暗川  


写真日記
by lumokurago
検索
リンク
ご感想をお寄せ下さいmailto:lumokurago@yahoo.co.jp

嫌がらせコメントは削除させていただきます。

必ずしもリンクするHPの意見、すべてに同調するわけではありません。ご自分で情報を選んでください。

原子力資料情報室

小出裕章非公式まとめ

沖縄タイムス

暗川メインページ
私の下手な絵などを載せています。

杉並裁判の会
私たちの裁判の会です

ポケットに教育基本法の会

「つくる会」教科書裁判支援ネットワーク

もぐのにじいろえにっき
もぐちゃんのページ

プロテア
リリコおばさんの杉並区政ウォッチング

鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
松田まゆみさんのページ

熊野古道の路沿い
鈴さんのページ

風に吹かれてちゅちゃわんじゃ
小笠原父島で農業をやっているサエちゃんのブログ

三宅勝久さんのブログ
杉並区在住のジャーナリスト

カテゴリ
以前の記事
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2007年 10月 ( 44 )   > この月の画像一覧


障害者が語る「障害者はキライです」

「死ぬのはやつらだ」さんの本間さんへのインタビュー記事です。
障害者が語る「障害者はキライです」

「差別語」排除の欺瞞性をテーマとした(?)インタビューの最初の部分です。続きはあるのかな? それともインタビューのやり直し?? 

「差別語」については本間さんの以下の記事もどうぞ。
差別語事件簿
差別語事件簿4~6
[PR]

by lumokurago | 2007-10-30 18:01 | 社会(society)

海は別世界・沖縄紀行(6)

海は別世界 秋の沖縄紀行(6)

<10月1日>

 次はいよいよ辺野古に行こうとして、新石垣空港問題公聴会で知り合った「北限のジュゴンを見守る会」のSさんに電話しましたが、今日は泡瀬干潟に行くとのことでした。明日グリーンピースのエスペランサ号が辺野古に来るため、彼らを迎えて集会を開くのでそっちを手伝ってほしいとのことでした。1日暇ができました。それで海で遊ぶことにしました。

c0006568_1792243.jpg
 左:シュノーケリングをしたゴリラチョップというポイント(岩をよくご覧ください)。右:ゴリラチョップの延長線上にある海。 

 ホテルにあったチラシのダイビングショップに電話したら、当日でもOKとのこと。このところプールで泳ぐ暇もなく、ダイビングは2年半もブランクがあるので、まずシュノーケリングに申し込みました。ガイドのユリちゃんは小笠原父島に行ったことがあるとのことで、小笠原に3か月も滞在したことのある私と話が合いました。

 以前私はうつ病がなかなか治らなくて、これは転地療法しかないと自分で判断し、どこに行こうかなと考え、小笠原に行ったことがあるのです。本来山女なのだけれど、当時足を悪くして山登りはできなかったため、今度は海がいいなと思い、でも人の多いところには行けない状態だったので、沖縄ではなく、小笠原に決めました。

 この時は、父島に2週間位いた後、母島に移動して2カ月半位滞在しました。ダイビングの免許など取るつもりはなかったのですが、母島唯一のダイビングショップ「クラブノア」に出入りして、スタッフの話を聞くうちに、彼らの自然に対する姿勢に共感し、ついにダイビングの免許を取ることになったのです。

 クラブノアは母島漁協の委託で運営されているショップです。母島全体の観光収入を増やすためにやっているので、クラブノア自体が儲かるかどうかは二の次、母島に観光客を呼べればいいのだということでした。そのため宿泊施設も併設していませんでした。それに海をできるだけ傷つけないため、ダイビング船はアンカー(錨)を使用せず(ダイビングの度にアンカーを打てば、そのたびにサンゴを傷つける)、固定ブイを使用していました。固定ブイもサンゴを大きく傷つけますが、ダイビングの度にアンカーを打つよりはダメージが少ないのです。だからこそ漁協もダイビングを解禁したということです。

 話がそれました。2年半ぶりの海はすばらしかったです。海の中はこの地上とは別世界なのです。手足を少し動かせば、母なる海に漂っていられます。この世のもとは思えない美しいサンゴや魚に出会えます。写真がないのが残念だけど……。テレビで見たことがあるでしょう? 海の中を想像してください。

 私が母島で描いた下手な絵をどうぞ。

参照:
・母島の絵本
[PR]

by lumokurago | 2007-10-30 17:41 | JANJAN記事

安倍裁判・裁判官忌避事件特別抗告理由書

特別抗告提起事件番号 平成19年(ラク)第569号 
(原審・東京地方裁判所平成19年(モ)第2507号[基本事件・平成18年(ワ)第20396号]

特 別 抗 告 申 立 理 由 書

最 高 裁 判 所 御 中

抗 告 人 選定当事者  渡 辺 容 子

2007年10月28日



一、原決定は次のようなものである。

『裁判長裁判官松井秀隆の訴訟指揮や法廷警察権の行使を論難するにすぎないものであるから、民事訴訟法24条1項の定める忌避事由には当たらないというべきである』

二、決定は、本件忌避理由はいずれも訴訟指揮や法廷警察権の行使に対する不満を述べているものにすぎないというものである。

三、決定は、憲法32条 「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」に違反する。

基本事件被告安倍晋三は「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」事務局長として、文科省教科書課、文科大臣、内閣外政審議室、教科書会社、歴史研究者などに圧力をかけ、「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社版歴史教科書を教科書検定に合格させ、採択を推進させる活動を行ってきた。

被告自由民主党は、挙党体制で自民党地方議員に働きかけ、同教科書の採択を推進した。被告らは憲法および関連法規を率先して遵守すべき立場にありながら、準備書面で述べた不法行為をあえて敢行したものである。これは日本国を戦前の国家主義教育に戻し、子どもたちを戦争に連れていくことにつながる国家犯罪であり、懲罰的損害賠償が相当と認められるものである。また、被告らの行為は憲法、教育基本法など関連法規に違反する不法行為であり、抗告人らは世界の歴史研究者の間で定説とされている歴史観をねじまげられ、子どもたちの未来に暗澹たる思いを抱かざるを得ないなどの甚大なる精神的損害を被った。

抗告人らはこのような国家犯罪を看過しておれば、子どもたちが外国の子どもたちを殺し、自らも殺されるようになることを確信し、どうしてもそうさせてはいけないという強い思いで、この裁判を提訴した。主権者には裁判を受ける権利が憲法で保障されているのであって、公正な裁判を求め、弁護士もなしに主権者自らが資料集めから準備書面の作成まで、全てを主権者の手で行ったものである。

抗告人らは24通の準備書面と28の甲号証によって、被告らの不法行為を主張・立証したが、被告は間違いだらけのなんら内容のない準備書面2通しか出さなかった。証拠はゼロである。抗告人らは松井秀隆裁判長に被告に対し、まともな反論を行うよう命令することを求めたが、松井裁判長はそれを無視して、聞こえない声で結審した。仮にも裁判官たるもの、これが主権者であり憲法で裁判を受ける権利を保障された国民に対する態度であろうか。

裁判所は、「訴訟指揮は忌避の理由にならない」と繰り返し主張しているが、このような不公平極まりない行政の奴隷のような裁判官の訴訟指揮を放置しておいては、国民はいつまでたっても憲法で保障された裁判を受ける権利を手に入れることができない。つまり裁判所は自ら憲法に違反し、国民の裁判を受ける権利を奪っているに等しい。裁判所に良心が少しでも残っているならば、国民の裁判を受ける権利とは何なのか、その中身を考えてもらいたい。行政の奴隷となって行政の不正に加担し、国民の訴えに対して公正に裁判を行うことができない裁判所はすでにその存在価値がないばかりか、むしろ国民に対して悪を行っていると言える。

このように被告(行政)に癒着し、国民の権利をないがしろにする裁判官の訴訟指揮を黙認することは、国民の裁判を受ける権利を奪い、憲法32条 「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」に違反する。

よって、原決定の破棄差し戻しを求める。

以上
[PR]

by lumokurago | 2007-10-29 23:14 | 安倍裁判

長井健司さんの死から1カ月 ビルマ市民フォーラムなどが集会ひらく

長井健司さんの死から1カ月 ビルマ市民フォーラムなどが集会ひらくJANJAN記事(by黒井孝明さん)

たぶんどなたかJANJANに書いてくれるだとうと思っていたら、やはり書いてくれました。
(誰も書かなければ書こうと思っていました)。
[PR]

by lumokurago | 2007-10-29 12:08 | 社会(society)

ビルマ(ミャンマー)軍政と日本―日本外交を動かそう!

タイトルの集会に参加しました。副題は、「長井さんの射殺から1ヶ月 在日ビルマ人と考える」です。
c0006568_23113287.jpg
射殺された長井さんや殺害されたビルマ人のためにお経をあげるビルマの僧侶
c0006568_2312342.jpg
同じく日本の僧侶

今回の一連の行動の中でビルマの人々の心に刻まれた日本人は二人。
一人は長井さん。
もう一人は元ビルマ大使・山口よういち。

山口は95年から97年までビルマ大使でした。週刊新潮に「ビルマのほとんどの国民は命がけで民主化運動などしていない。立ち上がった僧侶の数はそんなに多くない。スーチーさんがお金を払ってデモに参加させている」などと書いたそうです。
c0006568_2317673.jpg
証言するビルマの人々

僧侶から―現在のビルマの軍事政権は支配者たるものが持つべき資格を全く持ち合わせていない。このことを世界の人は確認してほしい。暴虐、残虐、非道な政府を皆さんは認めるのか?そんな人はまさかいないと期待しながら、私は皆さんに問いかけた。私はビルマ国内の僧侶からの依頼もあって、ビルマの仏教界を代表して、ここで声明を出したい。

「ビルマの軍事政権が市民、学生、僧侶をたくさんつかまえた。それ以上に行方不明になった。どこで殺されたかわからない人が多い。世界の人たちはこんな軍事政権を許さないでほしい。国連に訴えてほしい。国として制裁を加えてほしい」

政治犯として刑務所で暮らした人―私は軍事情報部の手によって逮捕され、頭からすっぽりと袋をかぶされ、後ろ手に手錠をかけられた。私が最初に連れていかれたのは、尋問センター。最初の3日間は水も食べ物もなかった。24時間通じて彼らの都合のよい時間に呼び出されて取り調べを受けた。こんな姿勢(片足立ちで飛行機の姿勢など)を取らされて好きなようにぶんなぐられ、蹴られて取り調べられた。それがずっと続いた後で刑務所に送られた。刑務所では仲間とやりとりしたとか、ボールペンを持っていたというだけで刑罰を受けた。痛めつける側は恐怖心を植え付けて、抵抗心をなくそうとしているが、私はむしろ強くなった。刑務所の中の問題は健康問題。少し熱が出れば同じ注射器で注射されるので、エイズや肝炎が蔓延している。亡くなった人がたくさんいる。

私の時はまだよかった。今回の行動で捕まった人たちは、捕まった現場で指揮官が殺せと言えばその場で殺されている。

カレン族(少数民族)の女性―カレン族を含め、たくさんの少数民族は拷問を受け、皆殺しにするようなたくさんの苦難を受けてきた。私の出身地は「反逆者の地域」と指定され、食料を奪ったり、やりたい放題である。89年に軍から攻撃されて、村から逃げ出した。逃げる途中に妹と夫が行方不明になり、今だに見つからない。そうして逃げながらタイ国境に辿り着いた。
いとこは1995年に地雷で片足を失った。少数民族はポーターとして連れて行かれ、弾薬を運ばされ、地雷地帯では人間地雷探知機とされ、一番前を歩かされる。叔父の一人はKNUとかかわっていると疑いをかけられ、自分で大きな穴を掘らされて、殺されてそこに埋められた。私の経験を話したが、これはカレン民族だけではなく少数民族すべての苦難である。

ヤカイ民族の人―軍事独裁政権のせいで、ビルマ人は世界中に逃げている。日本にもたくさん来て、民主化活動に参加している。しかし日本政府は難民として認めない。入管に収容されて病気になり、解放後に死んだ人がたくさんいる。日本政府と外務省に言いたい。長井さんを殺し僧侶を殺すのがビルマの軍事政権である。アメリカ、カナダなどは難民を認めたが、日本はすごく少ない。難民を認め、政府として軍事政権に制裁を加えてほしい。軍事政権に協力している中国に対しては世界中の国がオリンピックをボイコットしてほしい。
[PR]

by lumokurago | 2007-10-28 23:37 | 社会(society)

沖縄タイムス記事より(10月22日~23日)

県民大会以来、沖縄タイムスを取り始めました。せっかくなので、沖縄タイムスから気のついた記事を簡単に載せることにしました。沖縄のメディアがたたかっていることがよくわかると思います。本土のメディアがいかに腐敗しているかも・・・

10月22日 朝刊 TOP

軍雇用員の手当減提案 思いやり予算100億円削減

日本政府は在日米軍基地で働く日本人労働者向けの諸手当(国家公務員の基本給に10%を上乗せしている格差給)の削減を提案。光熱水費などと違い、米側が補てんする必要のない諸手当削減は「日米同盟が傷つかない」(政府高官)よう配慮したものだが、米側は難色を示している。

京大教授らに反共工作 米、左傾化阻止狙う 
米公文書館に報告書 日本は心理戦の主戦場


1950年代に日本の左傾化を恐れた米広報文化交流局が日本で行った世論工作を詳述した報告書が米国立公文書館で見つかった。左派勢力が強かった京都大学の教授陣を対象にした反共工作の他、日本映画やラジオ番組の制作、出版物刊行をひそかに援助、米国が望む方向への世論誘導を図った実態が細かく描かれている。「収入の乏しい大学教授」に「精神的、財政的援助を与えている」と記述。保守派の一部知識人が親米記事を執筆する際の資金援助を確認している。

10月23日 朝刊

1面 「普天間」アセス 防衛局、住民意見を提出 知事きょう抗議表明

2面 知事、政府と対立必至 沖合移動に”ゼロ回答”

米軍普天間飛行場代替施設の環境影響評価(アセスメント)方法書への住民意見概要が22日、県に送付されたことで、知事意見の提出期限の「カウントダウン」が始まった。県は方法書の受け取りを保留し、抗議姿勢を示すことで、「沖合移動」などへの前向きな対応を政府から引き出す意向だったが、結果的に県の収穫はゼロ。県は「知事は厳しい対応を打ち出さざるを得ない」(県幹部)としているが、政府との対峙は保守県政にとって「最悪のパターン」(同)でもある。

25面 「普天間」アセス 意見大半撤回を要求 調査の非科学性批判

「法の形骸化であり撤回すべき」など、500通近くのほぼすべてが手続きのやり直しを求め、調査の非科学性の指摘も目立った。

社説 思いやり予算 原則踏まえた見直しを

政府は「格差給」を削減しても米側が補てんする必要がないから「日米同盟に傷がつかない」としているが、あまりにも安易にすぎないか。「格差給」が本当に必要で妥当な手当かどうかについては議論の余地があるが、長期にわたって支給されてきたので生活給として固定化されてきた事実も重い。「格差給」を問題にするなら、思いやり予算削減の文脈ではなく、別の場で議論し、国民の理解が得られる結論を出すべきだ。

政府は米軍のグアム移転経費を肩代わりすることになっているが、その額は膨大である、むしろ今こそ、地位協定で定められた米軍負担の原則に立ち返って、負担の見直しを進めるべきである。

論壇 政治介入は文科省主導 不当な検定意見撤回せよ

多くの政治家は「沖縄の思いはわかるが、政治が教育内容に口を出さないのは、教科書制度の大前提であり、国会や内閣の立場として、検定意見の撤回を求めるべきではない」と言っている。しかし今回の教科書検定に関して、最初の政治的介入がどこであったのか。実際には教科書検定は教科書調査官(文科省官僚)の完全なる主導の下で検定が行われたことが判明している。さらに、憲法9条の改正(改悪)を狙った国民投票法案の成立、愛国心教育を盛り込んだ新教育基本法の成立など、戦争できる国づくりを進める一連の流れの中で、今回の検定も行われていたことを考えれば、そこに「明らかな政治的圧力」が働いた、時の内閣の意向をくんで、文科省の官僚主導で行われた検定である、と見るのが妥当ではないか。最初の政治的な介入がどこであったかに立ち戻って、それをあらためるべきだ。沖縄県民が求めているのは、まさにその部分である。

文化 巨大な相手への抵抗 人々の連帯・変革の力に 

これはすばらしいので全文掲載します。

More
[PR]

by lumokurago | 2007-10-27 14:15 | 沖縄

「沖縄」はなぜ歪曲、攻撃されるのか

c0006568_1750252.jpg
 東京で「大江・岩波沖縄戦裁判支援首都圏の会」が開かれ、「沖縄平和ネットワーク」の大城将保代表世話人が「日本は強い国になりたいと思っている人たちは、『軍隊は住民を守らない』という沖縄が邪魔。安倍内閣の発足で一斉に沖縄攻撃が始まった」と、教科書問題の背景について語った。

「集団自決」問題の矮小化と真実

 大江・岩波裁判で原告は、すべて慶良間諸島の梅沢隊長、赤松隊長の命令があったかなかったか、これさえはっきりすれば解決すると言っています。しかしいわゆる「集団自決」が渡嘉敷島、座間味島だけで起こったのかといえば、そうではなく、沖縄のあちこちで起こったのです。今日、資料として「沖縄戦における『集団自決』と『住民虐殺』の事例一覧」をお配りしてあります。これは私が足で歩き、体験者、つまり生き残った方々に聞いて作ったものです。

 マスメディアは沖縄の苦労に対して、政府は冷淡すぎだとか、かわいそうだからもっと沖縄の声に耳を傾けるべきだという論調ですが、ここには落とし穴があります。ならば謝ればいいのか? そうではありません。

 梅沢隊長、赤松隊長の命令があったかなかったかということだけに問題が矮小化され、沖縄の常識が本土には伝わりません。沖縄戦ではいたるところで「集団自決」と「住民虐殺」がありました。

 2つの隠ぺいがあります。1つは「集団自決」というと慶良間のみ、梅沢・赤松のみとし、他を見えなくさせています。これは原告側の策略です。2つ目は、「集団自決」の裏には表裏一体のものとして「住民虐殺」があります。見せしめとして「処刑」と称して虐殺し、恐怖感を与え、「集団自決」に追い込むため、住民虐殺が行われていました。

 先ほどの資料は個人で拾った未完成な資料ですが、現場で聞いて確かめたもので、他にもたくさんあると思います。というのは、「集団自決」というのは一家ごと死んでしまうので、死んだら証言できないからです。沖縄本島では人口の3人に1人が亡くなっています。3分の1の人は死んで証言できない。一緒に死のうとして死ねなかった、かろうじて生き残った人が証言しているだけだからです。

 軍隊というものは目の前で命令するのではなく、口頭の命令を伝令が伝達するのです。村長や警防団長らが軍命を伝える役割を担っていました。命令文書が見つからないから命令はなかったとするのは、戦争を知らないから言えることです。戦場の現実というのは非日常なので、一般にはわからないものです。

 私は「GAMA・月桃の花」という映画の原作・脚本も書きました。モデルの1人にその映画を見てもらったら、「現実はもっとひどかったのよ」と言っていました。彼女は「ガマの中はあんなに明るくないもの」と言いました。乳飲み子を餓死させ、冷たくなった体を1週間抱いていたそうです。あかりがなかったので死に顔をみることさえできず、「覚えているのは指先だけよ」と言っていました。何も言えませんでした。

 私は5歳の時に熊本に疎開し、安全地帯に逃げたので、沖縄の人たちには引け目を持っています。亡くなった人のことを考えると、戦争で生き残った人たちは60年経っても心の傷を癒すことはできません。2年前に玉城村史を出しましたが、まだ語らない人がいます。

 各村で勤労青年団、女子青年団を組織し、女子青年団は野戦病院に行きました。「ひめゆり」や「しらうめ」だけではないのです。防衛隊はどの村からも行っていますが、みんな同じことを言っています。手榴弾を2個持たされ、1個は敵に、1個は自決用だと。住民にも強制したのです。あるおじさんは手榴弾を腰に縛り付けていた縄が切れて、手榴弾をなくしたために生き残りました。軍隊では「しゅりゅうだん」ではなく「てりゅうだん」と言い、沖縄では今も「てりゅうだん」と言っています。

沖縄を標的に

 復帰してしまうと日本軍の残虐性がうやむやにされてしまうのではないかということで、1970年代から、戦争史を作ろうという動きが始まり、「沖縄県史」を作りました。自由主義史観の人たちは、そろそろ風化しているだろうということで、60年も経ってから慶良間諸島の座間味島、渡嘉敷島に2泊3日で調査に行き、帰ってから報告会を開いて、現地に行ったら軍命はなかった、と報告しました。2005年5月に教科書を訂正すべきだと決議文をあげ、8月に梅沢隊長と赤松隊長の弟が提訴しました。2007年3月には検定結果が発表されました。

 この3つはつながっています。裁判と検定問題があって複雑ですが、どちらも全体像を表に出したくないため、隊長命令があったかなかったかの一点に絞っています。本人が「ない」と言えば重みがある、とか両論併記でいいんじゃないかと言う人もいますが、沖縄の立場は「軍命はあった」とはっきりしています。

 自由主義史観の者たちが、安倍内閣が発足して全体が右寄りになり、今なら沖縄を攻撃してもたいしたことないだろうと、一斉に沖縄を標的にしたのです。こんなに露骨に教科書につながるとは思っていませんでしたが、我々は調査研究プロジェクトを作り、分析研究していました。危機感があったので敏感に対応していました。一般県民は改憲への傾斜、教育基本法の改悪、改憲手続き法の制定などが動き出したことで、直接身に降りかかってくると思い、新聞に続々と投書が載りました。

 沖縄戦でとことんつきあたるのは、「集団自決」と「住民虐殺」です。これがなぜ起こるのかを考えることが大切です。読谷村のチビチリガマでは140名が「集団自決」をはかり、83名が死にました。反対に、すぐ近くのシムクガマには1,000名がいましたが、「集団自決」を中止しました。『かんからさんしん』をご覧になって、「最後はみんな助かったんじゃないか」とお思いになったでしょう。どうして生き残ったのか?

 それは大事なテーマです。みんな死のうと思って行動したのに、あるところで踏みとどまった。「死んだ」ではなく、虐殺や恐怖からどうやって生きるかが大事です。心の中で何が起こったのでしょうか? 『かんからさんしん』は事実をフィクション化し、象徴化しています。芸術作品です。

「生のガマ」と「死のガマ」

 「生のガマ」と「死のガマ」というテーマで考えてきましたが、遺族の気持ちを考えると、とてもできなかったです。シムクガマはチビチリガマに遠慮して、一切語らんでおこうということで、誰言うとなくタブーになりました。戦後50年にやっと記念碑ができましたが、遠慮しいしい、申し訳ないと思いつつなのです。

 軍隊がいて、米軍に包囲されていて「集団自決」が起こらなかった所は慶良間諸島の阿嘉島、中城湾の津堅島です。津堅島では軍民一体化していました。なぜ「集団自決」が起こらなかったのでしょうか。住民は一か所においつめられ、手榴弾を渡され、晴れ着に着替えて死の準備をしていました。

 その時、突如、3、4歳の女の子が猛烈に泣き出して、着物を破いたのです。鳴き声が洞窟に響き渡り、人々はそれに心を奪われました。「日本兵に殺されるよ」と言いました。泣くということは大変なことなのです。その時、おばあさんが、「神様のお告げかもしれないよ」と言いました。「どうした? どうした?」と泣いている子どものまわりに集まっている間に、死ぬことを忘れてしまったのです。「集団自決」というのは普通の精神状態ではできず、心が凍りつき、死に集中しなければできないものです。

 復帰前の1968年の防衛庁戦史には、慶良間諸島では小学生、婦女子までもが崇高な犠牲精神のため自ら命を絶つ者もあった、と書かれています。それが公式見解でした。軍責はなかったとされています。軍隊というのは組織的なもので命令だけです。住民には住民の論理があり、ぶつかりあったというのが沖縄戦の一側面です。アメリカよりも日本兵がこわくなったのです。軍と民の論理の対立があり、一般民衆の論理をどうやって残せばいいのかが大事なのです。

 チビチリガマは米軍上陸地点からわずか1kmのところにあり、数日前まで軍隊がいました。警防団と青年団は竹やりで武装していました。最後の切り込みがあり、それが引き金になって、1回バーンとなると、それが誘い水になり、自分たちだけ残ったら大変だと1発の銃声でワーっと突っ込んでしまったのです。

 シムクガマも全く同じ状況にありました。「最後だ、切り込みに行くぞ」と竹やりで機関銃に向かっていこうとした時、ハワイ移民帰りのおじいさんが「おまえら、何やってんだ、捨てろ、やめろ」と止めました。晴れ着に着替えていましたが、おじいさんに叱られてバーンと切れて、立ちすくんでしまったのです。おじいさんと甥が「アメリカと交渉してくる」と出ていって、2人が投降するように人々を説得したのです。映画に残っています。

 阿嘉島ではリーダーの人が「これから死ぬぞ」と手榴弾をやったら、音が出ない。その空白の時間に目が覚めたのです。凍りついた心が元に戻ったのです。生と死の境というのは非常に微妙なものです。頭の中は皇民化教育ですが、「生きたい」という心がある。それは普段は言えません。言ったら殺されてしまいます。何かの拍子に解放されると「生きよう」となるのです。

 沖縄市の美里では字ごとに掘り起こしをしています。これから続々と出てくるでしょう。「死ぬ前に村史に書かないと」と60年かかって「○○さんはこうして死んだ」という証言が出てきています。今、市町村、字でやっているのでどんどん出てくるでしょう。美里では飯田隊長が女子どもが邪魔だとし、地元の兵になれない年齢の人に「我々は南部に行くから、家族を殺してこい」と命令しました。手榴弾はもったいないから、家に閉じ込めて火をつけて焼けと命令しました。美里部落の青年団で伝令した人の名前もはっきりしています。

軍隊は住民を守らない

 軍と住民が混在した場合、住民は軍隊の犠牲になるのだということは、沖縄で10人に聞けば10人がそう答えます。「命どう宝」が合言葉で、軍隊は住民を守らなかったのです。今、国は徴兵制を復活させないと、もたないと思っていて、「強い国になりたい。強い軍隊を持ちたい」と思っています。だから「軍隊は住民を守らない」という沖縄が邪魔なのです。

 沖縄は今までに何度も同じ目に遭っています。博物館の銃剣も一旦撤去されたものを引き戻しました。沖縄は「かわいそう」ではありません。経験を積んできました。教科書問題は日本全体の将来に関わるので未曾有の歴史的な県民大会を成功させました。集まったのは4万5千だとか1万だったとか言っていますが、問題をそらそうとしているのです。「軍隊は住民を守らない」、これを困る人が沖縄に攻撃を向けているのです。油断していると、将来日本が「軍隊は住民を守らない」を実地に体験することになるでしょう。
[PR]

by lumokurago | 2007-10-27 12:30 | JANJAN記事

調査官と審議委員 半数、「つくる会」と関係

調査官と審議委員 半数、「つくる会」と関係

沖縄タイムス記事です(10月25日朝刊)。

もう一つ・・・

新石垣空港 建設地に300メートル洞窟/県が作業中止
[PR]

by lumokurago | 2007-10-26 23:59 | 沖縄

今日も演習?

c0006568_2354929.jpg

[PR]

by lumokurago | 2007-10-25 23:54 | 社会(society)

秋の花

c0006568_23404137.jpg
c0006568_23423960.jpg
c0006568_23425632.jpg

[PR]

by lumokurago | 2007-10-25 23:43 | 花 ・樹(flowers&trees)