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Dr.K診察日

 なぜか(入れた覚えのない)予約がはいっていたので、まえまえから聞きたかった質問をしてきました。

 渡辺:チェルノブイリ原発事故で子どもの甲状腺がんが増えているが、報告によって4000人とも6000人とも言われています。しかしどちらの報告でも死亡したのは15人ということでした。ということは、残りは全部がんもどきですか?

 近藤:甲状腺がんは乳がんと似ていて、転移が遅くなってでてくるので、これから死亡が増える可能性がある。

 渡辺:そうですか。それにしても(甲状腺がんを)みつければかたっぱしから切ってしまうというのは行きすぎでは?

 近藤:行きすぎだと思う。傷跡、なんて言ったっけ? 

 渡辺:チェルノブイリネックレス。

 近藤:かわいそうだよね。

 渡辺:ところで、ICRP(国際放射線防護委員会)とECRR(欧州放射線リスク委員会)とがありますが、見解が天と地ほどに違うのをどう思いますか?

 近藤:ICRPは政治的だよね。

 渡辺:原発推進ですよね。

 近藤:(年間の被ばく基準)1ミリシーベルトを根拠もなく20ミリシーベルトに変更したり。

 渡辺:ECRRについてはどうですか?

 近藤:どんな団体かよくわからないけど、数値は行きすぎだと思う。

 渡辺:東京新聞7.20付のECRRの主張では「年0.1ミリシーベルトを避難の目安に」とあります。

 近藤:その線量で避難してもねえ。食品などがすでに汚染されているから、どこにいても被ばくはまぬがれないよ。食品は必ず汚染されている。

 渡辺:すでにそういう段階なんですね。

 近藤:武田(邦彦)なんてひどいね。考えが変わったなら変わったで、きちんと表明してから言うべきだ。

 渡辺:そうですね。テレビにでたいんじゃないですか。

 ところで、アメリカの医者もひどいですよ。日本の医者よりもっとひどい。アメリカの医者ははじめ、乳がんが子宮がんからの転移かもしれないと言って、その検査をし、次は腎がんからの転移かもしれないと言って検査したんです。乳がんがどこか他のがんからの転移ということはあるんですか? 

 近藤:あり得ない。

 渡辺:絶対にない?

 近藤:うん。

 渡辺:それに乳がんの治療はオールクリアになってから、今度は甲状腺がんがあると言いだして・・・ほんの5ミリ位のものが両方にあると言って、切らなければならないと言ったそうです。患者が切りたくないと言ったら、早く切らなければ転移すると脅したんですって。

 近藤:ぼくの本を読ませなければ。 

 渡辺:アメリカと言えば、自分で決める治療が日本より普及しているのかと思っていたけど、全然そうじゃないんですね。

 近藤:アメリカのほうが商業主義だからね。

 などなど・・・(以下オフレコ)。

 
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by lumokurago | 2011-08-05 17:44 | Dr.K関連記事

内海さんの写真より

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by lumokurago | 2011-08-04 18:37 | 花 ・樹(flowers&trees)

読み比べ その6

9月20日(火) (東京書籍は? 復習)
 
 (ごめんなさい。マニアックすぎでごちゃごちゃです)

 先日教科書を買いに行った時、日本中で一番大きなシェアを占める東京書籍を買ったつもりで買い忘れました。先週、教科書ネットの総会で東京書籍を見て、やはり東京書籍はぜひ比べなければと思い、今日中野まで久しぶりに泳ぎに行った(教科書採択問題に巻き込まれて以来初めて)ついでに、大久保まで足をのばして買ってきました。完全に「中学校歴史教科書オタク」になりきってしまったので、ついつい残り3社全部を買ってしまいました。

 見比べると、それぞれにいいところがあるからです。でも扶桑社以外の7社は似ているところも多いので、これからは、シェアの大きな東京書籍、杉並で今使っている帝国書院、これに決めても良かった大阪書籍を中心に比べ、他社は特徴的なものがある部分だけ触れることにします。(などと言いながら8社を比べてしまったマニアックさ)

 さて、東京書籍の今までのところを見てみましょう。

 人類の出現から文明の発生、縄文、弥生までは今までの4社とだいたい似ています。(ということは扶桑社とは違います)。

 問題になった「ヤマト王権」の記述はどうか。また、新しい呼び名が出ました。

 「3世紀後半になると、大和(奈良県)を中心とする地域には強力な国が生まれ、前方後円墳と呼ばれる大きな墓(古墳)がつくられるようになりました。この国を大和国家、その政府を大和朝廷とよんでいます」「大和朝廷の王は、5世紀には、九州から東北地方南部にいたる各地の王を従えるようになり、大王とよばれるようになりました。大和朝廷の発展にともない、前方後円墳をはじめとする古墳が、その地の王をほうむるためにつくられるようになりました」 おっと、「大和朝廷」という言葉が出てきました。

 社会科の先生の解説を復習すると、「大和」という言葉ができたのは早くても大化の改新の頃、7世紀半ばでした。それまではわからないのでかな書きしようということで「ヤマト」という表記が一般的なのでしたね。「朝廷」は「朝庭」という意味であり、古代史の書物によると、6世紀中頃から始まったということでした。3世紀後半で「朝廷」を使うのは間違いなのでした。

 つまり、東京書籍は扶桑社と同じ間違いを書いています。

 あと、私が感じたのは「大和国家」と「大和朝廷」をごっちゃにしているのではないかということです。「王」とは「政府」の王ではなく、「国」の王なのでは?だったら「大和国家の王」と言うのが正しいのでは?発展するのも「政府」ではなく「国」なのでは?今で考えても、「天皇」は「日本政府」の象徴ではなく、「日本国」の象徴ですよね?

 いやいや、ややこしいわい。

 こんな記述もあります。「当時の人々は、太陽神や、水を支配すると考えられていた蛇の神など、稲作に関係の深い自然の神々を信仰しており、また、一族を守る神に対する信仰も生まれました。古墳に描かれた絵や、のちにまとめられた神話などから、死後の世界についての考え方を知ることができます、国のおこりについての神話や伝承も、しだいに形づくられていきました」

 は? 日本に残る文字文化は8世紀以降の「古事記」「日本書紀」が最古なのでは? 神話がこの頃形づくられたってどこからわかるの? 清水書院では「神話と伝承」は「壬申の乱」の後にありました。他はと見てみると、大阪書籍、日本書籍新社では奈良時代になってから「古事記」「日本書紀」のところにあります。ただし文教出版では渡来人のところにあります。帝国書院、教育出版では「神話」について何も触れていません。これもまた混乱!!(結局、よくわかっていないのではないか? と疑う)。

 それで今度は「大和国家」が出てきます。「大和国家は、百済や、小国が分立していた加羅(任那)地方の国々と結んで、高句麗や新羅と戦いました。5世紀には、大和国家の大王は(あれれ、さっきは『大和朝廷の王』だったのに)、倭の王としての地位と朝鮮南部を軍事的に指揮する権利とを、中国の皇帝から認めてもらうために、中国の南朝にたびたび使いを送りました」

 ここのところ清水書院では「ヤマト王権は、朝鮮半島への進出もはかり、その正当性を認めてもらうために中国皇帝への使いを何度もおくった」とありました。

 文教出版。「5世紀には、大王が中国に使いを送り、朝鮮半島の南部を支配する地位を認めてもらおうとした」まあ、わかりやすい。
日本書籍新社。「大王は倭国王としての地位と、朝鮮半島南部を支配する、将軍としての地位を認めてもらおうとつとめていた」

 帝国書院。「ヤマト王権は中国の皇帝へたびたび使いを送り、その力を借りて朝鮮半島諸国に対して優位にたとうともしました」

 扶桑社。「大和朝廷があえて南朝の朝貢国になったのは、高句麗に対抗し、朝鮮南部とのつながりを維持するためだった」

 教育出版。「5世紀に入ると、大和政権の大王は、中国にいくども使いを送り、中国の皇帝の権威をかりて高句麗に対抗し、朝鮮との関係を保とうとした」 扶桑社と似てる。

 大阪書籍。「5世紀の倭王が、5代にわたり中国に使いを送った」としか書いてない。朝鮮半島のことは無視してる。

 ふう、8社を比べたぞ。ひとつのことを書くのにもいろんな書き方があるもんです。どれがいいと思いますか?
最後になりましたが、行ったりきたりしてすみません。よけいにわかりにくくしていますね。反省(^_^;)
 

9月21日(水)(東京書籍続き・復習)

 「渡来人」については「一族でまとまって移り住む人々が増えました」という表現があり、あたかも「渡来人」は日本人と交わらなかったように誤解させる記述です。

 清水書院には「渡来人の中には大王家と婚姻関係をむすぶ一族もあった」と明確に書いてあり、帝国書院にも「渡来人は、われわれ日本人の先祖の一部となりました」とあります。

 逆に大阪書籍には「一族でまとまって日本に移り住む」と東京書籍と同じ記述があります。

 扶桑社。「一族や集団で日本に移り住んだ帰化人(渡来人)」とあります。

 日本書籍新社。欄外に「9世紀に、畿内に住む諸氏の祖先を調べた記録によれば、約30%が渡来人の氏であった」とあります。

 残りの3社にはこのことに関してどちらの記述もありません。繰り返しますが、扶桑社だけ「帰化人」(辞書でみても間違った使い方)と言っており、他の7社は「渡来人」です。

 ちなみに今日聞いた情報ですが、平成の天皇がワールドカップサッカーの韓国戦の時、「天皇家は欽明天皇の時に、朝鮮民族と交わったので、自分にも朝鮮民族の血が流れている」と公言したそうです。平成の天皇はなかなかのお人なのですね!

 次、9月15日に検証した部分です。東京書籍はこうなっています。

 「7世紀の中ごろ、唐は対立する高句麗を攻撃し、そのために朝鮮半島の国々では緊張が高まりました。日本でも、戦争にそなえる国づくりを急がなければなりませんでした」

 扶桑社は「朝鮮半島の3国に緊張が走り、日本も危機に備えて国家の体制を強化しなければならなくなった」でした。

 他社では「国力を高めようとした」(2社)、「強大国が影響を及ぼし始めた(日書)、「大きな不安」(清水)、「東アジアの緊張が高まる」(教育出版)、文教出版は何も書いてない、なので、この6社に比べ、東京書籍は非常に扶桑社寄りと言えます。蛇足ですが、この二社を比べると、扶桑社は言葉がむずかしく、東京書籍の方が中学生にわかりやすいですね!

 「大化の改新」は特記事項なし。「白村江の戦い」のところに「そののち、新羅は、唐の軍隊をも追い出して、朝鮮半島を統一しました」という一文が入っています。文教出版も「白村江」の前の段階として「唐と結んだ新羅が、高句麗と百済をほろぼし、半島を統一した(その後白村江)」とありますが、新羅が唐も追い出したという記述はありません。

 大阪書籍、日本書籍新社、教育出版では、それぞれ大阪「中国・朝鮮の統一」、日書「新羅の朝鮮統一」(別項に「隋・唐の中国統一」という記述もある)、教出「広がる国際交流」の中に「隋と唐」「新羅による朝鮮の統一」という項目を設けて、ていねいに説明しています。最も充実しているのは教育出版で、2ページ使っています。

 つまり、朝鮮半島の統一をきちんと書いているのは東京書籍、大阪書籍、日本書籍新社、教育出版、の4社です。この点、東京書籍は評価できます。

 長々とお疲れ様でした。明日は奈良時代に入ります。8冊全部いっぺんに比べますが、中心は帝国書院、大阪書籍、東京書籍、扶桑社として、他4社は特徴的なところだけ取り上げることにします。
 
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by lumokurago | 2011-08-04 17:24 | 中学校歴史教科書8冊の読み比べ

チビちゃん、お姉ちゃん宅へ

 チャー吉が来なくなってしまったので、とてもとてもせつなく(1年かけてあそこまでなついたのに)、チビ猫がいなくなれば帰ってくるかと、チビちゃんを友人(お姉ちゃんをもらってくれた人)に預けました。チビちゃんはお姉ちゃんに10日ぶりで再会。はじめこそお互いに警戒していましたが、すぐに思い出したらしく、追いかけっこ、プロレスとじゃれあい、最後には一緒に寝ていました。かわいかったのですが、猫を連れているうえ、荷物(エサなど)が重かったので余裕がなく、カメラを忘れてしまったのが残念です。引き取りにいくときには忘れずに持っていこうと思います。
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by lumokurago | 2011-08-03 19:21 | ねこと鳥 (cats&birds)

読み比べ その5

 しばらくのあいだ掲載を忘れていました。2005年の杉並区の扶桑社版採択のあと、歴史教科書8冊を読み比べました。9月18日の元日本軍兵士の証言をぜひお読みください。とても貴重なものです。


9月17日(土) (外国と仲良くできるの?)

 扶桑社。「白村江の戦いと国防の備え」。すごい見出しですね。「国防」ときたか。

 ちょっと長いけど名文なので引用します。「7世紀の半ば、朝鮮半島では、新羅が唐と結んで百済を攻めた。日本と300年の親交がある百済が敗れ、半島南部が唐の支配下に入ることは日本にとっても脅威だった。そこで、中大兄皇子を中心とする朝廷は、百済を助けるために、多くの兵と物資を船で送った。唐・新羅連合軍との決戦は、663年、半島南西部の白村江で行われ、2日間の壮烈な戦いののち、日本側の大敗北に終わった(白村江の戦い)。日本の軍船400隻は燃え上がり、空と海とを炎で真っ赤に染めたという。こうして百済は滅亡した。新羅は、唐と連合して高句麗もほろぼし、朝鮮半島を統一した。

 中略・・・白村江の敗北は、日本にとって大きな衝撃だった。唐と新羅の襲来をおそれた日本は、九州に防人を置き、水城を築いて、国をあげて防衛に努めた。また、中大兄皇子は都を飛鳥から近江に移し、即位して天智天皇となった。天皇は国内の改革をさらに進め、全国的な戸籍を作った」 ここまでで1ページまるまる使っています。ページの上三分の一には「大宰府の守り」の絵があります。

 帝国書院。「白村江の戦い」として簡単に7行書いています。「朝鮮半島では、新羅が唐と結んで、百済を攻めたので、倭国は百済を支援するため大軍を送り、新羅・唐の連合軍と戦いました。しかし、663年、倭国の軍は白村江で退廃し、朝鮮半島から手をひきました。倭国は、唐・新羅の侵攻にそなえ、山城を築くなど守りをかためるとともに、戦乱をのがれた百済の人々の知識や技術を取り入れて、本格的な国内の改革にとりかかりました」(天智天皇は出てこない)

 大阪書籍。6行だけ。「唐と新羅が連合して百済をほろぼそうとしたとき中大兄皇子は百済を助けるために軍隊を送りました。しかし、 戦いに敗れた皇子は、九州北部に防人とよばれる兵士をおいて、唐や新羅の攻撃にそなえるいっぽう、大津(滋賀県)で即位して天智天皇となり、戸籍を作るなど、国内の制度づくりを急ぎました」

 日本書籍新社。6行。大阪書籍とほぼ同じですが、最後に「戸籍をつくって、民衆への支配を強めた」という言葉が入っています。

 清水書院。6行。大阪書籍、日本書籍新社とほぼ同じ。この下に「神話と伝承」というコラムがあり、「朝廷では、皇族や豪族などに伝えられていた、神話や伝承・記録などを、天皇を中心とした国の成り立ちの話としてまとめなおした。・・・神話には古代日本人の自然観があらわれているものが多い」と書かれています。

 やはり「戦争」の記述が多いのは扶桑社ですよ、宮坂さん。他社の3倍、ページを使っています。それに「戦い」があれば、すべて外国はいつ攻めてくるかわからないから、国防につとめなければいけないと説いています。子どもたちに外国とみれば「脅威」とする疑いの目を養っていきます。このクローバル化の時代にこんな教科書で勉強して、外国と仲良くできるのかな?
 

9月18日(日)閑話休題(今日は何の日?答は最後に) (小さい字の説明は大辞泉より)

 今日、「戦場の加害と抵抗」と題する、元日本軍兵士だった方たちの講演会に行きました。

 お一人目は前田光繁さん(89歳)。元日本人反戦同盟の方です。中国で鉄道労働者の監督として働いていた前田さんは1938年7月末、八路軍(中国の抗日戦争期に華北で活動した中国共産党軍)の襲撃を受けて捕虜となりました。以下前田さんのお話をごく手短にまとめます。

 まず八路軍の最前線まで連れて行かれ、そこでケガの手当てを受けた。食べ物はみんなが粟飯を食べているのに、自分だけうどんやマントウで、卵か肉の一品を添えてくれていた。なぜかと聞いたら、「粟飯はくったことがないだろうから」と言われた。捕虜というより、友だちのような態度だった。後でわかったことだが、「捕虜を殺すな。優待しろ」という命令が出ていた。

 歩けるようになったら、護衛兵一人とさらに奥地へ行った。その人と仲良くなってしまい、逃げようと思ったこともあったが、逃げたらその人に悪いとまで思うほどになった。奥地とは129師団司令部があったところで、張香山がいた(私は不勉強で知りませんが、有名な人らしいです)。「いらっしゃい」と迎えられて驚いた。八路軍は捕虜を殺さないという軍律を持っていた。のみがひどくのみに殺されると言ったら、他の場所に連れていかれたくらいだった。

 八路軍は初め3.4万だったが、終戦の頃には80万になっていた。こんなに増えたのは日本軍が中国にひどいことをしたためである。日本軍は1942年から三光作戦(日中戦争下、日本軍が行った残虐で非道な戦術に対する中国側の呼称。三光とは、焼光(焼き尽くす)・殺光(殺し尽くす)・搶光(そうこう)(奪い尽くす))を行った。

 自分は日本兵が死ぬことは名誉の戦死ではなく、無駄死と感じた。また、中国人の被害を少しでも少なくしたかった。この二つの理由で、1939年8月2日、八路軍に参加し、反戦活動をした。この頃には粟飯もだんだんおいしくなっていた。

 反戦活動は口とペンを使って行った。宣伝ビラを書いて、百姓に頼んだりしてトーチカ(機関銃や砲などを備えた、コンクリート製の堅固な小型防御陣地)の近くや、日本軍のやってくるところで配った。また、戦争をしている時に、夜霧にまぎれて呼びかけたり、トーチカにメガホンで呼びかけたり、電話線に針金をつなぎ、携帯用電話機を使って呼びかけた。

 初めて呼びかけたのは、岡崎大隊で200名が死亡、30名が残っていたので、「自分は日本人だ。あなた方は完全に包囲されている。これ以上戦ってもむだだから、降伏しなさい」と呼びかけた。しかし、隊長は「あれは朝鮮人のうそだ」と言って、玉砕した。一人が偶然穴に落ちたので助かって捕虜になっただけだった。
よびかけは危険で、二人が銃撃されて亡くなった。その二人の慰霊碑を建てに戦後中国に行ってきた。

二人目は坂倉清さん(85歳)。BC級戦犯。

 坂倉さんは千葉県の貧農出身。作った米の半分は年貢で取られてしまい、家族の食べる米もなくなる状態だった。貧乏から抜け出すために軍隊に入りたいと思っていた。昭和15年、甲種合格し、12月に中国へ。そこで教育を受け、昭和16年6月から山東省で実戦に参加した。

 坂倉さんのお話はあまりにも生々しく、ここに書くのもつらいくらいなので、ごくごく短くします。「私は中国で数え切れない中国人を殺し、家を焼き、略奪した。八路軍の情報を知らないかと村の人びとを拷問し、何のとがもない農民にガスをガス燈10本分も浴びせて、気を失ったところを放置した。

 敗戦前に朝鮮に行き、ソ連の捕虜になってシベリアへ。寒さの中ばたばた人が死んでいった。埋葬しようにも土が凍っているので穴が掘れない。遺体の上に落ち葉をかけた。春になったらオオカミが肉を食うと言われた。

 シベリアが終わったら、今度は戦犯と言われ、中国解放軍に捕まった。その時は天皇陛下のためにやったのに何が悪いんだと思っていた。勉強してやっと悪かったとわかった。帰国する時、中国側に『今日から友だちだ』と言われた。帰国して仕事もなかったが、東大に勤め、その頃学生運動があったが、学生が正しいと思った」。最後に「やっと、こうしなきゃならないと自分で判断できるようになりました」とおっしゃいました。

 主催者挨拶で、坂倉さんと同じ部隊にいらして、行動を共にしていらした方(お名前がわかりません)より。
「5年間中国で坂倉さんと同じ体験をし、敗戦前に『ソ連と戦え』と言われて朝鮮に行かされ、シベリアで6年、その後戦犯として中国で5年間、忠君愛国のために計16年間費やした。日本に帰って、近所のおばあちゃんに『おまえはいいなあ。16年経っても生きて帰ってきたんだから』と言われた。そのおばあちゃんの倅は戦死した。靖国神社に眠る英霊の家族の涙を思ってほしい」

 前田さんが中国側から「銃を放せば兵隊も被害者。我々の友」と言われたとおっしゃっていました。

 二度と戦争を起こさないために、自らの戦争体験を語るこの方たちの人生を思うと、その重さに言葉もありません。

 戦争は絶対にやってはいけないのです。

 1931年9月18日、(日本軍は)奉天(今の瀋陽)郊外の柳条湖で南満州鉄道の線路を自分たちの手で爆破した。そしてこれを中国軍のしわざだとして、事前の計画にしたがってただちに軍事行動に移り、たちまちのうちに満州全土を占領した(満州事変)。(日付まで書いてあったのは、8社のうち日本書籍新社のみでしたので、これは日本書籍新社からの引用です)
 

9月19日(月) (「律令国家の形成」と「日本という国号の成立」、どっちが大事なの?)

 帝国書院。「壬申の乱」「大宝律令」について14行使い、「こうして、ヤマト王権は、全国を統一的に支配する体制をつくりあげました」とまとめています。次は奈良時代です。

 大阪書籍。「壬申の乱」「大宝律令」について10行でまとめています。4社の中で一番簡潔でわかりやすいので、引用します。(この連載で日本史の勉強もしているので) 。ただし律令国家について詳しいことは何も書かれていません。この点、清水書院と対照的です。

 「天智天皇の死後、政治方針のちがいと皇位をめぐって、壬申の乱が起こりました。この争いに勝った天武天皇は、天皇に権力を集中する国家の建設をおし進めました。このころに大王は天皇、倭は日本と名のるようになりました。また、唐の都にならって奈良盆地南部に藤原京がつくられ、701年には大宝律令が定められて、改新(注:大化の改新)の方針は実現しました。このように律令に基づいて政治が行われる国家を、律令国家といいます」

 日本書籍新社。他の3社にはない(扶桑社にはある)「壬申の乱」の大海人皇子と大友皇子の名前が出ています。それでも「大宝律令」と合わせて15行です。

 清水書院。「壬申の乱」は簡単に触れているだけですが、「律令国家」について詳しく書いています。これがとてもわかりやすく、計22行です。この「節」のタイトルが「律令国家の形成」であることからも、「律令国家」に力を入れているのがわかります。

 扶桑社。本当に「戦い」が好きなんですね。詳しく書いてあります。「略・・・天皇の子の大友皇子と、天皇の弟の大海人皇子のあいだで、皇位継承をめぐって内乱が起こった。これを壬申の乱という。大海人皇子は、地方の豪族を 味方につけ、機敏な行動で大勝利を収めた。この争いの中で豪族たちは分裂し、政治への発言力を弱めた。こうして天皇を中心に国全体の発展をはかる体制がつくられていった」 「大宝律令」も合わせて、30行です。大阪書籍の3倍です。その分書き足りないところが出てくるはずですね。それはどこかしらね。

 最後に「唐に朝貢していた新羅が、独自の律令をもたなかったのに対し、日本は、中国に学びながらも、独自の律令をつくる姿勢をつらぬいた」という一文を入れるのを忘れていません。朝鮮に対して日本が優位にあるということを強調しています。

 ちなみに扶桑社のこの部分のタイトルは「日本という国号の成立」です。
 帝国書院:「中国にならった国づくり」
 大阪書籍:「律令国家をめざして」
 日本書籍新社:「「律令国家が成立する」
 清水書院:「律令国家の形成」です。
 その会社が何を大切にしようとしているのかがタイトルでわかりますね。
 
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by lumokurago | 2011-08-03 08:17 | 中学校歴史教科書8冊の読み比べ

内海さんの写真より

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by lumokurago | 2011-08-02 18:26 | 花 ・樹(flowers&trees)

森の展覧会報告

 森の展覧会の報告が次にあります。とても楽しかったです。ぜひみてね。

 http://forests716.blogspot.com/2011/08/blog-post.html
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by lumokurago | 2011-08-02 12:46 | 原発

『認知症にさせられる』 浜六郎

 お年寄りに「認知症かな?」と思われる症状がでたら、まず薬を疑いましょう。薬の毒性(副作用)による「せん妄」が認知症と似たような症状だからです。この本には「せん妄」を認知症と誤診して薬を増やし、ますます症状がひどくなった例がたくさん載っています。反対に飲んでいた薬をやめたら、症状が消えた例も載っています。

 医師は医療や薬に対する幻想が強いので、薬は効くと信じ、毒性(副作用)のことはあまり知らない人が多いのです。患者が自衛するしかありません。亡くなった父も60代半ばの頃、風邪薬でよなかに大暴れしたことがあります。薬の毒性はあらゆる精神神経症状を起こすのです。ただの風邪薬ですよ。友人の一人はセデスを飲んだあと、階段から転がり落ちたそうです。1回目は毒性とはわからなかったが、2度同じことがあって、セデスのせいとわかり、それ以来飲むのをやめたそうです。

 お年寄りは薬の毒性が強くでやすいので、特に注意が必要です。

 アルツハイマーの患者さんにアリセプト(塩酸ドネペジル)が処方されているが、効き目はあるのかないのかわからないくらいだということです。2004年、ランセット誌(イギリスの超一流医学雑誌)に効果はほとんどないという論文が掲載されました。アリセプトの承認に、海外では製薬会社の利害や患者団体が大きくかかわっています。

 アリセプトの保険適用は「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」ですが、レビー小体型認知症にも使われており、その場合パーキンソン症状を悪化させる毒性があるそうです。脳血管性認知症では死亡率が4倍になるという結果もでています。

 父がはじめて受診した浴風会病院の精神科の医師は、いまでも診断がむずかしく、そのころまだマイナーだったレビー小体症という診断を下し、「アリセプトという薬がでてきたが、ほとんど効かない」と言って、処方しませんでした(1998年)。薬が「効かない」という医者は信用できます。「効く」と言って患者に薬を売りつければ、いいことがあるかもしれないけれど、「効かない」と言って薬を売らないのでは、なんの得にもなりませんからね。
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by lumokurago | 2011-08-01 17:59 | 医療

森の展覧会 終了

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 最終日のイベントはmamaclioの演奏でした。アコーディオン、おもちゃのピアノ、バイオリン、ギター、ウクレレ、バグパイプ、リコーダー、いろいろな音のでるもの、鈴、などなどをちりばめたユニークな音楽。バグパイプはスコットランドが有名ですが、ヨーロッパ各地にあり、今日使った楽器はブルガリアで買ってきたそうです。

 私はバルカン半島付近のフォークダンスが好きで学生時代よく踊っていたので、その音楽によく似ていてとても懐かしかったです。

 このイベントをきっかけに新たな出会いがあり、ひろがりもあったようで、スタッフにもお客さんにも喜んでもらえよかったと思います。「オペレーション子どもたち」への寄付金は21万円になりました。作品をだしてくださったかたがた、来てくださったかたがた、どうもありがとうございました。
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by lumokurago | 2011-08-01 10:56 | 原発