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近藤誠医師に聞く 番外編

 10月14日、ビデオプレスが近藤誠医師にインタビューしました。その最後に次の質問をしましたので報告します。安保徹さんはテレビなどにも出演している有名な方だそうです。

渡辺:先日、先輩から安保徹さんの『体温免疫力』という本をいただいたんですけど、近藤先生に意見を聞いてほしいって。

近藤:がんを治すために免疫を持ち出すのはほぼナンセンスだよ。結局がん細胞は1回免疫に打ち勝っているから検出される大きさになっているわけ。もっと言えば、免疫っていうのは自分自身ではないものに対して働くんだ。自己、非自己、英語だとセルフ、ノンセルフというんだけど、つまり外から入ってきた細菌だとかウイルス、そういう自分の体の中にはなかった物質に対して働くんだけど、がん細胞は自分だから本来免疫が働く余地がほとんどない。たまたま免疫が働く細胞があるけど、結局治すまでには至っていない。いま免疫療法と語ってお金を取っているのはほとんど詐欺的だね。

 それから体温との関係については、これは体温を上げれば免疫力は上がるかもしれない。一般的に体温が上がれば細胞の活動は活発になるから。でも体温が上がっても免疫ではがんに打ち勝てない。それが一つ。もう一つは体温を上げるっていうのは相当むずかしい。ぼくも温熱療法っていうのを試みたことがあるけど、ここ(診察室)に機械をいれて。でも1年位やって、これはだめだなと。これは自発的にやったんじゃなくて、1980年代だったな。教授が機械をいれてこれでやってみてくれと。これは効くかもしれないと思ってやったけど、すぐにだめだなと思ってやめちゃった。なぜ体温を上げるのがむずかしいかというと、人間というのは優秀な熱交換器なのね。だからいくら体温を上げようとしても、熱くなれば汗をかいてどんどん体の外に逃げちゃう。だから発想からして無理があるね。

*****

 ということでした。この先輩には本をいただいたときに、「近藤先生はRCT(無作為対照比較試験=くじ引き試験)で効果があると認められたもの以外は医療として認めない」ことはお話ししたのですが、近藤先生はていねいに説明してくださいました。ちなみに網野先生は「免疫が活発にはたらく状態になると体温が上がるのであって、発想が逆」とおっしゃっていました。
 
【追記】近藤先生はここでは触れませんでしたが、免疫系が自分自身をやっつけてしまう「自己免疫疾患」という難病もあります。母もその一種のシェ―グレン症候群でした。
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by lumokurago | 2010-10-23 20:47 | Dr.K関連記事

『がんサポート』批判 近藤誠医師に聞く その2

③ 乳がん治療ガイドライン推奨グレードのCをC1とC2に分けたということですけど・・・。

 C:エビデンスは十分とはいえないので、日常診療で実践する際は十分な注意を必要とする。
 C1:十分な科学的根拠はないが、最新の注意のもと行なうことを考慮してもよい。
 C2:科学的根拠は十分とはいえず、実践することは基本的に勧められない。

近藤:意味のないものを二つに分けてもさらに意味がないよ。

渡辺:C1の方に分けたものをまたやれやれみたいに言うのかな?

近藤:それはね、例えば術後検査にしてもアメリカでも日本でも(くじ引き試験結果を)だしてみたら推奨レベルAではなくてみんなB、C、Dになっちゃう。それじゃ困るから検査できるようにしようということじゃないの。意味がないものを意味があるようにしようと。

④ 骨髄異形成症候群(MDS)について抗がん剤の副作用の影響はどのくらい?
「抗がん剤投与後約2~10年の間に、2割弱の人がMDSを発症することが疫学調査によってわかっている」(通山薫 川崎医科大学検査診断学教授)

近藤:抗がん剤の副作用はあるけど、どの程度なるかははっきりしていない。そこに書いてあるような20%もでるかどうかはよく知らない。そこまでどういう根拠で言えるのか。でもぼくの患者さんでも抗がん剤をどっかで受けてきた人たちの白血球は下がっているということがある。そういう人たちも骨髄を調べてみればMDSになっている可能性はある。

⑤ 「日本では、早期がんを見つけるための仕組み、つまりがん検診があまり行なわれていませんから、がんと診断された人の中で、進行がんの人が多いはずです。その結果、欧米ではがん死亡は減っていますが、日本では増えています」(中川恵一東大病院放射線科准教授緩和ケア診療部長)はほんとう?

近藤:それは牽強付会。がんの死亡率を全国で調査すると肺がん、乳がん死亡率は日本では確かにいまのところ右肩上がり。アメリカやイギリスでは乳がん死亡率は下がっている。それはいろんな原因が混じっている。欧米ではたばこなんかを減らしているから、それは乳がんに及んでいる可能性があるし、あるいはかつて欧米ではホルモン補充療法がものすごく盛んだった。これはくじ引き試験でかえって乳がんの死亡率が高くなるとわかり、一斉に飲むのをやめた。そういう影響もあるでしょう。だから死亡率が変わるということはいろんな原因があるから、これだということは言えない。乳がん死亡率が減ってきたのはマンモグラフィ検診をやってるからだと、検診をやっている人は主張するんだよ。そういうのを我田引水という。

渡辺:都合のいいように言っているということですよね。

⑥ 『余命1カ月の花嫁』でTBSがキャンペーン検診をして、医師らが要望書をだし、20代30代での乳がん検診には意味がない、50歳以上には意味があると言っています。50歳以上には意味があるのですか?

近藤:それは全くない。話はさかのぼるけど、かつてマンモグラフィ検診が50歳以上に意味があるという結果をだしたのはスウェーデン5つ、カナダで2つだったかな、それからアメリカ、全体で8つのマンモグラフィに関するくじ引き試験があった。それを総合して50歳以上では乳がん死亡の減少効果があるということで検診体制を築いた。

 ところがスウェーデンではそのうちの5つもやったように熱心で、成人女性の全部ではないけれど全部に近いような人がうけるようになって、しばらくたって成績を見てみるとまったく乳がん死亡は減ってなかった。話はそれるけど、さっき言ったがん検診の効果でがん死亡が減ったということにも反論できる。

 で、それに疑問を持った医者ではない統計学者がくじ引き試験を見直してみたら、方法論的に問題があって、信用できるのはスウェーデンで一つ、カナダの試験で一つしかない。この二つの試験を解析すると乳がん死亡は減らないか、仮に乳がん死亡が減るとすると総死亡のほうがそれ以上に増えてしまう。かえって寿命は縮まるという結果がでた。いずれにしても乳がん検診に意味はない。そういう結果を報告して、欧米の検診業界はハチの巣をつついたような騒ぎになったわけ。それは検診の効果に疑問がでると検診業界存続の基盤がなくなるから。

 それで反撃にでたわけ。反撃にでるといってもデータ的に何をつかうかというと、その統計学者が信用できないといった残りの6つのくじ引き試験結果をもってくるしかないんだよ。もう一回患者の予後調査をして新たにup to date にしてだしたり、そういうことをやったりはしたけど、そもそも試験を始めたときのやり方に問題があったのであって、経過観察を長くしたところで方法論的に問題があるわけだから、6つの試験というのは信用できない。それを信用しろと言って論文を書いてくるんだ。

 すると世の中は多数決になってしまうんだな。新たに論文を書いてくるのは検診に命をかけている人たちだからね。そうすると多勢に無勢でなんとなく反論論文は意味がないように見えてくる。ま、そういうこと。それから統計学者の解析が正しいと思うのはね、『患者よ、がんと闘うな』のなかで紹介してるんだけど、統計学者よりまえにぼくは論文を読んでこれは方法論的におかしいなと。結局信用できるのは2論文しかないと指摘した。それは彼らと一致してるの。読み直してみて。だから彼らの解析は妥当だとぼくは考えている。

⑦ LDN(low dose naltorexon)療法 についてご存じですか? がんへの奏功率は60%。自閉症、不妊症にまで効くとされているそうです。

近藤:それはもう論外。

渡辺:網野先生の患者さんが親戚の医者に勧められてやってるんだけど。

近藤:ちょっとHPで見たけど、なんで効くんだっていうと免疫作用が媒介してって書いてあるけど、自分自身に対して免疫は効かないからね(がん細胞は自分自身で正常細胞とそっくり)。だから免疫療法ってことばがでてきたら眉につばしたほうがいい。それでお金を取ったら詐欺。

⑧ 渡辺亨さんの本(『がん常識の嘘』)について
 「原発臓器にがんができるのと並行して(転移が)起きている可能性がある。この考え方は乳がんなどではむしろ主流になってきています」「これは最近わかってきたこと」と書いてあるが、新しいエヴィデンスが出たのですか? 

近藤:最近分かってきたというのは一面真実。実験的データがでてきたという意味で本当。原発のがんとほぼ同時に(ちょっとだけ遅れて)転移が生じるんじゃないかってことはぼくも本に書いてきたけど、それはこれまでの臨床データから。がん細胞ができたところを直接目で見ているわけじゃないでしょ。だから頭のなかで考えている面もある。言ってみれば太陽の周りを地球が回っているということも頭の中で考えていることでそれと似たようなところがある。

 ところが最近実験室で、どうもがん細胞ができると同時に転移細胞が生じているという事実をつかまえて論文にする人がでてきた。だから根拠が増えた。なにを捉えてそう言っているのかわからないけど、それを言っているんなら正しい。

以上
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by lumokurago | 2010-10-16 20:31 | Dr.K関連記事

『がんサポート』批判 近藤誠医師に聞く その1

 私の本『乳がん 後悔しない治療』の書評を載せてくれた『がんサポート』という雑誌を出版社が送ってくれました。たまたま乳がん特集だったため、読んでみました。すると疑問がいっぱいあったので、近藤誠医師に質問しました。最初の「腋窩廓清について」が少し専門的ですが、あとの方はおもしろいですよ。2回に分けて報告します。

① 腋窩廓清について

渡辺:以前の本に、「乳がんは腋窩(腋の下の)リンパ節を取っても生存率が上がらないことは、1985年までに証明されている」(近藤)、「乳がんの腋窩リンパ節廓清には局所コントロール以上の意義がほぼない」(注:生命を奪う遠隔転移を減らすことはない=腋窩廓清を行なっても生存率を上げることはない)(川端英孝・虎の門病院乳腺内分泌外科部長)という記述があります。ところが川端さんは虎の門病院でセンチネルリンパ節陽性であれば廓清しています。(センチネルチンパ節陽性:センチネルリンパ節は見張り番リンパとも言い、がん細胞が最初に流れていくと考えられているリンパ節で、これだけを切除しがん細胞があれば、他のリンパ節にも転移している可能性があるとして廓清する=リンパ節を根こそぎ取ってしまう。そうするとリンパ浮腫などの後遺症がでる恐れがある)。

 『ガンサポート』によれば「センチネルリンパ節を切除するだけで、腋窩廓清と同様の良好な局所コントロールが得られ、生存期間も同等であった」とのこと(米国臨床腫瘍学会)。1985年に証明されたことをなぜまたいまごろやっているのですか?

近藤:それは「向こうに聞いてくれ」という話だけど。1985年、乳房切除術のなかでいろんな方式を比べるときに、リンパ節を切除するのとしないのとを比べて、そこで切除しなくてもいいという結果がでていたから、当然センチネルリンパ節生検をやっても(生存率が)変わらないということは予想できたことなんだ。それでもそういう実験をやるっていうのはね、医者にはいろんな人たちがいるからね。結局改めてセンチネルリンパ節生検についてそういう実験をやらないと納得しない人たちもいるんだ。それが大きい。論理的操作が下手で類推ができない。昔のくじ引き試験結果を、方法としては新しいセンチネルリンパ節生検に踏襲して考えることができないということかな。

渡辺:私は完全な素人ですが、センチネルリンパ節を切除するだけで同等の成績ということは、そのセンチネルリンパ節自体を切除しなくても同じなんじゃないかと思うんですが・・・。

近藤:ぼくもそう思っているよ。ただそこを切除しないと将来でてくる可能性が少しある。けれどそのとき切除すれば成績は変わらないからね。将来的にいっさい治療しないということは意味しないんだよね。

渡辺:なんでみんなはまだ廓清をやってるんですか? 後遺症のことを考えたらとっくにやめるべきですが。

近藤:推測すれば惰性ね。しみついたことは死ぬまで治らない傾向があるんだな。医者も人間もそうだけどね、いったん思いこむとなかなか変えにくいんだよ。

渡辺:(局所コントロールの意味しかないと言った)川端先生もやっていますが・・・。

近藤:川端はね、変節漢だから。いろんな面で。

② UFT(経口抗がん剤で効果が証明されていない)とCMF(乳がんに使われる古典的抗がん剤療法・現在はもっと強い薬が使われることが多い)が同等という比較試験の結果が出たというのは?

近藤:それはね、その試験結果がでたというのは、ずいぶん前の話だけどね。これは再発患者に対する使用法でね、アメリカでくじ引き試験をやったんだ。その同等っていう結果が出るのも予想できたことなんだ。再発患者にCMFを使っても使わなくても生存率は同じだからね。

渡辺:もともとCMFも効かないっていうこと? (UFTもCMFも効かないから同等という結果が出た)

近藤:そう。

渡辺:でもこの雑誌で報告されているのは術後補助療法です。

近藤:その試験については知らない。術後補助療法も(UFTもCMFも両方とも)もともと意味がないのね。

渡辺:だから結果が一緒になっちゃったってこと?

近藤:うん。これは今年でたばっかりだから知らなくても許されるかな。(雑誌のそのページを見ながら)ちょっとこのページ、コピーしてくれない? (と看護師さんに)

 術後補助療法でもリンパ節転移がない人、臓器転移してる率が10%、20%という人には(抗がん剤は)むしろやめておけと言ってる。効かないはずだから。全身転移確率が40%50%だったらどうかだけど、よく考えてみれば転移があったという場合も、それは微小転移というけど、微小転移といってもがん細胞が10万個100万個あればやっぱり治らないからね。そうするとあきらかな転移患者に抗がん剤を使った場合に、抗がん剤で成績が改善しないから微小転移でも成績は改善しないと考える。そうすると補助療法も効かないということになる。だからこれまでの試験結果というのはうそがありそうだなということになる。

渡辺:CMFが効いてたっていう試験結果にですね。

近藤:うん。

渡辺:それに関連してですけど、なんで普通の医者は抗がん剤をどんどん使う方向に行って、先生だけ逆方向に行ってるんですか?

近藤:それも「向こうに聞いてくれ」だけど、ぼくは最初日本で一番、乳がんに関してね、補助療法で強い抗がん剤治療をやっていた。1980年代にはインフォームドコンセントがなくてきちっとした抗がん剤ができないから、たぶんぼくのところ以上に抗がん剤治療をきっちりやったところはないと思う(近藤医師は日本ではじめて全員の患者にがんと知らせた。当時はがんと知らせることはタブーで、病名を知らない患者に副作用の強い抗がん剤治療を行なうことはできなかった)。その後自分の抗がん剤治療をやった経験と、データを見直すことによって考えを変えてきた。

 他の人たちは2種類に分けられる。専門家と専門家のいうことを受けて行動する一般の医者たちと。専門家っていうのは、抗がん剤に意味がないということは決して言わないの。

渡辺:仕事がなくなるから? 

近藤:そうそう。意味がなくてもデータを作るの。データを作るっていうのは山ほど論証することができるの。いろんな国の試験でそういうことやってる。あるいは前に話したかな。アレディアとかゾメタのこと(『乳がん 後悔しない治療』参照:データを捏造している)。それともう一つは意味がないという報告は有名医学雑誌に載りにくい。パブリケーションバイアスと言う。雑誌の編集者もそれじゃ(意味がないという試験結果では)おもしろくないよね。とにかく世の中にはこれが有効だという論文があふれている。一般の医者は勉強していないからそれだけを信用して使うことになる。簡単にいうとそういうことだな。

つづく。
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by lumokurago | 2010-10-15 19:33 | Dr.K関連記事

Dr.Kの診察日

 Dr.Kにいろいろ質問して答えていただきました。録音してきたのでいずれテープ起こしします。50歳以上の乳がん検診についてですが、やはり「エヴィデンスはない」とのことでした。全体的に検診推進派や抗がん剤推進派は牽強付会だそうです(論文を自分の都合に合わせて解釈するの意)。こちらはエヴィデンスに基づいていても少数なので、(自分の仕事を増やして金儲けしたい)多数派には勝てないとのことでした。

 昔、近藤医師が医学界から「火あぶり」状態にされていたときに、近藤支持の論文や本を書いた若手の医師が変な治療をしているので質問したところ、「彼は変節漢だよ」とのことでした。とてもショックだし、残念です。
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by lumokurago | 2010-10-08 22:22 | Dr.K関連記事

近藤誠医師のインタビュー記事

 これも松田まゆみさんのブログに紹介されていたものです。近藤医師に興味のある方はどうぞ。

あの人に聴く 慶応義塾大学医学部講師 近藤 誠先生(前編)

あの人に聴く 慶応義塾大学医学部講師 近藤 誠先生(後編)
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by lumokurago | 2010-10-07 16:48 | Dr.K関連記事

『がん専門医よ、真実を語れ』より

 がん検診の問題について、専門家たちにはこんな議論があったのだということを紹介します。(『がん専門医よ、真実を語れ』近藤誠編著文藝春秋1997)

 川端(英孝・東京大学病院第二外科助手:当時):乳がん検診は無作為調査に基づいて、ある特定の年齢(50歳~60歳代)の人に有効だろうといわれている。胃がんは有効とも無効とも証明されていない。大腸がんも有効か無効かはわからない。肺がんは無効だと証明されている。ただし無作為調査も外からの影響が関わってくるので、完璧な証明は成り立ちにくい、ということになるでしょうか。

 近藤:そこで、たとえば肺がんは無効で乳がんは有効というのは、理論的にどう整合させられますか?

 川端:それは、肺がんと乳がんでは検診に向く向かないの違いがあると思います。

 近藤:さきほどのがんのリンパ節を取る手術の話題では、乳がんと胃がんは同じだと言う意見が出たのに、ここで肺がんと乳がんは違うといわれると納得できませんね。どんな臓器に発生したがんも、二分裂を繰り返して増大し転移があって再発もするという性質を持ちます。それらの性質は臓器が変わっても異なりませんから、肺がんで無効だった検診は乳がんでも無効と考えるのが素直じゃないでしょうか?

 (中略ーちょっとむずかしい議論があって)

 上野(貴史・東京共済病院外科医師:当時):内視鏡検査で早期のがんを発見したといっても、それが放っておいたときに致命的ながんになるかどうかはわかりません。そのうえ、症状が出てから治療しても治る可能性もあるわけです。しかし、切り取ってしまっているから証明することはできません。だから、早期がんを発見してもおめでとうということには必ずしもならないですね。

 (中略ーちょっとむずかしい議論があって)

 川端:こうした考え(注:浸潤する能力をもっていないがんは命を奪わない)もあくまで仮説ですが、ただ、現在、外科でいわれているような「がんは順々に広がっていって最後にはあるところまでいくと全身に広がる」というハルステッド(注:乳がんで乳房のみならず筋肉まで切除する拡大手術を考え出した医者・この手術が長い間、乳がんの「標準治療」だった)の考え方は、すでに世界では1970年代に否定されています。にも関わらず、日本では、その理論に基づいて治療をしているところがおかしいんです。それでは、ハルステッド理論に代わるものがあるのかと言えば、全身病理論(ほんもののがんはごく初期から全身に転移しているので全身病である)が有力なのですが、すべてを説明しきれているわけではないです。

 馬場(紀行・東京大学病院総合腫瘍科医師:当時):ちょっと違った視点から検診について意見を述べさせてもらうと、近藤さんの本のなかで、最も反発を買ったのが、「検診はいらない」という説だと思うんですね。なぜかというと、検診はかなりたくさんの人の飯の種になっているという事実があるからです。それを根本的に覆す意見が出てきたんだから、ものすごい抵抗があって当然。いろんな人たちがいかに検診は有効かについて反論していますが、そういう人たちの思惑も多く入り込んでいると思います。

 近藤:そうですか(笑)。それで思い出したのは、この説に対する反論を検討してみると、それぞれの人が有効だといっているがん検診が全部違うんですよ。ある人は胃がん、ある人は乳がんと言うし・・・。

 馬場:そうでしょう。そこに思惑が入っていると思うわけですよ。たとえば胃がん検診に命をかけている人たちにとってみれば、胃の検診をレントゲンでやるのがよいというデータを用意するでしょうし、内視鏡検査がよいと思う人は 内視鏡が有効というデータを持ってくる。しかし、わが国の検診の場に視点をおくならば、検診無用論ではなくて検診有害論を言いたいくらいです。たとえば、乳がんを触ったことのない医者が乳がん検診をやるから、再検査にひっかかる人も多くて、無意味な生検が多くなったり、あるいは乳がん検診の異常なしを鵜呑みにして発見が遅れた患者さんも結構多い。

 上野:無意味な再検査のおかげで病院の外来は混む。しかし、そうしないと病院経営は苦しいでしょう。何かひっかけて再検査をして更に精密検査をすれば病院が儲かるという構図ですよね。無意味な検査をするお金と時間があるなら、それを本当のがん患者さんの治療に回せというのが正論になりますね。

 川端;確かに「早く見つける」というのは理論的に悪くはないのですが、利益があるかどうか難しいところです。

 馬場:検診で見つけなくてもいいような非浸潤がんを見つけて、がん患者の烙印を押されたがために、それこそ、保険や就職で多大な被害を被る。

 (中略)

 馬場:まあ、こうやって検討していくと否定的な要素が多すぎるという気がします。それにしても日本人は検診に過剰に期待しているきらいはありませんか。

 近藤:日本人特有の思い込みでしょう。みんなが検診を受けなければ、検診の問題は生じないんですよ。

 馬場:本当に。現実問題として検診は施設による差が大きく、一般の人が思っているほど期待できる内容でないことを認識すべきだと思いますよ。近藤さんと川端君の激論は、そういう検診が駆逐されてからやってください(笑)。

*****『がん専門医よ、真実を語れ』P.89~94
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by lumokurago | 2010-10-04 21:13 | Dr.K関連記事

過激なDr.K

 がんの本の校正をしています。その本のなかで、もともとエヴィデンスに基づいた(科学的根拠のある)治療という意味で「標準治療」という言葉をつかっていたのですが、Dr.Kが「標準治療」の「注」に、「多数派が行っている治療。エビデンス(ある治療法に対して効果があることを示す科学的な根拠)の有無や妥当性とは無関係。ハルステッド手術もかつては絶対の標準治療でした」と書いたので、意味が違ってきました。

 (ハルステッド手術とは乳房のみならず胸筋やリンパ節もねこそぎ切り取ってしまう手術で、むかし、絶対の治療法だったが、乳房温存療法と成績が同じであることが証明された)。

 Dr.Kが言うには、「かつて、科学的根拠に基づく医療が提唱されたとき、くじ引き試験をすれば治療法の根拠は得られると単純に考えられていた。しかし実際には、同じテーマで行われたいくつものくじ引き試験の結果がまちまちだったり、矛盾したりすることが頻繁に経験された」、「そこで専門家が集まって、いくつもの試験結果を解釈した結果を「コンセンサス」と称して提示することにした」。ところが専門家というのは治療を行なう専門家だから、治療しなくてもいいという結論はだしにくいし、患者を増やしたいという思いもあって、どの治療に関しても意味があるというコンセンサスばかりになる。その点、建築談合と大差ない。

 ということで、上にあげた「標準治療」の「注」になるわけです。(ちょっとわかりにくいですか? 本ができたら読んでくださいね)。

 もともとつかっていた「標準治療」という言葉の意味が違ってしまったので、なんと替えたらいいのやら。ほかの言葉に替えるのもむずかしい。カギカッコに入れればいいかなあ? 

 Dr.K:ぼくは「過激」じゃないよ。ほんとうのことを言っているだけだよ。(と言いそう)。

 ほんとうのことを言えば、それだけで「過激」な時代なんですよね。
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by lumokurago | 2010-05-23 22:01 | Dr.K関連記事

ぼくがかく見えるわけ(近藤誠)

ぼくがかく見えるわけ  慶応義塾大学病院放射線科 近藤誠

 ぼくは自分のことを、にこやかな人間だと思っている。だからこの元気通信で、「つっけんどんな対応」「こっ、怖い」などの評判を読んで驚き、元気を失った。

 しかし考えてみれば、他人と自分の評価が食い違っているからこそ、人は恥や迷惑をまきちらしながら生きていけるわけだ。これもその一場合なのかもしれない。ともかく、ぼくが他人にどうみえているか自分にはよくわからない。そこで、怖くなど見える理由を考えてみた。

 診察時、面と向かって話をする場合、お互い心地よさを感じる適正な距離があるはずだ。その距離感には、相手方の身体つきも影響するだろう。その点ぼくは身体が大きく、顔もでかい。診察室で膝がふれあいそうな距離で相対すると、顔と身体が迫ってくるようで患者さんは威圧される可能性がある。つまり心地よい距離は、二人の間で違いうる(これは一つの発見だね。文章を書いているとき、こういう発見があると楽しくなるんだ)。

 ただ、そうかといって1メートルも離れて座ると、かえって親近感を失うだろう。それにぼくには、1メートルは遠すぎる。これはどうにもならないたぐいの問題かもしれない。

 二つ目には、ぼくはもともと冗談好きで、仲間内では駄洒落をとばして顰蹙をかっている。しかし診察室や病室では、なるべく冗談やお愛想を言わないよう心がけている。理由はどこかにも書いたが、言ってもらえなかった人の不公平感が強くなる恐れがあることが大きい。といって、全員に公平に冗談やお愛想を言おうとすると、そうするための、心理的拘束感がたまらなくなるだろう。別の理由としては、女性相手の冗談はぼくには苦手、つまらない冗談を聞いた相手にどこかに書かれたりしたら恥ずかしい、などもある。(渡辺註:だからDr.Kと長く話すには質問を考えておくしかなかったわけです。彼もどこかに、質問に答える分には不公平ではないと書いていた)。

 聞いた相手にどこかに書かれてしまう――。そういうことは数限りなくあったし、これからもあるはずだ(渡辺註:わたしみたいにね)。ぼくは、それが悪いとかいやだとか言うのではない、言葉がひとり歩きしていく覚悟がなければ、言葉を発してはならないと思っている。

 ただその場合、冗談はまだいいけれど、理論的な話がひとり歩きするのが怖い。これまで著作に書いてきた内容と矛盾する話がひとり歩きして広がっていったらと、思うと慎重にならざるをえない(これからも医者たちの言説の問題点を指摘し批判していくのだから、自分の言説の矛盾やあやまちはできるだけ少なくしたいわけ)。

 したがって、一人ひとりの患者さんに対して発する言葉も慎重に選ぶことになる。さらに難しいのは、これまでの言説と矛盾のない話をしながら、患者さんに納得してもらえるかどうか、この一事である。そのうえ診察室には、もういろんな人が来る。そうなると、患者さんの表情を読みながらの論理展開や言葉探しに意識が集中し、こっちの顔から笑みが消えることが多くなっていると思う。

 また、診察日の前日はなるべく酒席にでないで早く就寝し、体調をべストにすべく心がけているのだけれども、朝から診察や会話に集中していると、昼過ぎには若干もうろうとしてくる。以前はそんなことはなかった。これは年をとったためか、以前より集中力がついたせいなのか。以前より患者さんの病状や境遇に同情する度合いが大きくなり、こっちの心理的負担が大きくなっている可能性もあるな。

 ともかくも遅い順番の人ほど、不機嫌なぼくに出会う確率が高くなる。ことに初診の患者さんは、初対面にもかかわらず、午後遅くに診ることにもなり、問題があることはわかっている。

 だけれども、しかめっつらになっているとしたら、その一番の理由は、患者さんが押し寄せてくるからですよ。一人に1分よけいにかかると、60人では60分、100人なら100分のびる。そして3時間待ちにも4時間待ちにもなるかと思うと気が気でなくなるのだ。ぼく自身は診察の終了が夜の10時になろうが12時になろうが、自らまいた種だから仕方がないと思っている(これまでの最長は夜8時だが、今後そういう事態も予測している)。

 しかし、そこまで待たされる患者さんや、診察につき合ってくれる若いドクターや看護婦のことを思うと、いたたまれなくなってしまうのだ。それで、新患患者がこんなに来ましたと聞くと、かえって不機嫌になってしまう今日この頃である。

 ただ診察は暖かい冷たいの問題がすべてではないだろう。患者さんにとって一番肝要なのは、医者の説明が納得できるかどうかではないだろうか。だから外の部分は全部そぎおとさざるをえなくなっても、説明の部分だけは合理的であり続けたいと思っている。

 なんだかぼやきになってしまったけれども、昔はこんなじゃなかった。15年も前の診察日は、数少ない患者さんを時間を気にすることなくゆったり見て、それでも午前中には終わっていた。乳房温存療法を希望する人が来るのは、1年に一人か二人。次の希望者が来るのを一日千秋の思いで待っていた(一人でも多く治療して、その成績を発表し、世の中を変えたかったからね)。

 その時分は、たぶん誰に対してもきわめて愛想がよかったはずだ。毎週、診察日が来るのが楽しみでもあった。今は苦行の側面も強くなってしまった。時に過ぎたるは及ばざるがごとし、か。でも誠君は頑張るよ。

「元気通信」No.13 2000.7.10付より
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by lumokurago | 2010-01-07 18:45 | Dr.K関連記事

「K・A会通信」より その3

 近藤先生への手紙                  
                               
 近藤先生、エミさんが2月6日に亡くなりました。先生に受診してからちょうど1週間でした。エミさんのこと、ちょっと聞いていただいていいですか?

 私がエミさんと初めて会ったのは、昨年8月末のイデアフォーのおしゃべり会でした。その時彼女はすでに鎖骨上リンパ節の転移がわかっていましたが、とても元気で「自分で決めてきたから何も後悔していない」と言っていたのが印象的でした。その時私の修論のためのアンケートを依頼したら送ってくれ、その後何回か手紙のやりとりをしました。

 元気なうちにまともに話をしたのはたった2回で、1回はこれまた「いつ死んでもいい」と言っているHさんも一緒に3人で(3人ともが「いつ死んでもいい」と言っている)、エミさんの「死んだらお葬式はせず、散骨する」というような「死に方」に関する話をし、もう1回は修論のためのインタビューに答えてもらいました。どちらも短時間でしたが中身の濃い話で、この2回で彼女のことはだいたいわかりました。とても意志が強く、自分で自分を成長させながら、「一人で」(女性にとってこの言葉の意味は重いのです)生きてきた人なのです。私も離婚を経験し「一人で」生きることを学んできたので、共感できる部分が多いです。

 12月の末まで元気だったエミさんが、1月9日に電話した時は咳がひどくて苦しそうでした。10日は水曜日でした。エミさんは「近藤先生に診てもらうまで(我慢する)」と思っていたのです(ごめんなさい。こんなこと知らせて)。でもその日、慶應病院は休み。10日、11日と慶應に電話しましたが先生をつかまえることはできず、A先生に電話して「すぐ来い」と言われました。

 13日に入院してタキソールを一回やりました。エミさんは迷っていたのですが、青木さん(イデアフォー世話人)の情報などから1回試してみようと決心したのでした。でも抗がん剤の副作用とは別に(タキソールやる前に吐いた)この間のストレスからなのか(?それともロキソニンの副作用ですか?)、エミさんには胃に潰瘍ができていて、肺の具合も悪く、ずっと入院することになってしまいました。その後エミさんの血液の状態が良くなってきて、A先生はまだタキソールやろうとおっしゃっていたのですが、彼女は「ここにいるとA先生にいじめられる」と言って、強引に退院しました。1月30日のことです。

 エミさんは実家(長野)に帰りたがりませんでした。自宅で、在宅でやっていくことを望んでいました。でも亡くなる前日にお父さんがいらして、翌日長野に連れて帰るよう段取りを整えていました。エミさんは長野に帰ることになっていたその日の早朝、様態が悪化して近所の病院に運ばれて亡くなりました。彼女は実家に帰りたくないという意志を通したのだと思います(彼女の実家は創価学会だそうで、そのことが関係あるのかもしれません)。

 亡くなる前日、「このうちが大好き」と言っていました。A先生の病院から退院してきて1週間を大好きな自宅で過ごすことができました。近藤先生の診察日は頭がもうろうとなりかけていたにもかかわらず、ちゃんと覚えていて「行きたい」と言ったので連れて行きました。最後になるかもしれないと思いましたし。エミちゃんは「近藤先生はやさしかった。行ってよかった」ととても喜んでいました。連れて行ってよかったと思いました。

 危篤の知らせに、私はすぐに駆けつけられなかったのですが、エミちゃんは待っていてくれました。私が行ってまもなく亡くなりました。亡くなる数日前から咳も止まり、安らかでした。

 エミちゃんは「好きなことをして生きてきた。何も後悔してない」と言っていました。彼女は若すぎるけど、それが救いです。近藤先生が大好きでした。最後にお会いできて喜んでいました。

 エミちゃんは「近藤先生の診察は転移してるのに3ヵ月後。近藤先生とA先生のコピー人間があと2,3人いてほしい」と言っていました。フォローアップは天野クリニックとか他の医者に任せて、近藤先生は初回治療とホスピスをやってほしいです。みんな近藤先生に看取ってほしいと思っていると思います。

 エミちゃんは修論インタビューの時に「ホスピスとかそういう情報を前もって集めて準備できる。それを自分で選んでいける。そういうことも近藤先生に教えてもらった」と言っていました。現実には急激に病状が悪化したので、東京でホスピスを決める前に実家に連れて帰られてしまうことになり、それが気がかりでしたが、結果としては自宅のすぐそば、好きだった根津神社の前の病院で亡くなったので、私たちもよかったと思っています。

 病状が悪化してからの1ヶ月間は、私にとってはとてもとても長かったです。死に逝く人にこんなふうに付き添っていたのは初めての経験でした。最後まで自分で決めた生き方と死に方で、見事でした。

 この手紙は私のモーニングワークです。読んでいただいてどうもありがとうございました。  2001.2.11

Dr.Kのミニ講演会

 3月10日、元気通信(愛知県のYさんがやっている通信)の主催で近藤先生のミニ講演会がありました。皆が事前に、また当日出した質問に答えていただく会でしたが、近藤先生はどんな質問にも実に詳しくわかりやすく答えていらっしゃったので、まあなんて誠実な方なのだろうと、もともと思っているけれど、またまた思いました。私はタキソールについてと民間療法について質問しました。

 私「民間療法についてですが、先生は今日の質問にも根拠のない治療はすすめられないとはおっしゃっていましたが、『乳がん治療・あなたの選択』には『民間療法だけはおやめなさい』と書いていらっしゃるのに、最近甘くなってきたように感じています。私は『ぼくがすすめるがん治療』の中の『それにしても人は何か物質的なものに頼らずにはいられないのだろうか?自然や人との交流が一番の“療法”になるのではないか』という意見に同感です。『がん患者学』の柳原さんとの対談では先生はずいぶん甘くなっているように感じるのですが、考えが変わったのでしょうか? 皆とは違う意見だけど、先生は医者なのだから厳しい態度でいてほしいです」
 
 これに対して近藤先生は「ありがとう」とおっしゃり、「あの対談は相手ががんの患者さんだったから厳しいことは言えなかった。基本的には何も変わってない」とおっしゃっていました。

 私は前掲のエミちゃんのことを書いた手紙をなんとなく出さずにいました。それでこの日渡そうとしていたのですがなかなか先生をつかまえられず、懇親会から二次会に移動する間、なんとか渡そうと先生の後ろを歩いていました。でも他の人が先生をつかまえていたので歩いている間は声をかけられず、でもそのおかげでちゃっかり先生の隣に座っちゃったのだ。今度こそ渡そうとしてね。
 
 そしたら「いい質問をしてくれてありがとう」とおっしゃり、私が「先生はやさしいから。聞かない方がよかったですね」と言ったら「聞いてくれれば自分の考えを言えるから聞いてくれてよかった。聞かれなければ自分からは言えないから」とおっしゃっていました。

W:先生のところには質問の手紙がたくさん来るんですか?
Dr.K:そんなに来ないよ。
W:全部に返事書いてるんですか?
Dr.K:わかることはね。わからないことはわからないって書いてもしょうがないから返事出さない。
W:先生でもわからないことがあるんだ。

 エミちゃんのことを知らせると、「長野に帰る前に亡くなったんだってね。悲しいね。でも悲しいところばかり見てたら医者なんかできない」とおっしゃっていました。その言葉は自分に言い聞かせているようで、ああ、この人はどれだけの患者をどれだけの悲しみをもって看取ってきたのだろうと、彼の抱えている悲しみが伝わってくるようでした。
 
 元気通信の皆さんはとっても活発で、私はそれ以上Dr.Kをつかまえておくことはできませんでしたが、Dr.Kは私には特別にやさしかったのですよ。お店を出た時に「楽しめた?」と聞いてくれて、「きみは深く掘り下げるから(心配だという意味でしょう)」と言ってくれたのですから。

 ところで、例の抗がん剤治療に熱心な平岩医師はテレビに出たあと、手紙がたくさん来たのに対して、全部に「答えられません」というファックスを送ったそうです。答えられないならテレビに出ない方が良かったね。私は平岩医師の本を読んで近藤先生と全然違うと思ったのは、近藤先生はたったひとりを大事にするのに、平岩さんは少しの犠牲は仕方がないと思っているということでした。だから抗がん剤をがんがん使っているのだろう。副作用死することも覚悟して1%の可能性を求めて抗がん剤に賭けてみるという人を否定はできないが、私だったらそこまで生に執着はない。がんも自分なので、がんが転移して大きくなったら死ぬのが自然だと私は思います。

 関係ないけど、東海村の臨界事故で2人の人が亡くなりました。私はそれだけで原子力発電はもうやめるべきだと思った(もともと思ってるけど、特に)。全体の中ではたった2人でも、家族にとっては全てです。近藤先生が抗がん剤の第一相試験(もう治らない患者に抗がん剤を使い、毒性を試す試験)に反対しているのもこれと同じだと思う。たった一人でも患者を犠牲にするのなら、抗がん剤なんかもう開発しなくていいと。私はDr.Kのこういうところが好きなのです。

 以上「K・A会通信」No.6 2001.3.24 より

*****

 この頃、父の介護で大変だった私はうつ状態がひどくなり、「K・A会通信」もこれで終わりました。でも、通信を送っていた友人たちとは今でもつきあっています。そのうちの何人かはこの間、遠いところうちまで来てご飯を作ってくれたり、病院や浦和の鍼灸院に付き添ってくれました。
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by lumokurago | 2010-01-06 17:51 | Dr.K関連記事

「K・A会通信」より その2

みなさまにうけたので、Dr.Kの文章は後回しにして、つづきです。

イデアフォー(乳がん体験者を中心とする医療を考え行動する団体)総会でのDr.K    渡辺容子

休憩時間。

W:父のことで質問していいですか?
Dr.K:いいよ。

W:(メモしてきた質問を見せる。血色素の値が7で黒い便が1回出たので、医者は胃か腸で出血しているから検査すると言っているが、私は疑問であるという内容)。

Dr.K:手術しないんなら検査しなくていいよ。
W:はい。黒い便が出たのは1回だけなんですけど、胃や腸で出血してても、いつも便の色が黒いってわけじゃないんですか?
Dr.K:出血の量によるな。

W:薬は飲む必要がありますか?
Dr.K:痛がってないんでしょ? 必要ないよ。

 (なんて簡潔なお答えなんでしょう! Dr.Kほど医療不信が強い人間はいないんじゃないかな。やっぱよっぽどのことなんだね、Dr.Kが身を挺して発言しているのは(後註:繰り返しますが「医療不信」ではなくデータがないのです)。休憩後の質問の時間にも、「がんとは関係ないけど、消炎解熱鎮痛剤[ボルタレン、ロキソニンなど]が子どものかぜや水疱瘡に使われ、年間200人~300人も死亡しているから、子どもには消炎解熱鎮痛剤を飲ませないように。身体は熱を出してウイルスと戦っているのだから熱があった方が早く治る」とおっしゃっていました)。

 「質問コーナー」のDr.Kの答えの中から彼らしいなと、隣りの席のMさんと顔を見合わせた話を一つ。

 最後に質問した人は要領を得なかったのですが、がん患者が再発転移を防ぐために自分の生活をどう変えていったらいいのか、みたいなことらしく、何かそういうことを書いた本はないか、と質問していたら、Dr.Kが途中で我慢できなくなって発言を始め、「そういうことは医者にはわからない。自分で考えるしかない。そんなことを書いてある本はない」と言ったのでした。わー、その通りじゃ。

さて、懇談会では……

 ここはDr.Kのホストクラブですよ―。みんな「Dr.Kと一言話そう」と列を作って待って、は別にいない。そんなのは私だけ(?)。Dr.Kはみんなの気持ちがよくわかり、時々場所を替えてみんなにサービスしている。たまたま私の隣の席が空いて、Dr.Kが来てくれた。向こうはなんとも思ってないから普通に座ってるけど、狭い席だからくっついちゃってこっちはどきどき! 離れようと思うんだけど彼は全く気にしてないからかえって近づいたりして!

Dr.K:この頃どんなことしてるの?
W:(医者に抗議の手紙書いたりしたから、いつもなんか“運動みたいなこと”やってると思われたんだ)。今は修論やってます。

Dr.K:(イデアフォーの)世話人になったんじゃないの?
W:それが、父が倒れて(世話人会に)行けなくなっちゃったんです。父のことだけど、入院したら一晩で痴呆がものすごくひどくなったから、次の日退院させちゃったんです。
Dr.K:いいじゃない。
W:念書書かされたんですよ。何かあっても責任持てないみたいな。
Dr.K:いいじゃない。

隣の人:先生は大規模な無作為くじ引き実験には意味がないと書かれていますが、なぜですか?
Dr.K:治療に効果があれば医者は2,3人で分かる。悪性リンパ腫の治療では昔は10人のうち、3,4人しか治らなかったものが7,8人も治るようになった。そんなもの、誰もくじ引き実験をしようとはしない。効果がはっきりしないから大規模なくじ引き実験をやってわずかな差を見つけようとする。乳がんの温存療法のくじ引き実験でも100人位のものが多い。ひとつ2000人規模のもあるけど。乳房温存と乳房切除で10000人単位のくじ引き実験をやったら1%位の差が出るかもしれない。どっちがどっちかわからないけど。高脂血症の薬の場合も、何万人単位のくじ引き実験をやってわずかな差をみつけ、効果があると言っている。そんなわずかな差では恩恵を受ける人は非常にわずかである。効果がないから大規模なくじ引き実験をやってわずかな差を見つけている。

W:(隣の人は話題が途切れたようなので)友だちが墨東病院で放射線受けて、私たちはこっちとこっちから(胸の前の方と腋の下の方から)一日に2方向からだったけど、彼女は1日目こっちから、2日目こっちからって一日おきにやってたんですって。それってどういうことですか?
Dr.K:それは手抜きだ。

W:え―っ!大丈夫なのかなあ。ところで先生、「自分で決める子育て」という本はどうなりました?(Wが手紙でこういう本を書いてほしいと頼んだ。Drには「あなたが決める乳がん治療」という本があり、イデアフォーでは「自分で決める乳がん治療」という本を出した)。
Dr.K:ぼくは子育てに関しては資格がないから書けないよ。土曜日も日曜日も勉強、仕事だったから。
W:奥さんまかせでした? でも保育園の送り迎えのことなんか書いていらっしゃいましたよね。
Dr.K:関わった時間だけはかわいがったけど。
W:時間(の長短)じゃないですよ。先生は患者を成長させてるんです。それは子育てに通じます。
Dr.K:みんなのことは突き放して見てるからなあ。だから成長するんだ。自分の子どもとなるとそうはいかない。
W:そうだね(といきなりため口になってしまった)。

 ここで私は一度世話人になろうとした者としてマイクを持って話すように頼まれて、出て行った。話し終わってまたちゃっかりとDr.Kの隣に座ったけど、今度はDr.Kが「ぼくにも話させて」と出て行き、もうすぐ出版される本のことを話した。その間に私の隣には別の人が座ってしまい、心の中で「ああ、そこにはDr.Kが戻ってくるはずなのに」と思ったけど……。でも先生はみんなの先生だからなあ、と我慢しました。

 それにしても医者が患者集団を「みんな」なんて言って、患者も医者を「みんなの先生」なんて言う関係って他にはないだろうなあ。Dr.Kと私たちって一種の共同体なんですね。イデアフォーの青木さんが言ってました、「Dr.Kは孤独だからイデアフォーに支えられてるのよ」って。イデアフォーだけでなく、患者ひとりひとりが彼を支えてるんですよ。それにしてもDr.Kって幸せだと思います。医者として患者達にこんなに思われて。私は「医者冥利に尽きるでしょ」って手紙に書いたことあるけど。

 ほんとはこの話は私ひとりの心の中にしまっておきたかったんだけど、Nさんからのご要望があったし、みんなは私の特別の仲良しなので、教えてあげました。

 さあ、また来年を楽しみにしよう。来年までは元気でいなければ。おっと、その前に12月の診察の時に聞く質問を考えねば。とにかくたくさん質問を考えておけば、それだけ長く顔を見ていられるし、声も聞けるんだからね。全くこんなふうに時間を取ろうとしてる患者ばかりでDr.Kも苦労するなあ(でもこれも「質問は好き」って言って自分で招き寄せてるんだよ、と責任を転嫁する)。さあ、勉強、勉強、そして「論壇」にも投稿するのだ(朝日新聞の「論壇」のこと―結局イデアフォーの青木さんが投稿し、掲載されました。効くというデータがある多剤併用の点滴でする抗がん剤(CMF)と効くというデータがない経口抗がん剤(UFT)の臨床試験をするというのです)。

 (後註:この頃はとにかく患者が多かったので何も質問しないと1分で診察が終わってしまっていたので、こういうことを言っている。今はそんなに混んでいないので、1分で終わるということはなく、無理に質問を考えなくても大丈夫)。
 
「K・A会通信№3」2000.10.3より
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by lumokurago | 2010-01-05 10:21 | Dr.K関連記事