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カテゴリ:Dr.Aとの往復メール( 55 )


3.11以後のDr.Aとのメール その8

Dr.Aより  5.2

 今日は。連休ですが、普通に仕事をこなしています。

 昨日は、競馬で楽しみました。少し損しましたが、馬は好きですね。急に思い出したのですが、子供のころ馬を飼っていたのですね。祖母の道楽でした。私はおばあちゃん子でわがままに育ったわけです。こういうケースはよくありますが三文安いと言われますね。(中略)

 ビンラデインがアメリカの特殊部隊に殺されたらしいですね。大統領は正義が遂行されたというのですが、アメリカの身勝手には呆れます。世界の一極支配に対抗する手段としてのテロリズムですが、そのトップが殺されたのは残念です。


渡辺より 5.2

 こんばんは。関係ないけど私はうま年です(笑)。7年ほどまえに中国の奥地(ウイグル自治区)にトレッキングに行ったとき、馬が余っていてだれも乗りたがらなかったので、好奇心の強い私がずっとただで乗っていました(予約した人は1万円)。楽ちんで視界が高かったのでおもしろかったです。外国に行けば現地の人に話しかけずにいられない私は、馬方の少年や親方らに話しかけ(というか絵を描いて見せたのですが)、まったく言葉が通じなかったのに楽しかったです。Thank you とか Morning とかはウイグル語で書いてもらいました。(通じたのはそれだけ)。(中略)

 アメリカの身勝手には私もうんざりですが、ビンラディンが殺されて残念なんて、先生には驚きます。私も特に彼の死を望んでいたわけではありませんが、「残念」とまでは思いません。では、9.11は「ざまみろ」と思いましたか? 正直なところ私も一瞬そう思ったのですが、殺されたのがアメリカの権力中枢ではなく市民だったのでその思いはすぐに撤回しました。今回の原発事故も東京で起これば「ざまみろ」だったのですが(自分も含めて)。


Dr.Aより 5.3

 テロルはだめだが、広島、長崎、東京大空襲、イラク攻撃は良いというのがアメリカの論理なのですね。9.11の時ブッシュがこれは戦争だといっていましたが、まさにそうで、世界支配に対抗する手段としてのテロリズムの存在価値を知らしめたと思います。これ以外にはアメリカと戦う方法がないように思います。他には、せいぜい風船爆弾くらいでしょうか。ビンラデインを殺してもテロルはなくならないのです。アメリカあるいは世界の支配層が収奪をやめない限り。

 東京大空襲は、油を空から撒いて焼夷弾という一般市民をターゲットにした皆殺し作戦でした。ベトナム戦争も皆殺し作戦でしたね。イラクでは劣化ウランが使われました。恐らく、アジア人、イスラム教徒は死んでもしかたがないという考えが支配層にはありますね。アメリカが叫ぶ民主化というのはアメリカ支配の拡大を企図した考えにすぎないようにも思います。私は心情的にはカダフィーを応援しているのです。

 話がややこしくなってきましたので、天皇問題と同じくさらりと受け流してください。


渡辺より 5.3

 こんばんは。よく考えてみました。ニュースではビンラディンのことを「容疑者」と呼んでいます。「容疑者」を自由と民主主義の国が裁判もせずに勝手に殺すなんて。女性も殺してしまいました。アメリカは殺人者です。でもみんな喜ぶばかりで、こんなことだれも言いません(注:このあと、国際法違反でないかなどの報道がありました)。だいたいビンラディンが犯人だったという証拠はあるのでしょうか。怪しいものです。もしほんとうに犯人だったとしても、殺しては復讐されるだけですね。いずれにしてもおっしゃるとおり、テロはなくならな いでしょう。

 「アメリカと戦う方法はテロくらいしかない」というのはたしかにそう思いますが、テロを繰り返してもアメリカに勝つことはできないと思います。9.11にしてもアメリカ市民を殺しただけで、「テロとの戦い」などという戦争を増やしてしまいました(アメリカは大好きな戦争の口実ができて喜んだでしょうが)。テロを起こした側にとって、とてもよかったとはいえないと思います。かといってあきらめてアメリカが収奪するままにまかせろという意味ではありません。むずかしいです。

 ペシャワ ール会の中村哲医師のことをまえに書きました。中村医師はアフガニスタンにいますが、タリバンを支持しています。アメリカの「民主化」が現地にはまったく受け入れられず、それどころか憎まれており、現地ではタリバンが支持されているからです。アフガニスタンは交通手段がないので、中央集権の国にはなりえず、村々が独自にやっており、その中心がタリバンだというようなことだったと思います。タリバンは村の有力者のおじさんのようなものだと言っていました。
 カダフィのことはぜんぜんわかりませんが、アメリカやNATOが介入するのは間違っていると思います。

追伸:いまをときめく(?!)京大原子炉実験所助教・小出裕章氏が9.11のあとにこんな文章を書いていらしたそうです。拍手! 私もテロの対象になることにはなんの異存もありません。

http://www.geocities.jp/koideclan/ssh79.htm


Dr.Aより  5.4

 こんばんは。よくこのような過激な論文を見つけましたね。全く同感です。

 私が、世界の一極支配に反発するようになったのは、学生運動に熱中していた過去があるからではなく、長野時代に一冊の本に出会ったことがきっかけでした。それは、講談社現代新書で岡崎勝世著「世界史とヨーロッパ」です。歴史・特に世界史を学んで来なかった私にとって、その内容はとても新鮮で一気に読み終えたことを覚えています。この本によって、現代の南北問題などの世界の構図が理論的に理解されたと思っています。

 日本はアメリカと戦うべきではなかったでしょうが、いずれ衝突したに違いありません。戦争に敗れて今は子分にさせてもらっていますが、現在は中東・イスラムが反発しています。アメリカの価値観の押し付けは「世界史とヨーロッパ」で私が理解したように白人優越主義が根底にあるように思っています。これが続く間は反米テロルも止まないでしょう。


渡辺より 5.4

 この過激な論文をみつけるのは簡単でした。なぜならば・・・今日は疲れたので詳しくは明日メールします。 その本は読みやすそうなので、さっそく注文しました。

 ビンラディン襲撃作戦名は「ジェロニモ」だったそうで、ネイティヴがオバマに謝罪と訂正を求めたそうです。やっぱり、アメリカの感覚はいまも同じです! 

 ところで、虎の門病院血液内科の医者が原発労働者に自己造血幹細胞の採取と保存を提案しています。友人は評価していますが、私はそんな被ばくをするような労働はすべきでない、なんとしてもその手前で止めるべきと思います。使わずにすむに越したことはないが「万一」に備えてという考えのようですが、先生はどう思われますか?

 http://www.savefukushima50.org/?page_id=787&lang=ja


渡辺より  5.6

 こんばんは。いま、小出さんは原発事故の解説で反原発の星になっていて、「小出裕章非公式まとめ」というブログを勝手につくられているのです。そこにはいま毎日のように地方ラジオ局でのインタビューの内容とか講演の記録とかが次々にUPされていて、さらにおおぜいの人が情報を寄せ、小出さんのすべてを集めようと思っているみたいで、この過激な論文はそこでみつけたのです。だれか熱心な人が発見したのでしょう。

 小出さんは1949年生まれですが、学生時代に学生運動に接し、はじめは勉強の邪魔と思っていたようすが、やはり影響を受けているようです。京都大学原子炉実験所には反原発の6人組があったそうです。そのうち1人は亡くなり、3人は定年退職。いま残っているのは小出さんと今中さんという人、2人。後を継ぐ人はいないのかという質問に、小出さんは4人は60年安保世代で自分と今中さんは70年安保世代なので、社会のなかで学問をすることの意味を考えてきたが、80年安保も90年安保もなかった。後継者はいないと言っていました。異端の医者も私の知る限りみんな全共闘世代です。近藤先生は学生の本分は学問、勉強もせずに騒いでも大人に勝てないと反対して右翼だと言われていたそうですが、当時の自分の発言の責任をとっているとどこかに書いていました。
 
 ネットでみていると小出さんはほんとうに正直で誠実で穏やかな方ですが、あんな過激な人だったとは驚きました。でも納得できました。私たちの同類なんですね。
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by lumokurago | 2011-05-12 13:58 | Dr.Aとの往復メール

3.11以後のDr.Aとのメール その7

渡辺より 4.24

 こんばんは。興味深いお話、ありがとうございます。田中好子さんの死は想像ですが穏やかだったような気がします。初回治療から19年も生きることができたし、3月まで仕事もしていたみたいだし、よかったと思います。

 やまいも死も人間の頭のなかにしかない観念であると考えれば、主体=理性がDNAの支配に抗い、自分のやまいや死を自分のものとし、コントロールしようとするのでしょうか。うーん。

 主体=理性(これはすごくわかりやすい)と考えれば、客体は? 環境? 関係? 社会? もともと日本語にない訳語だからわかりにくいということもありますよね。
 
 死は結局、本人にとっては観念であり、残される人にとってのみ実在するもののような気がします。

 私にとっては美しい若葉や花々とお別れすること、好きな人たちに会えなくなること・・・かなしいけれど、やはり仕方がないと納得してしまいます。「長生きしてほしい」と言ってくれる人はいますが、それも自分で努力してできることではないから、仕方ありません。

 池田さんはおもしろいですね。先生が喜ぶと思いました。生きていたら会ってみたかったです。


Dr.Aより  4.25

 こんばんは。死んでよかったというケースはほとんどにおいてないですね。特に身近な死は悲しいものです。私たちが問題にしているのは、池田さんがいったように、治せないのに治せると強弁する詐欺的な現代医療でしょう。最後は好みにもよりますが医療ではなく宗教に任せるのがよいかもしれません。また、寄り添ってくれる人がいるのもいいですね。今までの経験から励まされ安心して死ねるような気がします。

 私は無宗教でゴミとして捨ててもらうのがいいと思っていますが。これも無宗教という宗教なのかもしれません。

 客体は各主体により成り立つ構造といえるかもしれません。私たちは現代医療に批判的ですが、異なるいろんな考えの人々がいます。私たちは自らが正しいと考えているのですが、医療構造は私達や圧倒的多数の他者との相互関係で出来上がっています。それが詐欺であろうとなんであろうと、現代の医療であることに違いないのですね。こう考えてくると絶望的になっちゃいます。しかし、構造は無視できないのですね。

 若くして死ぬことは、必ずしも否定すべきことではありません。寄り添ってくれる、看取ってくれる人がいます。死ぬ瞬間が分かる脳が生きているような感じがします。長生きすると孤独に死んで行かねばならないケースが増えるでしょう。老いると楽に死ねるよなんて無責任なことがいわれますが、老若どちらがよいかはわかりませんね。


渡辺より 4.26

 あれあれ、私は冷たいのか、父も母も死んだとき「よかった」とまでは思わなかったけど、ほっとしました。まったく悲しくないし。あれ以上長生きしても苦しむだけと思っていたからかな。やっぱり知識は大事ですね。私は網野先生、近藤先生、村山先生(近藤先生が紹介している外科医:母について質問した)のおかげで現代医療の罠にはまらずにすんだけど、普通は医者に「治す」と言われれば治るものと信じていいなりになってしまうと思います。

 田中好子さんの件も報道によると、夫にも乳がんというのは初回治療をしたからといって「治った」というものではないことや、再発転移したら治らないものだという認識がないようです。好子さんも「がんばってたたかってきたけど、負けるかもしれない」とおっしゃっていて、がんというものがわかっていません。本人が努力して闘えば勝つものではないというのに、気の毒な気がします。自然現象だと思えば楽なのに。と言っても普通は思えないのでしょう。思えるというのは、これは宗教なのかな? やっぱり近藤教? あはは。

 好子さんは多くの人に看取られて幸せだったと思います。父の友人で生き残っている人(87歳)が会うたびに、「みんな死んじゃった。Aちゃんも、せいやん(父)も、Sさんも・・・。おれ一人生き残った」と嘆いています。先に死ぬ方がみんなに大事にされて思われて得ですね。

 なるほど、「客体は各主体により成り立つ構造」はわかりやすいです。構造を無視はできないので、闘ったりしていますが、とても勝ち目はないですね。だったらこうやってちいさな場所でつながって自分の考えで生きていこうとすることがとても貴重だと思います。ありがとうございます。


Dr.Aより 4.27

 こんばんは。病気は敵ではなく自身の一部ですから、勝ち負けはないはずです。戦う相手ではないと思いますが、敵のような扱いを受けることが多いようですね。現代医療の詐欺師にしてみれば敵でなければ困るでしょうけど。人間から病を取り除くことはできないでしょう。そうなると人間ではなくなるのですね。病気になりますか、それとも人間やめますか、なんてね。

 明日は札幌です。中学の同級生数名と会うのですが、どう変わっているでしょうか。楽しい夜にしたいと思っています。


渡辺より 4.28

 おはようございます。病気は敵ではない、自分の一部で自然現象・・・そんな考えが広まったら、ほんとうに医者はいらなくなってしまいますね。人びとは平安に暮らすことができるでしょうが、やっぱりあり得ない話か。DNAに逆らい、主体を強固に生きる生き方は脳の大きな人間にあっていると思うのですが。そう言えば近藤先生が私の「生前追悼文集」に、動物は自然に死んで行く、人間は大きな脳をもったツケとして不安や恐怖と闘わなければならないが、その大きな脳は同時に理性や感性を与えてくれると書いていました。だから脳の使い方ひとつだと思います。こっちのほうがずっと楽だと思いますが、みんなはそうは思わないかな。

 では気をつけていってらっしゃい。そして楽しんでいらしてください。

*****
 
 最凶さんがブログに田中好子さんについて書いておられます。おもしろいですよ。また、コメント欄に記事にはできないような内輪の話が書いてあります。

 「乳ガン芸人じゃなかった田中好子」

 つづき 「田中好子の死後を大予言!」
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by lumokurago | 2011-04-29 11:59 | Dr.Aとの往復メール

3.11以後のDr.Aとのメール その6

渡辺より  4.21

 こんばんは。「主体」というのは「自分」のこと? 哲学者が存在しないと言っているのかもしれませんが、私は存在すると思います。(?) 

 「死は存在しない」も哲学者が言っています。生きているいま、考える対象であることはたしかだと思います。頭の中に存在していますが、哲学者の言う意味もわかりますね。わけがわからなくなってきました。人間はおもしろいです。

 ところで、昨日慶応病院に行ってきました。(中略)ついでに被ばくのことを質問したら、政府が国民に「このぐらいの線量を被ばくすればたとえばこのぐらいがんになる危険性が増す」と提示し、そこから避難するかどうか、そのなかで作業するかどうか、どう行動するかは自分で判断すべきものだと。おっしゃるとおりだと思いました。このことについて文藝春秋に書くべく調べているそうです。年配者ならがんになってもその土地に住み続けたいという人はいるだろうし、家畜を飼っているから避難したくないという人もいるはずです。自分で決めるのが自由というものです。危険区域に勝手に一時帰宅したら罰金と言っていますがひどい話です。

 それから、地球温暖化CO2説が原発を推進する理由にされているため、懐疑論がでています。このことについて聞いたら「勉強していないのでノーコメント」とのことでしたが、不況になったら大騒ぎして、経済発展をつづけていけというので温暖化をとめられるはずがないとおっしゃっていました。私も同じ意見です。

 私はCO2論自体、多数派で世界的に推進しているので、(多数派というだけで)どうも怪しいという感覚をもっており(被害妄想か?)、懐疑論にも一理あると思っていて、判断できません。先生はどっちが正しいと思いますか? 

 少しまえに寝返りをうつときや起きあがったとき、腰が痛くて、骨転移の痛みかと思ったのですが、湿布を貼っていたらおさまったので、様子をみようと思っていました。近藤先生にはそう伝えたのですが、帰宅したらまたその症状がでて、伝い歩きするにも痛く、ロキソニンを飲んで寝てしまいました。ロキソニンは効くみたいです。

 今日も裁判所にでかけ、帰宅したらまた、昨日ほどではありませんが痛かったので、また寝ていました。いま、起きたところです。やはり骨転移の痛みかもしれませんが、放射線は限界までかけてしまったので、あとは薬でコントロールするしかありません。寝返りをうつなどのときだけなので、薬を飲むほどでもないということと、オキシコンチン(まだ残っています)は吐き気がこわいのでちょっと様子をみてみます。


Dr.Aより 4.21

 こんばんは。本日、札幌へいく予定だったのですが、先方の都合で来週に延びてしまいました。本日も眠くて昼寝を一時間以上、熟睡しました。

 三輪自転車に先週から乗っていますが、安定しています。転びません。これはトライクと言って仙台のメーカーが造っています。電動アシストがついており、楽ですね。インターネットで買い、仙台から送られてきました。

 国は民を管理しようとしているのですね。パノプチコンです。というよりも、癩病やペストに対応したように国民を徹底的に統制しようしているのでしょう。訓練と処罰によってですね。市民の自由が剥奪されつつありますね。

 主体subjectは、objectの反対語で、どこからどこまでが主体なのか、判断が難しいと私は思っています。脳科学では、否定的なようですね。古くは、哲学的な論争があったようです。実存主義の一派は主体に固執していたようですが、構造主義によって否定されてしまったと理解しています。人間はある関係性の中で生きている。すなわち一つの構造に組み込まれているのであって、客体としての構造から無関係に主体として存在することはできないというのですね。

 自我というのも、心理学の用語に過ぎず、脳科学では否定的でしょう。しかし、自己という概念はあるのであって、非自己は自らのリンパ球が攻撃するのも事実です。哲学になると難しいのですが生物学や細胞学でははっきりとした境界がありますね。しかし、いずれ失くなっていくのではないでしょうか。免疫抑制剤などの開発によってですね。

 地球温暖化ですが、地層の研究では、古代より温冷を繰り返してきたようですね。これからは氷河期に向かうのでしたかね。歴史的にみると、温暖化には向かわないのでしょうが、どちらに向かうか難しいというのが結論ではないでしょうか。近々小惑星が地球にぶつかるという話もありますし。人間の考えているようにはいかないでしょう。

 腰痛、大事にしてください。少し動きすぎかもしれませんよ。(後略)


渡辺より  4.22

 三輪自転車、いいですね。私が自転車に乗っているというと、多くの人が「危ない」といいますが、大丈夫です。歩くより安全です。私はまだ普通の自転車で大丈夫です。

 昨夜、腰全体が痛重かったのでオキシコンチン5mgの半分を飲みました。いま、痛みはまったくなく、吐き気はありませんでした。飲んだり飲まなかったりして様子をみます。

 むずかしい「主体」については私の能力を越えています。「客体としての構造から無関係に主体として存在することはできない」というのはどういう意味か、私たちが現在の日本社会に生きている以上、それに囚われ自由になれない面はあると思いますが、そんな表面的な意味ではないでしょうね。むずかしすぎてとてもついていけません。ごめんなさい。フーコーも放りっぱなしだし。先生が往診に来られるようになったら、少し講義してください。subject, objectという単語から、英文法のs,v,oをついつい思いだしてしまいました(笑)。

 自己免疫疾患は自己と非自己を見分けられないのですよね。自分で自分を攻撃してしまうというのはどこでどう間違ってしまったのでしょうか。心理学者のなかには典型的な心身症だとする人もいますが、どうなのでしょう。遺伝は大きいのですか?
 

Dr.Aより  4.22

 こんばんは。オキシコンチンに慣れていくといいですね。人間は痛みに弱いですから、そのコントロール次第で人生の質が決まるといっても良いのでしょう。

 本日も眠く昼寝をたっぷりとり、三輪車で往診しました。後ろが一輪でそれに電動のアシストがついています。快適です。

 主体の問題は難しく、私にとっても厄介です。興味のあるかたは哲学書をひもとくのがよいのでしょう。構造主義のレビストロースも主体の全面否定はしていませんで、主体と客体のどちらに重きを置くかというような説明をしていたように記憶しています。色々な要素から現代社会は成り立っていますが、確かに個々の部分も無視できませんが、それらの関係性のほうが重要であるように私は思っています。

 性格と同じく病気も遺伝がほとんどを担っているでしょう。私の脳卒中も父方の遺伝です。仕方ないです。人間は群を作っていますが、これも遺伝でしょう。病気の種類が多いのも。ひとつだけでは直せない場合人類が滅んでしまいますからね。私は、母方に似ると癌かアルツハイマーなのですね。母は大腸がんと肺がんを切除し、結局アルツハイマー病になりました。私は手術に反対したのですが、がんもどきだったのでしょう、生き残ってアルツハイマー病という止めを刺されました。これも運命でしょう。脳こうそくの一年再発率は14%、5年再発率は50%です。これも遺伝で避けようがありません。人間は自然にあるいは遺伝に打ち勝つことはできませんね。

 来週は中学時代の同級生と会うことになっています。楽しみです。


渡辺より 4.23

 こんばんは。先生には悪いのですがむずかしいので話題を変え、また池田晶子さんの本から引用します。

 ソクラテス がんでなくても人は死ぬのだ。

 患者 私は、がんでは死にたくない。

 ソクラテス それならばぜひ、がんでなくとも人は死ぬと考えたまえ。そしたら君はがんでは死なない。ほら、この近藤さんて医者も、同じこと言ってるじゃないか。

 <がん治療の将来にも、たいした夢も希望もありません。しかしそのことを悲観する必要はありません。なぜならば、わたしたちの人生にとって、がんやがん治療だけが大切なものではないからです。わたしたちにとって大切なのは、自由に生きる、なにものにもわずらわされずに生きる、ということではないでしょうか。そのためには死ぬまで、やまいからも開放される必要があるはずです>

 <やまいは気からというように、やまいは自然現象につけられた名称であって、わたしたちの頭のなかや観念のうちにしか存在しない、とみることも可能です。したがってもしわたしたちが、がんを自然現象としてうけいれることができるなら、がんによる死はふつう自然で平和ですから、がんにおいてこそ、やまいという観念から死ぬまで解放されるのではないでしょうか>

 僕は医者っていうのはウソつきなもんだと思っていたけど、この人はまーじつに正直な人だね。若干、惻隠の情に欠けるきらいはあるけどね。僕は好きだな、こういう論理的な医者は。話がわかり易くていいや。

 患者 患者を絶望に叩きおとす医者がですか。

 ソクラテス なに言ってんだい、君、これ最高の救済なんだぜ。

 患者 とても理解できない。

 ソクラテス いいかね。人は必ず死ぬということを君は認めるね。

 患者 ええ。

 ソクラテス 必ず死ぬというそのことにおいては、がんであろうがなかろうが同じだね。

 患者 ええーー。

 ソクラテス それなら、がんで死ぬ、ということも、ないわけじゃないか。がんだからといって絶望する理由なんか、何もないじゃないか。よりによって君ひとりが死ぬわけではないのだよ。だから、これは立派な救済なのだ。こんなこと言ってくれる医者はめったにいないよ。普通は、こんなこと言っちゃったら、商売にならないんだから。

 患者 だって、医者が治療を放棄したら、他に仕事なんかないじゃないですか。

 ソクラテス そうだ、ないのだ、医者に仕事なんか、ほんとはないのだ。医者なんてものは、いてもいなくてもほんとはいいのだ。なんでみんな医者なんてものを、あんなに信じてるのか、僕は以前から不思議なんだがね。あんな詐欺まがいの商売で、しかも尊敬されてるなんて、妙なことだと思わんかね。

 患者 わかりません。

 ソクラテス 人が死ぬのを恐がるところにつけ込んで、人が死ぬことなんか金輪際ないかのように言って金を取るなんぞ、詐欺以外の何ものでもないと僕は思う。
 (中略)

 ソクラテス 哲学では病気も治せなきゃ、人を死からも救えもしない。そのかわり、哲学は、人は必ず死ぬということを明らかに認識する。そして死とは何かを認識する。科学なんてものに、死とは何かが認識できると思うかね。
 (中略)

 ソクラテス 死とはなんなのだ。

 患者 私がいなくなること。

 ソクラテス 私とは誰だ。

 患者 私です。

 ソクラテス 死ぬといなくなるんだね。

 患者 そうです。

 ソクラテス それならばなぜ死が恐いのだ。

 患者 私がいなくなるからです。

 ソクラテス いない私がなぜ恐がるのだ。

 患者 いなくなることが、いま恐いのです。

 ソクラテス 無になることが、恐いのだね。

 患者 そうです。

 ソクラテス 無が恐いのだね。

 患者 そうです。

 ソクラテス 無は、無いじゃないか。ありもしないものが、なぜ恐いのだ。

 患者 しかしーー。

 ソクラテス 人類始まって以来の大錯覚だ。かくなる大錯覚、大錯誤のうえに平然とのさばり、人びとの恐怖心をいよいよ煽ることで、金もうけしてきたような医学なんて科学は、そろそろ自ら滅びるときだ。化けの皮の剥がれるときだ。医学が科学なら、なぜ、ありもしないものを恐れるのだ、ありもしないものと闘おうとするのだ。そんな医者は科学者じゃない、あれらはみんなまじない師なのだ。ありもしないお化けに怯えるまじない師なのだ。治らないものを治ると言い、死ぬものを死なないと言う、まじないの護符には「科学」と書いてある。しかし、死とは何かを知らない科学に、人を救うことなど実はできはしないのだ。科学にできるのは、わけもわからず生き延ばすことだけなのだ。無理矢理でもなんでもかまわないのだ。さてさて、患者は救われたというべきか、否か。人間にとって幸福とは何か。

  ふむ、どうやっても、やっぱり最後は哲学の議論だね。どうかね、君は、いかなる手段によっても、いかなる状態になっても、ただ長く生きることを幸福と、やはり考えるのかね。
 (後略)

*****

 ソクラテスの言っていることを「その通り」と思い、また、がんは自然現象だと思ってあるがままに生きて死ぬのは、DNAに逆らっているのでしょうか。人間は生物なのに自然現象に逆らうDNAをもっているのは不思議ですね。動物のDNAは死を自然現象と認めているのでしょう?
 

Dr.A より 4.23

 こんばんは。すいません。難しくしちゃって。

 ソクラテスの意見すなわち池田さんに賛成です。誰でも納得するように思いますが、一般に人間は死を受け入れないのですね。数日マスコミを賑わせている俳優の死にもソクラテスとは反対の評価のようです。弟子のプラトンの国家論も、いたずらに生に執着することを否定していたように記憶しています。

 DNAは染色体を創り、細胞を創って生物を進化させてきましたから、やすやすとは死なせないでしょう。そこで、DNAの支配を拒むsubjectの重要性が増すのですね。主体とは自己や死を意識する理性のことかな。あまり難しく考えないでくださいね。ただ、DNAは化石からも採取されるように、とにかく長持ちというか、タフで生き続けるのですね。意思はないと思うけど、そういうメカニズムで生命体を操作しているでしょう。

 生き続けたい人は、DNAのロボットスーツみたいなものですね。一方、癌には癌のDNAがあり、テロメアを変化させて細胞を不死化しているのです。個体に乗って生き続けさせようとするDNAは癌のDNAと戦っているでしょうが、いつまでも同じ個体に住み続けるよりも乗り換えようとするのですね。子孫をつくらせたり、ヴィールスを利用して他人に移動したりしています。結局、個体は不死化した癌に負けてしまうのですが、普通の細胞が残って生きている間はDNAは個体に鞭打つのでしょう。死を認められない人々はほとんどがこういうケースでしょう。

 池田さんの医者も病院もいらないという意見、医療は詐欺だという意見に私は大賛成です。死を認めない世の中には通らない考えではありますが。
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by lumokurago | 2011-04-25 10:44 | Dr.Aとの往復メール

3.11以後のDr.Aとのメール その5

渡辺より 4.14

 ブログに書きました。

 隣りの子どもと愛犬をおいてきたって 

 今日の院内集会で原発から5kmに住んでいた女性から発言がありました。彼女はもとから反原発運動をしていたそうです。だから地震が起こってすぐに原発が危ないと思い、車で南下したのですが、隣の家の子どもを置いてきてしまったと泣いていました。まだ何も起こっていないのに知識のない人に「原発が危険です。避難しましょう」とは言えなかったと。

 最初の1週間はそれで泣いていたけど、そのあとはまだ避難命令がでない被曝地区の人たちが気になってしかたがなかったと。

 避難した人びとは早くも分断されているそうです。中通りは「浜通りは原発で潤った。自分たちは被曝だけさせられる」と。原発を批判したくても、隣に原発で働いていた人がいるので言えないと。

 東電は600人の避難所に謝罪に来たけど、たった10分しかいなかった。それは人びとが何も言わなかったからだと。

 怒りをぶつけていいのだ。潤わされたこと、給料をもらっていたことで卑屈になる必要はない。十分に、十二分に、取り返しのつかない代償を払わされたのだから。奴らの金儲けの犠牲になってやったのだから。

 彼女はそれに愛犬も置いてきたって、最後にぽつりと言っていました。

 自分のがんでは泣かなかったけど、いま、涙が止まらない。


Dr.Aより 4.15

 こんばんは。行動力がありますね。お疲れ様でした。

 原発はそれを推進してきた勢力が悪い。政治屋、学者、産業界、マスコミなど、たくさんいますね。エネルギーや地球環境の問題解決のためという理屈がまかり通っていましたね。エントロピーの法則が流行ったころでした。危ないという主張はなぜか掻き消されて行きましたがマスコミが原発擁護派でしたから、どうにもならない。さすが第四の権力だけのことはあります。

 国民や住民の分断はいつもの手ですね。皆、長いものに巻かれていきます。

 犬が可哀そうですので連れてきたほうがよかったし、戻ったほうがいいのじゃないかしら。無責任なことは言えませんが、ペットなど動物のことも国は考えるべきでしょう。野犬が増えているという報道がありましたね。また、牛も可哀そう。広い牧場が必要です。とにかく犬を連れてこられないのなら人間も残るしかないと思います。


渡辺より 4.16

 ああ、よかった。「犬を連れて来られないなら人間も残るべき」に賛成です。でも避難するのはほんのちょっとの間と思い、犬を置いてきた人が多いみたい。津波で離ればなれになったなら仕方ないけど、原発からの避難では、連れてこれたのにそうできずに置いてきたので悔やんでも悔やみきれないでしょう。この、発言した人は自分から逃げたのにどうして犬を置いてきてしまったのか? どうして連れに行かないのか? わかりませんが、そんなこと聞けません。やむにやまれぬ事情があったのでしょう。

 インディ系ジャーナリストのブログに牛がやせこけて歩いている、車のドアを開けたら大きな黒い犬が飛び込んできた、弁当をあげたらがつがつ食べた、と書いてありました。牛と犬の群れの写真が載っていました。こういう写真もみたくありません・・・。

 両親の故郷の川俣町の一部が計画的避難区域となり、兄同然の友人のところが入っています。彼は酪農をやっていました。妻の具合が悪くなり、去年牛を売ったのですが、自分の手で開墾した牧草地を「花いっぱいのでんでら野」にしようと言って、最近は花づくりに精を出していました。私の骨はそこにまいてほしかったのですが・・・。花の咲くころ、行ってみようと思っています。


渡辺より  4.17

 こんばんは。ピンクリボンがヒットラーというのはプロパガンダという意味とのことです。原発安全神話もプロパガンダ。世の中はプロパガンダだらけです。ヒットラーの演説は大衆を惹きつけましたが、左翼のアジ演説は自己陶酔だけで、いいところがありませんね。みんな引いてしまいます。私も「つくる会」教科書採択のときに駅頭でマイクをもって話しましたが、だれも聞いてくれなかったように思います。自己陶酔はしてなかったと思うのですが。ちらしもほとんど受け取ってくれないし、街頭に立っているだけで「へんな人」とみなされていることがありありでした。

 ところで大前研一は原発推進派で週刊金曜日で批判されているようです。事故が起こってからしおらしいことを言っているだけでは? ネットでは「原発御用学者」「反原発学者」などのリストまで作られています。「反原発ではないがまともそう」というジャンルに近藤先生が入っていました。日刊現代などに低線量被ばくについて記事を書いていました。

 今回の災害で赤ちゃんからお年寄りまで2万人以上の人があっという間に亡くなりました。彼らはまったく死を予想していなかったでしょう。死を予想し、覚悟して生きている私が残されたということはまだやるべきことがあるということでしょうか。


Dr.Aより 4.17

 こんばんは。死の訪れには色々な場合があるので、比較することは間違っていると思っています。事故死もあれば震災死もあるでしょう。癌死もあれば脳血管障害死など疾病による場合もあります。何れにしても死は結果だと思いますので、受け入れるしかありません。震災で亡くなった方々は、お気の毒ではあるが、防ぐことの出来ない死でした。世の中には、末期がんと診断され生きている人も当然存在しているわけで、種々のケースがあるのです。その中で、少数派でしょうが災害に遭遇せず幸運だったと思っている人もいるでしょう。このような人がいたとしても当然だし、それで構わないと私は思います。

 しかし、あるいは、死を望んでいる人も少なくないと考えます。私など常々自分の乗っている飛行機が落ちないかなと期待している方ですが、同じような感覚の末期ガンの人もいるのではないでしょうか。一気に逝くほうがよいと思っているのですね。

 多くの人々は健康という幻想を抱き、人間は90歳以上生きなければならないと思っている。親達を観てると90歳を越えて生きるのは大変のようですが。

 自然の中で生かされている人間は、死に方も多様であるし、震災死もありえる。ですから、偶然性の高い今回の震災に驚きはありません。万単位の死にも驚きはありません。死は人間にとって日常的に意識すべき対象です。死んではならないというのは、人間の我儘に他なりません。死は意識させられる対象ではなく、意識すべき対象なのです。メメントモリは受身ではないのですね。

 原発事故は人災ですから、これは許せませんね。大前研一はやはり推進派でしたか。そうだったはずだと記憶していたのですが、インターネットでビデオを観てころりと騙されてしまいました。私もとんだ甘ちゃんでしたね。


渡辺より 4.18

 今日はまた、小学生が6人もクレーン車の暴走で殺されてしまいました。運転手もまだ26歳。ほんの一瞬の気のゆるみでしょうか。どちらも気の毒です。人の生き死にはほんとうに予測できません。自分がこうして生き続けていることが不思議に思われます。

 死についてもっと自然に考えられればいいと思います。人間、いつかは死ぬ。子どもでも突然死んでしまう。生きているのが当たり前なのではない、生き続けることは希有なことなのだと考えたいです。

 でも普通に生きている人はこんなふうには考えないでしょう。お医者さんとか末期がん患者とかは別として。生きることと死とがあまりにもかけはなれてしまったのは不幸なことだと思います。たぶんそんなに遠くない昔、生と死はもっと近くにあり、つながっていたのですよね。それは人間の暮らしが生き物としての実感から遠くなってしまったこととも関係あるかもしれません。人間が生物であること、食べたり、飲んだり、排泄したり・・・が人工的になり、人間関係も薄くなっています。話が飛ぶのですが、秋葉原事件のような事件の遠因にもなっているような気がします。
 
 ところで民主党はせっかく政権をとったのだから、事故が起こったとき、「原発をつくった自民党の責任だ」と言って、すべての原発を止めればよかったと思います。そうすれば国民も見直したかも。責任は自民党にあったのに、いまとなっては事故の責任は民主党にあるみたいになってしまいました。ばかだなあ。


Dr.Aより  4.18

 こんばんは。生物はDNAによって生き続けるように操作されている。すなわち、単純なDNAの乗り物にすぎないという見方がありますね。DNAは乗っている生物の死を望んでいないでしょう。それに逆らっているのが、私たちのような人間でしょうか。DNAの思うようにはさせないと頑張っているわけですね。

 もしも不死が可能だとすれば嫌ですね。漫画家の黒鉄という人が言っていましたが、鶴は千年、亀は万年と言われ、亀のほうが良いように思われがちですが、これだけ寿命が長いと差はなく、長寿であることが良いとは言えないというのですね。人間ですと80歳も90歳も変りがない。亀は鶴になりたいと思う。これを亀の鶴化現象と言うのだそうです。

 突き詰めて言うと何歳で死のうと、どういう死に方をしようと死は死である。その事実だけが重要なのであって、個々を比較してもしかたがないということになりますね。

 民主党に関してですが、国民の期待が大きすぎた。菅や仙谷などの世代は薄っぺらな知識しかなく、風見鶏のように動いてきたんだということが分かっていなかった。だから、一見リベラルに見える彼らだが「原発廃止」ということができない。自己保身に走っています。保身がみえ見えなので、政治責任が問われることになったのでしょう。


渡辺より 4.19

 先生と私は「お医者さんと末期がん患者」だから「DNAに逆らう」というわけではありませんでした。ごくごく少数派なのでした。「死は比較できない。比較しても仕方ない。死という事実だけが重要である」ということばは重いです。私はついつい比較してしまいますが、よく考えてみます。

 不老不死というとスーザン・ソンタグを思い出してしまいます。彼女は「元気で」長生きしたいとは言っておらず、「QOLはどうでもいいから一瞬でも長生きしたい」と言っているのですね。どんなに痛くてもいい、寝たきりで意識がなくてもいいというわけではないのでしょうが、こういう考えはとても理解できません。本人がそれを望んでいるのだからまわりがどうこう言うことではありませんが、私は楽に死にたいです。

 柳原和子さんも生への執着がすごかったです。これも本人の自由ですが、がん患者全員が自分と同じ考えであることをつゆほども疑わず、主語を「私」ではなく「がん患者」にしていたのには驚きました。私を入れないでよと言いたかったです。作家なのにそれくらいのこと(人の考えはさまざま)も想像できないのかと思いました。

 哲学者の池田晶子さん(40代でがんで亡くなった)の本のコピーを友だちが送ってくれました。ちょっとだけ引用するのはむずかしいのですが・・・。

*****

 人は、人は必ず死ぬと思っていても、どうしてかしら自分だけは絶対に死なないと思っている。よく考えると、これは不思議なことである。哲学的には、これは自己意識不滅の問題と深くかかわってくるのだが、一般的に推測すると、たぶんたんに人は死ぬのが恐いのである。自分が死ぬということなど、思ってみるだけでも恐いので、それ以上深く追求するのをそこでやめるのである。(中略)自分が死ぬということを恐れて生きているということは、生きているということそれ自体が常なる恐れである。そのような人生が、深くなんらかの喜びであり得るのだろうか。(中略)がんでなくても人は死ぬ(近藤先生のことば)ということが、きちんと認識されてさえいるなら、がんであるということと、死ぬということとは、なんら関係がないということも、わかるはずである。在るのは現在だけである。すなわち、死は存在しない。

*****

 この部分よくわかります。逆説的ですが、「死は存在しない」という感覚がよくわかります。長くなったのでつづきはまた。


Dr.Aより 4.19

 こんばんは。がんもどきであるから生きているのに、助けられたと勘違いしている人は結構いるでしょう。彼らの医療への信仰は大変根強いですね。そして、死を想うことは信仰に反することになっているでしょう。DNAを乗せている生物としては死を避けようとするのは当然です。衝突を避けとっさにハンドルを切るように。

 しかし、それでは面白くないのです。主体は本当は存在しないと思いますが、決定するのはDNAではなく自らであるという意識があっても良いと思います。がんであろうとなんであろうと死はやってくる。それを受け入れる能動的な主体がいるわけです。また、生きている限り死は存在しないし、自らにとって死んでしまえば死は無いも同然であるし、結局、死は存在しないことになりますね。問題はやはり、生きている今、死をどうとらえるかメメントモリのような気がします。
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by lumokurago | 2011-04-20 15:49 | Dr.Aとの往復メール

3.11以後のDr.Aとのメール その4

渡辺より  4.9

 こんばんは。今日は回顧展(最終日の前日)だったので、帰りが遅くなってしまいました。今日は天気もいまいちだったので、お客さんが少なくて、来た人は長時間おしゃべりしていきました。そのなかで・・・

 妹さんの夫が63歳で若年性アルツハイマー。混乱して同居している90歳のお母さんを突き飛ばしてしまった。お母さんは大腿骨頚部骨折。運よく歩けるようにはなったが、婿をこわがり、もう一緒に暮らしたくないと。しかし63歳であばれる患者を引き受けてくれる施設はないと。若い患者さんは力が強いので、とても大変ですね。うちの父も70代後半になっても力があり、大変でした。本人の責任ではないのに、悲劇的な病気です。

 もう1件。お父さんが去年の9月、急に痴呆症になりたいへんだったが、3月初めに肺炎で急死した。娘はいままでずっと仲が悪く、ぶつかってばかりいたので、肺炎で入院したときに、これからやり直せるかと思ったが、翌日死んでしまった。後悔することばかりと。でも私はこれから介護が大変になるところだったので、子ども孝行のお父さんだったと言いました。人が亡くなってよかったなんて言うのは不謹慎だけれど、「半分はよかったと思う」と言いました。

 ある友人(たぶんもう70代半ばになる)は自分と夫のお母さんを二人とも100歳近くになるまで介護して、自分の後半生を介護に費やし、二人が亡くなったら病気になってしまいひきこもり、私の手紙に「あなたのように一生懸命生きている人にはもうついていけない。二度と連絡しないで」と返事してきました。そんな人じゃなかったんですよ。重いです。
 
 YOU TUBEで反原発の替え歌がその歌手所属のレコード会社に削除されたりしているようです。コピーは拡散していますが。すでに天皇だけではなくなってきました。

 あ、このことを書こうと思ったのでした。孤独といえば、近藤先生です。私には患者からたくさんの情報が入ってきますが、だれだったかが診察時、「ぼくはひとりだから」とおっしゃっていたと言っていました。
 

Dr.Aより   4.10

 こんばんは。孤独については、人間は群を作る動物なので、群れるのが嫌いな人は孤独を愛するのだと思います。結果として独りという場合もありますが。多数派に属していたい人は常識人であり、少数派にはならないよう努めるのではないでしょうか。ですから、私は、もしかすると近藤先生も少数派であり孤独であって良いのです。多数派になったらおしまいです。

 若年性のアルツハイマー病は厳しいですね。100%遺伝ですし、今のところ良い薬がないですし。私は非人間的と非難されるかもしれませんが、症状を抑える薬を使います。前頭葉の活動をかなりの部分抑えるわけですね。アルツハイマー病は脳の神経細胞が壊死しているわけで、残存神経の活発な部分が症状を出しているので抑えても良いと考えるのですね。周りの人々の幸福を考えるとしかたがないとね。

 なんていうか、人生観は人それぞれだから、同じようにはみな生きられないですね。その人は渡辺さんのようには当然生きられない。比較することが間違っている。一方、私のようにいい歳こいてアナーキストなんて粋がっているバカもいる。だから、それぞれご勝手にということになりますね。

 都知事戦はつまらないにつきますね。ドクター中松は残念ながら予想通り最下位でした。都民はヒットラーのようなリーダーを求めていますね。おそらく日本国民の大多数がそうなんでしょう。我々がこの世を去る頃、民族主義の高揚とともに全体主義が闊歩し始めるような気がします。戦争が始まるかな。フロムの自由からの逃走が読まれるべきですよね。


渡辺より 4.11

 やっぱり男性の少数派は孤独なのでしょう。女性は少数派であってもそのなかに仲良しがいるのでまったく違います。まわりを見渡してもそうですね。ある友人(男性)が「男と女は全く違う生き物だ」と言っていました。私もある意味、そう思います。だから私には「孤独」ということがわからないのです。信じられないかもしれませんが。

 今回の都知事選のようなことがあると、近所の友人のところに行って「みんなばかばっかり」と言い合って、怒りを鎮めるのです。建設的ではありませんが、怒りを身体のなかに閉じ込めておくと病気になってしまいますからね。女はおしゃべりして発散します。男性は議論して孤独になるのかな?

 でも、子どものころはひどく孤独でした。学校に自分の居場所がなく、いまだったら登校拒否していたと思います。家では本ばかり読んでいました。だれともほとんど口をきかない子どもでした。いまでも「おしゃべり」ではないけれど、まあまあ口きけるようになりました(笑)。

 また大きな余震がありませした。何かに呪われているようです。昨日、花見をして話していたとき、石原に入れるのは裕次郎の七光りだという人がいました。そういうばかな人と、ファシストを望む人とがいますね。大人はもうだめだ。腐ってる。

 昨日高円寺で若者が反原発のデモをして、15000人も集まったとのこと(主催者発表)なので、若者に希望を託したいです。若者たちの子どものころを知っている者としては、彼らの生きることの大変さが想像できるのですが、いいところもたくさんあると思うのでなんとかがんばってほしいと思っています。(ほんとうはこんなふうに書くのはかなり無理してるのです・・・)

Dr.Aより  4.13

 こんばんは。真夜中です。実は一眠りしています。若者がデモを組織できたということはまだ日本も希望があるかな。輪が広がっていくことを期待したいですね。

 しかし、昨日の首相の演説はひどいですね。いつも思うのですが彼がしゃべると無味乾燥もいいところだ。中身のないパフォーマンスなんですね。日本は、ここで、リーダーを選び直すのも良いかもしれない。危機的状況ですから国民も考えるかもしれません。アナーキストも投票するかもしれません。しかしまあ、うまくはいかないとおもいますが。

 ところで、女はおしゃべりだという通念がありますが、一般に人間は発散したいのですね。ですので何かの会などでは、できるだけ発言してもらうようにしています。さらに、歌を歌うのもよいですね。女と男を比較すると女のほうが発言欲、発散欲が強いような感じがします。思っていることを言わずにはいられないという。家の女房を見ているとそう思います。遺伝子のなせる業でしょう。男も言いたいのですが、抑制的になってしまうのですね。もちろん例外はあるでしょうが。

 人間が自由から逃走したいのは、フロムの分析でよく理解できるのですね。人間は孤独を避け群れるし、自由を犠牲にしてもリーダーシップを求めますから。マゾヒチックに石原なんかに従っていくと。気づいたら全体主義で、どうにもならなくなっている。アナーキストは監獄行きでしょうよ。私は歳ですから関係ないかな。


渡辺より  4.13

 こんばんは。余震がこれでもかとつづき、しかも大揺れでなんか呪われているみたいです。原発も混迷を深めています。先生は「リーダーを選びなおすのもいいかもしれない」と書いて、すぐに「うまくはいかない」と書いていて、笑っちゃいますが、同感です。だれがなっても同じでは? まともな政治家いますか? 自民党がまた政権奪還しそうですが、原発を推進してきたのは自民党なので、民主党はひどいと言っても自民党に戻ってほしくはないです。でもそう遠からず自民党に戻ってしまうでしょうね。 

 京都大学原子炉実験所の小出裕章さんがインタビュアーに「今度国会で話してもらえませんか」と聞かれたのに対して、「政治家にはまったく期待していないから、いまのところその気はない」と答えていました。同感です。

 12月5日の会のときに、網野先生の司会を聞いていて、多くの人に発言させようとしていることがよくわかりました。みんな、話したいんですよね。その気持ちがわかる私はいつもほとんど聞き役でいます。ほんとうは自分も話したいのですが、人の話に割って入ることができないので。みんな話したがっているんだということがわかっている人はいいですね。自分ばっかり話す人にはうんざりです。

 男のおしゃべり、私のまわりにはけっこういますよ。女のほうが聞いてほしい気持ちが強いのにそれがわからないので、もてないと思います。

 このあいだ回顧展に近藤先生の患者でものすごくおもしろい人が来てくれました。ピンクリボン=ヒットラーと主張していました。

 「わが闘争」から「宣伝はすべて大衆的であるべきであり、その知的水準は、宣伝が目ざすべきものの中で最低級のものがわかる程度に調整すべきである」「宣伝は短く制限し、これをたえず繰返すべきである」

 を引用していました。原発安全神話も同じですね。


Dr.Aより  4.13

 こんばんは。我が闘争は読んでないのです。読むべき本ではあるようですが。そのうち読んでみます。基本は白人特にアーリア人種優越主義でしょう。黄色人種は猿に等しいと蔑視しているのではないですか。日本人は白人からみるとサルですね。白人の人種差別は、古代から続いていますでしょう。TOマップではアジアの方には魔物が住んでいるなんて描かれていたようですし。ユダヤ人が迫害を受けたのは、同じ白人でも歴史に無知な奴がいたからだと思います。ユダヤ人は何も悪いことはしていないですからね。

 ピンクリボンがヒットラーというのは、大衆を欺いているという意味なんでしょうか。映画で見るとヒットラーの演説は自己陶酔そのものですよね。それが、また大衆を惹きつける。左翼のアジ演説も同じかな。ついていけないね。

 ピンクリボンについては知りません。どうも乳がん検診を推進しようとしているようですが。我々にとってはバカげていますが、検診は常識となってしまっているので困っちゃうのですね。ヒットラーや常識と戦うのは大変でしょう。疲れます。


渡辺より  4.14

 今日は回顧展で集めた郡山市長の廃炉要求賛同の署名を提出するというので、東電、官邸、議員会館に行ってきました。9時に家をでて、電車で新橋(東電)まで行き、官邸までは車に乗せてもらいましたが、院内集会が終わったのが2時半だったので、ふらふら、よれよれになって(なぜか長時間椅子に座っていると背骨ががたがたになるのです)、帰りはタクシーで帰ってきました。

 疲れ切ったのでまた明日。(こんな状態で東電まで行くなんて絶望してるくせに我ながら人がいいなあ!)
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by lumokurago | 2011-04-18 11:00 | Dr.Aとの往復メール

3.11以後のDr.Aとのメール その3

Dr.Aより  3.29

 誕生日だったとは知りませんでした。60歳が近づいてきましたね。私の経験では50代の中間が一番辛かったかな。60過ぎておちつきましたが、63歳で脳梗塞じゃね。人生なかなかうまくいきません。

 回顧展盛会でよかったですね。実は日曜日、環八の近くに用事があり、ついでと思って、お宅の前まで行きました。何か案内図でも貼ってあるだろうと思っていたのが甘かったです。二回ブザーを押しましたが、無言。とぼとぼと人見街道を駅の方に歩き、ちょうど通りかかったタクシーを拾って帰りました。残念でした。

 原発は手のつけられない状況になっているようですね。タンカーを横付けして水を回収したらどうかしら。これからもどんどん出てくるわけですし。原子炉は地震の一発で壊れていたわけですね。日本人は取り返しのつかないことをしてしまったな。


渡辺より 3.30

 あれあれ、まさかそんなことがあったとは知りませんでした。チェロの演奏、とてもよかったです。残念でした。やはり案内状を送っておけばよかったですね。ごめんなさい。念のためいまから送ります。近藤先生にも送っておきます。もし来年も元気で生きていれば、またやります。

 原発は悪化していくばかり。タンカーに水をためるという案もでていますね。しかし焼け石に水でしょう。安全委員会もとうとう安全なまで冷却するには何年もかかるといいだしました。あーあ。

 先日東電に抗議のデモがあり、1000人参加したそうですが、同じ日にドイツでは25万人のデモがあったとのことです。どこかの州では緑の党の州知事が当選。日本でも統一地方選がありますが、変わらないことでしょう。どうしてこう日本人は鈍感なのか? ほんと不思議です。


Dr.Aより  4.2

 こんばんは。今週はインフルエンザで苦しめられた一週間でした。先週患者さんのハクションの一部を吸い込んでしまったらしいです。本日、ほぼ回復しました。

 原発は囲むしかないようですね。海も汚していますので急がれます。リーダー不在なので、どうなるか。デモは中核派が行ったらしいですね。日本のレフトは中核だけになったかな。

 当院二階のベランダに二匹の猫が住んでいます。母猫と子猫ですが、また母猫が妊娠している様子。お腹が大きくメシをよく食います。子猫は避妊手術をして、完全に当家の猫になっています。それで、生まれるとしたら3匹くらいなのでどうしたらよいか今から悩んでいるというわけです。子猫は私が入院前に具合が悪かった時、母猫が咥えて運んできたのですね。脳の調子が悪いながらも聞こえてきた鳴き声の記憶が残っています。退院してみたら、我が家の猫になっていたのですね。当院のベランダは安全で、出産は物置ですると思います。3匹増えちゃうとそうとう賑やかになりますね。ネコ屋敷だ。

 エンゲルス編のdas kapitalようやくきました。アメリカから届きましたが、1885年版のコピーでした。著作権も何もなく自由にコピーしてよいし、分冊しても良いと英語でタイプしてありました。古典ですからね。今、前文を読みつつあるところです。暇をつぶすとはこういうことでしょうか。


渡辺より  4.3

 インフルエンザ、大変でしたね。私は家に閉じこもっているせいか、風邪もひきません。

 原発の水漏れをオムツで吸い取ろうとしているみたいですね。今度そのオムツの保管場所を考えなくては。すっかり泥縄式ですね。今夜10時から原発関連の番組がありますが、起きていられるかどうか・・・。

 先生が手をかまれた子猫がすっかりなついているようですね。うちでも飼いたいのですが、野良猫が3匹ご飯を食べに来ているので、子猫が来たら来なくなってしまうかもしれないし。大丈夫かどうか猫に詳しい人に聞いてみます。また、友人に猫の里親探しの活動をしている人がいるので、聞いてみます。そうだ、近藤先生が飼ってくれるかも。「人生最後の夢は猫を飼うこと」と言ってました。いま犬がいるのでうまくいかないんじゃないかと言ってましたが、犬と猫は仲良くできるみたいです。

 今日は回顧展のイベントでギターの弾き語りがありました。そのあと、私の誕生祝いをしてくれたのですが、そこでも原発の話題ばかりでした。みんな泣いていました。ご本にサインしていただいたYちゃん(愛媛大学医学部)が18歳の弟に愛媛に避難するように言ったのですが、弟は愛する人がたくさんいる東京を離れられないと言ったそうです。彼も歌いました。


渡辺より   4.6

 こんばんは。お元気ですか?
 
 都知事選、困っちゃいますね。入れたい人がいません。過去、だれも入れる人がいないときは、仕方なく共産党に投票しましたが、よく知っている区議の顔を思い浮かべると入れたくないなあと。今日会ったある友人は生まれて初めて棄権すると言っていました。杉並は都議が区長になったので、その補選もありますが、それも入れたい人なしです。投票したい人がいない選挙なんて、こちら側でだれもだせなかったということで最低ですね。

 野菜、土壌の汚染、魚、海の汚染と、自殺者もでましたが、こんなにひどいことになるなんて政府、東電は何をしていたのでしょう。低線量汚染水は早くタンカーなどに移せば海に捨てずにすんだということです。反原発の技術者たちは政府に直接意見を言っているとのことですが、聞く耳がないようです。後手後手になって被害を大きくして困るのは自分たちなのに、愚かなことです。
 

Dr.Aより  4.6

 ほぼインフルエンザから回復し元気でおります。

 選挙は棄権でいいんじゃないですかね。いい候補者がいないので。ドクター中松が意外にいいのかもしれない。少し前に大前研一の登場するビデオを観ていましたら、結構いいこと言っていました。彼はMITで原子力を専門に研究していたとか。前に都知事に立候補したことがあったような記憶がありますね。彼らは科学に強いのでいいかもね。私は棄権です。

 原子力に依存できず、火力も環境に悪いとなると、我々一般がライフスタイルを変えて電気に頼らない生活をするしかありませんね。工業も電気を使わない方向に技術革新をしないとね。選挙に行くとするならば私ならドクター中松ですかね。


渡辺より  4.7

 そーいえば網野先生はアナーキストでしたね。突然思い出しましたが、元夫がバカで議会制民主主義を否定してるとかいって当時まったく選挙に行っていませんでした(20代のころの話)。ある友人は「原発いらない人びと」という党(?)をつくって国政に立候補したことがあるそうです。そういえば私も投票したような気がしますが、私の投票する人はどうせ落選するという頭なので、よく覚えていません。

 私のまわりではみんな悩んでいるので、投票率が低くなると思います。Mさんは「もったいないから反原発を言っている小池かワタミに入れて」と言っていましたが・・・。どうせ石原でしょう。ドイツでは反応がすぐに選挙結果に現われたけれど、日本人はまったくどうしようもないですね。こんな事態になっても何も変わらないなんて。科学技術信奉や進歩主義も見直すチャンスです。いまのいま、変えられなければ永久に変えられないでしょう。辺見庸さんのいうとおりと思いつつ、脳梗塞後の辺見さんがデモに参加しているのをみかけたことがあります。


Dr.Aより  4.7
 
 今晩は。なんか、私が馬鹿だといわれているみたいですね。しかし、否定できません。かなり前に自民党都連の女性議員の勉強会に呼ばれて話をしたことがあるのです。なんの話かというと、本当に自由を求めるのならアナーキストになるしかないといったのですね。自民党本部でしゃべってきたのですが、皆ポカーンでした。クロポトキンの相互扶助論などアナーキストもいいこと言ってるよとね。自民党でこんな話をするなんてバカですね。通じるはずがないのに。

 Mさんもみなさんも真面目ですね。民主主義を信じている。皆さん、性善説の人なんですね。私は不まじめなニヒリストでアナーキストです。テロルは否定していないのですね。

 最近の面白い出来事は台湾のマスコミに載っていたという風刺ですかね。天皇が被災地に見舞いにいって、放射線の害は微々たるものですといいながら、ろうそくを持って節電しましょうといっている漫画だったそうで、思わず笑っちゃいました。


渡辺より 4.8

 すみません。読み返しながら先生のことをバカだというと同じ意味だと一瞬思ったのですが、手がすべってそのまま送信してしまいました。でも私はまだまだ先生のことは知らないので、バカなんて言えませんし、もちろん思ってもいません。(元夫は選挙に行かないためではなく、もとがすごいバカなのです)。 

 このメールを読んでなぜかわかりませんが、先生がものすごく孤独なのだと思いました。私はぜんぜん孤独ではありません。絶望はしているのですが、日常はいつも明るくのん気で楽しく生きています。なんでしょうね。

 性善説の人は多いです。「運動」やってるのが楽しいのでしょう。私は「運動」が嫌いだし(結局同じようなことをやっているにしても大嫌い)、組織が大嫌いなので、楽しいとはなかなか思えません。まえに性悪説性善説で投票したときに、性善説だった友人がこの事故で性悪説に変わったと言っています。「いい人」なのでそう言ってもなかなか性悪説にはなれないよ、と思っています。彼女はこのかん泣いてばかりいます。

 辺見さんは性悪説で、孤独だと思います。朝日ジャーナルの文章の最後が死のユートピアだったし、先生と似てますね。男性は孤独なのかも。

 天皇などが避難所に行って声をかけると国民はありがたがっています。みたくないですね。台湾の風刺漫画、どこでみつけたのですか? 私もみたいです。


Dr.Aより 4.8

 台湾のテレビで天皇皇后のものまね番組だったそうです。それがユーチューブに載っていたというので大問題になったのだそうです。見てみたいですね。日本では、できませんね。殺されるし、そんな番組があるわけないです。

 孤独といえば、子供の頃からで、ずーっとですね。親友がいないし。でも、月末に中学時代の同級生に会いにいこうと計画しています。死が近づいてきたからでしょうかね。なんとなく整理整頓したくなっています。
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by lumokurago | 2011-04-16 09:58 | Dr.Aとの往復メール

3.11以後のDr.Aとのメール その2

渡辺より 3.19

 こんばんは。今日からテレビも通常番組を戻し始めたみたいです。福島市長(県知事かな?)はアメリカが廃炉を前提に原発の処理を手伝うと言ってきたのを、日本政府は断ったといって怒っていました。福島の人はだれもこの電気は自分たちが使っているんじゃない、東京に送っているんだと言いませんね。言ってやればいいのに。

 東京新聞の世論調査では、まだ過半数の人が安全性を確認したうえで原発は存続させるという意見です。それなら原発は東京に作りましょう(注:Dr.Kもそう言っていました)。沖縄に基地を押し付ける論理と同じです。人間はどうしてこう自分勝手なのかなあ。

 ぜんぜん関係ないのですが、いじめっ子やパニックを起こす暴力的な子どもの絵はじつに弱々しく繊細なのですね。ま、そういう臆病な子どもはほんもののいじめっ子にはなれないでしょうが。事態を直視しないというお話で、思い出してしまいました。たぶん臆病な子どもは暴力に逃げて強がっているのでしょう。(後略)


Dr.Aより 3.20

 こんばんは。原発ですが、水の注入がうまく行われたとしても、メルトダウンして地中に埋まった核燃料は覆わなければ放射物質の拡散を防ぐことはできないのではないでしょうか。CT一回くらいは大した事ないなど、無責任な報道がされています。バカな放射線科の教授を登場させて遺伝子は傷ついても修復する能力を持っているなどと発言させたりしています。

 今日、福島出身の患者さんが、何十年も県民を騙してきたのかと、総理府に怒りの電話をしたといっていました。石棺の用意を急ぐべきですね。(後略)


渡辺より 3.20

 こんにちは。原発ですが、原子力資料情報室など脱原発派の複数の技術者の解説(ネット)では、燃料棒は溶融していますが、メルトダウン(注:格納容器の底を溶かし地中まで入っていく)までは行っていないとみています。いくつかの炉で格納容器は破損しているようですが、ひびか小さな穴程度とみています。それで懸命に水をかけていますが、メルトダウンの危険がないまでに温度を下げるためには長期にわたり水をかけ続けなくてはならない状態のようです。電源が回復し、冷却系統が復旧すれば、それで安心ということですが、あのめちゃくちゃに破壊された写真を見れば、複雑な構造の冷却系統を、高い放射線のなかで、そう簡単に復旧できるとは思えません。そしてその間、ずっと水をかけ続けなければならないわけで、同時に作業できるのか。作業員はどんどん入れ替えなければならないし、絶望的状況と思われます。それで私はもう石棺のほうがいいと思います。どうして石棺を選ばないのか不思議です。

 今朝のNHK解説員もとうとう、海水を注入すると原発が永久に使えなくなるので、躊躇して、よりたいへんな事態を招いたのではないかと言っていました。

 ネットではドイツによる汚染シュミレーションとかフランスの反原発団体による汚染の数値(政府発表よりずっと高い)などが飛び交っています。いまのところ、東京は安全ですが、いつどうなるかわからず、事が起こってからではそれこそパニックになってしまう。少なくとも福島県、茨城県などの妊婦、子どもだけでも早めに疎開させてほしいと思っています。(後略)


Dr.Aより 3.20 (略)

渡辺より 3.21

 (前略)石棺のことですが、保安院が18日の記者会見でその可能性に触れたそうです。朝鮮日報が報道しています。日本のテレビ、新聞では報道したのでしょうか。私は気づきませんでした。そこまで末期的だということを隠ぺいしたのかもしれません。

 隣りのコンビニに行ったら、店の電気を暗くしていましたが、これで十分です。他の店でも暗くしているとのこと。いつもが明るすぎるのですね。ヨーロッパでは店は日曜日は休み、午後も早く閉まってしまい、それでもみんな普通にやっていることを思いだします。経団連会長は原発は地震にもよく耐えたなどとばかなことを言っているようですが、国民は賢くなって経済を縮小させ、今度こそ物質的にではなく、精神的に豊かに生きていけるようになりたいです。

 追伸:20日の琉球新報社説に石棺方式も検討すべきだとありました。しかし、さきほど(ネット中継)の後藤政志さん(元東芝格納容器設計者)のお話では、とにかく現場が高線量なので作業させたくない、壁などを作ってから運ぶことができるのか、できたとしてもコンクリートでは放射能もれを完全に防ぐことはできない、ということでした。(注:3.28の後藤政志さんの解説では、温度を下げないまま石棺にすれば、なかで温度が上昇し爆発するので、とにかく冷却が必要とのことでした)。
 
 チェルノブイリ4号機の老朽化した石棺からは高濃度の放射能がもれだしており、新たな石棺を作るために莫大なお金がかかり、廃炉費用としてさらに同じ位莫大なお金がかかるとのことです。なんと恐ろしいものを作ってしまったのか、東電もどんなに後悔してもしきれないでしょう。


Dr.Aより 3.22

 放射性物質が拡散しつつありますね。それも、空中だけでなく海へも。水で冷やすのは良いとしても水の最終的行き場が海ですから困ったものです。相も変わらずマスコミは専門家を登場させて人体に影響なしとのプロパガンダを行っている。早く閉じ込める事を考え、実行せよというプロがいてもよいと思うのですが。未だに通電すればなんとかなると思っているとしたら、それは前にもいいましたようにオプテイミストの楽観主義に他なりません。彼らは責任を取らず、非を認めず臆病者ですから行動せず、ただ眺めているだけです。そのうち、菅首相がほうれん草を食べている所をテレビで流すのではないでしょうか。昔、カイワレ大根で猿芝居をやってましたね。今回、奴は大根ではなく草役者だ。(後略)


渡辺より 3.23

 東京都の水道も汚染されてしまいました。放射性物質はかなりたくさん放出されたようです。拡散されているので原発付近の線量が変わらない(減っていない)ということは、放出されている量は増えている可能性も否定できないのではないでしょうか? 半減期の早いものはともかく、大気も海も汚染され、世界中にまわり、イギリス、フランスの再処理工場からの汚染や劣化ウランなどなどもあるし、このままいけば何百年後かわかりませんが、人類は滅亡ですね。

 と言っていたら、3号機でまた黒煙があがったとのこと。せっかく落ち着きそうだったのに予断を許しません。しかし私には子どもも孫もいないし、関係ないといえばそうなのに、どうしてこんなに心配なのか。人類の将来のことまで心配せず、残り少ない時間にできることをしたほうがよさそうです。とはいっても、ブログに原発の情報を載せているため、アクセスがすごいです。コンパクトにまとめたところがないのかもしれません。それはそれでがんばらなくちゃ。(後略)
 
 
Dr.Aより 3.24

 こんばんは。囲ってフタをしないと世界は安心しないし、納得しませんね。水道水はまずいので飲まない人が多いでしょうが、ますます人々は水道水から離れてしまうでしょう。ドリンクメーカーは儲かります。被爆した作業員が出たそうですね。最前線の作業員は下請会社の社員でしょう。給料は高いのでしょうが被爆では割に合わないですね。

 早く全体を覆うべきですね。今から始めた方がよいとおもいますが、日本はリーダーシップが欠けているのでね。ただ、セメント会社の株が上がるだけのようです。


渡辺より 3.25

こんばんは。辺見庸さんが、

 「すさまじい大地震がくるだろう。それをビジネスチャンスとねらっている者らはすでにいる。富める者たちはたくさん生きのこり、貧しい者たちはたくさん死ぬであろう。階級矛盾はどんどん拡大するのに、階級闘争は爆発的力をもたないだろう。性愛はますます衰頽するだろう。テクノロジーはまだまだ発展し、言語と思想はどんどん幼稚になっていくであろう。ひじょうに大きな原発事故があるだろう。労働組合はけんめいに労働者をうらぎりつづけるだろう。多くの新聞社、テレビ局が倒産するだろう。生き残ったテレビ局はそれでもバカ番組をつくりつづけるだろう」。

 と(地震まえに)書いているというのを知り、朝日ジャーナル(週刊朝日緊急増刊)を買いました。そうしたらパノプティコンがでてきたのでびっくり。先生のおかげで知ったばかりのパノプティコン、役に立ちました。ぜひ買って読んでみてください。


Dr.Aより 3.26

 こんにちは。辺見庸さんはアナーキストかな。だとすれば、私も同じかな。アナーキストは群れるのが嫌いでテロルに走らざるをえなくなるのが辛いのよね。バクーニンはまさにそうだったようですけどクロポトキンのような誠実で徳の高い人もいたので、辺見さんはその類かな。文章は日本という国を大変よく表現しているように思います。現状は絶望的ですかね。


渡辺より 3.26

 辺見さんは先生と遺伝子が似てると思います。いまのいまパノプティコンなんて。

 今日、格納容器設計の技術者たちが、昨日、作業員の被ばくがあって東電が炉心が融けていることをはじめて認めたことについて解説していました。はじめてだされた圧力容器、格納容器の圧力のデータからみて、事故の翌日(そのまえのデータはない)、圧力容器の圧力が1気圧に下がり、格納容器と同じ圧力となったことからみて、冷却剤喪失事故の可能性があるとのことでした(いままでも推測はしていたが、データ的に言えるようになった)。東電は当然このことを知っていて隠していた、その責任は重大だと訴えていました。彼らは設計者ですから、ほんとうに自分の責任を感じて、表情が厳しかったです。東電や保安院の人とあまりにも違いました。

渡辺より  3.29

 こんばんは。今日は私の57歳の誕生日でしたが、涙、涙の1日でした。福島県須賀川市でキャベツが出荷できなくなって自殺した人の記事からはじまり、日当40万だすから原発の仕事に戻れと避難している作業員をかきあつめようという記事、双葉町で牛を飼っているからと避難を拒否していた人たちが牛をおきざりにして強制的に避難させられたという記事・・・。

 辺見さんの文章はつまるところ友人の孫のモモちゃんを心配するものでした。私ももうずっと以前から赤ちゃんが生まれても手放しで喜べないと感じていました。そしてそう思うのは私だけではなく、近所の(いまも残る)農家のおばさんが親戚に孫が生まれたけど、その子の将来はどうなるかと思うと喜べないと言っていたのです。それももう15年以上まえのことだと思います。原発事故がなくてもそのころすでに普通の人がそう感じていました。それなのにそのままにしてきてしまいました。

 ある友人がメールしてきました。

 原発のせいで、当分、魚も食えないことになりそうだね。
 東電、潰せ!
 他の原発もすぐ止めろ!
 馬鹿が!

 容子さんの回顧展で「福島原発を廃炉にする」署名活動やっていたけど、あれはもう放っておいても廃炉になる。福島はナウシカに出てきた腐海の森になり、奇妙な植物やでっかいキノコなんかがたくさん生えて、私たち日本人が死に絶える頃にやっと、傷を残したまま、ものすごく美しい森になるのだ……。
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by lumokurago | 2011-03-31 13:09 | Dr.Aとの往復メール

3.11以後のDr.Aとのメール

渡辺より 3.12

 網野先生、スキーにはまだ出発してないですよね? 大変な被害になってしまいました。うちは古い家ですが、丈夫で何事もありませんし、物も棚の上の絵が1枚落ちただけでした。東北には親戚が多く、心配しています。


Dr.Aより 3.13

 ご心配でしょう。原発が危ないですね。スキーはやめました。間に合うかどうかわからないが、今回の事態を教訓に原発を廃止すべきでしょう。


渡辺より  3.13

 ああよかった。1日ずれていたらスキー場で地震にあっていましたね。私も慶応病院に行こうとしていたのですが、虫が知らせたのか、中止しました。のんびりしていたら、病院で地震にあっていたと思います。帰れなくて泊まりこみになったかも。

 最も親しい親戚に電話が通じなかったのですがさきほどやっと通じました。停電していたとのことです。家族も無事とのことでした。はじめて被災地の映像をみて驚いたと言っていました。やはり原発のことを心配していました。福島県の川俣町というのですが、原発付近の人たちが避難してきています。でも事故がもっと大きくなれば、すぐ近くなので汚染される可能性が大です。ほんとうにこれを教訓として原発は廃止すべきだと思います。ほかにはまだ息子の安否がわからない親戚もいます。亡くなった方も何万人でしょう。自然は美しいけれど非情なものですね。人間はちっぽけだとつくづく思います。


渡辺より 3.15

 こんばんは。先生は往診など日常生活でしょうか? 私は仕事がないので、東京にぬくぬくとしていながら、非日常になってしまいました。テレビは同じニュースの繰り返しが多いのですが、たまに原発の最新ニュースをやるので、ほとんどつけっぱなしになっています。それに原子力資料情報室で記者会見をしょっちゅうやっているので、そちらも見ています。東芝の元格納容器設計技術者の後藤さんという人が解説しています。

 地震、津波は自然現象なのでどんなに非情であっても、被災者には申し訳ないけど「仕方がない」と思いますが、原発は人災です。いつか(自分たちの生きている間ではないかもしれなかったけど)こうなることはわかっていたはずです。少しぐらいの犠牲は仕方ないとして日本中に54基もつくってきたのです。止められなかった私たちにも責任はありますが、推進した人賛成した人はもとより、黙っていた人、無関心だった人・・・日本人の大人全員に責任があると思います。しかし、重大事故が起これば(もう起こっているけど)被害にあうのは責任のない子どもたちです。早く危険のないまで冷却できることを祈るばかりです。(もちろん被災者の方々が1日も早く暖かい部屋で暖かいご飯が食べられることも)。


Dr.Aより 3.15

 こんばんは。日常生活に戻っています。

 原発ですが、新たな事態が起こるごとに人災の様相を深めていきますね。想定外といえばそれでいいと思っている。ここでも、リーダーシップの欠如が目立ちます。首相はパフォーマンスばかりだし。学者やマスコミ関係者など、多くの原発推進者の責任は免れないのですが、テレビから流れてくるのは楽観論ばかりです。

 科学主義に陥っている専門家は根本的原因を認めたがらない。おそらく、彼らは原発を守ろうとしたに違いありません。とにかく早く海水を注入すべきだった。原発を廃棄させることを目的とする政党が必要ですね。


渡辺より 3.17

 昨日はますます心配で心配でたまりませんでした。広瀬隆さんからのメールでは気象庁がマグニチュードを訂正したのは、原発事故をかばうために改ざんしたのではないかとありました。中国四川大地震でも中国政府は改ざんしたそうです。真偽はわかりませんが、ありうることだと思います。(後注:いままで使っていた気象庁マグニチュードを学者の使っているモーメントマグニチュードに変えて、値を大きくしたことがわかっています。単位を変えたことについてきちんとした説明はありませんでした)。

 いま、自衛隊のヘリコプターで放水する画像が映っていますが、こんないい加減な方法でタンクが満水になるはずがないし、永遠にこの作業をつづけるつもりなのか? 子どもだましとしか言いようがありません。

 数年前に第五福竜丸の被ばく者・大石又七さんの講演を聞いたことがあり、「ビキニの真実」という本も読みました。1994年に放映されたNHKの『原発導入のシナリオ』という番組によれば、日本政府はビキニ事件の補償と引き換えにアメリカ政府に原発を要求。両政府の思惑が一致しビキニ事件の責任はあいまいにされ、わずかな見舞金のみで決着。代わりに原発を得たというわけです。ビキニ事件後、日本で3人に1人が署名した核実験反対の気運も読売新聞などの「原子力の平和利用キャンペーン」で急速に収束していったとのことです。

 支配者にとっては国民など虫けら以下、どんなふうにも情報を操作し、思い通りに動かしていくのだということに、いまさらながらですが、驚きました。

 だから、いまも国民に隠しほんとうは何が進行しているのか、まったくわかりません。しかし、このままいけば、彼らの子どもたち、孫たちも被ばくすることになります。それともすでに国外に避難させているのでしょうか。


Dr.Aより   3.17

 チェルノブイリと同じになりそうですね。思い切った方法が必要です。菅と仙谷がホースを持って水を注入するとか。私がやってもいいですけどね。ヘリから水かけても効果はないでしょう。ロボットは使えないのかな。すべてにおいて、手遅れですね。未来にひどいつけを回してしまったものです。


渡辺より  3.18

 こんにちは。チェルノブイリのように石棺にするしかないのではないでしょうか。チェルノブイリは一つでしたが、たくさんあるのでたいへんです。私も水かけに行ってもいいけど、足手まといですね。石原も行くべきでしょう。

 (中略)格納容器を設計した元東芝の技術者・後藤政志さんがこの事故があってはじめて名乗り出て記者会見を行っています。もう何日もつづけているので、疲れたようすがみえ、「設計したぼくは極悪人だ」と言っていました。技術者・科学者にも良心的な人がいることが救いです。

 この事態は長く続くと思うので、自分も心配ばかりしていないで、行き詰っていた「本」に戻ろうと思います。


Dr.Aより   3.18

 こんばんは。少し前、内容の希薄な総理大臣の演説を聞いていましたが、無味乾燥以外のなにものでもない。この人がリーダーでいいのかと思いました。危機を煽り、乗り越えようと言うだけです。何か一つでも危機脱出のためのアイデイアでも示すのかと期待したのですがね。周りにブレインがいないのでしょう。怒鳴りつけるのは一人前だそうで、裸の王様になってしまっているようですね。

 原発への放水ですが、なぜ時間をもっとかけないのか。電気が来て冷却できるとでも思っているのか。専門家というのは、このようなときオプテイミストになってしまうのですね。オプテイミストは臆病者であると言ったのは、シュペングラーでしたっけ。臆病者は事態を直視しないのです。楽観主義者は見掛け倒しだけど進歩主義者で、ファウスト的なのです。悪魔と取引したのかな。ペシミストは石棺の準備をします。
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by lumokurago | 2011-03-27 09:33 | Dr.Aとの往復メール

Dr.Aとのメールより その24

 今回は「不穏な話題」が多いため、肝心な部分を載せられません。ごめんなさい。ネットの限界ですね。これで去年の分を終わります。しばらくの間、お休みします。再開をお楽しみに。


渡辺より  12.27

 今日ももう暗くなってきました。午後昼寝したので1日があっというまに過ぎていきます。

 「昭和史」をお読みになったんですね。最後に「こぼれ話」として「ノモンハン事件から学ぶもの」という節がついているので、そこが印象に残っているのだと思います。その通りですから、先生の脳は充分大丈夫ですよ。私などこんな大部の本、ノモンハン事件のことなど忘れてしまって、全体の雰囲気しか覚えていられないと思います。

 この節の最初に、朝日新聞「声」の欄からの引用があります。

 経済企画庁がまとめた1998年版の『経済の回顧と課題』の「バブル崩壊後の10年間」を解析した箇所で、不良債権の処理の流れは<「起きると困ることは起きないことにする」という意識が官民双方に強かった結果>でもあったと断じた。「敗北(失敗)を率直に認めないことが、さらなる敗北(失敗)の原因になった」との指摘もある。この2点が『ノモンハンの夏』(半藤著)の内容と重なり合う。日本人は幻想、独善、泥縄的な発想から抜け出ていないのではないか。

 ということです。ため息がでます。(中略)

 Y村のこと、残念です。先生を引き継いだお医者さんもまともな人みたいでしたが(どこかでみました)、やっぱりだめになってしまったんですね。共産党も自民党も頭が固くてだめですね。常識にとらわれずなんでもありで自由に発想することからおもしろい試みが生まれると思います。

 ふるさと創生1億円のとき、福島県の飯館村ではそのお金で女性に海外旅行をさせたんですよ。常識にとらわれることの少ない女性を海外に送り、村にとっておもしろい発想をもってかえってきてもらおうということだったのでしょう。出版社の取材に同行したことがあります。本にはなりませんでしたが。へそ公園(注:ふるさと創生1億円でY村の議員が思いついたこと)とぜんぜん違うでしょ。議員が頭の固いお年寄りではどうしようもありませんね。

 
Dr.Aより  12.27

 こんばんは。日本という国がだめなのは、国民主権といいつつ、それが確立されていないからでしょうか。半藤さんは的確に問題点を明らかにしていますが、戦争責任については一言も語っていません。(中略)しかし、この点が最大の問題だと思います。これを言ってくれる作家が出て欲しいですね。伊佐さん(注:伊佐千尋さん)が戦後史を書こうとしているようですが、原文を見せてもらいましたが弱いです。ハッパをかけたのですが、文藝春秋あたりからは否定的反応が出ているらしいです。もう失うものはないでしょうから、ぜひ書いてほしいと思っています。だけど、本屋が出版してくれないとね。それと、正確な日本史を国民に示す歴史家が出てほしいですね。偶然私と同じ苗字ですが、網野善彦さんのような。

 忘年会が続きます。今日は、赤塚クラブという施設の会でした。適度に酔っています。

 バブル経済は国が引き起こし、幕引きに失敗しています。そして、国民に付けを回しています。民主主義が機能しているのなら、しかたがないけれど、権力は一部の支配層が握っている。彼らは国民のことは考えていないようです。当然、責任はとらないのですね。

 Y村にはもう期待できないですね。今の医者は、私が辞めて3代目になります。やる気なしということです。(中略)こういうわけで、万事休すになりました。部外者の私には関係無いことかしら。検診も乳がんと子宮がんは再開したようです。馬鹿だなとは思いますが、おそらくフェミニズムとS病院、共産主義、このあたりの突き上げに負けているのでしょう。医者も、きちんと理論化していないと安易な方に行っちゃいます。私とは違った方向を目指したくもなるでしょうし。真実から遠ざかって行くようです。仕方なし。ビールを飲みます。


渡辺より  12.28

 今日もまっくらです。今日は次の本のために何か書こうと思って、つらつらと考えているうちに、Dr.K論みたいになってきました。2000年ころは近藤先生が超超忙しく、何時間待ちの3分診療だったので、よけいな話はみんな手紙に書いていました。そのとき、Dr.K論を書きますと書いた覚えがあります。結局書けなかったのですが、いま、それをやっているみたいになってきました。医療信仰について書くつもりだったのにそっちに脱線してしまいました。
 
 (中略)

 Y村のお話、近藤先生も結局多数派に負けてしまうというようなことをおっしゃっていましたが同じですね。多数派に負けないためにはおっしゃるようにきちんと理論武装していなければだめですね。ふらふらしていたらあっという間にもとのもくあみになってしまいます。(中略)逆にいえば網野先生がどれだけがんばっていたかが照らし出されます。もったいないですね。


Dr.Aより 12.28
 
 こんばんは。Dr.K論は面白いと思います。生い立ちから始めて、なぜ出世コースを外れたのか、なぜ現代医療に対峙できたのかとか、いろいろ面白い視点がありそうですね。その前に今の問題を本にしましょう。頑張ってください。

 (中略)今、行ってほしいことは日本史から虚構を取り払って、国民に真実を明らかにすることです。そして、大統領制に移行してほしいですね。封建時代じゃないのですから。


渡辺より 12.29

 こんばんは。昼寝から起きたらまた暗くなってしまいました。

 近藤先生は自伝を書いています。『大学病院が患者を殺すとき』(これは文庫。前身は『なぜぼくはがん治療医になったのか』)。あのころ、乳がん患者がたくさん押し寄せていたので、先生のことを知りたいみんなのために書いてくれたと思います。近藤先生自身も 気に入っている本だそうなので、ぜひお読みになってみてください。出世のことについては、このあいだインタビューのときに、(奥さまには内緒だけど)、もともとまったく欲がなく、学生のころは就職もせず髪結いの亭主になって、ただただ本を読んで暮らしたいと思っていたとおっしゃっていました。根っからの勉強好きでしょう。

 (中略)私は勉強不足で網野義彦さんも読んだことがありません。何か推薦本があったら、教えてください。『自由からの逃走』は少しずつ読んでいます。大昔読んだはずなのに、まったく覚えておらず「こんな本だったのか」という感じ。訳者の日高六郎さんの『戦後思想を考える』を座右の書にしていました。

 
Dr.Aより  12.29

 こんばんは。読んでいませんが、近藤先生の自伝的著作の存在は知っていました。書く必要があったのだろうと思っていました。第三者が書くと、また違った面白い本ができるので、挑戦してみてはいかがですか。

 日本史はもう少し真実に近づけないと、学問から離れてしまいます。(中略)網野善彦は左翼の歴史学者であると知って解説本など読みましたが、推薦出来るほど詳しくありません。一般に勧められる、「日本の歴史をよみなおす」(筑摩書房)が良いように思います。(中略)

 今日はふるさと出身者の忘年会で、今年最後の飲み会でした。アルコールは止められ、つまらない歳の終わりを過ごしてしまいました。脳がやられても、やはりアルコールは必要ですね。年末年始は動かずにいます。


渡辺より  12.30

 また「こんばんは」の時間です。大掃除も料理もできないので、せめてベッドの横の棚(なんでも手の届くところにある)を片づけました。人間、最低限の物でこれだけシンプルに暮らせるという見本です。洋服もタンスに入れず、棚に積んであるだけで間に合っています(ほとんどでかけないせいもある)。

 先生のおかげで今年はいろいろと勉強できました。本もたくさん読みました。こんなふうに再度いろいろな本を読むとは思っていなかったので、新しい発見でした。家にある本を処分するまえに読み返すことしかやっていなかったのです。もっと生きていたい気持ちになれました。

 さっそく、本を注文しておきました。いまはネットがあるので絶版になった古い本を探すのがとても便利ですね。むかしは古本屋めぐりをしたものです。ほんとうは地元の本屋さん(空いた棚もあり、ベストセラーもあまり回してもらえないみたい、いつまでやっていけるのか?)を応援しているのですが、行くのが大変なのでどうしてもネットで買うことになってしまいます。でも私の病気を心配してくれているので、たまに顔をだしています。

 私もアルコールを止めていましたが、おかげさまでビールを飲むようになりました。350mlで眠くなってしまうのですが、おいしいですね。私は忘年会もなく、季節らしいことがなにもない年末です。

 
Dr.Aより  12.30

 こんばんは。今年は、いろいろ変化に富んだ、面白いような厳しいような年でした。おかげで、がむしゃらに仕事をすることはなくなり、夏以降はのんびりと過ごせています。そのなかで渡辺さんと往復メールを続けることができました。今では、これが唯一の楽しみとなりました。心より感謝申し上げます。後は、宝くじが当たるかどうかですね。

 スキーにいけるかどうかも楽しみです。決断できるかどうかですが。ビールが意外においしい酒であることに気づいたこともよかったです。来年も、この調子を続けて行けたら嬉しいですね。自然に生きていくことに活路を見出したいと思っています。ではまた、来年。

渡辺より  12.30

 (前略)先生にとっては転機の年でしたね。あとから振り返っていい意味での転機となりますように。私にとっては「余命1年」がはずれ、「奇跡」といってもいいような穏やかな時を過ごすことができました。本をつくり、母を看取り、野良猫の動向に一喜一憂し・・・ありがたいことですが、これも私にとっては「自然」なことで「奇跡」と言うほどおおげさなものではありません。来年もいつどうなるかわかりませんが、淡々と生きていければいいなと思っています。私の看取りをくれぐれもよろしくお願いします。

P.S. 慶応に車で連れて行ってくれる夫婦(教え子の親)の妻のほうは偶然私より数年早い近藤先生の患者なのですが、放射線科の扉をくぐるときに「ここには来たくないなあ」と言っていました。私は転移してるのに行くのが楽しみなのです。近藤先生の患者ではありませんが「病院から帰ってくるたびに落ち込む」という人もいました。それも私にとっては不思議です。私は近藤先生と野良猫の話をして、笑いながら退室するので。信頼できるお医者さんにかかっていることを心から幸せに思っています。網野先生も同じです。ありがとうございます。でも、自分でみつけたんだもんね。

*****

 読み返してのひとり言・・・私ってほんとに幸せな患者だなあ。というよりも幸せな人間だなあ。好きな人がたくさんいて、お医者さんも大好きで。(むかしから私を知っている人にはとてもよくわかるセリフだと思います)。
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by lumokurago | 2011-03-10 19:47 | Dr.Aとの往復メール

Dr.Aとのメールより その23

 間が少しあいています。クリスマスの集まりで下手なピアノを弾くという話のなかで・・・。


Dr.Aより  12.15

 (前略)月光ソナタは第一楽章がいいですね。偶然you tubeでピアノにソプラノのハミングとシンセが入っているのを見つけて聞いていました。演奏されるのなら、第一楽章だけでいいんじゃないかしら。

 私は左手がだめなので、うちのバンドに演奏してもらおうと思っています。そのための楽譜を作りたいですね。バンドはピアノ、フルート、サイドギター、ベースギターで構成されています。これに、ソプラノハミングとシンセのストリングスを加えます。嫌だよと言われてしまうかもしれない。


渡辺より  12.15

 こんばんは。先生は結局ギターをあきらめてしまったんですか? エレキギターは?

 月光ソナタ、弾いてみました。が、スピード狂の私は自分が弾くには速い曲が好きなので、物足りませんでした。月光で好きなのは第三楽章です。むかしも速さに追いつけないし、間違えてばかりいましたが、いまじゃもうぜんぜん弾けませんでした。悲愴なら第一楽章が一番好きです。これはもう少し練習すれば間違えなくなるかも。でも、今度は月光第一楽章を弾きます。聞く人が喜ぶかもしれないので。

 ピアノの練習と原稿書きで緊張感が少し戻ってきました。先生のギターをご招待したいですが、バンドのみなさんまで来ていただくとなると、無理でしょうね。

   
Dr.Aより  12.16

 こんばんは。激しい曲が好きなのでしょうかしら。私も20代まではそうでした。30代からゆっくりがよくなり、バロック特にバッハが好きになったのです。ベートーベンの月光は第一楽章がギター向けにも編曲されていまして、10代のころひいた記憶があります。ギターは利き手の爪を伸ばすので医者には向かない楽器です。こっそり伸ばしていたのですが。医者になって切りました。

 長野でお年寄り向けのバンドを作ったときエレキギターを少しかじりました。リードギター、ベースギター、ドラムを覚えながら職員に教え、ベンチャーズでしたら、数曲演奏できるようになったのです。

 脳梗塞になって左がだめで、前のようには弾けません。特に和音が難しく二弦を抑えているつもりが一弦に触れていたりしています。あきらめたわけではありませんが納得できる音がでないとね。

 9月は回復が急ピッチでしたので、これは弾けるようになると錯覚したのですね。ところが、いざ人前で弾くと不完全なこと甚だしく、やはり無理かとなってしまったのです。残念ですが。ピアノもバイエルなら弾けると思っていたのですが、どっこい難しく、鍵盤二つを1本の指で叩いてしまいます。バンドはピアノ教師が参加してくれていますので、問題は旋律を弾くギターの音にあります。エレキは弾きやすいのですが、不満ですね。という結論になりました。ですので音楽会の参加は無理でしょう。リコーダーも微妙に左の親指がズレてしまいます。完全に諦めてはいませんが、指先の感覚が戻らないとだめでしょうね。今年は、おそらく何もしないで過ごすでしょう。

 少し暇になりましたので、競馬でもやろうかなと思ったり、ギャンブルも面白いかなと考えたり。子供のころ祖母に連れられてよく競馬場へいきました。つまらなかったという記憶しかないのですがね。家の中にはハズレ馬券がいっぱいありました。運試しにとりあえず宝くじを買いましたよ。当たったら、どうしましょう。欲しいものを考えておいてください。


渡辺より  12.16

 こんにちは。うちのピアノの椅子が背もたれのない丸椅子だったので、背もたれのあるピアノ用椅子を友人からもらいました。背もたれにクッションをおいて寄りかかりながら弾いているのです。ときどき左手が休みのときはピアノにつかまって体を支えています。でも夢中になると思わず体が前に出るので疲れてしまいます。なかなか大変です。ベートーベンのピアノは激しいのが好きなんです。私もバッハが好きです。やさしいモーツアルトも好きです。ピアノではドピッシーやリストかな。

 たしかご本にもベンチャーズの曲のことが載っていましたよね。読んだときそんなにむかしじゃないのに、なぜベンチャーズ ?と思いました。エレキギターらしいから? お年寄りの反応はいかに? 診療所の先生は不良だと思われませんでしたか? (笑)

 前にも書いたと思いますが、母の一人目のヘルパーさんが50代で脳梗塞を起こし、1年間も伊豆の温泉で休養し、リハビリして、いまでは普通に働いています。回復に1年かかったそうです。だからまだまだですよ。

 母の二人目のヘルパーさんが競馬の話をしていました。彼女はどん底から一番上の暮らしまでしたことがあるそうで、71歳なのについ最近まで大きな外車を乗り回していたそうです。コンクリートミキサー車も運転します。病院で付添婦として働いたときの話がおもしろいので、本にしたいという話(『付添婦は見た』ーひどい病院ばかり)もあったのですが、ちょっとそこまではという感じかなあ。一応うちの母で引退して長野に帰った(駒ヶ根です。泰阜村をご存じでした)のですが、私の最後のときは上京して面倒をみてくれるように頼んでOKをもらっています。一人目の人も二人目の人も24時間のヘルパーさんというのは海千山千だと言っていました。話を聞くと、私や私の周辺の人たちからは考えられないような暮らしでした。一人目の人も亡くなった夫がお金持ちで、桃がおいしいと言えば山梨まで車で買いにいったり、何がおいしいと言えばしょっちゅう遠くのレストランまで食べに行っていたそうです。二人目の人は3ヵ月くらい車で寝泊まりしていたこともあるそうです。

 ところでピアノ演奏(月光第一楽章)はみんなにほめられました。すでに酔っぱらっていたことと、椅子が低かったこと、ピアノが古く普段使っていないらしかったことなどで、途中でひっかかり、上手にできませんでしたが、がん患者ということで感動を呼んだようです。いいことか悪いことか、などと意地悪なことは考えず、素直に気持ちを受け取っておくことにします。(後略)

 ★ 少し間が飛んでいます。


Dr.Aより  12.20

 今晩は。毎日眠く、一日3回睡眠を取ります。脳のダメージの影響でしょうか。

 少し考えたのですが、癌の問題はいろいろです。そのなかで、渡辺さんたちは体験を通して早期発見・早期医療の誤りを指摘しようとしている。これは理論的には近藤先生の多くの著作が明らかにしています。しかし、どういう病理所見があれば癌もどきかなどということには、読者は興味を持たないでしょう。そこで、現実にそういう症例があるということが説得力があるし、面白いとなります。

 分類は早期発見したが遠隔転移していた、晩期発見だが非転移、もどきと非もどき、これらの症例提示。そして、無治療でも充実した人生を歩むことのできることなどでしょうか。症例が豊富であれば大変面白い本になると思います。その中に理論を含ませればなおよいでしょう。患者側からのケーススタデイーですね。

 夜の睡眠時刻となりました。一日12時間も眠らなければなりません。リズムが乱れていますね。メラトニンの過剰分泌があるのかもしれません。今年の残りは眠りを楽しみます。


渡辺より  12.21

 こんばんは。今日は皆既月食なのに、空をのぞいたら、赤っぽく濁っていました。以前にも書いたかもしれませんが、『奇跡の脳』という本に、脳卒中後はものすごく眠いとありました。眠っているあいだに脳が回復しているのだから、眠いときは眠ったほうがいいということでした。38歳で左片麻痺の教え子のお母さんにその本をあげたら、息子も昼間から眠ってばかりでどうしたのかと思っていたが、理由がわかってよかったとおっしゃっていました。先生もそれかもしれません。

 患者側からのケーススタディはおもしろいと思いますが、そんなに多くのケースをみつけることがむずかしいと思われます。これも以前書いたかもしれませんが、近藤先生に聞いたところ、無治療の患者のほとんどは民間療法をやっているので、藪蛇になるので紹介できる患者は数人しかいないとおっしゃっていました。(後略)
 

Dr.Aより  12.22

 こんにちは。私の場合、睡眠によって脳が回復しているのかどうかわかりませんね。発症前もひどく眠くて寝てばかりいました。眠るために食事をし生きている感じです。眠ることが唯一の楽しみです。本日、驚いたことは、左手の手袋をしたまま手を洗ったことです。感覚の低下が続いています。

 本の構成ですが、無治療の外に早期発見無効例や、早期発見癌もどき例があったほうが良いと考えました。そのほうが書きやすいかなと。無治療だけでもよいでしょうが、死の問題などすこし重くなるように思います。勝手に構成を考えていますが無視してください。


渡辺より 12.22

 こんばんは。今日は杉並オンブズによる政務調査費に関する住民監査請求の意見陳述があったので、傍聴に行ってきました。このときぐらい行かないとオンブズのみんなに申し訳ないので。まったくひどい話ばかりですが、ショックを受けていると病気になってしまいますので、「人間なんてこんなもの」とやりすごそうとしています。でも、国政レベルではもっと大きなカネが動いているのでしょうね。気が遠くなってしまいます。性悪説がますます深まった一日でした。

 話は変わりまして、先月生田弁護士が上京されたときに弟さんががんで入院している、渡辺さんの元気にあやかりたいとおっしゃっていました。無理な治療をしてはいけないと「がんもどき」本を送ってさしあげたのですが、あれから1週間で亡くなられたそうです。いまごろ送ってほんと間が抜けています。(中略)なんでものんびりしていては間に合わないとまた思いました。自分のこともそうですしね。

 でも先生はのんびり眠ってくださいね。眠れることはいいことです。というのは私はうつ病で眠れない苦しいときがつづいたから。私もいまはよく眠れるので、ほんとうに幸せです。おやすみなさい。


渡辺より  12.23 

 こんばんは。昨日監査請求の傍聴に行って疲れたのか、ただ眠かっただけなのか、ゆうべの9時からさきほどまで断続的に眠っていました。まえにも眠いという話をしたと思いますが、なんでしょう。先生のがメールで移ったのかな? 眠って気持ちがいいけど、ここまで眠ってばかりだと大切な1日だったのにもう真っ暗になってしまったと後悔してしまいます。

 手袋をしたまま手を洗ってしまったとは、びっくりしました。まえにサンダルをはいたまま居間にいたとうかがったことがありましたが、いまひとつピンとこなかったのですが、今回は状態がわかる気がします。素人考えですが何かチクチクする素材のものを触って訓練するとかだめですか。


Dr.Aより  12.25 

 こんにちは。昨日は戴いたビールを飲んで寝てしまいました。やけによっぱらうなと思ったらアルコール濃度が10%と大変高く味も濃く、楽しめるビールでした。ありがとうございました。熟睡したためか、今日はあまり眠くありません。

 先週から今週にかけて脳の調子が落ちていたのでしょう。回復してきたのかもしれません。昨日の睡眠時間は7時間ですみました。少し意欲的になってきましたかね。今朝、スキーのことを考えたり、やはり本を書こうかと思ったりしました。揺れ動いていますね。実行できればいいのですが。


渡辺より  12.26

 おはようございます。昨日は「ご近所」のクリスマス会がありました。(中略)Y新聞の記者も来ました。彼は中間的考え方で、検診で救われる人もいると思っているとのこと。私ががんを放置したことがやはり理解不能みたいで、転移がわかっても淡々としているということにも目を丸くしていました。記者でもそうなんですね。

 彼もがんで死にたいそうです。ぼけることが一番いやだと言って、世間の人たちが自分だけは80、90までぼけもせず元気に生きると思っていることが信じられないとおっしゃっていました。ここは似てますね。また、私が次の本を企画しているという話をして質問したところ、手術死の患者さんや医療ミスの患者さんについて、やはりほとんどの遺族は語りたがらないそうです。間違いを認めたくないのだそうです。

 その人たちの気持ちはわかるけど、日本人てそんなものなのかと残念です。もちろん戦争とは問題が違うけれど検証して間違いを率直に認め、それを今後に生かすという作業を行わないというところはそっくりだと思います。戦死した夫や息子の問題と思えば似ている面もあるかな。「靖国問題」(高橋哲哉著)によれば、靖国神社に祀られたことで「英霊の母」としてマインドコントロールされてしまう人も多いとのこと。手術死や医療ミスで亡くなった場合祀られるということはないけど、亡くなった人に情緒的に心を砕くばかりで自己を正当化し(戦争に反対しなかった自分や手術に反対しなかった自分にも責任がある)、真実をみないというところは似ていると思います。

 私からすれば真実を追求し、2度と同じことを繰り返さない努力をする方が亡くなった人が喜ぶと思うけど、こういうところでも世間の人はまったく反対なんですね。戦後処理をきちんと行った(いまも行っている)ドイツと比べ、日本人に特徴的なことなのでしょうか? (ヨーロッパも移民を排除する方向に向かったり、閉鎖的になっているようで残念ですが)。

 話はどんどん広がってしまうのですが、友人が貸してくれて「昭和史」(半藤一利)を読みました。なぜあの戦争に突っ走っていくことになったのかが詳しく書かれていてとてもおもしろかったです。これを読むと日本は戦後処理をしていないどころか、戦争をはじめたこと自体に理性的な方針などなにもなかったことがわかります。いやはや。

 先生が意欲的になられてうれしいです。スキーに行ってぞんぶんに滑ってきてください。障害者は片足でも滑っているのですから、いざとなったら左足はないことにして片足で。私は雪山を想像しています。


Dr.Aより 12.26

 (前略)昭和史は去年か一昨年に読んだのですが、確かノモンハン事件の日本軍の無謀な戦いや、指揮を取った奴が大本営の参謀になり、日本が泥沼の太平洋戦争に引き込まれていったというようなことが書かれていたように覚えています。これが本当なら、私の脳はまだ使えるかもしれません。違う場合、脳はやはり、壊れていると考えてください。確認しようと思ったのですが、本がどこにあるかがわかりません。記憶が抜けています。

 医学、医療は宗教ですから、その悪口はみな言わないのでしょう。検診の評価はRCT(無作為対照比較試験)で行うべきで、それも総死亡率で有効か否かを決定すべきですから、この理屈がわからないとその記者のような考えになってしまいます。宗教を否定することは難しいですね。信者はみな善人ですので。

 これから、ビールを飲みます。家で飲むのが一番です。火曜日例のドイツ料理屋でのみ千鳥足になりました。眠いと言いながら冒険をしています。

 明日、Oさんがネタ探しにいらっしゃるのですが、月曜日にY村へ行き、収穫が0だったと嘆いていました。在宅の村は消滅していたとのことです。私の予言通りになってしまいましたが、村長は住民教育が不完全なのでというような寝言を言ったとか。そういえば、村長とギクシャクし出したのは職員に自己啓発セミナーを受講させるかどうかでした。馬鹿じゃないかと私が怒って村中にビラをまいたのが始まりでした。子供じゃあるまいし、これはパブロフの犬と同じだよといったのです。健康教育も同じ理由で大嫌いなんですね。病気になろうがどうなろうが個人の自由ですよ。昔を思い出してしまいました。この記憶の部分の神経細胞は死んでいませんね。
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by lumokurago | 2011-03-09 18:34 | Dr.Aとの往復メール