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大江健三郎初期作品

 『われらの時代』 大江23歳のときに書き始めて、不眠症を呼び起こし、睡眠薬とウィスキーのみで数日を過ごすという生活になったという。その後、睡眠薬の中毒症状から回復し、この小説を完成させたそうだ。

 1960年代初期という時代の閉塞感のなか、主人公の青年や10代の弟たちは「勃起したい」「出発したい」。しかし日常はだるく暑苦しい。出発できそうだった主人公は湧き上がってくる「良心」を無にできず、その権利を放棄。弟たちの途方もない夢も「誇り」が頭をもたげてきたため、殺人、爆死へと急展開。出発もできず、弟を失った主人公には「自殺」というアイディアが浮かぶ。

 友情、連帯、情人、同性愛・・・なんでもいいのだが、これほどまでどろどろした濃厚な人間関係はだいぶ以前から消えつつあるのではないだろうか。現代の若者がこの本を読んだらどう思うのか。若かった大江も生きるのは大変だっただろうが、いまはまったく違う意味で大変だろうなと思う。人間というものはここまで変わるものなのか。いや、変わったのは<時代>なのか。しかし<時代>を変えてきたのは人間である。

 大江の初期の作品でほかに『見るまえに跳べ』があった。これは短編集だが、同じくすべてが濃密で暗い。その後の大江の作品も何冊か読んでいるはずだが、乳がんの初回治療のときに処分したらしく、もう残っていなかった。
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by lumokurago | 2011-11-30 17:00 | 本(book)

『わが三里塚 風と炎の記録』戸村一作

 『わが三里塚 風と炎の記録』 戸村一作 (田畑書店1980)

 この本も比較的古い部類にはいる。26歳頃に読んだと思われる。

 私は三里塚には3回行ったことがある。一番はじめはいつだったか忘れたが、教育社という出版社で就職してすぐに組合をつくって解雇され(1970年前半のことだと思う)、定年退職になったいまも裁判闘争をつづけている(つまり40年以上)T学童クラブの父母Mさん夫妻と集会に行った。子どもがまだ小学生だったから、おそらく30年以上まえのことだと思う。Mさんの車で行ったのだが、このような集会に参加したことのない私は検問で車が列になって止まり、警官がトランクまで開けさせるのに驚いた。Mさんの車は子どもと女二人が乗っていたので、何も調べず素通りだったが(ほんとうは怪しいのに! というのは冗談。Mさん夫妻はこんなに優しい人がほかにいるだろうかというほど優しいが、当局には「極左暴力集団」と言われて恐れられていた(笑))。どんな集会だったのか、すべては忘却のかなたで、このことしか思い出せない。

 2回目、3回目は三里塚空港の暫定B滑走路の南伸を止めている7軒の農家に遊びに行ったのだ。これは彼らから有機農法野菜を宅配してもらっている杉並のKさんに連れて行ってもらった(私もKさんに紹介されてから野菜を取っている。とてもとてもおいしく、そのうえ日持ちがするのでびっくり)。
 そのときの記事はこちら。三里塚の原風景が残されています。

 私は三里塚闘争のことを何も知らない。高校時代、大学生の先輩がワンゲルのテントに「三里塚空港粉砕」などと書いてしまい、それをもって山に行っていたくらい。

 戸村一作さんは空港反対同盟委員長でキリスト者だ。そのくらいのことしか知らずにこの本を読んで、驚くの驚かないのって! 機動隊っていうのがこんなにひどいものだということをはじめて知った(東大安田講堂事件をテレビで見たがまだ中学生だったし、機動隊が安田講堂に放水しているところを覚えているだけで、実態は知らなかった)。

 三里塚闘争では学生の側にも機動隊の側にも死者をだしている。

 東山薫は21歳の学業半ばで三里塚に来た。赤十字のゼッケンを胸につけ、救護所を機動隊から守るためにスクラムを組んでいて、5mという至近距離からガス銃で撃たれた。頭にはヘルメットもなかった。完全に殺意による銃殺だ。東山27歳。犯人は同盟の撮影した写真により2人の機動隊員のうちのどちらかに絞られたが、結局うやむやにされた。これが学生であれば、理由もなく逮捕し、不当な理由をつけて起訴するのに。

 新山幸男はトラックでドラム缶を運搬中、ドラム缶をピストルで撃たれ、燃料に引火、新山の服にも燃え移った。機動隊は燃えている新山に大盾を撃ちおろし、手錠をかけ、空港の倉庫に4時間も放置した。新山は全身やけどで死亡。

 九州から移ってきた前田俊彦(どぶろくで有名な思想家)は「これはもう戦争だ」と言ったそうだ。ベトナム戦争と比べ、30年つづければ勝てると言ったらしい(当時すでに13年つづいていた)。

 知っている人は少ないだろうが、1966年に成田空港を政府が閣議決定、1昨年が成田空港開港30周年だったので、B滑走路の南伸を止めている農家は40年以上闘っていることになる。石井恒司さんもお父さんから2代目だ。

 この本を読むと、政府、空港公団、機動隊など権力側のあまりのひどさ、農民は虫けらという扱いに愕然とするし、農民側も次々に脱落して土地を売ってしまうので絶望的になる。石垣新空港が建設されつつある石垣島白保も同じような目にあったのだろう。全国の空港やダムや道路や・・・がこうして権力が人民を踏みつぶし、蹴散らしてできあがった。

 しかし恒さんたちが残っている。

 私ははじめて恒さんに会ったとき、どうやってこの土地を奪われずにすんだのかと聞いたが、笑っていた。もちろん簡単に答えられることではないだろう。飛行機の騒音によって恒さんが突発性難聴になってしまったと最近聞いた。写真を見ているだけならのどかだが(リンク参照)、騒音がものすごい。人の暮らす土地ではないのである。

 もういいよ、引っ越せばいいよ。と思ってしまう私なのだが、彼らは住みつづけ、耕しつづけている。

 最近、羽田空港が拡張され、成田はいらなかったみたいな話になりつつある。まったくなんのために戸村さんや恒さんのお父さん、恒さんたちは闘ったのか。成田空港は壊して、元の大地に戻せばよい。なぜそれができないのだろうか。

 ほんとうはもともといらなかったのである。
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by lumokurago | 2011-11-29 10:58 | 本(book)

ニイニイ去勢手術

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 本日、ニイニイの去勢手術が行われました。人間の都合でかわいそうだけど、仕方ないです。

 かかりつけの獣医さんはもう麻酔の許可を取っていないとのことで、むかし、犬を飼っていたときの三鷹台の獣医さんへ。

 この獣医さん、犬猫の保護活動をやっていて、犬猫・子犬子猫がたくさん持ち込まれるとのことです。引き取った犬猫が妊娠していたこともしょっちゅう。それでいつも貰い手を探し、なんとか見つかっているとのこと。いままでに保護したたくさんの犬猫の写真を見せてくれました。いまも交通事故で保護し、貰い手を探している猫がいます。白黒でとてもきれいです。

 ニイニイは一応6月1日生まれということにしたのですが、生後6ヵ月で4.2Kgもありました。手足が長いのでスマートですが。これからもっと大きくなるなあ。

 野良猫はニャーちゃんが来て食べていると思ったら、いつのまにかターちゃんに入れ替わっていました。そのターちゃんが「アオウアオウ」と鳴き始めたので、あれ、チャーちゃんが来たのかなと思ったら、やっぱり。チャーちゃんは身をすくませて固まってしまいました。妹が外にでていったら、ターちゃんは逃げ、チャーちゃんは部屋に入ることができました。最近、甘えんぼになって大変です。

 ニイニイ、いまは帰って来て、布団のうえで眠っています。
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by lumokurago | 2011-11-28 20:22 | ねこと鳥 (cats&birds)

人を人とも思わない卑劣な区議

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 黒く塗りつぶされた通し番号と「行」の字を「様」に変えた封筒
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 自分の給料(住民税)を払ってくれている区民に対して、このような100%どす黒い悪意を持つことができるのだろうか? お題目にすぎないが、区議会議員は区民の声を拾い集めてまとめるのが仕事では? だから税金で食わしてもらっているのでは? あなたには区議の資格なんかないし、人間としての資格もないと言わせていただきます。

 あなたを誹謗中傷したわけでもない。あなたと対立しているわけでもない。あなたに迷惑をかけたわけでもない。邪魔をしたわけでもない。あなたにとって不利になることをしたわけでもない。

 ただ、アンケートをお願いしただけです。あなたが原発推進派だとしても、堂々と答えたらいい。議論したらいい。

 自分に自信がないのかな。相手が賢すぎるから太刀打ちできないと思ったのかな。

 いずれにしてもこのように卑劣な行為は前代未聞。ブログを荒らすストーカーよりも卑劣である。

 そして、プロテアさんも言っているように、あなたのこの行為が杉並区議会全体の信頼を落とした。もともと信頼などないけれど、これほど卑劣な区議会議員がまざっていたとは! 

 あなたに良心があるとは思えないけれど、即、議員を辞職してください。あなたには議員の資格がありません。二度と立候補しないでください。

 詳しくはプロテアをどうぞ。
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by lumokurago | 2011-11-27 09:30 | 杉並区

内海さんの写真より

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 この小さな宝石はなんでしょう?
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by lumokurago | 2011-11-27 09:15 | 花 ・樹(flowers&trees)

緩和ケア編 2

 おはようございます。背中と足の痛みは消えたのですが、昨日は胸(肋骨)が痛く、今朝リン酸コデインを飲んでみたら消失しました。右のおへその横くらいに鈍い痛みがつづいています。これはコデイン、麻薬などでは消えません。たいした痛みではなく、横になれば治まります。最近は午前中原稿に手を入れたりし、午後は横になって本を読んでいます。そしてじきに眠ってしまいます。
 「医療幻想」の章、少し手をいれたので(緑字部分)チェックしていただけますか? 編集者が「自分の血液検査の値などを知りたい」というので、付け足した部分と、田中秀一さんの『再発』に書いてあったがん幹細胞のことを少しだけ入れました。遺伝子については勉強が足りないので今回はこれ以上触れないでおこうと思います。渡辺容子 11.17


こんにちは。
右の側腹部痛は神経痛ではないでしょうか。
鍼または神経ブロックを試してください。
患者や一般市民も身体状況を知って健康に
なろうという住民主体の保健医療論がありますね。
保健婦がこれに毒されています。佐久病院もこの
一派かな。拙書「なぜ村は」104ページに批判を
載せてありますが、自分が主体だと思っていても、
実際は検診を肯定する検診主体になっており、
それはエスカレートするということでしょうか。
検診が無意味と知った人は、検査はあまり受けなく
なります。医学医療に従属するのを避けるようになるのです。
死亡率に関しては、すべての検診・早期発見は有効ではなく、
QOLに関しては意味があるかも知れませんが、、これも
比較試験を行う必要があります。
網野 11.17


 お返事ありがとうございます。以下のように書き替えました。

黒木:がん検診や健康診断に寿命を延ばすという科学的根拠がないことはわかったけど、人間、自分の体のことを知りたいじゃない。過剰医療に誘導されなければ、血液検査の値ぐらい知っておいてもいいんじゃないの? 

渡辺:うーん。でも、自分の血液検査の値を知りたいのは安心したいという心理からでしょ。それは正常範囲とされている値と比較してということだよね。健診が無効だということは、結果が正常範囲外だったからとカギカッコつきの「治療」を始めても寿命は延びなかったということだよ。つまりほんとうは正常範囲なんて決められない=決めても意味がないということになる。だったら自分の値を知っても同じく意味がないじゃない。こうしたことが理解できれば、健診を受ける気なんてなくなるんじゃないかな。結局、いまの健診(検診)制度は人びとの不安につけこんだ単なる金儲けの手段。健診(検診)を受けてしまえばその網にひっかかったことになると思うし、そういう根拠のない医療に従属することになる。

黒木:なるほど。私も医療幻想からぬけだすのは大変みたい。  以上   渡辺容子 11.17


正常値は統計学で決めています。一つの確立された方法です。
しかし、正常か異常かとなると個人の主観や社会の都合があって、
判断が難しいですね。
現代の医学といえども問題が存在しないわけがないのであって、
このようなスタンスで検査や治療を受ける必要があるというのが
渡辺さんの立場でしょうか。
検査を受け値を知りたい人は医学医療を肯定し、信じている
のではないでしょうか。現代医療教の信者になっているのでしょう。
そして諸検査を常識として受け入れている。問題は治療法が確立
されているかどうかです。そうであるならば、個人が適当な時期に
検査を受け治療することは否定すべきことではないかもしれません。
このことは早期発見を肯定することとイコールではありません。
早期発見の問題は集団全体で考える事柄です。個と全体の区別が
必要でしょう。
網野  11.18


 こんばんは。わかりました。集団でおこなう検診や健診が無効ということですね。しかしがんは個人で受けても治療法がないので意味がないですね。症状がないのに検査を受けて発見することで益がある、治療法が確立した病気というと何がありますか? 
 編集者はこのかん、医療信仰については読んできたはずですが、そこから抜けるのはまだむずかしいのでしょう。
 今日、慶応病院に行ってきました。神経ブロックのことを聞いたら「医者というのは自分の専門で治したがる。麻酔科に行けば神経ブロックするだろうが、自分は放射線をかける」とおっしゃっていました。放射線を限界までかけてしまったら、また言ってみますね。胸部レントゲンを撮ったら、左胸の肋骨の左のはじの転移が大きくなっているので、痛みの原因はここだろう、放射線をかけようか、と言われましたが、通うのが大変なので、麻薬を貼り薬に替えて(むかむかがいやなのでー入院していたとき、貼り薬ではむかむかがでませんでした)様子をみることにしました。デュロテップパッチ2.1mgを貼っています。いまのところ、あまり効いてないです。 渡辺容子  11.18


 こんばんは。デュロテップパッチ2.1mgはいままで飲んでいた麻薬の量よりもずっと多いので(ネットで検索した麻薬換算表によれば、オキシコンチン5mg/dayはデュロテップパッチ0.5mg/3dayに相当。つまりデュロテップパッチ2.1mgはオキシコンチン20mgに相当)効き目あるかと思ったのですが、だめでした。そこでロキソニンとリン酸コデインを試したところ(べつべつに)、ロキソニンがよく効き、リン酸コデインもまあまあ効きます。慶応麻酔科でロキソニンが処方されていたときに、副作用止めとして処方されたムコスタのことを思い出し、一緒に飲んでみました。ムコスタはどうなのでしょう? 
 デュロテップパッチを貼っているときはお酒を飲んではいけない、熱いお風呂に長時間入ってはいけないという注意書きがあるのですが、昨夜、ビールを少し飲んでお風呂に浸かってあったまっていました。そして着替えているときに、気持が悪くなり吐きそうになり、めまいがして倒れそうになりました。これは麻薬のせいですか? それ以外は急に量を4倍に増やしたのに、吐き気はありません。
 麻薬には慣れておかなければと思う一方、効き目がないのでは意味がないと思っています。それでもやはり慣れたほうがいいのですか? パッチを貼りつづけたほうがいいですか? (すでに少し痒くなってきたけど、吐き気がないのが魅力です)。プラス、ロキソニン1日1回、リン酸コデイン1日1回で乗りきっていこうかと思っているところです。

 例の部分、以下のように書き替えました。

 *****
 
黒木:がん検診や健康診断に寿命を延ばすという科学的根拠がないことはわかったけど、人間、自分の体のことを知りたいじゃない。過剰医療に誘導されなければ、血液検査の値ぐらい知っておいてもいいんじゃないの? 

渡辺:うーん。でも、いまの健診(検診)制度は人びとの不安につけこんだ単なる金儲けの手段。健診(検診)を受けてしまうと、そういう根拠のない医療に従属することになる。そこまで言うと厳しすぎるかなあ。それにそれは集団での健診(検診)制度のことであって、個人が検査を受けるぶんには意味が違うかも。それでも税金を使ってではなく自分のお金で受けるべきだと思うし、診断できても治療法のない病気を発見しても意味がないと思う。たとえばがんのように。この意味はもうわかるよね?

黒木:うん。やっぱり私はまだまだ医療信仰から抜けられないんだろうな。検査を受けたいということは。

***** 渡辺容子 11.20


こんばんは。
昨日は、女房の父親の四十九日の儀式で、
飲酒、寝てしまいました。
ようやく今メールに目を通しています。
麻薬の件ですが、効果がないのは痛みが
神経痛であるからだと思います。神経痛には
消炎鎮痛剤のほうが効くといわれています。
経口薬で対応するのでしたら、麻薬との併用
がよいと思います。しかし、完全には抑えられないので、
放射線で原因部位をたたく、神経ブロックで途中の神経に
局所麻酔剤を注射するのがよいとおもいます。
ムコスタは胃粘膜保護の経口薬で私はあまり信じていませんが、
飲まないよりは飲んだほうがよいかもしれません。アルコールは
遺伝的に強いのでしたら大丈夫だと思います。しかし、肝臓のダメージは
昨年よりも大きいでしょう。ビール・日本酒には酔いやすくなっている
かもしれません。たくさんは飲めなくなっているかも。
今、一番効果的な方法は近藤先生の勧める放射線療法ではないでしょうか。

追伸
お風呂、飲酒の問題ですが、アルコールの代謝が低下し、
血管が拡張して、低血圧を起こし、さらに肝臓の代謝を
悪くするというような悪循環が起こったかも知れません。
酒と風呂は別々に。酒は飲めなくなってきたかも。低血圧
による血液循環の低下は肝機能も低下させるでしょう。
その結果、麻薬などの薬の代謝も低下するかも。そして、
副作用が強く出るのかもしれません。
網野  11.21


 お返事ありがとうございます。奥さまのお父様が亡くなられたのですね。おさびしくなられたと思います。ご冥福をお祈りします。
 デュロテップパッチ2.1mgは急に増やしすぎと思い、昨日3分の一に減らしました(3分の一を折り返しました)。少しずつ増やしていきます。ムコスタが余っているので気休めにロキソニンと一緒に飲んでいます。昨日も書きましたように、ロキソニン1錠/day、コデイン1錠/dayでなんとかやっています。完全にベッド上のみの生活になってしまいましたが、本や音楽が好きなので、助かっています。今度は右の腸骨(?)あたりが痛くなってきました。肋骨は折れれば痛くなくなると言われていますが腸骨はそうではないと思います。もう少し様子をみて放射線をかける場所を考えたいと思います。
 昨日はビールを飲まないでお風呂に入ったら何事もありませんでした。せっかくビールを飲むことを覚えたのに残念ですが、また禁酒ですね。遺伝的には弱いだろうと思います(父がまったく飲めなかった)。
 野良猫チャー吉が夜中に「アオアオ」と言って入りたがるのですが、起きあがるのが大変なので、どうしようかと考え中。家を建て替えたら「猫部屋」を作ってもらおうかと妹と話しています。野良猫が自由に出入りできる部屋です。(うちの猫はなるべく外にだしたくないので・・・だんだんむずかしくなりつつありますが)。
 渡辺容子 11.21


 こんにちは。自分のまとめも兼ねて、経過報告します。背中、足の痛みがなくなり、左胸が痛いのに加え、右胸も痛くなってきました。腸骨はそれほどでもありません。

 デュロテップパッチは21.mgの半分(オキシコンチン10mg相当)にしました。朝食後ロキソニンとムコスタを飲み、6時間くらい効いています。その後、横になって本を読んでいるうちに昼寝してしまいます。
 お風呂のとき、痛いと大変なので、ちょうどその時間に効くようにリン酸コデインを飲んでいます。
 朝、起きたときが薬切れで一番大変です。でも腰椎や骨盤が痛むよりはましで、ちょっと我慢してトイレに行っています。朝食後、ロキソニンが効いてくるまで朝食の椅子に座って待っています。
 そんな1日を送っています。29日にまた鍼に行きます。

 これから腰椎や骨盤の転移も増大してくると思われるので、結局は放射線をかけることになると思います。そのへんにはいままでに50グレイかけているので、せいぜい10グレイだと思います。かける時期ですが、年内だとすると、遅くとも12月9日には診察を受けなければならないので、いまのところ(急に痛みが増えなければ)、9日まで様子をみるつもりです。10グレイかけてもまた増大してくると思いますが、そのときは神経ブロックをお願いしてみます。

 先生にはまた処方箋をお願いすることになると思いますが、そのときは連絡します。

 最近、「敗北を抱きしめて 上下」(ジョン・ダワー)という本を読みました。アメリカ人の研究者ですが、厖大な資料を読んで、戦後の米軍占領時代のアメリカの思惑や日本の庶民の様子などを詳しく書いています。アメリカ人ですが、それにしては全体に公平に書いてあると思います。このかん、半藤一利「昭和史」、五味川純平「ガダルカナル」などで戦争中のことを勉強してきましたが、戦後処理についてはこの本がとても有益でした。天皇制が残ったわけもよくわかりました。近衛など側近も退位は仕方がないと考えていたようですが、アメリカが残したのですね。日本人が自分の手で天皇制を廃止できるチャンスはどこにあったのかなと考えてしまいました。ちょっと無理でしたね。アメリカの日本操縦が巧みすぎです。いまでもそれはつづいていますが、だれも止められません。日本人というのは独立心がないのでしょうか。お人よしなのでしょうか。マッカーサーが言ったように、いまでも「12歳の子ども」なのでしょうか。いや、この言い方は子どもをバカにしています。いまの子どもにはもう力がありませんが、1970年代までは大人より子どものほうがまともだったかもしれません(小学生をみていて)。
 それから「戦争」については小田実「終らない旅」がおもしろかったです。小田は大阪大空襲を体験、ベ平連、阪神大震災、9.11と生涯をかけて考えてきた戦争に対する考えの総まとめです。全体を見渡して教えられることがたくさんありました。先生とはちょっと考え方が違うかもしれません。

 兄ちゃんは最近、チャー吉にパンチをくりだすことがあります。少し男子としての自覚がでてきたのでしょうか。しかしチャー吉は「はあ? なにこいつ」という顔をしてまったく相手にしません。チビは相変わらず、とっても敏くておもしろい遊びをすぐにみつけます。体の大きな兄ちゃんがしり込みしている高い棚にも登り、兄ちゃんは「チビはすごいなあ。おいらもちょっとはがんばらなくちゃ」と思っているのか、低い棚に登っています。

 渡辺容子 11.25
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by lumokurago | 2011-11-26 15:49 | Dr.Aとの往復メール

「芽むしり仔撃ち」大江健三郎

 最も古い本をとってあって、もう一度読み返している。そのなかに「芽むしり仔撃ち」があった。これは大江が「昭和」33(1957)年に最初の長編小説として発表したものだそうだ。私の持っている本の奥付は「昭和」47年11刷、120円。私が読んだのは10代後半だろうか。

 暗い小説だ。戦争末期のどこかの田舎の村に感化院の少年が疎開するのだが、村に疫病がはやり、村人たちは少年らを見捨て、閉じ込めて、逃げてしまう。村に残されたのは父親の遺体を守る朝鮮人の少年、母親の遺体から離れられない少女、脱走兵・・・少年たち。

 見捨てられた彼らは徐々に協力しあい、友情が育まれる。力を合わせて死体を埋葬し、少女と主人公の少年のあいだには愛も生まれる。しかし、その少女も疫病で死ぬ。主人公の弟(この子は感化院の子ではなく、父親が一緒に疎開させてほしいと連れてきた)が雉をとって、祭をするのだが、彼の可愛がっている犬が少女に疫病を移したのだと、仲間に撲殺されてしまう。彼はそれから姿を消す。

 そこに村人が戻って来て、少年らが勝手に食物を取ったなどと責め立て、殴り倒す。脱走兵もつかまり、竹槍で腹を刺され、死ぬ。主人公以外の少年は村人に屈し、べつの村に疎開先を移すことになる。一人残った主人公は脱走を試みる。

 そこで小説は終る。

 「カッコウの巣の上で」に似ていないこともない。「カムイ伝」にも、ちょっとだけ。

 「カッコウの巣の上で」で最後に精神病院の窓を割ってでていくチーフは大人だし、体力もある。精神病院を変革しようとしたマックマーフィーはロボトミーを施されて廃人になり、チーフが殺すが、チーフだけは自由になれる。そんな最後だった。しかし、「芽むしり仔撃ち」の主人公の少年は、子どもでもあり、疲れており・・・。村人は彼を殺そうとそこまで追ってきている。

 この小説に希望はない。

 私がこんなに冷静な性格になったのは10代でこんな小説を読んでいたからだろうか。変革をめざすものは必ず権力によってつぶされる。仲間は裏切る。大江もそう思っているのだろうか。とにかく悲惨な小説だ。
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by lumokurago | 2011-11-25 14:37 | 本(book)

一段落しました

 さきほど次の「本」の最終稿を出版社に送り、一段落しました。痛みがこれ以上ひどくなるまえにできあがってよかった。家の片づけも自分のものはほとんどすんで(手紙、文集、残ってます)、父の絵も田舎の美術館とギャラリーに運び、衣類や雑貨などは憩いの家のバザーにだし(取りにきてもらった)、痛みのでるまえにやってしまってよかったです。

 新築の家の設計図の完成も間近の予定。さて、いつまで生きられるかわかりませんが、私らしいことに「どうしても家ができるまで生きていたい」とはあまり思わないんですよね。生きられるときまででいいやとしか。つまり、家の新築の前の片づけをすませておきたかったわけで(妹一人では大変なので)。だから少しほっとしています。

 ま、次の本の出版までは生きていたいな。あと猫のことを考えれば長生きしたいです。

 それから近藤先生が無治療患者の本を書いているので、それもみたいです(来年出版)。

 (2年前と同じように)これから骨転移がどんどん増大するだろうから、結局は放射線治療することになるだろうな。またまた大変な時期が年末年始の病院の休みにかかりそうでいやだなあ・・・そんなことを考えています。あ、でも今回は網野先生がついてるからな。よかった!

 (朝食後に飲んだロキソニンがまだ効いている状態で書きました。さっきどうしてもださなければならない手紙を速達でだすため、自転車で郵便局に行ってきた。まったくこんながん患者いないよなーちゃんと自覚しています)。

【追記】 先日、ある人がある人の追悼文集(「生前」ではない)に寄せた文章を見せてもらいました。常識的に「やり残したことがたくさんあるでしょう」とか「若すぎる(60歳は過ぎてるのに)」とか「もっと生きていてほしかった」とか、すごく残念がっているのです。私が死んだら(もう追悼文集はいらないけど)、そんなふうに書かないでね。私はせいいっぱいやりたいことはやったし、もう若くもないし、十分に満足して死んでいきますので。天国でそんなこと言われたくありません。「よく生きたね」と言ってほしいです。「もっと生きていてほしかった」と思ってくださるのはうれしいですが、「友だちになれて楽しかったね」と言ってほしいです。そこんとこよろしく。
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by lumokurago | 2011-11-24 11:42 | きままながん患者

書記官のいやがらせ 追記:勘違いか?

 三宅勝久さんは杉並区議会議員の不正なカネ儲けについてなど(例:監査委員の議員枠2名が1年交代しているが(任期はたぶん4年なのに役得を山分けするため1年交代)、前委員が月の数日を残して辞めその月の給料をゲット、新委員はその数日分ー土日だったこともあるーで1月分の給料をゲット。そのため議員枠の監査委員の給料予算はもう何十年もまえから13カ月分計上しているーーなどなど、税金に群がる議員たちーーよく恥ずかしくないものだ!)、いままでにいくつもの住民訴訟を起こしていますが、今回は選挙管理委員会に所属していた本橋元区議が半年も病欠してその間1度も委員会に出席していないのに、給料を受け取っていたことを告発しています(同じように欠席しながら給料をもらっていた選挙管理委員はおおぜいいる)。原告が1人よりは多いほうがいいかと、10人弱が原告に名前を連ねたのですが、なんとなんと、裁判所のいやがらせが常態化!

 裁判所は弁論を開くときに、原告に通知を送ってくる。そのたびに原告全員が署名捺印して「期日請書」をださなければならないというのだ。そのたびに三宅さんは原告の署名捺印をもらわなければならず、私の家に来たのも今日で2度目(だったか3度目だったか)。阿佐ヶ谷から自転車で30分、往復1時間をかけてやってくるのである。三宅さんがいろいろ調査する時間を少しでも奪いたいのであろう。相手が(実質的に)一人だと知ってやっているいやがらせ。

 さすがに私たちの裁判でも(7回も提訴したが)これを請求されたことは1度もない。三宅さんによるとこれは裁判官ではなく書記官の裁量なので、書記官からのいやがらせだという。私たちははじめての本人訴訟で親切な書記官に手をとり、足をとって裁判について教えてもらった。書記官室にいるほかの書記官たちも黙認というか暖かい雰囲気で見守ってくれた。それどころか、2回目の裁判でも同じ書記官室のべつの書記官が親切にしてくれた。たぶんあの部署は組合が強かったのだろう。
 
 裁判所の地下のすみに組合の掲示板がある。組合員がどんどん減っているらしく、どこどこ分会で何人(一人とか二人です)入ったなどのメモが貼ってあり、喜んでいる様子がうかがえた。あれからもう5年。裁判所の組合も弱くなってきたに違いない。
 
 書記官さん、あなたの給料も私たちが払っているのだ。裁判官の覚えをよくしたいかもしれないが、ちょっと意地悪すぎるんじゃないですか?

*****

 浦和の鍼灸院に行くのが29日なので、間に1回近所の訪問診療をしている鍼灸師に来ていただきましたが(昨日)1回では効き目がないらしく、今日は打ちひしがれて(?!)1日中寝ていました。夕食後、これまたDr.Aが「なるべく飲むな」と言っているリン酸コデインを飲んだところ、痛みが治まり、こんなに長く書くつもりはなかったのですが、長くなりました。これからお風呂に入る元気がでたぞ!

【追記】 後日談を以下に書きました。つづいてお読みください。

 弁論期日請書
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by lumokurago | 2011-11-23 20:37 | その他裁判関係

Dr.K関連自薦記事

 裁判所アクション(2009年9月)の次の日に、こんな記事がありました。最近の読者の方に自薦します。

 私より先に亡くなる人がいるなんて (2000年に書いたDr.K宛ての手紙も掲載)。
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by lumokurago | 2011-11-22 12:28 | Dr.K関連記事