暗川  


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<   2005年 10月 ( 35 )   > この月の画像一覧


ソロクト原告団の証言

ソロクト原告団の証言を別なページに載せましたので、ぜひご覧下さい。
(このブログは画像が小さくなってしまい見にくいため)
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by lumokurago | 2005-10-31 21:38 | 社会(society)

色づき始めた中杉通り(阿佐ヶ谷)

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by lumokurago | 2005-10-31 20:44 | 自然 (nature)

教科書に墨を塗っても歴史は塗りつぶせない

本日の『天声人語』です。

60年前、都内に住む国民学校5年生が日記にこう書いた。「本日は連合軍進駐の日とて、米機すこぶる低空にていういうと飛び行く。くやしいが如何とも出来ぬ。ただ勉強するのみ」

やがて占領軍の命令で、教科書の軍国主義的な個所を墨で塗らされ、絶対と信じていた天皇中心の日本史が否定された。少年は思い知らされた。戦争の結果次第で歴史は書き換えられるのだと。

後にアメリカ歴史学会の会長を日本人として初めて務めた入江昭ハーバード大学教授(71)である。このほど出した回想録『歴史を学ぶということ』(講談社現代新書)で、教科書の墨塗りが自分の歴史家としての出発点だったとふりかえっている。

それは、歴史は勝者が書くのだという単純な論ではない。「国家権力や政治的思惑によって歴史が書き換えられうるからこそ、歴史家はあくまでも自由な意思と努力で史実を追求しなければならない」という決意だ。

入江さんの仕事の特色は、一国だけの狭い視点ではなく、国家を超える経済や文化の動きを視野に入れて、国際社会の全体像を描き出すことだ。「学問はナショナリズムから自由にならねばならない」という思いに支えられている。

「歴史とは現在と過去との対話だ」(英国の史家E・H・カー)と言われるが、現在の問題意識で歴史はいかようにでも解釈できるということでは困る。教科書に墨を塗っても、歴史は塗りつぶせない。肝要なのは、塗りつぶした過去との冷静な対話ではないか。軍国少年から出発した入江さんの歩みがそれを示している。

中学校の歴史教科書8冊を読み比べています。どうぞのぞいてみて下さい。
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by lumokurago | 2005-10-31 13:50 | 社会(society)

こんなサツマイモ見たことある?

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 クリスマスの七面鳥そっくりなサツマイモ。こんなの初めて見ました。こういうイモができても市場に出ないだけなのかもしれませんね。きのうのきれいな色がもうあせてしまいました。
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by lumokurago | 2005-10-30 20:00 | 畑とビオトープ(biotope)

芋ほり

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 大きなお芋がどっさり
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 いつも来るくろねこ
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by lumokurago | 2005-10-29 15:49 | 畑とビオトープ(biotope)

杉並の柿林

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by lumokurago | 2005-10-28 20:22 | 自然 (nature)

障害者自立支援法反対

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 今日もソロクトの要請行動のため永田町に行ったのですが、はぐれてしまったので、議員会館前に座り込んで「障害者自立支援法」に反対している人たちのところにしばらくいました。そこに世田谷の教科書採択の時に応援に行った私を覚えているという人がいて、びっくり。聞いてみたら、「障害」者問題の関係者に同じ知り合いが数人いました。狭い世界です。

全国から集まったこの方たちは、連日座り込んで抗議しています。新聞が報道しないので、ここまで来なければわかりません。しかし、平日の昼間、ここに来れる人はほとんどいません。

それにしても「自立支援法」という名まえは誰がつけたのでしょう?権力者というものがどれほどあくどいかは少しはわかっているつもりでしたが、まだまだ甘かったようです。よく平気でここまで正反対の名まえを考えつきますね!!
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by lumokurago | 2005-10-28 20:19 | 社会(society)

ソロクト・楽生院補償請求裁判

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 原告カン・ウソクさんの訴え

療養所では夜明けと共に作業に駆り出され、暗くなるまでカマスやレンガつくりなどの作業をさせられました。食事はわずかな米と麦、野菜と塩が配給されました。いつも空腹でした。私たちは燃料にするための枝を一本きることも許されませんでした。近くの部屋に住む若者がご飯を炊くために落ち葉を拾っていたのが見つかり、罰として断種されました。

私はレンガ工場で作業中、角材で左ひざを思い切り三発殴られました。腫れあがり化膿しました。1月たって医師の診断を受けました。医師は左足のつけ根から下を切断しました。麻酔が効かないままナイフとのこぎりで切ってしまいました。この世のものとは思えない痛みに叫び続けました。

62年前私を送り出した親とは、ソロクトへの入所が今生の別れとなりました。

(2004.10.25 東京地裁での陳述・弁護団作成のパンフより)

私はお昼のビラまきの後、共謀罪反対の院内集会に行ってしまったのですが、今日、厚生労働大臣との面会が実現したとのことです。どんな結果だったのでしょう。HPにUPされると思いますので、のちほどご覧下さい。
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by lumokurago | 2005-10-27 20:02 | 社会(society)

国会図書館前の木

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by lumokurago | 2005-10-27 19:37

ソロクト・楽生院補償請求裁判

つづき

Q8 ソロクトや楽生院のひとは日本時代にどんな仕打ちを受けたの?

A ふるさとから強制的に連行され、収容専用の車両や船によって、有無をいわさず収容されました。

ソロクトも楽生院も、日本の療養所と同じく職員が絶対的に不足していたので、療養所運営のため患者にあらゆる作業が強制されました。

特にソロクトは、療養所とは名ばかりの「強制収容所」でした。患者は夜が明けぬうちから作業場にかり出され、煉瓦工場やかます作り、桟橋の建設、日本人園長の銅像つくりのために夜遅くまで働かされました。食事は貧しく、しばしば理不尽で容赦ない懲罰が加えられ、たまらず逃げ出した入所者は監禁室に入れられ、懲罰として断種されました。数え切れないほどの方が、懲罰と飢えのために亡くなりました。

Q9 今もソロクトや楽生院には多くの人が暮らしているの?

A ソロクトには700名を越える方が、楽生院には300名以上の方が生活しておられます。韓国も台湾も、日本とはことなり、1960年代には隔離政策は廃止され、制度の上では、ハンセン病はふつうの病気となんら変わらない感染症になりました。

けれど、日本時代に徹底的な「ハンセン病はおそろしい」という宣伝を行ったために、韓国や台湾でも、ハンセン病に対する根強い社会的偏見差別が生まれました。それに、ひとたび故郷から強制隔離されたみなさんは、家族とのつながりを絶たれています。そのため、多くの方々が、治癒しても故郷には帰れず、療養所での生活を余儀なくされています。

Q10 裁判のために私たちができることは何ですか?

A この裁判を契機に、韓国や台湾の弁護士、市民の方々も、ハンセン病をめぐる根の深い問題に気付き、私たちと手をつなぎ、共通した人権問題としての取り組みがはじまっています。

けれど、日本時代に収容された方々は大変高齢です。多くは80歳を過ぎ、既に何人かの方々が亡くなっています。

私たちは1年以内の解決を目指していますが、そのためには世論の後押しがどうしても必要です。裁判やその後の集会にぜひ参加して、応援してください。(弁護団作成のパンフより)

27日(木)28日(金)11:00~17:00 厚労省前で厚生労働大臣に面会を求める要請行動を行います。ソロクト原告団は今週いっぱいで帰国予定です。明日あさってのうちに厚生労働大臣に面会できるようせいいっぱいがんばりましょう。みなさまもぜひ厚労省前に出向いて応援してください。

明日はソウルでも集会とデモがあります。デモの終点は日本大使館です。

弁護団のHPはこちらです。
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by lumokurago | 2005-10-26 17:33 | 社会(society)