暗川  


写真日記
by lumokurago
検索
リンク
ご感想をお寄せ下さいmailto:lumokurago@yahoo.co.jp

嫌がらせコメントは削除させていただきます。

必ずしもリンクするHPの意見、すべてに同調するわけではありません。ご自分で情報を選んでください。

原子力資料情報室

小出裕章非公式まとめ

沖縄タイムス

暗川メインページ
私の下手な絵などを載せています。

杉並裁判の会
私たちの裁判の会です

ポケットに教育基本法の会

「つくる会」教科書裁判支援ネットワーク

もぐのにじいろえにっき
もぐちゃんのページ

プロテア
リリコおばさんの杉並区政ウォッチング

鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
松田まゆみさんのページ

熊野古道の路沿い
鈴さんのページ

風に吹かれてちゅちゃわんじゃ
小笠原父島で農業をやっているサエちゃんのブログ

三宅勝久さんのブログ
杉並区在住のジャーナリスト

カテゴリ
以前の記事
ライフログ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2011年 07月 ( 51 )   > この月の画像一覧


Dr.kとDr.Aの対談 その4

 ■ なぜ家で死んだらまずいのか ■

 本紙 現代医学の無謬性に疑問を持っていて、そうは言ってもお二人とも医者なわけですね。そこに矛盾はないんですか。

 近藤 医療とか医学の中で患者さんに役立つ知識・技術はたくさんある。癌治療の分野でも、苦しみ・痛みを取る技術は必要だし合理的だと思う。問題はだから、非合理・有害な技術が使われていることにあるので、そうした不必要な技術をなくしていく義務が私たちに課せられているのではないかと思うんです。

 そのときに、必要か不必要か判断しにくいグレー・ゾーンというのがありますね。それに対してはそれぞれの根拠であるとかデータを示し、患者さん本人が決めていけばいい。だから医者の立場から現代医学の矛盾を指摘しているけれど、すべてが不必要だと言っているわけでもないし、自分の中では整合しているんです。

 網野 私がやっていることは、レベルが低いから――いや「レベル」という言葉はよくないですね。つまり地域の臨床現場にいて、現代医学が患者さんにどこまで必要なのかと、本当に考えさせられてしまう・・・現代医学がかなり無秩序に拡大しすぎたというのは否めないと思うんです。MRIとかCTとかが全国に広がり、薬も相当バラまかれている。この混乱は、私たちが19世紀から20世紀にかけて、現代医学によってこそ病が取り除かれ健康が維持されるという信念を持ってしまったところにあるのではないかなあ、と。

 自分の経験でも、進歩的とされる医療集団に呼ばれた席で検診批判をしたら、そのリーダー的な方が質問してきて「これまで医学は進歩を果たしてきて、いまもその途上にあるのだから多少の間違いはいいのでは」というんです。私は「それでは薬害エイズ問題への厚生省やメーカーの対応も認めるんでしょうか」と逆にお尋ねしたことがありました。そこに日本の医療や医学の矛盾が象徴的に表れていると思うんです。ですから、医者であってもこの点は追及していくべきだと思っています。

 近藤 進歩に対する手放しの信頼というか――それが信仰だろうね。

 網野 信仰ですよ。私は『みんな、家で死にたいんだにい』を書いているときに、なぜ我々が進歩への信仰心を抱くのか、進歩主義っていうのがなんなのか、なかなか整理できないでいたんです。そのころフランクフルト学派の哲学者の本を読んでいて――これは弁証法への批判なんですが、否定の中にすでに肯定的な要素が入っているといった指摘があるんです。つまり先ほどの医療集団のリーダーの、否定的なものでも将来的に肯定されてポジティブなものになるから、それでいいじゃないかといったオプティミスティックな姿勢、それが進歩主義なんだと気がついた。

 近藤 ものごとは結局は進歩していくんだという、素朴な期待感なんじゃないかな。だけど、本当にそうなのか。人間という有限な個体に――つまり老化していく個体に、そういう進歩が実現されるのか。

 網野 検診や現代医学を肯定する考え方には、それが実現できるんだという思い込みがありますね。

 近藤 そうですねえ、根本のところでね。

 網野 19世紀の思想、それが基礎になっている。

 近藤 医学だけでなく、到るところに見られるよね。自然を改造したりとか、あるいは経済が発展すればみんな幸福になるといった考え方に通底しているように思う。

 網野 発想を根本的に転換する必要があると思うんです。「がんと闘うな」というのも、従来の考え方に「ノー」というわけで、かっこいい言い方をすれば、それによって認識論的な切断がなされるのではないかと。

 近藤 ひとこと加えますと「闘うな」というのは、「むだな闘いをするな」ということであって、闘うことに異議のある癌も一部にあると著書の中で明言しています。それを「すべてのがんと闘うなと言ってる」と曲解して非難している人がいるんで、いやになりますけど。

 本紙 在宅医療への関心は現代医学・医療への疑問の中から生まれたんですか?

 網野 私は、現代医療の弊害が集中して表れているのが病院だと考えていて、医療の転換を図りたいわけです・・・必要がないにも関わらず、入院して死んでいく。人間は病院に行って死ななければならない。まさに実態は死の医療かなわけです。その無意味な、反人間的なところを正確に把握して、それを削っていく必要がある。そのためには大胆な改革というのが欠かせないと思うんですよ。

 本来、人間は在宅でいいし、地域で暮らしていけないようでないと人生の意味が失われてしまうと思うんです。いまの世の中の、老いを否定するような考え方、あるいは病を持ったお年寄りを社会から隔離するようなシステム、死そのものを隔離するようなあり方に対して「ノー」と言い、それに替わるものを追求していきたい。それは、病院医療を救急医療や外科系医療、あるいはマイナーと言われていた放射線科などへ限定していくことだと考えています。ほかは診療所医療、在宅医療でいいんです。

 都会で在宅医療に携わると、患者さんよりも世話をしている家族が、家で死ぬことに不安感を持っているんですね。ですから私は初めに「なぜ、家で死んだらまずいんですか」って聞くんです。そして「家で死ぬことは、そんなに悪いことではありませんよ」という。そこから在宅医療が始まるんです。

 近藤 網野さんは、最初からそういう考え方を持っていたんですか。泰阜村に行く前からそういう考え方だったのか、あるいは何かターニング・ポイントがあったんでしょうか。

 網野 私はばかみたいな延命主義者でしたから、病院で患者さんが危篤になれば駆けつけて心マッサージをしていました。ですから、村でお年寄りのみなさんと生活を共にする、医療を一緒に築き上げていくという中で教えられたと思うんです。それは先ほど話した進歩主義の否定ということです。

 近藤 なぜ村に行ったんですか。

 網野 ・・・それはあまり言いたくないんです。正体がばれるから(笑)。要するに、病院に勤めていると日常診療に追われて研究もできない、それならトコトン末端に行ってみようと。極端なんです。たまたま長野県に電話してみたら3か所の候補地があって、観光地じゃあかっこが悪いから一番過疎の村を選んだということで。

 近藤 すると、何か理想に燃えて、というのではなくて?

 網野 もちろんロマンはありましたよ。僻地医療に対する。しかし、何か特別にやりたいことがあったということではなかった。

 近藤 実際に僻地医療に携わって、一番驚いたことってなんでしょう?

 網野 やっぱり高齢者が多く、さびしく暮らしている・・・。それと医療以前の問題として、栄養失調があったし、お風呂に入るのは好き好きかもしれないけれど、何年も入っていない人もいた。これを私は「医療以前」と表現したんです。

 つづく
[PR]

by lumokurago | 2011-07-11 16:12 | Dr.K関連記事

内海さんの写真より

c0006568_20513112.jpg

c0006568_20515899.jpg

c0006568_20522062.jpg

c0006568_20523716.jpg
 春先の雑草でスズメノエンドウだったかな。小さな花ですが接写するととてもかわいいです。
  
[PR]

by lumokurago | 2011-07-10 20:54 | 花 ・樹(flowers&trees)

Dr.kとDr.Aの対談 その3

 ■ 全世界的宗教としての医学 ■

 網野 私自身もきちんと確信を持つまでには、自分の中に相当に揺り戻しがあったわけですが、近藤さんはどうでした?

 近藤 臨床的な面からの癌の進展の問題に関する論文を書きあげるまでは熟考しましたけれど、その後の揺れはありませんでしたね。肺癌検診や乳がん検診のRCT(くじ引き試験)の結果を見れば両群に差がないのは明らかですから。

 網野 そこに至るまでは、少しは揺れた?
 
 近藤 検診有効論の根拠になっている論文を読み解いていくには若干時間は使ったけれど、一つ糸がほぐれると――そうした山ほどある論文のおかしさに気づいたりすると、ほとんど揺れはなかったなあ。得心がいくというのか・・・なんと言って表現したらいいのかなあ。

 網野 そうねえ、私の場合揺れが止まったのは、先ほど触れた自費出版の『なぜ、村は集団検診をやめたか』を、いろいろな書物や資料を読みながら書いたときですね。同じ意見を持っている近藤さんの存在もそのころに知ったし。

 本を読んでいるうちに、現代医学の基本的な構造に信仰的なものが大きく、それで私たちは間違った方向に進んでいるのではないかと気づき始めたところがあります。現代医学を信じている人と話をしていると、なかなか理解されなくて疲れてしまうわけで――近藤さんも議論をしていて疲れるでしょうが、彼らの考え方は宗教心とほとんどイコールだと気づいた。

 近藤 それはありますね。

 網野 現代医学の中で医者は牧師のような役目をしている。

 近藤 例えば、レントゲン技師たちが消化器集団検診学会での論議(集検是非論)をどう受け止めたかを調査したマスコミの人がいうには、論議の中身を見るんでなく、「あの有名ながんセンターの名誉院長が有効というんだから有効でしょう」という声があった。こうなると、もう本当に宗教みたいになってしまう。

 網野 現代医学を作っている構造には薬害エイズでも問題になった医学、メーカー、国の三者の癒着があるわけですけど、そうしたいい加減なところを知りながらもなぜ改めないのかと言えば、そのほうが居心地がいいからでしょう。市民の側も権威にすがりついていれば楽だから。で、被害者になって初めて分かるという状況だと思う。そういう人たちを説得するのは本当に疲れてしまう。

 近藤 感情に裏打ちされた意見というのは、なかなか変わらない。論理が通じないのは大変ですよね。それでぼくがやろうとしているのは、患者さんの側に気づいてもらって、その働きかけで医者の考えを変えていく、それしかないと思っている。

 網野 全世界的な宗教である医学に立ち向かう困難さを感じませんか?

 近藤 むしろぼくは世界的な常識を紹介してきたのだから。乳癌の乳房温存療法を紹介することで、患者さんは切除しかない医者のところから離れるという動きになる。すると医者のほうは患者さんを呼びもどすために温存療法をすることになる。理論的に患者さんの動きというワンクッションあるから迂遠のようだけれど。

 網野 しかし明らかにそういう流れになっていますね。温存療法は日本でも社会的に認知されたと思いますし、癌の手術についても同じように進行しつつあると思います。権威ある病院で手術しかないと言われて逃げてきた人が私の患者さんにいたりしますから。

 本紙 近藤さんへの批判の中で、しばしば「医学の問題は専門学会で議論せよ、一般の人を巻き込むな」という話があります。これについてどう思われますか?

 網野 医学界の中で議論することは大切だけれど、宗教心が強いというか、認識論的な障害は患者さんよりも医者のほうが大きいんですよ、私自身の経験から言っても。

 近藤 医学に限らず 行政の問題にしても、情報が一般の人に届いていないことがある。例えば、9割の癌に抗癌剤は無効で生存率は上がらないことは専門家の間では常識だった。それが、一般の常識ではなかった。それを紹介するような行為をすると、専門学会に戻れというのは専門家支配を強めるだけ。情報公開により利益を受けるはずの一般の人たちまでもが専門学会でやってくれというのは不思議です。

 網野 一般の人たちもそう言いますか。それは少ないのでは。

 近藤 いや、そうでもないですよ。

 網野 それは、知りたくないということでしょうか。

 近藤 専門家信仰があるんじゃないのかな。

 網野 いろんな信仰がありますからね。

 近藤 パターナリズムでいいと言っているひとに、それを変えなさいとは言えない。それは患者さんの自由だから。ただ、そこから脱却したいという人に情報を提供するのは専門家の義務だと思う。

 網野 インフォームド・コンセントと言いつつ、肝心な情報を与えないことがありますから。

 近藤 情報を隠すのはそれによって利益を得る人がいるということですよね。それはどの社会でもそうだな。だから医者は隠して利益を得ていたということですよ。

 網野 いろんな意味で抜き差しならない事態に遭遇しちゃって、医者のほうも精神的に追いつかない。精神的な支柱を失っている。

 近藤 精神的な支柱かなあ。理論的な支柱じゃない?

 網野 理論的な支柱も失っているけれど。

 近藤 ある大学の外科で若い人が、温存療法をこれこれの理由で始めたいと言ったら、そのボスが「きみは科学者みたいなことをいうね」(笑)。彼の中で医学は科学をベースにしていないということです。また、経験的にも言えるけれど、ボスが辞めるまでその病院で温存療法は広がらない。

 網野 そうすると、世代の交代を待つしかないんですかね?

 近藤 それもヘンな話ですね。患者さんの利益を無視している。ボスがいても治療法を変えていくような世の中にしなければ。

 網野 ゲリラ的にいろんな作戦を導入してでしょうか。

 近藤 いやゲリラではなく本道で、ですよ。変えていくためには、患者さんがこういう治療をやってほしいと迫ればいいわけで、そのためにも情報公開が重要になる。

 つづく
[PR]

by lumokurago | 2011-07-10 16:38 | Dr.K関連記事

森住卓さんのブログより

 飯舘村から シーザーのその後

 飯舘村から 乳牛最後の競り(本宮市)

 Dr.Aの言っていたように牛も連れて北海道に移住できなかったのだろうか?
[PR]

by lumokurago | 2011-07-09 15:49 | 原発

Dr.kとDr.Aの対談 その2

 ■ 「近藤に謝罪させろ」 ■

 近藤 網野さんの場合は、それまで集検に携わっていた立場ですから、周囲との対応はさぞかし大変だったんじゃありませんか。

 網野 意外だったんですが、村の担当者には私の考えをよく理解してもらえました。ところが保健所はネガティブな反応で、納得しないまでも、自治体の独自性を認めさせるのに1年ぐらいかかりました。村民のみなさんにも納得してもらわないといけないから地域を回って講演会をしたりと、簡単ではなかった。それと、紆余曲折を経ながらも集検を廃止できたのは村がクローズドの世界だからでしょうね。

 近藤 確かに、東京の真ん中の地域でやめようとすれば周囲からいろいろあるでしょうから。

 網野 もう一つ申し上げれば、医療や福祉の実績をあげていたこともありますね。

 近藤 網野さんへの信頼感、ね。

 網野 先に言われてしまったけれど(笑)。そういうようなものもあった。それで、秤にかけたんだと思いますね。行政も住民も。もともと、みんな年に1回ぐらいの検診がそんなに有効だとは思ってないわけです。

 近藤さんはどうだったんでしょうか? 周囲からは。

 近藤 論文を発表したあと、大学の教授会で問題になって、どうも「近藤に謝罪させろ」って、なったようなんですね。ぼくの教授に呼ばれて、なんだかんだと言われましたよ。でも、これは学問の話だから、謝るとか謝らないの問題ではないと突っぱねたんです。教授のところには学会や権威からいろいろ圧力があったことは想像に難くない。ただ、ぼくに直接はありませんでした。

 網野 批判というのは、具体的にはどんなことですか。

 近藤 要するに「けしからん」ということ。

 網野 ただ「けしからん」じゃあね(笑)。批判になりませんね。

 近藤 論理の話じゃないから(笑)。

 網野 「おまえの顔が気に入らない」というのと同じレベルだな。

 近藤 そのあとに出てきた批判というのは、ぼくが言っていることを決めつけたり曲解することが基本にあるんですよ。

 網野 乳癌治療への批判論文を発表したときと、集検批判の論文を発表したときでは周囲の反応が違いましたか?

 近藤 ヒステリックは批判が増えたという印象はありますね。

 網野 私もヒステリックな批判を受けましたね。癌検診を専門にやっているドクター、自治体関係者、保健婦。それと泰阜村は長野県ですから、佐久病院からも。

 論理ではなく感情に裏打ちされ、とにかく検診は間違いないんだというような現代医学擁護論があるんです。常識とか古い知識は、認識論的に障害とならざるをえない。検診皇帝論者には、このような理解が欠けているんですね。

 近藤 一度常識になると、それを崩すのはたいへんということですね。

 網野 「田舎の医者が何をばかなことを言っているんだ」ということになるし。

 私が学会などでしゃべると、それを聞こうとする人はいましたが、完全に無視されることが多かった。論理で対応するとこちらが勝つので黙ってしまう。あるいは、感情的多数決で会場の雰囲気を制してしまう。

 本紙 集検の見落としは、いわば日常茶飯事ですよね。それがなんで問題にされてこなかったんでしょうか。

 網野 仕方がないとされているんです。「発見」の背後に「見落とし」があるのは当然ですから。でも、「権威」は見落とし率の大きさを無視して、それを研究してこなかった。その理由と言えば「現代医学に誤りはない」ということです。

 近藤 胃癌検診に関して言えば、本当に胃癌死亡数を減らしたのかを調べずに検診を続けてきたということですね。ぼくが網野さんの立論の仕方と異なるのは、見落とし云々は検診の有効性を前提とした考えなので、それは強調しない。

 網野 そうですね。当時の私の考え方はそうでした。

 近藤 ぼくの考え方からすると、検診で発見されて助かっても、それはもともと死に至らない性質のものだから助かったとなる。そうすると、見落としは問題にならないんですね、概念的には。

 網野 集権をやっている人たちの考え方を変えさせるのに、ある程度同じ土俵で闘う必要がある。そこでは「君たちのやっていることは、こんなに誤りがあるだろう」という、見落としの指摘が一番有効と当時は考えていたから。

 近藤 それは確かにそうでしょうね。網野さんがやってきたことは、日常診療が地についたところで周りを変えてきたということで、それがすごいと思うんです。

 網野 それは置かれた立場の違いですから。私の場合は一つの実験をやったということになるんでしょう。近藤さんは理論的な構築をした。完璧と言えるほどの。もちろん泰阜村が集検をやめたことにも理論的な根拠がありますが。

 近藤 89年に集権をやめて、その後のデータはどうですか。胃癌の死亡数とか。

 網野 実は、死亡数だけで言えば減っているんです。ただ、日本字全体の胃癌死亡数も死亡率も減っていますから。

 近藤 それでも泰阜村では、まだまだ高齢化の途中にあるんじゃないですか。とすれば、むしろ増えてもおかしくない。

 網野 集権をやめる前とやめたあとの5年と5年で比較すると明らかに減っているんです。癌で亡くなる人の数は変化ないんですが、その中で胃癌死は減った。死亡構成比でみると全体の6%から2%へと減少している。ただ統計学的に処理すると有意差はありません。

 近藤 要するに、胃癌集権をやめたあとに胃癌の死亡数は減ったけれど、有意差まではなかった?

 網野 そうです。けれども検診を推進する人たちには、これは明らかに検診の有効性を否定するデータと考えていただきたいんです。検診が有効であっても、そのために胃癌死が減っていたのであれば、検診をやめた場合、胃癌死亡は増えないとおかしい。これは、胃癌死亡の減少は検診によるものではないという根拠になる。
[PR]

by lumokurago | 2011-07-09 15:43 | Dr.K関連記事

「司法制度を変えない限り世の中は悪くなる」~藤田裁判で最高裁棄却

c0006568_9331884.jpg
 7月7日最高裁は、元都立板橋高校教諭の藤田勝久さんに上告棄却の判決を言い渡した。東京都は2003年に「日の丸・君が代」を強制する通達を出し、それに危機感をもった藤田さんは2004年の卒業式に来賓として出席、式の開始前に保護者らに君が代斉唱時の着席を呼びかけた。「犯罪」に問われるようなことは一切なかったが、都教委は威力業務妨害として藤田さんを訴えた。確定した罰金は20万円。今回の最高裁判決は、表現の自由を著しく制限するもので、一連の「君が代」判決に続き行政の下請け機関と化した司法の姿をさらけ出した。藤田さんは判決後(写真左)、「司法制度を変えない限り世の中は悪くなる。最高裁を一新すべく闘っていきたい」と力強く語った。(佐々木有美) 渡部通信処分撤回を求めて

 レイバーネットより無断転載 (レイバーネットの記事は記事を特定してリンクできないため)

*****

 この裁判はまったくひどく、生徒、保護者、同僚の教員らの証言を完全に無視した「でっちあげ」です。こんな事実はなかったのです。彼らの証言は偽証だとでも言うのでしょうか??

 私も地裁や高裁に傍聴に行ったことがありますが、傍聴者をも犯人(テロリスト)扱い、人権無視、ひどいとしかいいようがありませんでした。
[PR]

by lumokurago | 2011-07-09 09:35 | その他裁判関係

二間のアパートでも看取りはできる

 Dr.KとDr.Aの対談です。「『がんと闘うな』論争集」(メディカルトリビューンブックス・1997年)より。私の主治医の二人なので大サービスで全文打ちこみます。

 二間のアパートでも看取りはできる ―病院信仰批判としての在宅医療―

 近藤 網野さんとは4年前に一度お目にかかっていますけれど、名前だけはそれ以前から知っていたんです。92年ごろでしょうか。何かの雑誌で、過疎の村で在宅医療を熱心にやっていて、それと同時に胃癌の集団検診をやめた村として紹介されていましたね。

 網野 『日経ヘルスケア』(92年9月号)ですね。

 近藤 ぼくもちょうどそのころ、検診無用論を書き始めていたんです。それは『文藝春秋』でゲラの段階まで行ってボツになりましたけど。

 網野 私が近藤さんの名前を初めて知ったのは、高校の同窓会報を読んでいた女房が“おもしろい先生”というか“あなたと同じ考え方の先生がいる”って。今日お目にかかるんで調べてきたら、掲載されているのは92年5月の同窓会報で、91年11月の近藤さんの講演が紹介されている。その当時は、『なぜ、村は集団検診をやめたか』という本の自費出版の準備をしていたときで、“同じ考え方の人がいるんだ”とびっくりすると同時にうれしかったのをよく覚えています。

 ■ 3年続けて胃癌を見落とす ■

 近藤 網野さんは、どうして行政レベルでの集検をやめることにしたんでしょうか。泰阜(やすおか)村は、もともとは癌検診を熱心にやっていたんですよね。

 網野 泰阜村は長野県の貧しい村ですが、保健婦の活動は古くから活発で集検が入り込みやすい素地があったのと、住民にも医療や集検への期待が大きかった。そこにある医療チームが胃の集検をするために入ってきたんです。

 近藤 昭和でいうと30年代ですか。日本で初めてぐらいでしょうね。

 網野 初めてかどうかは分かりませんが、東北大グループが始めたころをほぼ同じころです。

 近藤 網野さんが村の診療所に赴任されたときも、それがシステム化されながら続いていたんでしょう?

 網野 ええ。貧しい村としては、医療費を節約するためにも検診に熱心にならざるをえなかったんでしょう。国や県の指導もあったでしょうし。赴任したのは84年の2月で集検をやめたのは89年でした。赴任当時の私は“ふつうの医者”だったと思います。現代医学になんの疑問も持っていませんでしたから。それを僻地で生かそうとしていました。

 集検には、それまでに携わったことはなかったにしても、当然のものだと考えてました。ところが実際に経験してみると雑であるし、こんなもので本当に早期発見ができるのかなあとは思いましたね。疑問が決定的になったのは、村に赴任したときから3年連続して見落としによる胃癌の死亡者が出たことです。なぜ現代医療の恩恵が及ばないのかと素朴な疑問でした。

 近藤 それから文献を調べだしたというわけですか。

 網野 ええ。それで文献を調べてみると、胃の集検にはなんの根拠もないことが分かったんですね。初めはとにかく検査精度に大きな疑問を持ったわけですが、88年に出版された『胃癌』(日本病院出版会)で、西沢護さんが問題点を指摘されてました。それは確か、胃集検では発見一に対して見落としが六で、その見落としにはかなりの進行癌もあるという内容でした。この文献が大変に印象深かった。それからアメリカの論文でしたが、アメリカでも罹患率で見ると胃癌が癌のトップだった時期がある。ところが検診を行わなくても自然に減少している。当然ながら死亡率も低下している。

 その一方、胃集検を肯定する論文は研究としてはすべてお粗末で、とても集検を続ける根拠になりえない。このようなことが分かってきたんです。それと、村の胃集検についてまとめると、胃癌の発見は非常に気まぐれ的で、住民の受診率と相関していない。要するにかなりでたらめなんですね。国全体を見ても集検が胃癌現象に影響を与えていない。

 近藤 ぼくの場合は、医者になって放射線科に入ったわけですが、アルバイト先で胃の間接撮影や精密撮影をやったりしていました。だいがくでも胃の直接撮影や大腸透視をやってましたけれど、特に疑問はなかったんですね。ただ、効率が悪いなとか、早期発見されれば意味はあるんだろうなと、その程度でしたね。

 その後、癌の治療を専門にするようになって・・・どうしてかなあ、疑問が湧いてきたんですよね。最初の疑問は効率論で、そこにかけるお金を別のほうに回したほうがいいんではないかと――86年か87年ごろのことです。88年に初めて一般向けの本(『がん最前線に異状あり』廣済堂出版。『がんほどつきあいやすい病気はない』と改題し、講談社プラスα文庫に所収)を書いたときには「癌を早期発見しても、それが死亡率の減少に結びつくか疑わしい点がある」といった程度で、集検への批判というよりは疑問を出した形でした。それから、集検批判の『文春』原稿がなぜボツになったのか考えたり。

 つまり、乳癌ではなぜ温存療法が可能なのか。局所再発が増えても、なんで遠隔転移が増えないのか。結局、早期癌を放置して増大しても遠隔転移が増えないのではという疑問が成り立つ。そういう面から考えたのが一つの道。

 もう一つとしては、ぼくは医療過誤問題にも取り組んでいるわけですが、ある市民集会で遺族の方から「私の夫は集検で早期癌が見つかって入院するときは元気だったのに帰ってきたときは棺の中だった」と大変悔やんでいる話を聞かされ、がん診療では害のほうも大きい。これは相当深刻な問題だと改めて気づいたわけです。それで、癌の性質上、早期発見は有効なのかという疑問と害の部分が知らされていないということを突きつめていって論文にしたのが「がん検診、百害あって一利なし」(『文春』92年9月号)です。

 網野 そうすると、論理が先行していて、そこで遺族の話にぶつかったという感じでしょうか。

 近藤 そうですね。

 網野 それは非常によかったですね。そのことで問題の本質により迫ることになったと思いますから。

 本紙 厚生省も医学界全体も積極的に推進している集団検診に、ほぼ同じ時期に複数の医師が批判をしたのは単なる偶然でしょうか。

 網野 疑問を持っている医者は少なくないと思うんですよ。

 本紙 でも、大きな声で、具体的に批判してはいませんよ。

 近藤 そうね、ふつうなら最初に批判を始めるのは一人なんでしょうが。でも、開業医で疑問を持っていて不要論を言い始めて無視されている人も知っています。要するに社会的に認知される形で行動を起こしたのは二人だった、ということでしょう。

 つづく
[PR]

by lumokurago | 2011-07-08 16:45 | Dr.K関連記事

テレビがもったいない

 東京新聞テレビ欄にありました。

 家電収集家の松崎順一さんのことばです。

 「7月24日は大量消費という日本の嫌な伝統文化の最高潮。国が映るテレビを映らなくして死滅させてしまう」

 うちのテレビもあと17日のいのちか・・・。いただきものなのにね。

 もともとテレビはニュースも見ないのですが、さすがに3.11以降、ニュースは見ていました。見られなくなるのは残念ですが、買い替える気はまったくありません。チューナーを買えばいいと言われても、このテレビが壊れたら、今度はチューナーが無駄になりますからね。

 それにしてももったいなさすぎる。アナログ放送を勝手にいっせいにやめてしまうなんて横暴すぎる。みんなどうしてそんなにおとなしくテレビを買い替えるの? 不思議でたまらない。

 戦後10年くらいまではみんな、ものを大切にしていたのにね。どうしてこんなに変わってしまったのか。かなしいです。
[PR]

by lumokurago | 2011-07-07 19:41 | 未分類

Dr.Kと山田真さんとの対談より

 「『がんと闘うな』論争集」(メディカルトリビューンブックス)山田真さんとの対談より引用します。途中からです。

 ■ “超早期癌”でも病院から帰れない ■

 山田 検診問題について、ぼくには苦い経験があるんです。親しい人――その人は医療市民運動をやっていた人でしたが、「肺癌の早期発見には定期的な喀痰検査がよいと思うので、してほしい」と申し出られました。ぼくは定期的な検査をあまり好きじゃないけれど、ご本人の希望なので検査を続けていたら本当に癌細胞が見つかったんです。

 日赤に紹介したら「どうしてこれば見つかったのか」と驚くほどの超早期発見でした。手術すれば確実によくなるだろうから、帰ってきたらお祝に一杯やろうねと言っていたのが、結局帰ってこられなかった。

 近藤 病院で亡くなったの?

 山田 そう。手術のあと、見舞いに行くのが辛いほどに衰弱しちゃって――まさか彼が帰ってこられないとは。

 近藤 それはいつごろのことですか。

 山田 10ねんぐらい前だったかな。

 近藤 アメリカのメイヨークリニックの肺癌検診のデータが出たのはそのころでしたね。あれはレントゲン検診と喀痰検診ですけど、死亡数は減らなかった。

 山田 あんなに元気だった人が、どうしてという感じで、手術を受けなければ2、3ねんぐらいは元気だったかもと情けない思いをしましたね。

 (中略)

 ■ 改革運動が体制側を補完した? ■

 本紙 先ほどの、体制を批判する側が同じ穴のムジナみたいな話(渡辺注:「大衆のために」と地域医療を進めている病院も検査漬けになって体制側とあまり変わらない)に戻りますが、近藤さんの一連の活動は医療を変える上で大きなインパクトになっていると思います。その一方で従来の運動・方法がなぜ力にならなかったんでしょうか。

 山田 広く言えば、近代を問うていないんです。社会学者の側から近代を問う作業はかなり行われているけれど、自然科学者の側が近代を問うていない。また、患者さんへの過剰な働きかけがパターナリズムではないかという認識がない。

 本紙 どういう意味ですか。

 山田 パターナリズムを、よくないことではないかと考えない。患者さんのために一所懸命やってることがかえって迷惑になっているのではないか、過剰な介入になるのではないかという問い返しをしなかったし、いまもしてないし。

 近藤 進歩はよいことだという発想が近代化の中身でした。経済発展は環境・資源問題での行き詰まりが明らかだけど、同じようにあるはずの医療の近代化の限界が問われてこなかったということでしょう。

 山田 例えば、体の中の異常は見つからないより見つかったほうがいいという考えがあります。でも知らないでいたほうがいいことってたくさんあるし、人間が自分の体の中をどんどん知るってことは恐ろしいことでもあるし、いま生きてるのと江戸時代に生きてるのとどっちが幸せか実際は分からないんじゃないといった問い返しが、医者の中にはほとんど――いろんな運動をしてきた部分にも、なかった。

 近藤 そういう運動をしてきた人が、体制と同じ矛盾・限界に突き当たってしまった。

 山田 だから、いままで批判してきた体制側の不十分な部分を補完してしまったような形がある。でも、それは過剰になるだけという危険性がある。

 本紙 医学は特殊なんですかね。

 近藤 いや、特殊ではないでしょう。

 山田 同じでしょうね。

 近藤 さっきの環境問題にしても、人間の体は小さいながら独立した環境なんだから、そこに進歩主義を持ち込むとおかしくなることがある。ただ違いは、自分の体はその人にとって一番の関心事になる、あるいは重大に感じる。環境問題になると、人によっては自分の関心にストレートに結びつかないかもしれない。

 山田 過剰なものって見えにくい。不足した医療はすぐ訴えられるけど、過剰だったんではないかとは気づきにくいし、気づいても証明しにくい。検査も薬も多かったようだ、過剰だとは患者さんの側はなかなか分からない。不足なら、もっと丁寧にやれとか、もっと話を聞けとか具体的に言えるんだけど。いまの医療が過剰ではないかという思いを持っている人はいるんでしょうが。

 近藤 例えば癌治療では、ぼくがそれを言ったら、ああそうかと思う人がいっぱい出てきた。

 山田 そうでしょうね。全体的には、時代の変化があるから、薬もたくさんもらうことがよいことではないんだという状況がでてきた。お年寄りでも、自分の薬調べて、これで調子悪くなっているんじゃないかという人がでてきましたよ。そうした状況で近藤さんがでてきたから。

 本紙 医学が裸の王様というか、かなり不完全で曖昧なものだと聞かされたのがインパクトになっているように感じますが。

 近藤 なんでもまず疑ってかかれというのは患者さんへのメッセージだけど、医者の側にも同じメッセージを発していたつもりなんです。あなた方がやってる治療をもう一度疑ってみようと。

 山田 二人の医者にかかれというのも、患者さんの中で二人の医者の意見、つまりセカンド・オピニオンを聞いてみたいと思っていた人は多かったでしょうね。ほかの医者にも聞いてみたい、本当にこれでいいのかなって。でもなんとなく後ろめたかったから“いや二人の医者に聞くのが正しい、ちゃんと聞きに行け”と医者から言ってもらう必要があった。そんなの患者の権利なんだから、コッソリ聞きに行けばいいんだけど、日本の患者さんというのはそのへんは呪縛があって――自分よりも医者を大事にしたのかもしれない。
[PR]

by lumokurago | 2011-07-07 17:51 | Dr.K関連記事

福島の子どもたち 放射線の影響と健康状態は?



 ゲストは山田真さん(小児科医)です。聞き手は上杉隆さん。山田さん登場まえの上杉さんのコメントも貴重です。山田さん登場は4分ころから。(3)まであります。福島の子どもの被ばくについて具体的に話されています。いま一番ほしい情報だと思うので、要点だけ書きとめました。

 山田:私はこの事故のまえ1年間ほど、「母の友」という雑誌に医療被ばくについて連載してきました。日本ではもともとレントゲン被ばくが多く、とくにCTが始まってからの医療被ばくはたいへん多く、欧米から批判されています。広島・長崎の経験があるのにあんなに放射線に無防備なのはなぜだろう、レントゲンの取りすぎでがんになる人がかなりでるだろうと言われている。それに対して日本の医学者たちは広島・長崎の被ばくとレントゲンの被ばくはまったく違うので、広島・長崎を根拠に言われても取り上げる必要はないと言っていた。そのことを連載していた。

 そんなときに事故がおこり、非常に残念。原発を推進している人たちはあまり反省もせず悔やんでもいないのに、反対していた人間のほうが落ち込むというのもへんな話だが、ぼくもかなり落ち込んでちょっとうつ状態。なにかしなければと思うが、なにをすればいいか。そんなときに福島から子どもたちの状態をみにきてほしいという話があった。個人ではしょえないくらい大きな話なので、ネットワークを立ち上げて、できるだけ多くの人が福島へ行き、子どもたちや親たちの実情をみて、全体に伝えていきたいということでやってきた。
 
 一番びっくりしたのは福島の人たちがものが言えなくなっていること。不安だけれど口にだしてはいけない雰囲気が広がっている。近所の医者に行って子どもの調子が悪いけど、放射能のせいじゃないかというと、笑い飛ばされたり、いやな顔をされる。それは医師会全体でやっていることかわからないが、原発安全神話はくずれたが、県が一丸となって放射能安全神話をアピールしている。そういう状態では、どんなに不安でも言いにくい。

 日本がチェルノブイリのようになるかどうかは、実際にいまどのくらいの放射能がもれ、どのくらい被ばくしているのかがわからないので予想が立てにくい。少なくとも子どもたちに影響がないはずはない。心配な状況ではある。ぼくらが心配しているのは晩発性障害で、急性障害はほとんどないだろうと思っている。しかし先入観を持ってはいけないので実情を見ようとした。肥田先生が鼻血と下痢に気をつけろと言ったので、心配になるのはわかるが、鼻血で心配なのは30分も40分も止まらないとか、口からもでる異常な「出血傾向」と言われるもの。白血病の前兆となるもの。でも今回はなかった。例年鼻血のでる季節。心配な鼻血ではないし、急性障害はないだろう。

 放射線障害は治療法がない。甲状腺がんはがんのなかでは治療がうまくいくがん。早くみつければかなり助かる。白血病もかなりの率で治る。個々の病気についていえば早期発見すればある程度の治療はできる。予防する方法はない。(渡辺注:近藤誠医師によれば、甲状腺がんは「がんもどき」が多い。チェルノブイリの子どもの甲状腺がんもそうなのかどうか今度聞いてきます)。

 外へでるのがこわくて窓を閉めて閉じこもっている状態が数カ月つづいている。たいへんな状況で子どもたちはよく耐えている。大きなストレス。外部被ばくはある程度避けられないし、いろんなデータを信じれば被ばく量は少なくなっているだろうから、雨などに気をつけながらある程度外にでて、内部被ばくを気をつけようと。それがいいと言っているが、福島産のものを福島で一番食べている。自分たちが食べてみせるしか安全と証明する方法がないので、自分たちががんばって食べている状態。給食についてほかのところで取れたものを使ってほしいと言うと、白い目でみられる。いままで公害で患者さんが地域の恥みたいにいじめられてきたが、今度は総体が被害者というなかでみんな被害者じゃないというふうにふるまわなければいけない状態、非常にきつい。牛乳飲ませたくないというお母さんが保育園などでそう言うとすごくおこられる。ふだんから牛乳栄養神話があって、一般的に牛乳を飲まないと言うとバッシングされる傾向はあるが今回はそれがひどい。

 普通検査で大人と子どもでは基準を変えるのに、そういうことがまったく言われていない。ということは子どもを守る気はまったくない。(チェルノブイリでも3ミリ、日本は20ミリ、WHOは1ミリ。子どもを守るために食べ物で気をつけなければならないことは?)

 福島のものは食べない。法律で決めるわけにもいかないが、危険なものは60歳以上が食べるようにとか、この範囲の人はこの程度の汚染は大丈夫とか発表すべきである。うちでも孫には気をつけるが自分は福島のものを食べるようにしようと思っている。

 本来はだれでも安全なものを食べたほうがいいが、いまみたいな状態だからこういうことになる。福島の人でも野菜をつくってみて汚染しているから売れないとか、安全だと言っても買ってくれないという不安がありながらしょうがなくて作っている。作らなくても生活できるように保障するとか買い上げるとかが必要。

 (自分たちが将来被ばく者として保障を受けるために必要なことは?)

 私が小児科医として関わった最初の運動が森永ヒ素ミルクで、そのあと水俣病などをみてきた。健康診断は保障を少なくするため、被害を少なくみせるためにやっている。被害者と認定されるためには記録を取っておくことが必要。ネットワークで生活手帳を作った。3.11から始まっている。所在地、行動、体調、食事メモ。自分の身は自分で守る。

 ツイッターでの質問:イギリスではけがや病気をしない限りレントゲンなど一生やらないときいた。海外では健康診断をやらないのか?

 やらない。やっているのは日本ぐらい。人間ドックも日本ではじまった。日本には健康診断神話がある。

 質問:子どもたちの髪の毛を取っておくのはどうか?

 証拠になると思う。
 
 質問:ほんとうのことを言ってくれるお医者さんはどうやって探す?

 ネットワークに連ねてもらっているが、当面急性症状はでてこないと思うので(いまは医者はいらない)、なるべく被ばくをしないように気をつける。国が言っている基準値などを信じられなくなっている人が非常に多い。こんなにいいかげんに基準値を変更しているのも、それほどたいへんなことが起こった証明ではある。ちゃんとした値をきちんとだしてほしい。みんなが自分で測らなければほんとうの値はわからないと思っているのは異常。国がきちんとだして何が危険かを言ってほしい。

 参考 被曝した福島の子供たちが東京で健康診断
[PR]

by lumokurago | 2011-07-06 16:03 | 原発