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安斉あきら様(宮澤和子)

 「時の人」安斉あきら杉並区議会議員宛てに、去年の秋、区議全員に宛てた原発アンケートをだした杉並区民宮澤和子さんが次のようなお手紙をだしました。

*****

安斉あきら様

 私は昨年、表題アンケートを一人の区民として、区議の皆様にお願いをしました、松庵在住の宮澤和子と申します。突然のメールで失礼します。

 添付の頭紙にもありますように、今回の原発の爆発事故については、人類、未曽有の出来事であり、子どもらへの責任として、大人はそれぞれの立場、できること、から責任を取るべきであり、真剣にそれを考えねばならないと思い、特に身近な施政をつかさどる区議の皆様には、今回の事故についてどう考え、どう行動していこうとされているか、を納税者のひとりとしてお聞きしたく、書面にてお聞きした次第です。

 安斉様からは残念ながら、ご回答をいただけないままになっておりました。

 昨今、東京新聞紙上、あるいはジャーナリストの方のブログなどの情報によりますと、安斉さまが東京電力の社員であり、給与も受け取っておられる由、ほんとうに驚きました。もちろん、安斉様がどこに勤め、いくら給与をもらっていても、安斉様のおっしゃるように「個人のプライバシー」(東京新聞紙上での安斎様のご発言とされている言葉)であるかもしれません。しかし、この原発災害の起こった時点で、そのような通常時の主張がゆるされるかどうか、今一度お考え直しいただきたいと思います。「原発は絶対に安全である」と貴社は主張なさり、ここまで来たのですよね。だとしたら、この「絶対に安全」とのことばにどう責任をとるのか、問われるのは自明の理です。

 将来、科学者に成りたい、だからぜったいぜったい死にたくない」と言った小学生の言葉をお聞きになりましたか?

http://www.youtube.com/watch?v=wu5Q79Rus20&feature=related

 「大切なのは子どもの命ですか?それともお金ですか?」と問われて、安斉様はどうお答えになるでしょう?いやしくも、永年、政りごとに身を賭してこられた人には、彼のこの問いに誠心誠意応える使命があるはずと、私は考えます。そして、安斉様を区議としてきた一区民である私にはそのことを問わねばならない責務があると強く思っております。

 おつらいことでしょう。ですが、ここが安斉様が、人間として踏みとどまれるのか、極悪非道の人生に転落するのかの、十字路だと思います。

 どうか庶民の文字通り、血のにじむ血税で暮らしてきた区議として、道を誤らぬようにと、切に願っております。

 正しい道を歩むこと、これが一番楽な生き方です。

 寒さ厳しき季節、ご自愛ください。
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by lumokurago | 2012-01-22 09:18 | 原発

安斉あきら最新記事(プロテア)

 安斉あきらは杉並区議だけど、ほかにもうじゃうじゃいると思うよ、こういう節操のないカネの亡者の議員って。もしかして全員? てことはないけどね。

 ★安斉区議のホームページあった★

  ★出た!安斉区議の記事、東京新聞★
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by lumokurago | 2012-01-21 20:02 | 原発

鍼灸治療への見解です

 このブログの読者には鍼灸師のかたもいらっしゃるし、関係者もいらっしゃいます。また、私の高齢の親友が、50代で離婚して鍼灸師になり、20年以上治療をつづけていました。私自身も26歳で変形性股関節の手術をしており、手術前、なんとか手術せずに治らないか試していたときと、手術後は後遺症(腰痛、膝の痛み)のため長期に渡って、鍼治療を受けていました。近所の治療院をはしごしたり、親友の治療院に通ったりしていました。私の実感としては、痛みが和らいだときもあり、正直なところ、効かないときもありました。

 がんになって、「科学的根拠に基づいた治療(Evidence based medicine)」という考え方を知り、鍼治療には科学的根拠がほとんどなく、効果があると感じるのは、プラセボ(偽薬)効果のせいだということを知りました。プラセボ効果はどんな偽薬でも30%程度あると言われています(その中にはもちろん自然治癒が混ざっている。複雑ですが、鍼灸師は「鍼は自然治癒を助ける」と言う)。

 私が「痛み」に関して「この鍼師の治療は効く」と確信しているのは、11月ころに通っていたU市の鍼灸師一人です(申し訳ありませんが重症者が全国から泊まりがけで通ってきて、1年中休日もなく、夜遅くまでやっているので、新患はご紹介できません)。彼はこう言います。「鍼灸師というのは生まれつきの才能とでもいうべきものが必要で、鍼灸師の資格を持っている者で、それでご飯を食べている者は1割もいない。ぼくが訓練した弟子もいまは鍼灸はやっていない。体力がいるので女性には無理。うちは娘しかいないから、ここもぼくの代で終りになる」。ちなみに彼は、「ツボ」に鍼を刺しているのではなく、指先で患者の体を強く押し、自分の指の感覚でここぞというところに鍼を深く刺します。刺されると痛いですし、神経がピリピリすることもあります。彼のお父さんは鍼灸師で、彼は3歳のときから鍼を持っていたそうです。

 しかし、彼の魔法の手(指)によっても、がんの骨転移を治すことはもちろんできず、ある程度の痛みは取ってもらいましたが、結局いつも放射線治療に突入し、放射線でがん細胞を殺したことで、痛みが取れました。

 日本鍼灸会のHPには「こんな症状に効果があります」として、ありとあらゆる(と思える)症状が載っています。それはWHOで認められたものとされています。

 しかしここで根拠とされたWHOの報告書には問題があります。第一に、いままでに行われた鍼治療に関する臨床試験の質を吟味せずに、すべての臨床試験の結果を取りあげたこと。

 第二に、中国で行われた多数の臨床試験を考慮に入れたこと。中国で行われた臨床試験では西洋で行われた同じテーマの臨床試験では否定的な結果となったものも、肯定的な結果を得ている。東西のどちらかが間違っているということになるが、鍼は中国にとって大きな威信の源だから、鍼は効果がないという研究結果は発表されずに終る可能性が高い。効果があるという研究結果は発表されやすいが、その反対の場合は発表されにくいという「発表バイアス(publication bias)」である。そのためWHOの報告書には発表されなかった否定的な臨床試験の結果が、まったく考慮されていなかったのである。

 第三に、WHOの専門委員会には鍼に批判的な人物はただの一人も含まれず、鍼の効果を信じる人たちだけで構成されていた。特に、報告書の起草、および改訂にあたったのは、さまざまな病気の治療に鍼を用いることを全面的に認めている、北京大学統合医療研究所名誉所長、謝竹藩(シェ・ジューファン)医師だった。

 WHOへの反論の部分は『代替医療のトリック』(サイモン・シン他著新潮社)から要約したものです。

 この本の鍼灸についての「まとめ」には次のように書かれています。

 鍼――この治療法については、いくつかのタイプの痛みや吐き気には効果があるという、わずかな科学的根拠が得られているのみです。それらの症状に効いた場合も、効き目は長く続かず、非常に小さなものとなるでしょう。通常医療の治療にくらべて費用がかかり、効果は小さいとみてまず間違いありません。この治療法の主な効果はおそらく、痛みや吐き気に対するプラセボ効果でしょう、それ以外のすべての病気に対して、鍼にはプラセボを上まわる効果はありません。鍼は、訓練を受けた施療者に打ってもらえば、かなり安全な治療法といえます。


 しかし、『容子からのメッセージ』にでてきてくれた「無治療」の桜沢ちほさんは、私よりも困難な「神経因性疼痛」を抱えており、なんの薬も効かないのですが、鍼治療にエヴィデンスがないことを知りながら、彼女の痛みには鍼治療が効くと言って、治療を受けています。彼女は先ほどの日本鍼灸会ではない鍼灸師の会のHPに「鍼治療にはエヴィデンスがない」と書かれていると言っていました。

 私は、それを承知のうえで、または知らずとも、自分には鍼が効くと言って治療を受けている人を否定するものではまったくありません。私の意図を理解くださり、この記事に気を悪くされるかたがいらっしゃらないことを願っています。

【追記】

 「palliative medicine(緩和医療)」の索引を調べたところ、「嘔気と嘔吐」の「薬学的なアプローチ以外では何を薦めるか」という質問の回答に、次のような記述がありました。

・鍼または指圧はそうしばしば薦められることはないが、難治性の嘔気では考慮されるかもしれない。鍼を使うことを支持するいくつかのエヴィデンスがある。指圧は鍼よりも研究されていないが、いくつかのケースでは、手首の圧力バンドが助けになるかもしれない。

 以上です。


 
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by lumokurago | 2012-01-21 13:35 | 医療

私の肝転移のダブリングタイム(参考)

 戯れに肝転移のダブリングタイム(がんの直径が2倍になるのにかかる時間)を計算してみました。正確ではありません。

 私の肝転移は2009年8月に肝エコーで15ミリ×21ミリを発見。

 2010年1月に背骨に放射線をかけたとき、偶然そこにもかかり、画像に写らなくなりました。

 2011年10月、CTで検査したところ、64ミリになっていました。

 ダブリングタイムの計算には画像に写らなくなったとき、何ミリだったかが、欠かせないデータです。ところがそれがわかりません。1ミリの場合、3ミリの場合、5ミリの場合を計算してみます。

 1年半=18ヵ月で1ミリが60ミリになった場合――直径が60倍――体積は216,000倍ーーこの数字は2の18乗(262,144)に近いので、18か月に18回分裂したことになり、ダブリングタイムは1ヶ月。 直径が2倍になると体積は2の3乗なので3ダブリングします。つまり3ヶ月で60ミリが120ミリになる。

 18ヵ月で3ミリが60ミリになった場合――直径が20倍ーー体積は8000倍――この数字は2の13乗(8192)に近いので、18ヵ月に13回分裂したことになり、ダブリングタイムは1.4ヵ月。つまり4.2ヶ月で60ミリが120ミリになる。

 5ミリが60ミリになった場合――直径が12倍――体積は1728倍ーーこの数字は2の11乗に近いので、18ヵ月に11回分裂したことになり、ダブリングタイムは1.6ヵ月。つまり4.8ヶ月でで60ミリが120ミリになる。

 という計算ですが・・・

 実際には去年の10月に60ミリだったものが1月に70ミリになった。直径は1.2倍、体積は1.7倍になったが、ダブリングタイムは「直径が2倍になるまでにかかる時間」なので、まだ1ダブリングもしていないということになります。つまり、ダブリングタイムは3ヵ月以上ということになる。ダブリングタイムを3ヵ月とすると、60ミリが120ミリになるまでは9ヶ月かかることになります。結構ゆっくりがんですね。

 この計算あってるのかなあ? 怪しいですよ。どなたか暇な人、計算してみてください。

 そして当たるかどうかはまったくわかりませんが、勝手に想像する余命は、5ヵ月から8、9ヵ月というところでしょうか??? どのくらいの大きさになったら死ぬか、Dr.kに聞くのを忘れたので(120ミリというのもあてずっぽなので)、わかりません。ま、1年は生きないということでしょう。


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by lumokurago | 2012-01-20 18:24 | 転移がんの治療(無治療)

Dr.K診察日

渡辺:(終了した放射線治療(胸椎)にかかわって)右足足指のしびれ(麻痺)は消えた。左足足指のしびれは少し減少したが、左足に軽い麻痺がでている(もう3週間くらいになるかなあ。前回の診察のときは麻痺ではないと思うと言ったが、その後Dr.Aが麻痺だと指摘)。この程度ですむなら(これ以上進行しないなら)手術はしたくない。

Dr.K:整形外科でする手術というのはがんが消えてからっぽになった錐体の上下を針金で止める。しかし、上下の骨ももろくなっていると思われるので、整形で断られる可能性が高い。放射線をかけるか? いいアイデアはないなあ・・・。(と考えながら以前の放射線の記録を見て、どこに何グレイかけたのか確かめている)。

 こんなに放射線をかける人は珍しいよ(やっぱりそうか!)。放射線科だからやっているが、普通は抗がん剤をやられて、とっくに死んでる。ぶつぶつ・・・。

 肝臓はどうかなあ・・・と、先日撮った放射線治療の位置決めのCTをみながら。70ミリになってる・・・。

渡辺:昨日ちょっと(ダブリングタイムを)計算したんですけど、肝転移が画像上消えたというのは、何ミリ位残っているのですか?

Dr.K:5ミリで写るか写らないかの限界かな。でも、あなたのは単純X線撮影だから、正確に計算することはできないよ。

渡辺:いったん画像上消えて、1年半経って6センチにもなった(2011年10月)ということは、まえより分裂速度が速くなってる。ということはがんのタチが悪くなったということですか?

Dr.K:タチの悪い性質のがん細胞だけ生き残ったという可能性もあるし、放射線治療でまた遺伝子が傷ついたかもしれない。

渡辺:なるほど。

Dr.K:肝臓にはあと22グレイかけられる。

渡辺:そんなに。でも、放射線かければいったんは消えても、またタチが悪くなって、もっと速く大きくなるかも。それに骨のほうがまたひどいことになるかもしれないから、このままにしておいて、死んだほうがいいかも。考えてきます。あの、肝転移で死ぬ場合は症状がでてからどのくらいなんですか? 夜、泊まってくれる人を探そうと思って。

Dr.K:1ヶ月から2ヶ月だね。腹水がたまって苦しむ場合もあるが、期間が短いし、腹水がたまらない場合もある。肝転移が一番苦しまない死に方だね。

渡辺:いつごろ症状がでるかは、いまの段階ではわからないんですよね。

Dr.K:うん。それで腰の痛みは?

渡辺:いまは麻薬使ってるから。

Dr.K:じゃあやめても大丈夫かな。

渡辺:でも大腿骨が折れそうなんじゃ?

Dr.K:折れそうなんて誰が言った?

渡辺:えー! 先生言ってなかったっけ?

Dr.K:言ってないよ。それで、左腕は?

渡辺:それはつたい歩きをするときに体重を支えるから痛いです。左足の麻痺は胸椎とはまた違うところが原因ですか?

Dr.K:うん。放射線かけたのに悪くなったからね。もっと下だと思う。そこに放射線かけようか、坐骨はやめて。放射線治療が2ヶ所しか保険が使えなくなっちゃったんだよ。

渡辺:来週まで考えさせてください。

Dr.K:そのあいだに、いまやってるところにかけられるしね。放射線はもう少しかけられるからね。

*****

 ということでした。いつまでつづく放射線治療・・・
 近藤先生、長生きさせてくれてありがとう。
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by lumokurago | 2012-01-20 14:55 | 転移がんの治療(無治療)

公園の猫

 公園の猫については、Yさんが毎日ブログに書いていらっしゃいます。写真もあります。リンク欄にリンクしようと思ったのですが、なぜかうまく行きません。公園の猫が気がかりな方は「お気に入り」に入れてください。

 美也・みやみやミャー
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by lumokurago | 2012-01-20 07:29 | 未分類

安斉あきら 「原発推進」杉並区議は現職の東電社員だった!

 三宅勝久氏のブログより転載します。

*****

 報告が遅くなって相すみません。てっきりOBだと思っていながらじつは東電に籍があるのではいかということになって確認作業をしていた、民主党杉並区議の安斉あきら氏(区監査委員)ですが、やっぱり東電社員でした。しかも給料が出ているそうです。顛末をマイニュースジャパンに書きましたのでお読みください。全文を読むには有料会員になっていただく必要があります。恐縮です。

 他の社員議員と疑われるケースについても確認中です。

 三宅勝久

===

「原発推進」杉並区議は現職の東電社員だった! 議員報酬+東電給料+労組献金で実質年収4千万円


東電ホームページなどを丸写ししたパクリ原発視察報告書で顰蹙(ひんしゅく)を買った杉並区の原発推進派議員(現職)・安斉昭氏が、現在も東京電力に籍を置き、同社から給料を受け取っていることがわかった。東電広報も認めた。議員報酬と東電の給料で3千万円弱、使途が実質自由な労組系献金が1200万円あるため、安斉氏の実質年収は推定で4千万円前後にのぼる。2007年4月の初当選以来、東電社員である事実を安斉氏が公言したことはなく、周囲からはOB だと思われていた。杉並区は東電から割高な「随意契約」で電力を購入しているほか、東電から土地の購入も検討中だ。安斉氏は区監査委員でもあり、契約先の社員として利害関係者そのものであるが、説明責任を果たすどころか、ダンマリを決め込む傲慢ぶりを見せている。

http://www.mynewsjapan.com/reports/1549

 プロテア関連記事 安斉あきら杉並区議は東電社員!

              安斉あきら問題の反響! 

*****

 人間、やっぱり「性悪説」だった・・・。むなしいなあ(わざと言ってみたけど、いまさらなのでしらけるな・・・)。この安斉って奴、とってもとっても怪しいね。そう思わない? え、何のこと?
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by lumokurago | 2012-01-19 12:01 | 原発

薬の貼り替え忘れ・飲み忘れ

 放射線治療5回目は終了、昨日から6回目がはじまりました。毎日通うのはたいへんで、帰宅すると眠ってしまいます(もともと眠っていたがさらに)。今日は痛みがひどかったので、1日中「どうしてか」と考えていました。はっと気付いたら、麻薬の貼り替え忘れと薬の飲み忘れでした。麻薬を1日貼り替え忘れていたので、半減期は17時間と長いのですが、とても追いつきませんでした。なんてのん気な痛みの患者でしょうか! あはは! この位のん気なので、がんを6年間も放置したのですね! あはは!
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by lumokurago | 2012-01-18 21:46 | 転移がんの治療(無治療)

『邪宗門』 高橋和巳

 以下の感想は1週間以上かかって、少しずつ書き進めたものです。長いですが、お読みいただければうれしいです。

*****

 分厚い文庫本、上下2冊、読むのが大変でした。あまりにも暗く重く、悲惨な物語だからです。2000年に乳がんの初回治療をして仕事を休んでいたとき、本をほとんど処分してしまったのですが、そのときに残した本のなかに入っていました。いま、また本を処分するにあたって、1回は読みなおそうと思ったのも、内容の記憶は薄れていたものの、強い印象が残っていたからです。奥付は初版「昭和」46年、手元にある本は「昭和」51年7刷です。私は22歳でした。なぜ感動したのかは忘却の彼方ですが、今回読み返して、若かったあの頃、こんな悲惨な物語を読んで感動した自分がかわいそうになってしまいました。

  明治時代に一人の貧しい女性が興したひのもと救霊会という新興宗教団体が、昭和初期には全国に100万の信徒を誇るようになった。しかし戦争の時代となって、不敬罪と治安維持法違反で徹底的に弾圧された。そして戦後、少数の信者で復活し、順調に信徒を増やしつづけたが、無視できない存在になりつつあったことが、国家・進駐軍には脅威と感じられたのだろうか。再び弾圧。万に一つの望みをかけて武装蜂起するが、三日天下で鎮圧され、本部は壊滅。残った幹部は食事を絶って餓死した。 『邪宗門』は、弾圧と戦争、武装蜂起の悲惨さをこれでもかというほど書きこんだ重くて暗い小説である。

 厖大な内容なので、特に印象に残ったところだけ記します。

 ★ この本にも「性悪説」(性善説の否定)がでてきます。因縁なのでしょうか。引用します。

 ――一つの理想を制度として、あるいは目標として設定するためには、人と人とが信じあえる存在であるという大前提がいる。すべての共同作業、すべての道徳、すべての美が、ほとんど感傷的な人間信頼の上にでなければ成立しない。どんな心の歪みも辛抱づよい教育によって教化でき、窮地に立っても人は他者のことを心慮するという性善説。他者の犠牲にはならぬまでも、他者の苦悶を自分の心の痛みとして意識する存在でなければ、あらゆる理想主義的な計画は無意味なのだ。そして千葉潔(のちに第3代教主となる人物)は窮極のところ、それを信じることができなかったのだ。

 誰かに騙され欺かれて、人間信頼の気持ちを失ったというのではない。生れた環境や育った条件があまりにも恵まれなさすぎたからでもない。むしろ恵まれぬ状況の中にも、宝石のように光る真実と善意のあることを、恵まれなかった故にこそ彼は人並み以上に知っていた。だがまた、人間を信頼するにはあまりに恐ろしいものが、当の自分の中にあることをも、千葉潔は知っていた。心中の血をしたたらせた悪魔に気付かずにすごせる人は幸せである。それを無智と罵(のの)しろうとは思わない。だが万物は自己にそなわる。その自己の内部に巣くう恐ろしい悪の存在を知って、所詮は自己の影にすぎぬ他者を信することは出来ない。坐禅も心頭の滅却も、遂にその心中の悪魔を滅しえなかった。何故ならその悪は自らの生きようとする本能そのものに連なっていたからだった。

 彼は彼の母をーー(渡辺注:戦前の東北の貧困のなか母親は餓死し、子どもだった彼は母親に自分の肉を食べるように言われ、それを食べて生きのびた)、いや戦争中にも、窮極には信じがたい戦友たちの行為と自己の心とを見ていた。とりわけ自己の内部の暗黒は、神は知らずとも自己自身が見ている。補給の見込みのない食糧の減少を少しでも緩和するために、隊長の命令とはいえ、もはや抵抗できぬ捕虜を、玉砕命令が伝えられた直後に、彼は橋爪進らの隊員たちとともに惨殺していた。サイパンはすでに陥ちパラオも陥ち、迫ってくる敵の上陸を前にして誰しもが正常ではなく、生きて帰れる望みもなかった。だが、それにもかかわらず、当時の状況をあげつらうことによっては弁明しえない悪しき心の動きというものもまた確かに存在した。

*****ここまで引用
 

 ★ 不敬罪、治安維持法で取り調べられた磊落な教主行徳仁二郎が、拷問に耐えかねて、開祖の「お筆先」の不敬とされた文言を削除すると言いだした。信徒は信じられないのだが、人間はそのように「弱い」。私はそれでいいと思う。第二次弾圧でも刑務所で、人間的魅力あふれる教主は「今後宗教活動にかかわらない」旨を何度も申し出るが、三木清と同様に(ここだけモデルにしているのか)8月15日以降も解放されず、疥癬で死亡するのだ。いのちあってのモノダネとよく言うではないか。高橋には教主を殺してほしくなかった。『邪宗門』において教主は弾圧され、弱さをさらけだし、殺される役をやるためにでてきたようなものなのだ。戦争に翻弄されたと言えばそうなのだが、あまりにも気の毒だった。が、私は窮極の生きるか死ぬかのときに、金儲けのためではなく、自分のいのちのためにこのように弱くなれる(いのちを大切にできる)人間が好きである。

 ★ 「国には国のおきてがあるが、われらにはまたわれらの道」という教義をもっており、不敬罪で教主を官憲に奪われ、徹底的に弾圧された救霊会の人びとが、1941年12月8日の例の放送を聞いて、国民の大多数と同じように、「天皇陛下万歳」を三唱したこと。その章のタイトルは「総転向」(だったと思う)。べつに彼らはまわりの目を気にして、そうせざるを得なかったわけではない。そこには信徒だけしかいなかったのだ。それなのになぜ? ここを読んで、日本人の本質をよく描いていると思った。流されやすい。雰囲気に飲まれやすい。確たる「個」がない。群集心理に追従してしまう・・・。「いのち」のためではないのに、自分の行為の意味も考えず、信念を捨ててしまう人間。たぶん信念を捨てたことにも気付かずに。

 ★ 戦後、「宗教裁判」を行い、弾圧の中心だった官憲、戦争責任のある軍人らに自らの手で刑を与えるという幹部の意見に対して、教主の次女である「継主(教主亡き後、次の教主が決まるまでの代行)」は次のように考える。

 ――悪は人の心の中にこそある。その悪を特定の者に代表させて肉体もろとも火あぶりにして滅ぼす魔女裁判よりも、心中の悪がすべての者にそなわることを認め、それを牛馬のように飼い馴らそうとするのが東洋の智慧(ちえ)のはずだった。いや論理よりも、感覚的に阿貴(継主)はそういうこと(宗教裁判)をしてはいけないと感じたのだ。彼女も今度の戦争、流血そして民衆の飢餓に、誰も責任はないとは思っていなかった。しかし同胞の誰かを血祭りにあげて、教団の勢力を拡張するのは、また別な形で戦いを継続することのような気がする。痛めつけられたから相手を痛めつける。それではことは永遠の繰り返しにすぎない。何か別の、よくは解らないけれども何か別の価値が今必要なのだ。そしてそれは宗教の根本、その存在理由にかかわることのような気がする。――

 本部で決定されぬまま、一人の幹部が独断で宗教裁判を決行する。場所は皇居前広場。雨のそぼ降る日で信徒の姿もまばらだった。しかし幹部の「何々をした誰誰。有罪か無罪か。その処刑は? 火あぶりか、吊るし首か、斬刑か、石責めか?」という声が響くと、なんの関係もない野次馬が集まってきて、興奮しはじめる。腹をへらして気分は苛立ち、もって行きようのない憤懣(ふんまん)をこめて、人々は叫ぶ。「有罪、有罪」と。

 悪魔は一人の心の中には住まず、群衆の中にいる。無責任という、悪魔のもっとも好む装いのもとにーー。幹部は悪魔たちが飛び交い、火あぶり台が置かれ、処刑囚が脂をたらしながら火あぶりにされ、群衆が生血を飲み、死刑囚の尻や胸の肉にむしゃぶりついているのをみたのだった。群衆はみな、人間からこの世のものとも思われぬ姿に変わり、幹部自身も自分がその姿であるのを悟る。

 ★ 話は前後するが、戦争中の救霊会の人びとを追いかけた物語は一読の価値があると思う。ある人びとは満州開拓団となってひのもと村をつくり、途中までは満人とも仲良く希望をもって開拓する姿が伝えられる。しかしソ連侵攻後は一転、満人にも裏切られ、南へ向かう逃避行。動けなくなった子どもや老人を捨て、阿修羅のように泥沼のなかを進むが、ソ連軍の攻撃を受け、奇跡的に助かった少年2人を除き、全滅。

 ほかに、南洋、筑豊、大阪の貧民窟などの様子が人間の善をも悪をも重厚な筆で描かれている。読むのが苦痛な場面ももちろんあるが、これが「平和」で衣食住に満たされた人間からは信じがたい人間の本質というものであろう。

 ★ 教主の長女阿礼は教主が第一次弾圧で投獄されて以来、「教主代理」として8年間、教団をきりもりしていた。美しく才気にあふれるが、自分中心で(信徒に対してはそうではない。うちと外をわきまえている)、気分に波のあるきむずかしい性格である。

 教団は弾圧以来、転向、分派していく支部があり、そのなかに、九州の皇国救世軍があった。教義を捨て、時流に乗るために、軍国主義、戦意高揚を目的として転向、独立したのである。その集団のトップは救霊会時代は教主となってもおかしくないほどの人物だった。彼は救霊会を救世軍に合併しようとし、教主代理の阿礼を次男の嫁にほしいと申し出てくる。悩んだ阿礼は追いつめられて自暴自棄になり、何日も絶食するに至るが、父の教主行徳仁二郎が夢枕に立つ。仁二郎は阿礼にこう語るのである。

 ――「私は今まで一列平等を説き、距て(へだて)のない愛を全世界に及ぼすべきこと、この世界の人びとを兄弟にし姉妹にし、政治家のいう八紘為宇(はっこういう)ではなく、真に全世界を一つの家族のようにしようと考えていた。だが、それは偽りだった。いや少なくとも間違っていた。人はすべてを平等には愛しえない。父の我が子、とりわけ娘への愛は、やはりほかの者への愛情とは区別されるべきものだ。愛は差別ある愛ゆえに、愛する者にとっても愛される者にとっても尊い。親が我が子を差別的に愛し、友が親友を差別的に信頼し、身近なものを遠いものよりより強く愛する人間の本性を、私は率直に認めようと思う。

 何かの苦しみがあって、救霊会の門を敲いた(たたいた)人々も、もとはといえばすべて自分や身近の人々の苦しみが動機になっている。見も聞きもせぬアフリカや南米の騒動や火山の爆発、地球の裏側に住んで自分が寝ている時に争っているかもしれぬ人々の争いのゆえに苦しんで、入信したのではない。人間はしょせん自分の生活圏、自分の社会圏の事どもにしか反応しえぬ。であるならば、愛情に位階のあることを万人がはっきり認識したうえで、ことを始めるほうがより正直であり、より正しい。肉親を愛し、配偶者を愛するがごとく、万人を愛することは不可能だ。その愛の幾分かを分かつことのできるよう自分を訓練せよと言うことができるにすぎぬ。

 そして私にとって、お前がかけがえのない者であるゆえに、より疎遠な人々を裏切ろう。より疎遠な人々に説いてきた教義を翻そうと思う。それでよい。万人のために一人を見棄てるか。一人のために他のすべての人々と敵対するか。量からいえば前者が正しいが、愛の論理じゃ量には叶わぬ。いや、お前は私にたいして何の負担も感ずる必要はない。なぜならば愛は元来無償のものだからだ。お前がやがて、この人と思い定めた者のために他の万人と敵対する時、その敵対する者の一人に私が含まれていてもよい。阿礼よ、人はそのようにしか生きられぬ。私はその人間の運命に従おうと思う」

 「お父さま」と阿礼は言った。「私は苦渋のうちにも別のことを考えておりました。人は差別的に愛するその愛を、永遠に伏せつづけるべく定められた存在なのではないかと。お父さま、私はそう考えました。父母の愛から生まれ、父母の肉によって受肉した存在は、父母のもとへ帰ってはなりませぬ。いつまでもその無限の愛に包まれていることも許されませぬ。強いてでも裏切らねばならないのです、お父さま。同じように、全き同じ信念をもちえた者同士が互いをかばいあうことのみに、人は安住してはならないのです。お父さま、また、その一つの信念だけで全世界を覆おうとしてもならないのです」

 「・・・・・・」

 「私たちは懸命に耐えてまいりました。でも、その間に、私たちの宗教的信念に新しい何かが加わったということはありません。もちろん稲を刈るも米をつくもすべて信心の道。日々生きていくことをはずして思想もありませぬ以上、私たちも生きること自体によって考えるつづけてはおりました。でも、開祖の時代には開祖の教義、お父さまの時代には社会の改変や事業経営の、新しい開拓がございました。代理とはいえ、阿礼は8年ものあいだ教団をおあずかりしながら、一つの新しい指針、1冊の著述すら、この世のために造ることができませんでした。でも今、私はその行為において、人々の悲哀の鏡となり、人々のくやしき指針となることができるのです。

 阿礼は一つのことを悟りました。それは、その本性を異にする男と女の結びつきによってしか新しい生命は生れ出ませぬように、異なった信念の血なまぐさい結びつきによってしか、新しい信念も生れないということなのです。世界の言葉を一つにしようという試みは、バベルの塔のように空しく崩れます。山も谷もなく平坦な沃野に、季節の変化もなく、人がすべて同じ考えをもって、珍宝に囲まれて生きるという弥勒世は、救済の世であるよりもむしろ死の世界ではないでしょうか。

 お父さま。考えの違った人々との妥協をおそれて、この世に力あるたった一つの運動も成立ちえませぬ。しょせんはどちらかがどちらかを圧倒し、どちらかがどちらかを征服するものであっても、長い時間を費やす日々の抗争のうちに一つの生命を生み育むことができるはずなのです。阿礼は身をもって、そのことを行おうと思います。阿礼は何としても女、大勢の人をひきつけ、自分の考えを声高く人にすすめるのは苦手でございます。お父さま、阿礼のことを思いやってくださるなら、神は身近の山や森に居て私たちを見守るだけはでなく、<時間>の流れの中にこそいて、争いのうちからも生れくる生命を見守るものであることを、人々にお教えくださいませ・・・」

 「お前は私を追いぬいたのかもしれぬ。お前の信仰はおそらく私より美しい。しかし阿礼よ、人はお前の行為をそのようには見ぬ。一つの行いがその本来の意味通り理解されるためには、条件がいる・・・私が、その条件、いやその礎石になれる日まで・・・」

 阿礼は悩んだ末に教団のために皇国救世軍に身を売る。弾圧で停止させられていた織物工場に仕事をまわしてもらうという暗黙の約束で。しかし、政府の方針の変更でその約束は守られなかった。傷心の阿礼は母行徳八重が特赦で釈放され、病気が重いことをきっかけに、一人息子を連れて教団に帰る。

 阿礼は自分の犠牲が教団にとって無に帰したこと、救世軍の夫が離婚を許さないため、「行徳阿礼」に戻ることもできず、父母の死後は妹阿貴が「継主」となり、教団に自分の居場所がなくなってしまったことで、「苦い薬(アルコール)に身をやつすようになってしまう。

 ★ 戦後、生き残った数少ない幹部と、子どものころ、母親の遺言で救霊会本部に遺骨を埋葬にやってきた千葉潔を中心に、彼の連れてきた第三高等学校出身の青年たち(千葉の友人)が企画院となって、教団の復興をめざす。しかし農地改革のやり方一つとっても、政府+進駐軍の政策は中途半端であり、彼らは早いうちから武装蜂起をめざし、旧日本軍の遺した武器を収集するようになる。

 継主は教主の次女阿貴であるが、姉の阿礼と千葉潔ら幹部は阿貴が教団が供出米をださないかどで(地元の組合にまわしていた)警察の取り調べをうけ、本部を離れているあいだに、阿貴の名前で第三代教主を千葉潔にする旨の手紙を偽造し、信徒をだまして決めてしまった。

 そして進駐軍が本部を見学?に来たとき、突発的な事件(誤解から信徒が黒人兵を殺してしまう)が起こり、家宅捜査で武器が発見されることを防ぐために、突然蜂起することになる。各地でも連動して小さな蜂起が起こるのだが、所詮国家には勝てない。日本の警察にはまかせておけない進駐軍が攻めてきて、多くの犠牲者をだし、三日天下で壊滅させられる。

 私はこの武装蜂起を許すことができない。なぜならば、彼らに理想があったことは否定し得ないが、中心人物のみなが、この世に絶望し、死に場所を求めていたからだ。万に一つの可能性を求めたと彼らは言う。しかし客観的にみて、万に一つも希望はなかったのである。弾圧されつづけてきて、敵の大きさがいやというほどわかっているはずの彼らに、そのことがわからぬわけがない。

 彼ら(主に千葉潔と阿礼と満州で妻を失った足利正・彼は宗教裁判も行って失敗した)は死に場所を求めていたのだから、それでもいいだろう。しかし、武装蜂起の意味もわからず、何の罪もない一般信徒たちまで道連れにしたのだ。彼らにそんな権利はない。

 指導者(前衛党でもいいが)が民衆を利用し、犠牲にするなど、絶対に許すことはできない。私たちはどうしても一人ひとりが自分の頭で考えることをはじめなければならないのだ。
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by lumokurago | 2012-01-17 20:13 | 本(book)

糖尿病をめぐって

 ★ Dr.Aに知人が夫の糖尿病について質問しました。飲んでいる薬をつづけていいのかどうかという質問でした。私が事前に知人を紹介して、お願いしたところ、「糖尿病はスタンダードの治療法が決まっていると思っています。病院や医者で差が生じることはなさそうです」というメールをいただきました。知人から詳しく質問し、丁寧な回答をいただきました。これはその後の私とのやりとりです。

*****  

 知人の夫の場合、血糖値が上がったときに(早期に)食事療法なり、運動療法なりをし、薬が必要となれば薬を飲んだほうがよかったのですか? そうすれば今の事態は避けられた可能性があるのでしょうか?

 身近な糖尿病の人には(まえにも書きましたが)、85歳になってもものすごく元気な人と50代で亡くなった人がいるのですが、その分かれ目は「運」だけなのでしょうか? それともその人の糖尿病の性質のせいなのか、適切な治療を受けたかどうかなのか、本人の養生のせいなのか?

 糖尿病の場合、QOLのために健診は必要と思われますか?

 渡辺容子  1.14


こんにちは。
自覚症状の出現する前に発見すべきかどうかですが、難しい質問です。
国民全員あるいは全人類が検診を受けるべきかどうかということになりますね。
糖尿病がたくさん発見されるでしょうが、意味があるかどうか。やはり、死亡率の有意差で検証するしかありません。長寿がよろしければですけど。
糖尿病の素因のある人は定期的に検査を受けておくと早期発見による早期治療で長生きできるかもしれません。長寿を望まない人は放置で放蕩ということになりますが、悪化したときに後悔する人が少なくないわけです。そこで、検診を普及せよとなる。

しかし、人間の社会はランダムですから、いろんな人がいるわけですね。早死にも仕方がない、ランダムでよし、自由でよし、と考えるのが我々ということになりますか。窮屈な社会はいやですからね。
つまるところ価値観の違いということでしょうか。現状は糖尿病の治療法が進んで、皆助かっていますから、今後は糖尿病の遺伝子が増えていくことになり、一層糖尿病が増えていくことになります。最後は遺伝子狩りになりそうですね。そして、遺伝子治療と。諦めが肝心というけれど難しいようですね。いろんなケースがありますから、これがよいあれはだめなどとは言えませんね。お知り合いのケースも仕方ありません。誰が言ったか忘れましたが、唯物論者は偶然性を尊ぶ。
誰も言っていませんかね。網野だったかな。
網野  1.14


 こんにちは。ご返事ありがとうございます。お医者さんとも思えない意見ですが(いまさら驚きません)、なるほど。普通の人は「長寿を望まない人」の存在が信じられないかもしれませんが、知人の夫はおそらくその一人なのかも、と思いました。放置して放蕩していたのですものね。まだ1回しか会ったことがありませんが、ゆっくり話してみたいという気になりました。彼女が選んだ人なのできっと常識の枠にはまらない、おもしろい人なのでしょう。
 そうですか。糖尿病の治療は進歩して助かるようになったのですか。でもそのために糖尿病の遺伝子が増えるとはね。皮肉なものです。人間の思う通りにはいきません。
 「唯物論者は偶然を尊ぶ」・・・、私は唯物論者ではありませんが、人生、偶然があるからこそおもしろいのだとと思います。私なんか、乳がんにならなかったら、定年前に仕事を辞めることもなく、この7年間のおもしろかったこともなく、先生のことも知らず・・・別なおもしろいことはあったかもしれませんが、偶然入り込んだこの道がおもしろかったと思えることが幸せだと思っています。

 知人(12月23日の映画の試写会で「2日まえにがんと知らされた」と発言した若い女性)の場合は41歳で死ぬことを覚悟し、「やりたいことはすべてやった」と思えたのもすごいですが、また生きつづけることになって(その後検査で、がんではないとわかった)、自覚的に新しくやりたいことを始めることができるのは、誤診のおかげとも言え・・・、人生、何があるか分かりませんね。もうずっと興味をもっていた俳句を始めたそうです。行動力があります。

 人間、生きてきたように死ぬとよく言いますが、死ぬまで何が起こるかわからないとも言えますね。私もまだまだ何か起こるでしょうか。再び子猫を飼ったこともそうですし、おもしろいことをつかまえなくちゃ。

 渡辺容子  1.15
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by lumokurago | 2012-01-16 16:49 | Dr.Aとの往復メール