暗川  


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ガダルカナル(五味川純平)

 『ガダルカナル』(五味川純平 文春文庫)を読みました。400ページもあるうえ、わからない軍隊用語があったり(調べもせずわからないまま読み進んだ)、当時の片仮名交じりの文章があったりして、読みにくく、読み終えるのはたいへんでした。

 日本人の(特に男性?)の気質からして、日本が戦争に勝つということはこれから先もあり得ないとつくづく思いました。原発事故をみても以下はいまも本質的には変わっていないと思います。

 1、メンツに囚われ、臆病と思われたくないというだけで正直な考えを言わないため、いつも精神主義のみで物量の圧倒的に優勢なアメリカに向かっていき、自滅する。
 2、いつも敵の力を過少評価し、楽観的に考えるため、作戦とは名ばかり。地形もわからず地図もなく、ジャングルのなんたるかも知らず、行き当たりばったりなので、いつも自滅する。
 3、率直に失敗を認め、そこから学ぶことができない。同じ失敗を際限なく繰り返して自滅する(ノモンハンの指揮官がガダルカナルで同じことを繰り返している)。
 4、階級的に下の者のいうことであっても、いい考えがあるのに、相手にしない。などなど、きりがない。

 つまり、頭が悪い。冷静になれない。自分の頭で考えない。ほんとうのことを口にだす勇気がない。合理的判断ができない。ないないづくしですね。

 戦争に勝つためには気質のみならず、こんな軍隊制度では絶対に無理です。一言で言うともっと民主的な組織が必要です。メンツを捨て、部下の意見もきちんと聞き、率直に話し合い、相手の力も冷静に分析し、負ける戦いは挑まない。

 *****以下引用

 「大本営が信じた日本空軍の優越は夢でしかなかったのだ。当然である。天皇制下に、その絶対性に依拠し、合理性を排除してはびこった軍部官僚主義に、現実的な認識も、柔軟迅速な対応処置も、可能であるはずがなかったのである」

 「軍隊の指導的立場にある者の大部分は、物事を軽易に考え、過早に楽観視し、予想される困難を会えて無視することが、勇敢、積極的であるという錯誤に陥っていたようである。裏返せば、用心深く、慎重である者は臆病者とされたのである」

 「天皇がどれだけ真相を知らされていたか、知ろうとしていたかは、窺う由もないが、本格的な攻撃再開の見込がもはやなくなった時点でも、まだ、如何にして敵を屈服させるかの方途を知りたいというのである。天皇は、ガダルカナルやニューギニアの前線で、「天皇の赤子」が日に日に何十人となく餓死してゆくことなど、想像出来ないかのようである」

 「昭和17年以降、第17群のガ島総上陸人員は3万140名。交戦中に後送した患者は740名。ガ島における損耗は2万800名。上陸人員の66%である。ただし右は海軍や設営隊や船員を含まないので、不完全な数字である。
 戦死は5000乃至6000と推定され、内輪にみても1万5000前後が戦病で斃れたと思われる。死因は、栄養失調、マラリア、下痢、脚気等に因るが、そのほとんどは補給の甚だしい不足に責を帰すべきである」

 (中略)

 「稿を結ぶにあたって、もう一度前掲吉田嘉七『ガダルカナル戦詩集』から引用したい。

 国の為だと信じ込み
 ジャングルの落ち葉の下で朽ちてゆく
 米も食わずに戦って
 ぼろぼろになって死んだ仲間達
 
 遠い遠い雲の涯に
 たばにして捨てられた青春よ
 今尚太平洋を彷徨する魂よ
 俺達の永遠に癒えない傷あと

 死地にあった身を生きながらえた者が語りつがねば、米も食わずに戦ってぼろぼろになって死んだ男たちの死は、その理不尽とむごたらしさを、みずから語ることはない。だが、生きながらえた者が、何故そのような経験を強いられたかを詮索しきれないうちに、ぼちぼちと人生を終る順番がめぐって来る。

 ガダルカナルに限らない、どれだけ夥しい青春がむざむざと使い捨てにされたか。けれども、時が経ち、人は遂に知る必要を覚えないかのようである。

 過去のことは過去の人間のしたことでしかない。所詮は見知らぬ他人事なのである。昔、青春がいくら使い捨てにされようが、いまの自分には関係ない。そう思っているかのようである。

 過去が現在に関係がなければ、歴史も戦史も、その醜いはらわたを暴く必要はないのである」


 明日、「あとがき」を載せます。
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by lumokurago | 2011-09-15 17:52 | 平和

2011 9 11 新宿アルタ前 柄谷行人 演説



 書き起こしです。
 
この4月から反原発のデモに参加しています。このアルタ前でも6・11デモにも参加しました。
私がデモに行くようになってからいろんな質問を受けます。しかもたいがい否定的な質問です。

そのひとつは、「デモで何が変わるのか?デモで社会を変えられるのか?」というものです。私はこう応えます。もちろんデモで社会を変えることができる。確実に変えられます。なぜなら、デモをすることで、デモをする社会をつくれるからです。(歓声)

考えて欲しい。今年の3月以前に、日本には沖縄を除いてデモはほとんどなかった。それがいま、日本全国きょうもたぶん100ヵ所以上でデモが行なわれています。その意味で、日本の社会はすこしは変わった。これは明らかです。

例えば、福島原発の事故のようなことがドイツやイタリアで起こればどうなるか、あるいは韓国で起こればどうなるか、巨大なデモが国中に起こるでしょう。しかしそれに較べれば、日本のデモは異様なほどに小さい。しかしそれでもデモが起こったことは凄い、救いであると私は思います。(拍手)

デモは主権者である国民にとっての権利です。デモができないなら、国民は主権者ではない。例えば韓国では20年前までデモは出来なかった。軍事政権があったったからです。しかしその軍事政権を倒して国民主権を実現した。デモによって倒したのです。そのような人たちがデモを手放すはずがありません。

では日本ではなぜデモが少ないのか?なぜそれはヘンなことだと思われているのか?それは国民主権を自分の力で、闘争によって獲得したからではないからです。日本人は戦後、国民主権を得ました。しかしそれは敗戦によるものであり、事実上占領軍によるものです。つまり自分で得たのではなく、与えられたものです。ではこれを自分自身のものにするためにはどうすればいいか?それはデモをすることです。(拍手)

私が受けるもうひとつの質問は、「デモ以外にも手段があるのではないか?」というものです。たしかにデモ以外にも手段があります。そもそも選挙があります。その他さまざまな手段があります。しかし、デモが根本的です。デモがある限りその他の方法も有効になりますが、デモがなければそれらは機能しません。いままでと同じことになります。

さらに私が受ける質問は、「このままデモは下火になっていくのではないか?」というものです。戦後日本には幾度も全国的な規模のデモがありました。しかしそれは長続きしなかった。今回のデモもそうなるのではないか、というわけです。たしかにその恐れはあります。マスメディアではすでに、「福島の事故は片付いた」、「ただちに経済復興に取り組むべきだ」というような意見が強まっています。ところがそんなことはない。福島ではなにも片付いてはいないのです。しかし当局やメディアは片付いたかのように言っている。最初からそうです。彼らは最初から事実を隠し、たいしたことはなかったかのように装ってきたのです。ある意味でそれは成功しています。多くの人たちがそれを信じている。信じたいからです。そしたら、今後に反原発のデモは下火になっていくことは避けられない、というふうに見えます。

しかし違います。福島原発事故は片付いていない、今後もすぐには片付かない、むしろ今後に被爆者の病状がはっきりと出てきます。また福島の住民は永遠に郷里を離れることになります。つまり、われわれが忘れようとしても、またじっさいに忘れても、原発の方は執拗に残る。それはいつまでも続きます。原発が恐ろしいのはこのことです。それでも人々はおとなしく政府や企業のいうことを聞いているでしょうか。そうであれば、日本人は物理的に終わりです。だから私はこう信じています。第一に反原発運動は長く続くということです。第二に、それは原発にとどまらず日本の社会を根本的に変えるちからとなるだろうということです。(盛大な歓声)みなさん!粘り強く闘いましょう!以上です。


参考 柄谷行人公式ウェブサイト 反原発デモが日本を変える

 抜き書きします。

 【柄谷】最初に言っておきたいことがあります。地震が起こり、原発災害が起こって以来、日本人が忘れてしまっていることがあります。今年の3月まで、一体何が語られていたのか。リーマンショック以後の世界資本主義の危機と、少子化高齢化による日本経済の避けがたい衰退、そして、低成長社会にどう生きるか、というようなことです。別に地震のせいで、日本経済がだめになったのではない。今後、近いうちに、世界経済の危機が必ず訪れる。それなのに、「地震からの復興とビジネスチャンス」とか言っている人たちがいる。また、「自然エネルギーへの移行」と言う人たちがいる。こういう考えの前提には、経済成長を維持し世界資本主義の中での競争を続けるという考えがあるわけです。しかし、そのように言う人たちは、少し前まで彼らが恐れていたはずのことを完全に没却している。もともと、世界経済の破綻が迫っていたのだし、まちがいなく、今後にそれが来ます。

 日本の場合、低成長社会という現実の中で、脱資本主義化を目指すという傾向が少し出てきていました。しかし、地震と原発事故のせいで、日本人はそれを忘れてしまった。まるで、まだ経済成長が可能であるかのように考えている。だから、原発がやはり必要だとか、自然エネルギーに切り換えようとかいう。しかし、そもそもエネルギー使用を減らせばいいのです。原発事故によって、それを実行しやすい環境ができたと思うんですが、そうは考えない。あいかわらず、無駄なものをいろいろ作って、消費して、それで仕事を増やそうというケインズ主義的思考が残っています。地震のあと、むしろそのような論調が強くなった。もちろん、そんなものはうまく行きやしないのです。といっても、それは、地震のせいではないですよ。それは産業資本主義そのものの本性によるものですから。

(中略)

【柄谷】フクシマのあと、脱原発に踏み切った国を見ると、核兵器を持っていないところですね。ドイツやイタリアがそうです。この二カ国は日本と一緒に元枢軸国だったのです。ところが、日本はそうしない。それは、本当は、日本国家が核兵器をもつ野心があるからだと思います。韓国もそうですね。ロシアやインドは、もちろん核兵器を持っている。核兵器を持っている国、あるいはこれから作りたい国は、原発をやめないと思います。

(中略)

【柄谷】そう思います。3月11日以後、日本の政治的風土も少し変わった気がしますね。たとえば「国民主権」という言葉があります。国民主権は、絶対王制のように王が主権者である状態をくつがえして出てきたものです。しかし、主権者である国民とは何か、というと難しいのです。議会制(代表制)民主主義において、国民とはどういう存在なのか。選挙があって、国民は投票する。その意味で、国民の意志が反映される。しかし、それは、世論調査やテレビの視聴率みたいなものです。実際、一か月も経てば、人々の気持はまた変わっている。要するに、「国民」は統計的存在でしかない。各人はそのような「国民」の決定に従うほかない。いいかえれば、そのようにして選ばれた代行者に従うほかない。そして事実上は、国家機構(官僚)に従うことになる。こんなシステムでは、ひとりひとりの個人は主権者ではありえない。誰か代行者に拍手喝采することぐらいしかできない。

 昔、哲学者の久野収がこういうことを言っていました。民主主義は代表制(議会)だけでは機能しない。デモのような直接行動がないと、死んでしまう、と。

(中略)

―― 脱原発の動きについては、そのひとつの試みとして、ソフトバンクの孫正義さんが提案している案(大規模な太陽光発電所の建設など)も、最近注目を集めています。

【柄谷】ぼくは信用しない。自然エネルギーの活用というような人たちは、新たな金儲けを考えているだけですね。エコ・ビジネスの一環です。太陽光というと、パネルなどを大量に生産することができる。あるいは、大量に電気自動車を作ることができる。しかし、サハラ砂漠ならともかく、日本では、太陽光発電そのものが環境破壊となる。そんなものは、いらない。現在のところ、天然ガスで十分です。それなら日本の沿岸にも無尽蔵にある。要するに、先ず原発を止める。それからゆっくり考えればいいんです。

(後略)


 柄谷さん、すばらしい!
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by lumokurago | 2011-09-14 18:05 | 原発

内海さんの写真より

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 ネコジャラシですね。今度本物でじゃらしてみよう
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by lumokurago | 2011-09-14 11:46 | 花 ・樹(flowers&trees)

沖縄教科書問題に文科省しゃしゃりでる

 沖縄タイムス記事です。

石垣・与那国教育長が協議無効を訴え  2011年9月12日 09時53分 

 【八重山】八重山地区で「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版中学公民教科書が、3市町の全教育委員による協議の結果、多数決で不採択になったことを受け、同社版教科書を採択していた石垣市の玉津博克、与那国町の崎原用能両教育長は11日までに、協議の無効を訴える文書を文部科学省と県教育委員会宛てに送付した。両教委の了解を得ずに進められた協議だったと主張している。

 地区内で分裂状態にあった公民教科書の一本化に向けた8日の協議では、開始前に全13委員がいったん3市町に分かれ、協議のルールや進め方についてそれぞれ合意形成していた。

 同日付で文書を送付した崎原教育長は、町教委として「全員一致の合意を条件に全教育委員13人による協議をすること」を決議したが「受け入れられず無視された」とした。

 9日付で発送した玉津教育長は、市教委が「8月30日付で採択に関する業務はすべて完了したことを踏まえ、今後一切変更のないこと」を確認して協議に臨んだと主張した。

 両教育長が主張の根拠としている決議や確認は、多数決で決めていた。

 その上で、両教育長は「(全委員による)協議は県教委の主導のもと、多数決を前提に進められた」として無効を訴えている。


八重山教科書:自民、玉津教育長を招集 2011年9月13日 09時50分

 【八重山】八重山地区の中学校教科書の採択問題で、石垣市の玉津博克教育長が13日に上京し、自民党の文部科学部会などによる合同会議に出席することが12日、分かった。党側は玉津氏のほか竹富、与那国両町教育長にも出席を求めたが、両教育長は応じなかった。玉津教育長は同日、本紙取材を拒否。「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版公民教科書を不採択にした3市町の全教育委員による協議の無効性などを訴えるとみられる。一方、同地区の教育関係者ら市民は「教育への政治介入だ」と批判する声明を発表した。(又吉嘉例)

 党側によると、同党の政調、文部科学両部会と、日本の前途と歴史教育を考える議員の会(教科書議連=会長・古屋圭司衆院議員)による合同会議が玉津氏を招集。9日に同氏より了承を得たという。

 会議の趣旨について党側は「特定の教科書を採択すべきだという趣旨ではなく、地元当事者から話を聞いた上で協議の手続きについて、法的な不備の有無を確認する」としている。

 教科書議連は、全国で「つくる会」系教科書の採択を目指そうと活動する議員グループ。8日、教育委員による協議の際に、玉津教育長の立場を支援する趣旨のメモを送った義家弘介参院議員も所属している。

 一方、教育関係者らでつくる「子どもと教科書を考える八重山地区住民の会」(仲山忠亨氏ら共同代表10人)は12日、教育委員による協議の法的無効性を主張する玉津氏の一連の言動に対する抗議声明を発表した。

 仲山共同代表は「多数決ではあったが、全教育委員での決議は否定する機関がない最高の決定」と協議の意義を強調。玉津氏の自民党会議出席については「政治が教育を支配することを恐れている。教育の中立性が侵害される」と訴えた。


八重山教科書:文科相「協議は整っていない」 2011年9月13日 13時02分

 【東京】中川正春文部科学相は13日の閣議後会見で、八重山地区の中学校公民教科書の採択をめぐり、育鵬社版を不採択とした3市町の全教育委員による協議について、石垣と与那国の合意がないことを踏まえ「文科省の担当者から事情を聴き取った。残念だが協議は整っていないと考えていかざるを得ない」との見解を示した。

 同地区の教科書問題については「一義的には県教育委員会に頑張っていただかないといけないが、私たちも協力していきたい」と述べ、文科省による何らかの対応の可能性を示唆。具体的には「少し整理したい」と述べた。

 同日は自民党が部会を開き、再協議について法的な問題がなかったかをめぐり、石垣市の玉津博克教育長や文科省、県から事情を聴取する。


*****

 教科書採択にしゃしゃりでる「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」。なりふりかまわずですな。特定の政治団体とくっついている教科書はほかにはありません。
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by lumokurago | 2011-09-13 17:32 | 沖縄

花咲き、鳥の啼くでんでら野(菅野浪男)

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 浪男さんの農場の入り口にあるヤマボウシ。この農場は川俣町山木屋にあり、計画的避難区域なので、浪男さんは現在川俣町町内に避難している。
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 浪男さんのイングリッシュガーデンの花たち(2009年7月)

 浪男さんが私の『生前追悼文集』に寄せてくれた文章をご紹介します。

 花咲き、鳥の啼くでんでら野   菅野浪男

 前略 容子ちゃんと初めに出会ったのは、私が大学生、貴女が中学生の時でしたね。容子ちゃんはふっくらとしてお母さん似だな、越ちゃんは細くお父さん似だなというのが第一印象でした。

 私はご両親の故郷川俣の出身ということでお世話になりました。私は貴女の父方のおじいちゃんやおばあちゃんの生前も知り、母方の叔母さんとは今も親交があります。つまり貴女のルーツを知る友人だと自負しています。

 私がこの川俣の地に牧場を開いてからは幾度となく足を運んでくれ、又多くの友人達も連れて来てくれました。あの小学生だった子は20年以上も過ぎた今、どんな大人になっているかなあ、と考えることもあります。

 容子ちゃんが乳がんになった時も骨に転移したときにも牧場に来てくれましたね。私は何もしてあげれなかったけれども、時間と空間は提供できたかと思っています。

 貴女は池のまわりや草地のなかをひとりで歩いていましたね。特に私とは話はしなかったけれど、牧場の草木は貴女の思いをいっぱい聞いただろうと思います。

 今、私は、貴女のお父さんの絵を展示する美術館を作る努力をしています。開館の時は必ず見に来てください。

 そして私も牧場も40年の月日が過ぎ、子育ての役割も終えて、これからは経営のためではなく単に私が生活するための場所作りをしようと思っています。花を植え、池を掘り、4万5千坪の墓作りかもしれません。自分で自分のでんでら野を作るつもりです。

 そしてそこには多くの友人達も遊びに来てくれると信じています。石に囲まれたお墓ではなく、花咲き鳥の鳴くでんでら野です。

 容子ちゃんも必ず遊びに来て下さい。

 (父の同郷・親戚同然・福島県在住)

 
 ここに私の「骨をぶん投げて(叔父の表現)」くれるように頼んできました。浪男さんはいずれ深い森に戻るだろうと言っています。「花咲き鳥の啼くでんでら野」を通り越して森になりますが、放射線汚染のことを別にすれば、それもまたいいかなと思います。(浪男さん、ごめんなさい。でも浪男さんも亡くなればいずれそうなりますね)。
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by lumokurago | 2011-09-12 18:16 | きままながん患者

内海さんの写真より

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by lumokurago | 2011-09-12 17:01 | 花 ・樹(flowers&trees)

鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて

鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて

 JANJAN田中龍作記者の記事です。鉢呂氏は脱原発、反TPPだったので残念だと思っていました。そういう大臣は邪魔なはずです。陥れて辞めさせることは十分にありうることです。

 「何も信じてはいけない」。 by茨木のり子

 どっちがほんとうなのかわかりませんが、わからないことを信じるのはやめ、少なくとも「わからない」という立場でいましょう。
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by lumokurago | 2011-09-12 09:37 | 原発

日本では放送できない 報道できない 震災の裏側 2


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by lumokurago | 2011-09-11 21:27 | 原発

今日の4にゃん

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 ニイニイ(という名前にしました)
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 新聞が大好きなミュウ(チビ)
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 ミュウの寝顔
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 ニイニイの寝顔
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 子猫2匹が猫部屋(父のアトリエ)に去ったあと、窓を開けておいたら久しぶりに中に入ってきたニャーちゃん
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 別猫のようにデブ猫になってる。どこでご飯食べてるの?
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 丑三つ時にきたチャー吉。なぜか目が覚めてしまうので、そのあと眠れなくなって音楽を聞いている毎日です。


 こんばんは。チビちゃんの姉(妹)はお父さんがお酒を飲みながらお刺し身などあげるので、すっかり人間化し、大好物は納豆、枝豆、トマトだそうです。梨も食べるかもしれません。うちの2匹は人間の食事のときにご飯をあげるので、こちらには来ません。来ても食卓に上ればおろしています。チビちゃんのおてんばぶりはいよいよでなんにでもじゃれつき、兄ちゃんのおっとりぶりも徹底してきました。2匹の性格が正反対なのでおかしいです。チャー吉もちゃんと来ています。
 渡辺容子 9.8


こんばんは。
子猫たちは、みな良いところにもらわれて
幸せです。晩酌のお相手とは微笑ましい。
兄ちゃんはおっとりでしたから状況が大変よく
わかります。当院、最後の子猫の里親が見つかりそうです。
本日罠にかかった猫は前に捕獲したオス猫でした。
あと数日、オスをターゲットに罠を仕掛けます。これで終了と
なりそうです。書斎の猫は女房に慣れて一緒に寝ています。
私はいざというとき捕まえるので恐い存在のようです。しかし、
徐々に慣れていくでしょう。
網野 9.8


 こんばんは。メス猫が慣れてよかったですね。奥さまと一緒に寝るというのはやはり甘えん坊ですね。兄ちゃんも夜中まですり寄ってきます。チビのほうは動きっぱなしなので甘える暇はありません。最後の子猫の里親が見つかりそうとのこと、安心しました。
 今日、近藤先生の診察でした。体が重いけど、がんと関係ないと思うと言ったら、なぜか検査することになりました。そろそろ検査と思っていらしたのかも。1年ぶりの血液検査で腫瘍マーカーは上がっていましたが、まだそれほど高くはないようです。胸のレントゲンでは肺はきれいでした。肝臓の検査をして、転移があれば放射線で延命できるけど、そのあいだに骨転移が育って痛みがでることを思えば、放置という選択肢もあるとのこと。普通は死んでも生きたいんだけどね、と。今日のところは断りました。去年背骨に放射線をかけたときに、偶然一番大きい肝転移にもかかって消えたので、肺から類推すると、まだそんなに大きくなってないかも?? それに肺転移より肝転移で死ぬほうが楽そうです。
 子猫が来たのでもう少し長生きしたいです(笑)。
 渡辺容子  9.9


こんばんは。
最後の子猫がもらわれていきました。
オス猫数匹の去勢をしたいのですが、
これで良いかもしれませんね。
転移の拡大はないようで一安心できそうですね。
私も含めてなかなか死ねないので、しばらく生きていたほうが
よいのだと思います。自転車も来るし。本日、往診時転びそうに
なりました。前輪のどちらかが後輪と一直線になって傾斜した時が
危険なようです。三輪でも絶対安全ではありません。気を付けてください。
網野 9.9


 こんばんは。結局、毎日メールをだしてすみません。
 今朝、兄ちゃんが吐いたのでお医者に行ってきました。熱が39.6ありました(猫の平熱は38.5位だそうで、人間なら37.5というところかなということでした)。食べたもの+水様のものも相当吐いたので脱水の可能性があると思い、連れていきました。点滴しました。
 帰宅してからずっとどこかに隠れていましたが、いま、でてきてミルクを飲み、薬を入れたエサ、ほんの少しを食べ、私のベッドにあがってきて寝ています。もう私にお医者さんに連れて行かれたことは忘れたようです。
 もう少し長生きしそうだということで、この家を建て替えることにしました。両親の荷物が大量に残っているので、妹ひとりになってから処分し、建て替えるのは困難だからです。大きな家なので小さくして、残りの土地に木を植えます。
 三輪自転車は明日届きます。そうそう、子どもの三輪車も転ぶことがあるんですよね。気をつけます。
 渡辺容子 9.10


今日は。
ネズミを刺身で食べたのが良くなかったのかしら。
抗菌剤で治るでしょう。家を新築するのも楽しみですね。
設計の時が最も楽しいのかな。
北海道選出の馬鹿が舞い上がってアホ丸出しですが、
彼は私と同世代で、私の出身の町の少し北の高校を卒業
したといいます。北大の農学部を出て農協に勤め、無所属から
社会党と渡り歩いて民主党に落ち着いたとのこと。差別発言
ですが、所詮田舎者です。TPOがなっていない。
また、往復メールになってしまいそうですね。実は、春におことわり
したのは、そろそろ再発の時期が近づいていると思ったからです。
相変わらず調子の良い時と悪い時が交互にきますが、車も運転できるし
本も読めるのです。しかし、頭頂葉のみならず側頭葉もやられているようで、
頭の回転が非常に悪い。コンピューター相手に将棋を指すのですが、
なぜか勝てなくなってきました。左の空間認識低下に加えて先を読むことが
苦手になりました。側頭葉内側面の障害があると考えています。加えて前頭葉が
やられると人間失格、終わりですが、その前に死にたいですね。メールが続いている限り
生きているということでお付き合いをお願いします。
網野 9.11


 こんにちは。兄ちゃんはもう元気になりました。よかった。三輪自転車、届きました。試乗しました。近くにすごい登り坂があって、いつも息を切らしていた(肺転移を疑った・・・というのはウソです。背骨がぐらぐらするせいだと思っていました)のですが、楽に登れました。まだちょっとふらつきますが、裏道しか通らないので曲がり角に注意していれば大丈夫です。車はほとんど通りません。慣れたらどこへ行こうかな。玉川上水は土の道なのでどうでしょうか。神代植物園とか野川公園(長い坂道がある)に行ってみます。
 先生も体を動かすのがお好きみたいですが、私も基本的にそうです。仕事をしていたときはいつも子どもとドッジボールなどをやっていました。全身の骨に転移しているのに三輪自転車で走り回るのは私くらいかも。
 最近はいつも就任間もない大臣が失言で辞職しますね。「死の町」はともかく「放射能を移してやる」は小学校低学年レベルです。あきれかえって言葉もありません。
 先生のメールは楽しみにしていますが、毎日毎日だと大変なので、間をあけつつメールしますね。お大事にしてください。
 渡辺容子 9.11
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by lumokurago | 2011-09-11 18:22 | ねこと鳥 (cats&birds)

元「慰安婦」を侮辱する民間募金構想

 元「慰安婦」を侮辱する民間募金構想  石川逸子  朝日新聞論壇 1995.5.24

 50年前、私は栄養失調でおできがいっぱいながら「神国日本」は必ず勝つと信じこんだ12歳の少女だった。8月15日を境として、自由という美しい言葉を知り、「聖戦」が侵略戦争だったことも知った。むさぼるように本を読み、やがて恋をし、二人の娘をもった。

 でもそのように生きられなかった朝鮮半島などアジア・太平洋地域の同世代の女性たちがいたことに気付いたのはわずか数年前である。

 ソウルでお会いしたKさん。私より3つ年上の彼女は、成績が良く日本語も上手だったために、勤労女子挺身隊として富山の不二越工場へ連行される。空腹と望郷の思いから脱走したところを憲兵につかまり、レイプされ、軍「慰安所」に放りこまれる。そして性のなにかも知らなかった15歳の小がらな少女は、あるとき立ちあがれなくなるほどにたくさんの軍人たちの相手をさせられ、性病を患った。一銭のお金をもらうこともなかった。

 どことも知れない地の「慰安所」で8月15日を迎えたKさんは、歓喜し、同胞を頼ってようやく帰国の途につくが、出産間近な体であることを船中で人に教えられる。

 死のうとして死ねず、旅館で産みおとした赤ん坊を抱いて故郷の生家へ帰っていった16歳のKさん。でも余りに居づらく家を出て、孤児院に子を預け、日曜ごとに会いに行きながら働いた。あるとき会いに行ってみると、わが子の服を別の子が来ていて、「死んだ」といわれた。それからの長い年月、壊れた身体に苦しみながら一人働き続けてきた。結婚を求められたことも幾度かあったが「日本でのことは話せないし、結婚することはできませんでした」と。たった15歳で夢も希望も折られてしまったKさんの人生。

 この3月、またソウルでKさんに会った。村山内閣の民間募金構想に「私たちは物乞いではない。日本政府は真相を究明し、正直に、きれいに解決してほしい」と憤激しながら訴えられた。彼女が求めているのは、不当に奪われた名誉の回復なのだ。

 Kさんが特別なのではない。数々の資料、被害者たちの証言によって「慰安婦」という性奴隷にされた女性たちの大半は、日本の植民地・占領地の十代の少女たちであり、その企画・立案・管理などを大日本帝国が行っていたことが明らかになっている。それは無類の戦争犯罪・性犯罪であって、わけてもこの犯罪の残酷さは、身体と心に深い傷を受けた彼女たちの惨苦が半世紀後の現在まで続いている点にある。

 加害側にとってはもう遠い過去の出来事でしかなくなっていたのに、被害者たちには現在の生々しい問題であり、加害側は処罰も指弾もされずにきたのに、被害者たちは差別され、自らをおとしめ、その多くはボロボロの身体で生涯独り、流浪の日日を過ごしてきた。いまだ夜ごと、日本軍人に追われる夢を見てうなされる女性たちがあり、日本軍に遺棄され、中国の農村で辛い残生を送っている朝鮮半島の女性たち数人も、昨年確認された。彼女たちの人権はなお奪われたままなのだ。

 加害側と、被害者たちとの、このあまりに逆立ちした関係は正されねばならない。恥ずべきは誰であり、悔いるべきは誰であるのか。

 それなのにこの問題に対して村山内閣が行おうとしている「見舞い金」子宮のための民間募金構想は、Kさんたちを重ねて侮辱するものだ。加害国が、すでに国際的にも明らかになっているこの戦争犯罪の法的責任を負うことなく、高みに立って募金によるわずかな札束で事を終息させようとするとは。

 いまここに、一人の少女を長期に拉致・監禁・レイプした男たちがいて、他人から書き集めたカネを少女に「見舞いだ」と渡して事件を終わらせようとしても、法も世間も認めまい。また当の少女の心の傷はどんなに深くなることか。村山内閣は同じことをしようとしている。国家という強大な権力が組織的に行ったもの故、はるかに罪は重いのに。

 村山内閣は民間募金構想を直ちに中止し国際法に従ってKさんたちへ個人賠償ほかの名誉回復措置をなすべきだ。この国に寝強く現存するアジア人差別、女性差別を正し、新しい歴史を開いていくためにも――。


 投稿者の石川逸子さん(詩人)は昔からの暗川の読者です。
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by lumokurago | 2011-09-10 20:34 | 社会(society)