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善福寺公園

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これは何の花?
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バンが子育て中です。見にくいですが、ヒナがいます。
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見にくいですが、ヒナは6,7羽います。去年、育ったのは2羽で、他は蛇などに食べられてしまったそうです。
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by lumokurago | 2007-04-30 20:46 | 自然 (nature)

立ち止まる、たじろぐ、言葉を失う

立ち止まる、たじろぐ、言葉を失う~失われたメディアの自負

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 講演会での佐野眞一氏

 水俣フォーラム主催の「第83回水俣セミナー」が27日に開かれ、佐野眞一さんの講演会が行われました。

 佐野さんは、水俣の写真を見て、「立ち止まる、たじろぐ、言葉を失う」というジャーナリズムの基本が失われ、報道が薄っぺらで歴史観がなくなっていること、また、日本人には活字ばかりではなく広い意味での「読む力」が最も欠けていることを指摘され、「過去・現在・未来」を見据えたジャーナリズムの必要性を訴えられました。それはジャーナリズムに限らず、日本人の生き方全体に求められるものではないでしょうか。以下、メモを元に佐野さん(以下「私」)のお話の概略をご報告します。

1.ジャーナリズムの責任と「水俣」の風化――西日本新聞社『水俣病50年』が浮き彫りにしたもの

 私は石牟礼道子さんの『不知火』の解説を書きましたが、水俣病そのものについての著作はありません。早稲田大学石橋湛山記念ジャーナリズム大賞の選考委員です。昨年『水俣病50年』が大賞となった時に、受賞者から「光栄ではあるが、認定から半世紀たっても(これは違うが)、キャンペーンをやり続けなければならないというのはジャーナリズムの退廃です」という言葉があり、鋭い指摘だと思いました。アスベスト、事故問題等様々あるが、今のジャーナリズムはどういう状態にあるのでしょうか。

 直近の話です。先週の今日、横浜刑務所に行ってきました。その建物は刑務所とは思えない白亜の真新しいきれいな建物です。敷地にごく一部高い塀があります。一見すると暗いイメージはありませんが、ここは横浜事件の獄死の舞台で、血塗られた歴史を持った刑務所なのです。

 ここを訪ねたのはあるネパール人、ゴビンダから手紙をもらったからです。ゴビンダは1997年3月8日に起きた東電OL殺人事件の犯人とされ、横浜刑務所に服役中で、久しぶりに会いに行きましたが、元気でした。彼は絶対にやっていないと再審を要求しています。今回は娘が来るので一緒に会ってほしいとのことでした。花祭りの4月8日に妻と娘2人が来日しました。事件当時、上の子は3歳、下の子は生まれたばかりでした。2人に日本の印象を聞いたら、長女は「清潔で美しいすてきな国」と言っていました。次女は「こんなにすてきな国がなぜ無実のお父さんを捕まえたの?」と言っていました。

 新聞、テレビの退廃が横浜事件と同じ冤罪を許しています。この事件は東京地裁では無罪でしたが、高裁で有罪と逆転されました。東京地裁で無罪判決を出した裁判官はすぐに広島に飛ばされ、それ以来ずっと地方回りです。それに対して、高裁で有罪判決を出した裁判官はすぐに退官して、何かと評判の悪い帝京大教授、その後、法学では有名な中央大学法科大学院教授です。日本の司法って何かと思わされることです。

 ゴビンダは「強盗殺人は死刑だが、殺人のみなら刑が軽くなる」ということで、「強盗は降ろしてもいいから、殺人だけ認めろよ」と取引を求められました。しかしゴビンダは応ぜず、自分は無罪だ、闘うんだと言っています。こういうことをマスコミは報道しません。その時だけエキセントリックな報道をして、その後のことは何も報道しないのです。死んだ被害者の渡辺泰子はまつられましたが、生きて獄につながれている冤罪の被害者に対しては想像力のかけらも持たないのがマスコミです。10年かけなければわからない問題があるのです。

 地裁で無罪になれば、ゴビンダは即強制送還されるはずでしたが、再拘留が行われました。それも少女売春(買春)をやった裁判官によってです。この事件には司法のグロテスクな構造が全部関わっています。2年前に再審請求をしましたが、いつまでかかることか……。司法は一度烙印を押したら、覆すことをしません。横浜事件しかり、石川さんしかり……罪を負わせたまま向こうに送りたいのです。

 水俣の写真を見て立ち止まる、たじろぐ、言葉を失う、それがジャーナリズムの基本です。それが失われてしまいました。

 小泉の5年間はとんでもない時代でした。あの人はたじろがない。メディアはたじろがないからすごいというバカな伝説をばらまきました。改革、改革と言っているだけなのに、ぶれないからすばらしいとし、強いリーダーシップを持っていると言いましたが、それは欺瞞にすぎません。小泉の5年5ヶ月を維持したのはメディアで、メディアには相当な責任があります。これを総括する作業は大変です。

 小泉家から出てくる冷たさというものはグロテスクなほどです。小泉の義兄(長姉の夫)を怪しいと踏んだので、いろんな話を聞きました。彼は前科16犯の大泥棒です。彼は、「小泉家の冷え冷えとした空気は今でもはっきり覚えているよ。体温がマイナスなんだよ。そういう家だよ」と言っていました。メディアは“人権”を盾にとってそういう取材はやりませんが、私は「おまえら、人間より“人権”の方が大切なんだよな」と言ってやります。

 JR福知山線の事故では、ジャーナリズムの責任がものすごく大きいのです。あの事故の前に、1991年のJRと第3セクター信楽高原鉄道の正面衝突事故がありました。正面衝突という絶対にあってはならない事故だったので、不思議に思い、背景には何かがあると調べたところ、JRが信楽高原鉄道に黙って(国交省にも黙って)「優先てこ」を設置したことがわかりました。

 JRは殺人罪です。あの時、すべてのメディアが「JRは殺人罪」と書けば、福知山線の事故は起こらなかったのです。“JRの天皇”と言われる井手正敬の圧力ですべてはもみ消されました。事故はまた繰り返されると思います。ジャーナリズムは今日起きたできごとをぽんぽんと並べるだけで、薄っぺらで歴史観がない。人々はそのことを感じていると思います。子供だましではだまされないということで、新聞、テレビ離れが進んでいるのです。

 石原慎太郎が早々と当選を決めました。それについての論評が薄っぺらで、乱暴な物言いを引っ込め、ねこをかぶっていたなど、わかりやすい言葉しか出てきませんでしたが、そうではないと思います。石原は自分の老いが一番こわかった。「都知事の椅子は石原にとって生命維持装置である、あさましい、痛ましい」という言説がふさわしいのです。それが出てこず、薄っぺらな言葉だけでした。

 今後、社会的な犯罪が起きた時、怒り、はたまた愛情を持って伝える人間がはたしているのでしょうか。ジャーナリズムは「立ち止まる、たじろぐ、言葉を失う」ことがなく、“立て板に水”です。「雨が降るから天気が悪い」、そのレベル。怒りを感じることや共感を覚えることがますます少なくなってくると思います。

 吉本興業の内紛についてですが、吉本のタレントは1日200時間テレビに出ている。島田伸介というのは大変な才能だが、ある卑しさを感じます。子分を使い走りにした芸で、芸に格段の差があるから、こいつらは踏んづけてもいいと思っているようです。説教をするつもりは毛頭ありませんが、1日200時間そういうものを見せられて、子どもにとってよい影響はないでしょう。私が書くならそのことを書くでしょう。

2.マスメディアを覆う歴史観の欠如――中内功・ダイエー問題を通じて検証する

 私は中内を取材して「カリスマ」という本を書きました。中内のような男は二度と出てこないでしょう。「歴史観」ということでいろいろと教わりました。シャイな男でしたが、ぽつぽつと話すようになってくれました。

 中内は戦争中ルソン島の守備隊にいました。それは100人中73人が死亡した隊で、そのほとんどが餓死でした。私が中内に「戦争で一番恐ろしいものは?」と聞いたことがあります。「敵の鉄砲の弾」かと思っていましたが、中内の答えは「隣の日本兵」でした。眠るといつ殺されるかわからないというのです。この人が殺したかどうかはわからないが、人肉を食べただろうなと感じました。

 また、フィリピンで捕虜になったが、中内は珍しい姓だったから生き残ったと言っていました。捕虜に対して人民裁判が行われました。現地人がうろおぼえの日本語で「スズキ」「ヤマダ」「サトウ」と言って、言われた奴はすぐにデス・バイ・ハンギングです。「戦争っていうのはそういうことなのか」というものです。

 中内は復員にあたって牛缶1個と全国どこにでも行ける国鉄のパス、現金40円をもらったそうです。4年間外地にいたので貨幣価値がわからなかったが、豆腐を買ったら1丁5円で、命をかけて戦った代償が40円、俺の身体は豆腐8丁かと言っていました。中内のすごいところだと思いました。

 中内は1日1億返しても72年かかる借金を抱え、すっからかんの無一文で霊安室から即火葬場に運ばれるような死に方でした。中内にとって2度目の敗戦だったでしょう。NHKに「その時歴史が動いた」という番組があり、私も時々見ますが、「その時歴史が動いた」は我々のことです。我々は歴史が動いていることを目撃しているのです。ダイエーの経営の失敗についてはどうでもいいことで、その問題が起きた歴史観を考えなければならないと思います。

 トヨタの奥田、ソニーの出井が亡くなっても、騒がないと思います。彼らには指定席があるからです。中内には指定席はないのです。私たちが、奥田とは車でつながっている、出井とは音楽などでつながっているとすれば、中内とは大根1本、豚肉1切れでつながっているのです。なぜこの取材をやるのか? それは水俣ともつながっています。どんなものを媒体にしてもかまわないが、そこから汲み取ることは歴史観でなければならないのです。それがメディアの責任です。

3.「満州」という時間軸と「沖縄」という空間軸――日本列島の「立ち位置」

 「阿片王」では里見甫について書きました。とてつもなくわかりにくい、とてつもなく大きい、日本人ではない、中国人よりも中国人と言ってもいいようなわかりにくい人物です。甘粕正彦も書きました。甘粕は大杉栄、伊藤野枝らを虐殺したとされている。甘粕が目立ち、他の4人は忘れられていますが、下手人は甘粕でないことがわかりました。その時の日本が、2重3重の防衛によって甘粕に罪を着せたのです。

 私は昭和22年生まれの団塊の世代ですが、この言い方は好きではありません。高度経済成長期に思春期を送り、高度成長とは一体なんだろう、どうしてこんなことが達成できたのだろうということがずっと気にかかっていました。

 「満州」というのは広大な空き地に作ったとんでもない実験国家だったわけですが、たった13年で消滅し、日本は広大な土地を一瞬で失いました。高度成長というのは失われた満州を日本の国内に取り戻すというのが、中核にあったパッションではないかと思っています。満州の高級官僚、岸信介は、満州を「自分の最高傑作」と言っていました。権力者にとってのみでなく、民衆にとっても満州の夢を国内で何とかして取り戻したいという思いがあったのだと思います。

 戦後の人間が「満州」をどう伝えるか、責任があると思います。今、月刊『プレイボーイ』に「沖縄コンフィデンシャル」を連載しています。もうすぐ終わりますが、日本は失われた「満州」を取り戻すという時間軸と「沖縄」という空間軸のクロスしたところに、今いるんだということです。この位置に立てばすっとわかることが何回もありました。

4.語られてこなかった「沖縄」の戦後史――「沖縄コンフィデンシャル」の取材から

 「沖縄」というと唯一の地上戦の行われた場所ですが、それのみでよいのかという問題意識があります。沖縄の人に「ほめ殺しはいい加減にしてほしい」と言われたことがあります。沖縄には魅力的な人がたくさんおり、語られてこなかった沖縄の戦後史を取材したいという思いです。

 沖縄はいつも被害者の文脈で語られてきましたが、奄美との関係では加害者です。奄美は米軍が占領したが、山国で無用の長物だったため、昭和28年に「くれてやるわ」と返還されました。非常に貧しいところで、復帰しても食えないので、多くの人が沖縄に基地労働に来ていました。沖縄には奄美差別があります。奄美出身者は全て公職追放され、沖縄はそういう面ではすごくいやしいのです。沖縄のヤクザのルーツは奄美ヤクザです。たくましく生きざるを得ない奄美人にはとてもおもしろい人がいます。早くしないと戦争中の話や戦後の話をしてくれる人はどんどん亡くなってしまいます。

 奄美からは神戸に出てきた人も多いのですが、クボタのアスベスト被害にあっている人には奄美人が多いのです。最も弱いところに被害は行くという例がここにもあります。

5.「記録」されたものしか「記憶」されない――宮本常一の写真、「読む力」の復活

 宮本常一は優れた記録者でありノンフィクション書きであり……いい言葉をたくさん残していますが、その一つに「『記録』されたものしか『記憶』されない」という言葉があります。「記録」するということはそういうことなんですね。

 彼には10万点もの写真がありますが、おびただしいことを教えられるのです。宮本は誰もが通り過ぎ、見過ごしてしまうものを撮っています。

 例えば、杉皮を干している写真がある。これはすぐそばに裸にした杉があり、杉皮を敷いて杉を滑らせて川に運び、杉は比重が軽いからそのまま筏になるんですね。それに対して松は比重が重いから、松だけでは筏にできない。松林の隣には竹林があって、松の間に竹を入れて筏を組むのです。1枚の写真からそこまで読ませる。

 また、別の写真では流木の上に石があるのです。この石というのはこの流木の第一発見者の印なんですね。丸い石はだれそれのもの、三角の石はだれそれ、四角い石はだれそれと決まっている、それがあれば他の誰もこの流木に手をつけない。つまりそういう共同体が残っているということなのです。

 インターネットの普及によって「読む力」が減退しました。「読む力」というのは活字を読む力ばかりではありません。人間というものは人の力を読む、相手を読む、不吉な兆候を読む……人間にはそういう身体的な「読む力」が備わっていたのです。それがいつの間にかなくなりつつある。日本人に最も欠けているものは、何かを「読む力」ではないでしょうか。それは教育に欠けているものでもあります。「読む力」さえあれば、どんな苦境に立ってもやっていけるのです。これは学校の勉強ができるということとは逆比例する力です。

 私がものを書く時に「金科玉条」としているのは、柳田国男が「民俗学とは?」という問いに答えた言葉で、「かつてこの国土に生まれた者、今生きている者、未来の者」つまり、「過去・現在・未来」をみすえた学問ということです。ジャーナリズムに求められているのも同じものだと思います。

筆者の感想

 「立ち止まる、たじろぐ、言葉を失う」ことは「表現する」際にはマイナスであるかのような社会になってしまいました。筆者は佐野さんに全面的に共感します。「表現する」ためには、その前に「感じる」ことが必要だからです。「感じる」ということと「表現する」ということの間には、「感じた」衝撃を受け止めて咀嚼し、自分の言葉で表現するための時間が必要だと思います。「立て板に水」のように表現できるということは、逆に言えばそれほど感じなかったということの証明なのでしょう。つまり、現在の日本のジャーナリズムは「感じる」ことなしに、できごとの上っ面だけを報道しているのではないでしょうか。

 日本人に最も欠けているのは「読む力」だという指摘にも共感します。多くの人が権力者(為政者)にだまされていると筆者は思っています。介護保険も医療も改悪に次ぐ改悪で、そればかりでなく日本国中のすべてが改悪されているのに、いまだ政府与党に投票する過半数を超す人たち……近い将来自分が困るのに……それどころか子どもたち、孫たちの命さえ危ないのに……。

 「読む力」が完全に失われています。日本はこのまま「感じる」こともなく、「読む」こともなく、ただ流されていくのでしょうか?

*****

 この報告に付け足して、佐野さんは質問に答えて次のようなことをおっしゃっていました。

 個人情報保護条例は新しい形の治安維持法であるとして反対していた。取材していると個人情報保護を理由に取材拒否される方が多い。今後、「名無しのゴンベエ」の記事が出てくるだろう。死んでいった人間、生身の人間からしか担保しないものがある。それを表現するには<名まえ>が欠かせないと思っている。『東電OL殺人事件』では『渡辺泰子』という実名を出した。その訳は彼女の手紙を見たことがあるのだが、彼女の「渡辺」の「なべ」はむずかしい「なべ」(字は不明)で、麗しい筆跡で書いてあり、彼女が名まえに誇りを持っていたことがわかったからである。親族から訴えられてもかまわないと思った。

 ジャーナリストは自分で自分の首を絞めている。自分はよほどのことがない限り個人名をあげている。(ここまで)

 私も「個人情報保護条例」は「人民分断条例」だと常々思っていましたので、溜飲が下がりました。私も「学童クラブ便り」に子どもの名前を出していました。今では考えられませんが、当時は文句を言う親もいませんでした。学童クラブには誰ちゃんと誰ちゃんと誰ちゃんがいて、その子どもたちを職員も親もみんなで育てていくんだという共通の思いが確かにあったのです。

 今は子どもの誕生表(名まえが書いてある)さえ、保育室に貼れなくなったという保育園の話を聞きました。

 学童クラブでは子どもの名簿を作らなくなって久しいです。親たちは学童クラブに自分以外に誰がいるのかさえわからないのです。親たちが知り合う方法は非常に限られてしまいました。「人民分断」そのものです。

 そして大多数の人がこのことを当然だと思って、疑うこともありません。みんな、だまされ、繰られています。
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by lumokurago | 2007-04-30 14:13 | JANJAN記事

選挙は民主的に行われていると言えるのか?

杉並区長山田宏氏は、月刊「ガバナンス」2005年2月号で次のように述べています。(以下引用)

本来的には、教育行政は首長が担うべきものだと思う。(略)教育委員会の廃止は、政治的中立性を阻害するという議論があるが、そもそも今の方式が中立性を担保するものなのかも疑問だ。国の大臣には、時の政権政党のメンバーが就いている。

また地方でも、教育委員は首長が推薦し、予算や事務局の人事権を首長部局が握っているのだから、実質的に首長の支配下にある。だから区民の意見を反映できる諮問機関のような仕組みのほうがはるかに民主的な組織になるのではないか。

おかしなことをすれば、首長は選挙で落とされるわけだから。(引用ここまで)

すばらしいお言葉! 

「首長」には選挙民にはない「権力」と「金」(首長という仕事のもたらす旨い汁)がある。本来首長をコントロールすべき議会は利権がらみでしばりつけ、命令をきかない職員はすぐに飛ばしてしまう、マスコミ操作も思いのままで選挙民はイチコロ。金にものを言わせてなんでもやり放題。広報には嘘八百を書き、都合の悪いことは絶対に載せない。

そういうやり方なら、選挙で落とされることもありませんよね!

仮にも「民主的」という言葉を使う資格なんて、あなたにはありません。

選挙が「民主的」に行われるためには、新聞やテレビに政府の垂れ流す国民誘導のためのデマと同じスペース(時間)を取って、真実を毎日載せる(放映する)ことが必要です。国民に真実を知らせないどころか歪曲して知らせている現在、この国に「民主主義」はありません。

山田宏さん、あなたも決して民主的に選ばれて区長になったのではありません。あなたは自分のしていることの真実を区民に隠し、マスコミを利用して、つまり汚い手を使って区民をだましてのしあがっているだけです。
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by lumokurago | 2007-04-29 17:13 | 社会(society)

わかりますか?

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シーザーが庭の木に登っていたので、あわててカメラを取りに行ったら、後ろ向きになって・・・(わかりますか?)どうやって降りるのか?降りられるのか?と心配していたら、
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なんなく塀に飛び降りました。さすがねこですね。
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by lumokurago | 2007-04-27 23:39 | ねこと鳥 (cats&birds)

ビオトープの花

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ニリンソウ
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ビオラ・パピリオケア(園芸種のスミレ・現在は野生化)
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荻窪駅付近にスミレの群落発見! かなり広いです。ただし終わりかけています。来年が楽しみ。
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by lumokurago | 2007-04-27 23:34 | 畑とビオトープ(biotope)

立派な畑になりました

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あまりにも忙しくなかなか畑仕事ができないので、近所の方に頼みました。おかげでこんなに畑らしい畑に! トンネルの中に、小松菜、春菊、大根、なす、トマト、キュウリなどなどが育っています。
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タマネギ(私が蒔いた種は全然だめでした。遅すぎたのでしょう)
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絹サヤ
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たくましいホウレンソウがまだ育っています。
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by lumokurago | 2007-04-26 20:20 | 畑とビオトープ(biotope)

『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』を読む~日本は駄々っ子

JANJANに書評が掲載されました。

*****

c0006568_11181939.jpg 本文を読み始めて2ページ目で「うーん、どうしてこんなに違うのだろう?」と感じ、読み進むに連れて、「どうして政治家や企業がこんなにまともなの?」と衝撃を受けた。読み終えて、今更ながら「日本は駄々っ子みたい」と恥ずかしく、穴があったら入りたい思いである。

 ドイツ政府の戦後補償は、良識のある“大人”のすることとして実に筋が通っている。それに比べて日本は? もちろんドイツと日本を単純に比較することはできないが、戦争を仕掛けて他国を侵略し、残虐の限りを尽くし、取り返しのつかない多大な犠牲、損害を与え、戦争責任を負っていることは共通している。

 この本はドイツに住む著者が、ドイツ人の過去との対決のディテールを取材して報告した本である。ドイツはナチスの戦争責任に対してどのようなことを行っているのか、具体的にあげてみる。

(1)戦後60年目の2005年に2700万ユーロ(約40億5000万円)をかけて、首都ベルリンの一等地にホロコースト犠牲者追悼モニュメントを完成。こうした施設はドイツ語で、Mahnmal(マーンマール)と呼ばれるが、日本語に適切な訳語はない。忠実に訳せば「過去の犯罪や問題について、現代そして未来の人々に警告するための碑」

 これのみならず、全国数千ヶ所に資料館、追悼碑などがある。

(2)ドイツ政府がナチスの犯罪により被害を受けた人々に払った賠償金は1952年から50年間で604億6400ユーロ(約9兆669億円)。2002年だけでも9億8000ユーロ(約1470億円)が支払われており、連邦財務省は「賠償金の支払いは、被害者が生きている限り続く」としている。ドイツ政府は金による償いが不可能であることは認めながらも、経済的な支援を通じて謝罪しようとしている。

(3)ドイツの歴史教科書ではナチスが権力を掌握した過程や原因、戦争の歴史を詳しく取り上げ、ドイツ人が加害者だった歴史を強調している。歴史の授業は討論が中心で、生徒が歴史的事実をどのように分析、評価するか、そして自分の意見を述べることが重視される。こうした教育を受けていれば批判的な思考が身に付き、将来ナチスのような集団が政権を奪おうとした時に、反対できる可能性が高くなるからである。

(4)ドイツのマスコミは戦後60年以上経った今でも、ナチスの犯罪について喚起する記事を頻繁に取り上げている。戦争関係の記念日には新聞は特集記事で埋まる。ドイツ政府とマスコミは犯罪が繰り返されないためには、国民に情報を与えなければならないと考えている。

(5)ドイツの司法当局は連合国による訴追(ニュルンベルグ国際軍事裁判)が終った後も、今日に至るまで、虐殺などに関わった容疑者の訴追を続けている。西ドイツ政府は1979年に「悪質な殺人」に関しては時効を廃止した。その理由は行方がわからなくなっているナチスの戦犯を訴追するためで、ナチスの戦犯は生きている限り捜査の対象となるのである。

 ドイツの司法界や社会は「ナチスの時代に生きたドイツ市民全員に罪がある」という集団責任は否定し、市民一人ひとりがどう行動したかを基準にして「個人の罪」を追及している。裁きの基準になるのは、個人が「どんな状況でも、人を殺してはならない」という自然法に違反したかどうかである。

(6)1998年に米国に住む強制労働被害者がドイツの大手企業に対して損害賠償を求める集団訴訟を起こしたことを皮切りに、多くの訴訟が起こされた。また、マスコミによって企業がナチス時代に果たした役割について集中的に報道されたため、企業にとって不利な事実が次々と明るみに出てきた。

 ドイツ企業は訴訟の標的となることによって活動に支障が出ることを恐れ、2000年、政府とともにナチス政権下で強制労働などの被害にあった市民のために賠償基金「記憶・責任・未来」を設立した。総額は100億マルク(約5000億円)で、政府が50%、企業が50%負担する。しかし、強制労働の被害者には高齢者が多く、賠償金を受け取らないまま亡くなった人も少なくない。

(7)ドイツ企業の中にはナチス時代に犯した自社の過ちについて、積極的に情報を公開する企業もある。都合の悪いことを自ら公開することでかえって企業への信頼性を高められるという判断であろう。

 さて、一方、日本ではどうか?

(1)A級戦犯容疑者であった岸信介が総理大臣になり、彼を尊敬すると公言して憚らない孫が現在の首相である。現在の首相は首相になってから従来の政府の見解を踏襲してはいるが、持論は「南京大虐殺はなかった」「従軍慰安婦はなかった」「強制連行はなかった」である。

(2)加害の歴史を教える教科書を「自虐史観」とし、アジア太平洋戦争を「自存自衛の戦争だった」と歴史を歪曲した教科書が文科省の検定に合格、この教科書を支持する首長は違法行為まで重ねて強引に採択させている(例:東京都杉並区)。
(参考サイト 「杉並の不当な教科書採択取り消し裁判の会」http://suginamisaiban.web.fc2.com/ 

(3)マスコミは戦争責任を報道することをほぼ放棄したように見え、少数の良心的なジャーナリストを除き、国民に真実を伝えようという気概をとうに失っている。

(4)中国や韓国の被害者が起こした訴訟に対して、損害賠償を退けるケースがほとんどである。裁判所が国や企業の責任を認めた場合でも「国家無答責の法理」(明治憲法下での国家行為については、市民に損害を与えたとしても賠償しなくてよいとする法理)により、または「除斥期間(訴訟を起こせる期間)が過ぎた」として国や企業を免責している。
(参考サイト 戦後補償主要裁判判例 http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/senngohosyou.htm 

 著者は、欧州では残念なことに、日本について「歴史認識をめぐり頑強な態度を崩さず、周辺諸国と融和しようとしない国」というイメージが定着しつつあると述べている。そして、ドイツが過去との対決によって旧被害国の信頼を回復し、欧州が過去2000年間で最も平和的な状態を実現しているのに対し、東アジアでは「歴史リスク」が増大していることに危機感を抱いている。

 ドイツと日本を単純に比較できないとはいえ、どうしてこれほどの違いが出てきたのかを、私たちは考えなければならない。

 著者がブラント元西ドイツ首相にインタビューした時の、ブラント元首相の言葉の中の「ドイツ」を「日本」に置き換えてみよう。

 私たちは「自国の歴史の流れから外へ出ることはできない」のだから、「日本の歴史の美しい部分だけでなく、暗い部分についても勉強しなくてはならないのです。それは、他の国の人々が、我々日本人を厳しく見る理由を知るためです。そして日本人は、過去の問題から目をそむけるのではなく、たとえ不快で困難なものであっても、歴史を自分自身につきつけていかなくてはならないのです」

 私たちはこのことをあまりにもおろそかにしてきたのではないだろうか。東アジアを平和的な集合体とするために、今からでもいいから心を入れ替えて、日本は戦争責任の所在を明らかにし、次々に亡くなっていく多くの犠牲者たちに謝罪し、補償すべきである。そして次の世代にも戦争の加害の歴史を隠さずに教え、考えさせ、二度と侵略戦争を起こさないようにしたい。

 このことを誠実に実行・努力しているドイツから、確かな説得力をもって書かれた本であった。多くの人にお薦めしたい。

***** 

 なぜドイツと日本はこんなに違うのでしょうか?
ここには書きませんでしたが、なぜ日本人はこれほどに自分の意見を持たないのか?
なぜ「長いものには巻かれろ」「寄らば大樹の陰」なのか?

なぜでしょう?
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by lumokurago | 2007-04-26 20:10 | JANJAN記事

主権実現の手段としての裁判

生田弁護士の本のために書いた文章です。

 私が裁判をやってみようと思ったのは、愛媛の裁判を傍聴したことが大きなきっかけです。裁判というとむずかしい上に、堅苦しく、権威的なものだと思っていましたが、愛媛の裁判はそんな先入観とはかけ離れ、自由であるばかりかとっても楽しいものでした。百聞は一見にしかず。その上、私は傍聴のつもりで生まれて初めて行った裁判で、いきなり原告席にすわって意見陳述してしまったのでした。そんな愛媛の裁判に習って始めた私たちの裁判のやり方をご紹介します。愛媛とは違い、本人原告と生田弁護士とのミックス原告ではなく、本人原告のみで行っています。

 第一回の口頭弁論では、開廷の言葉が終るか終らないかのうちに、「すみません」と挙手し、「一期一会のご縁ですから、自己紹介から始めたいと思います。原告は~」と名乗り、裁判官、被告にも自己紹介を求めます。裁判官は「表に書いてあるから」とか「個人の立場でやっているのではないから」などとぶつぶつ、「慣例ではない」としながらも名乗ってくれます。(つべこべ言わずすぐに名乗ってくれれば数分が節約でき、「迅速な裁判」促進に役立つはずなのですが)。
次に、裁判官を「裁判長」と呼ばずに、名前を「さん」付けで呼ぶことをお願いします。裁判所は決して庶民には近づきがたい権威的な場所ではなく、裁判官と主権者とは対等であることを確認するためです。

 今までの裁判では、「口頭弁論主義」を標榜しているにも関わらず、訴状、準備書面などを口頭で陳述させてもらうことはほとんどなく、どんなに膨大な書面を書いても、裁判長の「陳述しますか」という問いに「はい」と答えれば、それで全部陳述したことにされていました。それではその裁判で一体何が問題になっているのか、傍聴していても全然分かりません。せっかく傍聴に足を運んでも、あっという間に終ってしまうことさえあるのです。

それに対して私たちの裁判では、傍聴者も主権者であるとの立場にたって、できるかぎり実際に口頭で陳述することを求めています。裁判官にとっても、原告の顔を見ながら、切実な訴えを間近に耳で聞けば、ただ書面を斜め読みするのとはまるで違うことでしょう。現在、メールなどが普及して、生身のコミュニケーションが失われていることの弊害が問題になっていますが、裁判もそれと同じだと思います。更に言えば、証人喚問を要求しても、採用されることは少ないと聞いていますが、当事者の声を聞かずに公正な判断ができるとは思えません。

 私たちは期日前に何度も「訴訟指揮への異議申立」という準備書面を出し、時間を取ってくれるよう頼んでいますが、東京地裁は事件数が多いせいもあるのか、同じ裁判を行っている愛媛や栃木に比べ、なかなか時間を取ってくれません。しかし、現在行っている2つの裁判のうちの1つでは、次回第3回口頭弁論に30分の時間を取ることを確約してもらいました。私たちにとって大きな収穫です。傍聴した人たちは、私たちが素人にも関わらず、きちんとした準備書面をたくさん出したので、認めてくれたのだろうとおっしゃっていました。

 もう一つ、私たちの裁判の大きな特徴は、弁護士のいない素人の集まりなので、裁判官に教わりながら裁判を進めていることです。わからないことが出てくると、その場で質問して教えてもらっています。生まれて初めての裁判ですから、何を勉強すればいいのかもわからないのです。その点、生田弁護士がその都度、役に立つ戦略を教えてくださっています。杉並の場合は原告(選定当事者)8人ないし10人のうち、どちらの裁判でも1人を除いて全員が女なので、直感でやっていることが多く、理屈は苦手で、裁判官にとってもやりにくいことでしょう。しかし、主権者は私たち一人ひとりですから、主権者が裁判を行うのを手助けするのが専門家である裁判官の仕事だと思います。(とは言っても、裁判官に頼りっぱなしではなく、現在、生田弁護士からいただいた「要説 行政訴訟」という本を読んで勉強しています)。

 訴状、準備書面は全部自分たちで書いています。現在の法律の成立過程などを調べるために、1950年代60年代の膨大な国会議事録を読んだり、文科省から情報開示した資料を調べたり、区議会の議事録を検索して調べたり、被告らが書いた本を読んだり、被告についてネットで調べたり、国会図書館で古い新聞を調べたりと、とても大変ですが、いろいろなことがわかってくるとおもしろくなってきます。ちょっとした探偵気取りです。とは言っても、全員が同じように調べて書くことはできないので、できるだけ情報を共有化することが必要です。

 ここで、口頭弁論での裁判官の失言を紹介しましょう。その時はファイル1冊分にもなる準備書面を書いたのに、裁判長がそのタイトルだけ列挙し、「陳述しますか」と聞いたので、私が傍聴席に「これでこの分厚い準備書面の中味が全部わかりましたか?」と質問しました。傍聴席からは「わかりません」との声があがりました。その時、裁判長が「居酒屋の鍋奉行じゃないんだから、勝手に仕切らないで下さい」と言ったのです。それでも私たちは引き下がらず、裁判長から5分の時間を引き出しました。5分の陳述後、裁判長はまた「陳述しますか」と聞いたので、「今回時間が取れないなら、次回に継続して下さい」と食い下がりました。すると、裁判長は「先生に『静かにしなさい』と言われても、まだ駄々をこねる生徒と同じですね」と言いました。裁判長は「陳述しないならこの裁判は終わり。閉廷」と言い出したので、原告の中の2人が「忌避」を言い出して少しもめ、結局私たちは陳述したのですが、裁判長がこのような人間的な面を思わず出してしまったということに、私たちの裁判の人間くささが現れているような気がしました。

 私たちのこのようなやり方に対し、被告代理人は準備書面に「原告らの訴訟手続きに関する主張等に照らしたとき、本裁判が司法権の範囲外の場にならんとする懸念もあり、適正な訴訟指揮のもと、直ちに本訴は棄却されるべきである」と書いてきました。しかし、裁判長はこの記述に対して「ふさわしくない」と被告に注意してくれました。

 私たちは教育基本法「改正」案が参議院で強行採決された2006年12月15日に、「つくる会」教科書を推進し「改正」前の教育基本法第10条に違反した、安倍晋三を訴えた裁判の第一回口頭弁論を行っていました。ここに書いてきたようなやり方で裁判を行い、原告のみならず傍聴者も、みんなが「主権は自分にあるのだ」ということを実感しました。中には「60年以上生きてきて、自分が主権者なのだということを生まれて初めて感じることができた」と言った人もいます。傍聴者は「裁判所で人間らしいやりとりを初めて聞いた」「裁判て、こんなにおもしろいものだったのか」とおっしゃっていました。

 この口頭弁論をあの日、国会前に集まっていたみんなに見てほしかったです。実況中継してほしかったです。そうすれば、みんな、教基法が改悪されて落ち込むのではなく、逆に元気になることができたのに。そう、私たちは「主権者」として初めて、主権を具体的に行使する方法を手に入れたのです。ただ選挙に行くだけではなく、直接首相を訴え、法廷で意見を述べることができるのです。

 日本社会がこんなにひどくなってしまったことには自分にも責任の一端がある、それなのに何もできないと思い、私は今まで絶望していました。生田弁護士は「今まで主権者としてさぼっていたツケを払わなければならない」とよくおっしゃいます。私は裁判をやることによってツケを払うことができることを知り、これでこれからは絶望せずに生きていけると思っています。
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by lumokurago | 2007-04-25 23:48 | その他裁判関係

選挙は美人コンテストか?

杉並区議会議員選挙の開票が始まって、初めて流された開票速報では、美人3人が2800票(トップ)だったそうです。

私が生まれて初めて選挙活動をした候補と同じ会派から、2人が立候補していました。一人は実力派の現職(私が応援した人)、もう一人は20代のかわいい新人、立候補が決まってから杉並に引っ越してきたパラシュート候補です。

今日、支援してくれた方に電話しました。彼女は実力派よりも若くてかわいい新人の票が多かったことを「許せない」と怒っていました(かわいい新人は実力派よりも35票多かった)。「私のような年寄りやブスではだめなのね」と。

私はもう諦めていましたが、この方はそんな風に批判されました。すばらしい方ですね。

選挙が美人コンテスト或いは人気投票になって久しい。
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by lumokurago | 2007-04-24 23:15 | 社会(society)

返事をした父

父はもうしばらくの間、返事もしない状態が続いていましたが、今日は入院して初めて洗髪してもらい、気分がよかったのか、返事をしました。話しかけると「うん」「うん」と・・・。

あまりに調子がよさそうだったので、久しぶりにゼリーを食べさせてみました。「ごっくん」「ごっくん」とうまく飲み込めました。桃の味だったので「福島の桃ですよ。酒井さん(小学校の同級生)から送らってきたんですよ」と言って、5口位食べました。

今、転院先を探しています。

今日、NHK教育テレビで介護保険改悪の問題をやっていました。私がもう6年以上お世話になっているヘルパーステーションの社長がちょっとだけ出ました。彼女は、介護保険改悪はヘルパーステーションにも軽度の人を切り捨てさせていると発言しました。彼女のヘルパーステーションは改悪になって、収入は以前の3分の2になり、たくさんの同業者がつぶれているとのことです。本当はたくさんたくさん政府の批判をしたのに、カットされたそうです。

渋谷区のNPOの介護保険に詳しい方は、「介護保険は意味をなしていない」と発言していました。

もう介護保険料なんて払いたくないですね。それでもまだ与党に投票する人って一体なに?
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by lumokurago | 2007-04-24 22:33 | 父・母・介護