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教科書展示会

 8月に中学校の教科書採択があるので、図書館で教科書展示会をやっていました。火曜日に西荻図書館に行ってきました。部屋が冷房で寒かったし(節電モードになっているのだが、私はいつも冷房なしの部屋にいるので敏感になっている)、長い間座っていられないので、1時間くらいしかいられませんでした。歴史だけで9社(大阪書籍がつぶれたがどこかの出版社で引き受けたと思う?)。育鵬社と自由社(2005年には扶桑社だったが、その後「つくる会」が分裂し、2つの会社からだしている)と清水書院と帝国書院をぱらぱらとめくっただけ。(注:「3学年ある」と書いたのは誤りです。歴史・公民は学年別ではありませんでした。国語、数学、英語は学年別ですね)。

 教科はほかに、国語、数学、地理、理科、英語、音楽、美術、体育、家庭、書写、地図・・・?? 全部で何冊あるのか? 何百冊です。

 もともと「新しい歴史教科書をつくる会」が登場するまで、教育委員は現場の教員がよいという教科書を選んでいた。そのやりかたではとてもとても「つくる会」が採択される可能性はないので、「つくる会」はありとあらゆるところに圧力をかけて、自分たちの教科書が採択されやすいように制度を変えてしまった。

 もっともわかりやすい例として、教員の意見は形式的に調査するが、教育委員は自分の判断で教科書を選ぶことにした。だから、その採択地区の教育委員の過半数を「つくる会」支持の教育委員に入れ替えれば、教員がどんなに反対していようが、「つくる会」が採択される。教育委員を任命するのは自治体の首長なので、首長が前杉並区長山田宏のように極右であれば、教育委員会は「つくる会」で占められてしまう。石原知事が極右なので東京都教育委員会が極右になってしまったのもこの原理による(東京都教育委員会はなんでこんな奴を教育委員にするのかというようなまったくの素人ばかり)。

 47年教育基本法第10条は戦前の国家主義の教育を反省し、「(国家や政治の)教育への不当な支配」を禁じていた。上記の改変は教育基本法が改悪されるまえにすでに行われたので、47年教育基本法違反である。私たちはこのことの象徴として、安倍晋三を提訴したのである。

 話を戻すと、教育委員が自分の判断で教科書を選ぶといっても、あらゆる教科の何百冊に及ぶ教科書を全部読んで各社比較するなど、神でない限り不可能である。全科目が専門である教育委員などいないだろうし、だいたい全部読むだけの時間がないと思う。

 どの教科書が教えやすいかを一番よく知っているのは、当たり前だが、日々教科書を使っている教員なのである。なぜ生徒を教えることもない教育委員の選んだ教科書を使わなければならないのか。実際、杉並区では歴史のみならず、数学までも教育委員の気まぐれで、いままで使いなれていた教科書を突然使いにくい教科書に変えられて、大変な苦労をしたと聞いている。

 だいたいいまどき「教科書検定」があるのは日本ぐらいなのでは? 欧米では公立学校においても教員が自分の使いやすい教材を選んでいるそうだ。ユネスコ憲章は教員が教科書を選ぶ権利をうたっている。

 ていねいに比較する時間がなかったので、アンケートには「教育委員は何百冊を読み比べることはできない。教科書を選ぶのにふさわしいのは教員。教員の意見を尊重した採択を」と書いてきた。

 むかし養護施設の中3の子どもにおもに数学と英語を教えていたので、いまはどうなっているかとちょっとみてみたら、驚き! 英語の教科書はマンガ、イラストだらけで文章は各ページの4分の1~3分の1。これは2、3歳の幼児向けなのか? 中3をばかにしきっている。むかしの教科書はまだ字が多かったような気がするのだが・・・。

 
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by lumokurago | 2011-06-30 17:44 | 子ども・教育

東電株主総会 続報

 Hです。

 東電の大株主、AKB48にならって7上(ナナカミ=ベスト7)をご紹介しますと

1、日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口)出資比率3.61%
2、第一生命保険株式会社 出資比率3.43%
3、日本生命保険株式会社 出資比率3.29%
4、日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 出資比率2.99%
5、東京都 出資比率2.66%
6、株式会社三井住友銀行 出資比率2.24%
7、東京電力従業員持株会 出資比率1.55%

 大手銀行や生命保険ですよね。こういうとこは「原発支持してるようじゃ契約しない」なんてのが効果あるかも知れません。ちなみに私は今春、へそくり預金している近所の信金で「脱原発を打ち出した城南信用金庫に預けかえるから」とイヤミ言いつつ契約解除しました。そのときの信金の支店長は、まだ城南信金の脱原発を知りませんでしたので、「今どき原発を認めてるようなトコ将来性ないよ」なんて付け加えておきました。小額預金者が言ったところで効果のほどは分からないど・・・。

 昨日の私の散らかった報告で分かりにくかったかも知れませんが、脱原発は動議ではなく、株主からの提案でした。

 今回の東電総会は議案3件で、
その1、取締役選任(任期満了で役員変えます)会社側提案
その2、監査役選任(任期満了で役員変えます)会社側提案
その3、定款一部変更(いわゆる“脱原発”)株主402名からの提案
というものでした。

 ところで、株主総会のとき投資家たちにアドバイスする組織があるそうなんですね。そのひとつ日本プロクシーガバナンス研究所というところが、今回の東電株主総会では、東電側の提案には”反対”を、株主提案には”賛成”をと助言したそうなんです。それで昨日の挙手があんなに多かったのかなとも思いましたが、今日の新聞で脱原発賛成は8%という数字を見て、本当に不思議でなりませんでした。それで東電から送られてきた資料をあらためて見てみると株主数は93万3,031名もいました。で、そのほとんどの人が会社側提案に賛成するよう誘導されてる造りがやっと分かってきました。

 し、しかも昨日の今日というのに、もう「株主総会議決通知」が送られてきたんですよ! 3号議案 定款一部変更の件〈本件は、否決されました〉って印刷入ってるの、昨日の総会終わる前に投函したんじゃない? ますます株主総会ってなんでやるんだかさ・・・。

 おまけですが、昨日は議長解任動議が何回も出されました。被告席に座るべき人物が裁判長席で裁判進めてるくらいおかしなことですよね。出される度に動員された株主たちが「うぉーい」と勝俣氏を支持して、またヘーゼンと進められたのでした。

*****

 日本プロクシーガバナンス研究所ってなに?と調べていたら、こんな記事がありました。

 「脱原発」めぐり議決へ、被災者ら株主402人提案-28日に東電総会(1) (ブル-ムバーグ)

 一部引用します。

 助言会社

 今年は脱原発提案に賛同を助言する議決権行使助言企業も出てきた。日本プロクシーガバナンス研究所は17日、提案に賛成するよう株主に助言している。2006年度のサービス開始以来、プロクシーガバナンス研究所が原発撤退の株主提案への賛成を助言するのは初めて。

 吉岡洋二所長は「事故で東電の株価はあっという間に10分の1になり、民間企業が原発を続けるにはリスクが大き過ぎることが明らかになった」と述べ、国営方式も含めた原発運営を検討すべきだという観点から、株主提案への賛成を促すと説明した。議決権行使会社のリスクメトリックス、グラスルイスは株主提案に反対するよう推奨している。

 住信アセットマネジメントでは、事故発生直後の3月中に同社が運用するSRI(社会的責任投資)ファンドが東電株を全て売却した。理由について、放射性物質の流出などで環境面の影響が深刻で、「事故の社会的影響度は格段に増大しており、一段と厳しい評価が避け難い」と発表している。
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by lumokurago | 2011-06-30 12:48 | 原発

口癖 (赤井宏之氏の新作)

口癖



あのー 先生方に ですね 

申し上げたいことは ですね

正規の通勤手段でないと ですね

不利益を被るのは 先生方ご自身だ ということ ですね

と、事務長は「ですね」のジャブを繰り返す

僕は一駅前から歩きたい



あのー 今も ですね 

余震が ですね 続いて ですね

と、実況アナウンサーが言い淀んでいるうちに

津波が一気に町を呑み込み 車を笹舟のように拉し去り

鋼鉄の船舶を山裾に押し上げた



death death death・・・

見つからぬ亡骸 数え切れないdeath death・・・

無念の death death death・・・




(注:「先生」ですが、赤井氏は教員です)。
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by lumokurago | 2011-06-30 11:08 | 未分類

Dr.K関連記事カテゴリ新設

 最近のDr.KファンのかたのためにDr.K関連記事を探しやすくするため、「Dr.K関連記事」というカテゴリを新設しました。左側のカテゴリをクリックすると、関連記事のみ表示されます。「転移がんの治療」についてはDr.Kがでてきてもいままで通りです。「がんと闘わない生き方」でJANJANに掲載したDr.Kインタビュー記事が読めます。「きままながん患者」は私の独り言などです。
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by lumokurago | 2011-06-29 17:47 | Dr.K関連記事

東電株主総会デビュー

 友人が東電株主総会に出席し、様子をメールで教えてくれました。以下、転載。

*****

 Hです。東電の株主総会にいってきました。

 原発震災が起きて世間の注目も集まっており、東電もいつもよりたくさんの出席を見込んで、今までの倍くらいの席を用意したようですが、お約束の“想定越え”で最終的に9,300人近くの人が押し寄せ、第5会場まで広げてもしまいには立ち見が出るほどでした。私は事故後に取得した駆け込み株主ですが、運良く主会場に入ることができましたので中の様子をちょっとご報告させていただきます。

 株価が下がって損害を被った株主から轟々の抗議があるのかと思いきや、多少のもみ合いはあったものの、想定の範囲内だった。株主運動の人ばかりが発言しているのかと勘違いするほどみな原発憂慮だったのはちょっと驚き。

 「立場は違いますが・・」と付け加えつつ「今回ばかりは脱原発の提案に賛成」と。格付け評価を気にする人からは「配当はなくともせめて“希望”を語って」という言葉に応えて壇上の役員は「希望は今のところ、ない」と、今日の答え中で最も明確な一言だったかも知れません。

 事故の責任を取って役員報酬を半額にするとか、全額返還するとか一般公表しておきながら、総会報告書には役員報酬24名で723百万円なんてちゃっかり書き込まれている。うっかり723にゴマカされそうだけど7億2千3百万円だよ。「一人一人いくらもらったのか、どうして返還しないのか答えて」との質問には「プライベートを公表する必要はない」とすっきりした答えっぷり(注:計算したところ、一人3012万5000円:被災地の人は全財産失ったんだぞ。被災地にまわせ)。

 また、技術的に詳しい方の発言では、「福島第一原発の立地は元々の標高を削って、人工的につくられたリアス式海岸のような地形であり、言ってみれば“つくられた”津波とその被害だった」と言う指摘もありました。

 さて、クライマックス株主提案の『脱原発』は会場の挙手(挙手は主会場でのみ行われたおよそ3,000人)では、ほとんど拮抗というより若干上回っていただろう。けれども議長の勝俣氏が即、反対多数だから「否決」と言ったものだから、「ちゃんと数えろー」とヤジが飛びかった。そしたら「大株主2人の委任状があり、出席株主の過半数を上回るので数える必要ない」のだそうだ。不覚にも私はこの時まで、大株主も小株主も同じ1票だと思っていたのだ。考えてみれば私もとんだ愚か者だけど、委任状で事が片付くなら、そもそも株主総会する必要があったかねぇ・・・。タチの悪いペテンを見せられたみたいであと味台無しだった。

 出席者からの質問・意見はとても良かったし、案外たくさん受け付けたとは思いますが、株主の不満をだだ漏れさせただけで、役員たちは質問に答えてないばかりか、ハンで押したみたいにお定まりで新鮮味なかったです。役員が30人以上居並ぶ姿はちょっと異様で何だろうかと思ったら、女性が見当たらないんですよ。会社組織ってどこもこんな風? 出席者に思いの丈を語らせたら、きっと徹夜しても終わらなかったでしょうけど、役員のトイレリミットが6時間だったかもね、って感じ。

 レイバーネットの報告(いま見れば一番上にあります)。
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by lumokurago | 2011-06-29 09:28 | 原発

NHKアンケート

 NHKが番組作成のためにアンケートをしています。

 https://www.nhk.or.jp/genpatsu/enq.html

 私の回答です。(400字)

 原発は通常時から作業員の被ばくや温排水の海への垂れ流しなど、大きな犠牲を強いています。ひとたび事故が起これば何万人という人びとが故郷を追われ、半永久的に帰れなくなってしまいます。機械は壊れ、人間はミスをする。原発に「安全」はありえません。事故はまた必ず起こるのです。多くの人の犠牲や絶望をみてもなお、「電気が足りない」などと言う人の気が知れません。自分さえよければ、他人はどうなってもいいのでしょうか? 寒すぎる冷房、明るすぎる電気を消しましょう。人びとを犠牲にし、未来の世代に大きな負の遺産を残す原発はいまこそ廃止すべきだと思います。
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by lumokurago | 2011-06-28 11:58 | 原発

反原発裁判傍聴 【田中龍作記者の記事リンク追加/WEB報道】

 WEB報道、追加しました(6.28)

 反原発裁判の記事にある「北海道のおじいちゃん」が一人で提訴した裁判の傍聴に行ってきました。

 ツイッターでまわったせいか、傍聴者は若者ばかり。年配者は私と友人ほか数人だけ。40数席の傍聴席はちょうど満席でした。原告の「北海道のおじいちゃん」は前田さんという62歳の、なんとも素朴なかたでした(「おじいちゃん・老人」は失礼です)。

 裁判長「前田、なんとお読みするのですか?」
 前田さん「○○(不明)」
 (私、小さな声で隣りの席の友人に「裁判官も名前言え」)
 裁判長が「原告は訴状、陳述しますね」
 前田さん「発言させてほしい」
 裁判長「待ってください。もにょもにょ」
 前田さん「発言させてください」
 私のやじ「こんなに傍聴者が来てるんだから少し言わせて」
 裁判長「静粛に。発言は何について? 何分ですか?」
 前田さん「裁判を起こした理由について。3分です」
 裁判長「どうぞ」 (私は心のなかで:3分なんて遠慮しすぎだ)

 前田さん「福島の人たちの絶望を思えば提訴せざるを得なかった。東電はつつみ隠さず情報公開せよ(要約)」
 (私は心のなかで、情報公開請求の裁判だったのか? ――あとで廊下に貼ってある事件名をみたら「原発差止請求事件」であった。情報公開ではなかった)。

 裁判長「被告から答弁書がでているので反論してください」
 前田さん「反論します」
 裁判長「いつごろまでにできるか?」
 前田さん「2カ月後くらいに」
 裁判長「では次回期日は8月25日(木)午後1時半とします。書面は1週間前に提出してください」

 閉廷。

 ジャーナリストの田中龍作さんが取り仕切っている様子だったので、隣りの待合室で報告集会をしてほしいと言うと、弁護士会館に行くとのことで、弁護士会館ロビーの片隅で、若者が10人ほどついてきて数人が前田さんに質問した。5階のロビーに行けば(落ち着いて話せる)と提案したのだが、「移動が大変だからここでいい」と、そのまま片隅で。

 40数人も傍聴者が集まったのだから、みんなを誘って報告集会をすればよかったのにね。傍聴もはじめて、弁護士会館なんて場所がわからないだろうから、もっとわかりやすく誘導してあげればよかったね。それより記者会見すればよかったね。このあいだも一人で提訴した人のこと、書いてくれたのだから(一番下に掲載)、絶対に書いてくれたよ。もったいなかった。

 でも、はじめてのことだったろうから仕方ない。次回には記者会見して、報告集会もしましょうね。

 【追加】参照:田中龍作記者のブログ

 この記事によれば記者会見したとのことです。明日の新聞を注目してください。

 田中龍作記者の記事の誤り:裁判所が訴状を受理し、裁判が始まったからといって原告適格があると認められたということではありません。被告・東京電力は原告・前田さんが北海道在住であることを理由に「原告適格がない」と答弁したとのこと。残念ながら裁判所はこれを楯にとり、「原告適格なし」で却下(内容に入らず門前払い)する可能性が大です。だからといって、この裁判に意味がないということではまったくありません。

 福島第1第2原子力発電所の事故はゆうに北海道を汚染する可能性があるからです。さて、それをどうやって裁判官に納得させることができるでしょうか?

【WEB報道 読売新聞】

 自営業男性、福島原発の運転差し止め求めて提訴

. 福島原発
 東京電力福島第一原発の事故を受け、北海道北広島市の自営業の男性(62)が、東電に同原発1~6号機と福島第二原発1~4号機の運転差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こしていたことがわかった。

 27日に同地裁で開かれた第1回口頭弁論で、東電は請求棄却を求める答弁書を提出した。

 男性は訴状で、「運転が再開されれば再び大事故が起きる危険がある」と主張。東電は答弁書で、「第一原発1~4号機は廃炉が決定したほか、これ以外を将来再び運転するとしても、これまで以上に安全対策が講じられ、切迫した危険は生じない」としている。

(2011年6月27日21時51分 読売新聞)
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110627-OYT1T01075.htm


***** 「反原発裁判」記事で取り上げた法律家の卵の裁判の報道は以下です。

1号機設置許可の無効求めた訴訟、国が争う姿勢

. 福島原発
 東京電力福島第一原発事故を巡り、東京都台東区の男性(30)が国に同原発1号機などの設置許可の無効確認を求めた行政訴訟の第1回口頭弁論が23日、東京地裁であった。

 国側は「男性の居住地は原発から約220キロ離れており、直接的で重大な被害は受けておらず、男性が原告になる資格はない」とする答弁書を提出し、訴えの却下を求めた。

 男性は訴状で、放射性物質に汚染された大気や水道水、農水産物などで健康被害が出る恐れがあるなどとして、原告の資格はあると主張している。

(2011年6月23日12時52分 読売新聞)
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110623-OYT1T00593.htm?from=popin

***** 

 「原発事故で精神的苦痛」と都内男性が提訴 東電は争う姿勢2011.5.19 12:31

 東京電力福島第1原子力発電所の事故を巡り、不十分な情報公開などで不安が増大し、精神的苦痛を受けたとして、東京都内の臨床心理士の男性(46)が東京電力に10万円の慰謝料を求めて東京簡裁に提訴していたことが19日、分かった。同日開かれた第1回口頭弁論で、東電側は争う姿勢を示した。

 男性は訴状で、東電の情報公開について「正確な情報を得られず、恐怖感や不安が高まった」と主張。「事故が起こらないよう十分な対策を講じるべきで、対策が不可能であれば原発建設を断念すべきだった」としている。

 東電は、原発事故を引き起こした東日本大震災は「関東大震災とは比較にならない規模」であり、「異常で巨大な天災地変について、対策を講ずる義務があったとまでいえない」として、請求棄却を求める答弁書を提出。また、男性の居住地である都内については「人体に被害が生じるレベルの危険性はない」とし、都民が「『極度の不安感、恐怖感』を持つような状況には至っていないことは明らか」と主張している。(産経新聞)
 
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110519/trl11051912340002-n1.htm
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by lumokurago | 2011-06-27 18:08 | 原発

森住卓さんのブログより

 飯舘村から モリアオガエルの卵

 飯舘村から ツバメの子育て

c0006568_18261212.jpg
 おまけ:小出裕章さん宅のツバメの赤ちゃん

 元はこちらです。
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by lumokurago | 2011-06-26 18:27 | 原発

読み比べ その2 大和朝廷? ヤマト王権?

9月6日 (「大和朝廷」と「ヤマト王権(大和王権・政権)」のなぞ)

 昨日、「比べるのはやめて、扶桑社だけ読んで書く」と書いたけど、今までのところがどのくらい違うかと見てみたら、まあまあ、全然違うのです。これはやはり皆様に知らせなければと思いました。今日は今使っている帝国書院の教科書です。

 昨日の続きで、縄文・弥生の次に「邪馬台国」が出てきます。中国の歴史書「魏志倭人伝」に書かれていることですね。次、2節「東アジアの中の『倭』」「1.さかんになる朝鮮半島との交流」、とここまで読み進んできて、奇妙なことに気がつきました。

 私は51歳です。私の習った頃は「大和朝廷」という言葉が教科書に書いてありました。扶桑社には「大和朝廷」と書かれていたので、私は疑問も持たなかったのでした。

 ところが帝国書院の教科書にはその言葉はなく、何のまえぶれもなく「ヤマト王権」という言葉が出てきます。「化石人間」の私が初めて聞いた言葉だ。これは何?

 帝国書院版には欄外に注意書きがあって、「中国から倭王の称号をあたえられた、のちの大王(おおきみ)を中心とする豪族たちのゆるやかな連合勢力」と書かれています。ふーむ。ちょっとよくわからない。他のも見てみよう。

 大阪書籍では、「3世紀の後半から4世紀には前方後円墳とよばれる大型の古墳が大和(奈良県)地域に作られ、このことから、この地域に強大な権力を持つ王が存在していたと考えられます。この王たちが作った政権を大和政権といいます」と書いてありました。ちょっとわかった。

 次、日本書籍新社。これは大阪書籍と同じ論でした。

 清水書院も、3世紀半ばにつくられた前方後円墳と同じかたちの大きな古墳が、4世紀後半にかけて東北地方から九州地方につくられていったことから、近畿地方を治めていた勢力が全国へ支配をひろげていったことがわかり、この勢力を「ヤマト王権」という、と書いています。清水書院が一番わかりやすいですね。

 さて、扶桑社に戻ります。話はそれますが、こんな一文を発見。先日は見逃したようです。「中国を中心とした国際関係」という小見出しの下に「卑弥呼の時代に、すでに日本は、こうした中国の皇帝を中心とする東アジアのきびしい国際関係の中に組みこまれていたと考えられる」とありました。
他の教科書には一切書いてないことです。こういうのを「布石」というのでしょうか。なんの「布石」だかわかりますよね。ヒント・納冨教育長:戦争はなくならない。(8.12))

 話を戻して・・・他社にない記述を拾ってみます。

 邪馬台国と「厳しい国際関係」の後に、「6.大和朝廷と古墳の広まり」「大和朝廷による国内の統一」に「中国の歴史書で『倭国』とよばれていた日本は、4世紀のころ、中国の文字記録からまったく姿を消してしまう。・・・朝鮮半島の統一国家への動きの記述(略)・・・

 日本列島でも、小国を合わせて統一国家をつくる動きが生まれた。その動きの中心は、大和(奈良県)を勢力の基盤にした大和朝廷とよばれる政権だった。大和朝廷の始まりについては、同時代の文字による記録はない。しかし大和朝廷が強大な政権になった時期が、4世紀前半のころであることは、次に述べる古墳の普及のようすから推測することができる」

 「豪族たちの連合の上に立つのは、のちの天皇にあたる大王でその古墳はひときわ巨大だった」
次のページに「神武天皇の東征伝承」という神話が「読み物コラム」としてあり、「これが大和朝廷のおこりであると伝えられている」と書かれています。

 扶桑社版では大和朝廷はすでに「天皇」(大王)であり、34ページに聖徳太子をめぐる系図が載っていて、天皇の即位順もわかる。(つまり 大和朝廷からずっと天皇がきちんといたことになる。大和朝廷をおこしたのは神武天皇)。

 しかし他社では、いつ天皇が出てくるのかはっきりしない。

 帝国書院では、5世紀後半にヤマト王権の王ワカタケルが「大王」を名のり、「鉄剣を関東や九州の豪族にあたえた」(埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣と熊本県江田船山古墳出土の鉄刀の写真入り)という記述があるが、その後は蘇我氏が物部氏を倒し、「対立する大君(名まえが書いてない)を殺害し、額田部皇女(のちの推古天皇)をおしたてました」。というところまで、「大君」という言葉はなく、「のちの推古天皇」が初めて出てくる「天皇」という言葉です。

 大阪書籍ではどうか。「5世紀後半には、九州中部から関東地方までの各国の権力者は、大和王権の支配下に入ったと考えられます。その支配者を、中国では、倭王、国内では大王とよんでいます」 
 次が大事。「朝鮮や中国の記録には、4世紀ごろから倭が朝鮮半島の国々と交渉をもったことや、5世紀の倭王が、5代にわたり中国に使いを送ったことなどがみられます」

 扶桑社では「中国の歴史書で『倭国』とよばれていた日本は、4世紀のころ、中国の文字記録からまったく姿を消してしまう。」と書かれていたんだけど・・・どっちが正しいの?
大阪書籍でも「天皇」ということばは、「聖徳太子はおばの推古天皇をたすけて、蘇我馬子とともに政権をにぎりました」まで出てきません。ただ、扶桑社と同じ系図は載っていて、天皇の名前は書いてあります。

 日本書籍新社。古墳から解き明かして「この政権を大和政権という。大和政権の王は大王といわれた。大王が政治をおこなう場所を、朝廷という」と扶桑社以外の教科書でははじめて、「朝廷」という言葉を出しています。
 
 また、本文にはありませんが、「ワカタケル大王の鉄剣」の写真を載せています。そして、「5世紀の倭国の大王は、5代にわたって中国の宋の皇帝に使者を送った。大君は倭国王としての地位と、朝鮮半島南部を支配する、将軍としての地位を認めてもらおうとつとめていた。『武』という大王は、中国の皇帝に手紙を送り、ほぼ望んだとおりの地位を認められた」とあります。

 やはり扶桑社の記述は間違いか・・・

 それから「592年に即位した女帝の推古天皇は、おいの厩戸皇子(聖徳太子)を摂政とした」と書いてあり、帝国書院、大阪書籍と違って推古天皇を主体として描いています。

 清水書院。「倭(日本)では、6世紀はじめにヤマト王権に対する大規模な反乱が北部九州でおこったが、ヤマト王権は1年5ヶ月かかってこれをおさえ、その後全国への支配と強めた」と書かれています。清水書院も「ヤマト王権」を「倭(日本)」の中の一勢力と見ています。

 「天皇」ということばが初めて出てくるのは、「蘇我氏はそのころヤマト王権の財政や外交を担当し、渡来人やその子孫を重要な役に用い、大王(天皇)の親戚となることで勢力を強めていった」というところです。ここでカッコの中ですが、「天皇」という言葉が初めて出てきます。

 そして、「593年、女性の推古天皇が即位し、聖徳太子を摂政とした」とあります。(系図あり)
推古天皇が蘇我氏によってたてられた(対立する大君を殺害して)ことが書かれているのは、帝国書院だけですね。

 長くなりました。疲れてきたけど、もう少しです。

結論

1.扶桑社の「中国の歴史書で『倭国』とよばれていた日本は、4世紀のころ、中国の文字記録からまったく姿を消してしまう」という記述は、大阪書籍、日本書籍新書の記述と違う。どっちが正しいのか歴史の専門家に聞かなければ。
2.扶桑社は「ヤマト王権(大和王権・政権)」のことを「大和朝廷」と呼び、「大和朝廷」のおこりは神武天皇であるとし、「大王」を「天皇」とし、そのまま推古天皇につなげています。しかし他の教科書ではこのあたりのつながりははっきり書かれていません。というよりも「わからない」と言った方が正確でしょう。本当はどうなのか、これも歴史の専門家に聞かなければわかりません。
3.それに「ヤマト王権」の呼び名も統一されていないことがわかります。歴史学者の間で意見が分かれているのでしょうか?歴史を勉強していて、こんなあいまいな「王権(政権)」は他にありましたっけ?

 大変長くなりましたが、本日はこれで終わります。はあ・・・(疲れたので思わず、ため息が出てしまいました)。ここまで読んでくださった方もお疲れになったことでしょう。どうもありがとうございました!! これに懲りず、明日もまたお付き合いくださいますよう!

*****

 社会科教員Yさんから投稿がありました。Yさん、ありがとうございます。

「ヤマト王権」か「大和政権」か「大和朝廷」か?

 HP管理人さんの問いに少しでもヒントとなれば幸いです。(Y記)

 まず、結論を先に言うと、現在歴史学の常識では「ヤマト王権」と表記するのが一般的です。

 最近の「発見!○○古墳の・・・古代史に新事実」というような新聞記事が出ることがありますよね。そういう時に「解説」で出てくる研究者のコメントは今は一般に「ヤマト王権」です。歴史教科書にこれが載るには時間がかかります。このことはちょっとおいておくとして、まずは、いくつかのことをコメントします。

1.「ヤマト」か「大和」か?

 まず、前提としなければならないのは、古代史での文字資料がきわめて少ないということです。日本に残っている「紙」に書かれた文書資料は4、5世紀のものはなく、いくつかの手がかりから探るということになり、まだまだナゾの多いところです。手がかりとしては、

1.8世紀以降に書かれた現存する『日本書紀』などの文書史料
2.中国の歴史書や朝鮮の歴史書
3.考古学的な史料

 などがあります。1.2はそれぞれの国のその時代の立場から書かれているので、それを3と照らし合わせて考えるということになります。早い話が、まだまだ断定できることはなく、教科書でも「少なくともこういうことが言える」という形での記述が多くなるなるわけです。

 古代史で、日本での最初の文字の使用例として出てくるのが、管理人さんが書いている5世紀の「ワカタケル大王」の鉄剣の銘文のころです。このころから、漢字が国内でも使用されていたことが分かります。でも、そこでの表記の方法は現在の文字の使い方とはおよそかけ離れた使われ方です。
いつから「大和」という表記がされるようになったのか、明確なことはわかりませんが、「大和」という国名は、少なくとも古代の国家のしくみを整えてゆく中で、「国」(簡単に言うと今の「県」にあたる)という行政単位ができてからのことです。つまり、早くても「大化の改新」(645年)以後、又はその後の壬申の乱(672年)以後の天武朝ごろではないでしょうか。

 ちなみに「天皇」という称号が正式に用いられるようになったのも、この天武天皇のころというのが通説になっています。(この点も扶桑社は大いに違うわけですが。)

 つまり、7世紀半ば過ぎのことなんですね。ですから、断定できないことは「かな書き」で示しておいたほうが良い、ということになります。

 高校の教科書では、それ以前の古代王権を「ヤマト王権(倭王権)」と示している場合もあります。つまり、「倭」でヤマトと読ませているわけです。

 また、3世紀に、「邪馬台国」が登場します。この卑弥呼の治める「邪馬台国」という漢字の表記は、中国の歴史書の「魏志倭人伝」に出てくることは、広く知られています。しかし、よーく考えてみると、この表記を「ヤマタイ」と当時読んだという証明はまったくないのです。実は、「倭」の使者が中国に行った時、「ヤマト」と発声していたことばを、中国の記録係が漢字で「邪馬台」と文字を当てたに過ぎないのかも知れないのです。文字のほうが後からくっついているわけですね。

 最近の歴史の本では、「邪馬台」をヤマトと読ませていることも多くあります。つまり、「邪馬台」=ヤマトと読むということであれば、邪馬台国がどこにあったかは別にしても、3世紀前半の邪馬台国と3世紀末以降に出てくる「ヤマト王権」とが、連続的にとらえられるわけです。

2.「朝廷」はいつからあったか?

 次に「朝廷」がいつからあったのか、という問題です。

 「朝廷」とは王権が成立後、「大王」の住まいである「宮」の「庭」で、この王も含んで豪族などの当時の政権担当者が集い、会議を行ったことから付いた語だといわれています。そのため、歴史家の網野善彦さんなどはその出版物で「朝庭」とあえて記述しています。(以前は生徒がテストで「朝廷」を「朝庭」と書いたら×つけられるところだったのにね!)

 古代史の書物を読むと、このような、「朝庭」での会議が行われるようになったのは、6世紀の半ばごろ、欽明朝のころといわれています。中学の歴史書ではあまり出てこないところですが、蘇我氏が登場し、廐戸皇子(聖徳太子)の出てくるちょっと前のことということになります。

 だから、古墳が登場する3世紀末ないしは4世紀から朝廷があったかのような扶桑社の教科書の記述は正しくないということになります。

 「王権」というのは、その字の通り「王の権力」です。まだ、朝廷というしくみが整う前、弥生時代の半ばごろの紀元前後の時代から祭祀を軸にした「王」の存在は、墓のあり方など考古学的な発見からも認められています。中国の歴史書でも登場します。はじめは各地に分立した小国で「王」が登場し、これが次第に近畿地方~九州に統一されていくのが、前方後円墳という同じ形の古墳が出てくる、3世紀後半と考えられます。

 つまり、「王権」ということばは、その時代によって祭祀を中心に行ったのか、軍事的な権力者なのかなど、性格は違っても、とにかく王の存在があったという点から見た用語なのです。

 つまり、「ヤマト王権」とは、邪馬台国の登場する3世紀の前半から、「王」の性格を考えながらその権力のあり方を考えようとする用語であるわけです。そこには、王権の交代や勢力争いもあり、その支配のあり方も変化していることも含んでいます。

 「大和朝廷」とは、古代史のはじめから大王=天皇が明確な支配をしていたと考えようとする用語です。そこには、日本の国家は最初から一貫して天皇の支配があったのだという主張が読み取れます。現在の歴史学ではまず使われません。

 なお、「大和政権」は、ちょっとその点をあいまいにした用語といえるでしょう。長い間、ヤマトは「大和」と書くというように信じられていました。だから、なかなかそこから脱しきれないわけです。「政権」という表現は、王の権力を含んで何らかの政治のしくみがあったということから古墳の登場する時代から使われているのだといえそうです。

3.オマケ!

 長くなりましたが最後につけたしです。

 「大王」という語は、それを「オオキミ」と読むかどうかは別にして、現在最初に国内で確認できる文字は「ワカタケル大王」の鉄剣などの5世紀の古墳から出てくる剣などに刻まれた文字から確認できます。

 ただし、この「大王」の語は、倭国の古代国家独自の称号ではなく、朝鮮などでも出てくる語です。つまり、中国の「皇帝」から朝貢関係の中で「あなたは、○○国の王のなかの王、<大王>ですよ。」と承認されて使われるようになったと考えられます。
こうして、まだ国境のない古代ですから、東アジア全体の中で考えていくことが、最近の研究では意識されています。
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by lumokurago | 2011-06-26 16:28 | 中学校歴史教科書8冊の読み比べ

杉並区「税金でパー券裁判」が結審 (三宅勝久)

 杉並区「税金でパー券裁判」が結審

 東京都杉並区の区議会議員3人(島田敏光・大槻城一・青木さちえ=いずれも公明党会派)が、前区長山田宏氏の後援会が主催した政治資金パーティのパーティ券を「政務調査費」という公金で購入した問題で、これを違法だとして返還をもとめる住民訴訟の控訴審がきょう(6月23日)東京高裁であった。控訴人の筆者は憲法学者の意見書を出す準備をすすめていたが、裁判官は判決日未定のまま結審した。追って意見書が出るのを待って、弁論再開するかそのまま判決にするかを決定するという。

 今後の経過についてはあらたな展開があり次第ご報告したい。ひとまずご支援いただいた方がたにはあらためてお礼申し上げます。

 三宅勝久

 元はこちらです。
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by lumokurago | 2011-06-25 18:28 | その他裁判関係