暗川  


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国民保護法に関する杉並区との話し合い

国民保護法(正式名称:武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)を受け、杉並区では「国民保護計画」の策定に取り掛かっています。このことについて、本日、危機管理対策課長との話し合いが設けられ、出席しました。

まず、「ここでも、また!」と思わせられたことを報告します。

1.2005年10月13日に杉並区で実施された「生物テロの発生を想定した図上訓練」は、テロ対策、危機管理、緊急医療、メディア論などの専門家による「危機管理シュミレーション研究会」からの提案があり、協同で行ったものである。「危機管理シュミレーション研究会」にはPHP総合研究所の「危機管理研究会」8名も入っている。この「図上訓練」はPHPから声がかかって行った。(PHPのHPの「現在推進中の政策提言プロジェクト」に載っている)。

PHP総合研究所は「新しい教科書をつくる会」並びに「松下政経塾」と深い関係があり、杉並区の山田区長と太いパイプでつながっています。

なぜ杉並区がPHPの呼びかけに答えてこんな「図上訓練」をしなければならないのでしょうか?山田のせいで、PHPにただでうまいこと利用されたとしかいいようがありません。

ちなみに、この「図上訓練」は「自衛隊イラク派遣反対」の集会で天然痘がばらまかれたという想定で行われました。

2.杉並区は保護計画骨子を三菱総合研究所に事業委託した。委託料は今年度だけで945万である。保護計画は現在杉並区職員が作成検討中。区は「国民保護計画は、杉並区が責任をもって作成します。三菱総合研究所は、専門知識を持つ業者として支援業務を行います」と言っている。果たしてここで945万ものお金を使う必要があるのか?山田の懐にまた大金が「がっぽがっぽ」ではないのか?

東京都自身が「都民全員を避難させることは不可能だ」と認めている「国民保護計画」であるから、この法自体に意味がないのではないか?という質問には、「一人でも多くの方に避難していただくために意味がある」との答え。

しかし、悪名高い危機管理対策課長も、「杉並区民52万人をどの経路・交通機関で、どこに避難させるのか?」という問いに、「実際のところ思い悩んでいる」と正直に答えた。もう一人の職員も「電車、バス、新幹線、自動車の中でこのことを考えると、眠れなくなる」と言っていた。

「国民保護」という一見よさそうなこの法律、実は「一人でも多くの国民の命を救うため」とかなんとか言いながら、「武力攻撃」が近い将来あるのだと国民を脅し、訓練などをして国民の不安を煽り、日本が攻撃されたら大変だから憲法を変えよう、軍隊を持とうと無言で誘導し、さらに、訓練に参加しない国民は“非国民”なのだと洗脳して、戦時体制へ持っていこうとする法律である。

戦争とはこうやって始まるのだと今、ひしひしと感じる。今国会で共謀罪が成立し、教育基本法も改悪されるだろう。9.11の自民党圧勝を許した国民の責任である。なのに、ほとんどの国民は無関心だ。どうすればいいのだろうか?
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by lumokurago | 2006-01-30 21:34 | 社会(society)

これでも医者なの?

1月26日の朝日新聞「私の視点」に国立がんセンター中央病院内視鏡部医長・金子昌弘氏による「がん検診 予防の観点も盛り込め」という投稿が載っていた。がん検診が有効であることを無言の前提に、受診者数が一番多い肺がん検診にしても、受診率は24%弱で横ばい状態であることを「深刻に受け止め」、受診者を増やすためには、「検診に予防効果があると感じられる仕組み」をつくり上げることを提言している。

あまりにひどい投稿なので、間違いを指摘する。

1.肺がん検診は無効である。
 「肺がん検診(胸部レントゲン写真・喀痰細胞診)はアメリカでおこなわれた3つの無作為臨床試験の結果、無効だと結論づけられています。・・・肺がんは禁煙により明確に肺がん死亡数が減少することと、膨大な費用をかけて検診を実施しても死亡数が減少しないことを受け、世界のあらゆる機関は肺がん検診を否定しています。それに反して、日本ではいまだに法律(老健法)に定められ施行されている現状は、結核検診廃止後の失業対策との批判を浴びても仕方ないでしょう(注:近藤誠氏の著作にある批判)。このため、厚生省、日本の専門家はメンツを捨て、肺がん検診を行政として中止する必要があると考えます」 (『患者のためのがん治療事情』川端英孝・上野貴史著・三省堂)

2.文中に「予防注射をすれば、インフルエンザにかからないと思う人は多い。がん検診にも予防効果があると感じられる仕組みになれば、受診者は増えるのではないか」という箇所がある。
まず、インフルエンザの予防注射は、このひどい日本の厚労省でさえが「すすめられない。自己責任で」と公式に述べているものである。ここに引き合いに出すなら、この文章の前に、「インフルエンザの予防注射は効果が証明されていないが」という文言を入れるべきである。

厚労省でさえが知っているこの真実を、金子昌弘氏が知らないとは考えにくい。金子氏はこの事実を隠し、推測と感情論のみでがん検診をすすめるのだから、医師の片隅にもおけない。

さらに「がん検診に予防効果があれば」ではなく、「予防効果があると感じられる仕組みになれば」と続けるのだから、あまりの非科学性に怒りでいっぱいになってしまう。

医学の知識がない“庶民”は、「予防効果がありそう」というだけで、だますことができると豪語しているのだ。“庶民”をばかにするにもほどがある。

金子氏は「がんは3分の一から半数の人がかかる『普通の病気』」で、「仮に、がんになっても・・・完全に治す方法も開発されてきている」と続け、「我々にはがん検診の在り方を改革する努力が求められている」と結ぶ。

しかし・・・

「それにしても、日本の医学界を見渡してみると、がん検診の精度に関する論文は見られても、がん検診の有効性を疑う論文がほとんどないことはお粗末なことです。少なくとも、がん検診に対する疑問が大きな声で語られることはこれ(注:近藤誠氏の著作)までなかったのです。これは、がん検診が多くの医療関係者にとって生活の糧であるため、自己批判できないという側面もあるのでしょうが、日本人特有の思い込みが大きいのではないでしょうか。つまりがん検診はいいことであり、その有効性を疑う余地はないという論理です」

「がん検診の問題も、多くの専門家の利益とやりがいが結びついているため、自己抑制することは困難を伴うのです。このため特に予防的な医療行為に携わる人間には、倫理と科学性が要求されます。個人的な経験や推測に基づくのではなく、科学的な事実(原則として無作為臨床試験の結果)に基づかなくてはならないのです」 (同上)

金子氏および朝日新聞社員にはこの部分を読んでもらいたいものである。

参考(「キャンサーネットジャパン」の記述より)

「より早期の肺ガンが発見されればされるほど、より多くの成功した治療が可能となります。しかし肺ガンは早期に発見することが困難です。このような理由から、症状のない人における肺ガンを発見する方法が研究されています。これをスクリーニングと呼びます。スクリーニングの目標は症状が出る前に肺ガンを発見し、その結果できるだけ早期に治療を行うことを可能にすることです。肺ガンに対して有用なスクリーニングの方法が複数開発はされていますが、どれがよいかの結論に至っていません」 

さすがに「キャンサーネットジャパン」は「肺がん検診云々」とは言っていませんでした。しかし、肺がんの早期発見・早期治療が有効であるかは疑問です。近藤氏が以前、「1センチの肺がんと3センチの肺がんの治療成績が変わらないという論文が発表された」と言っていましたので・・・。
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by lumokurago | 2006-01-28 22:18 | 社会(society)

病院に行きたくない

父の熱は2週間近く続いている(上がると坐薬で下げ、2.3日後にまた上がる)。施設からは「ご家族のお気持はよくわかりますが、受診して熱の原因を調べ、それに合った薬を出してもらえば、対応ができるから」と受診をすすめられている。熱が下がらないのに、このまま何もしないでいることはできない、何か治療すれば本人も楽になるのに、というニュアンスだ。

施設側のその気持は非常によくわかる「正しい」ものだ。同時にそれは「建前」でもある。もしこれが自分の父親でなければ、例えば結婚相手の親だったりすれば、私も「建前」で動くかもしれない。仕事なら、もちろん施設側と同じ対応をするだろう。

私の思い・・・「昔なら、体力が落ち、食べられなくなって、飲めなくなって、自然に亡くなった。食べられなくなった老人にメスを入れてまで生かすのはどうなのか・・・しかも父の場合は、もういつも寝ているような状態で話しかけても返事もしないのだ。食べているといっても、口の中がいっぱいになり、反射的に飲み込んでいるだけ(熱が出た時は逆に返事をし、ちゃんと『ものを食べる』自覚を持って食べている)」

本当にもういつ亡くなってもいいのです。本人が苦しがっていれば、入院も仕方ないが、返事もし、ちゃんと食べているのだから、なんとか施設に頼み込んで、もう少しいさせてもらいたいと思っている。

たぶん、「何もしない」のにはある“覚悟”がいる。この“覚悟”とは「建前」を捨てた「本音」である。

その“覚悟”ができるのは肉親だけなのだろう。施設の職員にはできない。しかし肉親がその“覚悟”であれば、「建前」を捨てて「本音」を理解してもらいたいと思う。
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by lumokurago | 2006-01-27 15:53 | 父・母・介護

雪だるま

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先日の雪の日の翌日、通りかかった道端の写真です。
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by lumokurago | 2006-01-26 22:43 | 自然 (nature)

品川正治さんのお話(1.21集会にて)

メモから起こしてまとめたものです。

私は実際に戦争に行った戦中派です。私は三高でしたが、猶予がなくなり(注:学徒出陣のこと)、勉強できるのはあと2年だと思い、どうしても読んでおきたい本を肌身離さず持ち歩き、苦行僧のように勉強しました。純文学に引きずり込まれながらも、頭の中にはいつも戦争があり、国が始めた戦争の中で、国民の一人としてどう生きていくのかがテーマで、それが解決されないまま戦地へ行きました。

召集されてから内地にいたのはわずか2週間で、いきなり北支の戦線へ行かされました。すぐに完全武装して実弾を持って本物の戦闘に参加したのです。将校ではなく、兵隊として実戦に参加した男です。今でも足に弾が入ったままです。

戦争に行き、復員してきて、悩んでいたことの答として私が見出したことは、「国が起こした戦争」と言っているが、戦争を起こしたのも人間ならば、戦争を止める、戦争を許さない努力をするのも人間だということです。なぜ私はそれをやってこなかったのか。「国家と国民」という枠では考え付かなかったことです。沖縄の摩文仁の丘の平和祈念館にも全く同じ言葉が刻まれています。これが私が自分の最大の指標、座標軸としている考え方であり、当時も今も一歩も変わらないものです。

1946年5月に憲法草案が新聞発表されました。二度と戦争しないと国家が謳い、戦争を許さない形を国民主権で与えられた、これ以上のものはない。とてつもない感激がありました。2000万から3000万にのぼる人を殺し、原爆など、多くの犠牲を払って手に入れた9条2項であり、国民は惜しみなく拍手をしてその決意を受け入れたのです。

国民はそれだけの決意をしたが、支配政党は一度も決意していません。憲法に違反することはできないが、決意もできないので、冷戦でのアメリカの介入を許し、解釈改憲の名のもとに自衛隊を作り、ガイドライン、有事立法を作り、ついには自衛隊の海外派遣に至りました。今や9条2項の旗はボロボロ、これ以上破りようもない状態です。後は改憲しかない。しかし国民は旗ざおをしっかり握って放さない、これが現状です。中曽根さえ改憲はやらなかった。しかし今、「放せ。どうしても放せ」と迫っているのです。

経済界においても、「それは理想主義だ」という考えです。しかしこれは「理想主義」とそしられるような座標軸ではないのです。

争いがなくなる、平和な世界が実現できるとはなかなか考えないものです。アフリカなどで仕事をしている人で、部族間の争いがなくなると考えている人はいないでしょう。宗教や部族間の争いはなくせといわれてもなくせない。しかし武力で解決すべきではないのです。

領土問題を持っていない国も皆無です。例えばイギリスにはフォークランド問題があります。紛争の種は尽きません。紛争には戦争にもっていく強い力があります。軍があることで戦争になるリスクがあります。軍を持っていない国は日本以外にはありません。

また、戦争で儲かる人もいます。アフリカには石油やウラン、ダイヤモンドなどが豊富にあり、その地域の紛争は武力戦争になりやすいのです。武器商人が武器を売り込み、国際的大資本の影がちらちらします。今は戦争請負業もあり、戦争がなければ彼らには仕事がないのです。国内統治に失敗した政権は、ゆがんだナショナリズムを国内にすすめていくでしょう。紛争を戦争にする力は地球上に満ち満ちています。

紛争を戦争にしない力としては国際連合があります。ここで「外交」とはあえて言いません。なぜならば、外交には平和のための外交と、戦争に加担して儲けようとする外交があるからです。

9条は戦争の最大の抑止力です。言葉で書いてあるのですから、これほどはっきり戦争にしない力はない。今はボロボロですが、旗ざおは国民がしっかり握って放さない。

これが世界で普遍的に理解してもらえるのかという疑問もあります。どの国においても「正義の戦争さえ認めない」という立場はとっていないからです。ソルボンヌ大学では「平和主義」という言葉は軽蔑の言葉という理解が一般的です。そしてレジスタンスの歴史に対する思い出が「正義の戦争はある」という考えのもとになっています。独立戦争で独立を勝ち取ったアルジェリアや中国の抗日運動もそうです。「軍がない。戦争は一切しない」というのは日本以外にありません。これは突拍子もない考えでしょうか?

21世紀の目標が平和であり、飢餓、疫病をなくすというものであれば、9条は目的に合致した最たるものです。

政界のみならず、経済界ももっと過激に改憲を言っていますが、アメリカが戦争しているという事実を甘く見すぎています。戦争の意味には三つあります。

1.国民に対する発言権は戦争指導部に移る。
2.価値観の転倒が起こる。命の価値が「戦争に勝つ」という価値に席をゆずり、自由・人権がすっとぶ。
3.政治、経済、歴史学・・・すべてを戦争に動員する。

この三つです。アメリカはイラク戦争の張本人を世界銀行の総裁にしているような、どうしようもない国です。そして米英同盟があります。そこに安保を動員しようというのが米軍再編成であり、こんな時に憲法をいじるなんてとんでもない話です。アーミテージは9条2項があるからできないと思っています。グローバリズムとはアメリカの経済侵略に他なりません。

国民が憲法改正にNOと言ったら、それは現状維持ではありません。日中関係が変わり、日米関係も変わり、アメリカの世界戦略も変わり、すべてが変わるでしょう。9条を守ること自身が、本当の意味での改革なのです。

感想:最後のパラグラフ、感動しました。その通りだと思います。9条2項を守ることの重さと影響力には計り知れないものがあります。
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by lumokurago | 2006-01-24 23:27 | 社会(society)

野川のねこ

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野川沿いのベンチでひざ掛けにくるまってねこを膝に乗せ、登山用のコンロでコーヒーを沸かしているカップルに会いました。近くの会社に勤めていて、毎日お昼休みにここに来て、ねこにえさをあげているそうです。きょうだいらしき2匹ですが、食べすぎでふとっちゃったとのこと。
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あまりに大きなおなかなので、後ろからパチリ!
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by lumokurago | 2006-01-24 17:47 | ねこと鳥 (cats&birds)

元気で食欲もあるのに・・・

以前からお知らせしているように、父は熱が出ると元気になる。話しかけると返事をするようになり、食べっぷりもよくなり、自分から口をあけたり(普段は全くなくなってしまった)、よく口を動かす。食事にかかる時間も短縮される。

施設では熱が出ると、なにしろすぐに下げようとする。冷やすのはいいとして、すぐに抗生剤を出し、それでも下がらないと坐薬を入れる。次の日、また熱が出るとまた坐薬だ。そして坐薬を入れたから食事の量を減らすように言われる。食欲があるのに、これはなぜ?(こんど看護師にきちんと聞く)

私は医師でも看護師でもないので、医学的知識がないからこんなことを言う資格はないのかもしれない。しかし、熱が出たといってすぐに下げようとするのはどうなのか??冷やすのはいいとして、熱が出るのは免疫系がばい菌と戦っているからだと教わった。せっかく戦っているのに熱を下げては意味がないのではないだろうか??

今回は抗生剤で熱が下がらず、発熱の原因もわからないので、明日の血液検査の結果を待って、悪ければ受診するように言われた。夜勤の人手が足りなので、発熱した老人の面倒は見れないと言われた。もちろん何かあった時に責任問題になることを考えてこう言っているのだろう。

しかし、父は熱のせいで元気で、食欲もあり、食べっぷりもよい。受診すれば検査のために入院となり、禁食となり、今度こそ胃ろうになるだろう。病院は人手がないので、お茶も満足に飲ませてくれないのだ。それに日本の医療自体、私は信用できない(乳がんの経験から)。入院すれば、今より重い“病気”になってしまう。

胃ろうになる位なら、もういつ亡くなっても、後悔はない。それなのに受診は必要なのか?こういう時、相談したくても誰が信頼できる医師なのかがわからないのが困る。日本の医師のほとんどは信頼できないと私は考えているので、自分の勘の方を頼る。間違っていてもその方が後悔がない。

もう少しようすを見てもらうよう、施設にお願いするつもりだ。

それにしても、最も信頼したい病院も医師も信頼できない日本の社会って何?
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by lumokurago | 2006-01-23 22:36 | 社会(society)

グロッキー

父が去る月曜日からまた熱発し、昼と夕方にご飯を食べさせに通い、合い間には野川などを歩き(遊び)、会議や集会もあり(夏よりはずーっとずっと少ないが)、今日は朝から署名の数を数え、目が痛くて(「数える」とか「じっと見る」のがつらいのです。PCに打ち込む方が、まばたきしながら休みながらできるのでずっと楽だ)、イライラして頭がパニックになって、疲れた。どこが痛くても大変だと思うけれど、目が痛いというのもつらいものです。

もちろん、だいぶ手伝ってもらったし、明日も手伝いに来てくれる予定だけど、署名っていうのは、あっち(提出先)がちゃんと数えてくれるから、おおよそでいいんだってさ。それを聞いた時はほっとして、隣にいた友だちに「今、目が輝いた」って言われました!
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by lumokurago | 2006-01-22 23:09 | 未分類

東京の雪

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 日比谷公園
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by lumokurago | 2006-01-21 22:11 | 自然 (nature)

理解不能

 教員が卒業式や入学式の「日の丸・君が代」強制に反対して、不起立などした時、「事故」という言葉で扱われ、校長が都教委に「事故報告」を出すのだということを知った時は、その言葉のそぐわなさに驚きました。また、その「事故」を反省させ、再び起こさないようにと「再発防止研修」が行われるのだと知った時も、その言葉の異常さに驚きました。
 
 不起立は個人の思想の自由であり、それを表現した時に「事故」扱いになるとは、いったいどのように捉えたらいいのか、今でもわかりません。あまりにも「変」だからです。

 しかし、昨日「再発防止研修」抗議のために集まった人たちが、昔ながらのシュプレヒコールをくり返していたのにも違和感を感じました。おそらくほとんどの方が全共闘世代と思われるので、その方々にとっては、馴染み深いものなのでしょう。しかし、全共闘世代でない私には、とてもとても古臭く感じられました。
 
 都教委と闘うことはそうだと思いますが、もっとスマートなやり方じゃないと今の世の中には通用しないし、闘っていない人たちの理解を得ることは不可能だと思います。かといってどんなやり方がいいかはわからないのですが。。。
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by lumokurago | 2006-01-20 22:52 | 社会(society)