暗川  


写真日記
by lumokurago
検索
リンク
ご感想をお寄せ下さいmailto:lumokurago@yahoo.co.jp

嫌がらせコメントは削除させていただきます。

必ずしもリンクするHPの意見、すべてに同調するわけではありません。ご自分で情報を選んでください。

原子力資料情報室

小出裕章非公式まとめ

沖縄タイムス

暗川メインページ
私の下手な絵などを載せています。

杉並裁判の会
私たちの裁判の会です

ポケットに教育基本法の会

「つくる会」教科書裁判支援ネットワーク

もぐのにじいろえにっき
もぐちゃんのページ

プロテア
リリコおばさんの杉並区政ウォッチング

鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
松田まゆみさんのページ

熊野古道の路沿い
鈴さんのページ

風に吹かれてちゅちゃわんじゃ
小笠原父島で農業をやっているサエちゃんのブログ

三宅勝久さんのブログ
杉並区在住のジャーナリスト

カテゴリ
以前の記事
ライフログ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2011年 08月 ( 59 )   > この月の画像一覧


山田宏前区長時代の杉並区役所 

c0006568_121555.jpg
 杉並区役所にはまだこのポスターが貼ってあるのかな? (しばらく行っていないのでわかりません)。2005年の教科書採択後に作ったパロディです。「正直に言うと損するうんぬん」は大蔵教育委員の言葉です。
[PR]

by lumokurago | 2011-08-11 12:03 | 杉並区

『負けるな子どもたち』の感想 その3

『負けるな子どもたち』について  匿名  1990年5月

1、書評

 この本は学童保育という教育の現場で先生として日々子どもに接してきた著者が、この10年間子どもたちがいかに急激に変化してきたか、そして自分がそれにどう対応してきたかをまとめたものである。

 この作品については二通りの読まれ方があるだろう。一つは著者が子どもと交流する過程で、子どもと向かい合う先生・大人から同時代を共に生きる「時代への挑戦者として子どもと肩を組む人」へと変貌していったプロセスの記録として受けとるというものと、

 二つはどうしてこの10年間子どもたちが急激に変化してきたのか。しかも悪い方向へと変わってきたのか。それはなぜなのかという深刻な問題に対する著者なりの解答と理解し、さらにそれに対して大人はどう対処すべきなのかという著者の問題提起と捉えるというものである。

 しかしそんな解釈をいかに精密にほどこしたところで著者はきっと納得はすまい。なぜなら著者の真意はこうなのだから。

 もしもあなたが少しでも、ほんの少しでも自由を獲得したいなら、なんでもいいからともかくも行動を起こせ。そうしないと状況はますます絶望的になってしまう。子どもを見よ。彼らは自己の全存在をかけた<非行化><問題行動>をひっさげて孤独に壮絶な戦いをくりひろげているではないか。さあ、大人も子どもの同志となって戦列を組もうではないか。「負けるな子どもたち」とエールを送ろうではないか。しかしそれは、とりもなおさず自分たち大人自身へのはげましでもあるのだ。

2、この本を知って私が考えたこと

(1)現状の報告としての面から考える
 1976年から現在まで学童クラブの先生として子どもたちと接触している著者が、この10数年間のすさまじいまでの子どもの変化について具体例にそくして報告してくれている。私はそれを読んで、こんなになってしまったのかと驚き、本当にこれは何とかしなければと深く考えこまされた。

(2)著者の子ども観の変遷としての面から考える
 これまでの10数年間学童保育の仕事にたずさわったという体験を積み重ねる中で、著者が、時代の流れに対応し変化する子どもたちにいかに対処してきたか。またそれによって著者の子ども観が変わらざるをえなかったのだが、それはどのように変わってきたのか。そして、今はいかなる子ども観を持っているのかの発表として捉え、著者の子どもたちへの深い理解と愛に感動させられた。

3、私の著者への疑問

(1)著者の全力をかたむけた努力にもかかわらず、結局は何も変わらないし、変えることもできない。例えば、おけいこごと通い、塾、学校のカリキュラム、みせかけだけの豊かさ、競争(受験をはじめ全ての面での)等々・・・について。

 だけど渡辺さんと接しているごく限られた人数の子どもとその親たちは、子どもの心を理解できるようになり、子どもの置かれている状況を的確に判断するようになり、他の親たちと交流を持てるようになったという、ごくささやかな変化はあった。とはいえ、そんなちっぽけな変化など全体にとってはもちろん、当人たちにとっても何のたしにもならぬ程度のものでしかない。せいぜい自己満足の域に止まるに過ぎぬのではないだろうか。

 そういうことが見通せたのに、なおかつ渡辺さんは努力を重ねざるをえなかったのはなぜなのか。その努力を支えている哲学はどんなものか。また接する子どもや母親たちに何を望み、何を訴えかけているのか。それを知りたい。

(2)私はいつもこのような改革派的思考と実践に出会うたび思う。その思考に忠実に従ったなら、きっとこの社会では落後者にならざるをえないだろうと。そうなったとき、どのような思いで以後を生きてゆけばよいのか。またその落後者に対し、渡辺さんはその者がどのように生きてゆけばよいと考えているのか、質問したい。

*****

 当時、このかたの質問にどのように答えたのかは覚えていません。たぶん、私の考えはいまとさほど変わらないと思います。ただ、いまは、いいお手本ができたので、利用させてもらって、次のように答えます。

(1)人間には「結局は何も変わらないし、変えることもできない」だろうと思っても、どうしてもやらざるをえないことがあると思います。小出裕章さんのように、近藤誠さんのように、網野晧之さんのように・・・。彼らのやってきたことは「全体にとってはもちろん、当人たちにとってもなんのたしにもならない自己満足」かもしれない。小出さんはどこかで「自己満足だった」とおっしゃっていました。近藤さんは私に「医療をよくするなんてできっこない。わかるでしょ?」と言っていました。それでもまだ本を書いています。網野さんの改革した泰阜村でも再び検診をはじめ、特養を作り、在宅死80%を成し遂げた在宅医療は崩壊しようとしています。

 でもでも・・・、彼らのやってきたこと、やりつづけていることは決して「自己満足」ではないし、無駄なこととも思いません。なぜならばごく少数ではあるけれど、彼らから学ぶ者がいるからです。小出さんの場合、いまは多数に認められていますが、これがいつまでつづくかはわかりません。所詮少数派だからです。近藤さんのことを言えば、これは彼の医療への貢献の一部ですが、彼の本のおかげでがんがみつかっても無治療を選択する患者が(たぶん96年頃からではじめて、いまでは)150人を超え、彼らは治療した場合よりも長生きしています。近藤さんの患者はセカンドオピニオンを入れれば何万人ということなので、無治療を選択した患者はそのなかのごくごく少数でしょう。でもいかに少数であれ、患者の寿命を長くしているのです。

 網野さんの場合も、彼が直接診る患者は限られていますが、例えば私は彼に看取ってもらえることで死ぬことに対して何の不安もありません。私と過去につきあってきた子どもたち、親たちにしても、「当人たちにとってもなんのたしにもならない」ということはなく、少しはたしになったことを確信しています。

 それでも全体を変えることはできませんでした。それなのになぜやりつづけてきたのか? それは自分にとって大切なものはなんなのか、社会の不正や差別を許すのか、お金がほしいのかそれほどほしいと思わないのか、結局は人間として自分の良心に忠実に生きるかどうかに尽きると思います。

(2)「落後者」という言葉を使っていらっしゃいますが、人生において何を大事にするのかによって、見方はまったく違うと思います。「(小出)助教」や「(近藤)講師」は「落後者」なのか? 網野さんは担当教授とけんかしたため、「医学博士」の称号も取りませんでした。教授になり、有名になり、名誉も金も得る生き方をしていれば「成功者」なのか? 私は人から「落後者」とみられる生き方でも一向にかまわないと思います。むしろそういう生き方しかできない人間のほうを信頼します。
 
[PR]

by lumokurago | 2011-08-10 17:49 | 子ども・教育

社会科教科書は帝国書院

 杉並区では今日、中学校教科書採択の教育委員会が開かれ、歴史・公民・地理ともに帝国書院に決まりました。山田宏前杉並区長に押しつけられた「扶桑社」からようやく解放されました。ほっとしました。
[PR]

by lumokurago | 2011-08-10 15:11 | 杉並区

お兄ちゃんです

c0006568_20142031.jpg
 チビちゃんの従兄のお兄ちゃんです。美猫ですね。今日、もらってきました。チビの実の兄は貰い手が決まったため、2週ほど早く生まれた父親は同じで違う母猫の子どもです。チビ(この名前になりそう)よりずっと大きいのですが、母猫から離す時期が遅れたため、人間に慣れるのが遅く、でも最近慣れて、従姉妹と一緒に遊ぶようになっていました。

 網野先生のところから連れてこようとしていたときに、かぼそい声で鳴きました。なんと捕まえたとき(1ヶ月と少し前)以来、はじめて鳴いたそうです。きっとお別れとお礼を言ったのでしょう。

c0006568_20245030.jpg
 チビも預けていた先から連れて帰りました。また部屋の探検からやり直しです。兄ちゃんは人見知りで、うちに着いてもかごからでず、しばらくしてやっとでたと思ったらすぐにカーテンの陰に隠れてしまいました。チビはフーっと脅していました。忘れかけていた家ですが、自分が先猫だという自覚が芽生えたのでしょうか。

 結局、チャー吉は夜のほんの15分しか来ないので、夜になったらチビ猫たちは隣りの部屋におくことにしたのです。1匹だとかわいそうなので2匹一緒ならいいかと思い、もう1匹もらってきたのです。

 さあ、うまくいきますかどうか・・・。

 追伸:網野先生のところは残り1匹となり、さびしくなったのですが、なんとまた2匹みつけたそうです(未保護)。これじゃあ猫の里親探しの家になっちゃうなあ。

【追記】チャーちゃん、来ました。いま、眠っています。午後10時です。
 
[PR]

by lumokurago | 2011-08-09 20:28 | ねこと鳥 (cats&birds)

『負けるな子どもたち』の感想 その2

渡辺さんの『負けるな子どもたち』を読んで  橋本幸雄 1990年5月

 今、日野で「荒れてる中学校」の一つと言われるA中に、今春赴任したベテラン女教師Bさんの呟きを、人づてに知りました。Bさんは、子どもたちにより添うことができ、自分をそのままに表現できる、私の知る限りでの稀な教員です。

 前任校で10年間、Bさんが働きかけ培った人間関係は、A中には未だありません。生徒、殊に3年生にとってはBさんは侵入者だったと思えます。Bさんの人間性と、生徒の「しょせん先生でしょ。しょせん大人でしょ」と不信感との間の壁は、美談で越えることができるとは思えません。A中職員(或いは人間)としてのBさんの苦しみも、教員に暴力的に対する生徒たちのこの数年間の苦しみも、どちらも想像を絶するものです。

 どうして? 何故? と理由を詮索しても、その苦しみが減少するわけでも、無論解決するわけでもない。彼らには途方もない時間をかけて、<対等な人間として>なんて思いあがりでなく、彼らをここまで追い詰めた責任を負うべき大人としてのこころを、彼らの前に置くしかないと思えます。

 体力教師の権威が、管理技術が、隔離・差別が、役者のようなパフォーマンスが、圧倒的な暴力が、一見功を奏することがあるかもしれません。母親の涙が彼らの心をほぐすかもしれません。でも大切なのは、彼らとともに育つことではないかと思います。「荒れてる君たちも悪いだろ」というところからは、何も生まれないです。

 渡辺さんの、学童保育の子どもたちとのとっくみあいを読みながら、今、ここにある問題から離れられません。「荒れてる彼ら」と肩を組んで歩きたい。

 私には、感性とかとっくみあう体験の貧しさが大きな理由だと思いますが、「解放されている子どもたち」とか「生き生きとしている子どもたち」が見えません。決して卑下して言っているのではないのです。ただひたすら貧しいのです、見えないのです。

 愛知の岡崎勝さんとか、神奈川の名取弘文さんなんかが「なあに、子どもなんて教室授業をドッジボールに変更すれば、すぐ輝くよ」と簡単に言い切るのとは、ちょっと違うんだけど、でもそれも輝きには違いないなあと思うのです。この手の輝きなら、もちろん別に珍しくはない。

 林竹二さんの授業で(写真集の中でのことだけど)表情が変化していくゴンタの生徒たちが「輝き」を得たことは確信できるし、感動します。

 そして私は、こんな輝きの場に立ち会う機会がなかっただけなのか、それとも立ちあっても気づけないような感性しか持ち合わせていないのか、不安なのです。

 さらに、その林さんを小浜逸郎さんなんかは「非日常性」とか「アニメを見れば輝くさ」などと批判する。子どもの輝きっていったい何なんだろう?

 渡辺さんの頼りは、目の前の子どもたちが自由になり、伸びやかに自分を表し、輝く可能性を持っていることを確信していることだと思うのです。そして渡辺さん自身がその可能性を持っていることを、いつのまにか確信できるようになったのだと思うのです。

 肩を組んで歩ける仲間のないままに15歳になってしまった彼ら。

*****

 20年前の大人たち、こんなに悩んでいたのですね。子どもたちはこの大人の悩みを知っていたのか? 子どもは子どもで大変で、自分たちにできるやり方で、大人に気づいてもらいたいと必死だったんですよね。

 仕事を辞めて7年目ですが、おそらくいまの子どもたちのほうが幼く、自分勝手度はすごいけど、ずっとおとなしいだろうと思います。(妹が小学校内の学童クラブに勤めており、授業が成り立っていない様子がよくわかると言っている)学級崩壊は校内暴力とはまたちょっと性質が違うと思います。

 子どもが大人(先生を含む)と「ため口」を聞くようになって久しいですが、子どもが大人に求めていることはほんとは何なのか? 娘が統合失調症になり、悩みに悩んだ友人が、「結局は娘をよく見ることでどのように対応したらよいのかがわかるようになった」と言います。答は子どもが教えてくれるのです。
[PR]

by lumokurago | 2011-08-09 16:53 | 子ども・教育

『負けるな子どもたち』の感想 その1

『負けるな子どもたち』 切れ切れの<感想>  山岸光人 1990年5月

 何年かまえ、夏休みあけに子どもたちがつぎつぎと自殺したことがあった。マスコミは連日この問題をとりあげ、自殺の原因やら背景やらをそのすじの専門家や教育関係者のコメントとともに特集したりしていたのですが・・・そのなかで稲村なにがしという某大学の教授(「登校拒否」だとか「子どもの自殺」だとかの本がある)が、「どうしようもなくなったら、身近な大人にでも電話するようにすればいい」(正確ではないけどこんな内容)と発言していた。ぼくはこれを読んで「ドーゾ、ワタクシニデンワシテクダサイ」というある健康器具の宣伝を思い出した。

 稲村なにがしは自身が、電話をとおした「子どもとの相談」みたいなことをやっているから、コメントを求められてこういう発言になったのだと思うが、子どもたちが「死」へと自分を押しやっていかざるをえない<切実さ>に<死>を内化してしまった子どもは、電話などをそういう大人にするのだろうか? という疑問がいまでも離れない。おそらく、<子どもの変貌>―校内暴力・登校拒否・子どもの死など―に対する現実的な社会の対応力というのは、この程度のものになっているのだと思う。

 さて、『負けるな子どもたち』を読んでいて思ったのは、こういう<子どもの変貌>と<社会の対応力の無化>のなかで、とまどい、あせり、いらつき、しかしなおも子どもにまっすぐに関わっていこうという渡辺さん(というか、学校、教育関係の現場のガンバッテイル人たち)の大変さと子どもたちの「もうひとつの顔」というもののナゾであった。

 ――(引用)初めて「オニ」といわれた時は、正直いって驚いた。だって、私は前にいたクラブでは「やさしい」としか言われたことがなかったし、そんなにおそろしくおこっているという自覚もなかった。(略)なんでそんなにこわがられるのか不思議であったが、そんなことを気にするたちでもなく(略)適当にふざけて「オニ」の役をやってみせてきた。/ でも、おやつや弁当の時、私がひとつのテーブルにすわるとそのテーブルの子が「オニが来た」と言って、私から体を遠ざけたり、「あっちへ行ってよ」などと言った時はまいった。だけどこれは<ゲーム>なのだろうか?

 その後、異動したもうひとつの学童クラブで、私は「ルンペン」というあだ名をつけられ「オニ」の時とそっくりな体験をした。/ なぜ「ルンペン」なのかというと、私がよく子どもたちに「食べ物を大切に」「物を大切に」と言っていて、私がそういうと子どもは「ビンボー」と言ってはやしたて、「ビンボー」が「ルンペン」のイメージに結びついたため(略)と思われる。/ 「オニ」「ルンペン」には、排除すべき要素と、こわいもの見たさでこころひかれる要素とが両方備わっていて、自分の都合のよいように、その時々で使い分けられる。それは人との<関係>をも<ゲーム>にしてしまう今の子どもにとって、ぴったりのキャラクターである。――

 新聞や雑誌の、この本の紹介には、この「オニ」「ルンペン」の話がよくとりあげられていたから、簡単に抜き書きしてみた。渡辺さんも言っているように「オニ」「ルンペン」には、子どものなかで両義的な意味で無意識に使われている。ぼくも、学童の子どもと接したとき、「このトンマなおっさんヨー」と無前提に呼びかけられたことがある。「コノヤロー」と思ったが、「トンマなんていっちゃだめだよ」と軽くたしなめた。こんな言葉づかいを、ぼくも子どもの頃していたのであろうか? 先生や大人や目上の人にこんな感じで接していたであろうか? どうも違うような気がする。仲間同士ではそういうことがあっただろうけど、先生や大人や目上の人には、どんなに親しくなってもこういう感じではなかった。

 ここが、今の子どもたちをみていて「ナゾ」と浮き上がってくるところである。ぼくの子どもの頃は、目に見えない<社会性>というか、「社会的な規制力」というか「社会的な抑止力」というのがどこかで働いていた。いい、悪いは抜きにして「社会道徳」というもので、それは公的に存在していた。「目上の人には言葉づかいは丁寧に」とか「物は大切に」とか「お年寄りにはやさしく」とか・・・もろもろの生活のなかで無意識に受容していったのだと思う。だがこのごろはそういう<社会性>というものは、いいものも、悪いものもすべてひっくるめてどこかへ押しやられてしまったような気がする。ぼくは道徳主義者じゃないから、それはそれでしかたがないかなとも思うけど、そう思うこころのどこかでどす黒い不安がある。
 
 たとえば、渡辺さんは、べつのところでこういうことも言っている。

――今の子どもたちは、「みんな」とほんの少しでも違うところのある者を見つけて「仲間はずれ」とからかったり、排除することによって、自分は「みんな」の側に属しているのだということを確かめて安心するという傾向が強い。人間はひとりひとり違うもので、その違いこそが尊重されるべきであるはずなのに、きっと今の子どもたちは、みんなそれぞれ違う価値をもつ存在なのだということが認められる場がないのだろう。かわりに、みんなと同じであることをよしとする社会や教育によって、みんなと違う者を排除することに敏感になってしまっている。――

 今の子どもたちは「戦後民主主義」の、まるごとの受容者である。生まれたときから<平等>というもので縛られて育つ。一方、学校教育は「試験―成績―評価」というもので、強固な価値の画一化と序列化を完成させてしまった。このふたつが結びつけば、「試験―成績―評価」というものが<平等>というものの最低ラインにすえられてしまうだろう。「頭は悪いけど、体育はすごい」とか「学校ではダメだけど、帰って遊びになると天才的だ」とかは、昔のように価値としては子どもたちも社会も<受け入れ>なくなっている。「教育の機会均等」という「戦後民主主義」の崇高な概念は、子どもの道筋を細かい網の目のような価値(「試験―成績―評価」)に押しやってしまっているのかもしれない。そのなかで子どもたちは、渡辺さんのいうように「みんなと違う者を排除することに敏感に」ならざるをえないのかもしれない。『負けるな子どもたち』を読んで、こんなことを漠然と考えたのでした。ハイ。

 参考 「オニ」のつぶやき
[PR]

by lumokurago | 2011-08-08 17:04 | 子ども・教育

たったいまチャーちゃんが!

c0006568_22164010.jpg
 帰ってきました。10日ぶりです。いったいどこに行ってたのか! よかった、よかった。でかかった!

 しかしチビ猫をどうしたらいいのか、難問です。

【追記】 いま、ニャーちゃんも来ました。食べたらすぐでていきました。

 チャーちゃんも10分か15分ほどででていってしまいました。甲斐がないなあ。でも、これが野良猫を「かまう」ということかも。
[PR]

by lumokurago | 2011-08-07 22:17 | ねこと鳥 (cats&birds)

『負けるな子どもたち』

c0006568_17244627.jpg
 1989年に出版した『負けるな子どもたち』(径書房)です。残念ながら売り切れてしまいました。この本にDr.A宛てのメールに書いたようなことが詳しく書いてあります。

 この本をだしたあと、いくつかの保護者グループから話をしてほしいという申し出を受けました。久しぶりに手紙を読み返して破棄する作業をしていたところ、あるグループの方々からの手紙や感想を発見しました。そのなかから掲載します。許可を得ていませんがもう時効でしょう。

*****

 もし「お話」していただけるとしたら――。 1990.5.23 

 まだ話にきていただけるかどうかわからないので、こういうものを書くのもなんだかおかしいような思いもあるのですが、とりあえずイメージしているのを走り書きしてみます。個人的なイメージですが―

 渡辺さんの『負けるな! 子どもたち』を読んで、とくに「あ! 同じだな」と感じたのが、80年ぐらいから子どもたちがよく見えない。うまくつかめない、という感覚です。校内暴力、登校拒否、いじめ、自殺etc. 子どもの問題が社会の前面にでてきたのもこの頃のような気がします。

 渡辺さんはこのあたりのことを「家庭環境」からだけではとらえきれない、もっと広範囲な、普遍的なもの、<時代>から来る<不安>と言っています。こういうのは確かに、渡辺さんも指摘しているように、子どもばかりでなく、大人にも同じようにあらわれているものだと思います。

 渡辺さんは、本を読んでのかぎりですが、こういった感覚を出発に、子どもとの関係、親との関係、同僚との関係を、つまり人と人との<関係>を現実の学童クラブでの様々の事件やできごとを通して探っていった、というように思えます。

 実は、こういう<関係>というのを、ぼく(たち)親もうまくつかめず(もちろんぼくたち個々の働きかけの不足などもありますが)、ただウロウロしているばかりです。親も子も、指導員も、どこかでバラバラにされているという実感です。こういうことは子どもにモロに敏感に反応します。学校ばかりでなく、学童クラブにも「行きたくない」などと言われると「オッと、どうしたんだろ」とうろたえてしまいます。ぼくなどは―。そしてそれはうちの子ばかりではないんだろうなあと思います。

 よく考えてみると、子どもは学校や学童クラブでどのような生活をしているのか、本当のところよくわかりません。親や指導員や先生の働きかけがないと、学校や学童クラブというのはいつも閉じられているのでしょうか? そこでは何もおこらず、平穏に一日が過ぎているのでしょうか? そうではないと思います。子どもにとっての切実な事件がきっと毎日のようにあるのでしょう。

 渡辺さんの本を読んで、こういう普段ボヤーっとしていて深く考えないところをはっきりと自覚させられました。親それぞれ、家庭それぞれに個々の悩みや疑問がありますが、子どもが見えないというところから出発した、渡辺さんの疑問や悩みはきっと共通なものだと思います。そして、学童クラブでおきる様々なできごとも。こういったことを本で書かれていることにそって話していただけたらと思います。もちろんこういった話し合いなどはぼくたち独自でもやっていきべきものだとはっきり自覚したうえで―。お願いします。

*****

 松田まゆみさんが『負けるな 子どもたち』の感想を書いてくださいました。こちらをどうぞ。
[PR]

by lumokurago | 2011-08-07 17:33 | 子ども・教育

Dr.Aの子猫の死から考えたこと

c0006568_17591969.jpg

c0006568_180053.jpg
 うちにいたときのチビちゃんです。


こんばんは。
その後、猫ちゃんの様子はいかがですか。
当院、二階の3匹は元気です。一匹のメスは
相変わらず心を閉ざしていますが。
裏の駐車場の残りの一匹が昨日、医院前の
道路を横切ろうとして車に轢かれてしまいました。
いつでも捕まえられる情況ではあったのですが、
母猫のためにそのままにしておいたのです。
母猫は死んだ子猫のそばを離れようとせず、
区の係が運んでいった後も、子猫を呼び続けて
います。こんなことになるのなら捕まえておけば
よかったと思うわけですが。これも野良猫の宿命でrしょう。
仕方ありません。
ベランダの子猫の巣にその親猫が食事にくるのですが、
二階の子猫は母猫を見てもわからない様子です。母猫
にとっては、轢かれた子猫だけが子供なので、二階の子猫には
興味を示しません。
網野  8.1


 おはようございます。それはかわいそうでしたね。せつないです。が、運命でしょう。

 先日、ある友人と話していたら、突然「子どもが死ぬことは仕方がないのではないか」と言い出しました。そのときはため池で遊んでいた子どもがおぼれ死んだときでした。そういえば、子猫をもらった友人もよく「戦争中用賀に住んでいたが、子どもだけで多摩川に遊びに行き、よく子どもが死んだ」と言っていました。べつな友人は息子が種子島で子育てしているのですが、学校から「5時以降は子どもだけで外にでないように」と言われているそうです。でも自然のなかで子育てしたくて種子島に来たのだからと、なにがあっても学校の責任は問わないということで5時以降も子どもだけで海であそばせているそうです。ほかの子どもたちはみな家でゲームをしているのでしょう。せっかく種子島に住んでいるのに。

 30年ほどまえ、勤めていた学童クラブで障害児も差別なく受け入れようと、自閉症の子どもを付き添いなしで遠足に連れていこうとしたら、お母さんが話にみえて、「付き添いなしで遠足に連れて行ってもらうのははじめてです。死んでもいいです」とおっしゃいました。お母さんは万一事故が起こったときのことを心配されてそんなことをおっしゃったのでしょうが、子どもが障害児であるゆえの「子育ての覚悟」のようなものが感じられて、感動しました。子どもが健常だと、覚悟などもつこともなく、子どもにとって重荷になると思われるほど期待し、コントロールする親がほとんどです。むかしの親は子どもがけがをすると、「うちの子どもが悪いんです」と言いましたが、いまの親は職員の責任を問います。死ななければ、ちょっとしたケガぐらいしたほうがいいと思うのに。

 「子どもが死んでも仕方がない」というのは、子どもを管理せず、子どもの力を信じて子どもの自己決定権を尊重し、少しぐらい危ないことでもやらせるという、親のものすごい覚悟です。むかしの親がそこまで覚悟をもっていたのかどうかはわかりませんが(たぶんいまとは違った意味で忙しくてたんにほったらかしだったのかもしれません)、いまのようにがんじがらめに管理することはなかったので、子どもは生きる力を身につけることができました。いまの子どもは死ぬことは減ったかもしれないけれど、生きる力を身につけることができません。

 猫の交通事故からずいぶん話が離れてしまいましたが、本質的には同じだと思います。 猫も室内飼いにする時代ですが、過保護ですよね。長生きして猫の痴呆症になるまで室内で生きるのと、短くとも外にでて遊ぶのと、どちらがよいのかわかりません。

 チビちゃんは元気にしています。お医者さんに行ったら注射され、粉薬を飲んでいます。この猫は洋猫の血が混じっていて美猫になると言われました。

 野良猫は来ないのですが、妹がとても心配して外にエサをおいていて、なくなっているようです。


 書こうと思っていて忘れてしまいました。追伸です。

 先生にとってはあまり興味がないかもしれませんが、30年前は子どもがしっかりしていたので、付き添いなしで自閉症児を遠足に連れて行けましたが、いまとなってはとんでもありません。健常児と言われている子どもたちが自閉症児よりも手がかかり、いうことをきかないので、野外の遠足が少なくなっているほどです(遠足で科学博物館とか室内に行く。野外だとどこへ行ってしまうかわからない)。

 近藤先生が子どもがおかしくなったのはCTのせいだよと言っていましたが、ほかにも子どもの頭をおかしくする原因があるのでしょう。しつけのせいだけではなく。

 渡辺容子 8.2


こんにちは。
結局、母猫は子供の死んだのを分かったらしく、
当院二階のベランダに陣取っております。昨年、産んだ
成長した子猫と一緒にいます。どうも当院の飼い猫
になるつもりのようです。
二階書斎の子猫3匹は自由に遊ぶようになりました。
メスだけは私が怖いみたいですが。
おかしな子供の件ですが、私は自由奔放に親が育て、社会も
それを容認する全般的に抑制が効かなくなっている一つの社会現象かと考えています。
昔は、いろんな制約が家庭や社会にあり、自由を求めて子供たちは成長していったのではないでしょうか。
その反対に現代社会はなってきていると思います。
おそらく自由過剰状態でしょうから、この反対に振れるのが恐いですね。
自由の有り難さが分からず、自由から逃走するという。エーリヒ・フロムですね。
子供時代は不自由である必要がありそうですね。
ノラちゃんが戻ってこないと心配ですね。
網野 8.2


 こんばんは。妹が野良猫を心配しているので、チビちゃんは一時友人宅(1匹もらってくれた人)に預けてきました。これで野良が帰ってこなければ妹もあきらめがつくと思います。
 チビちゃんとお姉ちゃんは最初こそ警戒しあっていましたが、すぐに思いだしたらしく、プロセスに追いかけっこ、そして最後には一緒に寝ていました。かわいかったですよ。やっぱり猫は2匹以上飼わなくちゃね。先生のところには結局何匹いるのですか?

 子ども自由説について、明日反論します。(往復メールは終わりにしたのにどうしても言いたいので)。

 渡辺容子  8.3


 こんにちは。先生の現代の子ども自由説に反論します。私の専門(仕事)だったので言わずにおれず、ちょっと聞いてください。

 先生のおっしゃる、むかしは社会や家庭にいろんな制約があったということはその通りだと思います。しかし、現代が「自由」かというとそうではなく、子どもは不自由そのものだと思います。ただ、「わがまま」が許されるのですね。

 子どもが不自由だというのは、幼児からの早期教育にはじまり、塾の低年齢化(中学受験のためにむかしは5、6年生からだったのにいまでは小学校2年生くらいから塾通い)とおけいこごとの増大、学校の管理強化、土日も子どもだけの遊びではなく、大人に管理された少年野球やサッカークラブなどなど、ほとんどの時間を大人に管理され、子ども同士で自由に遊べる時間はないと言っても過言ではありません。塾やおけいこごとの合間にはゲームをしています。

 子どもが少ないので親は子どもに期待し、「いい学校」に入れようという傾向が強まっていると思います、学歴信仰はなくなるどころではないと思います。一方で、過保護、まるで「王様」のようにわがままいっぱいに育てます。これはある意味、自由過剰状態ともいえるのですが、本質的な自由ではありません。自分勝手なだけです。

 私は職場で子どもの自主性を大事にしたいと思い、大人がおぜん立てすることはせず、子どもが自分で遊びを作っていくことを援助するという立場に立っていました。この立場ですと、仕事はおもに子どもをよくみることとなります。よくみていて自分の感じたことを伝えていくのです。

 しかし若い職員は自分たちがすでに大人におぜん立てされた教育を受けてきたので、自分の仕事は子どもに遊びをおぜん立てしてやることだと思い込んでいます。私のようにみているだけ(たまに助言する)では給料泥棒のような感覚があると思います。つまり、若い職員はすでに「自由からの逃走」状態なのですね。たとえば、遠足に行くとすれば私なら郊外の公園を選び、プログラムは組まず、自由遊びにします。それに対して若い職員はなんと都心の建物の中を選び、半日外の公園で遊ぶにしてもプログラムを組み(課題を与え)、自由には遊ばせません。

 子どもが遊べなくなったと言われて久しいですが、だからと言って対症療法的に大人がおぜん立てして遊ばせるのでは、子どもに遊ぶ力はつきません。おぜん立てしたところで遊ぶだけなので、「指示待ち人間」などと呼ばれる状態になってしまうのです。

 だから話を戻すと、子どもだけで川や海に遊びに行き、たまにはだれかが命を落とすような状態が一番子どもを育てる力をもっていると思います。むかしは普通にそうなっていました。いま、その状態に戻ることはできないので、人間の生きる力は弱くなる一方だと思います。それは仕方がありません。しかしこのことを自覚しているのか、それとも小さなケガもさせまいと管理するのかではまったく違うと思います。

 すみません。子どものことでまた1冊、本が書けそうです。先生に差し上げた『負けるな子どもたち』を書いたとき、私が子どもの悪い点ばかり書くので、編集者に「希望がないと本にならない」と言われました。子どもに関してはいつも希望が必要です(皮肉)。でも、どう考えてもあの本を書いたころ(20数年前)より、ますます子どもは救いようがなくわがままで生きる力がなくなっています。しかし赤ちゃんが生まれた瞬間からどうかなっているはずがないので、やっぱり大人や社会の影響でこんなに悪くなっているのでしょう。私はもう仕事も辞めてしまったし、子どもから離れてしまったのでどうこう言う資格もないのですが、ほんとにほんとに大変な状態だと思います。いまほど子どもを育てるのが大変な時代もなかったと思います。この子ども大好きな私が、自分の子どもや孫がいなくてよかったと思うくらいのことなのです。大人や社会には危機感があまりにもなさすぎだと思います(いつも子どもとかかわっている教員などはよくわかっているのですが、マスコミが教員を叩くので教員も言えなくなっています)。

 あまり子どもと関係ない先生に読んでいただいてすみませんでした。
 
 渡辺容子  8.4


こんばんは。
お説ごもっともなので、反論はしません。
当院にはベランダに2匹、書斎に3匹の
猫がおります。それと、居間に1匹の犬
がいます。みな可愛いです。
網野  8.4

*****

 みなさまへ(言い訳)

 こんなことを書いていますが、私はほんとうに子どもが好きです。子どもは希望だと思いたいです。でもそうなるためには、大人が今の自分を、そして社会をなんとかしなければならないと思います。

 まずは原発の廃止ですね!
[PR]

by lumokurago | 2011-08-06 18:06 | Dr.Aとの往復メール

チャーちゃんの写真

c0006568_1741337.jpg

c0006568_1742247.jpg

c0006568_174307.jpg
 妹と話しているのですが、まえにマロンが部屋の模様替えをしたら(母の介護ベッドを入れたため、お気に入りの椅子の場所が移動したり)、部屋に入るにも警戒するようになり、家出してしまったように、チャーちゃんも子猫が来たことよりも、いきなり部屋に大きなケージがあったことで自分の慣れ親しんだ部屋かどうかがわからなくなったのかもしれません。マロンのことを獣医さんに聞いたところ、そういう神経質な猫がたまにいるとおっしゃっていました。チャーちゃんは野良猫なのでよけいに警戒心が強いのかもしれません。

 とにかく子猫が来た日に、子猫orケージをみてさっとでていき、翌々日、妹が帰ってきたときに偶然外にいたので一緒に入って来てご飯を食べてすぐに出て行って以来10日間、顔を見せません。心配しているのですが、とにかく出口がないと不安な猫でした。人間と比べるのはなんだけど、亡くなった井の頭公園のホームレスのおじさんも元大学の先生であり、家があるにもかかわらず、なぜか公園での生活を好んで家には帰らなかったので、そういう人(猫)もいるのだなあと思います。

 いまは私が1日中部屋にいて、チャーちゃんが来て窓辺で「アオ」と鳴けばすぐに窓を開け、寒ければいったん閉め、でるときに開けてあげているので、やっていられるのですが、普通の人にはとても無理なことです。

 ギャラリーOPPOの元獣医さんも「野良猫は野良の生活を楽しんでいるのよ。飼い猫とはべつ。かわいがるなら飼い猫を飼ったほうがいい」とおっしゃっていました。

 なんだかんだ理由をつけて、チャーちゃんをあきらめようとしているのです。
[PR]

by lumokurago | 2011-08-06 17:55 | ねこと鳥 (cats&birds)