長

 改正教育基本法違憲訴訟は愛媛、横浜、東京の3ヵ所で提訴されましたが、横浜地裁でも門前払いされ、東京高裁に控訴しました。この控訴審第1回口頭弁論が3月12日に行われました。ここでも原田裁判長は控訴人1人につき10分、計20分の口頭での陳述を許しましたが、第1回で結審しました。

 筆者たちの前回の口頭弁論の報告で、原田裁判長が終始、被控訴人側に傾いていると書いたのを読んだのかどうかわかりませんが、今回は陳述中に、体を動かし、控訴人側に傾けたり、被控訴人側に傾けたりして、気を使っているらしい様子が見受けられました。右陪席(筆者たちの裁判では左陪席だった)の加藤謙一裁判官については「終始瞑想中」と書いたのを読んだのか、今回は目をぱっちり開けて、陳述をよく聞いていました。左陪席は小出邦夫という裁判官でしたが、似顔絵を描かれたくないらしく、頬杖をついた手で顔を隠したりしていました。

 横浜教基法違憲訴訟も東京と同じ裁判官にしたのは、なぜでしょう? 筆者は、判決を書くのにコピー&ペーストできるからだと勘ぐっています。そして言わせてもらえるなら、こんな判決なら素人でも簡単に書けます。裁判官なら裁判官らしく、法律に則ってまじめに書いてほしい、と言いたいです。

*****

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 横浜教基法控訴審第1回の時の裁判官(中央は原田敏章裁判長で上と同じ。上の左陪席・加藤謙一裁判官が右陪席に変わっています。左陪席は上とは違う人で小出邦夫裁判官)。原告席は向かって左側、被告席は右側です。
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by lumokurago | 2009-03-26 17:38 | 教基法違憲訴訟

繰り返される不当な結審 改正教基法違憲訴訟控訴審

繰り返される不当な結審 改正教基法違憲訴訟控訴審

改正教育基本法は違憲だと訴える裁判の控訴審第2回口頭弁論が、1月27日、東京高等裁判所で行われました。東京高裁第8民事部の原田敏章裁判長(右陪席:氣賀澤耕一、左陪席:加藤謙一裁判官)は控訴人に計40分の陳述時間を与えましたが、最後の控訴人の陳述後、突然結審を言い渡しました。控訴人に言いたいことを言わせただけで、被控訴人に反論を求めることもなく、何も審理せずに結審しました。今回の裁判官も、被控訴人である国と教育基本法改正に賛成した国会議員に自主的におもねるヒラメ裁判官であることが暴露され、控訴人と傍聴者は裁判所への怒りを新たにしました。

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 左から氣賀澤耕一裁判官、原田敏章裁判長(終始被告側に傾いている)、加藤謙一裁判官(終始瞑想中)

陳述時間を計40分もくれるの?!

 第1回口頭弁論で控訴人の求めに快く答え、裁判官の名前を紹介してくれた原田裁判長はこの日も穏やかな態度で、口頭での陳述は4人の控訴人一人につき10分、計40分で行ってくださいと言いました。「えーっ! なんでそこまでサービスしてくれるかな? こりゃあ、言わせるだけ言わせて結審するつもりだ」とピーンとひらめいたにも関わらず、人のいい筆者らは普段親切な人にする通り条件反射で裁判長にお礼を述べていました。

国、自民党国会議員は主権者に誠実に対応せよ

 まず、筆者が被控訴人による答弁書への反論を陳述しました。

 太田昭宏氏(教基法改正に賛成した特別委員会メンバーで東京都選出の公明党国会議員)は答弁書で、原判決には審理不尽は存在しないと主張していますが、原審はたった1回の口頭弁論で結審しており、裁判官による真実究明義務の全うがなされていないことは明らかであり、「裁判所は訴訟が裁判をするのに熟したときは、終結裁判をする」と規定した民事訴訟法243.条に違反しています。また、原判決は「教育基本法の内容が原告らの政治的思想信条に反するものであり、・・・その内容に不快の念等を抱いたとしても」とした点につき、控訴人らは事実誤認だと主張していますが、答弁書は否定しています。しかし控訴人は教育基本法の内容が憲法に違反していると主張しているのだから、控訴人の主張を「不快の念」などという法律らしからぬ非論理的かつ情緒的な言葉で退けるのではなく、教育基本法の内容が憲法に適っている根拠を憲法の条文に照らして述べなければならないはずです。

 被控訴人国、及び小杉隆、下村博文、木村勉、島村宜伸氏(教基法改正に賛成した特別委員会メンバーで東京都選出の自民党国会議員)の答弁書には控訴理由書に対する反論が一切なく、ただ棄却すると述べているのみです。反論せずとも勝つと予想し、この裁判をまじめにやる気がないのです。国は国民のためにあり、国会議員は国民のために働くべき職責を負っているはずなのに、これでは主権者の異議申し立てに対して誠実な態度を取っているとは到底言うことができません。これは国民の基本的人権を損ねるもので憲法第11条に違反し、かつ国民の裁判を受ける権利を愚弄しているため、憲法第32条に違反します。

教育基本法が改正されたことによる具体的な損害

 次に控訴人Jさんが板橋区立小学校の50周年記念式典の際、日の丸に礼をすることを拒んで着席し、君が代も歌わなかったことによって具体的な損害を被ったと述べました。
 JさんはPTA役員のもとにある専門委員なのでその式典出席には強制力が働き、その式典で副校長の司会のもと、日の丸に向かって起立が促され、そのまま「礼」をするように指示されました。しかしキリスト教会の牧師であるJさんは、信仰に基づき神でないものを拝むことができず、着席しました。Jさん以外の出席者たちは「礼」の後、「君が代」を歌うよう強制的に指示され、歌いましたが、Jさんは着席のまま歌いませんでした。「君が代」は日本の台湾出兵以来の侵略戦争行為を想起させるものであり、平和憲法に基づき、47年版教育基本法に基づいた教育を受けてきたJさんはこの歌をどうしても歌うことができなかったのです。

 式典に欠席することは地域社会で白眼視される行為であり、一人だけ着席することは当然目立つ行為であり、「君が代」を歌わないことも、相当な勇気が要ることです。精神的打撃だけでなく、その後の地域での生活に支障をきたすからです。これは具体的な損害であり、毎年の入学式や卒業式などでも繰り返されている国家規模の損害だとJさんは主張しました。

 坂本板橋区長は式典の挨拶の中で、「教育基本法改正と学習指導要領の改訂」について言及し、「この法律に基づいて、これからも郷土を愛する態度を滋養する厳かな式典、地域・家庭と共同しての教育を進めていく」ことを明言しました。つまり、Jさんのような信条を持つ者を生きづらくしているのは改正教育基本法であり、具体的損害があるので、裁判所は審理すべきなのです。

改定教基法による道徳教育は憲法違反

 3番目に小学校3年生の子どもを持つ控訴人Tさんが、教育基本法が改正されてから小学校で行われる道徳教育が自己犠牲の精神を賛美するものにはっきり変わってきたことを陳述しました。その一例として、授業時間に行われた「よみきかせ会」で「さいごの恐竜ティラン」という話が取り上げられたことを話しました。そのストーリーは、草食恐竜のお母さん恐竜が、ひょんなことから肉食恐竜のティラノサウルス、ティランちゃんを育てることになり、親子は仲良く暮らしていたが、氷河期になり食べ物がなくなって、お母さん恐竜が先に死んでしまう。やがて、他のティラノサウルスが死んだお母さん恐竜を食べにやってくると、ティランはお母さんの死体を守って、ティラノサウルスと戦い、ティランは傷だらけになりながら最後まで戦い、舞い落ちる雪の中母親の死体に寄り添い死ぬという物語です。

 これは「忠臣蔵」によく似た内容構造を持ち、日本の伝統的な生き方であり、このような生き方が道徳教育で推奨されるようになったのは、改定教育基本法第2条第5項で、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」ことが教育の目標になったことに起因するものであるとTさんは主張しました。日本の伝統的な国家秩序を保つ方法として、明治憲法時代は教育勅語により、国民は天皇のために戦って死ぬべきであると教えたが、これは日本国憲法第13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しないかぎり、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」に違反している。その結果、Tさんの子どもの生きる権利は奪われ、保護者であるTさんは子どもを憲法に基づき、自由に健やかに育てる権利を奪われ、さらに将来における子どもの生命の保証を脅かされ、多大な苦痛を強いられている。したがって控訴人の権利利益は改定教育基本法による道徳・愛国心教育によってただちに侵害されていると訴えました。

 最後にもう一度筆者がやらせタウンミーティングの違法性について主張しました。

不当な結審と勝手な訴訟指揮

 筆者の陳述が終わると、原田裁判長はいきなり、「準備書面(10)の陳述は認めません。本件はこれで口頭弁論を終結し・・・」と言い出しました。いつもと同じパターンです。筆者らは「忌避します」と口々に言いましたが、裁判長はもにょもにょと判決日を告げ、閉廷のあいさつもせずに逃げるように扉の向こうに消えました。

 言いたいだけ言わせて、即、「口頭弁論を終結」だったのです。予想していたとは言え、これだけしゃべらせてくれたのだから、裁判長も何か言うのかと思いきや、いきなり「終結」です。私が長々と陳述して座った直後の一瞬だったので、ほんの少しの隙ができて、ヤジを飛ばすことも忘れてしまいました。あっけにとられる暇もなかったのです。私たちが主権者です。裁判官の給料を払っているのは私たちです。主権者が雇っているはずの裁判官に対して、どうしてこんなに緊張し、まるで「敵」に対するように「隙ができた」などと言わなければならないのでしょうか?

 準備書面(10)は被控訴人に対する認否の求めと求釈明でした。これを陳述扱いにすると面倒なので、認めなかったのでしょう。提出した準備書面を陳述扱いにしないことができるのかと書記官に聞きましたが、訴訟指揮だということでした。
 また、書記官には忌避を口頭弁論調書に書くことを確認したのですが、翌日、電話があって、忌避扱いにできないので、改めて忌避申立書を出すように言ってきました。今までは法廷で口頭で言っただけで忌避を認め、調書に書いてくれたと抗議しましたが、これも裁判官の訴訟指揮だということでした。

筆者の感想

 今日は傍聴者が20人以上来てくれて、40分の切実な陳述を聞いてくれましたので、それだけはよかったと思います。裁判官たちは「早く終われ」と思いつつ、仕方なく座っていたのかもしれませんが、少しは耳に入ったかもと希望的観測ですが、思います(40分間瞑想にふけっている方もいらっしゃいましたが)。被控訴人(代理人ですが)らも居眠りはしていませんでした。一人は顔を真っ赤にしていました(安倍裁判と同じ代理人)。彼らは「ヒラメ裁判官」であり、権力に加担する弁護士ではありますが、彼らにも良心は残っているはずだと思うので、どれだけ聞いていたかはわかりませんが陳述してよかったと思います。仕事以外のところで、今日の陳述を思い出し、もしかすると何か考えてくれるかもしれません。

 道徳教育について陳述したTさんは、「裁判をやっていてよかった。裁判をやっていなければ『何かおかしい』としか思わなかっただろうことが、きちんと見えるようになった」と言っていました。裁判をやることによって私たちひとりひとりは確実に力をつけているのです。
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by lumokurago | 2009-03-10 12:21 | 教基法違憲訴訟

教基法違憲訴訟控訴審・裁判官忌避申立書

裁判の書面はむずかしく思われがちですが、今回の忌避申立書は裁判官が何も審理せずに結審したことをわかりやすく書いていますので、興味のある方はどうぞお読みください。

*****

忌 避 申 立 書 兼 理 由 書

2009年2月13日

第一、申立当事者
            控訴人 選定当事者  渡 辺 容 子 外3名 

第二、申立の趣旨

東京高等裁判所平成20年(ネ)第3755号担当裁判官

裁判長裁判官  原 田 敏 章
裁判官     氣賀澤 耕 一
裁判官     加 藤 謙 一

以上三名を忌避する、との裁判を求める。

第三、申立の理由

2009年1月27日の第2回口頭弁論において、本件を担当する原田敏章裁判長及び氣賀澤耕一裁判官、加藤謙一裁判官は、民訴法243条に違反し、審理不尽のまま、本件を終結した。

① 控訴人らは本控訴審において、原判決の審理不尽、脱漏などの指摘に加え、新たな証拠を示し、教育基本法が改正されたことにより、具体的損害が発生していることを述べたにもかかわらず、それを一切審理しなかった。

② 控訴人らは準備書面(10)において、被控訴人らに認否の求めと求釈明を行うべく陳述を求めたが、裁判官らはこの準備書面を理由も明らかにしないまま受理することを拒否した。つまり被控訴人に反論を求めることもせず、控訴人の求釈明を完全に無視し、審理することを拒否した。つまり、控訴人に対する悪意ある偏頗な裁判としか言いようがない。

③ 太田昭宏を除く被控訴人ら(国及び小杉隆、下村博文、木村勉、島村宜伸)は答弁書で何の理由も書かずに「棄却する」と述べているのみである。裁判官は棄却の理由を問うべきである。被控訴人らの主張も知らずに公正な判断ができるはずがないのであって、この点でも審理不尽であり、明らかに被控訴人らを勝たせる不公正な意図がみえみえである。

④ 本案は納税者自らの本人訴訟による控訴であるが、前述の通り偏見を持ってまともな審理をさせまいとする行為に満ちており、裁判官として不適格であった。

結 語

控訴人らは第一回口頭弁論で、民訴法243条「裁判所は訴訟が裁判をするのに熟したときは、終局判決をする」の尊重を求める陳述をした(準備書面(3))。民訴法243条にいう「訴訟が熟したとき」とは、「裁判官のみの判断で認める、熟したとき」ではなく、「裁判官はもとより当事者双方が認める、熟したとき」であり、訴訟が熟すとは、①裁判官による真実究明義務の全う ②当事者間の不衡平の平準化の履行 ③説明責任の履行 が成されて初めて熟すことができる、という趣旨である。

しかしながら、原田裁判長らの訴訟指揮で真実は究明されたのか。否である。

原田裁判長らは、証拠開示等に積極的に努めることで、当事者間の不衡平の平準化を図ったか。否である。

原田裁判長らは、説明責任を果たしたか。否である。

真実究明の義務を果たさず、当事者間の不衡平を放置し、説明責任を果たさず、つまり、原田裁判長らは、訴訟が熟す前に終局判決を行ったのであり、民訴法24条の定める「裁判官について裁判の公正を妨げるべき事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる。」に該当する。

原審において本件は第1回口頭弁論で何らの審理なく終結されたため、控訴人らは公正な審理を求めて控訴し、高裁でこそ、十分な審理が行われることを期待したが、それは完全に裏切られた。控訴人らの訴えを全く無と化した裁判官らのふるまいは、憲法32条 「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」に違反している。

よって、申立人は、原田敏章裁判長及び氣賀澤耕一裁判官、加藤謙一裁判官に対し、裁判官忌避を申立てるものである。

このような訴訟指揮で、得をするのは誰か。被控訴人らである。控訴人および通常人から見ても、裁判官は国及び国会議員である被控訴人らの顔色をうかがい、自主的におもねっているとしか考えられない。このような裁判官を「ヒラメ裁判官」と呼ぶようである。裁判官は主権者である国民の信託を受け、三権分立を守り、内閣、行政が違法な立法をしたり、違法な行為を行った時には、憲法及び法を遵守するようストップをかける重要な役割を担っている。裁判官には心の奥深くに埋められた己の良心を掘り起こし、このことを思い出していただきたい。国民は裁判官に期待し、正義の判決を下すことを願っているのである。

以上
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by lumokurago | 2009-02-11 21:45 | 教基法違憲訴訟

教基法違憲訴訟控訴審第2回で結審

予想していたとは言え、空しい・・・。

第1回口頭弁論で自己紹介してくれた人間らしい裁判長(東京高裁・原田敏章)は、今回、4人の控訴人に一人10分、計40分、陳述するように言いました。そんなに時間を取ってくれるなんてとうれしくなって、つい「ありがとうございます」と言ってしまった自分が悔しいです。なぜそんなに時間を取るのかに敏感でいなければならなかった。「言わせるだけ言わせて結審ですか?」と質問すればよかった。

言いたいだけ言わせて、即、「口頭弁論を終結」だったのです。予想していたとは言え、これだけしゃべらせてくれたのだから、裁判長も何か言うのかと思いきや、いきなり「終結」です。私が長々と陳述して座った直後の一瞬だったので、ほんの少しの隙ができて、ヤジを飛ばすことも忘れてしまいました。あっけにとられる暇もなかったのです。また、だまされてしまいました。

私たちが主権者です。裁判官の給料を払っているのは私たちです。主権者が雇っているはずの裁判官に対して、どうしてこんなに緊張し、まるで「敵」に対するように「隙ができた」などと言わなければならないのでしょうか?

今日は傍聴者が20人以上来てくれて、40分の切実な陳述を聞いてくれましたので、それだけはよかったと思います。裁判官たちは「早く終われ」と思いつつ、仕方なく座っていたのかもしれませんが、少しは耳に入ったかもと希望的観測ですが、思います(少なくとも居眠りはしていなかったので)。被控訴人(代理人ですが)らも居眠りせず、どれだけかわかりませんが聞いてはいました。一人は顔を真っ赤にしていました(安倍裁判と同じ代理人)。彼らは「ヒラメ裁判官」であり、権力に加担する弁護士ではありますが、彼らにも良心は残っているはずだと思うからです。仕事以外のところで、今日の陳述を聞いて、もしかすると何か考えてくれるかもしれません。

小学校3年生の子どもを持つ控訴人(原告)が、教育基本法が改正されてから小学校で行われる道徳教育が自己犠牲の精神を賛美するものにはっきり変わってきたことを陳述しました。彼女は「裁判をやっていてよかった。裁判をやっていなければ『何かおかしい』としか思わなかっただろうことが、きちんと見えるようになった」と言っていました。裁判をやることによって私たちひとりひとりは確実に力をつけているのです。
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by lumokurago | 2009-01-27 22:02 | 教基法違憲訴訟

「1回開いて結審」はなし! 改正教基法違憲訴訟控訴審始まる

「1回開いて結審」はなし! 改正教基法違憲訴訟控訴審始まる

 筆者らは教育基本法が「改正」されてしまっても、あきらめずに異議申し立てをしていこうと、改正教基法が違憲であると本人訴訟で提訴しました。東京地裁では不当にもたった1回の口頭弁論で何も審理せずに結審されたので裁判官を忌避していましたが最高裁で却下され、東京高裁に控訴しました。

◆裁判長が名乗った!もしかして人間?

 10月28日、東京高等裁判所809号法廷で改正教基法違憲訴訟の控訴審第1回口頭弁論が行われました。

 裁判官は、裁判長・原田敏章、氣賀澤耕一(右陪席)、加藤謙一(左陪席)の3名。裁判官は、開始予定時刻2時前に入廷しましたが、6名の被控訴人(国、自民党国会議員4名、公明党国会議員1名)のうち公明党国会議員の答弁書が、筆者ら4名の代表のうち3名に届いていないことが分かり、その確認のため、5分ほど時間を取られました。また被控訴人代理人のうち数名は遅刻し、2時5分、開廷が告げられました。

 今まで、筆者らは、第1回の時は開廷と同時に「すみません」と手を挙げ、裁判長が口を開くよりも先に自己紹介を求めていたのですが、何やかやと理由をつけて拒否する裁判長が多いため、その時間がもったいないということになり、今回は黙っていました。

 すると原田裁判長は初めに筆者ら4名の名前を一人一人確認し、期せずして自己紹介したような形になりました。こんな裁判長は初めてです。

 「ていねいな人だな。もしかして・・・」と、ちょっぴり期待感が膨らんできましたが、「いや、だまされてはいけない」と打ち消しました。なにしろ、今までの裁判官がひどかったからです。

 「この裁判長なら」と思い、筆者は「外の表には裁判官の名前が4つ書いてあったので、3人のお名前を教えていただきたい」とお願いすると、裁判長はごく自然に、「原田です。(右陪席を指して)氣賀澤です。(左陪席を指して)加藤です」と教えてくれました。

 これが普通の人間の対応です。さわやかでした。この前の裁判長は裁判官の名前の読み方がわからないと言っているのに(「長」さんは、「おさ」さんなのか「ちょう」さんなのか?)完全に無視したのです。

 原田裁判長は「控訴人は控訴状、被控訴人は答弁書を陳述しますね」と言いました。Jさんが「ちょっと待って下さい、口頭で陳述する時間を取ってくださっていますよね」と確認すると、「あとでまとめてやって下さい」と言いました。

◆ 一審の審理不尽を指摘、抽象的憲法判断の必要性を訴える

 それから裁判長は「口頭で陳述してください」と筆者らに言い、Jさんが控訴理由書の要点を陳述。

 たった1回の口頭弁論で結審した地裁判決は原告らの主張に対する誤解を前提に議論を組み立てており、取り消されるべきであるとし、まず審理不尽の4点を指摘しました。

 (1)被告太田明宏は答弁書において、訴状の「請求の趣旨」のうち改正教育基本法の憲法違反及び結論に対して「主張はすべて争う」としているのに、審理しなかった。

 (2)原告は訴状及び準備書面(5)において、「やらせタウンミーティング」の違法性を主張したのに、なんら審理しなかった。

 (3)原告が主張した改正教基法の違憲性について、何ら審理しなかった。

 (4)原告、被告双方が引用し、主張が対立している「警察予備隊訴訟最高裁大法廷判決」について審理しなかった。

 次に、Jさんは原告らの主張に対する事実誤認について述べました。

 原判決には「教育基本法の内容が原告らの政治的思想信条に反するものであり、原告らがその内容に不快の念等を抱いたとしても」とあるが、原告らは改正された教基法は憲法の内容に反しており、教基法改正は違憲立法行為であると主張しているのであり、裁判所としては「改正教基法が現憲法に適っている」と判断するならば客観的に条文に照らして判断すべきであるとしました。

 さらに、今年の4月に名古屋高裁で出た「自衛隊のイラク派兵違憲判決」において相当程度抽象的な憲法判断は、政府のなし崩し的解釈改憲の歴史に歯止めをかける司法の快挙であったとし、憲法81条に定められた違憲立法審査権は抽象的憲法判断をも含むものであると主張しました。

 教基法が改正されたことによって、教育関連3法が改正され、国の権限が復活され、教員への管理強化がすすみ、また、2008年4月に改訂された学習指導要領は道徳教育を重視するように変えられ、国家の「あるべき教育」を家庭に押し付けるものであると主張しました。     

◆憲法76条を忘れた裁判官、目を覚まして!

 次に筆者が、第1回口頭弁論にあたって、公正・中立及び適正な訴訟指揮を求める準備書面(1)を陳述しました。

 日本国憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めています。

 ところが筆者らがこの間起こしてきた6つの裁判(杉並教科書裁判等)で、裁判官は憲法のこの条文に違反し、法律を勝手に解釈し、まともに審理もせずに門前払い判決を下してきました。

 筆者は裁判官の顔を見ながら、裁判官にこの条文を思い出してもらい、良心を取り戻してもらうため、祈るような気持ちで陳述しました。

◆母親原告、改定による生きづらさ切々と

 次にEさんが、小学生の子どもを持つ母親の立場から、準備書面(2)を陳述しました。

 2008年3月に改定された新学習指導要領は、「日本会議」などの政治家の圧力によって中央教育審議会の答申から大きく変更されてしまったが、それは47年制定の教育基本法が禁じていた「教育への不当な支配」を、改正教育基本法が許してしまったからであること。

 新学習指導要領によって個人の思想信条の自由を踏みにじる愛国心の強制、国家のための個人を作ろうとする目標の設定が行われたこと。

 そして、学校から頻繁に新学習指導要領を解説した冊子や国家の考える「あるべき教育観」を押し付ける内容の小冊子が配られ(証拠として提出)、そのたびに精神的苦痛を感じ、子どもには、なぜこれらの冊子が間違っているかを説明しなければならず、大きな損害を被っていると、よく通る声で真剣に訴えました。

 子どもを持つ母親の危機感がひしひしと伝わってきました。

◆証人申請と進行協議を求め、裁判所の真実究明義務を訴える

 最後にTさんが、準備書面(3)を陳述しました。

 Eさんの訴えた新しい損害が発生したこと、証人尋問の必要性が不可欠であることから、進行協議を求めるとしました。

 民事訴訟法243条1項では「裁判所は訴訟が裁判をするのに熟したときは、終局裁判をする」と定められており、「裁判をするのに熟した」とは、客観的に「熟した」時が必要なのであって、裁判所が真実究明義務を怠り、門前払い判決をしようとして結審する場合は、説明責任が生じると述べました。

 その場合、裁判官は裁判をすること自体を放棄したに等しく、忌避されることを受忍しているものとみなされるとしました。

◆やっぱり合議。結審かと思いきや?!

 陳述を終えると、裁判長は「合議します」と言いました。そこで、すかさずJさんが「何を合議するのですか?」と聞きました。すると裁判長は「それは言えません」と答え、扉の後ろに消えました。

 筆者らは合議に入ったら結審と考え、忌避することに決めていました。しかし、裁判官たちはなかなか出てきません。こっちも合議です。

 「長いね。どうしようか?」「でも絶対結審しかない。やっぱり忌避しよう」ということで、裁判長が扉を開けた瞬間、忌避うちわを掲げて、「裁判官を忌避します」と申し立てました。

 以前、忌避した時、結審前の忌避なのに、結審後の忌避にされてしまったので、目立つように忌避うちわを作ったのです。

 しかし裁判長は忌避を無視して、「証拠申出書を却下しますが、代わりに書面を出してもかまいません」と言いました。

 え!結審じゃないの?と驚いていると、裁判長は答弁書未送達だった被控訴人に答弁書を送るよう指示しました。

 筆者は、「あ、そうか。答弁書未送達だから結審できないのか。これは瓢箪から駒だな」と思いました。裁判長はそんな筆者を見透かすように、「証人尋問を却下しましたので、控訴人には尋問の代わりに何か提出する機会を与えます。また、答弁書に反論する機会を与えます」と控訴人に機会を与えると強調しました。

 答弁書未送達のせいで結審できないことを隠しておきたいのだろうと筆者は思いました。

 被控訴人のチョンボだとしても、弁護士と裁判官はオトモダチ、こんなつまらないミスで専門家たるものが素人に負けたと思いたくなかったのかもしれません。

 そして次回期日を1月27日(火)午後2時からとして閉廷しました。

 その後の報告会では、「すばらしい口頭弁論だったのに傍聴者が少なくて残念だった」という感想が多く出され、Tさんに対して、「教基法が改正されてしまってもあきらめずに裁判所で自分の意見を言ったのは日本中であなた一人。多くの人にこのことを知らせなければ」という賞賛の言葉が贈られました。

 筆者らが本人訴訟で行っている裁判は、マスコミにも取り上げられず、知る人はほとんどいないけれど、この国に真の民主主義が確立されれば、その時は先駆的な裁判として認められると信じ、今日もがんばっています。
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by lumokurago | 2008-12-14 23:08 | 教基法違憲訴訟

ポケットに教育基本法の会 ブログ作成しました

昨年9月21日に提訴した「改正」教育基本法違憲訴訟を行っているポケットに教育基本法の会のブログを作成しました。資料整理のためです。まずは提訴前の集会の様子を報告したニュースレターを載せました。私たち(杉並の不当な教科書採択取り消し裁判の会)が国会前などで原告募集のチラシをまき、集まってくれた人たちでポケットに教育基本法の会を作りました。これも弁護士のいない本人訴訟です。国民が主権を行使するために、勉強して訴状や準備書面を書き、公正な裁判を求めて知恵を絞って行っています。道のりは長いですが、いつの日か必ずや教育基本法を取り戻すために歩き続けます。

ポケットに教育基本法の会ブログ
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by lumokurago | 2008-10-11 21:11 | 教基法違憲訴訟

憲法違反が主眼の裁判、訴えはことごとく“門前払い”「教育基本法違憲訴訟」東京地裁判決

 ひらのゆきこさんがJANJANに書いて下さいました。ひらのさん、いつもありがとうございます。

憲法違反が主眼の裁判、訴えはことごとく“門前払い”「教育基本法違憲訴訟」東京地裁判決
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 記者会見の様子

 06年12月に改正された教育基本法は憲法違反だとして、東京都民らが、国や国会議員らに対し、損害賠償を求めた「教育基本法違憲訴訟」(平成19年〈ワ〉第24676号)の判決言渡が、5日、東京地裁でありました。この裁判は、弁護士のいない本人訴訟です。原告は、「ポケットに教育基本法の会」のメンバー245名。

 昨年11月14日に開催された第1回口頭弁論では、原告らの意見陳述が終わったあと、矢尾渉裁判長が「合議をします」と言い、ほかの裁判官2名と退廷しました。矢尾裁判長らは、戻ってくるなり、いきなり結審を告げたため、原告らは一斉に忌避の申立を行いました。しかし、一審、二審、上告審といずれも忌避申立は棄却され、今回の東京地裁での判決言渡となりました。

 筆者は第1回口頭弁論を傍聴し、その傍聴記を書いています(証拠は全部却下する・「教育基本法違憲訴訟」初回結審の驚き)。そのときの印象では、矢尾裁判長は、最初から原告の発言をまったく無視して裁判を進めるといった、敵意むき出しの態度を見せているような感じがありました。これではとても公正な訴訟指揮を行っているとはいえないとの感想を持ちました。

 弁護士のいない本人訴訟です。原告らは裁判については素人のみなさんです。素人のみなさんが、自ら難しい法律を勉強し、被告らの違法行為を立証するために膨大な資料を集め、それを読破し、準備書面としてまとめ、裁判所に提出しています。その労力は並大抵のものではないことを思うとき、自らの職務を全うする責務を負っている、職業裁判官である矢尾裁判長らの原告らに対する態度は、あまりに心無いものです。

 矢尾裁判長らが第1回口頭弁論で行った、原告らの発言をまったく無視し、最後に口頭での陳述を許可したあと、不意打ちを食らわすようにいきなり結審を言い渡すというやり方は、きわめて問題があると思いました。1審、2審、上告審でその申立が却下されたとのことですが、裁判官に対する忌避申立の制度があっても、双方が納得する形で運用されなければ、意味をなさないとの思いを強くしました。

 今回の判決言渡では、さすがに矢尾裁判長は、第1回口頭弁論のときのように、原告らを敵視するような態度を見せませんでした。しかし、判決の内容は原告らにとって厳しいものでした(左倍席は前回と同じ長博文裁判官、右倍席は変わっていました。今度の裁判官は澤野芳夫裁判官)。

主文
1.本件訴えのうち、次の各請求に係る部分を却下する。
 1 教育基本法(平成18年法律第120号)が憲法違反であり無効であることの確認を求める請求
 2 被告国に対して金銭の支払いを求める請求のうち、選定当事者である原告らが別紙2記載の選定者のためにする請求及び同別紙記載のその余の原告らの請求。
2.原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3. 訴訟費用は原告らの負担とする。

 最初、矢尾裁判長が、「本件訴えのうち、次の各請求に係る部分を却下する」と言ったので、原告側の主張のいずれかが認められたのかと思ったのですが、すべて却下という内容でした。矢尾裁判長らは主文のみ言渡し、退廷しました。入廷してから退廷するまでの時間はわずか1分にも満たない、短いものでした。原告席から「もっと真面目にやってください!」「なにも審理していないでしょ!」という抗議の声が上がりました。

 判決言渡のあと、司法記者クラブで記者会見がありました。最初に、原告のSさんからこの訴訟についての解説がありました。

 Sさんは、この裁判は、06年に改悪された教育基本法の違憲性を問うものであり、「憲法違反が主眼の裁判」であると強調しました。47年に制定された教育基本法は現憲法と一体をなすものです。思想統制が行われた戦前の教育によって戦争が起きたとの反省から、現憲法と教育基本法が生まれました。

 改悪された教育基本法は、(2度と戦争はしないという)憲法の理念に反し、思想信条の自由や教育を受ける権利に違反するものであること、裁判所が違憲立法審査権を用いなければ行政府・立法府の暴走にだれも歯止めをかけることができないため、(1952年の「警察予備隊訴訟判決」の過ちを正し)憲法81条の違憲立法審査権の判断をすること、憲法99条違反(憲法擁護義務)などを主張したものであると語りました。

 また、判決が、タウンミーティングの違法性について訴えていた原告の主張に対し、まったくふれていないことについても言及しました。

 Sさんの解説のあと、Wさんが、原告の訴えに対する裁判所の判断がどのようなものであったか、判決文を見ながら説明しました。

 判決では、教育基本法の違憲無効の確認請求については、「警察予備隊訴訟」判決の判例を踏襲し、「裁判所の審判の対象となるのは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に限られるところ、このような具体的な紛争を離れて、裁判所に対して抽象的に法令が憲法に適合するかしないかの判断を求めることはできないものというべきである」として、原告の訴えは退けられました。

 国に対する請求については、原告らは松山地方裁判所で同種の訴訟を提起しているため、民法訴訟法(二重提訴の禁止)に反する不適法な訴えとして退けられました。また、懲罰的損害賠償の請求は、損害賠償制度の基本原則ないし理念と相いれないものであるから、その請求をすることは許されない、として退けられました。

 東京選挙区の国会議員5名(小杉隆氏・下村博文氏・木村勉氏・島村宣氏・太田昭宏氏)に対する損害賠償請求については、「公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害については、国又は公共団体が賠償の責めに任じ、職務の執行に当たった公務員は、個人として、被害者に対し、その責任を負担するものではないというべきであ」として、損害賠償を求める請求は理由がない、と退けられました。

 結論として、原告らの訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、原告らの被告らに対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却する、というものでした。

 裁判所の判断に対し、Wさんは、憲法が改正されていないのに、憲法の理念に反する改正教育基本法を成立させたのは、憲法99条(憲法擁護義務)違反であるとして、「控訴する決意です」と明言しました。

 また、原告の男性は、政府でさえ認めている違法なタウンミーティングについて判決が一切触れていないことに対し、「(国民を)なめきったような裁判官が出した判決を問題にしなければならない」、と強い口調で批判しました。

(ひらのゆきこ)
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by lumokurago | 2008-06-07 20:25 | 教基法違憲訴訟

教基法違憲訴訟判決の報道

東京新聞が小さく書いてくれました。

*****以下引用

★教育基本法訴え退け

2006年に施行された改正教育基本法は、思想・良心の自由を保障した憲法に違反するなどとして、東京都の住民らが、国などに無効確認を求めた訴訟の判決で、東京地裁は5日、訴えを退けた。

矢尾渉裁判長は「直ちに思想・良心の自由を侵害されたりするものでなく、権利利益を侵害されるとはいえない」などと判断した。
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by lumokurago | 2008-06-06 17:24 | 教基法違憲訴訟

教基法違憲訴訟判決

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本日、教基法違憲訴訟の判決言い渡しがありました。裁判官は東京地裁民事24部の矢尾渉裁判長、右陪席が澤野芳夫裁判官、左陪席が長博史裁判官です。左陪席の「長」という名前を何と読むのか、自己紹介を拒否され、最後までわかりませんでしたので、今日、書記官に訊ねたところ、「チョウ」と読むそうです。(第1回口頭弁論で結審されたため、3裁判官の似顔絵を描く暇もありませんでした)。3秒の却下と棄却でした。今日は「もっとまじめにやってください。これでも裁判か!」というヤジを飛ばしました。詳しくはひらのゆきこさんがJANJANに書いてくれます。

たくさんの裁判をやっていると、いろんな書記官に会います。今日の書記官は親切で便宜をはかってくれる人でした。

裁判所からの通知は事務連絡を除き、特別送達と言って、こちらが受け取った日付を証明できる郵便物で送ってきます。受け取った日から何日以内に書類を出さなければならないという規則があるためです。特別送達は普通80円のところ1040円かかります。原告8人分ならそれだけで8320円となり、大変です。そのため、私たちはできるだけ直接受け取りに行っています(私の場合、電車賃は往復680円)。8人分の受取ならば、7640円の節約です。しかし忌避申立の決定など、どうしても忌避した本人でないと渡せないと言い張る書記官もいて、その場合は本人が行けないと特別送達になってしまいます。(本人でなくても渡してくれた書記官もいました)。

判決文の受取の場合、今まではどうしても本人でなければだめと言われ、欠席した原告に特別送達で送るため、かなりのお金がかかっていました。しかし、今日は出廷しなかった原告の分を私が代わりに受け取ってよいと言われました。こういう書記官もいるのですね!

一番最初に提訴した「つくる会」教科書採択取り消し訴訟の時の書記官は、とても親切な人で、こちらも初めての本人訴訟だったため、わからないことだらけで、なんでもその書記官に聞いて教えてもらいました。あまりに親切なので他の裁判のことまでその書記官に相談していました。その人はもう異動になってしまったので、時効でしょうから、ここに書いてお礼を言いたいと思います。

愛媛で裁判を行っている仲間は、松山地裁ですが、書記官に交渉して特別送達を止め、すべて普通郵便にしてもらい、その代り、受け取ったら受領書をFAXするということをしていました。

私たちも今後交渉していきたいと思います。庶民にとって1040円が80円ですむというのはとても大きいです。原告が多いとなおさらです。書記官には送達などに関して大きな権限があるので、まずは書記官の理解を得ること、大事だと思います。ちなみに書記官も忌避できます。安倍裁判の時はあまりにひどい対応だった書記官を忌避しました。

もう一つ、今日は記者会見も行いました。設定を担当する幹事社の読売新聞記者が便宜を図ってくれたからです。普通なら、こんな忘れられた教基法裁判の判決などに時間を取ってはくれません。彼女は提訴の時も一番熱心に質問してくれた人で、今日も時間ぎりぎりに駆けつけて判決文のコピーなどもしてくれました。

出席した記者は最初6,7人でしたが、途中で数人が抜け、最後までいたのはたしか3人だったか。質問は一つも出ませんでした。もちろん一般の人は教基法なんて忘れ去っています。でも、こんなに大きな問題をまた報道するチャンスなのに、そのチャンスをみすみす捨てている。というかそのことに気付かない。つまりマスコミには自主性がないのです。マスコミの責任はやはり重大です。
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by lumokurago | 2008-06-05 21:26 | 教基法違憲訴訟

国と国会議員相手に市民が教基法改定違憲訴訟  横浜地裁で審理開始

 しみずえいこさんによるJANJAN記事です。

 「ポケットに教育基本法の会」のメンバーでもあるNさん(神奈川県在住)が、横浜でも提訴しました。敵失でポイントゲット! 生田弁護士も来てくれ、勉強になりました。

国と国会議員相手に市民が教基法改定違憲訴訟 横浜地裁で審理開始

原告は2人ぼっち。横浜地裁で第1回口頭弁論

 横浜地裁で11月26日、神奈川県の住民が提起した「教育基本法違憲訴訟」の第1回口頭弁論が行われました。

 被告は、国、文科省と教基法改正(案)に賛成した神奈川県選出国会議員の河野洋平、河野太郎、松あきらの各氏です。神奈川は愛媛、東京に次いで3番目の提訴。筆者は、東京での教基法訴訟の原告になっていたので(なんと、これは初回で結審。裁判官忌避を申し立てております)、興味津々、傍聴しました。

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 秋の深まる横浜地裁。イチョウ並木がきれいでしたが、都会のイチョウは、年々色が悪くなっているように思います(筆者撮影)。

 原告は2人だけ。Nさんは本人訴訟、Hさんは代理人として生田暉雄弁護士を立て、生田さんは高松から来ていました。予定されていた弁論時間は5分ということで、初回結審はないだろう、と原告側の人たちは話していました。

 裁判長は小林正氏。陪席裁判官はいませんでした。原告席にはNさんら3人。被告席には8人、東京での裁判と同じ顔ぶれが並びました。傍聴席には被告側も含め20名ほど。午後1:20開廷の予定でしたが、小林裁判長は「被告が1人、遅れているようなので25分から開廷します」と告げました。

自己紹介の求めに、裁判長キョトン 被告代理人は、言下に「必要ない

 待っている間の妙な沈黙を破り、Nさんがおもむろに、「待っている間に自己紹介をしていただけないでしょうか」と発言。裁判長は、キョトンとした顔をし、「え? 自己紹介ですか? あ、えー……、外に掲示してありますが……小林です」と、とまどいながら名乗っていました。

 そして、「えー、どうですか、被告のほうは」と尋ねると、一番前の被告代理人が(後で、国の代理人ということが分かりました)、ぶっきらぼうに「必要ないですから」と言下に言い捨てました。途端に傍聴席から一斉にブーイング。「えー、なんで自己紹介もできないのー」、「おかしいんじゃない」。裁判長は、「傍聴席は、審理のジャマをしないでください」。すかさず、傍聴席のWさんが「まだ開廷していないでしょ」と、切り返しました。

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小林正裁判長。原告から自己紹介を求められ、まさに鳩がマメ鉄砲くらったような顔をしていました。

 小林裁判長は、「開廷していなくてもダメです。被告は必要ないということですから、できません」と述べました。原告のHさんが「公序良俗に反するんでしょうね」と発言、傍聴席からクスクス笑いが起こりました。また妙な沈黙の後、Nさんが「小林……何と言うのですか、下のお名前は? 『ただし』でいいんですか?」と聞くと、裁判長は「はい」。

 余談ですが、後で誰かが「外の表には『まさし』って振り仮名がふってあった」と言いました。小林さんは直すのも面倒なので、「はい」と言ったんでしょうか? それとも振り仮名の間違いなのでしょうか?

 また、自民党議員の代理人は、筆者たちが安倍晋三・前首相を訴えた裁判並びに教基法違憲訴訟・東京と同じ神崎さんでした。この裁判では自己紹介したので、覚えています。

 教基法違憲訴訟では裁判長が自己紹介を認めなかったのですが、私が原告席から「あ、そこにいらっしゃるのは、神崎さんですよね?」と問いかけたところ、彼は苦笑しながら、うなずいていました。まんざらでもなさそうに見え、被告の中にも自己紹介くらいしたってかまわないと思っている人がいるのかもしれない、と思いました。

公明党欠席と被告の証拠書証の不備

 時間が来て、松あきら被告の代理人は欠席のまま開廷しました。小林裁判長が、原告に向かって「訴状を陳述しますか?」と問うと、Nさんが「陳述しますが、口頭で弁論したい」と求めると、裁判長は「今日は時間がないので、それはできません。訴訟の進行によりますが、機会があれば時間をとります」と述べました。

 Nさんが「次回に口頭で述べさせてもらえるのですか」と確認すると「どういう形にするかは今後を見て決めます」との回答。訴状は陳述となり、次いで小林さんの「答弁書を陳述しますか?」に被告が次々に「はい」「はい」「はい」とあっという間に答弁書を陳述しました。

 原告の証拠書証の確認後、小林裁判長が「乙1号証(被告の証拠)の記載がよく分からないのですが。全部黒く塗りつぶされているので」と言い出しました。どうも不備だったようで、被告は次回までに出し直すことになりました(傍聴者にはなんのことかわかりませんでした)。

 ここで原告代理人である生田弁護士が立って、「被告が異なるので、二重訴訟ではありません」と述べると、小林裁判長は「書面で反論してください」としました。「二重訴訟」とは、民事訴訟法142条にある「裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することはできない」との規定を指し、被告の国は原告Nさんが愛媛で提訴された裁判の原告にもなっており、「二重訴訟なので棄却すべし」と主張しています。

弁論の分離。次回もあるぞ!口頭弁論

 それから生田さんは、被告の松あきら氏側が答弁書も未提出で欠席していることを挙げ、「弁論を分割して行ってほしい」と要請しました。

 小林裁判長は、「答弁書を催促し、それでも出してこなかったら考える」と答え、「国と文科省を分離して行います。河野洋平ら自民党議員・松あきら公明党議員の分は終結し、判決言い渡しは2月27日。国と文科省は次回に弁論を行い、終結とします」と述べ、「時間はどのくらい必要ですか?」と原告に聞きました。Nさんが「30分」と答えると「では30分」と言い、調整の結果、次回期日は1月28日(月)11:00から11:30と決まり、閉廷しました。

〈閉廷後 報告会で〉

公明党が寝返って、吉と出る?!

 閉廷後の報告会で、生田弁護士から説明がありました。「松山での教基法訴訟でも同じだが、公明党は答弁書を出さず欠席しており、欠席判決になるだろう。欠席することは原告の主張に反論しないということで、原告の主張を認めたことになる。自動的に原告の主張通りの判決になる。たった2行書けばよい答弁書をあえて出さないということは、おそらく公明党は自民党にダメージを与えたいのだろう」。

 東京では公明党は答弁書を出してきましたが、被告が党首の太田昭宏氏になっているからではないか、とのことです。

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閉廷後の報告会。

 「裁判所が『原告適格がない』と言ったら『はい、そうですか」ではなく、『どうして?説明してください』と言えばいい」と生田弁護士。

 また、生田さんは議員の被告を分離して結審し、国と文科省の分は第2回を行うとしたことについて、国の出してきた証拠に不備があったためと解説しました。その証拠とは、原告のNさんが愛媛の裁判の原告にもなっているため二重訴訟であることを主張するもので、愛媛の訴状の原告目録にNさんの名前があることを確認するはずですが、被告のその証拠ではNさんを含めた原告全員の名前が黒く塗りつぶされていたのです。

 これでは何の意味もありません。生田弁護士はその証拠をかばんから出して、見せました。どのページも真黒でした。そして「被告も塗りつぶされている」と言ったので、会場は大笑いになりました。これは筆者の想像ですが、アルバイトに名前を塗りつぶさせ、弁護士は確認もせずにそのまま提出したのでしょう。国の弁護士にありがちなミスです。しかし、このミスのおかげで第2回口頭弁論が開かれることになったわけです。

 生田さんは、小林裁判長が次回期日を調整した時に被告・原告が「差し支えます」と言うと、日付を先に延ばすのではなく、前に戻したのですが、このことについて、「小林さんは4月に転勤だろう、早く結審したい焦りが見えた」と述べました。さすが元裁判官の生田さん、裁判官心理はお見通しですね。

 生田さんは、国が原告には原告適格がないと主張してきたことについて、アメリカには「適格」など一切ない、日本の司法はいかに裁判を起こさせなくしているか、門前払いは日本だけ、ヨーロッパでももっとフランクである、ドイツで起こされる行政訴訟は日本の人口に照らせば年間75万件、それに対して日本は2000件であると述べました。門前払い裁判が、市民に裁判を起こす気をなくさせているのです。

 「原告適格がない」という意味は、適格があるのは行政権の行使を直接受けた人とされており、何が「直接か」はややこしいのですが、日本ではできるだけ適格を「なし」とする考えである、と指摘しました。また、日本の裁判官の、よくある間違いは被告に求めるべき釈明を原告に求めることで、市民に対して圧力をかけている、との見解を述べました。

 すかさず「裁判官こそ『適格』がないよ」との声が上がりました。原告のNさんは、国・文科省を被告とする分離裁判も次回結審となる可能性が大なので、忌避などの作戦を考えると述べました。

「資格はないよ」と言われても

 また、傍聴者から「国と文科省とを被告にしているが、どういうことか?」との質問があり、以下の説明がありました。「国とは何かの定義は、実はない。教基法訴訟の場合、国というと法務大臣になるが、規定があるわけではない。何が国なのかは、当事者が定義することで、被告に釈明させればいい。また、裁判所や被告が、民事訴訟法の当事者能力を持ち出して門前払いするケースが多いが、裁判所はなぜ当事者能力がないのか、釈明しなければならない。こちらが説明する必要はない。釈明させるんです」、との説明がありました。

 なるほど、向こうが「アンタに資格はないよ」と言ってきても、「そんなワケないじゃん、説明してよ」と言い返せばいいってこと。「はぁ、そうですか」と言いなりにならず、「だって、おかしいじゃない?」と言い続ける。参加者の間から、口々に「そうか!」「こちらが決定することなんですね!」の声が上がりました。

〈筆者の感想〉

 東京地裁では初回結審された直後であり、また横浜では原告が2人ぼっちということもあり、「どうせ初回結審に違いない」と思いながら傍聴に行ったのですが、思わぬ面白い展開にびっくり。同じ裁判などないのだ、と思いました。原告2人は堂々と闘っており、2人ぼっちでも、行政訴訟ってできるんだと思いました。

 それにしても、国の代理人の態度はどうでしょう。名前も名乗らず、証拠はいい加減、ぶっきらぼうな態度はあからさまに原告や傍聴者への侮蔑に満ちており、国の代表どころか、これが人間としての態度かと思いました。
 
 また生田弁護士の「当事者が主体となって決めていく」という話の真っ当さに、「目からウロコ」でした。同時に、自分が誰かの言いなりになるクセがしみついちゃっているのだなと反省。「訴える」とはそういうものであること、お上が決めるのではなく、主権者である私たちが決めることであり、主体的に生きるとは、まさにそういうことなのだと思い、元気が出ました。裁判で元気が出るなんて変ですが、1人が声をあげることの大きな意味に気づかされる裁判でした。

次回期日:2008年1月28日(月)11:00~11:30
横浜地裁601号法廷 (最寄り駅:みなとみらい線・日本大通り)
(しみずえいこ)
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by lumokurago | 2007-12-04 22:10 | 教基法違憲訴訟