暗川  


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熊野の絵

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ちょっと鮮やかすぎますが、11月に訪れた熊野の絵です。
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裁判が一段落してやっと絵を仕上げました。

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これは絵画教室で描いたもの
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by lumokurago | 2009-01-31 21:31 | 自然 (nature)

杉並区浜田山の野生動物

たまにはうれしい話題を!
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私は誰でしょう?
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闇にまぎれてるけど、友だち(妻or夫?)もいます。

これらは緑を破壊し、大地にコンクリートを流し込んでマンション群を建ててしまった杉並区浜田山にあった三井グランド近くに、今も住む野生動物です。

「人間界は、今、大変なようですね。しかしそれは、われらをいじめた、しっぺ返しではないですか? 我々は元気でいます。みなさん頑張りましょう」。(by  三井グランド環境裁判原告のOさんタヌキ)

うちの近所にもタヌキは住んでいるそうで(残念ながら私はみたことありません)、荻窪に住む友人も家の近くで見たそうです。野生動物はまだまだ元気!
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by lumokurago | 2009-01-30 22:26 | 自然 (nature)

子どもが発熱したら看護師がお迎えしてくれるって

急な発熱 看護師お迎え 病院が“駆け付け保育” 板橋区全国初
2009年1月30日 朝刊(東京新聞)

 子育てをしながら働く親を支援するため、東京都板橋区は、保育園や幼稚園に通う子どもが発熱などをした際、親の代わりに専従の看護師が保育園などに迎えに行き、総合病院の中に設けた保育所で一時的に預かるサービスを始める。区によると、自治体が、病院内に「お迎えサービス」付きの保育所を開設するのは全国初。

 保育所は六月から板橋区医師会病院(同区高島平三)、八月からは帝京大医学部付属病院(同区加賀二)にできる。定員は計十六人。区は新年度予算案に、人件費や施設整備費用などとして計約一億一千八百万円を計上した。

 働きながら子育てをする親は、子どもが発熱すると、保育園に迎えに行くために仕事を休まざるを得ないのが現状で、仕事と育児のはざまで悩む。子育て中の親の雇用を敬遠する経営者も少なくないとされ、区は、雇用環境の改善にもつなげたい考えだ。

 保育所を利用する際は区に事前登録した上で直接病院に申し込む。保育代は日額千五百円でお迎えサービスのタクシー代は実費負担となる。利用時間は午前八時-午後六時。

 保育所では定員に応じて専従の看護師と保育士が待機し、感染症の疑いがある幼児のための専用部屋も用意する。当面は、区内在住で保育園などに通う満一歳以上の就学前の児童が対象だが、将来的には小学校低学年まで拡大する方針だ。

 問い合わせは、板橋区保育サービス課=03(3579)2492=へ。

*****ここまで新聞記事

今、このことについて書いたのですが、何かの間違いで消えてしまいました。目が痛くてもう一度書く気力がありません。それで以前病児保育について書いた記事を再掲します。以下は2006年11月6日に書いたものです。

*****

来年の区議会議員選挙に立候補予定のいわゆる「市民派」(党派に属さない)候補が、「病児保育」を公約に掲げているのを発見した。それも一人ではない。女性の社会的地位向上を求めるなら、病児保育が当たり前のように捉えられていることに危険性を感じる。

私は長年子どもを預かる仕事をしてきたが、子どもが病気の時くらい、お母さんまたはお父さんに仕事を休んでほしいと思う。子どもを預けて仕事をすることは女性の生き方として社会的に認められてきたし(今、また右翼政治家などから「男女分業、女は家庭に」との声がかまびすしいが)、現代では当然のこととされてきている。私も良いことだと思う。しかし、子どもが病気の時は別である。

子どもはストレスを原因として、または親へのサインとして熱を出すということがしょっちゅうある。子どもの熱は「今、わたしに注目して」と言っているのだ。そんな時はできるだけその子どもをよく見て、何を言いたいのか、何が不足しているのかをよくよく感じ取り、考えなければならない。そのためには時間がかかる。子どもが熱を出した時くらい、仕事を離れて、子どもに集中する時間をもってほしい。

昔、ある子どもが作文に次のように書いたことがある。

「熱を出すとお父さんが仕事を休んでくれるから、熱が出るとわたしはうれしいです」

11月7日の記事(つづき)*****

そんなこと言われても休めない。「休んだらクビになってしまう」と言いたい方も多いだろう。

でも、待ってください。子どもが病気になっても休めないような仕事、それを許している社会の方が間違っているのではないだろうか? 

働いている人はみんな忙しい(当たり前か)。預けなければならない小さい子どもがいる人たちは、特に忙しくて余裕がない。病気の子どもでも預かってくれるところがあるなら、その意味を考える暇もなく預け、ほっとして仕事に行く人が多いだろう。

でも、でも、そんなことを続けていて子どもはどうなるの? おかしくならない方がおかしいのではないか?

子どもを大切にできない会社、社会が間違っているのだ。

子どもを大切にできる会社、社会に変えたい!

しかし、「組合」はすでにないに等しいほど弱くなってしまった。私たちの年代ならば、それでも「組合」の意味を知っている。しかし、若い人たちは「組合」の意味も知らないだろう。 

どんどん弱くなってしまった「民衆」。「労働者」などという言葉も半ば死語である。
やり直すためにはとてつもない時間と労力がかかる。

でも、でも、会社や政府のいいなりになって、働きづめに働いていれば、大人が「過労死」になったり、「自殺」に追い込まれたりするだけでなく、子どもたちに影響が出る(すでに出ている)。

昔・・・私が学童クラブの仕事についた30年位前には、一番厳しい条件で働いている母子家庭のお母さんと子どもにしても、今よりもずっとずっと余裕があった。決して給料が高かったわけではない。生活は質素だったが、時間があった。母子家庭のお母さん同士のつながりもあった。

なにしろ、毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

今はなぜ、毎日時間に追われ、子どもを見ているだけでつらいのだろう?

*****

これ以上働き方を変えられないからって子どもにしわ寄せするのはやめて下さい。子どもはすでに十分悲鳴をあげています。厳しいことを言うようだけど、働き方を変える方法をみんなで考えましょう。そんな余裕はないって? できることからしましょう。まず、勇気を出して、おかしいと思っていることについて身近な人に話しかけてみましょう。
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by lumokurago | 2009-01-30 21:52 | 子ども・教育

今日は疲れました

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今日は映画監督・故高岩仁さんの一周忌で、高岩さんの「教えられなかった戦争」シリーズの上映会がありました。トークなどをはさんで3本、3時から9時半まで座りっぱなしで、重い重いテーマなので、非常に疲れました。先日高嶋伸欣さんの講演と組んだ映画会もあり、そこでも2本見たので、計5本、アジアにおける戦争中の日本軍による虐殺と戦後の経済的侵略についてのもので非常に非常に重い映画です。

私はこういうことを知って何もできない自分がいやになり、生きているのがつらくなるだけなので、一時、こういう映画等を見ないようにしていました。が、今は主権者として裁判をやっているので、社会的なことについてもっとよく知ろうという気持ちになっています。

先日、私たちの裁判について、一人の国民が一国の首相であった安倍などに対して異議申し立てできるということはすばらしいという意見がありました。裁判でなければなかなか首相に対して意見を直接言うことはできませんから。

高岩さんの映画についてはまた書くつもりですが、アジアで日本や自国の政府に搾取され、苦しんでいる人たちに対して自分が何もできないとしても、今は何もしないよりはましということで裁判をやっています。
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by lumokurago | 2009-01-29 22:50 | ねこと鳥 (cats&birds)

医療被ばくを減らすために

1月17日高木学校(原子力資料情報室の故高木仁三郎さんの高木学校です)で「“がん検診”で寿命は延びるか」という講座が開かれました。第一部として高木学校・崎山比早子医師による「医療被ばくを減らすために」というお話がありました。簡単にご紹介します。

世界にあるCTの三分の一が日本にあり、日本では毎年1万人が医療被ばくによってがんになっているそうです(線量当たりの発がんリスクは被爆者87000人を60年以上追跡した結果が出ています)。職業被ばくには線量限度が決められている(1年で50ミリシーベルト、5年で100ミリシーベルトを超えない)が、医療被ばくには限度が決められていません。その理由は限度を決めてしまうと必要な検査や治療が受けられなくなるということです。つまり、医療においては被ばくによる利益がリスクを上回っているとされ、被ばくが正当化されているのです。

国際的には放射線に安全量は存在しないという合意がありますが、日本の医療界では放射線には安全量が存在するとされ、しきい値以下なら何回浴びても大丈夫とされています。しかし、放射線によるDNAの損傷はその細胞が生きている限り元には戻らず、放射線傷害は蓄積されます。

医療被ばくについては世界的に危機感があるが、日本では行政がとりあげないので、自分で記録することが大切だということです。

特にCTは被曝線量が10ミリシーベルトと多いとのことです。健康診断を受けたら寿命が延びたという医学データはないのですから、人間ドックなどは受けない方が懸命です。

*****

今日、乳がんを経験した友人に会って、この話をしたら、年に1回全身転移がないかを調べるためにCTを受けていたということです。もう4回も受けてしまったと言っていましたので、やめるように言いました。乳がんの治療後、全身転移があるかないかの検査をしても意味がありません。転移した乳がんはもう治らないからです。つまり、検査して早期発見して治療してもどうせ治らないのです。(なので、私のがん友たちはもう何年も病院には行っていません)。

ただし、乳房内再発、腋の下のリンパ節転移はそれだけなら命取りではありません。(乳がん以外のがんの場合は再発・転移共にもう治らないということ。つまり乳房はがんがいくら大きくなっても命に別条はないが、それ以外の命に直接かかわる器官のがんではその器官が働かなくなると死に至る)。

別な友人のお姉さんは乳がん治療後、なんと毎月マンモグラフィ(乳房X線検査)を受けているとのことで、やめるよう言いましたが、どうなったでしょう。この方は気の毒なことに、温存率が日本中でもいまだに非常に低い東京女子医大で治療したため、乳房を全部取られてしまったそうです。私に相談してくれればよかったのに・・・あまりにも気の毒なので、このことはとても言えませんでした。

みなさんのお知り合いが万が一乳がんになったら、忘れずに私に相談して下さい。
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by lumokurago | 2009-01-29 00:13 | 医療

泡瀬干潟と浅海の埋め立て中止を求めるWEB署名(第3期)

泡瀬干潟と浅海の埋め立て中止を求めるWEB署名(第3期)

ぜひご協力をお願いします。

泡瀬干潟を守る連絡会ホームページ
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by lumokurago | 2009-01-28 21:16 | 自然 (nature)

教基法違憲訴訟控訴審第2回で結審

予想していたとは言え、空しい・・・。

第1回口頭弁論で自己紹介してくれた人間らしい裁判長(東京高裁・原田敏章)は、今回、4人の控訴人に一人10分、計40分、陳述するように言いました。そんなに時間を取ってくれるなんてとうれしくなって、つい「ありがとうございます」と言ってしまった自分が悔しいです。なぜそんなに時間を取るのかに敏感でいなければならなかった。「言わせるだけ言わせて結審ですか?」と質問すればよかった。

言いたいだけ言わせて、即、「口頭弁論を終結」だったのです。予想していたとは言え、これだけしゃべらせてくれたのだから、裁判長も何か言うのかと思いきや、いきなり「終結」です。私が長々と陳述して座った直後の一瞬だったので、ほんの少しの隙ができて、ヤジを飛ばすことも忘れてしまいました。あっけにとられる暇もなかったのです。また、だまされてしまいました。

私たちが主権者です。裁判官の給料を払っているのは私たちです。主権者が雇っているはずの裁判官に対して、どうしてこんなに緊張し、まるで「敵」に対するように「隙ができた」などと言わなければならないのでしょうか?

今日は傍聴者が20人以上来てくれて、40分の切実な陳述を聞いてくれましたので、それだけはよかったと思います。裁判官たちは「早く終われ」と思いつつ、仕方なく座っていたのかもしれませんが、少しは耳に入ったかもと希望的観測ですが、思います(少なくとも居眠りはしていなかったので)。被控訴人(代理人ですが)らも居眠りせず、どれだけかわかりませんが聞いてはいました。一人は顔を真っ赤にしていました(安倍裁判と同じ代理人)。彼らは「ヒラメ裁判官」であり、権力に加担する弁護士ではありますが、彼らにも良心は残っているはずだと思うからです。仕事以外のところで、今日の陳述を聞いて、もしかすると何か考えてくれるかもしれません。

小学校3年生の子どもを持つ控訴人(原告)が、教育基本法が改正されてから小学校で行われる道徳教育が自己犠牲の精神を賛美するものにはっきり変わってきたことを陳述しました。彼女は「裁判をやっていてよかった。裁判をやっていなければ『何かおかしい』としか思わなかっただろうことが、きちんと見えるようになった」と言っていました。裁判をやることによって私たちひとりひとりは確実に力をつけているのです。
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by lumokurago | 2009-01-27 22:02 | 教基法違憲訴訟

がんになったら最後まで闘う?

医師らは余生重視 (出典:読売新聞)

がん患者の8割以上は、最後まで病気と闘うことを望みつつも、死を意識せずに普段通りに過ごしたいと考えていることが、東京大によるアンケート調査で明らかになった。

逆に、がん診療に当たる医師や看護師は、将来の病状の変化や余命を知って、死に備えることを重視する割合が多く、患者と医療関係者の間で価値観のギャップがあることが浮き彫りになった。

調査は昨年、「望ましい死」や「死生観」について、同大病院放射線科を外来受診しているがん患者や一般市民、同大でがん診療に当たる医師・看護師ら医療関係者を対象に実施。計1138人から回答があった。

「最後まで病気と闘うこと」に対しては、患者の81%と一般市民の66%が「必要である」と答えた一方、医師、看護師はそれぞれ19%、30%にとどまった。「身の回りのことが自分でできる」「死を意識せずに、普段と同じように毎日を送る」ことも、患者や市民の8~9割が「必要」としたが、医師では約半数だった。

一方、医療関係者は「残された時間を知っておく」「会いたい人に会っておく」ことを重視し、死への心構えなどの準備をしたいと考える傾向があった。

*****ここまで引用。

「最後までがんと闘うこと」が「必要」であると答えたがん患者は81%であるのに対し、医師は19%にすぎない。また、「やるだけの治療はしたと思えること」を「必要」としたのは、患者92%に対して、医師は51%である。

この差をどう見るか? 患者はがん治療に効果があると信じているのに対して、医師はがん治療の効果は少なく、副作用が大きいことを認識しているのだろう。近藤誠医師(慶應大学病院放射線科講師)が『患者よ、がんと闘うな』を出したのが1996年、あれから13年経って、近藤医師以外の医師も「患者よ、がんと闘うな」に近くなったのだと感じる。しかし、今検索してみたところ、近藤医師はいまだに手術や抗がん剤がさかんに行われていると言っていた。

自著を語る -「患者よ、がんと闘うな」から10年(文藝春秋)

私の状態も普通の病院に行っていれば、7月の時点で手術され、抗がん剤をすすめられ、知識がなく、医師のいいなりになる患者であれば、今頃は抗がん剤の何クール目かを下手すればまだ続けており副作用に苦しんでいただろう。私の場合、11月にPETで全身転移が確認されたので手術は意味がなかったということであり(もう治らないので)、同じ治らないならば一番体に影響の少ない治療を行っているので、理想的な経過をたどっている。

近所の玉川上水の緑を破壊する放射五号線のため、家が立ち退かされ、たくさんの木々が切り倒され、更地が目立ってきて、「ああ、こんなの、見たくない」とまたつらくなったけど、前のように「長生きはしたくない」と思うのはやめようと思った。沖縄タイムスには泡瀬干潟とヤンバルの森の自然破壊が載っていたけれど、私はまだ生きていなければいけないと思った(思うようにしている)。

 がんのことはそもそものはじめからちゃんと書いておこうと思っている。
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by lumokurago | 2009-01-26 21:49 | きままながん患者

カズさんから本間さんへのメールです

本間さんへ

  勉強してくださいといわれたので一言。渡辺さんのブログへの書き込みは初めてですが。多分本間さんと議論しても平行線になるのだと思いますが。

  『アルジェの戦い』というフランス映画ごらんになったことがありますか? ものすごく心に残る映画です。アルジェリアのフランスの植民地時代のアルジェリア人のテロを含むレジスタンスとそのテロ撲滅のために手段を選ばぬ、元ナチスへのレジスタンスの闘士だったフランス軍植民地司令官の闘争の話です。アルジェリア人のテロには女性も協力しアルジェ市内のフランス人の集まる場所に爆破物をしかけ、多くの市民を殺戮します。一方フランス軍のテロ対策部隊も、実際にはテロ組織でないアルジェ市民も攻撃して多くの犠牲者を出すし、捕らえたテロリストは拷問にかけて秘密組織を暴こうとします。そういう熾烈で、非人間的な戦いです。命をかけてフランスに抵抗しアルジェリア独立を勝ち取ろうとする人々がテロリストになり、治安を守ろうとする軍と戦うわけですが、映画は両者を公平に描き、結果として植民地支配というものの矛盾をみごとに描いています。これをイスラエルとアラブに重ね合わせることは可能です。つまりアラブ人の多くはイスラエル建国自体の正当性を認めていないので自分たちの土地が(植民地のように)奪われていると考えていますから。しかしそれは一つの見方にすぎません。一方イスラエル人はイスラエルはユダヤ教徒に約束された土地だと信じている(モーゼの出エジプト以来です)。

  私が思うのは、どちらが正当かという問題に答えを出さずに、いえることは暴力はもうやめようということだけだということです。暴力と殺戮により、憎しみは増幅し、若者は戦いに追い立てられ、死者の列が累々と続くばかりだからです。しかしイスラエルとアラブの対立には、イスラエル建国の正当性についての認識の違いがあり、それが宗教的対立にもなっています。当事者でない日本人が宗教も絡む問題にどちらが正しいなどと言えないでしょうし、一方に加担するのはだからおかしいです。それで一方の側に立つことは反対なのです。もちろん軍事力で勝るイスラエルの非道さが余計目に付きます。しかし、軍事力が逆転したら、反対のことが起こるでしょう。旧ユーゴスラビアで内戦がおこったときのように。

  また私はアルジェリア独立運動ですら、テロのことを認められません。罪のない(大人については植民地に支配階層として住むことが罪だと言えるかも知れませんが、テロは親についてきた何も知らない子供も殺します)人間の命を奪うからです。だた、独立のために命がけで戦う人間の気持ちは想像できます。しかしテロの秘密組織は内輪での「裏切り」にも残酷で、仲間内でも殺し合いをします(そういえばわが国の『連合赤軍派』でも仲間内の殺し合いがありました、より低次元のものだったような気がしますが)。何が認められないかといえば、ただ一言、人命の軽視です。目的が正しくとも、手段として人命を軽んじる方法でことを推し進めることに私は絶対に反対なのです。私に認められる暴力の唯一の例外は人の命を守るための暴力です。同じことはハマスの行為についてもいえることで、ですから、「勉強してください」といわれても、私の意見は変わりません。イスラエルもハマスもともに批判されるべきです。たとえ同程度にではないにしても。ただ本間さんが私と異なる意見をもつことまで批判しようとは思いません。

  ただ、渡辺さんに忠告メールを送ったのは、渡辺さんとは随分意見の違いもありますが、人命軽視否定というところだけは完全に一致しているように思っていたのに、人命を軽視するハマスの暴力は、イスラエルの暴力より肯定できるというニュアンスの文を当初掲載したからです。

カズ

*****このブログのコメント欄へは限られた字数しか入りませんので、長くなる場合は私に直接メール下されば、掲載させていただきます。他の方もどうぞ遠慮なくご意見をお寄せ下さい。
この話題の元は以下です。

① メディアとガザ報道(広河隆一)

②  「メディアとガザ報道」への意見
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by lumokurago | 2009-01-25 20:08 | 平和

コメントをお読み下さい

いつものことなのですが、本間さん、やつらださん(彼のブログ参照)、私でパレスチナについて、話し合い、対立しています。内ゲバは避けたいと思っています。
下の記事のコメント欄を参照してください。
「メディアとガザ報道」への意見

ご意見お待ちしています。
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by lumokurago | 2009-01-24 22:07 | 平和