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2011年 04月 04日 ( 3 )


浜岡原発すぐ止めて! 

浜岡原発すぐ止めて! 4・10東京―市民集会&デモ~切迫する東海地震・放射能は首都圏直撃・止めても大余裕の中部電力~

2011年4月10日(日)

場所 芝公園 23号地
   (都営地下鉄三田線御成門駅下車 徒歩5分)

集合 12時45分

集会開始 午後1時

デモ出発 午後2時

デモコース/経済産業省別館前・中部電力東京支社前・東電本社前・銀座数寄屋橋交差点(ソニービル前)を通り、常磐橋公園で流れ解散(東京駅の先)

雨天決行 参加費無料 

 3月11日、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生しました。そして小さな揺れと津波対策の欠陥により福島第一原発が原発震災を起し、危機的状態は消えず、現在も放射能を空と海へ出し続けています。

 静岡県御前崎市に中部電力の浜岡原発があり、現在も4号・5号機が運転中で3号機が定期検査で停止中です(1・2号機は廃炉を決定)。この浜岡原発は東北地方太平洋沖地震の影響でさらに切迫したと考えられる、巨大な想定東海地震の震源域の真上に建っているため(震源域は静岡県の陸域にまで広がっている)、福島原発よりはるかに大きな揺れに襲われます。堤防は砂丘!で、中電は数年後に防波壁を建設と発表しましたが、耐えられない事を認めたのと同然です。

 東海地震・東南海地震・南海地震の三連動型の可能性も十分あります。東海地方の風向は年間の7~8割が東向きですから、放射能は首都圏を半日で直撃することになります。
 浜岡原発を止めて、東日本への電力融通の限界である100万kwを差し引いても、中部電力は真夏でも約400万kwの設備余裕があります。地震は止められないけれど、原発は止められます。
 今こそ、浜岡原発すぐ止めて!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 集会 〈発言〉 
・塚本 千代子 (浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
・向井 雪子 (チェルノブイリ子ども基金)
・阪上 武 (浜岡原発差止裁判原告/福島老朽原発を考える会)
・ほか

〈司会〉向井 雪子 (チェルノブイリ子ども基金)
高木 章次(プルトニウムなんていらないよ!東京/浜岡原発差止裁判原告)

※集会内容は一部変更があるかもしれません。よろしくおねがいします。

主催 浜岡原発すぐ止めて!実行委員会

問い合わせ先 TEL 03-5225-7213 FAX 03-5225-7214 共同事務所AIR内

呼びかけ/浜岡原発を考える静岡ネットワーク/ふぇみん婦人民主クラブ/日本消費者連盟/チェルノブイリ子ども基金/原子力資料情報室/プルトニウムなんていらないよ!東京/福島老朽原発を考える会/チェルノブイリと日本の未来を考える会/たんぽぽ舍/大地を守る会/日本山妙法寺/原子力行政を問い直す宗教者の会/東京電力と共に脱原発をめざす会(4/2現在)
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by lumokurago | 2011-04-04 18:53 | 原発

続 瀕死の<時代>の子どもたち

続 瀕死の<時代>の子どもたち  『もうひとつのページ』第9号 1987.1.12より

 「瀕死の<時代>の子どもたち」に対して、長野県で高校の教師をしていて、現在は病気療養中の先生(50代)からお電話をいただきました。私のいまの子どもに対する捉え方には全面的に賛成で、自分も病気になって高校を休んでほっとした、でもそうも言っていられないからまた高校に戻らなければならないと思っている、ということでした。そして「それでもまだ子どもは生きているんです」とおっしゃっていました。いい言葉だと思いました。

 「瀕死の<時代>の子どもたち」はいまの子どもの正直な描写と、それに対する私の分析・現状認識です。あれを読んでくださった方には「なんて子どもを突き放した冷たい言い切り方なんだ」と感じた方が多いだろうと思います。私自身もそう思っているくらいです。でも、どんなに冷たくても現状をできるだけ正確に認識することは必要であり、それがあってこそ、その後の対応をどうしたらいいかという問題がでてくるのではないかと思います。

 今日は、あれは現状認識としておいて、「それでもまだ子どもは生きている」ことに対して、自分がどうしていくのかを書いてみたいと思います。

 私のことを一番ひどく「オニ」「オニ」と言って(「オニのつぶやき」参照)、わざと私から遠ざかるようなことをしていた子は4年生の女の子で、A子とします。そのA子が、この夏私が入院していたときに手紙をくれました。これは大人から言われたことでもなんでもなく、A子がまったくの自由意志でしたことで、私は少しびっくりし、そして喜びました。そしてA子に手紙を書きました。私に手紙をくれたということは、A子が口では「オニ」とか言っていても、ほんとうは私のことが好きなのだということなのでとてもうれしかったこと、それから人を好きな気持というのはすなおに表わしてほしいこと、などについて。でも、A子はその手紙を受け取ることもいやがり、結局郵便で送ったのです。読んだ後は前にも増して態度を硬化させてしまいました。その後、お母さんとも話し合ったりしたのですが、何ら改善されないままときが過ぎていきました。ときどき、機嫌がいいと「ナベセンも入れてあげる」という言い方で遊びに誘ったりしてくれるのですが、結局、ほんの小さなことから私に当たり散らし、遊びが中断されていました。この子も「自分のことだけ見ていてほしい」「自分をかまってほしい」という気持ちが強い子なのです。

 そんなことがあって、先日一緒にバスケットボールとサッカーをしたときのことです。一緒にやっていた別の子に「○○ちゃん、サッカーがうまいね」と、これは本気でほめたところ、となりにいたA子がつまらなそうな顔をしているのが目に入ったので、おせじで「Aちゃんはバスケットがうまいね」と言ったのです。私は「どうせおせじでしょ」と言われると思いました。ところがA子は「へへへー」とか言って、とてもうれしそうな顔をしたのです。その顔はとてもいい顔でした。

 このとき、「まだほんの子どもなのだ」と思ったのです。いままで、子どものことをまず「ひとりの人間」として捉え、対等に向かい合いたいとそればかりを思って、A子にも手紙を書いたりしたけれど、あんな手紙を理解することは、これほどまだ子どもであるA子にとっては(いますぐには)無理なことだったんじゃないかと思いました。いままでだったら、いますぐにはわからなくても将来いつかわかってくれると信じて、思うままのことを子どもにも言ったり書いたりしていたのですが、なんだかそれだけじゃやっていけないような気がしました。

 このことを感じたのは(このできごとがあったのは)ほんの数日前です。そして昨日Bさんから「相手の心をひらく」というお話を聞いて、このできごととぱっと結びつきました。A子に手紙を書いたこと自体を否定しようとは思いません。それこそ将来わかってくれることもあるかもしれないので。でも、A子が(いまの子どもが)私の想像以上に幼いのだということ、対等に語りかける以前にこっちが一歩下がって、まるごと相手を抱きしめてやることが先なんじゃないかという気がしました(Sさん=同僚も自分の2歳半の子どもとクラブの子がそんなに違わないと言っています)。

 「瀕死の<時代>の子どもたち」のなかに、いまの子どもは人との関係を求めていないということがでてくるのですが、いまここまで書いてきて思うことは、「いまの子どもは人との関係を求めるようになる以前の、自分がまるごと抱きしめられて安心したいという幼児の段階にまだいるのではないか」ということです。だから、むかしの子どもたちに対してしていたような対応とは別のものが必要なのではないかと、いま思っています。

 いまの子どもたちはあまりに幼く、うるさいです。折り紙ひとつ教えようとしてもじっくりととりくむことはできず、「どうやるの?」「その次は?」「できない」「できない」と騒ぎ立て、目の前にあるのりやはさみにも気がつかず、自分で探そうとせず、「のりは?」「はさみは?」と騒ぎ立て、それが一人の子じゃありませんから、ほんとうにイライラして教える気持ちなんかなくなって「うるさい!」と叫びたくなってしまいます。そこをぐっと我慢して「できない、できないって騒がないでゆっくりやってごらん」とか「のりはこの机の上にあるから、目をしっかり開いて探してごらん」とか、いちいち言っているのです。ほんとに疲れてしまいます。小学生にもなってなんでこんなことできないんだ! いちいちうるさいな! ひとりじゃなんにもできないんだな! といつも頭に来てしまいます。現象としては、それはそれはひどいものです。

 そういう子どもたちに対して、どのように対応していったらいいものか、どこまでを受け入れ、どこからつっぱねたらいいのか、ほんとうにむずかしいです。子どもが幼児の段階にいるからといって、全部受け入れてやっていたら、あまやかすことになりはしないか、とか・・・。

 しかし、「瀕死の<時代>の子どもたち」に書いたような否定的、悲観的な見方をしているからといって、「それでもまだ生きて」現実に目の前にいる子どもには何らかよくなるような努力をしていかなければならないわけで、それはあの文章のなかで言っている「<時代>から来る<不安>を取り除く作業」とはまた別な次元でやらなければならないことだという気がします。それもやはり「相手の心をひらく」ということをまず第一に考えなければならないのだということは確かだと思いました。私は子どもにまで「対等に」「正直に」と思いつづけ、おせじも言ったことのないような人間ですが、それ以前に「心をひらく」ためにはどうしたらいいのかということを考えたいと思いました。これは単純におせじを言うなどということではもちろんなく、具体的にはその場面場面で、やはり自分の感受性で考えていくことだと思います。

 ところで昨夜、恐ろしい夢を見ました。子どもたちが大人たちにものすごい暴力をふるうようになって、もうどうしようもなくなって。大人たちが(私も)子どもを次々に包丁で刺して殺してしまうのです。そして大人も魔法にかかったようにみんな自殺してしまうのです。その大人の自殺の方は心境宗教の集団自殺のイメージなのか、すごく変な儀式めいているのです。子どもを殺すときはすごく苦しかった。うなされていたのでしょう。でもその前の子どもの暴力はすごくすごくこわかったです。いま、私は子どもの言葉がほんとうに「こわい」と思うことが多くあるのです。きっとその反映なのでしょう。そう考えたらおそろしくてたまらなくなってしまいました。

 なんでうれしかった晩にこんな夢を見たのでしょう。最高にうれしかった晩だったからこそ、こんなに恐ろしい夢を見た。いまはそんな<時代>なのだという気がしてしまいます。  1986.12.20
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by lumokurago | 2011-04-04 17:50 | 昔のミニコミ誌より

回顧展4日目

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 昨日は回顧展4日目でした。定塚さえこさん、舘野公一さん、宮澤響くん(18歳)のギター&歌がありました。その後、みなさんで私の誕生日を祝ってくださいました。

 「こんな悲しい誕生日を迎えるとは思いませんでした。あの地震がきたとき、これは生まれて初めての大きな地震だと思い、築45年の家がつぶれるかもと外にでました。そのあとに生まれて初めてのこんなに悲しいできごとがあろうとは・・・。(私の誕生日の)29日の新聞記事には野菜が汚染されて自殺した人の記事と日当40万円で原発労働者を集めているという記事などがあり、涙、涙でした。私がむかし勉強を教えていた児童養護施設の子どもは中卒で工事現場ではたらいたけれど、いつも朝起きられず仕事がつづかなかった。もう36歳になり行方不明です。ああいう子、もう大人ですが、が日当40万なんて知ったら、喜んで行くかもしれない。原発のこともなにも知らず、ふざけながら仕事をするかもしれない。辺見庸さんが書いていた「貧しい者はたくさん死ぬ」はほんとうです。私は余命1年と言われていたので、もう死んでいたかもしれなかった。死んでいればこの悲しい事態を知らずにすんだ。今後を思うと暗澹たる気持ちです」

 それから定塚さんが人間用の風力発電機をみせて説明してくれました。その風力発電機をつけて歩くだけで携帯電話の充電は充分にできるそうです。また小さい太陽光発電機もあり、それは窓辺につるしておけばいいそうです。彼女は代替エネルギーで原発がなくても大丈夫だということを、原発は必要と思いこんでいる人たちに知らせることから、原発はなくすことができるのではないかという意見でした。

 私は家庭で使っている電気は微々たるもので、産業界で使っている電気がほとんどであるから、産業自体を縮小し、たくさんつくってたくさん売って儲けるという経済を見直し、貧乏でもいいから心豊かに暮らすと発想を転換させる必要があると持論を述べました。

 彼女は自分も同じ意見だが、おおぜいに訴える場合は、それでは通用しないので、代替エネルギーを考える必要があると言っていました。

 医療も同じですが、庶民など太刀打ちできない黒い巨大な権力によって、原発は維持、推進されていくでしょう。それを止めるのは至難の業です。でももし止めることができるとしたら、庶民の多く(ドイツのデモは25万人だったけれど、日本では100万人とか?)が反対に立ち上がることだと思います。ま、それでも日米安保条約は止められなかったけれど・・・。でも今度は将来にわたり生まれてくる子どものいのちがかかっていますから。いったいどれだけの人が立ちあがるかなあ? 悲観的でごめんなさい。私はやはり辺見庸さんと同じ考えです。

 暗い話ですみません。被災地へのカンパは
 
 4月2日  7450円
   3日  14300円  集まりました。ありがとうございます。  

 3月26日 16500円
  27日 27410円 です。

 4月3日のコンサートとおつけものなどの売り上げカンパは17,740円でした。「被災地NGO協働センター」へ預けます。とのことです(担当者よりの報告)。
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by lumokurago | 2011-04-04 12:03 | 父・母・介護