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カテゴリ:Dr.K関連記事( 43 )


近藤誠・やっぱりがんと闘うな

 月曜日の日刊現代「近藤誠・やっぱりがんと闘うな」(連載中)に私がでます。『乳がん 後悔しない治療』を読んでくださったかたにはとくに目新しいことはありませんが。

 それから『再発 がん治療最後の壁』(田中秀一著・東京書籍)の最後にもでています。が、全体としては「治療しよう」という本なので、「治療しない生き方」の私はちょっと飛んでるかも。

 それにしてはがん患者向け雑誌から原稿依頼が来た。「無治療」、ブームかもね。
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by lumokurago | 2011-06-04 18:18 | Dr.K関連記事

『抗がん剤は効かない』

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 大サービス! 新聞広告をスキャンしました。Dr.Kに弟さんがいたこと、この本ではじめて知りました。1年360日研究室に通い、勉強と執筆の日々を送っていたことも書いてあります。このことは以前もどこかに書いていたけど(あるいは誰かのインタビュー記事だったかな)、抗がん剤ワールドがあまりにひどいので、いよいよ自分がどんなに勉強したかを言いたくなったのかなと思いました。『がん専門医よ真実を語れ』のなかで、若い医者がDr.Kは日本中の医者のなかで一番勉強していると言っていました。それに別の本ですが、がんで無治療の患者をもっているのは世界で自分が一番多いとも書いていましたね。無治療の患者の経過観察期間が長くなり、治療した場合よりも長生きしているそうです(『あなたの癌はがんもどき』参照)。

 ほかに「(自分は)抗がん剤ワールド全体を相手にしているのだから、そんなこと知らないはずない」と批判者に言う場面も。その批判者はDr.Kのことを「初心者(!)にありがちな間違い」みたいに言ったので頭に来ていたのだろう。Dr.Kを「初心者」と切り捨てるなんてすごい挑戦的な医者たちだなあ。(週刊文春の批判記事)。

 それからちゃんと勉強して確信をもっていなければ、『抗がん剤は効かない』などという断定的なタイトルをつけるはずがないとも。そうですよね。人のいのちがかかっているのだから。(私はもともとそう思っていましたよ)。

 抗がん剤の生存曲線の解説などは突然この本だけ読むとむずかしいと思われます。勉強したい人、マニアのかたにはお勧めですね。もちろん抗がん剤治療をやるかやらないかで悩んでいる患者、毒性(副作用)に苦しんでいる患者などには読んでほしいです。『がん治療総決算』などを先に読んでからのほうが理解が深まると思います。

【追記】この本のなかで、拙著『乳がん 後悔しない治療』を紹介してくださっています。緩和ケアで薬を使いすぎているという文脈で、私が9種類でていた薬を1種類に減らしたことに触れ、緩和ケアに関心のある人びとの役に立つだろうと書いてくださっています。
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by lumokurago | 2011-06-01 10:51 | Dr.K関連記事

異端の科学者・異端の医者

 いま、40年間も原発をやめさせるために原子力の研究をしてきた小出裕章氏(や熊取6人組)が反原発の星となっています。彼らがあんなにがんばったのに原発をやめさせることはできなかったのは、おもに多数派である産官学の原子力ムラのためでした。金儲けしか頭にない人間は人の命などなんとも思っておらず、自分たちも信じていないのに(先日の動画の斑目委員長のセリフ「原発が安全なわけない。あんな怪物」)「原発は絶対に安全」といいつづけてきたわけです。なにかにそっくりではありませんか。

 そうです。医療です。がんの早期発見理論は破たんしているにもかかわらず、ますます推奨されるがん検診。必要のない薬を売るために、病気でもないのに病気のレッテルを貼ろうとして行われる健康診断。ハイパーレスキュー隊と同じほど被ばくするCT検査も日常茶飯に行われています(ちょっと頭を打っただけの健康な子どもにも1回のCTで20ミリシーベルトを超えて被ばくさせています)。そして毒性が強く命を縮める抗がん剤が延命すると言いはっている。

 Dr.Kが20年以上がんばっているのに、やはりやめさせることはできません。それも少数派の雑誌ではなく文藝春秋という多数派の雑誌に書き続けているのに。本もたくさん出してきたのに(七つ森書店とか八月書館とかかもがわ出版ではありません)。これも産官学癒着の金儲け大好きな医療ムラの結束が強固だからです。多数派はお金が大好き。(しかも日本の医者は勉強してない。それはおもに英語ができないため最新の知見の載っている英語の論文が読めないからだとDr.Kは言う。だから日本の医療は欧米に比べ非常に程度が低い)。

 原発事故は被害がわかりやすい。だれでもこれは大変だと思う。子どもを守らなくちゃと思う。

 見えにくいけれど医療の世界も同じです。手術も抗がん剤治療も、そしてハイパーレスキュー隊と同じくらい被ばくするCT検査も被害をつくりだしているのです。医療として行われる行為は、患者を治すためにやられるのでなければ犯罪行為です。体を切り刻む、毒を飲ませる(抗がん剤のみならずすべての薬には副作用がある)、被ばくさせる。これでほんとうに治しているのか? むしろ有害なのでは? 医療の世界では医者も患者も病気を治すためにやっていると錯覚させられているので、気づきにくいだけです。例えばがんで手術して後遺症で苦しんでも、「がんだったんだから仕方ない」と思いこんでしまう。しかし、手術で果たしてがんは治ったのか? それに人間、病気になると不安を煽られ目が曇らされてしまいます。だから真実が見えにくく、科学的根拠がないのに宗教のように医療を信仰しています(わずかですが必要で役に立つ医療もあります)。
 
 ちょっと頭を打っただけで健康な子どもを原発事故以上に被ばくさせるCTから、子どもを守らなくちゃ。放射線被ばくに敏感になるなら、医療の持つ隠された欺瞞性にも敏感になりましょう。そして無用で有害な医療を拒否しましょう。
 
  近藤医師の本を読んで勉強してください。異端の科学者が希望の星になったいま、異端の医者にも目を向けてください。

 推薦図書  『成人病の真実』
       『患者よがんと闘うな』
       『あなたの癌はがんもどき』

 医者不足なんて大ウソで、医者や製薬会社のために患者がつくりだされているのです。有害無益な医療をやめ、必要な医療だけにすれば、医者は少数精鋭でよくなり医療費も激減するのです。原子力発電が一番安いなんて大ウソだった。小出さんが「絶対に使えるようにはならない」と言うもんじゅに1兆円も無駄遣いしてしまった。医療の世界でも原子力の世界でも、金に群がる人びとに税金がぼったくられているのです。

 拙著もぜひお読みください。『乳がん 後悔しない治療』径書房
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by lumokurago | 2011-05-27 09:32 | Dr.K関連記事

慶応大学医学部専任講師 近藤誠(現代の肖像)

 最近のDr .Kの患者・ファンのみなさまのために(じつは私も読んでおらず、去年朝日新聞記者の取材を受けた際、送ってもらいました)、著者の米本和広氏の許可を得て、掲載させていただきます。米本さん、どうもありがとうございます。2004年のアエラの記事です。ほんとうは写真がすてきだとのことですが、写真は手に入れることができませんでした。

[発行日]=2004年7月12日

 慶応大学医学部専任講師 近藤誠(現代の肖像)

 「白い巨塔」の中の孤独
 著書『患者よ、がんと闘うな』で論争を巻き起こし、医学界の鬼っ子に。
 「抗癌剤は効かない」「手術偏重に異議あり」「癌検診は有害だ」
 「常識」を覆す発言に医師は反発、マスコミが飛びつき、患者は右往左往。
 癌と闘う気を削ぐ、患者をミスリードする扇動家--批判はついて回る。
 しかし彼は言うのだ。「すべてを疑え。私の言葉も疑え」
 (文=米本和広、写真=鈴木愛子)
 
 近藤誠(こんどうまこと)には孤独の影がつきまとう。

 学内に友人と呼べる友人は一人もいないし、それどころか廊下ですれ違うと目をそらす同僚すらいる。

 もともと近藤は将来を嘱望されたエリートだった。1973年に慶応大学医学部をトップの成績で卒業し、放射線科入局6年後には早くもアメリカ留学を命じられている。ノーベル賞物理学者の故湯川秀樹が予言したパイ中間子の、癌患者への照射実験がテーマだった。今となってはわからないが、教授は近藤にキャリアを積ませたかったのだろう。

 実際、近藤は帰国して3年後の83年には専任講師に昇任している。臨床同期でもっとも早い出世であった。

 「英語の論文数も多く、医学部の同級生(100人)の中では近藤が一番先に教授になるだろうと囁かやれていた」(慶応同期生の一人)

 だが、それ以後の出世は“塩漬け”。35歳から55歳の今日まで講師のままである。

 慶応病院の裏手にある昭和初期の古びた建物の、狭くて埃っぽい階段を汗をかきながらあがっていくと、4階に彼の研究室がある。薄汚れたドアの外に立つと、近藤が好きだという哀調を帯びたオペラが聞こえてくる。

 資料の置き場にも困る狭い空間で、廃棄処分にしてもいいようなギィギィ鳴る椅子に座りながら、近藤はインタビューにときに大笑いしながら快活に答えた。表情に鬱屈したところは微塵もない。だが、古色蒼然とした建物と廊下に流れるオペラの音色のコントラストに、どうしても孤独の影を感じてしまう。

 近藤はいつのまにか孤独にさせられたわけではない。自らの意志で、「白い巨塔」に背を向け、孤独の道を選んだのだ。

 それは87年の“事件”がきっかけとなった。

 アメリカで最先端の癌治療を目の当たりにした若き近藤は、癌と闘う決意を新たに、悪性リンパ腫など様々な癌治療に取り組むとともに、タブーとされていた患者への癌告知を試み、その一方で欧米で一般的になっていた「乳房温存療法」の普及に精力的に取り組んだ。

 温存療法は乳房をごく狭い範囲でくりぬき、放射線を照射するもので、それまでの筋肉ごと乳房を切り取ってしまうハルステッド術に比べ、後遺症は少なく、乳房を失うことがない点で画期的な治療方法だった。ところが、日本では全くといっていいほど知られておらず、東大や慶応など外科の名門にあってすら、欧米では姿を消した時代遅れのハルステッドが主流だった。

 近藤はこの状況を何とか変え、温存療法を広めようと考えた。そんなとき、自分の姉の温存療法を手がけることになった。執刀を頼んだのは医学部同期の雨宮厚(現大船中央病院外科部長)。慶応の医局にも属さず慶応病院の勤務医でもなかったが、アメリカで温存手術を多数経験していた。雨宮による姉の手術は見事な出来ばえだった。83年のことである。

 近藤は雨宮と組んで、温存療法の実績を積むことによって、世に知らしめようと考えた。だが、現実には84年に2人、85年に1人、86年に3人という程度でしかなかった。今でもそうだが、癌の初診で放射線科の門を叩く人はほとんどいない。少数の症例でも、学会や、学内誌「慶応外科」を含め医学誌で発表するように努めたが、反応は全くなかった。乳癌患者が多数訪れる慶応の外科医に直接「一緒にやらないか」と申し込んだこともあったが、ふんと横を向かれただけだった。

 近藤は焦りにも似た気持ちに駆られた。〈このままの状態が続けば日本の女性の乳房は抉り取られるだけだ〉。そこで、温存とハルステッドの術後の比較写真と資料をいつもカバンに入れ、事あるごとに知人や、つてをたどって新聞記者に温存療法の存在を伝えた。近藤が笑いながら当時を振り返る。

 「あの頃は、飲み屋に行けばそこの従業員にも写真を見せながら説明し、笑われたもんですよ。でも、それが縁で受診に来た人もいた」

 近藤の運命を変える“事件”は、看護実習生からの情報によって発覚した。

 「新聞記事で乳房温存療法を知った患者さんが近藤先生の受診を頼んだそうですが、受付で外科に回され、切除手術を受けることになっています。その患者さんは担当医や看護婦さんに『近藤先生に聞いてくれ』と頼んでいました」「どうも、近藤先生が進行度の高い癌だから温存療法は無理と判断されたと思っていらっしゃるみたいで、手術することに同意されたようです。この話、ご存じですか」

 近藤は驚き、やがて怒りが湧いてきた。〈これは犯罪じゃないか〉

 看護実習生に連絡役を頼み、患者の希望通り温存療法を施すことができたが、この後も同じようなケースが生じることが予想された。しかし、一放射線科医が巨大医局に怒鳴りこんでも解決することではなかった。実績を積み、情報を発信していくしかなかった。

 深刻な選択を迫られたのは翌年のことである。「文芸春秋」から原稿執筆の依頼があり、手始めに乳癌治療のことを書いてみないかと言われたときだった。

 乳房温存療法を紹介し、「東大など日本の大学病院ならどこでも乳房を切除している。治癒率は同じなのに、勝手に切るのは犯罪行為ではないか」と書いても、慶応の2文字さえ入れなければ大きな波風が立つことはないだろう。しかし、慶応医師の肩書で執筆すれば慶応の外科でも温存療法をやっていると読者に思われてしまう。そうなれば、受付でまた勝手に外科に回され、乳房を失ってしまう女性が出るかもしれない。それに東大の名前を入れて慶応を書かないのは不公平だ。

 だが「東大、慶応など」と書けば、出世の目はなくなり講師のままで終わる――。

 こう考えていけば、どんなに良心的な医者であっても「出世か患者か」という二律背反の選択肢にぶつかり、悩むことになる。だが、近藤の思考回路は違った。

 〈社会に広く情報を公開していくにはどちらがいいだろうか。教授になれば社会的発言力は増すが、他科との関係など様々な制約を受けることになる。うーん、社会に発言していくには講師程度の身分のほうがちょうどいいか〉

 この選択によって、近藤は抗癌剤の危険性、外科手術の危うさ、癌検診の有害性などについて次々と発言し、医学界に大論争を巻き起こしていくことになる。

 近藤は何か行動を起こすときには常にシミュレーションして考える。「白い巨塔」からの激しい怒りは予測できた。もっとも悩んだのは次のことだった。

 〈最大の問題は「孤独」になるということだ。それにぼくは耐えられるだろうか〉

 ときに、近藤は39歳。孤独についてどう考えたか。

 「誰か一人ぐらい、ぼくが書いたものを読んで良かった、ぼくと出会って良かったと思う人が出てくるのではないか。そうであれば生きてきた意味があるのではないかと考えました」

 学内からの「反発」はすぐにやってきた。「文芸春秋」発売日の翌日のことだ。狭くて古びた階段をダッダッと駆け上がってくる音が聞こえてきた。放射線科の教授だった。

 「外科のA先生(教授)が犯罪行為とはどういうことだ!と怒っているぞ」

 A教授は日本外科学会の会長であり、乳癌外科の専門医。つまり「白い巨塔」のドンである。

 その日以降、近藤が予想した通り、周囲の風景は一変した。

 まず、外科や内科などから患者紹介がなくなった。放射線治療が必要な他科の患者は近藤以外(水曜日以外)の放射線科医に回された。意図はどうあれ、兵糧攻めだ。昨日まで話していた内科や外科の医者も、近藤と顔を合わせるや、まるで化け物でも見たかのように顔を背け、急にタッタッと小走りになって通り過ぎていった。

 学外の「白い巨塔」からも一斉に反発の声があがった。温存療法を支持する市民団体の電話相談をしていた女性が話す。

 「外科のお医者さんから脅迫めいた電話が殺到しました。切除手術の良さとか温存だと再発率が高いとか、延々としゃべり続ける。怖かったですよ」

 しかし、学内外で孤立していくのと反比例するように近藤の受診を希望する乳癌患者は急激に増加した。この10年間に執刀医の雨宮とのコンビで温存療法を施した患者は3000人、実に日本の乳癌患者の1%にも及ぶ。

 近藤は孤立したが、患者に支えられた。そして、『がん専門医よ、真実を語れ』『ぼくがすすめるがん治療』などを出版し、社会に向かって情報を発信し続けた。

 大論争となったのは『患者よ、がんと闘うな』である。表題が刺激的であったこともあって、「白い巨塔」からは一斉に反発の声があがった。だが、近藤は癌治療を拒否せよと呼びかけたわけではない。東京の癌研病院に勤務したこともある名取春彦は、著書で次のように述べている。

 「近藤誠の主張は、『患者よ、がんと闘うな』で十分説明されている。それは(1)抗がん剤の使いすぎ、(2)手術のやりすぎ、(3)がん検診の行きすぎの三つに絞ることができる。いずれも正論である」

 名取は、こうした正論は以前から言われていたことだが、世間から注目されるためには「穏健な言葉ではなく、挑発的な言葉でセンセーショナルを起こさなければならなかったことも忘れてならない」と分析している。

 病理医の並木恒夫(日本病理研究所副所長)もこう語る。

 「近藤さんの本は多数読んでいるが、事実において間違った記述は私の知る限りなかった」

 近藤批判に根拠があるとすれば、一部の患者が近藤の主張を曲解したことが大きい。ある病院の乳癌患者会の一人が話す。

 「リンパ節切除は多くの場合必要ないという部分だけを読んでか、リンパがばんばんに腫れているのに、手術はノーという。そんな患者が来たらお医者さんは怒りますよ。それで近藤先生の本はデタラメが書いてあると思い込んでしまう」

 近藤に診察してもらったことのある女性はこんな体験をしている。

 「高田馬場にある病院で近藤先生のことを話したら、『なぜ、あんなやつのところにかかっていたんだ』と怒鳴られた。結局、別の病院で治療を受けることになったけど、そこでは近藤先生と今後かかわらないという念書を書かされました」

 抗癌剤も手術もノーと言われれば医者は感情的になり、近藤は患者をたぶらかす扇動家だと思う。

 不幸なことである。なぜなら、近藤は100年以上も前のマルクスのように、こう書いているのだから。

 「すべてを疑え。私の言葉も疑え」(『ぼくがすすめるがん治療』)

 慶応の2文字を入れたあのときから、はや16年。大学内での近藤の位置は全く変わっていない。他科からの患者は相変わらず回されないし、近藤が診察した患者で手術が必要な患者は他の病院を紹介せざるを得ない。

 孤独な生活スタイルも何一つ変わっていない。

 水曜日の診察、それ以外の曜日の授業や治療を除けば、恐ろしく平凡である。朝5時に起き、犬の散歩をして、7時に古びた研究室に入る。読者への手紙を書き、原稿を執筆し、一段落するとオペラを聞きながら海外の論文を読み、そして夕方には家に戻る。

 慶応の若い放射線科医、川口修は「歴史的経緯は知らないが」と断ったうえで、近藤への不満を語った。

 「先生はよく勉強もしているし、経験も豊富です。チームをつくって勉強会なんか組織してくれてもいいのに、やろうとしない。酒に誘われたこともないし」

 この話を近藤にぶつけると、眉間にしわを寄せて黙り込んでしまった。

 医学部同期の飯野病院(東京都調布市)院長の飯野孝一が、近藤から聞いたという話をしてくれた。

 「チームをつくったりすると、自分のシンパとして学内で反発を受ける。今のままでいいんだと話していた」

 こんなエピソードもある。92年頃のことだ。近藤が博士論文を指導した学生がいた。論文の末尾に近藤への謝辞を書いていたことから、不合格にされそうになったというのだ。この話にはオチがあり、「結局、論文はパスしたが、その学生がある教授の子どもでなければ不合格になっていたでしょう」(同期生の一人)。

 近藤はよく食べよく酒を飲む。決して口にしないが、若い医師を酒席に誘わないのは、彼らに迷惑がかかるのを恐れてのことだろう。

 そんな近藤が昨年末から落ち込んでいる。唯一チームを組んできた雨宮のことだった。一人の患者が持ち込んだ領収書から、彼が長年にわたって医療費の不正請求をしていた事実を知ってしまったからだ。検査づけの診療スタイルはそれ以前から気づいていたが、改めて調べてみると、これまで執刀していたのが雨宮本人ではなく8割近くを部下にやらせていたことなどもわかった。

 「雨宮に確かめたところ、否定しなかった。すべての患者さんに返金するように言ったのに、なかなか実行しない。いい医療をやろうと頑張ってきたのに」

 と近藤は寂しそうに話す。

 その後、病院は患者の一部だけに返金をはじめたが、苦悩の末、雨宮と決別し、患者を別の病院に紹介することにした。また孤独の道を選び、ついにひとりぼっちになってしまった。

 近藤の診察を受けた患者からは、「ぶっきらぼうで冷たい」という不満も聞かれる。治療の選択肢とそれぞれのメリット・デメリットを示すと、質問がない限り、黙ってしまうというのだ。誘導せず、患者と一緒に病を考えたいと思うから自分の方から積極的に発言しない。それが冷たく見えてしまうのだろう。

 実は近藤誠はよく涙を流す。患者の間で「泣き虫まこちゃん」と言われているほどだ。後輩が立派な仕事をしたと言っては泣き、亡くなった患者さんの話をすると泣く。私が取材しているときも、雨宮のことを質問すると、涙を浮かべた。

 最近、近藤はホスピス病院に入った患者たちを見舞っている。同行したとき、その女性(40)は近藤に今朝作ったという俳句を渡しながら、私にこう語りかけた。

 「近藤先生はとてもやさしいんですよ。元気がいいときには水曜日の外来に行って、オペラの話をする。それが今の私の楽しみです」

 余命幾ばくもない彼女の澄んだ目が印象的だった。

 2カ月後、その人は亡くなった。そのことを教えてくれたとき、近藤は涙を浮かべていた。(文中敬称略)

 
 米本和広 1950年、島根県生まれ。横浜市立大学卒業後、繊研新聞の記者を経てフリーに。著書に『洗脳の楽園――ヤマギシ会という悲劇』『カルトの子』など。
 
 ■こんどう・まこと
 1948年 東京都生まれ。
   73年 慶応大学医学部を卒業後、同大の放射線科に入局。
   79年 アメリカに留学。
   83年 帰国して乳房温存療法を開始。専任講師に昇任。
   88年 初の著書『がん最前線に異状あり――偽りのときに終りを』を発表。
       「文芸春秋」6月号に「乳ガンは切らずに治る」を発表。その後、次々と情報を発信していく。
   90年 『乳ガン治療・あなたの選択――乳房温存療法のすべて』出版。
   94年 『患者と語るガンの再発・転移』『抗がん剤の副作用がわかる本』出版。
   95年 『ぼくがうけたいがん治療――信じる医療から考える医療へ』出版。
       医学鑑定に取り組む「医療事故調査会」の発足にかかわる。
   96年 『患者よ、がんと闘うな』がベストセラーに。大論争が巻き起こる。
   97年 『「がんと闘うな」論争集――患者・医者関係を見直すために』出版。
   98年 『なぜ、ぼくはがん治療医になったのか』出版。
 2000年 『本音で語る! よくない治療ダメな医者』『医原病――「医療信仰」が病気をつくりだしている』出版。
   02年 『成人病の真実』出版。
   03年 『医療ミス――被害者から学ぶ解決策』(共著)出版。
 
 【写真説明】
 医学は進歩してきたと言われているが、癌による死者の数は増える一方である。医療事故も後を絶たない。近藤は近代医学の意義を自分に問いかける。
 印税の一部を市民団体に寄付してしまう。金銭には無頓着だ。いまだ住まいは狭い賃貸マンション。愛犬が孤独を救ってくれているという。
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by lumokurago | 2011-05-26 16:08 | Dr.K関連記事

そのむかし、Dr.Kファンクラブがあったんですよ

 最近Dr.Kの患者・ファンになったかたのために、再掲します。写真は2000年~2001年の講演会後のもの。いつもの文藝春秋掲載の写真に比べ、女性に囲まれて(私だけじゃない)Dr.Kもくつろいだ顔してますね。

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 人見知りなくせになぜか隣りにの図
 「K・A会通信」より その1

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 くっついているの図(どきどき)
 「K・A会通信」より その2

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 いつもちゃかり隣りにいるの図
 「K・A会通信」より その3

 ぼくがかく見えるわけ(近藤誠)
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by lumokurago | 2011-05-22 09:43 | Dr.K関連記事

近藤誠医師に聞く(原発事故よりCT被ばくが危険)

 昨日、近藤誠医師に聞きました。(2011.5.13) 

渡辺:虎の門病院の医者が、原発作業者に造血幹細胞を採取して保存しておくことを提案しているのですが、これはどうですか? 意味ありますか?

近藤:それは99.9%意味がないよ。というのは、造血幹細胞移植するというのは1000mSv以上一度に浴びたような場合。でもいまそういう事態というのは考えにくいでしょ。かなりコントロールしてるから、必要性がまずない。

 骨髄がひどくやられて死んでしまうというのは、たとえば4グレイ(約4000mSv)くらい浴びると半数は死ぬ。いまはいろんな治療があるからほんとに半数が死ぬかは疑問があるけど。かりに4グレイも浴びて、かなりひどい貧血とか白血球減少になったとして、そのときは造血幹細胞移植をやったほうがたぶんいいと思うけれど、話は戻って、100mSvとかそこらで作業してるわけだから。突発的に1000mSv以上4000mSvとか浴びることは考えにくいから、必要性がない。必要性を超えて、今度は実施可能性ということを考えるとまたいろいろ問題がある。そこまで検討していない。

渡辺:もしもですけど、それだけ浴びちゃった場合に、ほかの臓器とかも被ばくしていれば、幹細胞移植だけで大丈夫なんですか?

近藤:それは線量による。一番やられやすいのは骨髄。まえに東海村で事故があったときは、ものすごい高い線量だったから皮膚がやられたり。そこまでいけば造血幹細胞移植をやっても救えない。

渡辺:そうですか。もう一つ質問なんですが、文藝春秋(6月号)読みましたけど、あれは外部被ばくのことですよね。内部被ばくはどうなんですか?

近藤:関心があるだろうけど、データがないからわからないとしか言いようがない。一応内部被ばくも外部被ばくからの類推でね、あれが一応妥当するという話なの。それで規制値とか考えてるわけ。半減期の長いのはね、体に長くとどまるものはずっと被ばくしてるわけだけど、それを一時的に被ばくしたものと換算してね、それを預託線量と言うんだけど、それで類推しているわけ。でもきちんとした根拠はないと思うよ。

渡辺:内部被ばくの場合はどれだけ浴びたかはなかなか測れないのでは?

近藤:それはどういう核種がはいったかがわかれば、被ばく線量はわかる。

渡辺:そうですか。はいった量にもよるわけですよね。

近藤:そう。はいった核種と半減期がわかれば、仮に半減期が長くても体の外にすぐにでてしまえばいいので、長くとどまりやすいかと、それと量が問題になる。

 しかし、内部被ばくのルートは空気と水と食べ物、とりあえず東京に住んでる人はどれも危険性はないから考えても仕方がない。

渡辺:福島の人は?

近藤:福島も内部被ばくが問題になるのは空気と水と食べ物。その状況はぼくにはよくわからない。食べ物は食べてないんじゃないの。空気のなかに漂っていなければ特に問題にはならない。結局、外部被ばくのほうが問題になるんじゃない。

渡辺:うちの田舎が川俣町というところで、一部が計画的避難区域になったところだけど、水も飲んでないそうです。みんなペットボトルの水を飲んでいる。そんなに心配しなくても大丈夫?

近藤:そう。ぼくなんか気にしないでそこに住んでたら住みつづけるけどね。

渡辺:先生はいいけど、赤ちゃんとか子どもは危ないでしょ。

近藤:子どもがいたらな、それはちょっと考えるけどそのときの線量による。CTやることを思えばちゃんちゃらおかしい線量だと思うけど、子どもだって。

 子どもは(大人の発がん危険率の)何倍になるかは気になるかもしれないね。今回の文春はページ数がないから書かなかったけど、これは大人と比べて、と言っても何歳の大人と比べるかが問題。70歳にもなるともう発がん死亡リスクはほんとに低くなるから、それと比べれば10倍なんていう話になるけど、30代、40代位と比べると2倍から3倍だな。今回(文春に)出した数値というのは原発作業従事者のものだから30、40、50代位を対象にして出てきた数値。

渡辺:でも、自分で決めて逃げたいと思ってもなかなか逃げられないじゃないですか。仕事があったり。そこはやっぱり国が逃げるきっかけを・・・。

近藤:それは東京から逃げる話・・・

渡辺:東京じゃなくて(福島)・・・。

近藤:そういう人たちにとっては今回のこと(計画的避難)は意味があるけどね。問題は移動したくないのに強制的に移動させられること。それは政府の口出すことじゃないと思う。危険性承知でいつづけるというならそれでいい。

渡辺:それはいいですよ。そっちはね。だけど赤ちゃんとか子どもはある程度逃げさせないといけないのでは?

近藤:それは親の判断でいいんじゃないの。要は情報がきちんと届いていればどう判断しようが、ぼくは口出しする気はないね。繰り返すけど、子どもにじゃんじゃんCTやってるほうが危険性が高いよ。

渡辺:それはそうなんですけどね。私も仕事で子どもが頭打ったときに、親の希望で病院に連れていくとすぐにCT取られちゃって。こっちは医者じゃないからいらないとも言えないし。

近藤:いまの子どもがおかしいのはCTのせいだよ。これは冗談じゃない。ほんとうだよ。数年前に(医療被曝について)読売新聞で取り上げられるまえは、被ばく線量がものすごく高かった。あなたが仕事してたのはけっこう昔でしょ。そのころの線量は多かった。子どもは小さいから特に。頭のCTでは知恵遅れになったり、頭がおかしくなる。

渡辺:先生と話してると医療被ばくの危険性に比べると原発事故なんてたいしたことないとなって、がっくりきちゃうけど、ハイパーレスキュー隊の隊長が「隊員の被ばく線量が自分より低くてよかった」と悲愴な顔をして記者会見したその被ばく線量がCTでの被ばく線量とほぼ同じということ、CTを受けるというのは最も過酷な原発事故現場で線量を管理して決死の覚悟で作業するとほぼ同じ意味を持つのだということを広く知らせなければなりませんね。

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 ちょうど新居浜の坂田さんから次のような情報が寄せられました。私はドライアイのためこのように長い文書を読み解くことはできませんが、参考になさってください。

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  「美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会」が「ECRR2010翻訳委員会」の協力で、先日公開された「ECRR(欧州放射線リスク委員会)2010年勧告」の日本語版を公開しています。

この報告書は、欧州放射線リスク委員会(以下、ECRR)が2003年に出した勧告以後明らかになったチェルノブイリ原発事故の住民への影響や劣化ウラン兵器の影響等をもとに、新たに出された2010年版報告(ECRR2010)です。

ECRRは今回の福島第一原発事故に際し、4月はじめに急遽「ECRR2010」のネット公開を実施したのですが

http://www.euradcom.org/2003/order.htm

 ECRR2010の公開を知ったECRR2003日本語版翻訳にかかわった人たちが、新たな協力者と共にECRR2010年版の日本語訳を作成し、事態の緊急性を考慮してネットに公開しました。

http://www.jca.apc.org/mihama/ecrr/ecrr2010_dl.htm

  ECRR2003には46人の欧州の専門家(放射線生物学者、放射線専門家、医学者、物理学者、数学者、社会学者など)が参加していたとのことですが、今回のECRR2010には65人の専門家が参加し、旧ソ連圏(ロシア、ベラルーシ、ウクライナ)の17人に加え、アメリカ、日本からも専門家が参加しているそうです。

ICRPが「影響がない」と言っている放射線レベルで、実は多くのガンや白血病が出ている事実や、この報告書が提示している放射線の危険性が、今の時点での放射線の危険性予想の基準になるものであることがわかるということです。

この日本語版「ECRR2010勧告」公開を可能にした「美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会」と「ECRR2010翻訳委員会」に敬意を表します。
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by lumokurago | 2011-05-14 17:25 | Dr.K関連記事

近藤誠 放射線被ばくどの数値なら逃げるか

 月刊文藝春秋6月号に『近藤誠 放射線被曝どの数値なら逃げるか』が掲載されました。要約します。
 
 政府は「人体に影響が出る可能性の生ずる」のは「100ミリシーベルト」と発言していたが、その後年間20ミリシーベルト以上被ばくするおそれのある地域を計画的非難の対象にした。100mSv以下なら安全で20mSv以上なら危険なのか??

 原発事故で問題になるのは100mSv以下の被ばくで発がん死亡が増えるかどうかである。中川恵一東京大学医学部放射線科准教授は「100mSv以下では人体への悪影響はない」「100mSvの被ばくによって発がん率は50.5%になる(日本人の2人に1人はがんになるのでもともと50%、それが0.5%増える)」と言っている。

 氏が語るのは「しきい値」(100mSv以下では何も起こらず、それを超えるとはじめて悪影響が出る。その値)である。被爆後数週間以内に生じる「急性障害」についてはしきい値がある。被ばくするとDNAが切断されることがあり、線量が多いとたくさんの切断が生じ、修復が間に合わずアポトーシス(自殺)を起こす細胞が出てくる。ある臓器・組織の機能を低下・消失させるには、多数の細胞がアポトーシスを起こすことが必要で、それには相当数のDNA切断が要り、そのための最低線量が「しきい値」である(詳しく説明あり)。

 従来、①しきい値があるとする説と②線量と発がん死亡リスクは正比例の関係があるとする説が対立していた。それは低線量被ばくのデータが少なかったから。しかし被ばく者防護のためにはなるべく安全を図れるようなデータ解釈が望ましいため、ICRP(国際放射線防護委員会)は②を採用すると20年以上も前に宣言している。

 近年、低線量被ばくのデータが充実してきて、現在では②はもはや仮説ではなく事実と考えられる。

 なぜ発がんではしきい値が存在しないのか。人体には60兆個の細胞があり、人はそれまでの人生において、種々の発がん物質の影響を受け、少なからぬ数の細胞に変異遺伝子がたまっている。正常細胞ががん化するには4つ程度の遺伝子が変異する必要があるが、すでに3つの遺伝子が変異している細胞が1mSvを被ばくしDNA切断が起これば細胞はがん化する。(1mSvの被ばくでもDNA切断が生じることがわかっている)。(詳しい説明あり)。

 さて、中川氏はICRP勧告の発がん死亡率(1000mSvで5%が発がん死亡)の数値をもとにしているようだが、がん診断率(日本人の2人に1人=50%)にがん死亡率を足しているので誤り。

 数値はいろいろあるが(詳しく説明あり)、15ヵ国原発作業従事者の調査で得られた1000 mSvにつきリスクが0.97増加するという数値を採用するのがベターである。それをもとに計算すると
① 1000 mSvの被ばくでがん死亡率は29%増える。
② 100 mSvでは2.9%。
③ 10 mSvでは約0.3% 

 中川氏の言う「0.5%」の死亡率増加は100 mSvではなく20 mSv未満の発がん死亡率に相当する。

 パニックを起こさないために

① 1 mSvも被ばくする可能性がないのに発がんをこわがるのは行きすぎ。
② 原発事故後の国民の被ばくへの不安は、医療被ばくに対する態度と比べてバランスが悪すぎる。放射線を用いる医学検査によって数十mSvを被ばくすることは日常茶飯事。特に問題なのはCTで最低でも10 mSv~20 mSvであるうえ、日本で行われているCT検査の8~9割は不要。各病院で発がん死亡者を月に何人も生み出している可能性があるので、予約のある人は「計画的逃避」が必要。

 最後は引用します。

 今回、計画的非難の線引きに用いられた20 mSvの被ばくによる発がん死亡率の増加は0.6%で、決して低い数字ではない、しかし、われわれ日本人はCTを受けているし、発がん性が重大なタバコも個人の判断で吸っている。そのように日常的に発がんリスクに曝されていることを考えれば、パニックを起こす必要はない。
 
 そして、発がんリスクに対する(各個人の)判断が自由であることから、政府が一律に年間20 mSvで線引きするのは、個人の自由を認めない点で行き過ぎのように思われます。

 読者としては、政府が頼りにならない以上、正確な情報を得ることに努め、ご自身で対処方針を考えていかれたらどうでしょうか。

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 小出さんは子どもの被ばく感受性は大人の5倍と考えるとのこと。すると20mSvでの発がん死亡リスクは3%です。近藤医師が子どもの被ばくに触れていないのは不満ですが、前回質問したときに、それも含め、個人で判断すべきとおっしゃっていました。

 近藤医師が指摘しているように、日本では原発事故よりも医学検査によって被ばくしている可能性が大です。大人もですが特に子どもにはどうしても必要な場合以外CTや放射線による検査を受けさせるのはやめましょう(数年前まで、まったく意味のない被ばくだけさせる間接レントゲン検査を学校で毎年強制的に行っていたのですね。日本人の意識のなさよ。というか厚労省や医師の責任が大ですが)。

 児童館、学童クラブでは、大昔は子どもが頭をけがしてもCTなど撮りませんでしたが(おおげさに病院に連れていく親もいなかったし、連れていったとしてもCTなど大病院にしかなかったのか)、25年前にはもうほんのちょっと頭を打っただけで病院に連れていき(親の希望)、そうするとCTを撮られてしまうことがよくありました。必要ないと思っても医者でもないのに言えませんでした。その被ばく線量は原発事故より多かったでしょう。

 原発事故よりも医療被ばくで発がん死亡率があがっている日本て国、すっごく変。すっごい矛盾。なんなのだろう。人の命を救うはずの医療(!実態は医療で治せる病気はごく少ししかない)がまったく逆のことをしているこの現実。やっぱり「地獄の沙汰もカネ次第」。

 参考 近藤誠医師に聞く(自分の行動は自分で決める。そのために情報を)

 がんと闘わない生き方(15)近藤誠医師に聞く(下)胃のレントゲンやCT検診、知られざる「医療被ばく」の高いリスク 

【追記】 頭のケガでは出血しやすいため小さな傷でも血がたくさん出るということを覚えておきましょう。また、傷は体液が治すので、消毒は逆効果です。土がついていれば水で洗い、消毒はせずサランラップのようなものでおおっておくのがよい。頭を打った場合でもあわててCTを撮る必要はありません。様子をみて吐いたりするようなら病院に連れていきましょう。
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by lumokurago | 2011-05-11 15:53 | Dr.K関連記事

saikyouさん現わる

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 saikyouさんが、反原発大花見大会に来てくださいました。楚々とした和服姿、桜の花と似合っていますね。

 ところが! 教えられたURLに行ってみて、びっくり仰天! 「イメージ違うかもよ」と言われてはいたのですが、そうか、そうだったのか。

 なにが? この人は多重人格? それとも演技派女優? ご自分で行って確かめてみてください。

史上最凶の乳ガン患者

 そのうえ、ピンクリボン=ヒットラーという鋭い指摘。

 「ピンクリボンはプロパガンダ・1」


 「原発は安全」「原子力の平和利用」もプロパガンダだったね。日本人はどうしてこうだまされやすいのかね? もちろんだましたほうが絶対に悪いけど、だまされるほうにも問題アリだと思うよ。
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 これはビオトープのガマ(オタマジャクシの親)
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 私たち、この人の患者です。
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by lumokurago | 2011-04-13 13:32 | Dr.K関連記事

『あなたの癌は、がんもどき』書評

 AMAZONにすばらしい書評がありました。書き手はメタリストさんです。転載してよいものかどうかわかりませんが、メタリストさん、お許しください。もしみつけたら、コメントしてください。

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 基本的に、医学は急性の症状の緩和には優れているが、多くの癌や生活習慣病などの慢性的な疾患にはほぼ無力である。それでも、多くの医療従事者は治療の努力を懸命に続けている。同時に、一部の研究者が誠実にRCT研究のメタ分析を実施して、結果として治療の有効性(最終アウトカム)が低いことを確認し続けている。このことは、高い能力を持った誠実な(損得を考えない)研究者であれば、当然理解しているはずであるが、一般の人々には伝わっていない。

 著者の近藤氏は、この事実を一般の読者に伝えるべく、丹念に研究論文を調べ、自身の経験を含めてわかりやすく解説している。これは、医学の内部にいる治療者・研究者として、とても誠実な態度であり、非常に勇気ある行動だと思う。

 近藤氏の主張は極めて明快で論理的であり、批判する人たちの論理展開には無理があるが、いずれにしろ、どちらが正しいかは大きな問題ではない。癌治療や癌検診の有効性を検証した多くの論文の結果は、「数千人規模のデータを取れば、偶然による誤差とは決め付けられないくらいの僅かな効果が確認される」という程度のものであることは、両者に共通して認識されているからである。

 その研究結果の解釈として、近藤氏は、そのようなほとんど効果のない検査や治療をすることは(一方で、副作用は多大なので)勧められない、と主張し、科学の約束事に従う研究者は、現実には意味のないくらいの僅かな効果でも統計的には意味があるし、(患者も治療を求めているので)治療した方が良い、と主張しているのである。

 しかし、多くの癌や生活習慣病などのような、検診で見つかる病気の治療効果に関して、その有効性がほとんどないという事実は、厳密な研究において確認されるだけで、一般の医者や患者には実感することができないばかりか、逆に、とても有効だと思い込んでしまうシステムが出来上がっているため、近藤氏の主張が広く受け入れられることは、残念ながらあまり期待できない。

 そのシステムとは、健康な人に検診を受けさせ、病気の診断基準(検査の数値基準)をどんどん低くして、病人を10倍に増やすことである。同じ病名がついていても、本物の(致命的な)病気は一部だけで、多くの場合はただ検査の数値が高いだけ(その多くは老化現象)という問題提起を、近藤氏は本書で、癌に関して、がんもどきという言葉で訴えているのである。

 著者は、別の書籍で、多くの生活習慣病についても同様の指摘をしている。読者は、それが真実なのかどうか、自分で調べて判断してみてほしい。

 たとえば、高血圧症の9割近くが本態性(原因不明)で、中高齢者の血圧の平均値は高血圧症の基準(収縮期140)より高い、緑内障と診断される人の9割以上の眼圧は正常、などの事実に次々に直面して、少なくとも医療を盲信することはできなくなるのではないだろうか。

 なお、著者は、無駄な検査や治療を患者に行う医療関係者に対してネガティブな評価をしているが、その点に関しては同意できない。実際のところは、悪意を持って治療しているわけではなく、多くの医療関係者は、自分たちのしていることは有効だと信じているのだと考えられる。検診で病人を10倍に増やすシステムは、治療効果を医者や患者に実感させるために、とてもうまくできている。例えば、ある病気のマーカーの数値が(潜在的に)高い人が1100人いて、その内100人が医学的な検査や治療を受けたとする。その内1割が本物の致命的な病気で、9割は放っておいても大丈夫な「もどき」だとすると、治療に全く効果がない場合でも、治療した患者の9割は元気である。一方、残りの1000人のうち、9割は元気なままなので医者にはかからず、悪化した1割(100人)だけが病院に来ることになる。

 この現象は、医者や患者の立場では、ちゃんと検査・治療を受けた100人は9割が元気なのに、治療を受けずに悪化してから受診した100人は、ほぼ全員ひどい状態になっている事実として体験され、全く意味のない検査や治療でも、その顕著な効果を実感することになってしまう。

 医者も患者も効果を実感して喜んでいる検査や治療に対して、「それは意味がない」という近藤氏の主張は、感情的には受け入れがたいものであろう。はじめに書いたように、高い能力を持った誠実な(損得を考えない)研究者以外には理解されないかもしれない。

 もとはこちらです。

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 僭越ですが、Dr.Kは「あなたのようによくわかる人は少ない。知識人でもわからない」と言っていました。要は常識を疑うことができるかどうか、権威を疑うことができるかどうか、多数派を疑うことができるかどうかにかかっていると思います。Dr.Aによれば哲学用語で「認識論的切断」という言葉があるそうで、自分がいままで信じていたものを「切断」して、頭をからっぽにして一から考えるとわかるということかな。こういう訓練ができている人にはごくごく容易にわかると思います。
 
 Dr.Kは「人間には1を聞いて10を知る人と、10を聞いてもなにもわからない人がいる」と言っていました。仕方がありませんね。

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 Dr.Aより

 アマゾンの書評ですが、とても良い内容です。医者でしょうから、医者に少し甘いようですけど。会ってみたいですね。全国には、こういう医者がぽつぽつといるのかもしれない。でも、メジャーなコースを歩んではいないような気がします。やはり、アフリカ中東のように民衆の力が改革には必要でしょうね。政治ではなくてもね。
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by lumokurago | 2011-02-25 17:39 | Dr.K関連記事

1996年news23に出演した若き日のDr.K

 Dr.Kが『患者よ、がんと闘うな』を出版し、がん論争が起こった頃の映像を発見しました。Dr.Kのファンのかたはちょっとみてください。尚、抗がん剤の「治る・延命できる」の分類表については現在では考えが変わっています。乳がんは「延命できる」に入っているが、「効かない」に変更など。詳しくは『あなたの癌はがんもどき』をお読みください。

 筑紫さんはDr.Kと話していたのに、肺がんを手術してしまったんですね。Dr.Aがいつもおっしゃっているように、「医療信仰」は「知識人」かどうかには関係がないようです。


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by lumokurago | 2010-12-09 17:45 | Dr.K関連記事