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カテゴリ:Dr.K関連記事( 43 )


「K・A会通信」より その1

 いろいろと片付けていてみなさんが喜びそうな文章が見つかりました。仲間内の通信に書いたことなのでちょっと恥ずかしいですが、時効だと思います(いずれ機会があれば近藤先生にも差し上げるつもりでした。先生、読んでますか?)。

 私が乳がん治療を行ったのは2000年のことでした。当時は乳房温存療法を行う病院がまだ少なく、温存率は4割位だったと思われます(97年に3割、03年に5割)。そのため、全国から「乳房を切る」と言われた患者たちが近藤先生のもとに逃げてきていました。患者たちの近藤先生への信頼は厚く、同じ時期に治療を受けた者たちは仲間となって励ましあい、治療後もつながりあっています。私たちよりも少し早く治療を受けた人たちが「元気通信」という通信を作っていたのですが、私も「K・A会通信」という仲間内の通信を作っていました。(「K・A会」のKは近藤先生、Aは残念なことに病院で不正を働き、その後近藤先生と決別してしまった外科医のA氏のことで、2人の医師のファンクラブです)。

今日は水曜日                     渡辺容子

 今日は水曜日。水曜日といえば何の日でしょう? ピンポーン! (後註:水曜日は近藤先生の診察日です)。というわけで、行ってきました。あっこちゃんが抗がん剤をやっているのでお見舞いです。

 あっこちゃん情報では慶応で抗がん剤をやると、診察室とつつぬけのベッドでやるので、やってる間Dr.Kの声が聞けるそうです。それでNさんが私に、「もう1クールやったら?」と言いました。

私「タモキシフェンも断ったし、心配なのでもう1クールやりたいんです」
Dr.K「気でも狂ったの?」となる予定。
 
 私はDr.Kが好き。担当医を好きになるとはなんという不幸! 「会いたい」とも言えないのがつらいです。 

 でも私は平気です。というのは26歳で離婚してから20年間も好きな人がいて、(後註:これを書いた当時私は46歳だった)その人は私が知り合ったときすでに結婚してたけど、会いたい時には「会いたい」って言って会ってるから(不倫はしてない)。自分の気持ちをコントロールするために必要以上に会わず、あまり近づかないようにしてるけど。 これは別に“愛”じゃない。ちょっと「好き」なだけ。“愛”は本当に時間がかかるもの。私は子どもでは愛した子どもがいる。 

 それにしても“いい男”は少ない。それに私が出会った時にはみんな結婚してる(そんなに何人もいないけど)。 もっと早く生まれればよかった。 私はその人をどんなに好きになっても結婚を壊す気は全くない。私はひとりで大丈夫だから。 私はつよい。(相手はそんなふうには思ってないということが大きいが)。

 私は心の中に何人もの“好きな人”を住まわせている。これは基本的には男女を問わない。男の方がちょっと胸がときめくけど。 その人たちは日本中に散らばっており、何年も会っていない人も多い。でもその人たちのことを思い出すだけで、その人たちが生きているというだけで、私は元気になれる。 作家にもそういう人がいる。 たまたまほんとに会っちゃったけどDr.Kはこっちに近いな。Dr.Kは本をたくさん書いているから、本を読めばいつでも対話できる。Dr.Kは医学的なことだけではなく、哲学の分野に入ることも書いているので。(後注:先日のDr.Aとのメールのなかの池田晶子さん参照)

 ろくな男がいないから、きっともう“好きな人”なんてできないだろうなと思っていた。ところが、ところが! というわけで私はとてもうれしいです。 

 これから一生の間、Dr,Kは私の心の中に住み続けるでしょう。 彼からどんなに勇気づけられ、励まされ、暖かな気持ちをもらったことか、本当に感謝しているのです。このことだけでもがんになってよかった!

 
 2000.9.22 「K・A会通信 準備号」より
 準備号には特別付録、Dr.Kの「ぼくがかく見えるわけ」がついています(後註:のちほど掲載します)。

【追記】このあと、私は診察に行かなくなり、8年後に再発転移してからはしょっちゅう会っているので、Dr.Kは好きは好きだけどこういう意味ではなんとも思わなくなりました。ほんとですよ。
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by lumokurago | 2010-01-04 11:39 | Dr.K関連記事

赤ちゃんに必要な予防注射はない

 腰が痛いので慶応病院に行ってきました。痛い所(腰椎)に印をつけてレントゲンを撮ってみたら、以前から近藤先生がおっしゃっていた通り、8月に放射線をかけたところでした。放射線が効いて、骨が溶けていたところに新しい骨ができていました。先生は「(痛いという)症状を優先する」とおっしゃっていたのですが、最後にはやはり「納得できないな(よくなっているはずなのに)」と。CTを撮ればもっと詳しくわかるそうです。

 放射線治療しようかと言われたのですが、めまいで通うのが大変でもあり、年末年始をはさむので、痛み止めを増やしてもらって年始まで様子を見ることにしました。

 先生の患者の一人でもある友人に孫が生まれたので、「赤ちゃんに必要な予防注射はありますか?」と聞いたところ、予防注射の有効性の証明された天然痘のウイルスは絶滅し、ポリオは日本ではなくなったので、必要な予防注射はないとのことでした。そして予防注射をしない方がアトピーにもかかりにくいそうです。ただ、予防注射を断ると、いろんな機会にうるさく言われて生きにくいだろうとおっしゃっていました。

 昔、友人の一人が予防注射の副作用で初めての子どもを亡くしました。彼はそれ以来予防注射に反対する運動をしていました。何万人に一人、何十万人に一人であれ、子どもを失う危険性があることを知った上で、予防注射を受けるかどうかを考えた方がよいと思います。

 ちなみに、あんなにしつこくやっているBCGにも有効性はないこと、知ってましたか? 今も、赤ちゃんが時々スタンプをつけてますよね。

【追記】以前少し引用した『常識はウソだらけ』という本にワクチンのことが書いてあったことを思い出しました。

近藤:インフルエンザのワクチンに関しては、子どもについて調べたデータがあります。今までインフルエンザにかかったことのない子どもたちに毎年ワクチンを打っていくと、最初の年は予防効果があり、インフルエンザにかかる子が少なくなるのです。
 
 ところが、何年もワクチンの予防接種を続けていきますと、最終的にはインフルエンザに感染した延べ人数が同じになります。インフルエンザへの免疫力をつけるためには、毎年ワクチンを打ち続けなければ効果がありません。ワクチンではしっかりした免疫力がつかないためです。一方、一度もワクチンを打っていない子が一度インフルエンザにかかりますと、強い免疫力が生まれてその後もインフルエンザにかかりにくくなります。

日垣:つまり、今年はA型のインフルエンザにかかってしまったとしても、来年はA型とB型と両方のインフルエンザにかかりにくくなるということですか。

近藤:どうもそういうことなのです。A型のワクチンだけを打っていても、B型のインフルエンザが大流行した時には罹患してしまいます。毎年同じ型のインフルエンザが流行するわけではありませんから、結局のところワクチンを打とうが打つまいが意味がないのです。

有村アナ:ワクチンの力を借りるのではなく実際に自分がインフルエンザにかかって得た免疫力の方が数倍も強いということですね。

近藤:インフルエンザに限らず、ほかの感染症のワクチンについても同じことが言えます。ワクチンで免疫を得るよちも、自然に病気にかかったほうが免疫が一生持続したり、また、アトピーにかかりにくくなるということがどうもあるようです。・・・中略・・・

 アトピーにかかるかどうかは、現代生活のスタイルが関係しているのです。昔は青洟の子どもがよくいたでしょう? 青洟が出ている状態とは副鼻腔炎ということでして、青洟の中にばい菌がいっぱい入っているわけです。ハナタレ小僧がいなくなった代わりに、みんなが清潔な生活を送るようになってしまいました。その結果、アトピーの子どもが増えてきたわけです。子どものときには多少汚くしていながら、ある程度いろいろな感染症にかかったほうがアトピーに関してもほかの病気に関しても有利なのですよ。

*****

 近藤先生の患者の一人(もう一人の友人)はアトピーのあったお嬢さんに予防接種を全く受けさせなかったそうですが、どこからも何も言われず、生きにくいということもなかったそうです。30年以上前の話なので世の中もこれほど管理されておらず、何事ものんびりしていたのでしょう。
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by lumokurago | 2009-12-18 22:11 | Dr.K関連記事

私より先に亡くなる人がいるなんて

 今日、高校の児童文化研究部の後輩(ゆきちゃん)から手紙が来て、親友(Yさん)が亡くなったというのです。今年の2月頃、私のがんを理由に同窓会をやろうと話していたのですが、ゆきちゃんがYさんに連絡しても返事がなく、その後、ゆきちゃんはご両親の入院などがあってばたばたしていて、4月になってYさんの実家に電話してみたら、2月9日に亡くなっていたことがわかったとのことです。1月末に受診したら肺がんで手のつけようがない状態で、入院する間もなく、あっという間に亡くなったとのこと。

 なんということでしょう!

 がんの私より先に死なないでよ。あなたの方が若いんだから。大事な人もたくさんいたのでしょうに・・・。まだまだこれからじゃないか。順番が違うよ。

 私は今の今まで、「みんな」が私より先に亡くなることがあるとは想像もしていませんでした。けれども客観的に見れば、それは当然あり得ることだったのです。

 話は変わりますが、近藤誠医師は「ぼくはいつ死んでもいいと思ってきたなあ」と言っています。そのことについて、昔、近藤先生に手紙を書きました。その中から少し引用します。

*****

 『ぼくがすすめるがん治療』は先生の一連の著作の中では新しいものです。この本を半分ほど読んで、先生が人間的にまた哲学的に深まっていらっしゃるなあとしみじみと感じました。対談集の中で先生の理論を“哲学”だと言った方がいらっしゃいましたが、私はそれを読む前からその人とは全く違う意味で、先生のことを哲学的で文学的な方だと感じていました。もちろん多くの人も、また先生ご自身も言っていらっしゃるように先生は第一に“科学的”なのでしょうが、私にとってはそれは大前提、それプラス“哲学的”“文学的”であることが先生の先生らしさだと考えます。

 (後記-この手紙を書きながらこの本を読み進んでいたところ、「現状維持の哲学」という言葉が出てきたので、思わず笑ってしまいました。先生ご自身も「哲学」だと自覚され、この言葉を使って提案されるまでになったのですね)

 “哲学”の中身は先生が“再発・転移”について書かれている部分で非常によくわかります。「再発・転移は原則として治らない。この事実をまっすぐに見つめなければならない」「がんも自分のからだの一部である。がんと闘う心と闘わなければ、おのれの人生をまっとうさせ、燃焼させる機会は得られないだろう」「そこで問われているのは結局、各人の価値観や人生観のようである。いつかは死を迎えるわたしたちみんなにとって、めいめいの価値観や人生観をつむいでいくことが今一番必要とされているはずである」

 これはまさに今の日本で最も欠けているものの一つである“死の教育”だと思います。

 私はがんと診断される前から、本気で「いつ死んでもいい」と思っていました。今でもその気持ちは変わりません。しかし、友だちにこの気持ちを話すと、全員から「とんでもない考えだ。もっと命を大切にしろ。親より先に死ぬなんて親不孝だ。考え直せ」等々総攻撃に遭います。 「いつ死んでもいい」と思うことは別に命を粗末にすることではないので、こんな風な対応が返ってくるのは私の言葉が足りないのかもしれません。

 先生も「いつ死んでもいいなあと思ってきた」とおっしゃっていますね(『「治らないがん」はどうしたらいいのか』P.270メディカルトリビューンブックス1999.11)。

 これを読んだ時「ああ、ここに私と同じように感じている人がいる」ととてもうれしかったです。ここで丸山雅一さんが言っている「死んでもいいやっていう諦めを、どこで自分に言い聞かせるか。ポジティブな意味でね。だからもう自殺してもいいやではなく、ちゃんと死を見つめて」という言葉はとてもよくわかります。ただ、丸山さんも「ポジティブ」と言っていますが、「死んでもいいや」っていうのは“諦め”とはちょっと違うように思うのです。うまく言葉にできませんが、“諦め”ではない。「いつ死んでもいい」、そう思った時、それからあとの人生を意志的に積極的に生きていくという決意ができるといったらいいのかなあ、そんな気が今はしています。

 私はがんと診断された時、「自分は昨日までの世界とは違う世界に生きている」「世の中の普通の人とは違う世界に生きている」と強く感じました。それは今まではいつか死ぬということを知識として知っており、私の場合は「いつ死んでもいい」とまで思っていたにも関わらず、死は日常的には思い出すこともない漠然とした遠いものだったということです。それががんになって“死”が目の前に現れ、「死を見通す世界」に住むようになりました。「死を見通す世界」に住むことは今まで漫然と生きていた時に比べ、数倍密度が濃いように思います。きっと先生はがんにかかっていないけれど、今までの患者さんたちとの関係によって、「死を見通す世界」に住んでいらっしゃるのではないでしょうか? (後略)

*****ここまで2000.8.23付 近藤誠医師への手紙より

 前にも書きましたが、近藤先生は返事が必要な手紙に、受け取ったその日に返事を書いていらっしゃいます。あっという間に返事が来るのです。しかも土日をはさむような場合は速達になっています。それは昔も今も変わりません。きっと、長い間多くのがんの患者さんとつきあってきて、今日という1日がかけがえがないこと、明日はどうなるか全くわからないという感覚が染みついているのでしょう。

 【追記】 後日(2010年)、このことを質問したら、「時間取られるから早く片づけるだけだよ」とおっしゃっていました。じゃあ、なんで速達にするのかな。  2011.11.22記

 とても真似はできないけれど、今度のことでますますこの一時、一時を大切に過ごしたいものだと思いました。

追伸:これも何かのご縁なのですが、近藤先生はゆきちゃんの従兄なのです。(コネは一切使っていません・・・笑)。
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by lumokurago | 2009-09-24 21:31 | Dr.K関連記事