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明日から再開します

 また久我山で事件でもあったのか、教科書採択が間近なので「ウヨク」さんの活動が活発化しているのか、休んでいるのにアクセスが増えています。(「ウヨク」さん、ご期待に添えずごめんなさいね)。

 「炎上」を呼び込むネタがあるんです。書かないけど。

 授業で「つくる会」教科書を批判して都教委に懲戒免職された中学校社会科教諭増田都子さんによる田母神「作文」徹底批判の授業を受けました。48項目に渡り事実を示し、田母神氏の主張がすべて思い込みによるものだと証明。近現代史をほとんど知らない多くの日本人(私も含む)は、どこが思い込みなのかわからないのです。本当におそろしいものです。

 田母神氏の本が書店に平積みにされ、講演会もさかんのようです。それに対して歴史の事実を伝える声や本はあまりにも影響力が少ないです。

 先日、「赤旗」に野中広務さんが大きく取り上げられていました(私は組織が死ぬほど嫌いで、当然ですが共産党支持ではありません。一般紙には決して載らない貴重な情報が載るので友人がとっているのです)。野中さんも今じゃ広い意味での「護憲派」の立派な一員です。時代は変わりました。。。そしてますます悪く、右へ右へと進んでいます。。。

 疲れているので、明日から再開するつもりだったのですが、書きはじめるとついつい書いてしまいました。中途半端ですみません。
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by lumokurago | 2009-06-30 21:41 | きままながん患者

お休みします

 政治大嫌いです。運動、いまだに大嫌いです。それなのにかかわらざるを得ない状況に疲れましたので2,3日お休みします。
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by lumokurago | 2009-06-27 20:53 | きままながん患者

おせっかいな「健康増進法」

 いつのまにか健康増進法という法律ができていました。(平成14年8月2日)第1条と第2条をお読みください。

(目的)
第一条 この法律は、我が国における急速な高齢化の進展及び疾病構造の変化に伴い、国民の健康の増進の重要性が著しく増大していることにかんがみ、国民の健康の増進の総合的な推進に関し基本的な事項を定めるとともに、国民の栄養の改善その他の国民の健康の増進を図るための措置を講じ、もって国民保健の向上を図ることを目的とする。

(国民の責務)
第二条 国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない。


 この後の条文で、国及び地方公共団体、健康増進事業実施者は、国民の健康の増進の総合的な推進を図るため、努めなければならないと規定しています。

 おおきなお世話じゃ!!!

 この健康増進法について石川憲彦さんが『心の病いはこうしてつくられる』で厳しく批判しています。以下は要約です。

 *****

 健康増進法は寿命の延長をうたい文句にしているが、日本人の平均寿命は世界で最も長い。健康面において、日本ほど恵まれている国は他にない。 

 インフルエンザ予防薬としてタミフルを備蓄するという問題が出てきているが(注:これは新型インフルエンザのことではありません)、これまで生産されたタミフルの7割~8割は日本が使用していた。世界の人口の1割が住む先進国と9割が住むその他の国に分けて考えてみると、インフルエンザで死亡する人が多いのは当然9割が住むその他の国で、その原因は栄養問題である。平均寿命が40歳くらいの時代までの死亡の主因は感染症だった。

 抗生物質によって感染症による死亡が減ったとされているが、実際は栄養状態がよくなった国々で感染症の死亡が激減しているというのが事実。今でもインフルエンザの死亡率は、経済的に豊かな国と貧しい国とでは100倍近くの格差がある。貧困とは全く無縁な日本において、タミフルの80%が消費されてきた。早めに熱を下げ、わずか2日間楽をするためにタミフルを飲んでいる。

 19世紀初頭に、まだ人間の栄養状態が悪くて感染症に犯されて多くの人々が40歳くらいまでしか生きられなかった時代に、命を救うために予防接種をしよう、さらに抗生物質によって感染症にかかっても死なないようにしようと努力していた西洋医学は瑞々しい哲学を持っていた。

 しかしそうした感染症による生命の危険がほとんどなくなった時代の日本で「健康増進法」が出てきた。世界中で一番寿命の長い人間を、しかも他の国々が欲している最も主要な薬剤を買い占めて、独占利益をもたらす形で日本人の寿命をさらに延ばそうと欲張っているのである。そこに今の日本国家の悪しき利己主義が世界でどのような位置に置かれているかを見ることができる。

 そうした利己主義が医学や医療の世界にも反映していて、アメリカを中軸とするグローバリゼーションに組み込まれ、アメリカ製薬資本に完全に絡み取られている。日本がなぜ米英と組んでイラクへの派兵を率先して行ったのかということを医療産業が象徴的に示している。貧しい国では平均寿命が26歳くらいの国があるが、その平均寿命を40歳にするにはほとんどコストがかからない。平和、防災、貧困の解決だけが必要なのである。

 栄養状態とは単純に食べ物の問題だけではなく、エネルギー問題とも関係している。冷暖房が完備すれば死亡率が違う。貧しい国では、今、オイルの値段があがり、灯油が買えなくて煮炊きできずに餓死が出ている。

 日本で現在の冷暖房完備の条件を満たすには、明治時代の人たちの200倍くらいのエネルギーを使っている。明治時代の人たちの平均寿命が40歳くらい。つまり日本人一人が使うエネルギーは貧困国の人たちの200人分のエネルギーに相当し、それを使うことで40歳以後の人生を生き延びている計算である。

 「健康増進法」の疾患対策の主なものは二つで、一つは生活習慣病、もう一つは精神科領域の自殺防止。日本の三大死因はがんと心臓病と脳血管障害だが、この3つの病気は40歳までの発生率はゼロに近い。40歳までは問題にならない病気が主体だということは、少しオーバーな表現になるかもしれないが、自然界で生きていた人間にとっては過剰な寿命の副産物ということである。先進国の人間に特有なこの過剰な寿命に対して、過剰なエネルギーや過剰な栄養を投下するところに現代の欲求の基本がある。「健康増進法」には生物としての人間にふさわしい生き方とはまったく裏腹な、自制のない蕩尽を助長する貪欲な悪あがきみたいなものを感じる。

 さらに指摘しておきたい点は、過剰な寿命を延ばすために自然環境を無視して無理なエネルギーを消費しても、もはや実効性に乏しいということである。予防のためということで生活習慣病の健診をゼロ歳児にまで下げてきているが、子ども時代の異常が大人になっても異常になるというデータなどない。

 そうした健診制度によってどれだけ寿命が延びたかは大いに疑問で、40歳から80歳に延びた寿命のうち、医学が何歳分引き延ばしたかというと、学者によって多少違うが、せいぜい1、2歳だろうと言われている。平均寿命が延びたのは、栄養とエネルギーと経済発展が原因なのである。この問題を無視して、健診制度を低年齢から導入することは、健康で長生きしていい生き方をするためには、まさにゆりかごから墓場まで徹底して身体を管理するという思想の普遍化、一般化である。

 太古から身体管理は人間管理の基本である。ハード面では日本の政府はただちに強力な身体管理によって国民を管理するという状況に今あるわけではないが、ソフト面では、広報やマスコミを動員して、ものすごい健康脅迫の宣伝を強めている。健康に生きようとしない人間はよくない人間だという新しい規範が植えつけられる。自然な人間の生老病死を人工的に一時でも長い寿命に延ばすというエサで管理しようとするすさまじい法律である。

*****

 これを読んだら、近藤先生が「がんは老化」といつもおっしゃっている意味がよくわかったし、ますますそれほど長生きしたいとは思わなくなりました。日本人は寿命まで第三世界から搾取していたんですね。というか、これだけ経済的に搾取すれば、当然結果的にそうなるということですが、そこまで考えていませんでした。これを読んで初めて自覚しました。
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by lumokurago | 2009-06-25 21:41 | 医療

理学療法士が見た障害児療育の現場(下)

理学療法士が見た障害児療育の現場(下)
「特別支援教育」 法律はできても取り組みは学校によってまちまち
 

 障害児に普通に接することができるようになるためには

記者:ところで、ずっとこういうお仕事をなさっていて、一般の人にぜひ知ってもらいたいことはありますか?

K.N:例えば、自閉症の子がギャーギャー騒いだりした時に、興味深そうに見ることが多いじゃないですか。そういう子どもたちを興味深い目で見るんじゃなくて、普通に接してあげることができれば、お母さんたちも気が楽だと思います。障害を持った子は一生治らないから、その子をその子なりに認めてあげられる環境であればいいと思います。

記者:普通の人は障害児と接する機会が全然ないでしょ。私なんかは電車に自閉症の子が乗ってくればすぐにわかるけど、全然見たことのない人だったらわからない。変な人と思っちゃうでしょうね。

K.N:だからやっぱり学校の教育でしょうね。今、特別支援学級になったけど、そこの教育でしょうね。学校によってはそういう学級に通っている子どもと普通学級の子どもとの交流があって、うまく回っているところもあるみたい。校長とか教師の考え方によるんじゃないかしら。

記者:T小学校の学童クラブにいた時に、その学校には障害児学級があって、その学校の子どもは全体的にとてもやさしいんですよ。ずっと昔の話だけど、体育の授業の交流をやっていて、障害児を知ってるわけです。そうすると学童クラブに来てからも対応が自然。だから他の障害児学級がない学校の子どもとは全然違って、慣れてるところがあった。でも当時でも教員をしている友だちに体育の授業で交流してると言ったら、すごい珍しいと言われた。もう20年位前の話で、今じゃもう止めちゃったかもしれない。たぶん子どもの頃に障害児を知ってたか知らないかじゃ全然違うと思う。

K.N:そうそう。それは大きな違い。この間、国連で自閉症の啓蒙活動みたいな日が決められて、自閉症についてもっと関心を持とうよ、というキャンペーンがあって、自閉症の親とかそういう人たちが声をあげて、自分の子どもについて知ってほしいというのがありました。(「世界自閉症啓発デー」毎年4月2日、自閉症をはじめとする発達障害について広く啓発する活動。昨年、国連で採択された)。

記者:どこだったか、少し前に知的障害の20代の青年が挙動不審ということで、警察が殴って殺しちゃったじゃないですか。ひどい話ですよね。ああいうのも警官が障害者のことをわかっていれば、挙動不審じゃなくて、障害があるんだということをわかって、あんな事件は起こらなかったと思います。

K.N:特別支援という形で法律的には整理されても、どういうふうに教育するかというのは学校任せで、専門的なスタッフがそろっていないから、学校によって取り組みはまちまちになってしまう。

記者:特別支援学級(学校)の教員も普通学級から異動してくるので障害児教育の専門家ではありませんからね。もちろん研修はあって勉強していくのですが。

K.N:それに健常児のお母さんたちから、障害児がいると勉強が遅れるとかそういうことが必ず出てくるじゃないですか。学校はそういう配慮もしなければいけないから、大変なことは大変。

記者:最近はますます世知辛くなってきているから、難しくなっているでしょうね。あと、知的障害の人が容疑者になることが最近多いけど、私は疑問を持ってしまいます。

K.N:軽度の人の犯罪は増えてるっていうのはありますね。東金市(千葉県)で女の子が殺されたのも容疑者は軽度の知的障害者。刑務所も障害のある人が多くなったって言いますよね。

記者:でも、冤罪も多いですよね。知的障害のある人がそんなに犯罪を犯すとは思えないけど。

K.N:そそのかされて悪いことをしてしまうとか。

記者:なんか盗んじゃうとか、そういうのはあるだろうけど。

K.N:ずるがしこいことはできない。

記者:人がいいんですもん、だいたい。隠すことは下手で。そういう人を捕まえて自白させて、「こうだったんだろ」とか言われたら、だまされて「そうだった」みたいに言っちゃうかもしれない。

K.N:言い含められたら、そうかなと思っちゃうかもしれない。

記者:普通の人だってあるんだから、やっぱり危ない。警察にも偏見があるかもしれないから、普通の人以上に配慮しなければならないと思います。

軽度の障害者のためのケアが必要

K.N:重度の人だったら、養護学校卒業して、デイケア施設に通って生きていくっていうのはあるんだけど、逆に軽度の人はね、いわゆる社会的な生活ができる人のケアが必要よね。

記者:ある程度働ける人?

K.N:作業所だったら、ある程度まわりで見守ってくれる人がいるでしょうけど、外に一歩出た場合に、見守ってくれる人がいない場合がある。職親(※)みたいな人がいる職場だったらいいけど。何かあった時にカバーしてくれる人がいればいいけど。
※職親(しょくおや):知的障害者を預かり指導訓練を行なう者。(編集部)

記者:企業は軽い障害の人をちゃんと採用しているんですか?

K.N:罰金(※)で済ましちゃってるところが多いみたい。
※障害者の法定雇用率(1・8%)を達成していない企業にペナルティーとして課している納付金のこと。(編集部)

記者:今はもう派遣切りとかやってるくらいだから、

K.N:そこまで面倒みてくれる企業はないでしょうね。

機能訓練はどこまでやるべきか

記者:印象に残っているお子さんのことを話していただけますか?

K.N:はい。その子は脳性まひで肢体不自由の子なんだけど、赤ちゃんの時からずっと通っていて、歩くことはできないし、お座りすることもできないし、寝がえりがやっとなのかな。10何年後に私が養護学校に行って週に1回仕事をすることになって、その子が高等部に通っていて、その子に会ったんですよ。そしたら、年とともに緊張が強くなっていて、股関節とか関節がはずれちゃうのね。はずれちゃうと神経が圧迫されて痛くなっちゃうから手術して、でも体も変形しちゃうから呼吸も困難になって、気管切開をして呼吸器をつけて、という状態まで行ってしまっていて、だから訓練ということでさらに緊張を強めちゃったり、そういうことになっちゃったのかな、と。よかれと思ってしたことが、その子にとって、どうだったのかなと思ったことがありました。

記者:訓練しすぎて緊張が強まるということがあるんですか?

K.N:そうなんです。そうでなくても年齢とともに強まることもあるんだけど。

記者:判断が難しいんですね。子どもによっても違うんでしょうね。

K.N:その子にとってどうなのかというのはその時点ではわからない。

記者:よかれと思ってちょっとでも立てるようにとか歩けるようにとかやるんでしょうね。

K.N:20年位前に脳性マヒの機能訓練の一種にボイタ法というのがあって 人間の体の動きのパターンを子どもに覚えさせるというもので、子どもの手足に一人ずつついてやるので、人数がいる。そのためのボランティアを募って、一日のうちに何回か訓練する。今もやってるところはあるけど、親も訓練のために子どもにつきっきりで必死でやっていた。親も大変だけど、子どももかなり痛いので、子どもも大変です。

記者:私の経験でも、親は子どもにできるだけ良くなってもらいたいので、子どもに対して無理な注文をして、あそこまでやっては子どもがかわいそうだと思ったことがあります。親が子どもの障害を認めるまでには時間がかかりますが、まずはありのままの子どもを受け入れてあげてほしいです。

個々を大切にしつつ、一緒に暮らせる社会に

記者:養護学校の運動会や展覧会に何回か行ったことがあるけど、それぞれの子どもがすごく大変で大事だから、もう学校全体が一つにまとまっていてみんなを応援してるっていうのがはっきりありますね。家庭的というか、人数が少ないのももちろんそうだけど、ほんとにみんなのお母さんがみんなの子どもを大事にしてる。何かができるようになったりすることがあんまりないから、ちょっとしたことでもとっても喜ぶ。笑顔だけでもうれしいし。

K.N:ほんと、そうね。一緒に応援してね。

記者:なんか用事があって行ったら、急に行ったのに、給食を食べさせてくれたこともあります。一緒に食べましょうって。普通の学校なら考えられませんよね。先生も障害児をみているということで、何か連帯感があるんですね。養護学校義務化以来、特別な教育が必要だという名目で障害児は振り分けられて、健常の子どもと触れあう機会が失われています。何かができるようになることはもちろん大切だけれど、同じ社会で生きているのだから、同じ保育園や学校で暮らすのが普通だと思います。一緒にいるのがごく普通になれば、障害児の親だけじゃなくて、健常児の親もその子のことを理解し、応援する気持ちがでてきて、連帯感ができてくるんじゃないでしょうか。

K.N:特別支援学校も個々の子どもにあった教育をする意味では必要と思います。でも、まだその意図が十分に機能していないのではないのではないかなあ。学校の先生をバックアップする方法や施策を、地域を巻き込んで考えていく必要があるのではないかと思います。せっかく個々を大切にする理念がひろがりつつあるので。

記者:その上で、みんな一緒に暮らすということを考えられる社会になってほしいですね。特別支援学校を別の場所に建てて障害児だけ集めるのではなく、地域の学校の同じ敷地内にして、いつも交流できるようになれたらいいですね。
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by lumokurago | 2009-06-25 17:48 | JANJAN記事

慶応病院、行ってきました

 今日、近藤先生の診察に行ってきました。9時に行ったら、私を含め二人しかおらず、すぐ呼ばれ、がんのこと+医師不足や新型インフルのことまで聞いてきました。テープを起こしてまとめますので、お楽しみに。先生はこのブログをご覧になっていたらしく、若年性乳がんは非常に少なく、増えてもいないと教えてくださいました。本当は私も怪しいと思っていたのに、ネットに情報がなかったので、患者さん本人の言葉だけで、確かめずに書いたことを深くお詫びします。以前の記事は書きなおします(現在非公開設定)。

 水曜日は夜、最首悟さんの講義で小田急線鶴川(和光大学ぱいでいあ)まで通っているため、今日は疲れてしまいました。もう年ですな。

 書きたいこと(多くの人に知ってもらいたいこと)は山のようにあり、読みたい本もたまる一方です。最近は鬱状態だったこともあって、ほとんど外に出ず、家に閉じこもって本を読んだり、ものを書いたりしているのですが、追い付きません。

P.S.
 近藤先生と山田真医師(信頼できる小児科医)が対談で、最近の医師は検査に頼り、聴診器も当てないというようなことを話していました。自分の診断能力に自信がないから、検査漬けにするのですね。

 村山先生(私のもう一人の担当医・湘南東部クリニック)は検査漬けにはしないのですが、触診もしません。近藤先生は毎回触診してます。

 いろいろな予定もあるので、あとどれくらい生きられるのかを知りたいのですが、今現在症状もなく、こんなに元気な患者の余命がわかるわけがないのです。ということがわかっているので、聞きませんでした。うーん、あと1年なのか、数年なのか、5年なのか。。。運がよければそれ以上なのか、わかりません。。。

 こんなこと考えるのも、いのちが自分の好き勝手にできるものだと思っているせいでしょう。本当は自分ではどうすることもできない、与えられたものなのに。。。

 それに、がんと関係なく、明日事故で死ぬかもしれないのです。人間てつくづく自分勝手。
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by lumokurago | 2009-06-24 16:19 | 転移がんの治療(無治療)

大好きな石川憲彦さんの本

 最近、JANJAN記事のがん関係のご意見板への返事に追われ、またまたその関係の本をひっくりかえしたりして、ますます詳しくなってしまいました。本当に冗談でなく、おごりでもなく、そこらの医者より私の方が詳しいと思います。脳死移植問題についても書きたいと思っているのですが、先日、障害児問題について読もうと思って図書館で借りた本も、その問題と過剰医療の問題に言及していました。

 大好きな精神科医・石川憲彦さんとこれは知らない高岡健さんの対談です。タイトルは『心の病いはこうしてつくられる』(批評社)

 これから少し引用していきたいのですが(これまで何冊もの本にこう言いつつ、全然やってない。例:ダグラス・ラミスさん、堤清二さん)、まずはあとがきから引用させていただきます。石川さんはやっぱり私が好きなだけあった。

*****

死をも共に生き抜いている人間というストーリーの原点(あとがき)   石川憲彦

 わたしには医者として、いつも振り返り、立ちかえる原点がある。それは、医者として新米の頃に出会った幾人かの子どもたちの生き方を通して形成され、今では人間としての私の原点となっている。・・・中略・・・

 今、子どもたちの生き方を通してと書いたが、正しくは死を生きつつある子どもたちを通してと書くべきだろう。例えば、倫ちゃんは、進行する脳の変性疾患のため、最後の3か月を病院で過ごしていた。数週間後、白血病から生還すべく同室に入院したフーちゃんは、治療の甲斐なく数年後他界する。

 前思春期を迎えようとしていた倫ちゃんは、数年前から進行する脳機能不全のため、すでに植物状態にあった。小児科医としての私の日々の作業は、レスピレーターを点検し、身体中に差し込まれたチューブと装置を管理し、まさかのときに備えて診察を黙々とこなすことであった。医者も、看護師も、そして時には家族も、大人は彼を半分すでに帰らぬ異物とみなしていた。
 
 フーちゃんが入院すると、このルーチン化された機械的作業は、しょっちゅう邪魔されることになる。ようやく幼児期を迎えたばかりのフーちゃんは、いったん危篤状態を切り抜けると、退屈しのぎに(と大人は考えた)倫ちゃんにちょっかいを出し始めたのだ。声をかけ、歌を歌い、それでも物足りなくなると、ベッドの枠を乗り越えてレスピレーターやチューブをものともせずに倫ちゃんと遊ぼうとする。

 フーちゃんを制止し、なだめるために、禁止や叱責は無効だった。有効な手段は、大人たちが、倫ちゃんを一人のかけがえのない人間として、声をかけ、歌を歌い、みんなで一緒に遊ぶことだった。フーちゃんのお友達として、倫ちゃんは治り、生き続けるために入院しているというストーリーをでっちあげることが必要だったのだ。

 しかし、この不合理なストーリーは、やがて大人たちを変えていく。倫ちゃんと会話する。倫ちゃんと遊ぶ。不思議なことに、大人たちは、こういった幻聴と妄想が機械的合理主義の世界よりずっと生き甲斐と張り合いに満ちたものだと感じ始めるようになる。人間の精神世界が作り出すストーリーが、倫ちゃんと、フーちゃんと、親と付き添いと、医者たちと看護師たちの生きる時間と空間をとても豊かにしてくれたのだ。

 ・・・中略・・・

 今日、医療界では、このような特殊な甘い考え方を排除し、現実的な社会の考え方だけを優先させようとする動向が、完全に主流になってきた。脳死はもとより、安楽死や尊厳死というのは、この動向を最も鋭敏に反映する主張である。安楽死と尊厳死を混同するなという主張がある。しかし、安楽も、尊厳も、しょせん「私」の所有物にすぎないと見做されている。脳死・安楽死・尊厳死。いずれの死においても、死は完全に個人化された事象になり下がってしまった。

 人間の精神が創作したひとつのストーリーは、近代の初頭、病院社会に封印され、いまや完全に葬り去られようとしている。対象関係論的に未熟な幼児であるフーちゃんはいざしらず、ストーリーにおぼれるような異常な大人は、医師や看護師という専門職にふさわしくない。

 では、成熟した社会を支える、脳死・安楽死・尊厳死を正当化するストーリーとはどのようなストーリーなのか。あるいは、それがいかなるストーリーにせよ、社会から病院まで一貫して単一のストーリーが支配することは、人類にどのような意味を持つのか。このような問いかけを発し続ける中で、医者としての原点はいつの間にか私の原点となっていった。・・・後略・・・

 2006年5月28日
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by lumokurago | 2009-06-23 22:43 | 本(book)

沖縄はまだ戦時中

 不発弾で死亡 戦後710人 沖縄タイムス2009.6.17

 沖縄戦後の1946年以降、不発弾が原因とみられる爆発事故は1087件発生し、死傷者は1991人、うち死亡者は710人(負傷者1281人)に上ることが、琉球警察統計書(~71年)と県の統計(72~2009年1月)から分かった。特に本土復帰前は年平均70人超が死傷、1958年までの多くの都市で、県内死亡事故原因の上位3位あった。今年1月には糸満市で爆発事故が発生。戦後64年めの今も「戦争被害」は続いている。

 (不発弾問題で「日常の『戦場』」を連載中)

 6月23日の慰霊の日が近いので(明日だった)、沖縄戦や平和に関する記事が多くなっています。

 悲嘆の地へ祈り届け 忘れない戦世 2009.6.18

 平和のいのり      比屋根憲太(大里北小6年)

 石に刻まれた家族の名に
 涙を落す祖母
 なんの形見も残っていない石に
 声にならない声で
 石をさすり
 石をだきしめる
 小さな声でとても小さな声で
 「本当は話したくないサー」
 少し首をかしげて
 空を見上げる
 人さし指の大きさの大きな傷
 あごと左腕に残る
 戦争の傷あと

 祖母は傷の手当をするために
 水くみに行った
 防空ごうに姉を残し 母と二人で
 そのあとすごい光と音・・・
 そのまま姉はもどらなかった
 「いっしょに連れて行けばよかった」
 「ごめんね ごめんね」 
 と何度も何度も

 きたときよりも
 石を強くさすり
 石を強くだきしめる
 ぼくはもう声を上げて泣いていた
 そして祖母の背中をずっとさすった

 こんな青い空に
 こんなおだやかな沖縄に
 戦争は似合わない
 祖母のくしゃくしゃな涙も
 似合わない

 そんな祖母はもう今は歩くことが
 できない
 毎日毎日空を見て
 きっと
 生きている喜び
 生き残った悲しみを感じて
 いるのだろう
 ぼくは車イスをおして
 祖母のいのりを引きつぐ
 戦争のない平和な国を
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by lumokurago | 2009-06-22 22:39 | 沖縄タイムス

過剰医療をなくすために

 例の記事のコメント欄に書きました。(せっかく書いたものが1度全部消えてしまい、書きなおしました。最初に書いたもののようにうまく書けませんでした)。 

*****

 山口さんが日本の過剰医療について指摘されていますが、これはがん治療だけではなく、医療全般に渡る問題です。日本で使われている薬の約8割は不要ということです。

 岡田正彦教授の『がん検診の大罪』にはCTについて次のように書かれています。

*****

 日本のCT設置台数はダントツ世界一で、人口百万人当たり、アメリカでは32.2台、イギリスでは7.5台に対して日本では92.6台。すべてのがんの約0.6~1.8%は検査として行われたレントゲン照射が原因で、中でも大きなウェイトを占めているのがCT検査である。日本人ではがんの3.2%がレントゲン検査によるものと推測された。

 メタボブームは病院にとって(CTを使う)ありがたいチャンスだが、メタボ検診に根拠はなく、高血圧症、糖尿病、高脂血症の薬で寿命はのびない。(詳しくお知りになりたい方はぜひこの本をお読みください)。

*****

 現在の日本の医療は「たくさん作ってたくさん売る」という、「モノ」と同じ経済理論に犯されています。たくさん売らなければ成り立たないので、粗悪品をたくさん売っているのです。その結果、医師・看護師らは不足し、過剰労働(ひいては過労死)が大問題となっています。

 本当は医療には限界があるのに(岡田教授や近藤医師の本に書いてあります)、国民にそれは知らされず(もしかしたら医師にも)、医療に過剰に期待させ、無意味な検査で患者を作り出し、不必要な薬を売り、不必要、時には害のある治療を行っています。

 医療が売れれば売れるほど儲かる(売れなければやっていけない)という構造は間違っているのであって、患者数は減っても、正しい治療を行い、患者のいのちを守ることに正当な価値を認められるべきです。それが保障されないから、悪循環に陥っているように思います。どうしたら医療の構造を変えることができるのでしょうか。

 どうすればよくなるのかを一番よく知っているのは現場です。政府、行政は現場の意見を全く聞かず、自分勝手な都合だけでどんどん変えてきたためにますます悪くなっているのですから、もし本気でよくしたいという意志があるならば、現場の意見を尊重しなければなりません。

 また、自分のいのちの問題なのですから、私たち一人一人が勉強して、不必要な治療は受けないようにすることが大切です。医療の中身が精選され、必要な人が必要な治療を受けることで、病院が成り立ち、正当な報酬を得ることができるようになれば、医師・看護師の不足や過剰労働も解消されるのではないでしょうか。
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by lumokurago | 2009-06-21 22:51 | がんと闘わない生き方

書くの大変だ

 先だってからのJANJANご意見板(「NHKと良心的乳腺外科医が乳がん検診を推進」)にまた岡田克敏さんらの書き込みがあり、さきほどから長時間に渡り、資料に当たったりして、返事を書きました。少しでも間違えたらいけないと思うので、気を遣いました。少しマニアックな話になっている部分もあるのですが、興味のある方はどうぞ。(というか、また「暴言」の方がいらっしゃったので、私が「切れ」ました。挑発に乗ってはいけないというアドバイスもいただいていたのですが、ついつい・・・。返事が楽しみ)。

 このご意見板、近藤先生も面白がるかもしれないので、教えようっと。

http://www.news.janjan.jp/living/0906/0906104806/1.php
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by lumokurago | 2009-06-21 00:38 | がんと闘わない生き方

理学療法士が見た障害児療育の現場(上)

理学療法士が見た障害児療育の現場(上) 

 私は学童クラブの仕事で長く障害児と関わってきました。そこで今回は、東京都内のリハビリテーション専門学校で教えていらっしゃる理学療法士(※)のK.Nさん(女性・66歳)に、専門的な場での障害児とのかかわりについてお話をうかがいました。インタビューを行ったのは5月21日です。
※理学療法士:主に運動を中心とした運動療法などで、歩行、身体持久力など身体機能を改善させる治療をする。(筆者注)

Q:まずお仕事の概要についてお話して下さい。
A:私は東京都N区の障害者福祉センターに20年近く勤め、学校に上がる前の発達障害の子どもたちの療育に携わってきました。センターには職員として保育士、臨床心理士、理学療法士がいます。子どもたちは学校に行くようになると養護学校(今は特別支援学校)に行きます。

Q:私の住む杉並区はこども発達センターを売り物にしてますけど、N区の方がもっと昔からやってたんですね。毎週決まったプログラムがあって、その子がそこに行くという?
A:そうです。

Q:週何回ぐらいですか?
A:肢体不自由で重度の子はなかなか保育園で受け入れてくれないので、4、5歳になると親から離れた集団での時間を持てるようにした方がいいということで、週に3~4回です。

Q:その間お母さんはいなくてもいいんですか?
A:そう。預けていけばいいの。それにデイサービスに通うことである程度他の方と交流できたり、親自身も成長していける。

Q:そりゃあ助かりますね。
A:でも連れてくるのは親で、帰りも親が迎えに来ます。区によっては通園バスがあって送り迎えしてくれるところもあります。

Q:重度でなければ保育園でも受け入れているんですか?
A:N区の場合は、母親の会と保健師さんが一緒に活動して、ほとんどの公立保育園で障害児を受け入れることがずっと前からできていました。障害によって違うけれども、保健所でやる1歳半とか3歳児検診で発達の遅れなどがわかります。それから保育園で受け入れたり、センターに来ます。

Q:保育園で受け入れてくれるというのは親が働いていなくても、障害を持っているということで受け入れてくれる? 集団の場を提供するということで?
A:そうです。

Q: そりゃすごい。杉並の場合、働いてないとだめですよ。
A:今は厳しくなってるかもしれません。

Q:ずっと昔からあったのですか? 養護学校義務化の頃?
A:養護学校義務化は昭和でいうと54、5年でしょ?

Q:確か54年。1979年です。
A:私がN区に行ったのは1980年で、その時すでにありました。

Q:当時大阪の枚方市や東大阪市で統合教育が盛んでしたね。今はどうなっているかわかりませんが・・・。あの頃は、行政側も今よりは熱心というか、聞く耳があったかもしれないですね。
A:予算的にも今より配慮があったかもしれないね。上がり調子で収入も増えていく時代だったからね。今は保育園も民営化してるからどうかしら。
あと福祉園といって、養護学校を卒業した大人のための通所の場所、それも民営化。

Q:杉並も同じです。民営化してしまうと実態がわかりませんよね。私は学童クラブの職員だったんですけど、学童クラブも毎年何ヶ所かずつ民営化されています。それが全部違う委託先だし、実態がどうなのか把握できませんが、労働条件が悪いので、職員が定着しないようです。

障害を持った子どもを育てるのは大変

Q:障害を持ったお子さんとかお母さん方とつきあっていて、一番思うことは何ですか?
A:母親は大変だなあと思う。本当に肢体不自由の、要するに寝たきりの子どもを抱えているお母さんは24時間、子どもの面倒をみなきゃいけない。食事を作って、食べさせて、おしめを換えて、場合によっては呼吸困難の手当をしたり、四六時中見てなくちゃいけない。

Q:普通の人というのは障害を持ったお子さんのこととか全然見えないし、親御さんのことも何も知らない。私はまあ学童クラブの職員だったから、もっと軽い子ですけど少しは知ってるけど、普通の人は何も知らない。
A:知らずに済んじゃう人がほとんどね。

Q:そこまで重度だとお母さんは働けないでしょ。
A:うん。ある意味、働かなくてもとりあえず生活できる人が来ていた。N区の場合、割と生活が安定している家庭が多いのかなと思う。
 施設に預けて働いている人もいると思う。重度の子どもを預ける施設があるから、生活が大変な、家庭で育てられない子どもはそういうところに行ってるんでしょうね。最近は施設ではなくて家庭で育てるというふうにはなってきていると思います。

Q:介護保険みたいなサービスはあるんですか? 子どもでも。
A:それはありますね。東京都でやっています。

Q:それはやっぱり老人と同じに在宅の方向に向かっているんですか? 東京都とか国の方針は。
A:どうなんだろう。国の方針としてはどうやってるのかわからないけど、親がどっちかを選択するわけで、そういう傾向にはあるんじゃないかな。経済的に恵まれている人なら、お金を出せばある程度そういうサービスを受けられる。ヘルパー派遣とかあります。でも、在宅で育てる方が親としては大変かもしれません。卒業して社会に出て働くということを考えると・・・。重度の子の母親というのはある時点で、この子の将来はこうだというのがある程度見えているから、それなりに計画を立てられるけれども、軽度の場合は、もう少しできるんじゃないかと思って期待したりする分、むずかしい。でも、社会に出る時点で就職が難しいので結局、デイサービスに行く人が多い。N区には福祉園7園、作業所4か所があります。

Q:それはまだ直営でやってるんですか? 
A:今のところはね。

Q:杉並ではもう半分は委託されてしまいました。それに数もそんなにないですよ。うちの近所に民間でやっている通所施設があったけど、自立支援法の後、つぶれてしまいました。
A:重度の子どもは、職員は医療行為ができないから、お母さんがついていなくちゃいけない。

Q:あれはおかしいですよね。老人もそれは同じ。いつからかヘルパーは痰の吸引とかできなくなった。家族ができるのにヘルパーができないのはおかしい。
 私の学童クラブで、人工肛門の子どもを預かったことがあって、パウチの交換は医療行為だから、職員はできないと言われたけど、交換の度に親を呼び出していたら親があまりにも大変で預けている意味がないから、職員でやるって上司に言ったんです。そしたら何も言われなかった。パウチの交換なんて命にかかわることでもないし、職員ができないのはおかしい。

(つづく)
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by lumokurago | 2009-06-20 20:53 | JANJAN記事