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Dr.kとDr.Aの対談 その2

 ■ 「近藤に謝罪させろ」 ■

 近藤 網野さんの場合は、それまで集検に携わっていた立場ですから、周囲との対応はさぞかし大変だったんじゃありませんか。

 網野 意外だったんですが、村の担当者には私の考えをよく理解してもらえました。ところが保健所はネガティブな反応で、納得しないまでも、自治体の独自性を認めさせるのに1年ぐらいかかりました。村民のみなさんにも納得してもらわないといけないから地域を回って講演会をしたりと、簡単ではなかった。それと、紆余曲折を経ながらも集検を廃止できたのは村がクローズドの世界だからでしょうね。

 近藤 確かに、東京の真ん中の地域でやめようとすれば周囲からいろいろあるでしょうから。

 網野 もう一つ申し上げれば、医療や福祉の実績をあげていたこともありますね。

 近藤 網野さんへの信頼感、ね。

 網野 先に言われてしまったけれど(笑)。そういうようなものもあった。それで、秤にかけたんだと思いますね。行政も住民も。もともと、みんな年に1回ぐらいの検診がそんなに有効だとは思ってないわけです。

 近藤さんはどうだったんでしょうか? 周囲からは。

 近藤 論文を発表したあと、大学の教授会で問題になって、どうも「近藤に謝罪させろ」って、なったようなんですね。ぼくの教授に呼ばれて、なんだかんだと言われましたよ。でも、これは学問の話だから、謝るとか謝らないの問題ではないと突っぱねたんです。教授のところには学会や権威からいろいろ圧力があったことは想像に難くない。ただ、ぼくに直接はありませんでした。

 網野 批判というのは、具体的にはどんなことですか。

 近藤 要するに「けしからん」ということ。

 網野 ただ「けしからん」じゃあね(笑)。批判になりませんね。

 近藤 論理の話じゃないから(笑)。

 網野 「おまえの顔が気に入らない」というのと同じレベルだな。

 近藤 そのあとに出てきた批判というのは、ぼくが言っていることを決めつけたり曲解することが基本にあるんですよ。

 網野 乳癌治療への批判論文を発表したときと、集検批判の論文を発表したときでは周囲の反応が違いましたか?

 近藤 ヒステリックは批判が増えたという印象はありますね。

 網野 私もヒステリックな批判を受けましたね。癌検診を専門にやっているドクター、自治体関係者、保健婦。それと泰阜村は長野県ですから、佐久病院からも。

 論理ではなく感情に裏打ちされ、とにかく検診は間違いないんだというような現代医学擁護論があるんです。常識とか古い知識は、認識論的に障害とならざるをえない。検診皇帝論者には、このような理解が欠けているんですね。

 近藤 一度常識になると、それを崩すのはたいへんということですね。

 網野 「田舎の医者が何をばかなことを言っているんだ」ということになるし。

 私が学会などでしゃべると、それを聞こうとする人はいましたが、完全に無視されることが多かった。論理で対応するとこちらが勝つので黙ってしまう。あるいは、感情的多数決で会場の雰囲気を制してしまう。

 本紙 集検の見落としは、いわば日常茶飯事ですよね。それがなんで問題にされてこなかったんでしょうか。

 網野 仕方がないとされているんです。「発見」の背後に「見落とし」があるのは当然ですから。でも、「権威」は見落とし率の大きさを無視して、それを研究してこなかった。その理由と言えば「現代医学に誤りはない」ということです。

 近藤 胃癌検診に関して言えば、本当に胃癌死亡数を減らしたのかを調べずに検診を続けてきたということですね。ぼくが網野さんの立論の仕方と異なるのは、見落とし云々は検診の有効性を前提とした考えなので、それは強調しない。

 網野 そうですね。当時の私の考え方はそうでした。

 近藤 ぼくの考え方からすると、検診で発見されて助かっても、それはもともと死に至らない性質のものだから助かったとなる。そうすると、見落としは問題にならないんですね、概念的には。

 網野 集権をやっている人たちの考え方を変えさせるのに、ある程度同じ土俵で闘う必要がある。そこでは「君たちのやっていることは、こんなに誤りがあるだろう」という、見落としの指摘が一番有効と当時は考えていたから。

 近藤 それは確かにそうでしょうね。網野さんがやってきたことは、日常診療が地についたところで周りを変えてきたということで、それがすごいと思うんです。

 網野 それは置かれた立場の違いですから。私の場合は一つの実験をやったということになるんでしょう。近藤さんは理論的な構築をした。完璧と言えるほどの。もちろん泰阜村が集検をやめたことにも理論的な根拠がありますが。

 近藤 89年に集権をやめて、その後のデータはどうですか。胃癌の死亡数とか。

 網野 実は、死亡数だけで言えば減っているんです。ただ、日本字全体の胃癌死亡数も死亡率も減っていますから。

 近藤 それでも泰阜村では、まだまだ高齢化の途中にあるんじゃないですか。とすれば、むしろ増えてもおかしくない。

 網野 集権をやめる前とやめたあとの5年と5年で比較すると明らかに減っているんです。癌で亡くなる人の数は変化ないんですが、その中で胃癌死は減った。死亡構成比でみると全体の6%から2%へと減少している。ただ統計学的に処理すると有意差はありません。

 近藤 要するに、胃癌集権をやめたあとに胃癌の死亡数は減ったけれど、有意差まではなかった?

 網野 そうです。けれども検診を推進する人たちには、これは明らかに検診の有効性を否定するデータと考えていただきたいんです。検診が有効であっても、そのために胃癌死が減っていたのであれば、検診をやめた場合、胃癌死亡は増えないとおかしい。これは、胃癌死亡の減少は検診によるものではないという根拠になる。
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by lumokurago | 2011-07-09 15:43 | Dr.K関連記事

二間のアパートでも看取りはできる

 Dr.KとDr.Aの対談です。「『がんと闘うな』論争集」(メディカルトリビューンブックス・1997年)より。私の主治医の二人なので大サービスで全文打ちこみます。

 二間のアパートでも看取りはできる ―病院信仰批判としての在宅医療―

 近藤 網野さんとは4年前に一度お目にかかっていますけれど、名前だけはそれ以前から知っていたんです。92年ごろでしょうか。何かの雑誌で、過疎の村で在宅医療を熱心にやっていて、それと同時に胃癌の集団検診をやめた村として紹介されていましたね。

 網野 『日経ヘルスケア』(92年9月号)ですね。

 近藤 ぼくもちょうどそのころ、検診無用論を書き始めていたんです。それは『文藝春秋』でゲラの段階まで行ってボツになりましたけど。

 網野 私が近藤さんの名前を初めて知ったのは、高校の同窓会報を読んでいた女房が“おもしろい先生”というか“あなたと同じ考え方の先生がいる”って。今日お目にかかるんで調べてきたら、掲載されているのは92年5月の同窓会報で、91年11月の近藤さんの講演が紹介されている。その当時は、『なぜ、村は集団検診をやめたか』という本の自費出版の準備をしていたときで、“同じ考え方の人がいるんだ”とびっくりすると同時にうれしかったのをよく覚えています。

 ■ 3年続けて胃癌を見落とす ■

 近藤 網野さんは、どうして行政レベルでの集検をやめることにしたんでしょうか。泰阜(やすおか)村は、もともとは癌検診を熱心にやっていたんですよね。

 網野 泰阜村は長野県の貧しい村ですが、保健婦の活動は古くから活発で集検が入り込みやすい素地があったのと、住民にも医療や集検への期待が大きかった。そこにある医療チームが胃の集検をするために入ってきたんです。

 近藤 昭和でいうと30年代ですか。日本で初めてぐらいでしょうね。

 網野 初めてかどうかは分かりませんが、東北大グループが始めたころをほぼ同じころです。

 近藤 網野さんが村の診療所に赴任されたときも、それがシステム化されながら続いていたんでしょう?

 網野 ええ。貧しい村としては、医療費を節約するためにも検診に熱心にならざるをえなかったんでしょう。国や県の指導もあったでしょうし。赴任したのは84年の2月で集検をやめたのは89年でした。赴任当時の私は“ふつうの医者”だったと思います。現代医学になんの疑問も持っていませんでしたから。それを僻地で生かそうとしていました。

 集検には、それまでに携わったことはなかったにしても、当然のものだと考えてました。ところが実際に経験してみると雑であるし、こんなもので本当に早期発見ができるのかなあとは思いましたね。疑問が決定的になったのは、村に赴任したときから3年連続して見落としによる胃癌の死亡者が出たことです。なぜ現代医療の恩恵が及ばないのかと素朴な疑問でした。

 近藤 それから文献を調べだしたというわけですか。

 網野 ええ。それで文献を調べてみると、胃の集検にはなんの根拠もないことが分かったんですね。初めはとにかく検査精度に大きな疑問を持ったわけですが、88年に出版された『胃癌』(日本病院出版会)で、西沢護さんが問題点を指摘されてました。それは確か、胃集検では発見一に対して見落としが六で、その見落としにはかなりの進行癌もあるという内容でした。この文献が大変に印象深かった。それからアメリカの論文でしたが、アメリカでも罹患率で見ると胃癌が癌のトップだった時期がある。ところが検診を行わなくても自然に減少している。当然ながら死亡率も低下している。

 その一方、胃集検を肯定する論文は研究としてはすべてお粗末で、とても集検を続ける根拠になりえない。このようなことが分かってきたんです。それと、村の胃集検についてまとめると、胃癌の発見は非常に気まぐれ的で、住民の受診率と相関していない。要するにかなりでたらめなんですね。国全体を見ても集検が胃癌現象に影響を与えていない。

 近藤 ぼくの場合は、医者になって放射線科に入ったわけですが、アルバイト先で胃の間接撮影や精密撮影をやったりしていました。だいがくでも胃の直接撮影や大腸透視をやってましたけれど、特に疑問はなかったんですね。ただ、効率が悪いなとか、早期発見されれば意味はあるんだろうなと、その程度でしたね。

 その後、癌の治療を専門にするようになって・・・どうしてかなあ、疑問が湧いてきたんですよね。最初の疑問は効率論で、そこにかけるお金を別のほうに回したほうがいいんではないかと――86年か87年ごろのことです。88年に初めて一般向けの本(『がん最前線に異状あり』廣済堂出版。『がんほどつきあいやすい病気はない』と改題し、講談社プラスα文庫に所収)を書いたときには「癌を早期発見しても、それが死亡率の減少に結びつくか疑わしい点がある」といった程度で、集検への批判というよりは疑問を出した形でした。それから、集検批判の『文春』原稿がなぜボツになったのか考えたり。

 つまり、乳癌ではなぜ温存療法が可能なのか。局所再発が増えても、なんで遠隔転移が増えないのか。結局、早期癌を放置して増大しても遠隔転移が増えないのではという疑問が成り立つ。そういう面から考えたのが一つの道。

 もう一つとしては、ぼくは医療過誤問題にも取り組んでいるわけですが、ある市民集会で遺族の方から「私の夫は集検で早期癌が見つかって入院するときは元気だったのに帰ってきたときは棺の中だった」と大変悔やんでいる話を聞かされ、がん診療では害のほうも大きい。これは相当深刻な問題だと改めて気づいたわけです。それで、癌の性質上、早期発見は有効なのかという疑問と害の部分が知らされていないということを突きつめていって論文にしたのが「がん検診、百害あって一利なし」(『文春』92年9月号)です。

 網野 そうすると、論理が先行していて、そこで遺族の話にぶつかったという感じでしょうか。

 近藤 そうですね。

 網野 それは非常によかったですね。そのことで問題の本質により迫ることになったと思いますから。

 本紙 厚生省も医学界全体も積極的に推進している集団検診に、ほぼ同じ時期に複数の医師が批判をしたのは単なる偶然でしょうか。

 網野 疑問を持っている医者は少なくないと思うんですよ。

 本紙 でも、大きな声で、具体的に批判してはいませんよ。

 近藤 そうね、ふつうなら最初に批判を始めるのは一人なんでしょうが。でも、開業医で疑問を持っていて不要論を言い始めて無視されている人も知っています。要するに社会的に認知される形で行動を起こしたのは二人だった、ということでしょう。

 つづく
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by lumokurago | 2011-07-08 16:45 | Dr.K関連記事

Dr.Kと山田真さんとの対談より

 「『がんと闘うな』論争集」(メディカルトリビューンブックス)山田真さんとの対談より引用します。途中からです。

 ■ “超早期癌”でも病院から帰れない ■

 山田 検診問題について、ぼくには苦い経験があるんです。親しい人――その人は医療市民運動をやっていた人でしたが、「肺癌の早期発見には定期的な喀痰検査がよいと思うので、してほしい」と申し出られました。ぼくは定期的な検査をあまり好きじゃないけれど、ご本人の希望なので検査を続けていたら本当に癌細胞が見つかったんです。

 日赤に紹介したら「どうしてこれば見つかったのか」と驚くほどの超早期発見でした。手術すれば確実によくなるだろうから、帰ってきたらお祝に一杯やろうねと言っていたのが、結局帰ってこられなかった。

 近藤 病院で亡くなったの?

 山田 そう。手術のあと、見舞いに行くのが辛いほどに衰弱しちゃって――まさか彼が帰ってこられないとは。

 近藤 それはいつごろのことですか。

 山田 10ねんぐらい前だったかな。

 近藤 アメリカのメイヨークリニックの肺癌検診のデータが出たのはそのころでしたね。あれはレントゲン検診と喀痰検診ですけど、死亡数は減らなかった。

 山田 あんなに元気だった人が、どうしてという感じで、手術を受けなければ2、3ねんぐらいは元気だったかもと情けない思いをしましたね。

 (中略)

 ■ 改革運動が体制側を補完した? ■

 本紙 先ほどの、体制を批判する側が同じ穴のムジナみたいな話(渡辺注:「大衆のために」と地域医療を進めている病院も検査漬けになって体制側とあまり変わらない)に戻りますが、近藤さんの一連の活動は医療を変える上で大きなインパクトになっていると思います。その一方で従来の運動・方法がなぜ力にならなかったんでしょうか。

 山田 広く言えば、近代を問うていないんです。社会学者の側から近代を問う作業はかなり行われているけれど、自然科学者の側が近代を問うていない。また、患者さんへの過剰な働きかけがパターナリズムではないかという認識がない。

 本紙 どういう意味ですか。

 山田 パターナリズムを、よくないことではないかと考えない。患者さんのために一所懸命やってることがかえって迷惑になっているのではないか、過剰な介入になるのではないかという問い返しをしなかったし、いまもしてないし。

 近藤 進歩はよいことだという発想が近代化の中身でした。経済発展は環境・資源問題での行き詰まりが明らかだけど、同じようにあるはずの医療の近代化の限界が問われてこなかったということでしょう。

 山田 例えば、体の中の異常は見つからないより見つかったほうがいいという考えがあります。でも知らないでいたほうがいいことってたくさんあるし、人間が自分の体の中をどんどん知るってことは恐ろしいことでもあるし、いま生きてるのと江戸時代に生きてるのとどっちが幸せか実際は分からないんじゃないといった問い返しが、医者の中にはほとんど――いろんな運動をしてきた部分にも、なかった。

 近藤 そういう運動をしてきた人が、体制と同じ矛盾・限界に突き当たってしまった。

 山田 だから、いままで批判してきた体制側の不十分な部分を補完してしまったような形がある。でも、それは過剰になるだけという危険性がある。

 本紙 医学は特殊なんですかね。

 近藤 いや、特殊ではないでしょう。

 山田 同じでしょうね。

 近藤 さっきの環境問題にしても、人間の体は小さいながら独立した環境なんだから、そこに進歩主義を持ち込むとおかしくなることがある。ただ違いは、自分の体はその人にとって一番の関心事になる、あるいは重大に感じる。環境問題になると、人によっては自分の関心にストレートに結びつかないかもしれない。

 山田 過剰なものって見えにくい。不足した医療はすぐ訴えられるけど、過剰だったんではないかとは気づきにくいし、気づいても証明しにくい。検査も薬も多かったようだ、過剰だとは患者さんの側はなかなか分からない。不足なら、もっと丁寧にやれとか、もっと話を聞けとか具体的に言えるんだけど。いまの医療が過剰ではないかという思いを持っている人はいるんでしょうが。

 近藤 例えば癌治療では、ぼくがそれを言ったら、ああそうかと思う人がいっぱい出てきた。

 山田 そうでしょうね。全体的には、時代の変化があるから、薬もたくさんもらうことがよいことではないんだという状況がでてきた。お年寄りでも、自分の薬調べて、これで調子悪くなっているんじゃないかという人がでてきましたよ。そうした状況で近藤さんがでてきたから。

 本紙 医学が裸の王様というか、かなり不完全で曖昧なものだと聞かされたのがインパクトになっているように感じますが。

 近藤 なんでもまず疑ってかかれというのは患者さんへのメッセージだけど、医者の側にも同じメッセージを発していたつもりなんです。あなた方がやってる治療をもう一度疑ってみようと。

 山田 二人の医者にかかれというのも、患者さんの中で二人の医者の意見、つまりセカンド・オピニオンを聞いてみたいと思っていた人は多かったでしょうね。ほかの医者にも聞いてみたい、本当にこれでいいのかなって。でもなんとなく後ろめたかったから“いや二人の医者に聞くのが正しい、ちゃんと聞きに行け”と医者から言ってもらう必要があった。そんなの患者の権利なんだから、コッソリ聞きに行けばいいんだけど、日本の患者さんというのはそのへんは呪縛があって――自分よりも医者を大事にしたのかもしれない。
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by lumokurago | 2011-07-07 17:51 | Dr.K関連記事

日刊ゲンダイ記事 その3

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 私に関する話題はこれで終わりです。
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by lumokurago | 2011-07-03 18:09 | Dr.K関連記事

Dr.K関連記事カテゴリ新設

 最近のDr.KファンのかたのためにDr.K関連記事を探しやすくするため、「Dr.K関連記事」というカテゴリを新設しました。左側のカテゴリをクリックすると、関連記事のみ表示されます。「転移がんの治療」についてはDr.Kがでてきてもいままで通りです。「がんと闘わない生き方」でJANJANに掲載したDr.Kインタビュー記事が読めます。「きままながん患者」は私の独り言などです。
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by lumokurago | 2011-06-29 17:47 | Dr.K関連記事

放射線被ばく CT検査でがんになる

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 今日慶応病院に行ったらDr.Kがこの本をだしていました。去年の12月から3冊目。がんばるな。

 「100ミリシーベルト以下は安全である」などの御用学者のウソをきれいに論破しています。CT検査について、文藝春秋掲載論文をより詳しく解説しています。医療被ばく問題について提起した日本ではじめての本だと思います。

 20ミリシーベルトと言いますが、どの程度の危険性があるのかは報道されていないと思います。大人が20ミリシーベルトを被ばくした場合、がん死亡率は0.6%上昇します。子どもの発がん死亡率は大人の2~3倍と言われているので、安全側にリスクを3倍とすると、子どもが20ミリシーベルトを被ばくした場合、がん死亡率は1.8%上昇します。

 人は放射線被ばく以外に事故死の危険のある自動車にも乗り、死亡危険率の高いタバコも自由に吸う、原発事故以上の被ばく線量である(8~9割不必要な)CT検査も受ける。そこで、この数字をどうみるか、リスク判断は本人(と親)に委ねられると彼は言っています。
 
 質問:子どもの場合、年間20ミリシーベルトで1.8%の死亡率上昇ということは、2年で3.6%、3年で5.8%・・・10年で18%・・・ですよね。セシウムの半減期が30年ということは30年経てばリスクも半分か・・・つまり58%の半分で、29%。

 30年住み続ければがん死亡率は29%上昇。この計算はあってますか? 

 今度質問してきます。
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by lumokurago | 2011-06-24 18:29 | Dr.K関連記事

日刊ゲンダイ記事 その2

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 骨転移なら放射線治療があるけれど、ほかの臓器の転移だけなら無治療なので、Dr.Kにこんなにお世話になることもありませんでした。転移のなかでもどんどん増える骨転移だなんて、Dr.Kとも運命的な出会いだったと思います。

 Dr.Aも在宅医としては遠すぎるので、あきらめて電話しなければそれで終わりだったし、Dr.Aが脳梗塞にならなければ超超忙しくてメールする暇もなかったでしょう。

 すべてが不思議なめぐりあわせです。
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by lumokurago | 2011-06-23 10:34 | Dr.K関連記事

日刊ゲンダイ記事

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 近藤誠「やっぱりがんと闘うな」(日刊ゲンダイ6.7)に私がでました。3回連続で、来週月曜日に最終回がでます。テキストはいずれこちらで読めるようになるようなので、またご紹介します。

 http://www.sinkan.jp/special/ganmodoki/index.html
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by lumokurago | 2011-06-17 17:48 | Dr.K関連記事

Dr.Kファンの方へ

 こんなのあった。写真もあるぜ。  「がまおやじ」だけど(笑)。 日刊現代記事も「coming soon」だって。
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by lumokurago | 2011-06-08 21:54 | Dr.K関連記事

超混みDr.Kの外来

 長生きしたときに備えて、障害年金の申請をすることにしました。退職したときに大事な基礎年金番号を知らされたはずなんだけど、共済組合の年金案内(のような本?)からなにから「もうすぐ死ぬから」とすべてを捨ててしまった。それで調べてもらうのにお役所仕事でたらいまわし。共済組合に電話すれば年金事務所だと言い、年金事務所に電話すれば郵送ではだめ、来てくださいと言うので、行ってみたら、今度は共済組合の書類が必要だと言う。それを持ってもう一度来てくれと言う。年金事務所の人は私がよたよたと歩き、まわらぬ口で話しているので、同情して「申し訳ありません」を繰り返していた。しかし悪いのは年金事務所に行けと言った共済組合である。

 なんでもコンピュータに入っていそうないまだけど、そうでもないんだな、コンピュータなんて肝心のときに意味ないじゃんと思っていたら、年金事務所で必要だと言ったので取り寄せた共済組合からの文書に当たり前のように書いてあった。なんじゃこれ? はじめから共済組合でわかっていたんじゃんか。

 今日は医師の診断書を書いてもらいにDr.Kのところに行った。2000年のころほどではないけれど、2008年に再発して通うようになって以来、最も混んでいた。初診の患者さんも多かったのでやはり「本」の効果かな? 

 2時間近く待ってようやく呼ばれて診断書を書いてほしいと言ったら、「待っていなくても受付にだしてくれればよかったのに」だってさ。混んでいたので質問せずに帰ろうとしたら、こんなときにも忘れずに「なにか質問は?」。Dr.Kの口癖なんですね。「今日は混んでるから遠慮します。また来たときに」。それから「無治療、ブームですよ」と言ったら「そんなことないよ」だって。謙遜してるなあ。H書房から原稿依頼があったことを知らせて退室しました。

 そしたら「渡辺さんですか?」と声をかけてくる人あり。なんとJANJANのころから記事を読んでいて、「本」も読んでくださったそうです。これで何人目か、ネットはすごいなあ。下手なこと書けないなあ(なーんて、いつも書いているが)。

 そのかたともうひとりのかたと一緒にお昼を食べて帰ってきました。
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by lumokurago | 2011-06-08 17:46 | Dr.K関連記事