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おめでとう 惟向(いむか)君

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 12月17日、うちに下宿していたイザベルと宇田川君に赤ちゃんが生まれました。4120g、57cmもあったそうで、生まれたての赤ちゃんには見えませんね。「いむか」君は日本名なのかな? フランス語にもそういう単語があるのか、不明です。おすこやかに・・・。
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by lumokurago | 2011-12-20 18:48 | 世界(world)

3にゃん揃い踏み

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 この写真、まえに載せましたっけ? 10月20日のものです。あれからもう2ヶ月、いま撮ったらどうでしょう?

 胸の痛みはほぼ消え、両足の坐骨神経痛に変わりました。大人しく、「邪宗門」を読みつづけています。
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by lumokurago | 2011-12-19 19:19 | ねこと鳥 (cats&birds)

ベッド上の生活

 昨日3回目の放射線をかけて、痛みの場所がまた移りました。今度は左胸のまえと左足(坐骨神経痛復活?)、腰のしびれです(右胸もまだちょっと痛いけど)。痛みどめの薬が効かないことがわかったので、今日は休薬し、すべてベッド上の生活です。動かなければ痛くないんですよね。私は股関節の手術で入院していたとき、術後1ヶ月間、ベッド上の生活だったので、慣れています。それなりに快適にしています。「邪宗門」(上)の半分まで読み進みました。

 ただただ困るのがチャー吉です。外で「あおあお」と鳴くと入れないわけにはいかず、痛みをこらえて起きていって、窓を開けて入れて、カリカリをあげると、今度は「ヒーヒー」(窓ガラスを)「ドンドン」・・・今日は入れるだけで精いっぱいだったので、無視しました。30分くらい経って、妹が下りてきたら、今度はおいしい缶詰の催促です。ご飯に関してはうちの猫よりずっとずっと甘えんぼです。うちの猫はもらったものをおとなしく食べるだけで、催促はしません。

 昨日、Dr.Kに野良猫のではいりのために夜、妹が同じ部屋に寝ることになったと言ったら、笑っていました。

 建て替えのために引っ越したらどうかという話もでたのですが、チャー吉を見捨てるわけにはいきません。人間の子どもも、猫も、一度捨てられて、その後やっと信頼しかかった人にもう一度捨てられたのでは、あまりにもかわいそうですから。
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by lumokurago | 2011-12-17 19:21 | 転移がんの治療(無治療)

緩和ケア編 その4

 こんにちは。緩和ケアについて書いてみました。簡単なことしか書いてありませんが、注意の喚起にはなるでしょうか。お読みになってみてください。網野先生をだすなとおっしゃってもダメですよ。

緩和ケアも「標準治療」でなく自分で決めよう

渡辺:長くなって悪いんだけど、最後に緩和ケアの話もさせてね。『後悔しない治療』に書いたけど、最初、私は骨転移の痛みを取るために慶応病院のペインクリニックにかかったのね。そこで麻薬をはじめいろいろな薬をだされたんだけど、医者が「自分で勝手に薬を増やしたり減らしたりしないように」と厳命していたの。麻薬だからさ、さすがの私も「そうか」と思って神妙になっていたわけ。麻薬とのつきあいに慣れるまえに、ちょうど年末年始の病院の休みにかかったときに、吐き気などの副作用もでて、痛みも限界で、大変な思いをしたの。慶応病院の救急に電話して、担当でない麻酔科の医者のアドバイスをもらって対処したんだけど、年明けに外来に行ったら、年末年始だったから仕方がなかったけれど、勝手に増減しないように、とまた言われた。

 そのあと、入院して放射線治療に突入したんだけど、麻薬とNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)以外に訳のわからない薬(抗けいれん薬など)を増やされたんだ。医者とバトルするのも面倒だから言いなりになって飲んでいたんだけど、あとで近藤先生と網野先生二人に「こんなにたくさん薬がでているのはおかしい」「自分で調節するように」と言われたの。痛みの治療を引き継いだ網野先生には麻薬も飲み方や分量は自分で決めるように言われたから、驚き。あんなにうるさく言ってたペインクリニックはなんだったの、という感じ。それで徐々にやめてみたら、その頃替えたホルモン剤が効きだしたこともあるけど、結局痛み止めの薬は全部いらなくなった。

黒木:へえ、薬の使い方ってお医者さんによってぜんぜん違うんだね。

渡辺:そうなのよ。これも目からうろこでしょう。麻薬と聞くと特別な薬だと思っちゃうけど、やっぱり自分で決めていいんだってさ。緩和ケアも最近注目されるようになってきたけど、ほかの医療同様、問題多いみたいなんだよね。

黒木:問題って?

渡辺:緩和ケアを受けるのはターミナル(終末期)の人がほとんどでしょう。その頃になると具合もだいぶ悪くなっているだろうし、じきに亡くなってしまうわけだから、患者からの声が上がりにくいということもあって、実態がどうなっているのか、医療関係者以外にはわかりにくいと思う。

 これは一つの例だけど、このあいだ転移性乳がんのA子さんから話を聞く機会があったの。彼女の痛みは神経因性疼痛という難治性の痛みなんだけど、診断もむずかしいし、結局のところ、それを治す薬はないということなの。乳がんでかかっていた病院の麻酔科(ペインクリニック)の医者は「患部との関連は考えにくい」と診断し、彼女は痛みに苦しみつづけたそうなの。

 そのあと、別の緩和ケア医が「鎮痛補助薬」を処方したんだけど、頭がもうろうとして眠くなるばかり、思考力は極度に落ちて記憶も混乱し、無気力、倦怠感が強くなって大変だったんだって。それらの症状はその薬の副作用だったんだけど、そのときはがんのせいだと思っていたんだって。つまり医者は副作用がでたことに気づかなかったというわけ。それどころか薬を止めたいと言う彼女に「止めると痛くなりますよ」と言って脅したんだって。

 彼女はその後、医者とバトルしてそれらの薬を全部止めて、やっと普通の生活に戻れたの。彼女には薬を止めるまえと後で、副作用を「使用前/使用後」のようにはっきり体感したから、副作用のこわさがよくわかるって言ってたわ。残り少ない「普通の生活」を薬のためにだいなしにされたと怒っていた。

黒木:薬の副作用ってそんなにひどいのね。

渡辺:うん。彼女だから医者とバトルして止めたけど、普通は死ぬまで同じ薬を飲まされつづけるんだよね。副作用はがんの症状だと誤解させられてさ。

黒木:こわいねえ。

渡辺:話はちょっとそれるけど、高齢者にぼけの症状がでたら、まず薬の副作用を疑えという本も読んだよ。薬をやめてみると元に戻る人も多いそうよ。結局、日本の医療って薬の使い過ぎなんだよね。網野先生によると、緩和医療の基本は「薬は最小限でよい、WHO(世界保健機関)のような権威に従順になるな、常識を疑え」なんだって。

黒木:へえ。それじゃいままで聞いてきた医療に関する話と同じだね。

渡辺:あはは。結局、それが世の中のことを考えるときの基本なんだよね。ネットで検索して緩和ケアのことを調べると、日本と欧米の麻薬消費量が棒グラフになっている表をよく見るのね。日本の麻薬消費量は欧米に比べてすごく少ないの。そのためなんだろうけど、緩和ケアに対する基本的論調はどれも日本は遅れている、欧米を見よ、麻薬の大量投与が必要だみたいに書いてある。でもそれも網野先生に言わせると誤解なんだって。網野先生の経験ではモルヒネもそんなに大量は必要なくて、モルヒネの効果がみられない場合は、モルヒネの効かない病態を考えるべきなんだって。例えばいまの私の骨転移の体動時の痛みのようにね。それは骨転移からくる神経痛で、麻薬よりもNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が効くと言われていて、自分の実感としてもそれは正しいと思う。

 でも、NSAIDsのボルタレンやロキソニンは副作用が強くて、ロキソニンではアメリカの統計を日本の人口に照らすと年間8000人もの副作用死をだしていて(ボルタレンはもっと強い)、網野先生も「なるべく飲むな」と言いながら処方してくれているの。私にとってはそれが悩みの種なんだよね。ロキソニンが一番効くから飲みたいんだけど、いまは1日1回にして(それでも網野先生は胃腸障害がでる可能性があると言っている)、あとはアセトアミノフェン(むかしからある比較的副作用が少ないとされる非ピリン系解熱鎮痛薬)やリン酸コデインを飲んでいる。いまはそれでなんとかしのいでいるけど、もっと痛みが強くなれば、ロキソニンをもっと飲もうと思っている。元気な人ならともかく、私は副作用死がどうのなんて言っていられない状態なんだから。

 でも慶応病院の麻酔科はじめ緩和ケア専門医のあいだでは、私やA子さんにだされていた大量の薬が「標準治療」なんだよね。効かない薬、副作用だけをもたらして患者を苦しめる薬がさあ。

黒木:痛みの治療についても「標準治療」は間違っているんだ。

渡辺:網野先生は緩和ケアについても医療関係者が変えていくことはむずかしく、患者が変えていくしかないとおっしゃっている。でも、患者は素人なんだから、緩和ケアに関する医師による患者向け指導書がほしいと思う。もちろん「標準治療」推進の医師でない少数派の医師のね。

黒木:そういう本があれば患者も知識を得ることができて、薬を自分で選ぶことができるようになるね。

渡辺:うん。いまはネットで検索すれば情報はたくさんでてくるけど、その情報が正しいのかどうか、まったくわからない。むしろそういう簡単にでてくる情報は疑わなくちゃいけない状況だからね。緩和ケアについても自分で決めて納得して死んでいけるようになれば、それが最期の満足というものだと思うよ。

***** 渡辺容子 12.7


こんばんは。
まず、第一に権威のない医者の名前は不必要かもしれません。
第二に骨痛bonepainにはモルヒネなど麻薬が効くことになっています。
私の好きなバイブル本にもそう書いてあります。
第三に麻薬が効かない場合、bonepainではなく神経痛か
insidiouspainを考えるべきでしょう。この痛みには精神的なものも
含まれます。
第四に麻薬も適正な服薬量の中で患者さんが量を調節するのが
よいでしょう。
以上老婆心ながら。網野。  12.7


 こんにちは。昨日、慶応病院に行き、顔面神経麻痺がひどくなったので(口がしまらずお茶などがこぼれる、目が閉じず石鹸が入る)、放射線治療をお願いし、ついでに右胸(肋骨)にもかけようということになり、CTを撮りました。今朝、近藤先生から電話があり、
 
 1、CTを調べたら肋骨に転移はない。胸椎に転移があり、がんが神経を巻き込んでいるので胸が痛いのだろう。(先生の胸椎の転移による神経痛という診断が正しかったですね)。
 2、その場所は前に放射線をかけたところの一つ上だが、前にかけたところ一つを重ねてかける。がんがとても大きいので、放射線で小さくなると胸椎がつぶれる。まっすぐにつぶれればよいのだが、斜めにつぶれると、そこから下に麻痺が起こる可能性がある。麻痺の兆候が現れたら、余命6ヵ月以上あると予想されれば、整形外科で24時間以内の緊急手術となる。いままでの経験ではこの手術を受けた患者は麻痺がでていない。
 3、麻痺がでるかどうか様子をみながら、1日おきに放射線をかけることにする。

 ということで、月曜日から1日おきに放射線治療を行うことになりました。また年末年始にかかりそうでいやだなあ。

 昨日は病院に長時間いて、体を起こしている時間が長くなると痛みがひどくなることが確認されました。医薬ビジランスセンターの緩和ケアの本が届きました。モルヒネの量についてはやはり欧米に比べて少ないという論調でした。NSAIDsはやはり、できるだけ使わないようにと書いてありました。ボルタレンはあったけど(副作用の注意もあり)、ロキソニンは名まえも載っていませんでした。なぜか聞いてみます。ナプロキセンという薬が比較的副作用が少ないと書いてありました。これはどうですか? 鎮痛補助薬も載っていましたが、記述が簡単すぎでした。Kさんのような副作用がでることはこれではわかりません。私が飲まされていた抗けいれん薬は「効き目がない」とはっきり書いてありました。やっぱり。
 骨転移の体動時痛には笑気ガスが効くと書いてあり、欧米では使われているが、日本では使われていない、抗がん剤などやめ、これを認可したらと書いてありました。近藤先生に話したら、笑気ガスは完全な麻酔だからなあ、とお勧めしないようなお返事でした。 渡辺容子 12.10


こんにちは。
神経痛とわかったら、後は
原因部位の治療と神経ブロック
ですね。
薬はロキソニンがよいと思います。
ナイキサンも同程度の効果があるでしょう。
どちらも副作用は出ます。ナイキサンのほうが
少ないといわれていますが、副作用も同程度
でしょう。放射線療法の効果に期待しましょう。
網野  12.10


 こんばんは。月水と2回の放射線治療を行いました。顔面神経麻痺(頭蓋骨の転移)はかなりよくなって、目に石鹸が入ることはなくなりました。しゃべるのもずいぶん楽になりました。
 胸椎はCT画像を見せてもらったところ、脊髄ががんに埋もれていました。これじゃあね。体動時の右胸の激痛が消えて、代わりに左胸が常時鈍痛+体動時の痛みとなりました。少しまえに戻ったようです。先生にも言い忘れていましたが、1ヶ月以上まえから両足の指がしびれています。ほんの少しなのでお風呂に入ったときしか感じません。これは麻痺の前兆ですね。近藤先生の話では放射線をかけなくてもいずれ麻痺になるそうで、放射線をかけたからといって麻痺になるのは1割から2割だそうです。いざとなったら救急車で整形外科です。

 佐野洋子さんの「死ぬ気まんまん」を読みました。彼女も乳がんの骨転移です。最初は医者のいいなりになっていたようですが、あとで「医者は信用できない。薬は怖い。病院にはもう行かない」という心境になったようです。読んでいると症状の描写がいまの私と似ているので、骨転移による神経痛のひどいのだと思います。この本を読んだだけでは緩和ケアをきちんと受けた様子はなく・・・。とても気の毒だと思いました。対談している医者もひどすぎるので、次にひどいところをピックアップしました。最低の医者ですよ。
 
http://lumokurago.exblog.jp/17207161/  渡辺容子  12.15


こんばんは。
脊髄へのダメージが無い状態で癌が消滅してほしいですね。
全般的に良い方向のようで安心しました。
最低の医者を御紹介いただきましたが、これが当世の
普通の医者というものでしょう。医者も作家の患者も現代医療教の
信者のようですね。仕方ないです。
寒くなりました。猫と一緒に寝たいのですが、猫は女房のほうが好きですから
私のほうには来ません。仕方なし。
網野  12.15

*****

 左胸の痛みは消え、今度は右の背中の激痛になりました。痛みどめを増やしていますが、いまのところ効きません。がんばって放射線治療に行って来るぞ。
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by lumokurago | 2011-12-16 09:39 | Dr.Aとの往復メール

『死ぬ気まんまん』 佐野洋子

 堅い本ばかり読んでいたので、合間に佐野洋子を読んだ。ちょっと! 困るなあ、こんなに有名な人がこんな無責任な本書いちゃあ!

 困る記述を抜き書きする。はじめはエッセー「死ぬ気まんまん」から。

 「ガンが再発して骨に転移した時、お医者は、死ぬまでに治療費と終末介護代含めて1千万円くらいだろうと言ってくれた」 おいおい、これは抗がん剤(猛烈に高い)やビスホスホネート(骨転移に効くとされているこれも高価な薬ーDr.Kは効かないと言っている)で積極的に治療するからであって、対症療法(ホルモン剤とたまに放射線)ならこんなにかかりませんよ。桁が違うんじゃないの! 人びとを脅さないでほしいなあ。

 「根が貧乏性の私は物欲がない」のに、イングリッシュグリーンのジャガーを買って「私の最後の物欲だった」だってさ。 すごい金持ちだなあ。なにが「物欲がない」だ。ちゃんとあるじゃないの。ウソつかないでほしい。「貧乏だった」「貧乏だった」って書いてあるけど、戦争中~戦後すぐのことでしょう。自分が金持ちだってこと、自覚すべきだよな。東京に家2軒、軽井沢に別荘、車も持ってるんですよ。

 「毎週点滴をしにゆく。よくわからないが、免疫力を強める薬と、骨を強化する薬を点滴するが、痛くもかゆくもなく、気分が悪くなることもない」 自分が点滴されている薬を「よくわからない」では困るのだ。勉強してくださいよ。って、もう死んじゃったから遅いけど、医者がちゃんと説明すべきなのだ。

 「医学の進歩は、朝と夕方では違うほどらしい。骨に転移しているので、骨のための点滴と、なんのためだかわからないハーセプチンという薬を点滴してもらうために、週1度、病院に行く。・・・略・・・先日、先生が何か注射してくれたら、頭が1日でツルッパゲになってしまった」 「医学の進歩は、朝と夕方では違うほどらしい」=大ウソである。がんは40年前から治るようになどなっていないのだ。作家ともあろう人がいい加減なことを書くな。「ハーセプチン」は抗がん剤の一種である。前のほうに「抗がん剤はやらない」と書いていたので医者にだまされていたのだろう。何の薬か聞かないからこういうことになる。ツルッパゲになる薬の名前も聞くべきだった。はげるのは抗がん剤である。また、だまされている。

 「医者がまたなんだかわからないツルッパゲになった薬をもう1回打つ時、私は「何のための薬ですか」ときいたら、「そうだね、佐野さんは延命しないでいいって言ってたね。僕は佐野さんはもっと生きていて欲しい」  このあとが省略しすぎでちょっと意味が通じない。こうつづく。「私はポーっといい気持ちになった。息子と同じくらいの若いいい男がこんなこと言ってくれる。一瞬この医者のために長生きしようかと思った。「わかりました。止めましょう」 よーし、この医者のためにも立派に死んでやろう。しかし立派な死に方がどういうものなのか今もわからない。 医者はこの薬を打つのを止めたのだろうか? 薬のなまえがわからないだけでなく、文章が説明不足だと思うのは私だけ?

 次は平井達夫氏(築地神経科クリニック理事長)との対談から、同じく困るセリフを抜きだす。

 平井:早期発見して取れば治るという時期を逸すると、ものすごい労力と、ものすごいお金と、ものすごい精神的苦痛を味わうことになります。だから、早く発見して、早く手を打たないと、ガンは治らないのです。 どうしてここまで人びとを脅すのか? 無治療では自分の仕事がなくなるからであろう。それともただの無知?

 平井:ガンは早期発見の治療しか完治できません。いま日本で一番すごい検診は、国立がんセンター中央病院、検診センターでやっていますよ。20万円ですけど、それぞれの分野の癌専門医がついて上から下まで全部ガンの検診。 金儲け、金儲け! 金儲けをして人びとを脅す最低の医者たち。

 平井:ガンはだいたい1期、2期、3期、4期と分かれます。1期は小さいのが臓器の中にあるんですが、精密な検診とかでわかって、取れば治ります。2期は2、3センチのものが見つかりますが、これも臓器の中にあるんです。医者も、治せるかもしれないと張り切るわけですよ。 1期でも100%治る(がんもどきである)というわけではない。小さくても転移しているがんもあることを知らないのかな? 

 平井:脳卒中も予防が大切で脳ドックは絶対に受けたほうがいい。 脳ドックを受ければ40歳以上の人には小さな脳梗塞が必ず見つかる。脳ドックで見つかった小さな梗塞を手術したおかげで、なんでもなかったのに障害者になってしまった人を知っている。

 佐野:ええ、父も家で死んだものですから家の中で死人を見ていますが、父の死に方が立派でした。
 平井:最高学府出のエリートですからね。
 死ぬにあたって最高学府出もなにもないだろう! こんなことを言う人、信頼できないね。

 最後にエッセイ「知らなかった」について。

 ここで佐野さんは「私は、病院に行く気はもうなかった。薬は怖かった。どんな医者も信用していなかった」と何度も何度も書いている。しかし、薬が怖くなったのはなぜなのか。医者を信用しなくなったのはなぜなのかは一言も書いていない。読者はそれを一番知りたいのではないだろうか。

 そしていろいろなところが痛くてたまらないのに、自分はどこも悪くないと書いている。この痛みは骨転移からくる神経の痛みだと思う。「あばら骨がメリメリ音をたてて粉になるかと思うほどで息もつけなくなった」と書いてあるのが、少し大げさだがいまの私と同じだからだ。ほんものの上手な緩和ケア医のところに行けばよかったのに、それまでに医者を信じられなくなっていたのである。なんと気の毒なのだろうか。

 知り合いの編集者が佐野さんの息子さんをよく知っている。佐野さんはやはり一癖も二癖もあるむずかしい人らしいが、とにかくおおざっぱでがんの勉強なんかするわけないと言う。でもね、死んだ人にこんなことを言うのは申し訳ないけれど、自分の体は自分で守らなければ。そのためには勉強するしかないのだ。医者は信用できないのだから。

 佐野さんの本は売れるだろうなあ。第一『死ぬ気まんまん』というタイトルがひきつける。この人ががんのことを勉強して、よくわかって書いてくれていればなあ。影響力、絶大だったのに、残念だ。少数派はやっぱりここでも少数派で、売れない本を書くしかないんだなあ。

 ま、それが少数派の運命だから、仕方ないか。 
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by lumokurago | 2011-12-15 13:14 | 本(book)

5回目の放射線治療2日目

 昨日です。診察もありました。胸椎にがんが大きくはびこって脊髄を巻き込んでいるCT写真を見せてもらいました。肝臓転移は、このあいだと同じ64ミリでした。

 いま、アセトアミノフェン(比較的副作用が少ないとされる)を1回0.75g、1日ほぼ3回飲んでいるのですが、分量を増やせないかと聞いてみました。増やしても効き目が増えるということはないだけでなく、危険だと言われました。アセトアミノフェンは肝臓で代謝する、ロキソニンも肝臓で代謝するので、両方合わさると肝機能が落ちる(ひどければ肝不全)になる可能性があるそうです。まえにイギリスでアセトアミノフェンによる殺人事件があったそうです。

 ネットでアメリカFDA(食品医薬品管理局)がアセトアミノフェンの許容量を増やしたという情報をみつけたので聞いてみたのですが、こわいですね。

 1回の頭蓋骨への照射で目に石鹸が入ることはなくなったことと、胸椎への照射で、いままで体動時に猛烈に痛かった右胸の痛みがなくなり、代わりに左胸が常時鈍痛になったことを話しました。少しずつ効いている、よかったねと言われました。今後どこが痛くなるのかわかるかと聞いたけど、「わからない」というお返事でした。

 今日はだいぶしゃべるのが楽になりました。左胸の常時鈍痛は変わりません。次回に期待しましょう。
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by lumokurago | 2011-12-15 10:07 | 転移がんの治療(無治療)

『わが心は石にあらず』 高橋和巳

 この小説は「昭和」39年から41年にかけて雑誌『自由』に連載された。私が読んだのは「昭和」52年、23歳の時である。この時代にはいままで記してきたように(大江健三郎、安部公房、柴田翔、五木寛之・・・)人間の生き方を描こうとすれば、学生運動や労働運動または反秩序、反権力がからんでくる小説しかなかったのであろうか。20代の私が好き好んでそういう小説を選んで読んでいたのか。それともやはり<時代>がそうだったのだとしか言いようがないのだろうか。

 高橋和巳は大好きな作家だったはずである。一番好きなのは『邪宗門』で、とってあるのでこれから読もうと思っている。しかし・・・『されどわれらが日々』も『内灘夫人』もそうだが、読むのには努力がいった。特に『わが心は石にあらず』はなんでこんなに組合のことばっかり書いてあるのか、もういいや、めんどくさいから読むのはやめてこのまま捨ててしまおうとまで思った。

 「組合」・・・なんて古いんだろう。三井三池闘争でおさらいしなくても、先日の三里塚闘争でも同じこと。人間が団結し、落後者をださないことは、人間にとっての「カネ」の魅力と人間生来の弱さからして、ほぼ確実に無理なのだ。少しの「カネ」で飼い馴らされていくほうが、「カネ」に見向きもせずに信念を貫くよりも、よっぽど「人間らしい」のである。

 この小説でも企業が合理化攻撃をかけてきて、組合が試練を迎えると、第二組合ができ、組織の中枢から裏切り者がでて、ストライキは破られ、組合は負ける。組合の委員長である主人公は企業から重役に招かれたのを断り、最後まで組合を「指導」するのだが、結局、会社は合理化され、彼は馘首されるのである。

 私も公務員という「恵まれた」職場ではあったが、就職直後から分会役員をやってきた。児童館・学童クラブという少数職場(併設の場合、児童館職員3名、学童クラブ職員2名。単独学童クラブは2名)にも行革の一環として人員削減攻撃がかけられてきて、併設で5名の職員を1名削減、代わりに月16日勤務の非常勤職員が入った。職員1名削減の提案が当局からあったときは、分会は「1名削減撤回」で一致していたが、共産党系の区職労指導部から横槍が入り、すぐに条件闘争に移行。日曜日も開館していた児童館の日曜日を休館にすることと引き換えに、人員削減をのんだのだった。(学生時代も共産党のきたなさはいやというほど知らされたが、再び憎む以外ないほど体験)。

 その後、組合は労使協調路線をひた走り、自分から合理化をすすめ、私が乳がんとうつ病で休んでいた2000年はじめ頃、分会は学童クラブの民間委託に同意した。自分の職場を自分から売ったのである。2005年3月、私は仕事を辞めた。(人員削減攻撃のとき、区側との交渉窓口だった区職の書記長→委員長はすんばらしいポストに天下り)。

 (参考:いまは学童クラブも企業が経営する時代ーこれは一例です。子どもは商品にさせられた。私はかなしい)。

 話は変わるが、いま、私は要介護1で、週に2回、介護ヘルパーのお世話になっている。ヘルパーの労働条件は劣悪である。一番ひどいのは、1日に6か所~10か所もの家庭を訪問するのに、移動時間は労働時間とはみなされず、給料がでないことである。私の場合、たまたま1回2時間であるが、普通は老人のおむつ交換などで1回30分の訪問が多い。10か所訪問しても労働時間は5時間にしかならず、移動時間が同じくらいあるだろう。父の頃は「見守り」も許されていたが、介護保険はどんどん改悪されて、いまは見守りなどとんでもない。病院のつきそいも、病院での待ち時間は入らないのだ。待たない病院があるだろうか! さらに介護保険は改悪されるらしい。

 もともとヘルパーは夫が働いている家庭の主婦の片手間の仕事で、年収は配偶者控除枠103万円以内(いまはいくらになったのかわからない)を予想してつくられた制度であろう。だからばかにしきっているのである。移動時間も拘束されているのだから、当然労働時間に入れるべきである。こういうことはそれこそ組合を作って全国規模の闘争を起こして厚労省に交渉する必要があると思うが、現状では大変むずかしいだろう。

 Dr.Aは訪問介護ステーションをつくって、介護ヘルパーに暮らしていけるくらいの賃金を保障して運営していたが、とてもやっていけなくなり、数年であきらめた(閉鎖した)という。現場の努力では不可能なのである。少しまえに、有名な訪問介護ステーションが不正をはたらいたというニュースが報道されたが、不正ぐらいはたらかないとやっていけないのだ。悪いのはだれなのか?! 介護老人をかかえた家族以外は介護に関心がないだろうが、人間だれもがいつかは年をとる。年をとってから制度がおかしいと思っても遅いのである。

 話がいろいろと飛んでしまったが、『わが心は石にあらず』は組合を通して、人間というものを考えさせてくれる小説ではある。人間ってろくでもないものだ。(いいところもあるのを否定しないけど全体ではね)。

 やっぱり、私は「性悪説」である。
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by lumokurago | 2011-12-14 10:53 | 本(book)

放射線治療開始

 (麻痺を呼び起こすかもしれない)恐怖(!)の放射線治療、昨日開始しました。Dr.Kが来てくれたので、ちょっと聞いてみたら・・・

W:放射線をかけないで放置したらどうなるんですか? どんどん痛くなる?

Dr:うん。麻痺が起きるといっても5割も起きるわけじゃなくて、1割とか2割だから。それに放置してもいずれ麻痺が起こるからね。

W:そうか。「どうする?」って聞かれないからこれしかないんだろうと思ったけど。言い忘れていたけど、お風呂に入ったとき、足の指がしびれているんです。普段は気づかないけど。これ、麻痺のはじまりですね。

Dr:放射線科医なら全員かけると言うよ。

妹:麻痺が起こればわかるんですか?

Dr:足が動かなくなるからわかる。ぼくがいなくても麻痺の兆候があったら整形外科に行ってね。カルテに書いておくから。

*****

 たった1回の放射線で顔面神経麻痺も少しよくなり、胸の痛みも数週間前の左胸に戻りました。右はもうぜんぜん痛くなくなりました。左が痛かったころの大きさまで縮んだのだろうか? 明日診察もあるので聞いてきますね。
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by lumokurago | 2011-12-13 11:13 | 転移がんの治療(無治療)

『ブンとフン』 井上ひさし

 生来のストーリーテラー、ナンセンス作家、井上ひさしの究極のナンセンス小説。売れない小説家フン先生の小説「ブン」から飛び出した四次元生物のブンは、光の速さの四分の三で移動する世界を股にかけた大泥棒。その盗むものが奇想天外、抱腹絶倒の「ブン現象」。

 「ブン」が12万部も売れ、1冊1冊から「ブン」が飛び出したため、「ブン現象」も12万倍に・・・。

 笑いたいかたはぜひお読みください。

 井上ひさしは大好きで、劇もずいぶん見たし、小説も読んだけれど、妻に対するDVがひどいと聞いて、全部捨ててしまった・・・はず・・・だったが、この本は特に古いので、片隅に忘れられていたのだろう。そのあと、芸術院会員にもなってしまって、がっかりしたなあ。

 そのことを気にしないかたには、「12人の手紙」を推薦します。
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by lumokurago | 2011-12-11 18:32 | 本(book)

『戦争童話集』 野坂昭如

 1971年に『婦人公論』に連載された作品だそうです。出版は1975年中央公論社。野坂は「ホタルの墓」で有名ですが、こちらも傑作だと思います。

 1、小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話
 2、青いオウムと痩せた男の子の話
 3、干からびた象と象使いの話
 4、凧になったお母さん
 5、年老いた雌狼と女の子の話
 6、赤とんぼと、あぶら虫
 7、ソルジャーズ・ファミリー
 8、ぼくの防空壕
 9、八月の風船
10、馬と兵士
11、捕虜と女の子
12、焼跡の、お菓子の木

 「昭和20年、8月15日」で始まる12話中7話に動物がでてきます。何の責任もない、意味もわからない戦争で命を落とす動物たち。人間の子どももそうです。特攻隊の青年(少年?)にも責任はありません。責任のまったくない、戦争の意味もわからない動物たちや子どもたちが犠牲になるのが、もっとも理不尽です。もっとも理不尽なものを表現すれば、もっとも人びとの心を打ちます。この動物たち、子どもたち、青年たちはなぜ死ななければならなかったのだろう? 登場人物(擬人化した動物も含め)があまりにもやさしい。戦争さえなければみんなどんなに幸せな人生を送ることができただろうか。戦争が憎い。
 
 私たち(市民の芝居作りのあつまり)はこの童話集を紙芝居にしました。勤務していた学童クラブのお楽しみ会などに読み聞かせしました。今回、この紙芝居を含め、山木屋の菅野浪男さんの作った童話集から子どもたちが絵を描いて紙芝居にしたものなどを、地域の文庫に寄付しました。子どもたちに読み聞かせていただければうれしいです。余裕がなくて写真を撮れなかったのが残念。写真があればここに載せられたのにね。

 ところで、何かに似ていますね。そう、「原発さえなければ」です。

 非常に言いにくいのですが、冷酷な性格の私ぐらいしか言う者がいないと思うので思い切って言いますね。動物たちは別として、子どもたちにはいまは責任がないけれど、成人すれば、いまの大人たちと同じように、ある人びとは「原発ムラ」をつくり、戦争大好きになり、人を人とも思わず金儲けばかり考える人間になるのです。そのときに、彼らにだまされずに自分の頭で考えて、戦争や原発を止める力をもった子どもたちを育てなければならないのです。そのためには大人が変わらなければならないし、教育を変えなければなりません。それができなければ永遠に同じような残酷なことを繰り返すことになるのです。
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by lumokurago | 2011-12-11 15:47 | 本(book)