暗川  


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いちど視たもの 茨木のり子

 いちど視たもの ――1955年8月15日のために――   茨木のり子


 いちど視たものを忘れないでいよう

 パリの女はくされていて
 凱旋門をくぐったドイツの兵士に
 ミモザの花 すみれの花を
 雨とふらせたのです・・・
 小学校の校庭で
 わたしたちは習ったけれど
 快晴の日に視たものは
 強かったパリの魂!

 いちど視たものを忘れないでいよう

 支那はおおよそつまらない
 教師は大胆に東洋史をまたいで過ぎた
 霞む大地 霞む大河
 ばかな民族がうごめいていると
 海の異様にうねる日に
 わたしたちの視たものは
 廻り舞台の鮮やかさで
 あらわれてきた中国の姿!

 いちど視たものを忘れないでいよう

 日本の女は海のりりしさ
 恥のためには舌をも噛むと
 蓋をあければ失せていた古墳の冠
 ああ かつてそんなものもあったろうか
 戦おわってある時
 東北の納付が英国の捕虜たちに
 やさしかったことが ふっと
 明るみに出たりした

 すべては動くものであり
 すべては深い翳をもち
 なにひとつ信じてしまってはならない
 のであり
 がらくたの中におそるべきカラットの
 宝石が埋れ
 歴史は視るに値するなにものかであった
 
 夏草しげる焼跡にしゃがみ
 若かったわたくしは
 ひとつの眼球をひろった
 遠近法の測定たしかな
 つめたく さわやかな!
 たったひとつの獲得品
 日とともに悟る
 この武器はすばらしく高価についた武器

 舌なめずりして私は生きよう!
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by lumokurago | 2011-08-31 18:22 | 平和

反ひのきみの詩

旗(二) 栗原貞子


日の丸の赤は じんみんの血
白地の白は じんみんの骨
いくさのたびに
骨と血の旗を押し立てて
他国のこどもまで
血を流させ 骨にした

いくさが終わると
平和の旗になり
オリンピックにも
アジア大会にも
高く掲げられ
競技に優勝するたびに
君が代が吹奏される
千万の血を吸い
千万の骨をさらした
犯罪の旗が
おくめんもなくひるがえっている
「君が代は千代に八千代に
 苔のむすまで」と
そのためにじんみんは血を流し
骨をさらさねばならなかった
今もまだ還って来ない骨たちが
アジアの野や山にさらされている

けれども もうみんな忘れて
しまったのだろうか
中国の万人坑[まんにんこう]の骨たちのことも
南の島にさらされている
骨たちのことも
大豆粕[かす]や 蝗[いなご]をたべ
芋の葉っぱをたべてひもじかったことも
母さん別れて集団疎開で
シラミを涌かしたことも
空襲警報の暗い夜
防空壕で 家族がじっと息を
ひそめていたことも
三十万の人間が
閃光に灼かれて死んだことも
もうみんな忘れてしまったのだろうか
毎晩 テレビ番組が終わったあと
君が代が伴奏され
いつまでも いつまでも
ひるがえる 血と骨の旗

じんみんの一日は
日の丸で括めくくられるのだ
市役所の屋上や
学校の運動場にもひるがえり
平和公園の慰霊碑の空にも
なにごともなかったように
ひるがえっている

日の丸の赤は じんみんの血
白地の白は じんみんの骨
日本人は忘れても
アジアの人々は忘れはしない

*****

鄙(ひな)ぶりの唄
       茨木のり子

 それぞれの土から
 陽炎のように
 ふっと匂い立った旋律がある
 愛されてひとびとに
 永くうたいつがれてきた民謡がある
 なぜ国家など
 ものものしくうたう必要がありましょう
 おおかたは 侵略の血でよごれ
 腹黒の過去を隠しもちながら
 口を拭って起立して
 直立不動でうたわなければならないか
 聞かなければならないか
      私は立たない 坐っています

 演奏なくてさみしい時は
 民謡こそがふさわしい
 さくらさくら
 草競馬
 アビニョンの橋で
 ヴォルガの舟歌
 アリラン峠
 ブンガワンソロ
 それぞれの山や河が薫りたち
 野に風は渡ってゆくでしょう
 
      ちょいと出ました三角野郎が
 八木節もいいな
 やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
 われらのリズムにぴったしで
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by lumokurago | 2011-08-30 19:28 | 平和

今日の2にゃん

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 2にゃんでよくプロレスしています。兄ちゃんは手加減してあげています。やさしいなあ。顔見ただけで「おっとり」とわかりますね。チビは小さいせいか、プロレスや好きな遊びになると目をらんらんと輝かせ、興奮状態になってしまいます。チビの好きな遊びは新聞紙攻撃です。読んでいるとぼろぼろに・・・。チビに気づかれないように読まなければなりません。ああ・・・。
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 外に興味津津。

 
 こんばんは。今日、兄ちゃんのワクチンに行ってきました。2匹とも超元気であばれまくっています。
 石垣市、与那国町で育鵬社(「つくる会」系)の公民教科書が採択されてしまいました。さすがに歴史は採択できなかったのでしょうが、沖縄も堕落したものです。石垣市長は極右です。
 鎌田實氏が「アハメドくんのいのちのリレー」という本を出したらしいです(朝刊広告)。曰く「父親は撃たれたわが子アハメドの臓器を、撃った国の子どもたちに提供した。『武器を手に戦うことばかりが、戦いではありません」平和な明日を勝ち取るために、息子の臓器をイスラエルの子どもたちに差し出した、パレスチナ人の父親の勇気ある戦い」ですって。
 鎌田さんも魂を売り渡したのですね。(注:Dr.A、Dr.K、私は臓器移植に反対です)。
 渡辺容子 8.26


猫ちゃんたちが元気で嬉しいです。
時々写真を見まして、笑ったりしています。
当院ではまた子猫の餌付け中で、来週捕獲の
予定です。
彼は中東和平にでも乗り出すつもりかな。
イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の絡みは
複雑ですけどね。パレスチナの人は彼の本は
読まないでしょうね。臓器提供が何故戦いなのか。
中庸を尊ぶ彼の考え方がいやらしいのですね。
昔から変わっていないと思います。
沖縄は日本じゃない。琉球なのですけどね。
沖縄を犠牲にして国体護持でしたからね。
皆、当時の悲劇を忘れたのでしょう。
北海道の長万部町のツイッターで、太平洋戦争の
日本の果たした役割を批判したら、偏っていると
非難囂囂閉鎖になったといいます。真実を語ったに過ぎないのに。
(中略)だから、日本はだめなのよ。
客観性が欠如しているので。
網野 8.26


 こんばんは。わー、大変だ。子猫の里親探しの看板をだしたらどうでしょう。
 Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
and no religion too
Imagine all the people living life in peace
 You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be one

 ですが、宗教はなくならないですね。日本人は気楽でいいです。
 沖縄は独立すべきです。先生も同じ意見でしたか。
 ネットウヨクはすごいパワーですね。2005年に「つくる会」教科書のことでブログを炎上させられました。
  「ガダルカナル」を読み始めたのですが、最初からなんでもかんでも考えが甘い。いまと同じですね。
 渡辺容子 8.27


写真ありがとうございました。(注:この記事の写真です)。
すごく幸せそう。
もらわれ先がよかったのね。
当院書斎の猫はまだ、抱くことができません。
ベランダに母猫がいますので、無理かもしれません。
網戸を通してキスをしていますから。
完全に離すのも可哀相と。
根気良く自然に任せましょう。
網野 8.27
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by lumokurago | 2011-08-30 17:54 | ねこと鳥 (cats&birds)

内海さんの写真より

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by lumokurago | 2011-08-29 20:55 | 花 ・樹(flowers&trees)

諫早湾に思う 梅原猛

 殺生の現場は罪の意識忘れた日本人の心の風景か  梅原猛  朝日新聞1998.7.1

 一瞬、私は自分の目を疑った。累々たる貝の死骸が、三千ヘクタール以上という東京でいえば山手線の内側の約半分にあたる見渡す限りの広い地域に横たわっているのである。巨大な貝塚にも見えるが、貝塚というものはもともと貝の墓場であった。生きる糧を与えてくれる貝の恩恵に感謝して、貝の再生を願って古代人が作ったのが貝塚であるが、これはこれは貝の墓場でもない。これはあのギロチンと名づけられた潮受け堤防の閉め切り(昨年4月14日)以来、海水がこなくなって、無残にも殺された大量の貝の殺戮現場なのである。

 ここ長崎県・諫早湾干潟は有明海の子宮とも呼ばれたもっとも豊饒な干潟であったが、生物学者の予測以上にこの海は豊かで、このような大量の貝が生息していたのである。そればギロチンの落下以来、みごとに死の世界に化した。もちろん死んだのは貝のみではない。貝のように屍を残さない無数の水生動物も跡形もなく消えた。それでもムツゴロウやカニなどがわずかに生きながらえているのは、よほど彼らが強靭な生命力をもっているからであろう。

 私は堤防の閉め切り1年を経た干潟の風景を見ながら、あのガス室で折り重なって死んでいる大量の人間の屍の姿を思い出した。これはまさしくナチスのホロコーストに比すべき暴挙である。しかし人間の殺害と動物の殺害は違うという人もあろう。日本人は今でも、少なくとも形式的にはほとんど仏教徒であるが、仏教の第一の戒は殺生戒であった。(中略)

 ここは殺生戒の罪の現場なのである。貝やカニやムツゴロウが殺され、またこの干潟を中継地としている渡り鳥も死ぬにちがいない。しかもその殺害には確たる目的もなく、それを犯した人たちにはまったく罪の意識もない。貝の霊を弔った古代人のあのやさしい魂はどこへいってしまったのか。それでも日本人は仏教徒といえるのであろうか。

 (中略)諫早湾の干潟は生命の豊かな海の湿地帯であり、自然条約に従って厚い保護を加えなければならない。この諫早の海を、莫大な国の予算を使ってのうちに変えようとする計画はまったくの暴挙であるといわざるを得ない。

 (中略)

 私はすべての日本人に勧める。一度諫早湾へ行って、世にも珍しい累積された貝の屍の風景を見てほしい。それはおそらく戦後日本人の心の風景である。宗教も信じず、道徳も重んじず、自分の金儲けのためには平気で殺生をし、何の罪も感じない心の姿である。大人がこのような心であるからには、少年の心が荒れるのは当然である。諫早湾を、長崎の原爆の跡とともに戦後および戦中の暴挙の跡としての死のモニュメントとしたらどうであろう。

 (後略)

*****

 「少年の心が荒れるのは当然である」=荒れるのは少年ばかりではない。大人も同じ=児童虐待が増えるのも当然である。
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by lumokurago | 2011-08-29 17:58 | 社会(society)

八重山教科書問題のその後

 プロテアさんでご覧ください。http://blog.zaq.ne.jp/protea/article/1528/
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by lumokurago | 2011-08-29 16:40 | 沖縄

なぜ沖縄で育鵬社公民教科書?

 沖縄戦でヤマトの犠牲になり、「戦後」も日本国憲法の拉致外で米国の植民地として虐げられ、「復帰」後は米国に加えヤマトの植民地同然の扱いを受けてきたオキナワで、なぜ育鵬社公民教科書を採択してしまったのか? 石垣市中山義隆市長、教科用図書八重山採択地区協議会玉津博克会長らは米国に魂を売ったのか? プロテアさんのおっしゃる通り、なぜ全国紙はこの大変なニュースを記事にしないのか?

 

 [公民教科書選定]推薦ないのに、なぜ? (沖縄タイムス)
2011年8月24日 09時06分


 協議会が選定した公民教科書は、教科に精通した教師ら調査員が推薦したものではなく、「新しい歴史教科書をつくる会」の流れをくむ育鵬社の公民教科書だった。

 十分な説明や議論もないままの突然のルール変更、調査員が推薦していない教科書の選定―。全ては、このためだったのかと結論ありきの感が拭えない。

 石垣、竹富、与那国の3市町の関係者で構成する「教科用図書八重山採択地区協議会」(会長・玉津博克石垣市教育長)が、2012年度から4年間、同地区の中学校で使用する公民の教科書に育鵬社版を賛成多数で選んだ。

 歴史教科書には、八重山で多くの被害を生んだ戦争マラリアに関する記述が唯一ある帝国書院の教科書を賛成多数で選んでいる。

 育鵬社の「新しいみんなの公民」は、どのような内容か。

 日本の安全と防衛について「戦後の日本の平和は、自衛隊の存在とともにアメリカ軍の抑止力に負うところも大きい」と積極的に評価している。一方で、在沖米軍基地に関する表記は欄外で「在日米軍基地の75%が沖縄県に集中しています」とある程度。県民の過重負担や米軍普天間飛行場移設問題などに触れていないところに意図的なものを感じる。

 世界平和への貢献についても、自衛隊の海外派遣の意義を強調し、軍縮へのリーダーシップなど、軍事力に頼らない平和への努力や憲法9条が果たしてきた役割は、ほとんど記述されていない。

 教科書採択の流れは次の通りだ。協議会は3市町教委から諮問を受け選定作業を始める。会長が教科ごとに委嘱・任命した調査員が精査・報告し、協議会は9教科15種目を選定する。その結果を地区教委に答申し、それぞれの教委が最終決定する。

 玉津会長は「しっかりと研究を重ねて、教科書を選定できた」と述べたが、制度を大きく変更した以上、選定会議でどのような意見が交わされたのか、説明責任をきちんと果たすべきだ。

 国境に近く、古くから近隣の国々と交流を重ね、友好関係を築いてきた八重山の子どもたちが学ぶのに適した教科書か、疑問符が付く内容だからだ。

 認識の偏りなどから、「つくる会」系の教科書を採用している自治体は、全国的に見ても少ない。

 その中で、なぜ八重山で唐突な動きがあったのか。次々と明らかになる同地域への自衛隊の配備計画と、今回の教科書の問題が見えないところでつながっているのではないか、懸念を持たざるを得ない。

 同地区での教科書採択は、これで決まったわけではない。協議会は今後、選定結果を3市町の教育委員会に答申し、それぞれの教委で審議する。

 このうち竹富町の慶田盛安三教育長は、協議会開催に先立ち、「つくる会」系教科書を協議会が選定した場合でも、町教委で不採択を提案する考えを明らかにしており、混乱も予想される。

 教科書は誰のためのものか。内向きでなく未来に開かれたものでなければならない。



[大弦小弦]なぜ、なぜ、なぜ―。八重山で…  (沖縄タイムス) 2011年8月24日 09時06分


 なぜ、なぜ、なぜ―。八重山で教科書選定をめぐって起きた一連の問題の根っこを、考え続けている

▼住民を巻き込んだ地上戦がなかったから。尖閣諸島沖で中国漁船の衝突事件が起きた国境の島だから。一部に自衛隊誘致の動きがあるから…。どれも一見、言い当てているように見えるがどうだろうか

▼八重山は米軍の上陸こそなかったが「戦争マラリア」があった。敵軍ではなく、日本軍によってマラリア有病地帯に疎開させられた明々白々の事実は、譲れない一線。だからこそ歴史教科書は、唯一マラリア記述もある帝国書院版が選ばれたのだろう

▼日本最西端の「国境の島」という特質を生かす与那国は、台湾・花蓮市と修学旅行などで交流を深めている。石垣でも、台湾を含む中国系の住民らと地域で共に助け合い、穏やかに暮らしてきた

▼その中で、公民は識者らが問題点を指摘している育鵬社版が選ばれた。在沖米軍基地は欄外に短く記して問題に触れない一方、イージス艦やF15戦闘機の写真、国防費比較のグラフを載せて「日本の防衛の課題」にも踏み込んでいる(市販本)

▼歴史は、今と将来の選択を誤らないために学ぶ。その今と将来の社会を映すのが公民。生徒たちのためにも足元の社会変化を直視し、「なぜ」を問い続けなければならない。(与那嶺一枝)




[教科書採択]混乱収拾の責任果たせ  (沖縄タイムス)
2011年8月28日 09時19分

(24時間25分前に更新)

 石垣、与那国、竹富の八重山3市町で2012年度から使用される中学校公民教科書の採択作業が異常事態に陥っている。

 市町村立の小中学校で使用される教科書の採択権限は、市町村の教育委員会にある。ただし、複数の自治体が採択地区を設定し、共同で教科書の採択を行っている場合、その地域内では同一の教科書を採択することが教科書無償措置法で定められている。

 この法律の規定を揺るがす事態が八重山地区で起きているのだ。

 3市町の教育関係者らで構成する教科用図書八重山採択地区協議会は23日、多数決で「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社の公民教科書を選定し、各委員会に答申した。

 石垣市教委は26日、3対2で育鵬社の教科書を採択。与那国町教委も同日、全会一致で育鵬社の教科書採用を決定した。しかし、竹富町教委は27日、全会一致で育鵬社の教科書を不採択にした。

 教育委員会の決定が協議会の答申内容と異なる場合、県教育委員会の指導・助言に基づいて協議会の役員会で再協議することができる、と協議会規約はうたっている。

 しかし、協議会の玉津博克会長は、今のところ再協議そのものに消極的である。確かに、会議で正式に決定した以上、各教委とも簡単に結論を変更することはできないだろう。ならば、どうするのか。混乱が長引けば地域社会に亀裂を生み、生徒にも不安と動揺を与える。早急に再協議し、打開策を話し合うべきだ。

 実際に教科書を使うのが現場の教師である以上、現場の意見を参考にするのは当然である。協議会委員が対象になるすべての教科書を念入りに読み込むのは困難だ。それだけになおさらのこと、調査員の役割は大きい。

 なのに玉津会長は、調査員の推薦のない「つくる会」系の教科書を選定・採択するため、終始、主導的な役割を果たした。

 育鵬社の教科書は、考えが復古的で、国際協調や平和への努力よりも、中国の脅威を強調し軍事抑止力を前面に掲げているのが特徴だ。基地の負担軽減を求める県民の願いにも触れていない。

 多くの団体から反対要請が相次ぎ、協議会でも石垣市教委でも、育鵬社の公民教科書に反対する委員は、いた。

 にもかかわらず玉津会長は、協議会での選定理由についても市教委での採択理由についても、依然として詳しく説明していない。

 教科書問題には大きく分けて、「検定」のあり方をめぐる問題と、検定を通過した教科書の「採択」をめぐる問題がある。これまで県内でクローズアップされてきたのは「検定」問題だった。「つくる会」系の教科書採択をめぐって、今回のような事態が県内で表面化するのは初めてだ。

 なぜそうなったのか。誰が、何を目的に、このような「仕掛け」を行ったのか。

 今回の問題は「教科書の内容」と「採択制度の問題点」「政治的背景」の各面から検証する必要がある。




公民教科書採択 もう一度議論すべきだ (琉球新報)
2011年8月27日

 石垣市と与那国町の教育委員会が中学校公民の教科書として「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社の教科書を採択した。
 特定の政治的意図に巻き込まれ、一方的な内容の受容を強いられるのでは、中学生が気の毒だ。
 両市町教委の採択は、教科用図書八重山採択地区協議会(玉津博克会長)の選定を踏まえている。その協議会は歴史教科書で「つくる会」系を選定するかどうかをめぐって激論を交わした。公民はその狭間(はざま)で特段の議論もなく採決されたと聞く。
 教育内容を規定するという事の重大性からすると、しっかり議論するのが当然だ。今からでも遅くはない。採択地区協議会は公民教科書についてもう一度、公開の場で議論を尽くすべきだ。
 今回の選定は、過程から見て「つくる会」系選定という結論ありきだったのが明白だ。玉津会長は選定手法を変更したが、「つくる会」系の教科書を推す団体が推奨している手法に酷似した手法への変更である。7社ある教科書出版社のうち、2社がつながる団体だ。特定の会社に肩入れするのに近い。
 その変更で、現場の教員が務める調査員が推薦しない教科書も選定できることにした。「つくる会」系教科書の推薦はないと見越した上での変更と見るのが自然だ。
 玉津氏は、その、推薦のなかった「つくる会」系の育鵬社の教科書に票を投じた。その姿は中学生の目にどう映るだろうか。
 育鵬社の公民教科書は、在沖米軍基地に関して本文で何も言及せず、欄外に「75%が集中しています」と記すだけだ。人権侵害など基地がもたらす弊害や住民の反対は記述しない。その教科書で、中学生に沖縄の置かれた人権状況をどう学べというのだろうか。
 中国については不信感、敵対心をあおる記述に終始する。国境に近く、古くから近隣の国々と交流を重ねてきた八重山の中学生にふさわしい内容とは言い難い。
 現憲法は連合国軍の押し付けと記述し、憲法9条の平和主義が果たした役割は記述しないのでは、一方的過ぎる。
 まして、徴兵制を積極的に紹介し、大日本帝国憲法は全文を掲載するのでは、首をかしげざるを得ない。
 今回の採択は先島の自衛隊配備へ向けた地ならし、との見方もある。それなら大人が議論すべきことだ。教科書は生徒のためのものであることを忘れてはならない。
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by lumokurago | 2011-08-29 10:00 | 沖縄

虐待する母親たちの側で考えたこと 広岡智子

 虐待する母親たちの側で考えたこと 広岡智子  「ともしび」青少年と共に歩む会  2005.9.25

 私は1991年より「子どもの虐待防止センター」を拠点に、子どもを守ることを目的に虐待する母親のケアにかかわってきました。期せずしてこの間は立っている位置こそ逆ですが、憩いの家(自立援助ホーム)に来なければならなかった子どもたちの、声にならない「親に何をされて生きてきたのか」「なぜこれほどまで深く傷つかなければならなかったのか」ということを、親を通じて知る時間になりました。

 子ども虐待とは親の生きづらさの表明です。「加虐は隠されているが不運な者の正義の欲求そのもの、いわれのない劣等という不正をただしているだけ」「生命が結果はどうなろうと必死に事故を表現したがっているのだ」という新聞で見たロシアの文豪の人間心理の深いとらえ方に、これだと思いました。

 もしそんなことは受け入れがたいという方は、子どもたちにも同じことが言えるとイメージしてみてください。親だけでなく、小学校で動物虐待をしている子どもも、憩いの家でくらしながら窃盗や傷害罪で逮捕されなければなれなかった子どもたちも、「自分が利を得たい」わけではない。今ここを生き延びるために、そうするしかなかったという意味です。

 子どもと強制的に引き離されて「子どもを返せ」という親たちに、どうしたら戻ってくるか一緒に考えさせてほしいと、児童相談所の一室で民間の相談員の立場を強調して向き合わせてもらって約3年になります。「返せ」という言葉が「返してもらうのは困る」という言葉に聞こえてくるとき、親が自分の内なる声を聞きはじめたなと思います。

 それでも本当の気持ちは言えないのです。子どもだけでなくその親もまた声にならない体験を抱えていることがわかります。そこに分け入ると、あらゆる種類の死と暴力(心理的も含む)の悪臭が漂ってきます。ところが本人はそれを認められません。子どもが親の暴力を自分の責任として背負うように、そのままで育っています。

 しかし「子育て」とは残酷です。子どもという存在は親がして欲しくてやってもらえなかったことを当然のように要求してきますから。ここでは隠しようがありません。奪われた愛を子どもから取り戻すかのように、目の前の子どもが自分を虐待した「怖い親」にすりかわったり、受け入れられなかった「嫌いな自分」におきかわったりするのですから、子どもはたまったものではありません。子どもには何の責任もなかったというのに。

 広岡知彦が逝ってこの11月で10年の月日が流れます。彼がなぜ憩いの家の子どもたちをそれほど熱心に守ろうとしたのか、私はようやく理解できるようになった気がしています。2004年の法改正で、国は自立援助ホームを40か所にまで増やすとの目標をかかげました。しかし深く心が傷つけられて憩いの家にたどりついてくる子どもたちの自立援助とは何でしょうか。これからの若きスタッフに向けられる難しいテーマです。「静かなたたかい」(注:広岡知彦さんの遺稿集)はつづいています。

*****

 児童虐待が増える一方で、私は離れてしまいましたが現場は困難を極めていると思います。過剰なガラクタに囲まれ、物を大切にすることを忘れ、その結果、生き物を大切にすることも忘れ、「自分さえよければ」の風潮ばかり広まり、原発事故があってもなお経済成長をやめることができない社会が児童虐待を増やしたのです。

 「衣食足りて礼節を知る」・・・衣食は十二分に足りています。衣食が過剰になると礼節もおろそかになるようです。

 明日、諫早湾が貝の墓場となったという梅原猛さんの記事を掲載します。
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by lumokurago | 2011-08-28 19:40 | 子ども・教育

今日のチャーちゃん

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 ゆうべは夜中の12時頃来て、3時過ぎまでいたようです(3時までは知っているが眠ってしまった)。今日は4時頃来て、7時近くまでいました。子猫は隣りの部屋に隔離していますが、なんとか一緒になれないものかなあ。

 チャーちゃんが去ったあと、子猫たちは部屋中よくよく臭いを嗅いでいます。怪しい臭いがするのかなあ。
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by lumokurago | 2011-08-27 21:16 | ねこと鳥 (cats&birds)

人類はゴミで滅びうる モノ増やさぬ社会考えて

 人類はゴミで滅びうる モノ増やさぬ社会考えて  養老孟司  朝日新聞2002.1.8

 ――どうも人類の未来が気がかりです。

 「21世紀の課題は、環境問題に尽きると思います。人は都市を造りたがるが、都市文明はエネルギーを使ってモノに付加価値をつけることで成り立ちます。だから、資源が枯渇すれば文明は滅びる。古代の四大文明も、木材を消費し尽くした時点で消滅しました」

 「こんな前例があるから、世の中は20年前、石油がもつかと心配した。ところが、20世紀末になって分かったのは、問題は石油の埋蔵量ではなく排出物、つまりゴミだということでした。今や人類は、資源ではなくごみで滅びる可能性が高い。こうした経済構造をいつまで続けるつもりなのか。経済界の人たちは、ことの深刻さに気づいているのでしょうか」

 ――日本は再び頂点に立とうと、経済の立て直しに必死です。

 「明らかに供給過多なのに、これ以上モノを作ってどうします。人間は人工的なシステムによって需要以上のモノを生産してしまう。日本の労働生産性は80年前の約20倍。20人でやっていたことが1人でできるようになったのだから、あとの19人は遊んでいてもいいはずなんです」

 「失業率が上がることがなぜ問題なんでしょう。働かないと食えないというが、家や車が買えないだけで、食い物がないわけじゃない。働かなくていい社会のあり方を考えるべきですよ」

   ■  ■  ■

 ――かがくや技術の力で克服できませんか。

 「そもそも、社会が『脳化』していることが問題じゃないですか。脳化とは、ああすればこうなると考えることです。すべてが意識のもとにコントロール可能だと思いたがることです。でも、肝心の人間は自分の死期さえわからない、不確定性に満ちた存在でしてね。自分が不確かである程度に不確かな自然世界が一番暮らしやすい。

 ――とはいえ、未来の情報がないと不安です。

 「情報とは、一度だれかの頭を通過して言葉に置き換えられたものだから、現実との間に必ずズレがあります。事実は多面的で、そのままそっくりは再現できない。インターネットといえども情報の行き来にすぎず、そこから知識を得る作業も単なる情報処理。人間が本当にものを学のは現場からです。ことの本質は、五感を通じて入ってくるものに直面し、そこからつかみ取るしかないのです」

 「現場から情報を起こすのは、ある意味で命がけです。例えば戦争における特殊部隊の活動で、現場主義の英国は米国より死亡率が高いんです。目標にミサイルを撃ち込むことは技術的に簡単でも、その目標が攻撃に値するかどうかを見定め、無駄撃ちしないためには、現場で情報を掘り起こす必要がある」

 「権威ある自然科学雑誌の名前も、米国の『サイエンス(科学)』に対し英国は『ネイチャー(自然)』。現場から学ぶ姿勢がにじんでいます」

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 ――ところで日本は?

 「いまだに国土の7割が森林で、歴史上の大地震の5%、大噴火の20%が起きる国です。自然は思うようにならないと肌にしみている。だから、自然に手を入れて折り合いをつけてきた。里山的な生活です。こうした伝統的な生き方を取り戻さないといけない。自分はどんな生き方をしたいのか。脳で考えるのではなく、身体で感じて謙虚に生きる方法を取り戻さないと、本当に手遅れになりますよ」

 (聞き手=高橋万見子)

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 ラミスさんや加藤登紀子さんと違って、私は養老孟司さんの本は読んだことがなく、どんな人なのかいっさい知りません。たとえ話に戦争における特殊部隊をだしてきたところ以外、この記事には共感しましたが、ここに記事を掲載したから養老さんご自身を信頼しているというわけではありません(どんな人かわかりませんので)。
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by lumokurago | 2011-08-27 15:22 | 社会(society)