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読み比べ その4

9月12日(月)(「聖徳太子」の記述が多いのはなぜ?)

 選挙結果、ひどかったですね。この期に及んで小泉がいいという人がこんなに多いなんて。戦争体験者である友人は「時代の変わり目っていうのはこういうものなんだね」と言っていました。なんかヒトラー台頭の頃に似てるような気がします。小泉が「国民をてなずけるのは簡単だなあ」とほくそえんでいる姿を想像すると、ほんとに悔しいですね。

 郵政「改革」というのはブッシュの命令に従ってやっているんですよ。ご存知でしたか? 外務省に文書が保管されており、外務省のHPでも見られます。日本の郵政「改革」がアメリカのもうけになる、それだけの話です。

 さて、本題です。

 扶桑社では、「隋の中国統一」11行も入れてですが、聖徳太子に関する記述が4ページもあります。他社では「隋」のことをほとんど書いていない教科書もあり、「隋(と唐)」と「聖徳太子」で1ページから、多くても2ページです。

 なぜ扶桑社では聖徳太子の記述が多いのでしょうか?今日はちょっと疲れているので、これは明日までの宿題として、考えてみてください。
 

9月13日(火)(天皇という称号はいつから始まったか?)

 扶桑社です。「豪族の争い隋の中国統一」の小見出しのところに、こんな記述があります。「強大な軍事力をもつ隋の出現は、東アジアの国々にとって大きな脅威だった。朝鮮半島の百済、高句麗、新羅は、隋に朝貢した。日本も、これにいかに対処するか、態度をせまられることになった」

 「隋」について、他社では大阪書籍で隋から唐に変わった経過に6行使っているだけで、帝国書院では「遣隋使」に一言触れているだけ、日本書籍新社と清水書院では「隋にかわって唐が中国を統一し」などと書いてあるだけです。「隋」とはそんなに「脅威」だったのでしょうか?

 扶桑社を読み進むとこうあります。「このような岐路に立っていた日本にあらわれたのが、聖徳太子(厩戸皇子)という若い指導者だった」 

 なるほど。この時日本は岐路に立っていた、つまり重大な転換期にあったのだな。(と思わせるに十分な話のもっていきかたですね。さすが「物語」だ)。聖徳太子の登場を印象付ける効果となっています。

 (遣隋使を送り)、「隋の強大さを知った太子は、日本が独立した国家として発展するために、大陸からすぐれた文化や制度を取り入れる必要があると考えた」。太子は「まず国内の改革に着手した」が、「太子の政治の本当のねらいは、豪族の力をおさえ、儒教や仏教の教えをとりいれつつ、天皇を中心とした国家のしくみを整えることだった」 

 ちょっと長くなるのですが、我慢していただいて・・・(2度目の遣隋使が持っていった)「隋の皇帝にあてた手紙には、『日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや』と書かれていた。太子は、手紙の文面で対等の立場を強調することで、隋に決して服属しないという決意を表明したのだった」  隋の皇帝は、皇帝の別名である天子という称号を日本の君主に使うのは許しがたいとして激怒した。しかし、「日本と高句麗が手を結ぶことをおそれて自重し、帰国する小野妹子に返礼の使者をつけた」

 翌年、3度目の遣隋使を派遣する時、手紙の文面をどうするかが問題となった。中国の皇帝の怒りをかった以上、また「天子」と書くわけにはいかない。しかし「倭王」に戻りたくはない。「そこで、このときの手紙には、『東の天皇、敬しみて、西の皇帝に白す』と書かれた。皇帝の文字をさけることで 隋の立場に配慮しつつも、それに劣らない称号を使うことで、両国が対等であることを表明したのである。これが天皇という称号が使われた始まりとされる。日本の自立の姿勢を示す天皇の称号は、その後も使われ続け、とぎれることなく今日にいたっている」 (注意書きに「少しのちの天武天皇(在位673~686)の時代に天皇号が使われ始めたとする説もある」と書いています)。

 はあ(ため息)、「天皇」という称号が使われるようになったいきさつを説明するためにこんなにページを使ったのですね。

 他社ではどうか。

 帝国書院。「遣隋使」のところでは「中国との対等な国交をめざし、そのすすんだ政治のしくみや文化を取り入れようとしました。高句麗と対立していた 隋は、倭国(日本)との関係を重くみて、その願いを認めました。その後、政治や仏教を学ぶために、多くの留学生や留学僧が中国に渡りました」と書いています。

 「天皇」については、もっと後になってから欄外に「7世紀後半、天武天皇のころ、君主の称号が『大王』から『天皇』に改められました」と書いてあります。

 大阪書籍。「隋との対等の立場で国交を結んで、進んだ中国の文化を取り入れようとし、遣隋使を送って、政治制度や仏教を学ばせました。外交使節や留学生、・留学僧には渡来人が多く採用されました」

 「天皇」については、大化の改新の後に、「天武天皇は、天皇に権力を集中する国家の建設をおし進めました。このころに大王は天皇、倭は日本と名のるようになりました」とあります。

 日本書籍新社。「朝廷は遣隋使を送って、隋と対等の関係で国交を開こうとした」

 「天皇」の称号については、やはり大化の改新の後に、「天武天皇は、みずから政治をおこない、唐にならって律令にもとづく政治のしくみをつくろうとした。またこのころ、『大王は神である』と歌われ、天皇の称号が正式に使われるようになった」とあります。

 清水書院。「中国とは対等の関係をむすぼうと、小野妹子らを使節として隋に派遣し、留学生や僧も同行させた(遣隋使)」。

 天武天皇の説明の後に、「『日本』という国号や『天皇』という称号も天武天皇のころから使われはじめた」とあります。

 扶桑社以外のどの教科書にも、遣隋使をめぐる「天子」だの「皇帝」だの「天皇」だのという称号については一言も書かれていません。

 歴史学者は次のように言っています。

 近年の学説では、「天皇」号が成立するのは天武朝期とされており、この教科書(扶桑社版)の2001年版でも天武朝期に「天皇」号の成立が置かれていた。今回の叙述の変化は明らかに復古調の色彩を強めるものとなっている。第3回遣隋使の国書の文は、『日本書紀』推古16年9月条記載のものであって、中国史料で裏づけの取れない記述であり、『日本書紀』編纂時の改変の可能性を想定すれば、この記事をもって推古朝に「天皇」号が成立したとは到底言えない。
※他社本では、「天皇」号の成立は、通説とされる天武朝期に置かれており、推古朝期に始まるとする記述はみられない。
(『新しい歴史教科書』の問題点・歴史学研究会編より) 

9月14日(水) (えっ!「平和志向が扶桑社」ってほんと?)

 今日は8月12日の教育委員会での宮坂委員の発言を紹介します。(簡潔にまとめています)。

 「日本は和の精神を尊ぶということが流れとして国民の中にある。『五箇条の御誓文』には『万機公論に決すべし』ということばがあり、独裁を戒めている。これは聖徳太子『17条の憲法』にもうたわれている。17条『大事は一人定むべからず もろもろの議論をすべし』。清水書院は1条から3条と17条を載せている。他は1~3条のみ。扶桑社は全部載せている。全部載せる必要がないという意見があるかもしれないが、全部載せている。17条は「独裁はいかんよ」という意味。この精神が明治憲法から今の憲法に受け継がれている。

 10条「考え方の違いで人を怒ってはいけない。話し合って決めましょう」これは怒ることはやめましょうよ、という意味。平和志向が扶桑社。他の教科書が戦争賛美というわけではないが、日本の過去は戦争ばかりと書いている。日本は平和志向が強いと思う。日本の過去は他国に危害を及ぼしたことはない」

 それなのに宮坂委員は8月4日の国語の審議の際、「現代文につきましては、国語の教科書ですから平和の志向の強いものは避けるべきだと思う」と発言しているのです。(元はこちら)。どういうこと?

 扶桑社は平和志向なんでしょ? だったら扶桑社は避けるべきじゃないんですか?

 ここまで矛盾したことを言われると、何がなんだかわからなくなりますね。一体「平和」をどう思っているのですか?「他の教科書が戦争賛美というわけではないが、日本の過去は戦争ばかりと書いている」とまで言われると、むっときますね。これまでみてきたところですでに、扶桑社が一番戦争の記述が多くて長いんですよ。
「平和の志向の強いものは避けるべき」ということは、「戦争の志向の強いものを選ぶべき」ということです。扶桑社が一番戦争についてたくさん書いており、それを推していることからみても、どう考えても宮坂氏は「戦争志向」としか受け取れません。宮坂氏が自分でそう言っているのです。私、間違ってるでしょうか?

 ところで、日本人にとって最も身近な「聖徳太子」とは旧一万円札なのではないでしょうか。あの肖像画は「聖徳太子」だと信じていましたよね。ところが初めて知ったのですが、清水書院にはあの肖像画について「聖徳太子を描いたものではないとする説もあります」と書いてあったのです。帝国書院に載っている肖像画にも「聖徳太子と伝えられる肖像」とあります。なんだ、なんだ、いい加減なものです。あの肖像画を「聖徳太子」と信じ込んでいた自分が悪いのですが、信じ込ませたのはいったい誰?(責任転嫁してごめんなさい)。

11月8日(火) (立憲主義・元社会科教員Aさんより)

 『17条は「独裁はいかんよ」という意味。この精神が明治憲法から今の憲法に受け継がれている。』

 とんでもな発言です。日本国憲法は権力者はこの憲法に書いてあること以外はしてはダメというもの。17条憲法は官僚の道徳的訓戒を内容としたもので同じ「憲法」という言葉をつかっても指す内容はまったく違います。

 分かりやすく言うと日本国憲法を守るのは権力者(99条の中に国民はない)、17条憲法を守るのは官僚(天皇は守らなくてもよい)ということです。

>上記についてーー(私自身このことを学校で教わったのかどうか覚えておらず、最近の憲法論議の中で知った次第です・・・お恥ずかしいですが)
>大事なことなのでぜひ多くの人に知ってほしいです。(管理人の返事より)

 えーと立憲主義って言葉聞いたことありません? 「憲法を制定し、それに従って統治すること」言い換えれば権力者は憲法に書いてあること以外だめというのが立憲主義の意味です。

 そして、法律によっていくらでも制約できる憲法は立憲主義の形を取りながら実際は違うということで外見的立憲主義と言います。授業では「上の立憲主義は大切なんで覚えましょう。下の立憲主義は大日本帝国憲法の時、詳しくやります」といって伏線を張っておきます。

 私が教壇に立ってたときは「日本国憲法99条に国民が無いのはなぜだ」なんて話をして「日本史の知識は日本史だけでなく他の教科と結びつけて考えないとダメだ」という話に持っていき、「今憲法改正草案が出てるけど今までの学習内容と比較してどうか考えてください」なんていって、この話をしめるところです。

 生徒に考えさせるやりかたでは弱いのか。「自民党案は立憲主義もしらないトンデモ案だ」という結論までいかないとダメではこまったなあ(笑)  元社会科教員A

 すいません。無知な管理人でした。

9月15日(木) (扶桑社の描写に力が入るところは?)

 大変だけど、5冊の読み比べを続けます。

 おととい比べましたが、扶桑社は「天皇」の称号の由来について詳しく書いていましたね。2001年版では近年の歴史の学説に従い、天武天皇(在位673~686)の時に「天皇」号が成立したと書いていたのに、今回の改訂版で、わざわざ間違って608年(3回目の遣隋使の手紙)まで戻ってしまったのでした。不思議なことをするのですね。

 もう一つ。「歴史の言葉・中国の『皇帝』と日本の『天皇』」というコラムに、「『皇帝』という君主の称号は」「中国の歴代の王朝で使われた。周辺諸国は、皇帝から『王』の称号をあたえられることで、皇帝に服属した。日本も、かつて、『王』の称号を受けていたが、それをみずから『天皇』に変えた」「中国ではしばしば革命がおこり、王朝が交代した。それに対し、天皇の地位は、皇室の血すじにもとづいて、代々受けつがれた。皇帝は権力を一手ににぎっていたが、日本の天皇は、歴史上、権力からはなれている期間のほうが長かった。政治の実力者は時代によってかわったが、天皇にとってかわったものはいなかった。日本では、革命や王朝交代はおこらなかった」と書いています。

 なるほど。鎌倉幕府とか江戸幕府とかはあくまでも「政治の実力者」であって、その間も「万世一系」の「天皇」は代々引き継がれて京都にひきこもっていらしたのですものね。日本の天皇制というのはつくづく奥が深いのだ。でも他社でこんなことを書いている教科書はありません。

 さて、扶桑社が他社にないことをいろいろ書いている聖徳太子にこだわっていると、いつまでたっても先に進まないので、このへんで「大化の改新」に移ります。それぞれどんな表現をしているでしょうか?

 まず帝国書院。隋のことは「遣隋使」以外何も書いていません。

 「東アジアの変化とヤマト王権」の「東アジアの変化と大化の改新」のところに、「7世紀はじめ、中国では唐が大帝国を築き」、「朝鮮半島にも勢力を伸ばしました。このような情勢を受けて、倭国も国力を強めようとしました。聖徳太子の死後、蘇我氏の力がいっそう強くなったことに危機感をもった中大兄皇子(のちの天智天皇)は中臣鎌足(のち藤原鎌足)らとはかり、645年、蘇我氏をほろぼしました。そして中国にならった国づくりをめざして改革に着手しましたが(大化の改新)、その実現には、まだ時間が必要でした」(「改新」の中身は 何も書いていません)

 大阪書籍。「3.日本の古代国家の形成」の中の「中国・朝鮮の統一」に隋、唐のことや朝鮮のことが他社に比べ、詳しく書いてあります(1ページと3行使っています)。

 「大化の改新」のところに、「隋に代わった強大な唐に対しては、日本は、唐の制度の優れたところをとり入れて、唐に対抗する国力を高めようとしました。そこで遣唐使を送って国交を結ぶとともに、隋の時代から留学していた人々を帰国させ、唐の制度をもとに国づくりを実現しようとしました。唐にならって天皇家が主導権をもつ国家をつくるため、645年、中大兄皇子や中臣鎌足(のちの藤原鎌足)は蘇我氏をたおして政権をにぎりました」とあります。(以下「改新」の中身の記述は清水書院とほぼ同じ)

 日本書籍新社。「3.古代国家のあゆみ」の「蘇我氏と厩戸皇子が政治をおこなう」の初めに、「隋・唐の中国統一」があり、「中国では、7世紀はじめに隋にかわって唐が中国を統一し、強大な帝国を作った」と書いています。

 「大化の改新」のところには、「厩戸皇子(聖徳太子)の没後、蘇我氏の勢力はさらに強くなり、ほかの豪族も蘇我氏をおそれた。また、強大な帝国となった唐が朝鮮半島の諸国や日本に大きな影響をおよぼしはじめた。そこで、中大兄皇子や中臣(藤原)鎌足は、645年に蘇我入鹿とその父蝦夷をたおし、権力を集中する政治改革をおこなった」とあります。(以下は清水書院とほぼ同じ)

 清水書院。「3.律令国家の形成」の「聖徳太子の政治と大化の改新」の初めに「隋と唐の登場」があり、7世紀はじめに隋が唐に代わり、「周囲に領土を拡大して大帝国を築き(「世界をみる3」「8世紀の世界」に 、2ページを使って唐とイスラム帝国などについて説明しています)」~。「こうした強大国の出現は、朝鮮や日本など周辺諸国に大きな不安を与えた」とあります。

 「大化の改新」については、「(聖徳)太子の死後、蘇我氏がさらに強大になり、政治を支配するようになると、645年、中大兄皇子と中臣(のち藤原)鎌足が中心となって、蘇我氏を倒した。これは、強大な唐や朝鮮の動きに対抗して、日本でも天皇が直接政治をおこなうしくみをつくり、国力の強化をめざしたものである。そして、唐から帰国した留学生たちの最新の知識を生かして、新しい政治のしくみを考えはじめた。その方針は、天皇一族や豪族の土地と人民を国家のものとし(公地公民)、地方支配のしくみをあらため、人民に一定期間土地を分け、新しい税をとることであった。また、中国にならってはじめて年号を定め、「大化」とした。これら一連の改革を大化の改新という」 とてもわかりやすいです。

 扶桑社を読んでいきます。「10.大化の改新」の最初の「7世紀のアジア」には、「7世紀の中ごろになると、国力をつけた唐は、対立する高句麗を攻撃した。朝鮮半島の3国に緊張が走り、日本も危機に備えて国家の体制を強化しなければならなくなった」 とあります。他社に比べ、「物語」調ですね。

 次、「蘇我氏の横暴」 「ところが、聖徳太子が亡くなったのち、蘇我氏の一族が横暴をきわめるようになった。蘇我馬子の子の蝦夷は、天皇のようにふるまい、自分の息子をすべて王子とよばせた。蝦夷の子の入鹿も、聖徳太子の長男の山背大兄王をはじめ、大使の一族を一人残らず死に追いやった」。この後も蘇我氏が滅亡するまでを長く物語調で説明しています。「大化の改新」と合わせて22行。他社は6行から12行です。
扶桑社はどうも、こういう「誰かが誰かを倒す」というところになると描写に力が入り、物語調になるようです。蘇我氏の滅亡についてはすでに他社より10行以上多いのに、、さらに「歴史の名場面」として「蘇我氏の滅亡」の物語を詳しく載せています。これって何ていう古文書に書いてあるのかな。出典を知りたいです。この中にある「蘇我入鹿、斬られる」という絵には十二単の女性がいるのだけれど、十二単って確か平安時代じゃなかったっけ? この時代にもあったんですかね?

 あと気がつくのは、「大化元年」について、「東アジアで、中国の王朝が定めたものとは異なる、独自の年号を定めて使用し続けた国は日本だけだった」。「大化の改新」について、「天皇と臣下の区別を明らかにして、日本独自の国家の秩序を打ち立てようとしたものだった」。他社はどれもこんなことは言っていません。

 今でも「平成」って使ってますよね。わお、これって「大化」からつながってたのか。今、初めて知った。(←これは間違いでした。教育出版に「年号(元号)が継続して用いられるようになるのは、大宝律令が制定された701年からである」という明確な記述がありました)

 でもすっごい不便。私はいつも、役所の文書などにもともと書いてある「平成」を消して、西暦で書いています。だって、役所の文書でくらいしか使わない「平成」何年なんて覚えられないし(覚える気がないからですが)、「昭和」とごっちゃになると計算があまりに大変なんですよ!(母は自分の誕生年を「昭和」でしか覚えておらず、ぼけ始めて自分の年齢がわからなくなり、今が「昭和」何年かを計算し、そこから誕生年を引いてやっと自分の年齢がわかる)

 「平成」は世界に通用せず、役所だって世界に発信する時は必ず西暦を使っていますよね。このことって「つくる会」の自国中心の独善主義を象徴していませんか? 日本国内でしか通用しない「平成」なんかにこだわるってすっごく幼稚。第一、「つくる会」の立場に立ってあげたとしても、「平成」にこだわったって「天皇」を崇拝する人が増えるわけでもなんでもない。

 そういえば今日の区議会の松浦芳子区議の質問もおかしかった。南京大虐殺(とは言ってなかったけど)で殺された中国人の数が20万じゃなくてたしか5万だとか言ってた。これっていろいろ散らかして「片付けなさい」と叱られた小学校低学年の子どもが「オレ、これしかやってない。後は何々ちゃんだ」とか弁解するのと同じレベルじゃない? だいたい加害者が弁解がましくこんなこと言うなんて仁義にもとる。

 松浦区議は最後には「南京事件は本当にあったかどうかもわからない」と言っていました。そして最後の最後には「南京事件はなかった」と断言していました。だったらなぜ犠牲者は20万じゃなくて5万だったとか言うのかな?

 第一、殺したということは人数の問題じゃない。何百万人でもたったひとりでも、殺せば同じこと。だってその「たったひとり」は誰かにとっては「その人がすべて」なのだから。
 
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by lumokurago | 2011-07-06 13:20 | 中学校歴史教科書8冊の読み比べ

玄海原発再稼働に関する抗議および申し入れ

 長崎大学の講師、土居智典さんが「玄海原発再稼動に関する抗議および申し入れ書」を佐賀県知事・および佐賀県議会議員に提出します。土居さんは、全国から「申し入れ連名者」を募集されています。申し入れ書の内容に賛同される方は、ぜひ、連名者になってください。

*****

6月26日に、佐賀県知事宛に、玄海原発再稼働に向けての「説明会」のやり方に抗議を申し入れ、以下の二点を要求しました。


① 県知事・経産省の原子力政策担当者・九州電力の関係部局担当者出席の上での地元住民主催の説明会の開催に協力すること。 

② 九州ブロックの知事・原発近隣市町村長と協議、および理解を得る形で原発に関する政策を議論すること。

(全文はこちら。html版:http://www.tomodoi.sakura.ne.jp/genpatsu/20110626saga.html  word版:http://tomodoi.sakura.ne.jp/genpatsu/furukawa01.doc )


 現時点に至るまで回答はない上、海江田通産省との会談の内容や、県議会でのやりとりを見ると、全て受け入れるつもりはないようです。

 そこで、知事が玄海原発再稼働を最終判断すると見られる11日まで日がないことから、回答を待たずに、次なる抗議文の提出を行いたいと思います。


 今回も、広く申し入れ連名者を募集します。

 連名者には、街頭で行われる署名などと違って、文書の提出行動を共有するだけでなく、知事・および県議からの回答も、一味同心の執筆者として共有する仲間になってもらいたいと思います。

 ですので、連名される方は、必ず抗議文に目を通して頂き、納得の上で連名に賛同の連絡を頂きたいと思います。


(抗議文全文のブログ版:http://ameblo.jp/tomodoi/entry-10941780870.html  
word版:http://tomodoi.sakura.ne.jp/genpatsu/furukawa02.doc

 要求の要旨は以下の4点です。
① 玄海2号機3号機の再稼働容認撤回。
② 玄海1号機の定期点検後の再稼働拒否。
③ 県知事・経産省の原子力政策担当者・九州電力の関係部局担当者出席の上での地元住民主催の説明会の開催に協力すること。
④ 九州ブロックの知事・原発近隣市町村長と協議、および理解を得る形で原発に関する政策を議論すること。

 なお、今回は連名賛同人が殺到することに備えて、申し込み専用のアドレスを用意しました。私が普段使っているアドレスに大量のメールが殺到すると、通常の連絡業務が困難になりますので、必ず下記のアドレスの方に申し込みのメールを下さい。

saga@tomodoi.sakura.ne.jp


注意

①前回は、賛同人記入の欄に、「在住県」だけしか設けていませんでしたが、今回は「住所」をお願いします。住所を書くのがどうしても不都合な場合は、お住まいの都道府県名とメールアドレスをお書き下さい。必ず、知事からのリアクションを共有できる連絡先を頂きたいと思います。もちろん、頂いた個人情報は、抗議申し入れ以外の用途には用いません。

②必ず実名でお願いします。

③前回、団体名で申し込まれた方がおられましたが、今回は個人名にしぼりたいと思います。

④連名者の募集は7月7日24時までにしたいと思います。7月8日に提出予定です。

⑤本記事のコピー・拡散大歓迎です。どんどん拡散お願いします。


もとはこちらです。
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by lumokurago | 2011-07-05 18:05 | 原発

『福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う』(その2/2)

独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター 
院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●内部被ばくの問題
白血病や悪性リンパ腫などの血液がんの治療過程において、(同種)骨髄移植の前処置として全身照射が行われているが、その線量は12Gy/6分割/3日である。しかしこの線量で死亡することはない。全身被ばくの急性放射線障害は原爆のデータから、致死線量7Sv、半数致死線量4Sv、死亡率ゼロの『しきい値』線量1Svの線量死亡率曲線を導き出し、米国防総省・原子力委員会の公的見解としている。しかしがん治療で行われる全身照射12Gy(Sv)では死亡しない。また医療用注射器の滅菌には20,000Gy(=Sv)、ジャガイモの発芽防止には150Gy(=Sv)照射されている。こうしたX線やγ線の光子線照射では放射線が残留することはない。

しかしα線やβ線は粒子線であり、飛程は短いが身体に取り込まれて放射線を出し続ける。人体に取り込まれた放射性物質からの内部被ばくでは、核種により生物学的半減期は異なるが、長期にわたる継続的・連続的な被ばくとなり、人体への影響はより強いものとなる。このため、被ばく時当初の放射線量 (initial dose)は同じでも人体への影響は異なると考えるべきであり、早急に預託実効線量の把握に努めるべきである。

したがってパニックを避けるためにCT撮影では6.9mSvであるなどと比較して語るのは厳密に言えば適切な比較ではない。画像診断や放射線治療では患者に利益をもたらすものであり、また被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。内部被ばくを伴う放射性物質からの全身被ばくとは全く異なるものであり、線量を比較すること自体が間違いなのである。

臨床では多発性骨転移の治療としてβ線核種のSr-89(メタストロン注)が使用されているが、1バイアル容量141 MBqを健康成人男子に投与した場合の実効線量は437mSvであるが、最終的な累積吸収線量は23Gy~30Gy(Sv)に相当する。一過性に放射線を浴びる外部被ばくと、放射線物質が体表面に付着したり、呼吸や食物から吸収されて体内で放射線を出し続ける内部被ばくの影響を投与時の線量が同じでも人体への影響も同等と考えるべきではないのである。

現在の20mSv問題は、より人体影響の強い内部被ばくを考慮しないで論じられており、飛散した放射性物質の呼吸系への取り込みや、地産地消を原則とした食物による内部被ばくは全く考慮されていないのである。通常の場合は、内部被ばくは全被ばく量の1~2%と言われているが、現在の被ばく環境は全く別であり、内部被ばくのウエイトは非常に高く、人体への影響は数倍あると考えるべきである。早急にホールボディカウンタによる内部被ばく線量の把握を行い、空間線量率で予測される外部被ばく線量に加算して総被ばく線量を把握すべきである。全員の測定は無理であるから、ランダムに抽出して平均的な内部被ばく線量の把握が必要である。また排泄物や髪毛などのバイオアッセイによる内部被ばく線量の測定も考慮すべきである。
現在の状況は、自分たちが作成した『緊急時被ばく医療マニュアル』さえ守られていないのである。

さらに飲食物に関する規制値(暫定値)の年間線量限度を放射性ヨウ素では50mSv/年、放射性セシウムでは 5mSv/年に緩和し、しかも従来の出荷時の測定値ではなく、食する状態での規制値とした。呆れたご都合主義の後出しジャンケンである。これではますます内部被ばくは増加する。ちなみにほうれん草の暫定規制値は放射性ヨウ素では2000Bq/kg、放射性セシウムでは500Bq/kgとなったが、小出裕章氏によると、よく水洗いすれば2割削減され、茹でて4割削減され、口に入る時は出荷時の約4割になるという。しかし、調理により人体への摂取は少なくなるとは言え、汚染水が下水に流れていくことにより、環境汚染がすすむことは避けられない。生体に取り込まれた放射線は排泄もされるため生物学的半減期や実効半減期があるが、元素の崩壊により発生した放射線は物理的半減期の時間のルールでしか減らないのである。
現在、膨大な量の汚染水を貯蔵しているが、これも限界があり、長期的には地下や川や海へ流れることになるため、日本人は土壌汚染と海洋汚染により、内部被ばく線量の増加を覚悟する必要がある。

●今後の対応について
現在、医療従事者の約44万人が個人線量計(ガラスバッジ)を使用しているというが、千代田テクノル社の24万4千人の平成21年度の個人線量当量の集計報告では、一人平均年間被ばく実効線量は0.21mSvである。そして検出限界未満(50μSv)の人は全体の81.5%であり、年間1mSv以下の人は 94.5%である。ガラスバッジの生産に数カ月要するとしたら、1mSv以下の23万人分の線量計を一時的に借用して、原発周辺の子供や妊婦や妊娠可能な若い女性に配布すべきである。移住させずにこのまま生活を継続させるのであれば、塵状・ガス状の放射性物質からの被ばく線量は気象条件・風向き・地形条件だけでなく、個々人の生活パターンにより大きく異なるため、個人線量計を持たせて実側による健康管理が必要である。それは将来に向けた貴重な医学データの集積にもつながり、また発がんや先天性異常が生じて訴訟になった場合の基礎資料ともなる。当然、ランダム抽出によりできるだけ多くの人の内部被ばく線量の測定も行い、地域住民の集団予測線量も把握すべきである。

低線量被ばくの健康被害のデータは乏しく、定説と言い切れる結論はないが、『わからないから安全だ』ではなく、『わからないから危険だ』として対応すべきなのである。
また環境モニタリング値を住民がリアルタイムで知ることができるような掲示を行い、自分で被ばく量の軽減に努力できる情報提供が必要である。また測定点はフォールアウトし地面を汚染しているセシウムからの放射線を考慮して地面直上、地上から30~50cm(子供)用、1m(大人用)の高さで統一し、生殖器レベルでの空間線量率を把握すべきである。

土壌汚染に関しては、文科省は校庭利用の線量基準を、毎時 3.8μSvとしたが、この値も早急に低減させる努力が必要である。そもそもこの値は、ガラスバッジを使用している放射線業務従事者の年間平均被ばく量の約100倍、妊娠判明から出産までの期間の妊婦の限度値2mSvの10倍であり、見識のある数値とは言えない。
学校の校庭の土壤の入れ替え作業も一つの対策だが、24時間の生活の中で被ばく低減の効果には限界がある。

1990年のICRP勧告が日本の法律に取り入れられたのは2001年であり、11年も世界の流れに遅れて対応する国なので、多少のデタラメさは承知しているが、法治国家の一国民として為政者の見識なき御都合主義には付き合いきれない。

最後に、私の本音は移住させるべきと考えている。原発事故の収拾に全く目途が無い状態では長期化することは必至であり、避難所暮らしも限界がある。このままでは年金受給者と生活保護者も増え、汚染された田畑や草原では農産物も作れず畜産業も成り立たない。放射線の影響を受けやすい小児や子供だけが疎開すればよいという事ではない。住民の経済活動そのものが成り立たない可能性が高いのである。

また放射性ストロンチウムの濃度は日本では放射性セシウムの一割と想定しているため除外され、核種の種類に関する情報も欠如している。ストロンチウム -89の半減期は50.5日だが、ストロンチウム-90の半減期は28.7年である。成長期の子供の骨に取り込まれ深刻な骨の成長障害の原因ともなる。

メンタルケアの問題も、毎日悪夢のような事態を思い出す土地で放射能の不安を抱えながら生活するよりは、新天地で生活するほうが精神衛生は良い。移住を回避するという前提での理由づけは幾らでもできるが、健康被害を回避することを最優先にすべきである。5月26日の新聞では土壌汚染の程度はチェルノブイリ並みであると報じられたが、半減期8日のヨウ素が多かったチェルノブイリ事故と異なり、半減期30年でエネルギーも高いセシウム-137が多い福島原発事故はより深刻と考えている。

政府は土地・家屋を買い上げ、まとまった補償金・支援金を支給して新天地での人生を支援すべきである。先祖代々住んでいた土地への執着も考慮して、住める環境になった時期には、優先的に買い上げた人達に安価で返還するという条件を提示すれば、住民も納得する。
また、70~80歳を過ぎた老夫婦が多少の被ばくを受けても「終の棲家」として原発周辺で住むのも認めるべきである。老人の転居はむしろ身体的にも精神的にも健康を害するからである。お上のすべきことは正確な情報を公開し、住民に選択権を与え、支援することである。

今までの政府・東電の対応を見れば、馬鹿かお人好し以外の国民は「絵に描いた餅の行程表」など誰も信用していない。将来、発がん者の多発や奇形児が生まれたりして集団訴訟となる事態を回避するためにも、政府は多額の持ち出しを覚悟すべきである。長い眼で見れば健康で労働できる人を確保することが、国としての持ち出しは少なくなるのである。なお今後の復興計画の策定に当たっては、高齢社会の医療・介護の問題も考慮して医療関係者も参画した地域再生計画が望まれる。

●これを機に、ラディカルに考えよう
今回の地震・津波・原発事故は日本社会のあり方に問題を提起した。医療の場面でもここ数年の医療崩壊とも言える事態は社会崩壊の一部であるという認識に立って対応する必要があるが、そうした視点でなお議論され対策が行われていない。

原子力利用による電力確保は国策民営として勧められ、地域住民には多額の原発交付金を与え懐柔してきた。こうした、札束で人心を動かす手法で、54基の原発を持つ原発大国となった。約30%の電力を原子力発電で賄い、今後50%までその比率を上げようとしていた矢先の事故により原子力行政は根本から見直しを迫られている。そもそも原子力を含めたエネルギー政策が真剣に日本で議論されたことはない。政官業学の原子力村の人達は目先の利益で結びつき、「原発の安全神話」を作り上げ、また不都合な真実の隠蔽を繰り返してきた。それどころか、使用済みウランの処理の問題も絡んで、一度事故が起こればより深刻な事態となるMOX燃料を使用した原発まで稼働させている。 
 
しかし原子力発電の廃炉後の管理や使用済み燃料の保管や事故が起こった場合の補償まで視野に入れた場合、コスト的にも原発が優位性を持つものではないことが明らかになった。しかしIT社会や電気自動車の普及など今後の電力需要は増すばかりであり、節電だけでは対応できないことも事実である。脱原発の方向でソフトランディングする施策を根本的に議論すべきであろう。米国も1979年のスリーマイル島事故以来、新たな原発は稼働させていない。

がん医療においても治療成績やQOLの向上ばかりではなく、国民の死生観の共有の議論を通じて、効果費用分析の視点を導入して、高齢社会を迎えて枯渇する年金や医療費の問題も議論されるべきである。診療報酬の配分の議論だけではなく、根本的に考え直すべきである。再生医療も臨床応用の段階となってきたが、生殖医療がそうであったように医学的な問題や技術的な課題だけが議論されて、「命」とは、「生きる」とは、といった「生命倫理」の哲学的な問題は回避されたまま医学技術だけが独り歩きしている。このままでは原発事故と同様に日本は自然の摂理から取り返しのつかない逆襲を受けるような予感を持つこの頃である。この大震災を期に色々な課題に対してラディカルに考え直す機会としたいものである。我々医療従事者も改めて、放射線利用の原則である、正当性・最適化・線量限度に心掛け診療すべきである。

こうした原子力災害を機に、閣議決定や総理大臣の思いつきでも結構であるから、『がんの時代』を迎えた緊急事態として、(1)放射線治療学講座の設置による放射線治療医の育成と、(2)医学物理士の国家資格化と雇用の義務付け、などを発言して頂ければ私の心も少しは治まるかもしれない。    

2011年6月5日 記
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by lumokurago | 2011-07-05 10:06 | 原発

小出さんが毎日新聞に!

特集ワイド:研究の前線で反原発 住民支える「異端」--京大原子炉実験所・小出助教

 内容はすでにみなさん御存じだと思うので、無断転載はしません。リンクが切れるまえにお読みください。
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by lumokurago | 2011-07-04 20:09 | 原発

『福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う』(その1/2)

独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター 
院長(放射線治療科) 西尾正道 (注:「『がんと闘うな』論争集」で近藤誠医師と対談しています)
2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●はじめに
2011年3月11日は日本の歴史上で忘れられない日付となった。大地震とそれによる津波被害だけでも未曾有の事態であるが、福島原子力発電所の全電源喪失による事態により原発の「安全神話」は崩壊し、今なお震災復興や事故対策の目途が立たない状況が続いている。関係者は全力で対応しているが、情報開示不足や指揮の不手際や事故収拾に向けた不適切な対応もあり、今後の健康被害が憂慮されている。

原発事故による放射性物質の飛散が続く中、地域住民は通常のバックグランド以上の被ばくを余儀なくされて生活している。私は事故直後に風評被害を避けるために、3月14日に『緊急被ばくの事態への対応は冷静に』と題する雑文を短期収束を前提に書いて配信させて頂いた。しかし事故の全容が明らかになり、放射性物質の飛散が長期的に続くとなれば、全く別の対応が必要となる。6月5日現在の情報をもと、原発事故を通して見えてきた【放射線】を取り巻く社会的対応や健康被害についてに私見を述べる。

●原発事故で判明した「放射線」に関する社会の無理解
原爆被ばく国であり本来は最も「放射線」に対して知識を持っているはずの日本人の原発事故への対応は、なお混迷している。
事実の隠蔽と会社存続に固辞して画策する東京電力、文系技官が中心で正確な知識を持ち合わせていない行政、指導力と緊張感を欠如した政府首脳、政争の具に利用しようとする政治家達、今まで原発の安全神話を作り上げてきた御用学者や業界人、こうした原子力村の人々の姿を見れば、日本に明るい未来を感じることはできない。なんとも悲しい現実である。

多くの報道機関からも取材を受けたが、社会部などの担当者の知識が乏しいため、5分でおわる電話取材でも30分となる。これでは詳細な情報や真実は国民には伝わらない。本当の使命は真実を伝えることなのだが、パニックとなりかねないことは決して報道しないジャーナリストや報道機関。本当にこれでいいのだろうか。しかし現実の超深刻な原発事故の収拾には、多くの犠牲を払っても実現しなければならない。

●作業員に対する被ばく対応の問題
この2カ月余りの経過を報道で知る限り、住民や原発事故の収拾に携わる作業員の健康被害について極めて問題がある。事故発生後、早々と作業員の緊急時被ばく線量の年間限度値を100mSvから250mSvに上げたが、この姿勢はご都合主義そのものである。250mSvは遺伝的影響は別として、臨床症状は呈しないと言われる線量である。「ただちに健康被害は出ない」上限値である。しかし作業員の健康被害を考慮すれば、やはり法律を順守した対応が求められる。そのための法律なのである。

また作業員への衣食住の環境は極めて劣悪であり、人間扱いとは思えない。誰が被ばく管理や健康管理を担当して指揮しているのか、そのデタラメさは目に余るものがある。
自衛隊ヘリによる最初の注水活動「バケツ作戦」では、被ばくを避けるために遮蔽板をつけ、飛行しながら散水した。遮蔽板を付けるくらいならばその分、水を運んだほうがましであり、最適な位置に留まって注水すべきなのである。この論理でいえば我々は宇宙から注ぐ放射線を避けるために頭には鉛のヘルメットをかぶり、地面からのラドンガスを避けるために靴底にも遮蔽板を付けて、常に動きながら生活することとなる。

医療で部位を定めて照射する直接線(束)からの防護と、空間に飛散した放射性物質からの防護の違いを理解していない。必死の覚悟で作業している自衛隊員が気の毒であった。
また、白い独特の服装を防護服と称して着用させて、除染もしないで着のみ着のままで就寝させている光景は異常である。放射線に対する防護服などはない。安全神話の一つとして、ヨード剤を放射線防護剤と称して、あたかも放射線を防護できるような言葉を使用してきたが、防護服も同様な意味で名称詐欺である。着用すれば、塵状・ガス状の放射性物質が直接皮膚に接触しないだけであり、防護している訳ではない。防護服を着たまま寝るよりは、通常の衣服を厚めに来て皮膚面を覆うことが重要であり、毎日新しいものに着替えたほうがよほど被ばく線量は少なくなる。放射線防護の基本的なイロハも理解していない対応である。また通常は13,000cpm(4000Bq/m2)以上を除染対象としていたが、入浴もできない環境下で、いつのまにか除染基準を100,000cpmとした。13,000cpmの基準では全員が除染対象となるからであろう。作業当日の被ばくからの回復には高栄養と安静が最も重要なことであるが、プライバシーも無い体育館のような免震重要棟に閉じ込めておくのは、逃げられないためなのであろうかと疑いたくない。30分もバスで走れば、観光客が激減して空いているホテルで静養できるはずである。

被ばく線量のチェックでは、ポケツト線量計も持たせず、またアラームが鳴らない故障した線量計を渡すなど、下請・孫請け作業員の無知に付け込んだ信じられない東電の対応である。さらに作業中のみ線量計は持たされても、それ以外は個人線量計も持たせていないのは論外である。寝食している場所も決して正常範囲の空間線量率の場所ではないのである。被ばく線量を過小評価してできるだけ働かそうという意図が見え見えである。また放射性物質が飛散した環境下では最も重要な内部被ばくもホールボディカウンタで把握し加算すべきである。これでもガンマー線の把握だけなのである。

原発周辺の作業地域は中性子線もあるであろうし、プルトニウムからのアルファ線もストロンチウムからのベータ線も出ているであろう。線質の違いにより測定する計測器や測定方法が異なるため、煩雑で手間暇がかかるとしても内部被ばくの把握は最も重要なことである。インターネット上の作業員の証言では通常よりは2桁内部被ばく線量も多くなっているという。このような対応の改善が無ければ、まさに「静かなる殺人」行為が行われていると言わざるを得ない。

5月24日には1~3号機の全てで原発がメルトダウン(炉心溶融)の状態であることが発表されたが、ガンマー線のエネルギーを調べればコバルト-60も放出されていたはずである。ウランの崩壊系列からは出ないコバルト-60の検出は、燃料ペレットの被覆管の金属からの放出であり、メルトダウンしていることは想像できたことである。

今後は膨大なマンパワーで被ばくを分散して収拾するしかない。そのためには多くの作業員を雇用して、原発建屋や配管などの詳細な設計図や作業工程を熟知させて作業に当たる必要がある。しかしその準備の気配もない。現在は5千人前後の人達が原発の収拾に携わっているらしいが、作業員の線量限度を守るとすれば、百倍、千倍の作業員が必要となる可能性がある。不謹慎であるが、低迷する日本経済の中で、皮肉にも被ばくを代償とした超大型雇用対策となった。

3号機はMOX燃料であり、ガンマー線の20倍も強い毒性を持つα線を出す半減期2万4000年のプルトニウム-239も出ている作業環境である。ガンマー線の測定だけでは作業員の健康被害は拡大する心配がある。揮発性の高い核種であるセシウムやヨウ素は遠くまで飛散するが、事故現場周辺はウランや中性子線もあるであろうし、被覆材からのコバルト-60も出ている。6月4日の報道では1号機周囲で4千mSv/hが測定されており、人間が近づける場所ではなくなっている。

作業員に対して事前に造血幹細胞採取を行い、骨髄死の可能性を極力避ける工夫も提案されたが、原子力安全委員会や日本学術会議からは不要との見解が出され、事の深刻さを理解していないようだ。

また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガルダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸鉄(Ⅲ)水和物)を緊急輸入し無償で提供した。この経口薬はセシウム-137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進することにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なければ問題としない墓石行政、墓石対応となる。

●地域住民に対する対応の問題
地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。高額な研究費を費やしたとされるSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ばく者を出した。SPEEDIの情報は23日に公開されたが、時すでに遅しである。公開できないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しなかったとしか考えられない。郡山市の医院では、未使用のX線フィルムが感光したという話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとしたら、半減期8日のヨウ素からの放射能が減ってから23日に公開したものと推測できる。

菅首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされる。

「がんばろう、日本 !」と百万回叫ぶより、真実を一度話すことが重要なのである。3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。
後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確かである。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。
そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。

日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20 mSv~100 mSv/年を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1 mSv-20 mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の対応である。

この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間 20mSv」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。

政府をはじめ有識者の一部は100 mSv以下の低線量被ばく線量では発がんのデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発がんリスクのデータが報告されている。

広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100mSv以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。
また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4mSv)の追跡調査でも、がん死した人の1~2%は放射線が原因と報告している3)。
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-Ⅶ(Biological Effects of Ionizing Radiation-Ⅶ、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告, 2008)では、5年間で100mSvの低線量被曝でも約1%の人が放射線に起因するがんになるとし、「しきい値なしの直線モデル」【 (LNT(linear non-threshold)仮説 】 は妥当であり、発がんリスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関する現状の国際的なコンセンサスとなっている。

さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーは ECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰がん患者数を予測している。原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人 (半数は10年以内に発病)、原発から100Km~200Kmの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島 200km 圏内汚染地域で417,000人のがん発症を予測している。しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分ながん発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。

また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー4)では1986年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊 "Chernobyl : Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告している IAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。

(その2/2に続く)

文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.
(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb Survivors;1958-1998. Radiation Res.168:1-64,2007.
(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.
(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/
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by lumokurago | 2011-07-04 10:13 | 原発

新顔の撮影成功

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 ニャーちゃんたちが部屋のなかに入って食べているところをどこかから見て学習したのでしょう。猫は集まる。このあいだまで見るだけで逃げていたので、パソコンのかげからそっと写しました。
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by lumokurago | 2011-07-03 20:13 | ねこと鳥 (cats&birds)

日刊ゲンダイ記事 その3

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 私に関する話題はこれで終わりです。
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by lumokurago | 2011-07-03 18:09 | Dr.K関連記事

その日のあとで~フクシマとチェルノブイリの今



 お勧めです。4まであります。
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by lumokurago | 2011-07-03 09:54 | 原発

野良猫は野良が幸せ

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 ニャーちゃん、がつがつ。

 今日、獣医さんに野良猫はどうやったらなつくかと聞いたところ、「野良猫は野良で生きるのが幸せ。生後5ヵ月を過ぎてしまうとなつかない」と言われました。小笠原でカツオドリやアカガシラカラスバトを襲う野ネコはどうしても馴らす必要がありますが、この近くの野良猫は野良猫として幸せに生きているのです。

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 これはターちゃんです。うちではターちゃんが来なくなったとさびしがっていますが、以前エサをあげていた家では「戻ってきた」と喜んでいるに違いありません。野良猫とも一期一会のご縁ですね。
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by lumokurago | 2011-07-02 18:47 | ねこと鳥 (cats&birds)

内海さんの写真より

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 ルドベキアとベニシジミ
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by lumokurago | 2011-07-01 17:00 | 花 ・樹(flowers&trees)