暗川  


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あまりにも疲れて・・・

JR東日本を、3日間自由に乗れる12000円の切符を買ってしまいました。

どこに行こうかなと考えた。行きたいとこが多すぎ。

八甲田(一昨年行って死ぬ思いをした)にまた行きたい(高田大岳には登りませんよ)。

佐渡にも行きたい。(山だけでなく海も楽しめる)。

それとも父の弟(叔父)に会いに行こうかな。ついでに父の故郷の山に登ってこようかな。

久しぶりに上高地、または白馬に行こうか?

明日になってから決めます。
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by lumokurago | 2007-06-30 23:56 | 未分類

日本人の幼児性

高嶋先生の講演の記事のコメント欄がひどいものになっています。

彼らは「慰安婦」にさせられた女性の証言も認めないし、「集団自決」させられた人の証言も認めない。
このひどい日本の裁判所でさえ事実認定した事実さえ認めない。

目の前で目撃されたにもかかわらず、叱られたくない一心で、「オレ、やってない」とか「○○もやった。なんで○○は怒らないの?」とか言う、とにかく自分は悪くないと主張する幼児(私が見ていたのは小学生ですが、彼らもすでに幼児。昔の小学校4年生は今の大学生より大人でした)と同じレベル。

それに文章の読解力が全くない。わざと悪意に解釈しているにしても、ひどすぎる。国語力がなさすぎ。

この人たちには日本語が通じない。

そのことを言ってやりたいけど、言えばまたわけのわからない幼児のように駄々をこねるだろうから、めんどくさくて言うこともできない。

これが「日本人」の幼児性だと思う。

アメリカの新聞に「事実(FACT)」とかいって、事実ではないことを載せ、逆効果を招いたこの上ない「幼児」の人たち・・・

逆効果になるって思わなかったのか・・・本当に信じているのか・・・「幼児」としか言いようがない。

これほどひどくなくても、日本人は幼児だと思う。

もしも日本人が「大人」ならば戦争をきちんと総括し、反省して、A級戦犯容疑の岸信介やその孫の安倍晋三を首相にするような恥知らずな真似はしなかっただろうから。

(彼らは「満州国の亡霊」を呼び出し、再びおぞましい「満州国」を夢見ているのだろう)。

先の戦争を総括しない限り、日本はお先真っ暗。国際社会からもばかにされるだけ。

P.S. ごめんなさい、「幼児」にはもちろんいいところもあるのです。本物の幼児には。
でもそれは大人の幼児にはない。
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by lumokurago | 2007-06-30 23:31 | 未分類

自分に対して話すこと

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N家のRちゃんと私(5月24日のもの)

昨日あまりにも理不尽な仕打ちに遭った私は、話を聞いてもらえて、その上言葉のキャッチボールのできるN家を訪れました。(こういう人たちは珍しいのだ)。

N家の「お母さん」は昨日の裁判の傍聴にも来てくださっていました。

彼女の感想・・・被告はもちろんだけど、裁判官がページをめくったりして、原告の陳述を聞いていなかった。陳述っていうのは傍聴人に聞かせる意味だけなのかと思った。原告の人たちが的を得た発言をするので驚いた。自分だったらとてもああはできない。でも、裁判官は聞いてない。裁判官に届く言葉とはなんなのだろう?

「人の話を聞く」ということはなんなのか、むずかしいことだ、という話になって、Rちゃんは「お母さんもWさんもやさしいから、聞いてあげるんじゃないの」と言った。

やがてお父さんが帰ってきた。(仕事が築地なので、3時頃帰って来る)。

それまでの話を聞いていたかのように・・・(彼は芝居をやっている)。

今の演劇では、どこまでも息を長く続けて明瞭に発声することがよいこととされている。ぼくはそれに反対だ。技術は技術でしかない。息の長い明瞭な発声が、それだけで観客に訴えるものを持つだろうか? 技術は下手であっても、役者の息遣いが訴えるものを持つのだと思う。

「話す」ということは半分、いや半分以上自分に話しているものだ。話すことで確かめる。そして「伝える」ことがどんなにむずかしくても、話さなければ伝わることはない。

もっといい話がたくさんあったんだけどな・・・
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by lumokurago | 2007-06-29 21:27 | 社会(society)

9条改憲阻止のねこ

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私を励ますために友人が送ってくれたねこの写真。
ありがとうございます。
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by lumokurago | 2007-06-28 23:05 | ねこと鳥 (cats&birds)

愛媛「つくる会」教科書 “元祖・本人訴訟”の最終弁論

愛媛「つくる会」教科書 “元祖・本人訴訟”の最終弁論

 6月19日午後3時から松山地方裁判所で、「つくる会」教科書採択取り消し訴訟の最終弁論がありました。愛媛では2001年の採択後から今まで、約20件の裁判を起こしました。弁護士の引き受け手がなく、やむなく本人訴訟で始めましたが、見るに見かねて香川県高松市在住の生田暉雄弁護士が協力して下さり、現在は本人訴訟原告5人と全国及び中国・韓国などの原告の代理人である生田弁護士との共同原告で行っています。生田弁護士はこの裁判の体験から「主権実現の手段としての裁判」を提唱しています(関連記事:主権の実現は“等身大”の裁判で~日本は裁判“後進国”)。

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 松山地方裁判所 

 筆者は愛媛の裁判を傍聴し、「百聞は一見にしかず」でその面白さのとりことなり、今、東京都杉並区で同様の裁判を行っています。今回は筆者も原告として2回意見陳述した裁判の最終弁論。取るものもとりあえず駆けつけました。

 松山地裁には日本庭園風の庭があり、法廷には広い窓があって、緑が鮮やかです。なんとウグイスも鳴いているというのどかさで、東京地裁とは大違いです。荷物検査もありません。口頭弁論の時間は毎回1時間取ってくれています。しかし裁判官は残念なことにやはり(上の顔色ばかりうかがう)「ヒラメ」です。

開廷前に傍聴者もリラックス

 さて、最終弁論の様子をご報告します。始まる前に原告のOさんが傍聴者に対して今日の裁判の説明を行いました。裁判所職員からは「拍手しないように。大声を出さないように」という注意がありましたが、愛媛らしく、傍聴者が「約束できんよ」と言っていました。Oさんが話し始め、最終弁論にあたって映像を使って説明したいと要望。書記官は努力してくれたが、裁判官の独断で拒否されたとの報告がありました。ドイツの裁判所は市民が参加しやすいように配慮しているのに対し、日本の裁判所は閉鎖的であるそうです。Oさんのお話で傍聴席にはリラックスした雰囲気が満ち、筆者は「これで裁判所の注意は守られないだろうな」と思いました(元々守られるはずもないのですが)。

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裁判官(左の三人)と書記官(右)。左から二人目が高橋正裁判長

映像による説明、録音テープの公開は認められない

 裁判官が入廷し、事務職員が「起立願います」と言っても、本人訴訟原告は起立しません。裁判官と主権者は対等であるからです。裁判が始まるとすぐにOさんから、映像による説明がなぜだめなのかについて、根拠を問いただす発言がありました。裁判長は言い逃れに終始し、法的根拠を示すことができませんでした。左陪席の若い裁判官が民訴法150条の訴訟指揮は裁判官が行うという条文を、裁判長に見せていましたが、それはなぜ映像による説明がだめなのかの根拠ではありません。Oさんはまた、裁判所が開かれているかどうかが判決に結びつく1つの要素であり、公正な裁判のためには録音テープの公開が欠かせないことも訴えましたが、裁判長は「録音テープは書記官個人のもので、調書ができあがれば消去するものだ」と述べました。

 さらに原告は教科書採択手続が非常に複雑なもので、裁判官に分かってもらうために自分たちは映像による説明をサービスするのだ、認めないなら、教科書採択手続が分かっているかどうかテストをしてもいいかと聞きましたが、裁判長は最後まで認めませんでした。

原告たちの思い

 結局原告は「ぬかにクギ」であるとし、内容に入りました。初めに筆者が6月1日の安倍裁判における強制退去について述べ(関連記事:強制退去~「杉並の不当な教科書採択取り消し裁判」第3回口頭弁論)、日本はすでに法治国家でも民主主義国家でもなく、現在は「戦時中」であること、子どもたちの命を守るために裁判官は大人としての責任を果たしてもらいたい、それは公正な裁判を行うことであると訴えました。傍聴席からは大きな拍手が沸き起こり、裁判長はそれを制止することができませんでした。

 それから原告のYさんが、「つくる会」と扶桑社の絶縁に触れ、発行元である扶桑社自らが「右翼的」とした教科書をベストとし、それを強引に採択した加戸愛媛県知事を追及しました。そしてこのような欠陥教科書を採択した教育委員会は、この教科書を使用させられている子どもたちに対する責任があると述べ、自分はアジア太平洋戦争に対して、なぜその時の大人は止めなかったのかと思ったが、今そうなっている、裁判官は公正な裁判をお願いしたいと訴えました。またもや大きな拍手が沸き起こり、裁判長は制止しませんでした。この後、原告のすべての発言に拍手がありましたので、いちいち述べることはしません。

 次にMさんが、最近判決が出たもう1つの裁判で、「まず判決ありき」だったことを述べ、裁判所の意義がなくなり、裁判所の存在そのものが危うくなっていると指摘しました。Mさんは最後に「裁判所、頑張ってください」と裁判官を励ましました。

 Tさんは、現在は企業の会議でもどこでも、ビジュアルなプレゼンテーションがされており、録画・録音され、活用されていくことは当然となっているのに、裁判所だけが旧態依然としている、高橋さん(裁判長)自らこれを打ち破って、先駆者となってほしいと述べました。

 Nさんは小泉前首相の就任直後までハンセン病患者差別は当たり前で、司法も一緒になって患者の訴えを抑える役割を果たしていたことを指摘。3人の裁判官は早く1時間が過ぎないか位しか考えていないのだろうと厳しく詰め寄りました。そして法律家の職業病として、先例がないと一歩も前に進めない臆病さ、時代や社会の生の現実に対する無知、不勉強を挙げ、原告らが今こもごも発言したことを、裁判への国民の期待として受け止め、心があるなら考えてほしいと訴えました。前回の(別の裁判の)判決で「どうせ裁判所はこういうところなんだよ」と言ってくれたが、私たちはあきらめない。愛媛県教育委員会は全国に名だたるひどい組織であるので、少しでもブレーキをかける判断をお願いしたいと述べました。

最終準備書面陳述

 それからOさんが最終準備書面の要旨を陳述しました。

 まず、裁判官に対して、日本国憲法は絶大な公権力(国)を法でしばることによって、人々の人権や自由、平和のうちに生きる権利などを保障するもので(立憲主義)、憲法76条3項の定めに基づき、裁判官は憲法を守る番人として良心に従い、公正な裁判を行う責務を課せられていると述べました。それから、教科書裁判の家永三郎さんが76条3項の「すべて裁判官はその良心に従い」の意味は、積極的に良心的な裁判をすることであると述べていることに触れ、一人ひとりの裁判官が本来心の片隅に残っているはずの良心を目覚めさせて、便宜的・恣意的な法律解釈をせずに原点に立ち返った判断をするよう求めました。

 次に本件訴訟の意義として、侵略戦争の反省から生まれた教育への国の介入の排除という教育基本法第10条の理念から、本件を理解する必要があると述べました。戦後の教育改革も、1956年に教育委員の公選制が廃止され、教育委員は知事の意向が反映する人事となり、形骸化、その中で加戸知事は「つくる会」教科書がベストだという発言をし、大きな圧力を加えたのです。

 Oさんは教科書採択制度とは国が買う物(教科書)を決める公共入札であり、国と教育委員会が共同で当たる「採択」は処分行為に該当し、採択は落札行為に該当すると述べました。このことを理解すれば、加戸知事の発言は独禁法違反であり、公正確保義務違反となります。「つくる会」教科書は現場での評判の悪い、間違いの多い、他国を誹謗している教科書であり、こんな欠陥商品を採択するためには様々な画策が行われたのです。知事の圧力の下、県教委が画策し、全国でほとんど採択されていない評価の低い教科書を全会一致で採択するという異常事態となってしまった、それは加戸知事に任命された教育委員が会議を非公開で行い、不透明にし、数々の違法を重ねてやっとできたことなのです。このような違法行為を重ねて採択された教科書を誰が使うのか? 使うのは子どもたちである。裁判官は澄んだ目で判断してほしいと訴えました。

 次に生田弁護士が最近の行政事件訴訟法改正の趣旨は、行政をチェックしなければならない、訴えの門をひろげようという意味である。原告らはそれに則ってやってきた、改正法は原告適格、被告適格、処分性も枠が広げられている。以前とは異なる裁判を期待していると述べました。

 最後にOさんは高橋さん(裁判長)への言葉として以下のようなことを述べました。

 自分は天理教の幹部の家に生まれ、天理教徒として戦争に協力した親を問い詰めてきた。宗教家というものは葬儀とかかわる機会が多く、父について病院に見舞いにもよく行った。死を直前にすると、人間というものは自分の人生を振り返り、良心が顔を出すものだ。その場でうろたえる人も何人も見てきた。高橋さんもそう長くはない。そのような最期を迎えないためにもがんばってほしい。あなたの良心が試されている。今の司法では厳しいが期待します。

 そして裁判長が口頭弁論は終結するとし、判決言い渡しは8月28日午後4時半に行うということで、閉廷されました。

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 報告会の様子

報告会の様子

 1人ずつ感想を述べました。

 ・被告が聞いとらんのははっきりしとるが、裁判官も聞いとらんようだった。
 ・劇(「なんちゃって教科書裁判」という寸劇)で被告になるんで、被告をよく観察したが、ほとんど聞いとらんかった。目線が下で、頭いじったり、鼻をこすったり、鉛筆をクルクルしたり、ページをめくったり、口をへの字にしてメモしたり、手帳に何かを書いたり……手遊びが多い。何もしないでいるんかと思ったら大違い。原告がよく聞いとるのと対照的だった。眠っとる人もいた。被告の人間ウォッチングは楽しかった。

 ・中学生の時、校内暴動が起きそうになった。男子が丸刈り廃止を訴えていたが、先生は聞かなかった。それなのに数年後、文部省が丸刈り廃止としたら、すぐに廃止になった。今日の裁判を傍聴してこのことを思い出した。同じだと思う。裁判官は高いところに座っているので、下からの訴えを聞かない。同じことを上から言われればあっという間に覆す。
 ・何回もこういう裁判に出てると、新鮮な発見が少ない。こちらが慣れてきてるということは裁判官も慣れてきている。原告がいいこと言ってるのに、裁判所の職員が寝ていた。後ろからボールペンで突いてやろうかと思ったけど……。

 ・裁判官は目をあけとるか、まじめに聞いとるかをチェックせな。
 ・こっちが主導権を握っとるけん、眠とうてたまらんかった。
 ・非公開の裁判(教育委員会を非公開とするのは違法とする裁判)を一生懸命やり、当然勝つと思っていた。生田さんも可能性はあると言っていた。それなのに門前払いだった。家永さんは「裁判のプロセスに意味がある」と言ったが、この裁判も過程に意味がある。裁判では負けたが、教育委員会は公開になった。2005年の採択では、県教委以外では採択を止めた。裁判は確実に効果がある。

 ・裁判所いうたら、原告・被告両方の言うことを聞いて公正にやっていると思っていた。今日の事情を知った人が広く流してほしい。被告は何も言わなかったが、言っちゃいけないのか?
 ・(生田)そんなことはない。裁判所が行政寄りなので被告は何もしなくていいのだ。準備書面も原告の10分の1以下で証拠もほとんどない。原告が圧倒的に勝っているのに、行政を勝たせるのが日本の裁判。

 ・被告に直接聞けないのか?
 ・(生田)「裁判所を通しなさい」と訴訟指揮される。
 ・裁判所職員が開廷前に「拍手をしないで」と言ったのは初めて。裁判長の指示であろう。しかし裁判長は拍手を止めなかった。1人目の陳述がよかったので、拍手を止められず、1度止めなかったもんは途中からは止められんかった。

 ・止められたので、僕はようせんかった。
 ・拍手を止められたら足踏みするとか……。それも止められたらなんかな? じきに「来ないで下さい」と言われるやろなあ。
 ・これは行政裁判なんやから、県の公報に載せるべきやないか。傍聴人が多くなれば県民会館でやればよい。
 ・(生田)傍聴人に対してこんなに厳しくなったのは、1965年頃。それまでは座席は固定されておらず、大勢入れたし、立ち見もできた。傍聴席から発言も求めていた。学園闘争で荒れる法廷が続いて、椅子が固定され、座席が少なくなって、立見席もなくなった。明治前位の時代錯誤。たくさんの人に知らせるためにはテレビカメラを入れる必要がある。映像を使った説明についてだが、証拠としての映像ならOKだが、説明のためは認めていない。

筆者の感想

 筆者は裁判長に「鍋奉行じゃないんだから」と言われましたが、この裁判では原告がすっかり訴訟指揮権を握っていました。1時間の弁論時間を有効に使い、映像での説明を求めるなどの内容以前の問題から、原告一人ひとりの思い、最終準備書面の解説と、非常に分かりやすい裁判でした。“ヒラメ”裁判官なので、判決は期待できませんが、裁判の内容は充実したものでした。東京地裁でもここまで持って行きたいと思いました。このような裁判が全国に広まり、みんなで公正な裁判を求めていけば、やがて判決も変わっていくのではないだろうかとの期待を持ちました。
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 松山地裁の庭
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by lumokurago | 2007-06-28 20:15 | JANJAN記事

なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか!

本日、住民訴訟第三回口頭弁論において、安倍裁判に続き、だまし討ちで結審されました。30分も時間を取り、怪しいと思っていましたが、やはり!

最初、証拠の確認などで時間を使い、原告が陳述したのは15分位。

初めに補助参加人として加わってくださった広島のUさんから扶桑社版の評価は低くなかったとする被告に対して反論が述べられました。

次に「つくる会」と扶桑社の断絶(新事実)について、また、教育委員会の事前協議について、私が述べました。

それからTさんが随意契約、官製談合について被告がなんらまともな反論をしていないことについて述べました。

そして、被告がきちんと反論していないので反論するよう命令してほしいこと、証人を呼んでほしいことについて、裁判長に念押ししました。裁判長は「検討する」と言いました!!

裁判長は「言いたいことはそれだけですか」と言い、おかしいなとは思ったのですが、さんざん言った後だったので、「はい」と言ってしまいました。

裁判長は最後に被告に「言いたいことはありますか」と聞き、被告が「もうありません。すぐに結審してください」と言いました。

ここで原告が「忌避」を申し立てましたが、裁判長は無視して一瞬のうちに「検討」し、「弁論を終結します」と述べ、安倍裁判と同じにむにゃむにゃと判決言い渡しの期日を述べ、逃げ去りました。(判決言い渡しの期日は8月までしか聞こえませんでした)。

私たちは残って書記官、裁判所職員相手にいろんなことを述べました。(私は長い間泣いていましたので出遅れましたが、ちゃんと言いたいことは言いました)。忌避は終結前に言ったので、ここにいる傍聴人が証人になるとのことで、署名を集めてくれました。

11:30開廷で12:00になる5分位前に閉廷されましたが、1時5分前位まで言い続け、一度退廷するようにと繰り返す裁判所職員も、退廷させることは諦め、そのまま1:15から別の裁判の判決言い渡しがあり、私たちは残っていて、私が最後に「大門、戦争犯罪人!」と言い、次の裁判は別の裁判長だったので、「あんたたちも戦争犯罪人にならないようにしなさいよ」と言って、あきらめて帰ってきました。

私は本当に力が抜け、立ち上がることもできませんでした。重い荷物を下げ、やっとのことで家までたどりつきました。

なぜこんな仕打ちを受けなければならないのでしょうか! あんなにたくさんの準備書面を書いたのに。それも自分のためではなく、裁判官らの子ども(孫)を含む、子どもたちのためです。

私は再び「うつ病」になりかけ、ふらふらと電車に飛び込みそうになりましたが(ほんとです)、愛媛のみんなや生田弁護士やシンスゴさんの顔を思い浮かべて、思いとどまりました。

今でさえ、十分に最低になっているのに、さらに悪くなっていきます。誰にも止められません。

ネットカフェ難民の若者たちが「戦争が起こればいい」と言っているそうですが、そこまで追いつめられているのだと思います。

Uさん、遠いところどうもありがとうございました。

私は少し休憩します。父(死にかけてる)を置いて、天気がよさそうな日にどこかに行ってきます。身が持ちません。
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by lumokurago | 2007-06-28 20:14 | 杉並教科書裁判

リハーサル

明日の口頭弁論に向けてリハーサルを行いました。
うーん、安倍裁判と違って中味が濃いだけに、むずかしいです・・・
結審の可能性も視野に入れながら、どれだけ裁判官とかけひきできるか?!

まだまだ初心者ですが、がんばります!
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by lumokurago | 2007-06-27 23:47 | 杉並教科書裁判

辛淑玉さんと生田弁護士の対談で

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生田弁護士がヒラメTシャツのことを紹介してくださり、壇上に上がって説明しているところ

辛淑玉さんの講演はいずれJANJANに書きます。お楽しみに・・・

明日リハーサル、あさって住民訴訟第三回口頭弁論です。
11:30から東京地裁606法廷(6階)
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by lumokurago | 2007-06-26 21:15 | その他裁判関係

平均的日本人???

昨日、松山からの帰りに我孫子に行ってきました。
増田都子さんの近現代史の授業の第一回があったからです。

増田さんの授業は、私にとっては「普通」でした。
ところが、授業の途中で、「先生は『悪い』『悪い』という」とか意味不明なことを言って興奮して、外に出された人がいました。周りの人の対応から想像するに、この人はいつもこういう態度を取る人のようでした。

帰り道、隣の席の人と一緒に帰ったところ、その人が「ちょっと偏った授業でしたね」というのです。「どこがですか?」と聞いてみると、「だって、途中であんなことを言う人も出たくらいだし」と言います。私が「『悪い』と言ったのはアヘン戦争でイギリスと中国のどちらが『悪い』のかと言っだけでしたよ」と言っても、その人は納得しないみたいでした。イギリスが『悪い』と思わないのだろうか?

彼は安倍はそんなに悪くない、杉並区長はすばらしい等々というので、訂正していました。すると、「国民投票になったら国民が反対するので憲法は変えられないでしょう」と言い出すのです!!

それから教育基本法のことは「日教組はもっと文科省と話し合って、歩み寄れる案を作ればいい。そしたらいいものができる」

杉並の「つくる会」教科書採択については、「教育委員は圧力に屈せずがんばるべきだ」。(そりゃそうだが)

山田区長の真実を話したら、「どうしてそんな区長を選ぶのか?」というので、「区民に知らせたくても区民は無関心でチラシも受け取らない」と言うと、「やり方が過激なんじゃないか?」ですと!

もしかしたらこういう人が多いのだろうか??!!
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by lumokurago | 2007-06-25 22:18 | 社会(society)

愛媛行って来ました

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辛淑玉さん、すばらしかったです。
あんなに歯切れよく言いたいこと言っていいんだ!
怒りをあらわに! 

私も言っちゃうよ!
今まで、何、遠慮してたんだろうね!
(もう言ってるって?)
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by lumokurago | 2007-06-24 23:19 | その他裁判関係